外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

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「というわけで、ボクと一緒に聖杯戦争をしてくれないか?」

『………………………………………』

どこかの場所。
どこでもない場所。
存在してはいけない場所。
一人の人間を中心として発生しているこの世界。
此処にいる七人を呼び出した男が作ったであろう領域は、魔術はおろか魔法や権能、神といった超常を超える存在でも説明できるシロモノではないと全員が理解した。特に、神代の魔術を心得てるローブを被った女は理解できないこの世界の構成に戦慄を隠せずにいた。

何のためにこの七人を呼んだのかを説明し終えた男は改めて七人に向き直る。

「別に従わなければ死ぬわけでもないし、従わせる気もない、むしろ従われてもいい。ボクはただ今から行く世界で貴方達がどんな物語を作っていくのかが見てみたいんだ」

語りかける七人の内の二人、青色を基調とした男たちは既に諒解したと言わんばかりの笑みを浮かべている。戦えるのならそれで良いといった風だった。
疑惑を向けるのは先の女ともう一人、腰以上にも伸ばされた美しい紫髪の女。当然といえば当然の反応だ。この男の存在が意味不明であるのも疑惑を募らせる一端だが、その目的が理解できない。要約すれば「武道大会で誰がナンバーワンになるのか」を観たいだけで何の利益もなく、求めもしないという。

「疑うのも無理はないか……でもボクとしては貴方達を聖杯戦争……ああ正確には聖杯大戦に参加させてみたら面白いと思ったから召喚した。それ以外に……それ以上の理由がないんだ。他の英霊も捨て難いのはいるんだけど、やっぱりこの七人が良いと思うんだよ。だから申し訳ないが今から行く世界には一緒に来てもらう。でもそれからの行動は貴方達の自由にしてくれて構わない。勿論、マスター権も切るし、令呪もそちらに渡そう」

嘘は言っていないと、そう見えた。
別に裏切ろうとか殺そうとか考えてはいない。正直に言ってしまえば、今がどういう状況なのか未だに理解が追いついているとはとても言えず、現状は兎に角情報整理する時間が、この男の存在を問い詰める必要があると取り敢えずは従っておくことにした。

「さて、貴方達はどうかな?」

男が向ける目線にいる残り三人はこれといった反応は見せなかった。
直立不動。ただ坦々と男を見定めている。
男をマスターと認めて黙って従おうとしているのか、それとも寝首を掻こうとしているのか。
一人は前者のように見える。
一人は後者のように見える。
最後の一人は…………。

「ん、何か?」

最後の一人は、重く閉じられていた口を開き、問い掛けた。

……聖杯を取れるのは真か? と。

「はい。ボクが変えたのは参加人数のみ、あとは普通通りの聖杯戦争ですので、優勝すれば必ず手に入ります。その為には多くのサーヴァントを斃さなければいけませんが、その分叶えられる願いには余裕ができますよ」

更に問う。

……では、聖杯を好きにして良いというのも? と。

「そこは、他の皆さん次第ですね。見たところ聖杯を使いたいと思ってる人は少ないようですし、先程も言ったように聖杯に焼べるべきサーヴァントは事欠きませんから、仲間内で争う必要はないでしょう」

それに、と男は言う。

「いざとなったらボクが願いを叶えてあげますよ。もちろん、それだけボクを魅せつけてくれたらの話ですけど」

聖杯戦争の意義をまるっきり無視した応えを返してくる。
だが、その言葉が嘘かどうかはどうでもよかった。
聖杯を勝ち取ることができる事実があるのなら、それだけでいい。

……ならば、ここに契約は完了した。貴方には私と供に聖杯を取ってもらう。

「ふふ、諒解しました。ではご希望通りに貴方のマスターとさせて貰います」

男が腕を掲げると眩い赤い光が増していき、同時に背後からは白い光が強くなってこの世界を無色に染めていく。

「ではそろそろ出発しましょうか。積もる話は向こうに着いた後でじっくりしましょう」

光は完全に世界を覆い、ここから違う場所へと映り変わっていく。

「さあ、外典と戦う時間だ」

その言葉を最後に、八人は世界を翔んだ。







プロローグ

鋼が如く堅牢を体現せし剣士が大剣を振るう。

灼熱を想起させる殺気をもって向かい打つ槍兵が間も無き刺突で迎撃する。

 

