外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

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スパルタクスの四散

 

 

 

 

 

 

三日月を描く剣線が〝黒〟のセイバーの(しるし)を頂戴せんと瞬くも、虚空に空振る。

狙いが外れたのではない、刃を当てたのに手応えがなかったのだ……これでは試し斬りどころか剣を振っていないのと同義である。

なんともはや、奇天烈な感覚だった。同じ箇所を寸分違わず狙い斬っても効果が無く、かといって違う箇所を乱れ斬っても同じこと。

–––––––やれやれ、面妖な。

〝金〟のアサシンは愚痴に似た溜息を吐きそうになる。

〝黒〟のセイバーの宝具【悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)】は〝金〟のアサシンの斬撃を完全防御していた。

Bランク以下の攻撃を物理、魔術を問わず無効化する鉄壁の宝具は、たとえAランク以上の攻撃だろうと微傷しか負わせられない。

疾きこと風の如く斬り裂こうとも無意味。剛の重みがない剣など〝黒〟のセイバーには恐るるに足らず、存分に首を晒して前面に進み出る。

 

「ッ–––––––!!」

 

幾重に斬り込んでくる剣戟の中、〝黒〟のセイバーは長刀が首に当たる瞬間を見極め、横一閃を繰り出す。

首に当てがったままで長刀は使用不可。防ぎようもなく、回避する為に押すも引くも間に合う筈もない間合いを詰められ〝金〟のアサシンは万事休すと追い込まれる。

 

「ふむ」

 

だが、そんな窮地は知らぬとばかりに紙一重に、だが易々と大剣を避け、再び斬り込みにかかる。

避けられるはずがなかったと〝黒〟のセイバーは言うつもりはない。彼は戦いの最中でこの〝金〟のアサシンの強さを実感していた。

今のをどうやって避けたかは、幾つかの要因がある。

一つは単純な〝疾さ〟。暗殺を生業とすれば敏捷が高くなるのは半ば必然であるが、槍兵のランサーに匹敵する疾さともなれば稀だろう。あの〝赤〟のランサーと遜色ない、もしかしたら超えているかもしれないと〝黒〟のセイバーをして思わせるほどならば尚更にだ。

そしてそれに拍車を掛けているのが、二つ目の要因、〝体捌き〟だ。あるいは〝歩法〟と言うべきか。

〝金〟のアサシンは一切の無駄がなかった。

その挙動、所作、足捌きには目を見張る程の〝巧さ〟がある。無気力に見える静止から無軌道に駆ける素早さは何時でも何処でも、四方八方へ、行きたいところへ行ける(・・・・・・・・・・・)ほどに自由自在だ。

今の横一閃は、前へ押すか後ろへ引くかの前後ではなく左右、剣の流れに沿って大剣の止まる場所まで先回りしていたのだろう。

余分な動きはせず、余計な力みは入れず、必要な分だけの力を駆使して、圧倒的不利の状況にも関わらず、焦燥も恐怖も浮かべずに、自分が死にそうになっ(・・・・・・・・・・)ているのに(・・・・・)〝金〟のアサシンはいたって泰然自若、冷静沈着に戦っていた。

 

「ふぅ〜」

「…………」

 

間合いを一旦置き、一休み一休みと呑気に映る姿に〝黒〟のセイバーは『とんでもない』と内心思う。

剣を交える前、のらりくらりと摑みどころのない雰囲気は強者の気配とはとても思えないと称したが、〝金〟のアサシンは戦っている今でさえそのまま変わらずにいる。

それは異常だ。人間が潜在的に持つ闘争本能はどんなに隠そうとも顔や仕草に出てしまうものだ。命のやり取りなら尚更、英霊とて元が人であることに変わりないはず。

だが〝金〟のアサシンにはソレが見受けられない。否、見受けられないのではなく、種類が違う、と言えばいいのか。剣を受ければ受けるほど〝黒〟のセイバーは何となく〝金〟のアサシンのことが分かった気がした。

余人が持つ闘志を〝火〟とすれば、〝金〟のアサシンは〝水〟だ。

触れれば火傷(ケガ)をする火は怖れを引き出す。消そうと躍起になり、自らも熱気に充てられて裡なる焔を燃やす。それこそが戦場における戦意と殺気の応酬だ。

だが、水はその限りではない。

火と違い、水は触れてもケガはしない。それどころか身を清め癒しを齎すこともある、非常に心地良く受け止められるものだ。

 

そして何より、火は水で消える(・・・・・・・)

