ソードアート・オンライン Daydreamers ー牢獄に咲く花ー   作:夢の中の夢

8 / 11
ちょっと間が空いての投稿。でもまた暗い話です。


別れと再会

 翌日の午前中には残りの調査項目も埋まり、昼過ぎにはそのダンジョンを後にした。その途中、何度かあのフードプレイヤーの姿を見かけたものの、結局また会話を交わすことはなかった。

 こちらの姿を認めても努めて無視をしているような態度をみれば、声をかけるだけ無駄だろうと分かったからだ。

 

 帰還したのは夕方には少し早い時間だった。まずは本部に寄り、そこで最終的な報告を終える。これでようやく数日間に渡った今回の調査は終了する。

 

 それから次回の予定の確認や装備と回復ポーションなどの補充などを済ませ、最後に数日間共に過ごした(パーティー)の仲間達にかけた労わりと感謝の言葉を締めくくりとして解散した。

 

 また数日後にはおそらく同じ顔ぶれで別の調査に出ることになるだろう。しかしそれまでは一時的とはいえ他人の生を預かる責任からは開放される。

 背負っていた荷が下り、肩が軽くなった私の足は自然と酒場へ向かっていた。

 

 本部から少しはなれた町唯一の酒場は小さく、造りも簡素だがそれでも繁盛している。暇をもてあましたサーチライトのメンバーが誰かしらいることが多いからだ。

 テレビも本も、一つをのぞいてゲームすらない状況では食事か他人との馬鹿話ぐらいが主な娯楽である。そして人が集まりやすいこの町の酒場はその両方を満たしていた。

 

 他に酒場にたむろする理由もいくつかあるようで、人恋しさを覚えたり、あるいは1人でいると碌でもない思考に取り付かれるからといった事もよく聞いた。

 

 そう言った話を聞く度によく思う。遊びが出来ないゲームに何の意味があるのか、と。死にたくなければプレイをするしかないが、しかしかといって命をかけるほどの価値は存在しない。おまけに暇すらまともに潰せないというこのゲームは、やっぱり駄作としか思えなかった。

 

 そして望んでもおらず、やりがいも見出せないゲームに強制参加させられている事への憤りと苛立ちも同じように感じるのだ。

 

 最近ではそういった事情を憂いた生産部門が音頭を取り、購入した建物を使ってプレイヤーの手で運営する食堂や宿を作ろうという話もあるようだ。娯楽がないのならば、自らで創ってしまえということなのだろう。

 最もそれが形になるのはまだ先のようだと偶然本部で会ったオヤカタは言っていた。

 

 今、酒場に向かう私のお供はクガネだけだ。班の解散後、女子二人は本部の隣に新設されたという風呂を借りに行き、気圧コンビは早速工房に駆け込んでいった。どうやら手に入れたばかりの素材を使ってすぐに生産活動にかかるようだ。

 

「子供は元気だよな。」

 

「お前もまだ十分子供だろう。高校生が。」

 

 工房の中に消える二つの背中を見送りながらポツリと呟くと、クガネがぼそっと言葉をもらす。班長としては情けない言われようだが、しかしありがたくもあった。今の状況では人を気にかけることはあっても気にかけられることは貴重だからだ。

 

 年長者の心遣いを感じつつ、酒場の扉を潜る。すると奥のテーブルに知り合いが集まっているのが見えた。友人やパイル、それに他が何人かが固まって座っている。結構な人数がいるのにもかかわらず、静まり返っている酒場の空気に、私もクガネも思わず身を固くした。

 

 いつも賑やかで騒がしいこの酒場が静寂に支配される理由は一つしかない。重さを増した用に感じる空気の中、酒場を横断して奥のテーブルに向かう。するとこちらの姿を認めたのだろう。気がついた何人かを始めに、次々に声がかけられる。

 

「……ああ、フツノか。」

 

「お帰り。今回は長かったな。」

 

「久しぶりか。見たところ元気そうでなによりだ。」

 

 少し緩んだ雰囲気の中で私達を出迎える彼らのその顔には、普段よりも安堵と再会の喜びが強く出ていた。挨拶を返しながらも、外れてほしい予感が強くなるのを感じる。

 

 抱いた不安を顔に出さないようにしながらクガネと共にその一角に加わると、やがて酒場は元の雰囲気に戻った。その理由を聞きたくないという思いを振りきり、私はその言葉を口にする。

 

「……誰がやられたんだ。」

 

 その答えはすぐには返されなかった。私の問いに彼らは盛んに視線を交錯させ、言いたくない答えを告げるその役を譲り合っている。対する私はメニューの注文に迷う振りをしながら辛抱強く待った。必要とはいえ私が同じ立場でも積極的に請け負いたい役ではないのは知っている。だから急かすような真似はしない。

