ポケットモンスター Reversed 作:アダス・セッシャー
ゲンゲと別れたローバイは、中古や訳アリのアクセサリや服が並べられている区画を過ぎた辺りにある、ポケモンに関するグッズ、またはポケモンそのものの販売を主とする一角に訪れていた。普段ローバイは掘り出し物の服飾品を求めて、前述の区画へは結構な頻度で訪れる。しかし、こちらの通りまで足を延ばすのは意外にも初めての事だった。
そしてローバイはその通りの傍らで、釣り人風の恰好をした一人の男とモンスターボールを交わしながら話をしていた。
「なるほど……これは良いコイキングだ……進化させればさぞ魅力的なギャラドスになるに違いない!」
男からモンスターボールを受け取ったローバイは、モンスターボールの中に透けて見えるコイキングの様子を確かめながら感嘆の息を吐いた。それに対して、数枚札を受け取った男は、それを数えながらちらりとローバイの方を見て問いかける。
「ええ……でも、金貰った後で何ですが、"竜使い"で名の通ってるローバイの旦那的にはそいつは良いんですかね?」
それを聞くと、ローバイは何を聞いているんだとばかりに反論した。
「何を言う! 何も問題は無い! 竜使いがこいつは竜だと言えば、この世に
かつて自分が誉めそやしていた
「……で、買い値には色まで付けてやったぞ? 約束通り君の知ってる情報を教えてもらおうじゃないか」
ローバイは、このコイキング売りの男とある約束をしていた。
コイキング売りの男は、ローバイがこの区画に足を運んだ最初の一歩目で、強引な押し売りを仕掛けてきた男だ。それにローバイは聞きに行く手間が省けた、とばかりにピカチュウに関する情報を聞いたのだが、どうも男はそれについて知っていることがあるらしい。男は自分の商品を買ってくれたら情報もおまけをするなどと言ってきたので、ローバイは嬉々として彼の持つコイキングを色を付けて買い取ったのだった。
「まあ、俺はピカチュウなんてポケモン、名前だけで見た事も無いんですがね。旦那の言う黄色くて鼠っぽいのなら、ついさっきそこの『ポケモン大好き
ローバイはふむ、と言いながらその可能性を考えた。数秒の後、浮かんだ結論を男に向かって答える。
「かもしれんが、そうもないとも言えるだろう。その三人が全員組んでいるならまだしも、そうでもないなら足を引っ張り合うはずだ。そんな状況で簡単に捕まえられるようなポケモンじゃないさ、ピカチュウってやつは……」
「はあ、なるほどねえ……ところで何だってローバイの旦那がピカチュウを? まさか旦那にとってはピカチュウすらもドラゴンなんです?」
うっ、とローバイは答えに詰まる。うっかり馬鹿正直に『国際警察の仕事』と言わなかっただけ、ローバイにとっては頑張った方と言える。
少しだけ迷った後、ローバイは"言ってもいい方"の理由だけを答えようと思った。
「流石の私もピカチュウはドラゴンとは言わない……ただ、ピカチュウについては……」
もしかするとこれも言ってはいけないことか? と若干逡巡しながらも、結局ローバイは思っていたことを口に出した。
「もしかしたら……今逃げているピカチュウについては一つ心当たりがあるかもしれない」
会話の後、一言礼を言うとローバイはコイキング売りの男から離れて、『ポケモン大好き
(ピカチュウが逃げたという方向にはゲンゲがいるはずだが……もしかすると、もう捕まえた後かもしれんな)
ローバイは最新式の
何度か試して、ローバイが
ローバイが『ポケモン大好き
「くそ……この
店主は修繕に集中しているようで、近づいてきたローバイに気づく様子は無い。店主は不機嫌そうで、どうにも話しかけ難い雰囲気を放っている。だが、ローバイはそんな店主に対して、一切の躊躇い無く声をかけた。
「そこなご主人! 少し宜しいか?」
「あん?」
店主はぶっきら棒に顔を上げる。やはりその顔は不機嫌そうだった。店主はローバイの顔に見覚えが全く無いようで、ただの空気の読めない客だと思って、モンスターボールの置いてある木製の台座をぞんざいに指さした。