おおよそ戦闘狂の一面を持つ英雄でも、血湧き肉躍る幸福を求める武人であろうと、〝金〟のアサシンの前では〝戦いを楽しむ〟などという気を無くしてしまうだろう。

決して彼が意図してやっているわけではない、薄く涼やかな笑みを浮かべている様子は彼なりに愉しんでいるのが嫌でも分かる。

ただ、彼は愉しめるが、相手からしたらやり難いのだ。

心滾らせる情熱を沸かせず、心躍る胸の高鳴りも鳴らせない〝静なる闘志〟は相手の殺気を躱し、逸らし、靜ませる。

なるほどそれは確かにアサシンと言えるかもしれない。

 

「………………………貴公は」

「ん?」

 

しかし。

 

「貴公は、本当にアサシンなのか?」

「…………んんん?」

 

しかし、〝黒〟のセイバーは違う。

戦いの最中で分かった〝金〟のアサシンの強さの三つ目が、彼にそんな疑念を抱かせていた。

 

何故(なにゆえ)そのようなことを聴く? この身は(まご)うことなき暗殺者のサーヴァントだが?」

「………………」

 

戦いの腰を折られ、虚偽の冤罪めいた問いに、やや気落ちした〝金〟のアサシンの声に申し訳ない気持ちになる。

果し合いを憚らない彼からしたら、言の刃を交えるは不本意とは承知していた。

しかし、それでも尋ねずにはいられなかったのだ。

 

「すまない、疑っているわけではないんだ。…………………ただ」

「ただ?」

 

煮え切らない態度に苛つくでもなく言葉を待つ〝金〟のアサシン。

構わず剣を振らずに止めていたのは邪念を持ったまま戦われても困るからだが、あのセイバー(・・・・・・)に勝るとも劣らない実力の男が一体何に戸惑っているのか、少なからず興味を惹いたのもあったからだ。

 

「……いや、すまない。こんな時に聴くべきことではなかった。忘れてくれ」

「いやいや、そこまで言いかけながら引っ込めては此方が困ってしまうのだが?」

「……む、それは、その…………すまない」

 

謝ってばかりの〝黒〟のセイバーに、見た目の無愛想さのわりに随分面白い男と、もし斬り合いの場でなければ弄りがいがありそうだとアサシンはついつい何の関係もないことを思ってしまった。それほどセイバーは(わっぱ)のような純粋な顔をしていたのだ。

 

「まあ、言いたくないなら良いのだが。その心積りで続けられるのか?」

「………………………」

 

戦えるのか––––––心配なのはそれ一点だと暗に言っているが、〝黒〟のセイバーは戦う気が削がれたわけではない。

 

彼が何を気にしているのか、それは〝金〟のアサシンの〝剣技〟に他ならない。

 

なんて事はない態度の本人は知ったことではないのだろうが、暗殺者(アサシン)剣士(セイバー)真正面から(・・・・・)戦うのは通常ではありえない。

聖杯戦争に〝通常〟や〝普通〟など求めるのは無理な話だが、その中でも特に異常事態であるのは確かだろう。

なにせ〝金〟のアサシンは宝具を使っていない。

英霊の代名詞にして切り札。ソレを使っていての真向勝負ならば疑問などない。やり方次第ではどんなに弱いサーヴァントでも大英雄殺し(ジャイアントキリング)の可能性を秘めているのだから。

しかし、打ち合ってみて分かるのだ。〝金〟のアサシンは宝具を使っていない。

剣……刀にしてもそれらしい神秘を感じず、身体的な常時発動型の宝具という線も無い。セイバー自身がソレを持っているのもあって断言できる。

 

なのに何故〝金〟のアサシンは最優のセイバーと戦うことができるのか。

〝速さ〟だけで〝黒〟のセイバーは出し抜けない。〝体捌き〟を加えたとしても、〝黒〟のセイバーと渡り合えるほど容易くはない。

〝金〟のアサシンが〝黒〟のセイバーと戦えるのは、それら二つを生かせるための大前提として、彼の〝剣技〟が常軌を逸しているからだ。

身体能力、長刀、それら全ては彼の〝剣技〟を繰り出す為の道具に過ぎず、たとえ彼の身体と武器が宝具であったとしても、この〝剣技〟の前では色が霞むに違いない。

 

それ程までに、佐々木小次郎の〝剣技〟は素晴らしかった。

全サーヴァントの中でも最上級に位置するセイバーの強力な宝具は、下手な武器を使えば当てただけで壊れるのが関の山。傷をつけるのは愚か、鍔迫り合いすら不可能の領域にある。

何度も(・・・)(ほうぐ)を斬りつけるのも、何度も(・・・)大剣(ほうぐ)を受け逸らすこともそう。長刀(ただのぶき)で刀身を壊さず、罅割らせず、1ミリも歪ませずに斬り続けるのは、如何なる研鑽から生まれた妙技なのか。