剛腕でもって繰り出される剣戟は風を生みながらも風を殺しつくしていく。物理を、条理を、破壊し尽くしていく。

絶対に人間が持てないような武器で、絶対に人間ができない動きで操って、絶対に人間ではない二人は平然と互いを討ち取らんと死合いを行なっている。

槍兵は身の丈を超える大槍を軽々と扱うどころか時間差も感じさせない速さで一気に七十八もの連撃を人体の急所に余すことなく叩き込み、剣士は槍を受け入れながら(・・・・・・・・・)逆に大剣で槍兵の体を切り刻んでいく。

大怪我では済まない瀕死の攻撃を喰らっているのに――――未だに戦いは終わらない。

どちらも手加減無しの真剣なる死合いに臨んでいるにも関わらず、傷の一つも負っていない。正確に言えば傷を負った途端に巻き戻しが起きたかのように修復されているのだ。

 

現代ではありえない光景。否、神代(・・)でも中々見られないであろう戦士の傑物同士の戦いは苛烈であり、豪快であり、素晴らしいものだった。決して見られない奇跡の競演は見るものが見れば己の武の矮小さに恥入り、ともすれば感動のあまり涙を流してしまうかもしれない。

しかし悲しきかな。こんな剣戟はただの挨拶代り、ウォーミングアップの域を出ない。本気であっても全力でやっているわけではないのは二人とも同じであるからだ。

 

傷つけても傷ついても修復される程度のダメージしか与えられないこの戦況。

千日手に陥ってるのは誰の目に見えても明らか。

ならばこれは忍耐の戦い。根競べだ。

先に痺れを切らせた方が、先に動きに歪みができた方が、先に隙をつくらせた方が勝敗を分かつ。

あと千回斬り結べば、あと万回痛恨を埋め込められれば、あるいは千載一遇の好機を掴めるかもしれない。

 

やってみせよう。

永劫続くやもしれぬ激突を望んでみせよう。限りある時の中であろうとも最期の瞬間まで勝利を手繰り寄せてやろう。

それこそ英雄。そうしてこそ英霊だ。

 

―――――貴公(おまえ)もそうだろう?

 

殺し合いで育まれた奇妙な絆で二人は鍔迫り合い視線を交わし、再びぶつかり合っていく。

 

時刻はまだ夜。

人外魔境の戦場は空が黎明を示すまで消える事はなかった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

今更言うまでも無いだろうが、この二人は人間ではない。

彼らは〝サーヴァント〟という、〝聖杯〟を巡る戦いの為に魔術師に呼び出された過去の英雄の映し身である。

彼らが呼び出された戦場の名は〝聖杯大戦〟。〝黒〟と〝赤〟に分かれた陣営が聖杯を奪い合う戦いだ。

〝黒〟を率いるはユグドミレニア一族。

〝赤〟を率いるは時計塔・魔術協会。

両陣営とも組織の域を出ないがこの〝聖杯大戦〟は下手をすれば国家間同士の戦争よりも酷い惨劇になるかもしれない危険性を帯びている。

それぞれがそれぞれの威信と矜持を、命を賭けて挑む空前絶後の戦争の要となるのがサーヴァントなのだ。

〝聖杯大戦〟で呼び出せるサーヴァント数は全部で十五騎。

〝黒〟に七騎、〝赤〟に七騎と均等にまわりそれに適したクラスに据えられる。

セイバー。

アーチャー。

ランサー。

ライダー。

キャスター。

アサシン。

バーサーカー。

残りの一騎は両サーヴァント及び聖杯大戦の行末を見守り審判するために呼ばれる中立の特別クラス。ルーラー。

以上がこの戦争の主役たち。勝利の鍵を握る最大最強の戦士達なのである。

 

たった二騎の戦闘で、しかも全力ではない戦いで人間が太刀打ちできるものではなかった。戦場そのもの(・・・・・・)ですら余波だけで足場がフラつくほど粉微塵と化していた。