 

 ややあってその役になったのは友人だった。彼女は努めて、ただ事実を淡々と告げるかのような口調でその答えを吐き出した。

 

「グレイの奴だよ。仲間をかばったところをやられたそうだ。戦闘中に背後から奇襲を受けたと聞いている。名前が消されたことも確認しているよ。」

 

「……そうか。」

 

 私の返答も短かった。つきあいが深いほど口は重くなり、吐き出しきれなかったその感情は冷たい重石となって心の中に残る。その奥に飲み込むしかなかった大小の重石は、しかし悲しみと嘆きの感情を圧迫して、やがてはその感覚すらも鈍磨させていくのだ。

 

 言葉を出せない私は変わりに目の前に浮かんだままだったメニューを操作する。そしてただ一つ、飲み物だけの注文を終えるとすぐにカップが手元に出現した。

 それを掴みじっと揺れる波紋を見つめて数秒。皆が同じように沈黙し、やがてそれぞれの杯を静かに小さく掲げる。

 

「……このクソゲーからの解放とグレイの生を願って。」

 

 小さな呟きと共に、一同は杯に口をつけると喉につっかえた石ころを押し流して内に収めた。誰の発案とも知れずに広まったこういった悼みの仕草は、両の手を超える種類があるがサーチライトの仲間内では自然とこのやり方になった。

 

 所詮は見せ掛けだけの茶番だというものもいるだろう。いなくなったものよりも、今目の前の状況にだけ目を向けろと。そんな真似事でいたずらに自分の心を痛めつけて自らの生存を危うくさせるのは馬鹿げていると。

 

 しかし例えそのように思われようと、多くのサーチライトのメンバーはそれを嫌った。いなくなった者をなかったことにし、状況を理由に忘れようとするのはただの逃避の言い訳でしかないと知っていたからだ。

 

 たとえ偽者の生だろうとこの世界からの退場と悲しみ、いなくなった人への気持ちに決着とつける事は絶対に必要であった。数の多さや状況を理由にしたところで、喪失に鈍感になるということは、数少ない本物である己の感情を見せかけだけの偽りに落とすのと同義だからだ。

 

 暗い雰囲気の中、ぽつりぽつりと会話が始まる。だがその中に先ほど悼んだ彼に関することはない。今まで何度も同じ経験を積んだメンバー達でも、一度心の奥に沈めた悲しみをすぐに取り出して口に出せるほどの強さを持つものはいなかったのだ。

 

 

 

 

 

 夕食の後、私は友人に誘われ、町のはずれの空き地へと向かった。手には宿から持ち出してきた下級の武器が一式。どれだけ打ち合ってもいいようにただ耐久度だけを最大まで上げている。

 

 これから行われるのはメンバー同士の模擬戦だ。主に一対一の対人戦が主だが、時にはチームに分かれての戦闘となることもあった。

 

 通常こういった町や村は安全圏に設定されており、その中ではモンスターも出現せず、またプレイヤー同士が傷つかないようにそのHPは保護されている。しかし決闘モードという他のMMOでいえばPvPに当たるプレイヤー同士の戦いに同意すればその限りではない。

 また例えそのシステムを使わなくとも、HPが減らないだけで相手に衝撃は伝わる。間に審判や判定員をおけば安全に勝敗を決めることは可能だった。

 

 メンバー同士によるPvPは少なくとも当初は個々のスキル向上やとっさの状況判断力を磨くために始めた自主訓練の一つだった。

 

 レベルを10も積み上げてしまえば、日に数百体のモンスターを狩っても次のレベルまでには何日も費やさなくてはいけない。この階層のモンスターではレベルアップに必要な経験値を賄いきれなくなるのだ。それをクエストの報酬などで補助をするにも限度がある。

 

 またレベル差があれば相手から受けるダメージが減って退場の危険が小さくなる反面、レベル上げがただの作業に成りやすい。

 そしてただ淡々と手順をこなして膨大な数を狩るだけのレベル上げに慣れすぎると不測の事態に対応しづらくなり、またモチベーションや危機感も下がりやすい。

 それらが将来、危険につながるかもしれないという懸念も少なくなかった。

 

 そのため高レベルのメンバーが無理してさらにレベルを積み上げるよりも、その分を他の低レベルの仲間にまわして全体の戦力をアップする方法がサーチライトでは選択された。

 一部の戦力を過剰に強化するよりも全体のレベルを底上げすることで負担を一部に集中させない事はカインの掲げる方針にも合致していた。

 