 

この身を貫いた〝赤〟のランサーの技に喜悦を覚えた〝黒〟のセイバーだったが、〝金〟のアサシンに対しては感動の発露を感じていた。頑強なのをいいことに、攻撃を喰らうのが前提の雑な戦いをしている自分が恥を曝している気分になる程、この〝金〟のアサシンの〝剣技〟に胸を打たれていた。

アサシンは七騎のサーヴァント内でもワーストに入る低ステータスに見舞われる。暗殺者はあくまで〝殺し〟に特化しているのであって闘いに向いたクラスではないのだ。

にも拘らず、その低ステータスを補える程の〝剣技〟があるなんて……技量が高いとだけで終わらせていいものではない。がむしゃらに剣を振るい、何が何だか分からぬうちに邪竜を倒したセイバーにとって、剣で戦うことに美しさ(・・・)を感じるなんて、青天の霹靂、目から鱗が落ちた気分だった。

そう思ったからこそさっきの場違いな疑問を投げ掛けてしまったのだ。この男の方がよっぽどセイバークラスに相応しい剣士ではないのか–––––これがニッポンのサムライという生き物なのかと異国文明(カルチャーショック)として深く心に刻み込まれていた。

 

「剣気が鈍っているでもなし……が、それとは別に気の乱れ有りといったところか。

本当によいのか〝黒〟のセイバー。言葉よりも立ち合おうとは言ったが、そこまで無口になる必要はあるまい。何か言い残しがあれば遠慮せず申し上げるがよい」

「……いや、俺は、ただ––––」

『なにを勝手に喋っているセイバーッ!! さっさとそのサーヴァントを片付けてしまえッッ!!!』

 

聞きたい事があったわけではない、〝黒〟のセイバーは賞賛を贈りたかっただけ。精妙にして流麗、精巧にして華麗なアサシンの剣技に敬意を表したいだけだった。

だが、そんなものは赦さぬと割って入ってきたゴルド(マスター)の念話に言葉を止める。

 

『ヤツはたかがアサシンだぞ?! 隠れ潜むしか能のない薄汚いネズミだ!! なにを梃子摺っているのだ?! 貴様はセイバーだぞ! 名高きネーデルランドの竜殺し、ジークフリートなのだろう!? なぜ暗殺者ごとき始末出来んのだ!?』

 

使い魔を通してセイバーの戦いを見ていたゴルドはあらん限りの大声で罵声を上げる。沈黙の命令を破ったことにではなく、未だ敵サーヴァントを斃せずにいることにだ。

セイバーの〝金〟のアサシンへの絶賛は、ゴルドからすれば屈辱でしかない。

自ら真名を暴露する愚かなサーヴァント。佐々木小次郎などという無に等しい知名度の三流英霊に互角の勝負を持ち込まれているなんて、御し難い醜態だ。自分のセイバーは最優にして最強のサーヴァントと信じて疑わなかったのに、一体コレは何なのだと裏切られた気分に陥いり、怒りと苛立ちに冷静さを失っていた。

それこそ–––––〝金〟のバーサーカーの襲撃を忘れ、霧と蛇の侵入に気付かないほどに。

 

『何なのだ貴様は!? 私の命令に背くばかりか斥候を斃すことすら出来ないのか!!? 貴様は………ッ、キサマは………ッ!!』

 

悪態の言葉が続かず口籠るゴルドに、セイバーは苦い顔をする。

佐々木小次郎への侮辱は勿論良い気がしないのがあったが、その罵倒には真実も含まれていたからだ。

傲慢で小心という最低な部類に入るマスターだと否定できなくとも、それでも自らのマスターに勝利を齎すことに何の異存もない。今現在のユグドミレニアの状況がひと際危うい中で、一騎のサーヴァント相手にもたもたしている自分は愚鈍以外の何物でもないのだろう。

だが、ゴルド(マスター)が抱えている焦燥はハッキリ言って杞憂だ。

確かに側から見れば互角の勝負に見えるかもしれないが、戦況は断然に〝黒〟のセイバーが有利なのだ。

それと言うのも、否、言うまでもなく、〝金〟のアサシン(佐々木小次郎)の攻撃はセイバーには効かないからだ。〝金〟のアサシンの剣技は巧いだけであって其処に力はない。圧倒的な力が【悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファヴニール)】を破る最低条件であるならば、セイバーにとって〝金〟のアサシンは全くもって敵ではない。

速さと巧さで拮抗しているように見えるだけで、セイバーが負ける要素など限りなく低く、このまま戦えば〝金〟のアサシンが種切れで負ける可能性の方が高いのだ。

 