そんな連中が十五騎。中立たるルーラーを除いても十四騎が雌雄を決するために戦う。

もしも七対七の全面戦争になったらどうなるかなど……想像するだけで恐ろしい。

街中であったなら瓦礫の山と廃墟の群れが成し、緑豊かな森や草原は更地になるだろう。

幸いにして〝聖杯大戦〟は秘密裏に行なわれるので戦場とする場所も多少は(・・・)考慮されるだろう。大騒ぎになって困るのは両陣営とも同じなのだから。

 

 

 

かつてないほどの激戦となるのが予測されるこの戦い。

しかし、もしも、もしも。

ここに、更に七騎が追加(・・・・・・・)されたらどうなるだろうか?

〝黒〟でも〝赤〟でもない、〝三つめの陣営〟が存在したら?

そんな絶対にありえない事態になってしまったら?

 

 

これはそんなありえない外典(アポクリファ)外典(アポクリファ)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「――――ここまでだな」

 

さっきまでの激しい槍撃と殺気が一瞬で消え、槍兵―――〝赤〟のランサーはそんな事を言った。

夜は完全に明けたわけではないが、もうじき日が昇る時間帯になる。

聖杯大戦の特性上と相手の力量とを合わせればとてもじゃないがそれまでに決着は付けられそうもないと判断したのだ。

 

「オレ達がこのまま打ち合っては三日三晩続くだろう。それでも構わないというのならそれも有りだが、どうする〝黒〟のセイバーよ。オレはどちらでもいいが」

「………………」

 

剣士―――〝黒〟のセイバーは無言で剣を収め、身体で「同意」と示した。

〝黒〟セイバーも〝赤〟のランサーと同じ様な事を思っていたからだ。

そして分かっていた。ここでやめるのは本意ではないのも。だがサーヴァントである以上は聖杯大戦は隠密で行なわれるというルールに従わなければいけない。

ましてや今ここにはルーラーの(・・・・・・・・・・)サーヴァントが居るのだ(・・・・・・・・・・・)。続けるのは難しいだろう。

そしてもう一人。〝黒〟のセイバーの〝マスター〟ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアもいる。

マスターとはサーヴァントを召喚した魔術師のことで、サーヴァントと同じく重要で様々な役割を持っている。この場で言えばサーヴァントに聖杯大戦の協定を守らせることだ。

秘匿するのが絶対順守である以上、〝赤〟のランサーが何も言わなかったとしてもマスターか、あるいはルーラーが止めていただろう。―――尤も〝()のランサーが従うかど(・・・・・・・・・・)うかは微妙であったが(・・・・・・・・・・)

 

「……ッ」

 

ゴルドは不満も露わに呻いた。

サーヴァント同士の争いに人間が入り込む余地はない。マスターの〝特権〟を使えばその限りではないといえるが、無いに等しいのは確かだ。〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーもそうだった。認めざるを得ない。あんなのはどうあっても介入の余地がない。如何に自分が優秀な魔術師でも次元の違う戦いに突っ込むほど愚かではない。

だが、〝()のランサーのマスター(・・・・・・・・・・)なら話は別だ。この聖杯大戦はサーヴァントの戦いではあるがマスターの戦いでもあるのだ。どういうことかランサーのマスターはこの戦いに姿を見せなかった。陣地に引きこもるのは正しい戦術かもしれないが、魔術の秘奥を存分に発揮して戦う気高い対決と認識しているゴルドには此方が姿を見せているのに何の反応も無いのは屈辱でしかなかった。

 

「―――願わくば、次こそは貴公と心ゆくまで戦いたいものだ」

「……ッ!?」

 

〝黒〟のセイバーを、ゴルドは信じられないものを見る目でみた。

ゴルドはセイバーにある事情から口を開くことを禁じた。それはセイバー自身も了承し、納得した事の筈だ。なのにこのサーヴァントは禁を破った。サーヴァントはマスターに従うのが義務なのに。

―――喋った。このサーヴァントは私に許可なく勝手に喋った!