 しかしそうなると高レベルのメンバーは戦力の強化のために別の方法が必要になる。戦力の強化でレベル上げの次に上げられるのは装備の見直しだが、これは生産部門から優先的に高い性能の武器や防具を提供されるために手を入れにくい。

 

 特に武器などは基本的に製作、限界まで強化、インゴット化のサイクルから飛び出した高い性能を持つものが供給されるためかメンバーのほとんどがそれを利用している。

 また仲間内では装備の使いまわしも日常的に行われており、装備の更新で強くなる幅はあまり大きくはない。

 

 最終的に選択されたのがプレイヤースキルの向上だった。上記二つに比べれば即効性が薄く、また不安定で上げにくいという問題はあるものの、単純に強さを伸ばすのではなく欠点も合わせて克服できるプレイヤースキルは今後のことを考えれば必須の技能であったからだ。

 そしてソードスキルの反復や体裁きなどの基礎的な訓練の他に提案されたのが対人戦であった。

 

 単純なAIではなく不確定要素の塊である人間を相手取ることで不測の事態に対応する能力を向上させ、また勝敗という分かりやすい結果でモチベーションの向上を狙う。

 その主張の元に友人が主導し、メンバー同士の模擬戦はサーチライトの自主訓練の一環に盛り込まれた。

 

 プレイヤースキルはレベルなどとは違いただ時間をかければ上がるというものではない。しかし逆に言えばやり方によっては短時間で高い強化ができるとも言える。

 

 ただ漫然と反復練習を繰り返すよりも、実戦形式でやる対人戦を組み合わせることで自身の欠点や具体的な目標を浮き彫りに出来るというのは確かに効果があるだろう。それはベータテスト時代に私自身が体験している。

 また第三者からの意見が得られるという利点もまた無視は出来ない。

 

 しかし友人の狙いはそれだけではないだろう。今後懸念される事態を見越して今の内から準備しているのではないかと密かに疑っていた。

 あまり考えたくない未来だが、しかし起こる可能性は決して低くはない。それに思い当たっているのは私だけではなく、だからこそ今の状況で対人戦が訓練に盛り込まれたのかもしれない。

 

 そんな経緯で始まったメンバー同士の対人戦だが、しかしここ最近では別の意味で利用されることが多くなった。

 互いが抱える行き場のない感情をぶつけ合って相殺するための場として開催されることが多くなってきたのだ。

 

 今夜開かれる合同訓練もどちらかといえばその面が強く、開始早々から私は友人と模擬戦をすることになる。

 

「では、やろうか。」

 

「ああ。」

 

 少し距離をとって向かい合った友人が、粗末な剣と盾を構えると、私も左手に短剣を握って備える。短いやり取りを開始の合図とし、戦いが始まった。

 

 右手の盾を前に、左手の剣身を体の後ろに隠しながら静かに近づいてくる友人に対し、私は歩みを左右に散らしながら相手に向けた短剣の切っ先をゆらゆら揺らして牽制をかける。

 

 相手の意識の緩急を探り、目の奥に隠した思惑を想定し、見られている己を偽って惑わす。無言の応酬の後で、いつも先に仕掛けるのは私のほうだった。

 

 実の隙をついて、先手を取った私が削りきるか、それとも虚に引き込んだ友人が後の先を取って叩き伏せるか。私と友人との戦いはこれが常となる。

 なお総合的な勝敗は私の負け越しで、奇襲と奇策をもってしても勝率は4割に届かない。残念ながら今夜も勝ち星は少なかった。

 

「また負けた。これで今夜は1勝2敗か。今のは惜しかったんだが。」

 

「はは、危なかった。でも今夜も私の勝ちかな。」

 

 あと少しで勝利というところまで追い詰めておきながら、足払いからの猛攻で沈んだ私に友人は軽い笑みを向けてきた。

 嘲笑ではなく勝ち誇る笑みであるため、そこに陰湿なものは一切ないが、それでも腹ただしい事には変わりない。

 

「じゃあ、前座も終わったし次は俺だ。この前、思いついた戦法の実験台になってもらおうか。」

 

「ほお。それは楽しみだな。受けて立とう。」

 

「というわけだ、フツノ。まかせろ。敵はちゃんと取ってやる。」

 

「期待せずにまってるから、さっさと負けて来い。」

 

 観客の中から挑戦者の名乗りを上げたパイルに私は場を譲った。そのまま次の一戦を観戦しようとする私に、いつの間にか来ていたコイヌールが挑んできた。

 

「この前のリベンジよ。」

 

「……さてどうするかな。」

 

 やる気満々のコイヌールを前に私は答えを躊躇った。挑戦を受けること自体に問題はないが、正直に言えば、神経を磨り減らす友人との三連戦の直後のため少し休みたいというのが本音だ。それにパイルの編み出したという新戦法も気になる。