だからこそ(・・・・・)その前に斃すべきだと(・・・・・・・・・・)セイバーは直感する。ゴルドとは意味合いが違うが、早期に決着をつけるべきという心情は一致していた。

こうも長引いてしまったのは、セイバーが決着をつけるタイミングを合わせられなかったのがある。〝金〟のアサシンの体捌きと太刀筋のパターンを推察し、見極めようと文字通り体を張って確かめたが、どうしても仕掛け時を計ることができなかった。

佐々木小次郎の剣技は見切らせることすらさせないと……改めて彼の剣には感嘆させられるばかりだった。

 

「急に黙ったな〝黒〟のセイバー。マスターに小言を貰ってしまったか?」

 

念話故にセイバーとゴルドの遣り取りを知り得ない〝金〟のアサシンが手持ち無沙汰と尋ねる。片目を瞑って茶目っ気な語り口調での鋭い推理、その姿(さま)は兎の皮を被った狐と例えるべきか。

 

「そうさな、此方も小競り合いには飽きあきしていたのも事実………そろそろ勝負を決めるとするか」

「……っ」

 

スゥ–––––ッと静かに、〝金〟のアサシンが、長刀を構えた(・・・)

それだけなのに、それだけのことでセイバーに震えが走った。……それだけの当たり前の事をやっていなかった佐々木小次郎が、今初めて構えただけで、酷く恐ろしい事と感じたのだ。

 

「さて、〝黒〟のセイバー。私はこれからお主に秘剣(・・)を披露しようと思う」

「……?」

 

〝金〟のアサシンの呼称に疑問符を浮かべるセイバー。

秘剣、それは宝具ということか。いや、そもそも何故態々そんな事を言うのか。

 

「そこでだ、其方も一つ宝具を使ってはくれまいか。あるのだろう? 盾ではなく矛の宝具が」

「…………………………」

 

あまりと言えばあまりの要望に、セイバーはどう答えるべきか迷う。

それは––––––その内容自体はセイバーも考えていた。〝金〟のアサシンを斃すのに自分の剣技では分が悪すぎるのもあり、奥の手たる宝具を使うべきと思い初めていたからだ。

それを向こうから言うのは、それほど不可思議でもない。強い戦士と戦いたいと思うことがあれば、その戦士一番の奥義を見たいのは当然の思考だろう。

セイバーとて例外ではない。この佐々木小次郎の宝具、秘剣が一体どれ程の物なのか興味が尽きない。

だがそれには問題がある。〝黒〟のセイバー(ジークフリート)〝金〟のアサシン(佐々木小次郎)と違って高名な英雄。真名解放をしようものなら即座に正体がバレるだろう。

この場には〝金〟の陣営の監視、ともすれば〝赤〟の陣営の監視もある可能性を考えれば、宝具を使うのは悪手と言える。

それに、もう一つ重大な問題がある。どうしようもない問題が。

 

『宝具を、使え、だと……? ––––––巫山戯るなッ! 貴様のような雑魚に宝具を使えだと?! ふざけるなッ、フザケるなッ!!? セイバーッ、その愚か者をさっさと斬り捨ててしまえッ!!』

 

案の定、マスターのゴルドが狂うように怒鳴る。その挑発、その傲慢に怒り心頭になる。

見た目(ステータス)(実力)を判断するなというのは今更だが、ゴルドにとってはそうではない。武芸者でもなんでもない魔術師では、知名度が低く、ステータスも低い格下に宝具を使えと言われるのは侮辱に等しかった。

これがもしステータスの高い優秀なサーヴァントだったならばむしろ催促してくるのだろうが、それは臆病風に煽られた虚栄でしかなく、状況をしっかり把握した上で宝具の使用を判断している訳ではない。ゴルドはただのプライドのみで「宝具を使うな」と言っている。それは全く持って戦場には余分な感情だった。

 

「答えに窮するか。躊躇は当然だが………やれやれ、仕方ない。些か以上に雅さが欠けるが、無理矢理使わざるを得ないようにしてみせようか」

 

そう〝金〟のアサシンが宣い––––––

 

 

 

「〝黒〟のセイバーよ、これより私はお主の背中のみを狙う。

首ではないぞ? 背中だ。 お主唯一の弱点である(・・・・・・・・・・)背中を斬る(・・・・・)

「ッ!」

『なあッ?!』

 

 

 

突飛に、冷たい刃物で肝を突き立てられたような違和感が全身に行き渡り背中に集中した。

背中を斬る。おおよそ誇りある剣士にとっては恥じるべき闇討ちだが、戦場(げんじつ)に綺麗事が通じない真理を知るセイバーに、それを非難する気はない。

セイバーが驚愕したのは、弱点である(・・・・・)と指摘されたこと。それはつまり、自身の真名を暴かれたということに他ならなかった。

なぜ、いつ気付いた、心中の疑問に〝金〟のアサシンは答える。

 

「なに、生前ある獲物(・・・・)を仕留めるべく剣を振るった副産物でな。観察眼にそれなりの物が備わっただけのことだ。〝黒〟のセイバー。無意識であろうが、背中にだけは回り込ませまいと必死で庇っていたぞ?