自らの従者を睨みつけるゴルドだが、セイバーは〝赤〟のランサーへの敬意と賞賛を送るだけ。出会った当初ゴルドを「浅ましい」と侮辱し、戦いの最中での自分の宣戦を無視したマスターのサーヴァントを。

腸が煮えたぎる憤怒と更なる屈辱を溜めこむゴルド。

これが後の戦いの致命的なすれ違いの遠因となり、セイバーとの関係が破綻してしまう破目になるそんなゴルドの耳に―――

 

 

 

―――――拍手が鳴った。

 

 

 

 

 

 

全員が、音なる方へ目を向けた。

〝黒〟のセイバー、〝赤〟のランサー、ゴルド、そしてルーラーが見た。

加えてこの戦いを遠見の魔術や使い魔を通して見ていた〝黒〟(ユグドミレニア)と〝赤〟陣営のマスターとサーヴァントが目を向けた。

 

「ブラァボォー、おおブラァァボォォー」

 

視線を向けられた存在は…………これといった特徴がない中肉中背の男。

髪は黒色の短髪。服装は黒いスーツ、高級ではなさそうなそれを着崩しはせずにちゃんと着ている。年齢は成年になったばかりだろうか、どうにも覇気らしきものを感じない。

〝特徴がないのが特徴〟などと馬鹿にしてしまうような、そうとしかいえないほどに普通の、ともすれば変装の魔術で姿をそう見せていると言われて納得してしまうほど一般人染みた男だった。

 

「いや素晴らしい。本当に素晴らしい。とっても頭の悪い陳腐な物言いだけど、そうとしか言えないくらい感動したということでひとつ納得してもらいたい」

 

ソイツはとてもフランクに、とても愉快そうに、とても鼻に着く口で言う。

 

「セイバーの剣もセイバーの頑強さも、ランサーの槍もランサーの鎧も。そしてなによりも技量と心意気が素晴らしい! もし他の誰かが同じ武器と防具をもっていたとしてもこれほどに拮抗はしなかったろう。直ぐ首を飛ばされたろうし宝の持ち腐れだったろう。それを十二分以上に引きだし、確固たる自信と誇りを活かし武を極めている君たちはやはり素晴らしい」

 

興奮冷めやらぬ態度のソイツは腰を折り、仰々しい礼の姿勢を〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーに向けた。

 

「賞賛と感謝を贈らせてくれ、〝黒〟セイバー、〝赤〟のランサー。君たち二人は正しく英雄だ。此処で君たちに出会えた幸運がただただ嬉しい限り。

それでこそ聖杯大戦に(・・・・・・・・・・)参戦する価値があると(・・・・・・・・・・)いうものだ(・・・・・)

 

ソイツの最後の言葉に著しく反応したのはルーラー、次いで遅れてゴルドだ。

こんな場所に居る時点で一般人などありえない。

この男は、ここに集っている神秘に携わる者に違いない。ならばコイツの正体はおのずと限られる。

 

「貴様……っ、〝赤〟のマスター、〝赤〟のランサーのマスターだな!? この魔術協会の走狗風情が、今頃になって現れたか! ルーラーの殺害を実行(・・・・・・・・・・)しながら(・・・・)自らは姿を晒さなかった卑劣ぶり、度し難いにもほどがある!」

 

ルーラーより先に、これまでに詰った不満を吐き出すようにゴルドは仮面の男を罵倒する。

実は〝黒〟セイバーと〝赤〟のランサーが戦うより前、〝赤〟のランサーはあろうことか聖杯大戦取締役のルーラーを殺そうとしたのだ。

当然ながら愚行でしかない。仮に規約に反する事をしたとしても、他のどんな策謀よりも明確なルール違反だ。罰を与えるものを殺そうとするなど、間抜けの誹りは無論、然るべき罰則を架せられるべきだ。

 

「ルーラーよ。貴女はセイバーとランサーの戦いは別の案件として粛清をなさらなかったが、もはやそうではなくなった。今此処に貴女を謀殺しようと企てた主犯(くろまく)がいるのです、然るべきペナルティを架せるべきです! ランサーの真名の公開すら生ぬるい、スキルと宝具の情報。いやマスター権の剥奪も妥当でしょう!」

「―――セイバーのマスターよ。それは誤解だ」

 