「ポケモンはそこにいるので全部だよ。コラッタにオタチにジグザグマにポッポ、選り取り見取りだ。好きに見てってくんな」
とりあえず、言われた通りにそのモンスターボールをのぞき込むローバイだが、軽く見渡した後にすぐにそこから離れると、不躾に言い放った。
「見事に
その言葉に店主はただでさえ不機嫌そうな顔を、さらに眉根をぐっと寄せる。自分の商品に大声でケチを付けられたのだから当然だ。ローバイはいきなり殴りつけられないだけまだマシと言える。
「何だよあんた……冷やかしか?」
それを聞いたローバイは、ちっちっと指を振る。
「否だ! 私が興味があるのはその
「な、何!? 本当か!?」
思わず店主は立ち上がる。そして先程までの不機嫌そうな顔が、今ではきれいに拭いさられていた。当然だ、金の卵に逃げられたと思ったら、思わぬところで金蔓が現れたのだから。それも、その条件は今では一文にもならない逃げられたポケモンと壊れた
その店主の反応に、ローバイは満足げに首を振る。
「うむ、まあ私としては最高に不要ではあるが……オープンキャンパスの時にでも夢見る若者に配るのも良い……福袋形式で」
そうして、喜んで店主は
全て聞き終えた後、ローバイは一つだけ店主に尋ねた。
「……この
「ああ、もともとその
ふむ、と納得した様子の声でローバイは店主の話を遮った。そして、ローバイは立て続けるように締めの言葉を口から放つ。
「いや、もうその話はいい! 実に参考になった、礼を言う! 今は手持ちがかさばるのですぐに商品を買うことはできないが、後日必ず買いに行かせよう!」
そう言うと、ローバイはベルトにあったモンスターボールの一つを空に向かって放り投げた。空中で光が花火のように弾けると、そこからフライゴンが姿を現す。その余りにも目立つ姿に、店主を始めとする闇市の人々があっけにとられているとローバイが店主に向かって声をかけた。
「それでは、私もピカチュウの保護に向かうとしよう! さらばだ諸君! 君たちの商売繁盛、千客万来を祈っている!」
そう笑いながら、フライゴンの背に飛び乗って超速で去っていくローバイを尻目に、店主はぽつりと呟いた。
「何だあの変人は……」
【●】
リンネはガラチャに住む地主の一人娘だ。
裕福な家庭の中、リンネは大切に育てられ、彼女の願いは大体において聞き届けられた。
しかし、それでいて過剰に甘やかされることも無く、彼女はガラチャに生まれ、そして住む者としては珍しいほどに、まっすぐとした気性を持った人間に育った。
カントーの伝説のトレーナーの試合を見て、トレーナーを目指そうと思った少年少女は数知れない。そして、リンネも例に違わずその中の一人だった。
当時のリンネは八歳で、トレーナーが許される年齢は十歳からだった。彼女の真摯な思いに両親も答え、彼女が十歳の誕生日を迎えると同時に、彼女はポケモントレーナーとして育てられるはずだった。
だが十歳の誕生日、彼女にはポケモンが与えられなかった。
その理由は今となっても分からない。だが、リンネが興奮のあまり早起きしてしまった誕生日の朝、彼女は両親が喧嘩をしているのを見てしまっていた。
間違いなく、それは自分の誕生日に関係していることだろう、と思った。
私のせいでいつも仲の良いお母さんとお父さんが喧嘩をしている、と思った。
私の我儘のせいで――
そうして、リンネは自分の家を飛び出した。
今にして思えば、もっと話し合うべきだった、とリンネは思う。
注文していたポケモンが届くのが一日だけ遅れただけだったかもしれない。両親の喧嘩ももっと些細で、すぐにでも仲直りできてしまうような小さなことだったかもしれない。
でも、あの時はただ哀しくて、自分の家族が、家全体が自分を責めているような気になって、そうしてそれが痛みとなり、弾けるように彼女は家から逃げ出した。
彼女自身はそうと思っていないが、不幸と言うなら、その先で
メギは一人きりになっていた彼女を結果的に救い、面倒を見る生活の中で暗い雨雲に閉ざされていた彼女の心に光を灯した。そうやって、いつしかリンネはメギに惹かれていった。