鋼をも跳ね返す無敵の身体、されど背中のみその限りではないとくれば、該当する英雄は一人……いや、二人か? 兎にも角にも、学のない私ですら知っている英雄には違いあるまい––––––––––なあ、竜殺し」

『な、な、なな、ななっなな、な』

 

セイバー本人よりも、マスターのゴルドの方が激しく動揺し、顔を青ざめさせていた。

セイバーの真名を知られる事を何より恐れていたゴルドにとって、これは悪夢でしかない。

格下だと侮っていたアサシンのサーヴァントに看破されるだなんて、悪い冗談にもほどがある。

 

「しかし確証があるわけではない。状況証拠、という奴だけだ。其れのみで真名を決め付けるのは頂けない、先入観は人を惑わすと言うしな。そんな曖昧な智見を(あるじ)に伝える訳にはいくまいし………うむ、ならばこれは私だけの胸に閉まっておくとしよう」

 

白々しい程の三文芝居をする〝金〟のアサシン。

そんな事をする理由は、もう分かっている。

 

「尤も、私は思いの外お喋りであるのが先程判明してしまったからな。もしかすればうっかり(・・・・)誰かに喋ってしまうかもしれん。

自分の勇名を誰かと勘違いされるのは面白くはあるまい。直ぐに私の口を封じれば、妙な風評は流れぬやもしれぬぞ?」

『殺せセイバアァアァあああああああああああッ!!!!! そのサーヴァントを殺せエエエェエええええええええええええッ!!!!!!!!』

 

ヒステリックに発狂するゴルドの喧しい裏声を他所に、セイバーは戦慄する。

〝金〟のアサシン、佐々木小次郎。その実力には何度も敬服したが、それでもより一層そう思わざるを得ない。

背中に立たれるのに拒絶反応を示すセイバーにとって、背後を取られるのは本能(じどう)的に感じる恐怖だ。故に背中を気にしながら戦っているのは認めるほかない。

しかし、〝黒〟のセイバーは世界を代表する竜殺し、名高き英雄ジークフリートだ。背中を庇っているのを悟られるような下手な戦い方はしないし、必死になって護る気配を出すような真似だってしない。

だが、〝金〟のアサシンにとってはそうでなかった。

セイバーも気付いていない深層心理の奥底で戦々恐々としていたのを、剣の打ち合いだけで見抜いたのだ。

 

「–––––剣よ、満ちろ」

 

もはやセイバーは真名の漏洩云々など考えもしなかった。

その決意に呼応するように光り輝く〝黒〟のセイバーの矛。柄に埋め込まれた青い宝玉から発せられる神代の魔力(エーテル)が黄昏に染まる。

竜を殺した大剣をアサシンに使う大盤振る舞いも全く気にしていない。このサムライは力の出し惜しみをして勝てるような相手ではない。マスターもこの状況では文句もないだろう。

 

逢魔時(おうまがとき)………妖しくも儚く、鮮やかな美しさよ。似て非なる(・・・・・)……否、勝るとも劣らず(・・・・・・・)であろうな。それでこそ斬り甲斐があるというものだ」

 

大変満足気に微笑む〝金〟のアサシンは、瞬間、真剣の(・・・)顔となる。

巫山戯気質の気配が鳴りを潜め、正しく刀の如く鋭利な気を全身に纏わせる。

今までとは比べ物にならない闘気と殺気を帯びた長刀なれど、〝黒〟のセイバーと違い魔力は一切感じない。だが、そんなもので力の測りが出来ないのが〝金〟のアサシン。むしろここまで来て魔力の波動すら感じないのは最大限の警戒をして然るべきだ。

 

「それでは––––––いざ」

「………参る!」

 

大剣は膨大な魔力を渦巻き荒れ狂い、長刀はただ静かに担い手が振るうのを待つ。

暗闇に包まれたイデアル森林は、この一時のみ時間が(さか)まわり夕暮に戻る。

 

……終わりの始まりだ。

 

幻想大剣(バル)––––––」

 

