ポケットモンスター Reversed 作:アダス・セッシャー
01.1 - 闇と黄金
ある少年の両親はジムリーダーの成りそこないだった。
今より十数年前、二人はそれぞれ別のジムリーダーの下でジムトレーナーとして勤めていた。彼らはいつかはジムリーダーになってポケモントレーナーの頂点、"ポケモンマスター"にならんと日々切磋琢磨していた。しかしその努力は実る事なく、ついぞジムリーダーにすら成り代わるには至らなかった。
二人が出会ったのはなんの変哲も無い御見合いだった。彼らは同じような境遇を共感し合い、いつしかそれは恋へ発展して、結果二人は結ばれた。そして結婚を契機に二人はポケモントレーナーを引退することとした。黄金期で無かった当時の情勢において、ポケモントレーナーという"職業"に与えられる給金はとても多い物ではなかったからだ。
だが、彼らは自らの夢を諦めた訳では無かった。
彼らは自らの子に果たせなかった目標、その思いを全て少年の未来に託したのである。
彼らは少年に英才教育を施した。母親は生れてすぐの赤子にポケモンに与えて触れさせて、父親は少年が言葉を話せるようになる頃にはポケモンバトルのイロハを叩きこもうとした。
だが、世界は彼らの都合のいいようには動かない。
母親が少年にポケモンを慣れさせようとしたが、ポケモンは少年と馴れあおうとしなかった。
父親が少年にポケモンに戦わるように言ったが、ポケモンは少年の言う事を聞かなかった。
叶わなかった理想を他人に押し付けた両親に罰があたったのか、両親から与えられる重い期待感を嫌った少年が無意識下でそれを望んだのか。それは少年が神から与えられた、この世界において天罰とすらいえる個性。
それは、ポケモンに理由なく嫌われるという体質。
ある日、とうとうポケモンが命令を無視するばかりでなくなった。訓練用の対戦相手に向けられるはずだったその爪が、少年に向けて振るわれたのだ。少年は軽傷を負う程度で済んだが、彼はこの日を境にポケモンというものが好きでなくなった。
両親はこのことについて心配もしたが、何より少年の才能の無さを嘆き、そして怒った。
もっと努力しろ。もっとポケモンのことを考えろ。ポケモンと気持ちを一つにするのが優れたトレーナーだ。などと父親は少年に向けて辛く当たった。
理不尽な境遇の中で、少年は思った。
ポケモンは悪くない。両親の強い思いも分かる。悪いのは全て自分の体質のせいだ、と。
そう思っていたからこそ、彼は黙って両親から与えられる訓練を受け続けた。成果は出せずとも、傷付こうとも、両親が自分に失望するまでは投げ出すまいと心に決めていた。
今より二年前、ある少年が遠い地方で伝説となったことをきっかけにして、とある事件が起きるまでは。
【●】
「ドンファン! "ころがる"だ!」
薄暗く埃っぽい環境の中、十代半ばといった少年の声が響き渡る。
命令を受けたドンファンはタイヤのように丸めた身体を、対戦相手に向けて思い切り叩き突けるべく速度を上げた。勢いよくドンファンが向かった先に居るのは、スリーパーと呼ばれるエスパータイプのポケモンである。その後ろにはスリーパーのトレーナーと思しき背の高い青年が立っている。彼は少年と呼べるような年齢には見えず、二十代前半のように見えた。
「まだだスリーパー、焦るな……」
スリーパーに迫っていたドンファンは、さしたる抵抗も行わないスリーパーに向けて、全力で攻撃を仕掛けた。が、その攻撃は何故だかスリーパーに当たる事なく、その僅かに隣をすり抜けていった。そのままドンファンは勢いを保ったまま固い壁に激突し、自らにダメージを受けてしまう。廃ビル全体が軽く揺れ、ぱらぱらと天井から埃や欠片が落ちる。
「ば……バカな!!」
「今だスリーパー! "サイコキネシス"を喰らわせてやれ!」