口角に泡、唾を飛ばしてルーラーを焚きつけるゴルドは、〝赤〟のランサーの静かな反論に鼻で笑った。

 

「誤解、だと? いまさら罰則が恐ろしくなったか!! 言った筈だ、貴様の蛮行は見たと。言い訳など出来るとでも思っているのか? ハッ! どうやら浅ましいの貴様のほうだったようだな!」

「ここまできて誰からも相手にされないでいたおまえが、ここぞとばかりに(げん)を連ねて名誉挽回を計る気持ちは仕方がないかもしれんがな、まず前提が違っているぞ」

「こ、……の、っ!?」

 

手の内を読まれるどころではない心の奥底すら見透かす言動に、こいつはどこまでも人を馬鹿にしなければ気が済まない英霊なのかと爆発寸前になるがゴルドは何とか耐え抜いた。

 

「ならば言ってみろ! 言い訳を! なにが違うというのだ!!?」

「そこにいるのはオレのマスターではない。それだけだ」

「…………え?」

 

―――あっさりとした回答(いいわけ)に一瞬呆然となった。

 

「尤もソイツがオレのマスターでないのと、オレがペナルティを受けるのかは別の話。だがそれを決めるのはルーラーの役目だ。オレは勿論、いちいちおまえが煽りたてるのも、主張する必要もない。やるだけ無駄だからな。……それでも無駄をやるのは自由だが」

「……マスターではない? デマカセを言うな! この場に来るのが貴様のマスターでなくて誰だというのだ!?」

「いいえ、〝赤〟のランサーの言う通りです」

 

〝赤〟のランサーを弁護したのは、その命を狙われたルーラーその人であった。

あんまりな事態にゴルドは空いた口が塞がらない。

 

「彼は〝赤〟のランサーのマスターではありません」

「る、ルーラー。貴女まで何を言い出す―――」

「そもそもにして、あなたはマスターでは(・・・・・・・・・・)ないですね?(・・・・・・) 黒でも、赤のでも」

「ええ、そうですよ」

 

え、っと何度目かの疑問符を発するゴルドだが、周囲はソレを置いてけぼりをする。

 

「ボクは〝赤〟のランサーのマスターじゃない。まあ本当にそうであったらいいと思うほど魅力的だけど……そうだな。どうだろう〝赤〟のランサー、ボクと契約をしないか? そっちの〝黒〟のセイバーも一緒に。君たちなら大歓迎だよ」

「心にもない勧誘だな。オレと〝黒〟のセイバーへの感動は本物なのだろうが、それ以上におまえに降るのはおまえ自身が望んではいないだろう。おまえはオレ達が敵である事を望んでいる」

「おやおや、そこまでわかってしまうのか。末恐ろしいね、キミの眼力は。一応聞くけどセイバーはどうかな?」

「…………………」

「はっはっは、フラれたか。……でも君たちのマスターであったらよかったって思いはウソじゃないよ? キミたちが味方(・・)だったらどれだけよかったか」

「―――オレからもいいか? おまえは一体何だ(・・・・・・・・)

ルーラーによれば〝黒〟でも〝赤〟でもない、そもそもマスターではないようだが。何をしにきた?」

「おや、キミらしくない問い掛けだね〝赤〟のランサー。わかってるんだろう?

―――ボクは人間だ。それに自分で言ったじゃないか。〝敵である事を望んでいる〟〝討ち果たす事を切望している〟って」

 

嘯いてコツコツと歩いて近づいてくる。〝赤〟のランサーにではなく……ルーラーに。

 

「キミがサーヴァント・ルーラー。この聖杯大戦の監督役にして進行役を司っている者。聖女ジャンヌ・ダルクで間違いないかな?」

「……ええ、その通りです。それで、あなたは? 見たところ魔術師ですらないようですが?」

「なっ!?」

 

自然とハブかれていたゴルドがあらん限りの驚愕をした。

戦闘で人払いの結界を張るのは必須。今回だって例外ではないし、今尚継続して維持されている。魔術師がそれを察知して侵入するのは難しい事ではないが、一般人にそんなことはできない。格好は一般人よりだが、魔術師の格好など人によって普通にも異常にもなる。コイツは魔術師であるのを隠すのに魔力殺しの礼装を使っているのではないかと思ったが、サーヴァントの、取り分けルーラーにその程度の誤魔化しなど通用しないだろう。

 

――――魔術師でないなら一体コイツは何なのだ?