先に仕掛けたのは〝黒〟のセイバー。

勇み足と取られかねないが、セイバーは先刻『その(構える)前に斃すべき』だと直感している。

それが叶わなくなったならば、繰り出す前に斃す。佐々木小次郎の秘剣に興味はあるも、それで死んでは元も子もない。〝黒〟のセイバーはここで死ぬわけにはいかないのだ。

セイバーには望みがある。聖杯に掛ける望みではなく、聖杯大戦にて抱いた新たな願望……すなわち〝赤〟のランサーとの決着だ。

〝金〟のアサシンを蔑ろにする訳ではない、だがそれでもセイバーはあのランサーともう一度闘いたかったのだ。極めて個人的な感情だがこればかりは譲れないと心の底から思うことが出来た。

願いを叶える側の自分が、願いを持つのは珍しいことだ。何故そこまで拘っているのか正直分からなかったが、その理由は恐らく、〝赤〟のランサー(むこう)もそれを望んでいるはずだからだ。メアリー・スーの乱入前のあの死闘の終わりに、確かに通じ合っていた願望。互いを斃すのは互いの内のどちらかであって欲しいと思った。約束でも誓いでもない奇妙な繋がりでも、セイバーにとっては福音だった。

それだけでよかった。自分が望み、相手も望んでいるならそれだけでいい。英雄はかくも単純一途なのだ。それを阻もうものなら、ジークフリートは鬼神すら斬って捨てる。

鬼神を、佐々木小次郎を、全身全霊全力をもって討ち果たす–––––––!

 

天魔失(ムン)––––––」

 

あとは振り下ろすだけ。

そうするだけで辺りの森諸共〝金〟のアサシンを呑み込むまでの刹那。余人が立ち入る隙などない幕引きを下ろそうとしたその時。

 

 

 

『ジャンヌ・ダルクの名において命じる』

 

 

 

久方ぶりの聖女の声を、セイバーは聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の槍に遣られた傷から血が流れる。

舐めれば治る擦り傷だ、気にするまでもないことだ。

しかし、擦り傷でも身体中に斬り刻まれれば相応の負傷になって表れる。

 

〝赤〟のライダーと〝金〟のランサー。双方ともそんな状態だ。

 

なんともみすぼらしいザマだ。着込まれた布も鎧もボロボロでみっともないのはどうでもいい、言っているのは〝傷〟の方だ。

擦り傷だけしか負わせ(・・・・・・・・・・)られなかった(・・・・・・)

〝傷〟なのは胸に走る一文字のみ。あとの全ては取るに足らないヨゴレでしかない。幾多の敵兵を屠ってきた自慢の槍(師からの贈り物)はとうとう目の前の英雄を貫くことはなかった。

それは屈辱であったかもしれないが、同時に歓喜でもあった。

だから彼らは、加速世界を止めた。

どちらからともなく脚を減速させて元の世界に戻ったのだ。

 

「………………………」

「………………………」

 

二騎は間合いを開けて立っている。神速を駆ける彼らにしたら間合いなど有って無いようなものだが。

脚を止めた理由は、なんとなく、だった。なんとなく『この敵の顔をよく見ておきたい』とでも思ったのかもしれない。

自らと対等に戦える敵は稀であり貴重だ。そんな敵をただ殺すだけで終わらせるなど、勿体無い。真名を知れないならせめてそうすべきだろう。

 

「……………ふっ」

「……………くっ」

 

そう思い戦う相手をよく見ていたのだが、そうしていると笑いが込み上げてくるのを止められなくなる。

そして、堰が切れた。

 

「ふっははははははははははははははッ!!」

「くっははははははははははははははッ!!」

 

自分たちはかつて無いほどの狂宴を演じたのに、本当に擦り傷程度しか負わせられなかったのだと真に理解して笑った。

相手をあれだけしか傷つけられなかったのかという自嘲、命を賭した生と死の駆け引きを求め争っていながらどうにも締まりが悪すぎる滑稽さ。

そして相手がそれだけ強い(・・)という愉悦が、二人を笑い地獄に嵌らせた。

 

「ふっ…………賞賛を贈るぞ〝金〟のランサー。そして礼を言おう。まさかこれほどまでとは思わなかった。この俺を一人で相手取れる英霊はそうはいまい、それでこそ聖杯大戦に参加した甲斐がある。よくぞこの〝赤〟のライダーの敵になってくれた」

「ハッ、そりゃどうも。上から目線の物言い、ありがたーく頂戴してやるよ」

 

生意気な態度の〝赤〟のライダーに、憎まれ口で返す〝金〟のランサー。

そこに陰湿な念が無いのはお互いに相手の実力を認めているからだろう。

 