 その理由から今は断ろうと思った私は、しかしふと寂しさを覚えた。

 

 先ほど悼んだあの斧使いのプレイヤーに手痛い敗北をもらったのはつい先日のことだ。その時は次の機会にと再戦を約束したのだが、結局リベンジは出来なかった。

 

「……そうだな。後悔を残すのは良くないか。」

 

 私も目の前に立つコイヌールもいつまで勝負を重ねられるかは分からない。これ以上の後悔は抱え込みたくはなかった。

 

「何、受けないの。戦わずに敗北宣言でいい?」

 

「いや、受ける。ただリベンジなど考えられなくなるぐらいの負け星をどうやってプレゼントしようかと考えていただけだ。」

 

「うわっ。ひどっ。」

 

 そんな事を言い合いながら私とコイヌールは盛り上がりを見せる友人とパイルの戦いから離れた場所へと移動する。するとそのやりとりを耳に挟んだ一部のメンバーが集まってきた。

 

「うわ、鬼だ。鬼がいる。」

 

「なんて外道だ。」

 

「コイヌール。構わない。やっちゃって。」

 

「任せて。ぎったんぎったんにしてやるから。」

 

 一部のメンバーが盛り上げにかかる。どうやら一緒に来たらしいドーラも声援を飛ばし、それに応えるコイヌールもまた戦いに向けて自身の精神を高揚させる。

 

 意識的なのか、無意識なのかは知らないが仲間がいなくなった夜はなぜか騒ぐことが多かった。時に行き過ぎと思うほどの盛り上がりは、反面いなくなった仲間に感じる悲しみの裏返しなのかもしれない。そしてそれに負けないための個々の奮起の現れなのだと勝手に思う。

 

 でもその考えはおそらく間違っていないだろう。なぜかそんな確信があった。

 

 

 

 

 

 それから数日後、私と友人ははじまりの街に戻っていた。新たに発見されたスキル習得クエストの検証のためだ。

 

 ベータテスト時代にはなかったその新スキルの習得には複数回のモブの討伐と専用のクエストボスの打倒が必要であり、この一層のレベルにしては難度が高い。またどうやら四人以上のパーティーでなければ受けられず、他にもレベル制限が設定されているようだった。

 そのためにサーチライトでも高い戦闘能力を持つ私や友人を含む何人かでこの検証のための特別班が編成されたのだ。

 

 優秀なメンバーのおかげか、半日足らずでクエストは終了した。クエストの進行や攻略法、また注意点などのまとめについては仕事の速いパイルが請け負ってくれたため、私や友人は久しぶりに来たこの街を歩きつつ、残留メンバーや知己を訪ねることにした。

 

 街に残ったメンバーや知己を訪ね終わった時には、すでに日も大分傾いていた。本部からも今日はこの街で泊まっていくようにと言われている。宿泊場所も用意されているとなれば断る理由もなかった。

 

 その宿の向かう途中、久しぶりになじみの酒場に寄っていかないかと友人に誘われた。特に断る理由もなく、その提案を受けた私は十日ぶりに慣れた道を歩く。パイルから確認のための報告メールが送られてきたのはその途中のことだ。

 

 手元に呼び出したそれを読みながら隣の友人に小さな声で話しかける。

 

「面倒くさい上に時間もかかるが、それにしても強いなこのスキル。」

 

「ああ。『パーティー内での同名スキル取得者の人数に応じて経験値とドロップ率の上昇』とはなかなか気が利いている。拡張でステータスの追加補正も付くようだし、今後のパーティープレイでは必須になるんじゃないか。」

 

 隣を歩く友人もまた同じようにスキルの詳細を確認しながら答えた。

 

 話題の中心となっているその新スキル《キズナ》は、一般的なスキルとは違いクエストや条件を満たすことでしか取得することが出来ないEX(エクストラ)スキルと呼ばれるものだ。前提を満たさなければならないだけあってその性能は高く設定されている。

 ベータテストでは《瞑想》という使いどころが限られるEXスキルしか見つからなかったが、どうやらこれは当たりのようだった。

 

 内容はソロゲーなどと呼ばれていたこのゲームでは珍しくパーティープレイを意識して調整されており、ベータテストで問題点として挙げられていたパーティープレイの扱いの悪さを救済するものらしい。

 

「完全にパーティー向けだからソロだと必要はないか。しかしこれは何というか、あれだな。ベータの要望をというよりも、苦情を受けて苦肉の策で実装したという感じがするな。」

 