 

ゴルドは口を開きかけて、尋常じゃなく空気が張り詰めているのに漸く気付いた。

セイバーが自分の前に出て立って剣を抜いていたのを。

〝赤〟のランサーが槍を取りだしていたのを。

ルーラーが油断なく男を見ていたのを。

サーヴァント達が戦闘態勢を取っていたのに、いまごろになって気が付いた。

 

いや、……いや、問題はそこじゃない。

結界に入ったのは、一般人であるのなら奇跡と偶然でまだ説明はつく。

だが、結界に入って戦闘場に来て拍手されるまで誰も気付けなかったのが異常なのだ。

〝黒〟のセイバーも、〝赤〟のランサーも、ルーラーも侵入に、接近に気付かなかった。

そんな事が可能なのは、サーヴァント、アサシンしかありえない。

〝気配遮断〟というクラススキルを持っているアサシンならば三騎が気付かないのも無理はないが――――それも違う。

 

先程遣り取りがあったではないか。〝自分のサーヴァントにならないか〟と、〝キミたちのマスターになりたかった〟と。

マスターは魔術師なのが原則。そこには現世の依り代、魔力供給といったものが多多必要であり、サーヴァントに務めは果たせない。少なくともアサシンにできるとは思えない。

嘘を言っている可能性はあるが、じゃあ男はサーヴァントと言っても信じられない。

アイツにはサーヴァント特有の気配が全くしない。それこそルーラーが気付くはず。しかもルーラーは〝マスターではない〟と言ったが〝サーヴァントだ〟とは言ってない。

 

魔術師でもない。サーヴァントでもない。

ならば、人間―――――――――本当に?

 

不気味だと思った。

サーヴァントに感じるような威圧とか恐怖とは違う、不気味さ。

そこに居るようでいないような、こっちを見ているようで見ていないような、まるで住んでいる世界が違う(・・・・・・・・・・)様な薄ら寒いものをゴルドは感じていた。

 

「ルーラー。言うまでも無いが、ボクが来たのは聖杯大戦に関する事だ。〝黒〟と〝赤〟の陣営がキミをちゃんと審判役といて立ててくれるのかは分からないが、建前でも必要なモノは必要だからね―――――キミに許可を貰いにきたんだ」

「……許可? 部外者である貴方にこの聖杯大戦に対する事案で許可することなどあるように思えませんが?」

 

ルーラーは隙を見せず、可笑しなマネを取れば即座に行動に移れるようにしている。

この男、〝人間〟とは言っても、〝ただの人間〟とは言っていないからだ。

嫌な予感がヒシヒシと伝わってくる。それは〝赤〟のランサーに命を狙われた時と同じような戦慄で、もっと大きい不安があった。

この男は魔術師ではないしサーヴァントでもない。聖堂教会の代行者のような気配もない。

考えられるとしたら人間に擬態した死徒の類か…………ない。曲がりなりにも聖女と呼ばれた身。そういうものならすぐに看破する。

 

「即刻この地から立ち去りなさい。貴方が何を企んでいるのか知りませんが、この戦いを混沌に貶めようというならば、私はルーラーとして貴方を排除しなければなりません」

 

否、本質を見失うな。

ルーラーは聖杯大戦の進行役。この男の正体がなんであれ関係ない。

部外者が参戦していい理由がない。それだけで十分。

 

だが―――

 

「いやいや、そういうわけにはいかないんだよルーラー。ボクがここから逃げたらキミたちに裏切り者扱(・・・・・・・・・・)いをされて明確なルー(・・・・・・・・・・)ル違反になってしまう(・・・・・・・・・・)

 

男もまた否と返した。

 

「……どういう意味です? 貴方が何を言っているのか私にはわかりません」

「そうだね。論より証拠というし、コレを見てもらった方が早いね」

 

 