メギは彼女とガラチャの裏世界をつなぐ楔として、少し深く彼女の心に刺さりすぎたのだ。
彼女は今日に到るまで、二月もの間家へ帰っていない。
だから今となっては"家から逃げた"という事実自体が、何よりも重く彼女の心にのしかかる。それは時間が長くなれば長くなる程重みを増していく。
そして、それがいつかは払わなければいけない負債と知りながら、彼女は今もまだ郊外で暮らし続けるつもりだった。
リンネがメギと別れてから、既に一時間弱が経過していた。
リンネは持っていた情報に基づいて、目撃例があったとされる地域を探索していたが、未だピカチュウの影も形も見つけていなかった。
同じ鼠ポケモンなんだから、と思ってよくコラッタを見かけるような場所を中心に探っているのだが、やはりコラッタを見つけるばかりで一向に本命は見つからない。
「もしかしてもう捕まっちゃったのかなあ……いや、まだだよね! もっとよく探そっと」
ゴミ捨て場に落ちていたリモコンの電池で釣れないかなあ、などと思いながら路地に入ろうとしたら――
唐突に背後の方から何かが墜落する音が鳴り響いた。
「へっ!?」
リンネが驚いて振り返ると、土埃があがった辺りに倒れこむ男の姿があった。落ちてきた上を見ると、結構な高さに空を飛ぶポケモンがいるのが分かる。
「ぐう……
「あ、あの……大丈夫ですか?」
リンネが声をかけると、男はすぐに立ち上がって姿勢を正した。
「ああ失敬! なあに、驚く必要も心配する必要もない! 私はさして怪しくもない正義の味方だ! 私の名前はその名もローバイ! そんなことより、こんなところで女の子がうろついていては危ないぞ! ガラチャの郊外で野生のポケモンに襲われる報告は決して少なくないのだからな!」
突っ込みどころは満載だった。
しかし、一分の隙も無く捲し立てられたマシンガントークにリンネが閉口していると、ローバイは困ったような顔を浮かべた。
「……これは警戒されているな? おお、そうだ。ならば飴をあげよう、今すぐに!」
これは名案だ、とローバイはバッグから新品の飴の袋を取り出すと、ばりっと袋の封を破ってリンネに差し出した。この行為が不審者の常套手段であることについてはローバイは何ら気づいていない。
「昨日デパートで新発売されていた不思議な飴風のど飴だ。ミックスオレ味とサイコソーダ味と美味しい水味の三種類があるぞ! 好きな味を選ぶとよい」
その中でリンネは一つ飴を摘み上げると、少しだけ疑問に思った事を口に出す。
「……お、美味しい水の飴って美味しいんですか?」
「美味しい水の飴なのだからきっと美味しいだろう」
「そ、そうですか……」
釈然としない思いを抱きながら、リンネは無難にサイコソーダ味の飴を受け取った。もっとも、受け取っただけで口には含まない。そっとスカートのポケットにしまった。
「ところで、君の名前……もしかしてリンネと言う名前ではないか?」
「へ!?」
いきなり名前を言い当てられ、リンネは驚いた。このタイミングで自分の名前を知っている可能性のある人間といえば、リンネは一つの悪い予想が頭に浮かぶ。
そして、それは的中することとなった。
「ガラチャの正義の味方の名において、私はガラチャで起きた事件・事故の類は全て記憶している! そうして、君の外見的特徴は私の脳内で二月ほど前に行方不明になった少女と一致した! 深緑のツインテール! 金色の瞳! 身長一四五センチ! 体重――」
「いやーっ!」
「おはぁっ!?」
ローバイはリンネに突き飛ばされ、さきほどまで倒れていたところに再び転がった。リンネはその隙に路地の向う側へ走って逃走を開始する。リンネはローバイを、自分を家へと連れ戻すためにやって来た人間だと思ったのだ。
リンネが路地を曲がり、ローバイの位置から見えなくなった頃、突き飛ばされたローバイは倒れたまま一言呟いた。
「しまったな……私としたことがうっかりしてしまった! 女性のプライベートにデリカシーを抱くのを怠ってしまうとは……」