 友人は最終的にそう評価を下したが、そもそもMMOの癖にパーティーを組む恩恵がないというのが問題だったのだ。それを考えればこれぐらいの調整は当然だろう。

 

 一般的に言ってMMOのレベル上げはクエストでの報酬を除けば、弱いモブを大量に狩るか強いモンスターを複数人で討伐するかである。しかしモンスターのリポップ量が少ないために討伐できるモンスターの数が限られ、また基本的に経験値が頭割りにされるこのSAOではソロプレイで前者の方式を選ぶほうが圧倒的に効率がよかった。

 

 さらに一度きりのフロアボスやフィールドボス攻略以外にパーティー向けのコンテンツが乏しく、また経験値は多いが1人では相手が出来ないような強力なモンスターも少ない。そのため複数人がパーティーを組む意味ははっきりいって薄かったのだ。

 またドロップアイテムを1人で独占できる分、金銭的にも前者のほうが恵まれているという事実もそれに拍車をかけた。

 

 その結果、協力プレイが前提のMMOなのにボス攻略戦の時を除けば、皆ソロで活動していることが多いという本末転倒な現象がベータテストでは起きていた。

 最もなぜかたった一度きりしか出現しない宝箱など明らかにおかしい要素が他にもあったためか、あまり問題としては上位には挙げられていなかったようだが。

 

「《統率》スキルとの併用が出来るのかが気になるな。両方で補正がつくとなお良しなんだが。」

 

「問題はスキル枠かな。次に取るスキルはもう決めてたんだが、そっちは次の開放のときに見送るとしよう。」

 

「枠は確かに気になるな。とりあえずこっちを先に取得してからレベル上げを早めてスロットの開放を目指すか。」

 

「そうだな、そうさせてもらおう。それに他の班員達にも取得してもらわないいけないな。上昇率などを確認するためにも、早めに済ませてもらうように言っておこう。」

 

「それはパイルたちの班も含めて相談するか。習得クエストだからもう一度クエストを繰り返しても意味はないだろう。時間短縮のためにもあっちの班員達と組んでもらって受注条件の調査に使うように本部に提案してみよう。」

 

 スキルについて会話しつつ、街を歩く。本来ならまだ公開されていない情報を表に出すのは問題なのだが、すでにいくつかの情報については先行として公開されているし、肝心の習得場所などについてはぼかしている。この会話だけでそれを特定するのは無理だろう。

 それにそもそも他人に聞かれる心配がなかった。

 

「しかし、久しぶりに来たが活気がないな。」

 

「そうだな。時間もあるだろうが、それにしても人気がない。」

 

 すでに日も赤く染まっているとはいえ、時刻はまだ五時を少し回ったところだ。現実でも仮想でも街中ではまだ人が少なくなる時間には大分早い。

 

 今この街には少なく見積もっても五千人以上のプレイヤーが存在するはずなのだが、一見する限りではその気配は感じられない。どうやら大半のプレイヤーは宿屋や確保した部屋の中に閉じこもっているか、或いは適当な屋内に入り込んでいるらしい。

 

 たまに見かけるプレイヤーについても当てもなくだた道脇に座り込んでいたりと行き場がないために留まっているだけのようで、近くを通る私達を見ることすらなかった。

 

「街に残った連中は何とかやっていてくれるようだが。」

 

「それでも元気でやっているとは言えないさ。正直あまり気持ちのいい雰囲気ではないよ。」

 

 道端に座り込んだままの数人のプレイヤーを見つつ、友人が呟いた。たまにすれ違う人、道端でどこかを見てるもの。彼らの顔には一様に絶望から来る無気力が張り付いている。

 希望も持てず、動く勇気もない彼らはただそこに座り込んで自分のはまった状況から一歩も動けないでいるようだった。

 

 目に付く人の中、負の表情を無縁なのがNPCだけと気がついてため息をつく。

 

「雰囲気最悪だな。特に子供にはいい環境じゃない。後でカインにあいつらをすぐに移すように言っておかないと。」

 

 私の言葉に友人も頷きを返して同意を見せた。この雰囲気の中で生活していれば、迎えが来る前に精神が参ってしまいそうだ。

 設備の問題や保護の観点から生産メンバーや、制限年齢ギリギリの子供達の多くはこの街に留まっているが、移住を含めて早急な対策が必要だろう。

 

 思い返せば、その兆候はあったのだ。だからこそ性急に感じた編成の話が持ち上がったのかもしれない。

 だがその時の私達は個々の活動にしか目を向けていなかったために、それを見過ごしてしまった。それが今のこの街の雰囲気を作り出した一因にもなっているかもしれない。

 