ヒビの入った壁の前で大きく隙を見せたドンファンは、敵のサイコキネシスに対して何の抵抗も出来ない。ただでさえ激突の衝撃で軽い脳震盪を起こしていたドンファンは、重ねてスリーパーのサイコキネシスを受けたショックであっけなく気絶してしまった。
「く……クソ! あ、あそこで外さなけりゃ俺が……!」
膝から崩れ落ち、負け惜しみながらコンクリートの地面を叩く少年に、歩み寄ってきた青年が吐き捨てるように言った。
「気づかなかったのか? お前のドンファンは俺のスリーパーの"妖しい光"によって混乱させられていたんだ。なのに、前後の確認も出来なくなる"ころがる"を命令するとはな……素人もいいところだ」
「おお!」「勝った!!」「勝ったぞ! ゲンゲの勝ちだ!」「よおし! 二万儲けだ!」
青年に謗られ、さらに悔しがる少年の向う側で、二十人程度の老若男女が雄叫びのような声を次々に上げた。青年を称賛する声の他に、少ないながら負けた少年を罵倒する声も混じっている。彼らは、ポケモン試合の勝敗に金を賭けていたのだ。無論、これは立派な違法行為である。
ここは数年前に住人が居なくなった廃ビルで、地下を闘技場に改造した違法な"賭け試合"の闘技場の一つであった。
このビルが建っているのはガラチャシティと呼ばれる町の郊外で、そこは多数の強豪トレーナーを輩出する巨大なトレーナーズスクール、学園都市として有名な都市だ。黄金期に差し掛かると、輪をかけてこの町は大きく発展することとなる。トレーナーの質も向上し、ガラチャシティはここエンレイ地方に居を構えるトレーナーにとって最も重要な都市となっていた。
またガラチャシティはポケモントレーナーの究極点、ポケモンリーグとチャンピオンロードの手前に位置しており、ポケモントレーナーの最後の門としても知られている。
しかし、黄金期がガラチャシティにもたらした強烈な光は、同時に周りの闇を際立たせることにもなった。学園都市として発展した町の中央部と、その周囲については大きく発展したものの、その郊外の都市に関しては逆だった。それらの都市は学園都市に人口を吸い取られ、良くて大規模な過疎化、悪い所ではゴーストタウンと化した場所も少なくはなかった。
このビルがある場所も、その過疎化した地域の一つだった。
試合に湧く観衆の中には、明らかに場違いに見える目立つ二人組がいた。若い少年と少女である。どちらも似たような年齢に見えるが、どちらかと言えば少女の方がわずかに幼く見える。
「メギさん……ど、どうでしたか? 私は外れちゃいましたけど……」
少女が少年に向けて問う。彼女は手にドンファンの投票券を持っていた。無論、今となっては紙くずである。
「リンネ…‥まさかあいつに賭けたのか? 正直実力に差がありすぎて、本当に賭けになるのか怪しいとすら思ったぞ」
一方メギと呼ばれた少年は、スリーパーの投票券を金に換金しに行く途中だった。倍率が低かったので大した稼ぎにはならないが、ほぼノーリスクで金を稼げたことにメギは満足していた。
「あの大人のヤツは多分学園都市のヤツだな……雰囲気が似てた。小遣い稼ぎにでもやって来たのかね……。ま、分かり易い金儲けが出来て俺は助かったけどな」
「だ、だって当たれば高かったから……。あ、そうだ。メギさんいっぱい稼げたならちょっと分けてくれませんか?」
幼い容姿の割に強かな少女だった。メギがこの少女と行動を共にしているのは、この少女のそういう気質が気に入っていたからだ。
メギは苦笑しながらリンネと呼ぶ少女に言う。
「やだよ、自分で稼げ。それが出来なきゃ町に戻ることだな」
メギとリンネは、双方ともガラチャの町の家から逃げ出してきたという共通点があった。
雨の中、ゴーストタウンのビルの影で泣いていたリンネをメギが拾ってから、リンネはメギに懐いていた。メギはそこまで長く付き合うつもりは無かったのだが、リンネとは不思議と馬が合い、出会ってから二か月弱程度経った今も行動を共にしている。