「…………だからこそ、気になるな」

「あ?」

「〝金〟のランサー。アンタのその槍、槍技は我流じゃないな? いや、我流ではあるだろうが基礎は誰かから習ったものだ。それを戦場で我流に昇華した……そうだろ?」

 

〝金〟のランサーが訝しげな顔になる。〝赤〟のライダーの言ったことはごくごく当たり前の些事だ。初めは先達から学び、そこから先は自分で自分の道を模索し強くなっていく。武道であれ、文道であれ、英雄でなくとも真っ当に生きていればそのような人生の中で己を磨いていくはずだ。無論そうでない者だっているだろうが、そんなこと聞いてどうするというのか。

 

「……妙な事を聴く。だったらなんだ? ンなもん得意げに言い当てて、どうしようってんだ? 俺の真名でも探ろうってのか」

「いや、別になんでもねえよ。聞いてみたかっただけだ」

 

この男の真名は是非とも知りたいところだが、今はそれよりも気になることがある。

〝赤〟のライダーは〝金〟のランサーの槍捌きが自分に似通っていると感じた。〝動き〟ではなく、その技量に至れるまで自身を支えた〝基盤〟がだ。基礎を師から教わるという当たり前の部分が、基本骨子が自分と同程度に(・・・・・・・)がっちり(・・・・)している(・・・・)のだ。

戦い方の基盤が優れていれば、其処から先は自由に外装(がりゅう)を取り付け、組み外しも組み直しをしても問題なく機能する。〝金〟のランサーの槍技の数々には常道から外れた奇想天外な槍捌きがあると同時にそんな〝源流〟が多く感じられた。偉大な指導者ケイローンに技を習った〝赤〟のライダーだから分かった、〝金〟のランサーを強くした者の〝授業〟の片鱗が見えたのだ。

〝金〟のランサーにも居たのだろう。自分にとってのケイローンのような先生が、師匠という存在が。それも槍を交えただけで分かってしまうほどのとびっきり(・・・・・)の教師(・・・)が。

 

だからこそ、〝赤〟のライダーは過程が似ていながら〝金〟のランサーに負けている(・・・・・)ことを気にしていた。

 

〝赤〟のライダー(アキレウス)は攻撃、〝金〟のランサーは防御、二人の戦いは終始これに尽きた。アキレウスの脚が健在である限りこの絶対性は揺るがない––––––––その筈だった。

だが一見すれば似たような格好になっているも、眼の良い者が見れば〝赤〟のライダーの方が多く擦り傷があることに気付くだろう。それも死に直結する人体の急所の箇所が。

常に先手を取り、先攻で追い立てていた〝赤〟のライダーが多く手傷を負ったのは、ひとえに〝金〟のランサーの方が上手だったからだ(・・・・・・・・)

槍の〝技量〟がではない。戦いの〝才能〟がでもない…………生前の〝経験〟がであった。

アキレウスは世界に名を刻んだ英雄なのに間違いないが、その活躍、その生涯は駆け抜けるように(・・・・・・・・)短かった(・・・・)。その短さでもって大英雄となったことも含め、彼が稀代の戦士であるという証明に他ならないが、今はその短さに勝敗の行方を左右されていた。

〝赤〟のライダーは強すぎるが故に自分から不利に(・・・・・・・)ならなければ(・・・・・・)いけない程(・・・・・)敵から煙たがられ、最期に至っても神による介入で生涯を終えたくらいまともな(・・・・)勝負をしたのが少なかった無敵の勇者だ。

 

一方の〝金〟のランサーとて長命だったわけでもなければ、まともな勝負が多かったわけでもない。だがその生涯は常に不利の状態で戦うことが多く、無敵の身体も持っていなかった彼は『まともな勝負が出来なかった』ことが同じでも、中身は大分異なる。

その中でも最も大きな違いは–––––––––簡潔に言ってしまえば神々の介入より恐ろしい(・・・・・・・・・・・)女たちの妄執(・・・・・・)に翻弄された点だ。

それによって齎された数々の非業、悲劇によって培われた血肉(つよさ)は幾多の英雄の中でも最上級カーストに食い込む実力を持つに至った……鉄血かつ冷血に変換されるように。

アレらの死地に比べれば〝赤〟のライダーに攻撃の主導権を握られようとも、飄々と返り討ちにするのは訳がない。槍技に差がなく、戦闘力も大差なく、経験値でアキレウスの俊足に対応できる程度に〝金〟のランサーは生き延びることに特化した鉄壁の守りを誇っているのだ。

 