 しかし今更、私達に出来ることはない。心のうちで思うことはあっても、すでに街を出た身なのだ。同時にそれはこの街との関わりを捨てるということだった。

 例えどんなにもどかしく思ったところで、この街のことはシンカー一派に任せるしかない。それが私達のした選択なのだから。

 

 そんな思いを抱えながら久しぶりに行きつけだった酒場に入る。こちらは外とは違って人が集まっているようだ。もっとも周囲に発散している雰囲気は同じだが。

 それでも外に比べれば大分マシで、空気もそこまで重くは感じられない。

 

 空いているテーブルを探すために店内をぐるりと見回すと、奥に見覚えのある顔を見つけた。本来ならばここには居ないはずのプレイヤーだ。

 

「ディアベル?何でここに。」

 

 驚きと疑念が彼、ディアベルへと向けられる。ベータテスト時代から利用していたこの酒場は当然彼も馴染みとしていた。しかし私達と別れてからこの三週間あまり、彼は最前線付近を居としていてほとんどこの街に戻ってくることはなかったはずだ。

 

 一層の攻略や自分達の戦力強化以外にも他の攻略プレイヤー達との顔繋ぎをし、幾度となくPTを組み替え、彼らの協力や信頼を取り付けるために忙しく前線を付近を飛び回っているはずの彼が何故、ここにいるのか。

 またテーブルについているのは彼1人で、他に仲間の姿が見えないのも奇妙だった。

 

「一体どうしたんだい、ディアベル。君がこの街に居るのは珍しい。とりあえず再会を祝いがてらその辺の話を聞かせてくれ。」

 

 その彼の目の前に座りつつ、友人は言った。さりげなく対面を確保した友人に内心で苦笑しつつ、私もその隣へと座る。

 だが久しぶりの再会にもかかわらず、彼の顔を真っ直ぐに見る事をためらう。その訳を私は知っていた。

 

 二日目に別れて以来、ディアベルと会うのはこれが初めての事だ。その後、メールのやり取りは何回か交わしていたが、結局会うことは無かった。

 友人はもう少し親密なやり取りをしていたようだが、先んじて再会していたとは聞いていない。おそらく私と同じで直接顔を合わせるのはあの時以来のはずだ。

 

 ただ互いの活動に忙しく、会う機会が無かったということかもしれない。しかしその原因の一つにあの別れの後でずっと感じている苦いものがなかったかといえば嘘になる。

 

 二日目のあの時、今目の前に座るかつてのマスターの誘いを私は断った。己の信条と義理を優先して、受けた恩と人情を切り捨てたのだ。その事への後悔は今も消えず、心の奥底に沈んでいる。

 私よりも付き合いの深い友人はなおさらだろう。表には出さないようにしているようだが、時折悩んでいる事を私は知っている。

 

 そんな私達の思いを知ってか知らずか、彼は明るい笑みと共に友人に答えた。

 

「やあ、久しぶりだ。二人とも、元気にしたかい。」

 

 二日目と同じ声で、しかしその時とは違う口調が初めの再会の言葉だった。

 

「ええ、まあ何とか。」

 

「うん。まあ楽しみは少なくても、忙しい日々を送らせてもらっているよ。」

 

 一言で分かる彼の変化に私の返答もはっきりしないものとなる。友人のほうはいつもの通りの言葉での返しのように思えるが、普段よりも大仰に感じるのは気のせいだろうか。

 

 そんな私達の戸惑いを感じさせず、ディアベルはこの場にいた種明かしをする。

 

「俺がこの街に居ることに驚いたかい。はは、実はカインさんに頼まれてね。今君たちが調べている例のクエストの検証を手伝いに来たんだ。」

 

 周囲の暗さとは無縁に思える明るい笑いに、良く通る快活な声。そしてオーバーにも感じる大げさなリアクション。そこにベータテストの時の静かな物腰でメンバーを後ろから支えていた元マスターの面影は全く無かった。

 

 不屈の明るさと積極的な行動力を武器にして同じ志を持つ仲間達の先頭に立ち、堂々たる威勢と共に前進を目指す。それが今の彼の在り方なのだろう。

 その正反対ともいえる変化を遂げた彼にどうしても空々しさと虚しさを感じてしまう。

 

「例のクエと言うと、新発見されたEX(エクストラ)スキルのことですか。」

 

 その思いを心の内に隠して私は問い返した。その声量が下がったのは聞き耳を立てられるのを恐れたからではない。

 

「なるほど。検証のために私達から特別に班を編成したからな。その再検証のために、それでカインが……。」

 

 私と同様、友人も声を潜めて言った。スキル名を含め、いくつかの情報は先行で公開されているが、最後の討伐モンスターとその後に控える状態異常を与えてくるクエストボス戦は少々厄介のため、しっかりとした攻略法が確立されるまでは、まだクエストの詳細について広めたくない。