メギが換金を終え、二人が闘技場を後に住処のゴーストタウンへ戻っていく途中、不意にリンネが口を開いた。
「あ、そうだメギさん。ピカチュウってポケモン知ってますか?」
メギはその質問に眉をひそめた。
もちろんメギはピカチュウのことを知っていた。というより、現代社会においてピカチュウは最も有名なポケモンの一つとすらいえる。
何故ならば、それはかつて一人の伝説となった少年の主力として活躍したからだ。試合における圧倒的な強さ、そしてそのポケモンの可愛らしさも合わさり、黄金期が始まってからは爆発的に人気が上昇した。
「ピカチュウって好きなんですよ私。可愛いから!」
「俺も好きだぞ。高く売れるからな」
まあ売ったどころか実際に見た事すらないけどな、とメギは心の中で独りごちた。
ピカチュウは元々希少なポケモンで、乱獲が始まってからは野生での目撃例はかなり少なくなった。故にその値段は、売り買いされるポケモンの中でも飛びぬけて高いのだ。
「で、ピカチュウがどうかしたのか?」
「えっと、私達の暮らしているゴーストタウンの近くでピカチュウを見かけたって情報を聞いたんですよ」
その情報に、ピカチュウの希少さと高額さを知っていたメギは驚いた。
「それ本当か!? 捕まえればかなりの資金に……」
「駄目ですよ! 私が飼うんですから!」
リンネに思わぬ方向から食いつかれたメギは思わずたじろぐ。しかしいいアイディアを思いついたメギはリンネに提案を持ちかけた。
「……そうだ、なら勝負と行こうじゃないか。簡単だ。先にピカチュウを捕まえた方がそれを好きなようにしていい。どうだ?」
「……そうですね。じゃあ、それで行きましょう! 私負けませんから!」
そう言うと、リンネは綺麗なスタートダッシュを決めると共に住処のゴーストタウンの方へ走って行った。置いて行かれたメギは後を走って追うことはせず、歩いて住処へ向かっていった。
リンネにはポケモンの知識はまだまだ浅い。知識と経験に関してはそれなりの自信があったメギは、リンネが自分より先にピカチュウを捕まえられると思っていなかったのだ。だからこそ持ち掛けた提案だった。
しかし、メギは真逆の事もまた考えていた。それが独り言となって口から出る。
「そうだな……あいつが見つけて自分の手持ちにするのなら、それはそれでいいのかもしれないな」
リンネは自分と違ってポケモントレーナーとしての未来がある。だから、ピカチュウが切っ掛けとなって彼女が町に戻るのならば、それもまたいいと思っていた。
「ま、負けるつもりはないけどな。さて……」
メギはリンネから聞いただけでピカチュウの情報を殆ど持っていない。故にその情報を集められそうな場所に向かうこと考えていた。メギは色々なところを思い浮かべた後、一ついい場所が思い当たる。
「そうだ、久しぶりに"闇市"に行ってみるとするか。掘り出し物もあるかもしれんしな」
メギは懐に入っている臨時収入の温かみを感じながら、闇市に向けてその進路を変えた。
■キャラクター名前の由来
メギ - メギ科メギ属
リンネ - スイカズラ科リンネソウ属のリンネ草、草なのに木? リンネと名の付くキャラクターは多いですが、筆者は『ゴーストトリック』に登場するリンネが好きです。
ゲンゲ - マメ科ゲンゲ属
ガラチャシティ - 唐茶色、よみはカラチャですが語呂を取ってガラチャに改変。茶由来の色ってホント色々ありますよね。
この小説のネーミングは本家の例に漏れず、人物は植物町は色で基本的にやっていきます。主人公格のネーミングは色の場合もあるんですが、モブも含めて主人公のような魅力を持たせたいと思ってるので全員とりあえず植物で統一しておきます。