男は袖に隠れていた腕をルーラーに見せた。

 

それだけで、息を呑む音がその場を支配した。

 

 

「キミはボクを魔術師ではないと言った。それは合ってる。ボクは魔術師じゃない。

……でも、他は間違ってるね。ボクは部外者じゃないよ」

「……馬鹿な」

 

その腕に刻まれていたのは、〝令呪〟であった。

令呪は聖杯大戦の参加資格証であり、サーヴァントを強制的に命令させる事ができる執行権であり、マスターとなるべくものに与えられるギフトだ。

それを持っていること即ちマスターであることの証に他ならなかった。

しかもその数が普通じゃない。

令呪はマスター1人につき三画まで与えられるが、男の腕にある令呪は目視で数えれば二十一画。

サーヴァント七騎分に相当する量であった。

 

「そんな……まさか、……本物、いや」

「わかってるだろうルーラー、聖杯そのものに呼ばれたキミになら。この令呪が本物であるのも、この令呪がちゃんと大聖杯から配られたものだっていうのも」

 

その令呪を見―――天啓に似た閃きがルーラーの頭を過ぎ、情報が更新された(・・・・・・・・)

 

 

 

『霊器盤』というものがある。

聖杯戦争の監督役に預けられているアイテムで、聖杯が招いた英霊の属性を表示する機能を有する。これによって現界したサーヴァントの数とクラスに関してはいずこで召喚が行われようと、必ず監督役の知るところとなる。

ルーラーは『霊器盤』を持っていないが、『霊器盤』を上回る知覚力がある。

その知覚力によって、更新されたのが何かを知った。

 

 

 

〝黒〟のサーヴァント七騎と〝赤〟のサーヴァント七騎の全騎現界――――そして

 

 

 

 

…………〝金〟のサーヴァント七騎の追加。

 

 

 

 

 

 

 

「〝金〟のサーヴァント……?」

 

呆然と与えられた新たな知識を呟く。

その様子を見て、男は満足気に頷いた。

 

「うん、よかったよかった。どうやらちゃんと貴女にも、聖杯にも認めてもらえたようだね」

 

男はルーラーに背を向け、〝黒〟のセイバーとゴルドを見やり、そして〝赤〟のランサーを見る。

そして此方の様子を見守っているであろう〝黒〟と〝赤〟の陣営へと目を向ける。

 

「―――ユグドミレニア率いる〝(ブラック)〟の皆さん。魔術協会率いる〝(レッド)〟の皆さん。

ご覧の通り、今しがた勢力が変わりました。魔術師の誇りと奇跡の願いを掛けて戦う聖杯大戦に、人間であるボクが加わります。魔術師のあなたがたには耐えがたい屈辱なのかもしれませんが、ボクも唯の人間ではありませんのでご容赦していただきたい」

 

恭しい言葉使いで頭を下げ、今度は令呪の宿った腕を掲げる。

見せつけるように、挑発するように、令呪が光りだす。

 

「〝七騎と七騎〟の争いは、〝七騎と七騎と七騎〟の争いとなりました。ボクは〝金〟のサーヴァント七騎をもってして、この聖杯大戦に参戦し、〝黒〟と〝赤〟を殲滅させていただく者です。

存分に殺し合いましょう。持てる総てをぶつけ合い、悔いのない戦いとしましょう……そして」

 

朝日は既に真上に上り、世界を朝にする。

朗らかな日差しに男は声を高らかに〝黒〟と〝赤〟に宣戦布告を言い渡した。

 

 

「皆さま方、御記憶くださいますようお願いします。

ボクは〝(ゴールド)〟の陣営を率いるたった一人のマスター(・・・・・・・・・・)―――メアリー・スー(・・・・・・・)です。以後、お見知りおきを」

 

 

均衡は崩れ、新たな形となって再統合する。

外典は曲折して大戦は深淵に嵌まっていく。

第一戦からいきなりの大番狂わせで、〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーの戦いの幕はとじた。

 

そしてここからは、誰も予想だにしなかった(・・・・・・・・・・・)戦争が始まる。

 

 

生き残るのは〝黒〟か、〝赤〟か………〝金〟か。

 

 


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