 その事を察したのだろう。芝居がかった仕草で口に手を当てた彼は、離した指で上を指して言った。

 

「色々聞きたいこともあるし、せっかくの再会だ。少し、上で話さなさないかい。」

 

 その言葉で彼が私達を待っていたことに気がついた。ふと隣の友人を見るとこちらは何か思い当たることがあるようだ。目だけで尋ねると小さな声で答えを教えてくれた。

 

「ここに寄るように提案してきたのは、カインなんだ。さっき訪問したメンバーの1人が伝言を預かっていてね。」

 

 どうやら今回の再会を仕組んだのはカインだったらしい。おそらく気を遣ってくれたのだろう。

 

 二日目にした約束を守ってくれたディアベルは前線付近では貴重なサーチライトの協力者だ。特に人員の関係から前線まで調査の手を伸ばせていない現状では、彼の協力は大きい。

 そのためリーダーのカインもディアベルとは付き合いがある。そして彼は私や友人から、ベータでは同じギルドに所属していたことや、今は微妙な関係にあることも聞いていた。

 

「そうか、分かったよ。よし行こう。」

 

 そのリーダーの気遣いをありがたく受け取ることにしたのだろう。友人が承諾の言葉と共に席を立った。普段よりもさらに行動が早いのは思わぬ再会にテンションがあがっているからだろうか。その足取りも軽く、先ほどまで感じていたはずの重苦しさを全く影響させていない。

 早速上にとっているという部屋に向かおうとする彼女に慌てたディアベルが追う。

 

「おいおい。クリスはまだどの部屋を取ったのか知らないだろう。何で先に行くんだい。」

 

「ああ、そうだったかな。では案内を頼むよ。」

 

 そんな久しぶりのやり取りを続ける二人の後に続きながら、私は懐かしいものを感じる。その容姿も関係も他の色々も随分と変わってしまったが、それでもその時の彼らのやり取りは今は遠いベータテストの頃のことを思い出させてくれるようで嬉しかった。

 

 

 

 話し合いが終わり、酒場を出た時にはすでに日は落ちていた。これから今日中に半分は終えたいと言って去っていくディアベルの背中を見た友人がため息をつく。

 

「……心配か。」

 

 その物憂げな様子につい声をかけてしまう。問われた友人は数瞬言葉に詰まるが、やがて仕方なさそうに苦く笑って答えた。

 

「そうだな。確かに心配だ。焦り過ぎている気がする。」

 

 その口調は弱く、常にはっきりとした物言いをする彼女のものとは思えなかった。普段の彼女らしくないその様相からそれだけ久々に再会した元マスターに危うさを感じているのが伝わってくる。

 

 残念ながら友人の見解は正しいだろう。私も同じ印象を受けたからだ。久しぶりに会ったディアベルから一番に感じたのは大きく膨れ上がった焦りの感情だった。

 

 本人としては明るい外面の下に隠しているかも知れない。しかしかつての彼を知る私や友人にははっきりと感じられた。

 危険ともいえるレベルまで醸成されたその感情が今の彼を急かし、突き動かしている。

 

 それはもはやすでにまだ遠いクリアを目指して自力での脱出を諦めないという希望でも、私や友人のような茅場の思惑通りに踊る事を拒否したプレイヤー達を守るためという自己犠牲の精神よりも強く、彼の行動に大きく影響を与えているのは間違いないだろう。

 

 自分が危うい状況にいるということはディアベルも分かっているはずだ。それが自分や無茶に付き合ってくれた仲間達を危険におきこむかも知れないということも。

 

 しかしもう止まることも投げ出すことが出来ない事も分かっているのだろう。それが許される段階はあの二日目の選択の時に過ぎている。そしてその意味は時間が経つほどに増すことはあっても決して消えることはない。

 

 同じことは、今彼と行動を同じくしているかつての仲間達も感じているようだ。今回の再会が成ったのも、彼を案じた何人かが私達の様子を見ること彼に提案したことがきっかけだという。   

 おそらくは前線に張り付いて日々精神をすり減らしている自分達のリーダーがそれら一切合財をただ1人で抱え込み、疲弊して変わっていく様を見るに見かねたのだろう。

 

「今回の検証を引き受けたのもPTメンバーの強い要望に押されてらしい。彼本人はそれほど乗り気ではなかったよ。多分気分転換を兼ねてのことだろうが、もしかしたら逆効果だったかもしれない。」

 

 私と同じ考えに至ったのか、痛ましげに友人は言葉をもらした。その視線の先には足早に遠ざかっていく彼の背中に向けられている。

 

 一心不乱にただ前だけを見て歩くその彼の姿は、まるで道脇に座り込むプレイヤーを極力視界に入れないかのようにも、この街によどむ暗く、陰湿な空気を必死に振り切ろうとしているかのようにも見える。

 そして彼の抱える焦りの感情を煮詰め、行動の機軸としての役割をさらに強めていくかのようにも。

 

「デスゲーム開始からもう三週間あまり。そして未だに一層の攻略すらも果たせていない、か。確かにこの状況では思いつめるのも無理はないとはいえ、あれでは……。」

 

 その様をただ見送る事しか出来なかった友人の言葉にはかつてのリーダーが抱えた追い詰められた危うい心と、それを軽くしてやることが出来ない自分への苛立ちがあった。

 

 今回の再会が仲間の気遣いによることも、久しぶりの私や友人との対面がディアベルの焦りを抑える一助になったのも間違いはない。それはうぬぼれでもなく、別れの時に見せた彼の笑顔が証明してくれる。

 

 しかし同時に今回の再会は、彼が切り捨ててきたものの現状を同時に見せつけることにもなってしまった。

 この街からたった10日だけ離れていた私や友人にも思うところはあったのだ。二日目以来、この街からずっと離れていた彼が受けた衝撃はそれ以上だろう。

 

 彼の仲間達が浅慮だったわけではない。前線に張り付いている限りでは噂や伝聞でしかこの街の状況は入ってこないため、今のはじまりの街やそのに残ったプレイヤー達の現状などは知ってはいても実感はしていないはずだ。

 

 だが「百聞に一見は如かず」の例えのように知識ではなく、体験として直接目の当たりにした現状は彼に想定以上の実感を与えてしまったのかもしれない。

 

 ゲーム攻略を目指し、そのために大勢のプレイヤーに背を向けて街を出た。それから最前線で攻略を進め、また自身や仲間達の強化に日々の時間を費やしてきた。

 

 差異はあるとはいえベータテストの時の知識も使えた。また攻略を目指すために街を出たプレイヤーの数も多くはないとはいえそれを可能とする戦力は確かに存在していた。

 

 ゲームシステム的にもレベルが10程度もあればこの階層ではボスを除くモンスターは脅威にはならず、事故死の危険も大幅に減らせる。同じレベルの仲間がいれば、そのハードルをさらに下げることも可能だ。

 

 たとえ死がペナルティに課されているとはいえ、それらを条件を存分に生かせればベータテストと同じように二週間とはいかないまでも、一層の攻略は容易に達成出来るはずだった。

 

 にもかかわらず現実では一層の突破はおろか、先日ようやく迷宮区の攻略が始まったばかりだ。もはや慎重という言葉は裏返って臆病という言葉に置き換えられ、脱出を目指す勇ましい攻略者という印象は、口先だけの詐欺師かペテン師かという評価にまで落ち込んでいる。

 

 犠牲者はすでに一千人を超えているのに、それに見合う成果を全く示せない。攻略を言い訳に他者を見捨てた口先だけの卑怯者。そんな認識が彼を縛り、さらに追い詰めている。

 

 この状況を考えればよくやっている。慎重なのはデスゲームだから仕方ない、などという慰めの言葉も今のディアベルにとっては焦りを加速させる以外の効果はないだろう。どんなに言葉を並べたところで一千人超の犠牲者という事実の前ではただの自己正当化にしか思えなくなる。

 

 もしかしたら私達の活動による影響もそれに拍車をかけているかもしれない。犠牲者は一千人を超えたが、しかし日々に出るその数は確実に減少している。

 前線近くの犠牲者は相変わらずのようだが、それ以外の場所では退場者が0という日も珍しくはなくなっている。

 それが私達や他の支援組織による活動の結果であることは、胸を張っていえる数少ない事実だ。

 

 あの日に袂を分かった私達は少ないながらも確実な成果を出し、一方で自分達は示せない。そんな状況もまた彼を追い詰める一因になっているかもしれない。

 

 かといって私達にどうこうできるわけもない。結局は、ただ彼の選択が間違っていなかったといつか示される日が来ることを祈るしかできなかった。

 

「どうしたものかな。」

 

 苦い友人の呟きに答えられず、その言葉はただ暗い空へと消えていった。




原作では登場しないであろうオリジナルのEXスキル《キズナ》は、とある事情から実装されています。

他にも同じ原因から原作とは異なる部分が今後もいくつかありますが、そのうち明かされるはずです。

途中で書くのをやめなければですが。今のペースだとそこまで行くのにはまだまだかかりますし。

次からはフロアボス攻略戦に向けての話になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。