「おーおー余裕を持ってる奴は暇なこと聞いて無聊を慰めるのかねえ……オレもそれなりに脚に自信があったんだが、まさかこうも守りに徹されるとは思わなんだ。槍兵クラスでもねえ野郎に速度で負けるとは、思いの外頭にくるもんだ」

「よく言う。それでいて息の根を止められずにこうも長引かせちまった俺はマヌケってか?」

「いいや? むしろここまでよく攻めてこれたもんだと褒めてんだぜ? 絶好のタイミングでカウンター叩き込んでやったのによく避けやがる。生き急ぐほど徹底的に殺し攻める割には中々どうして、反撃への警戒網が強い。些かお前さんを侮ってたかもしれねえなあ、傲慢な割には油断も隙もなかったからよ」

「……………………」

 

〝赤〟のライダーは嫌な郷愁に見舞われる。〝金〟のランサーの評価は明確にどこぞのオッサン(・・・・・・・・)を思い起こさせたからだ。というのも、ヤツとの戦いがあったからこそ〝金〟のランサーの言うカウンターにも対応できたのだ。守りにかけて右に出るものはない堅牢ぶりと、気を抜いた途端にやって来る鋭い槍の一刺しの〝経験〟は、確実に〝金〟のランサーとの戦いに活かされていた。

–––––まさかあのオヤジとの戦いが役立つ時がくるとは思いもしなかった。

でなければ到底擦り傷で済ませることは出来なかっただろう。………人生とは本当に何が起こるか分からない。

短い生でも確かに生き続ける〝経験〟を痛感した〝赤〟のライダーは、今この時だけは、自身の短命を悔やまずにはいられなかった……それでもあの野郎とは二度とやりたくはないが。

 

「なんだその顔、敵に褒められんのは屈辱か?」

「……嫌なヤツ思い出しちまっただけだ。ああクソっ、戦ってる時は気になんなかったのに、なんで頭ん中に出てくんだっ!」

 

意識してしまうと駄目だった。ヘラヘラヘラヘラにへら笑いの顔と幻聴が頭を掻き毟ってイラつかせてくる。

ヤケクソ気味に叫ぶ〝赤〟のライダーになんのこっちゃとてんで分からない〝金〟のランサーは置いてきぼりをくらう。

 

「––––––そうか、そいつは悪いことしちまったな」

 

しかし、そんな緩んだ空気は引っ込む。

何処(いずこ)かの方向へ目を向けた〝金〟のランサーが何かを察したかのように槍を持つ手に力を込め……。

 

「だが安心しろ。そんなもん直ぐに吹っ飛ばしてやるし……何も考えられなくなるようにしてやるよ」

 

ピクっ、と実際頭を掻き毟りはじめた〝赤〟のライダーの手が止まる。

声に込められた殺気と槍に込められた魔力が辺りを丸ごと飽和させ一種の異空間となっていけば、余計な雑念はすっぱり消えていった。

 

「……急だな。逸る気持ちはごもっともが、もうちょっと悦に浸る余裕があったっていいんじゃねえか? 余韻すら楽しめないようじゃあ楽園(エリュシオン)で笑いを忘れちまうぞ?」

「お前さっき完全に顰めっ面だったよな、完全に笑い忘れてたよな? ……まあいい、ちょいと事情が変わっちまった。緊急(・・)っぽい(・・・)から速く終わらせてこいだとさ」

「緊急? なんだそりゃ。つーか〝ぽい〟ってなんだよ? アンタのマスターが何か言ってきたのか? ちゃんと説明しろ」

「説明する暇もねえくらいにヤバイの(・・・・)が暴走してこっちに来るかもしれん。……だから速く決着(ケリ)つけようって話な訳だ。わかったか?」

 

突飛な事態に説明が曖昧でワケが分からない〝赤〟のライダーだが、そんなのは御構いなしに〝金〟のランサーは槍を構える。

緊急で、ヤバイので、暴走で、こっちに来る……バーサーカー辺りがやらかした(・・・・・)のだろうか?

〝赤〟(こっち)のバーサーカーならやりかねないが……〝黒〟か〝金〟のバーサーカーの可能性も否めない。

いや、原因はどうでもいい。

問題なのは〝金〟のランサーとの勝負を邪魔したという事。直接的ではないにしろ、この得難い強敵とのひと時を阻害したことに変わりなし。

このオトシマエをどうつけてくれようか、という怒りが募りつつあったが、〝赤〟のライダーにとっては丁度良かった(・・・・・・)かもしれない(・・・・・・)

 

「……そうか、だったら俺はこのまま帰らせてもらおう」

「はあ?! テメェなに言ってやがるっ?」

 

突飛の事態には突飛の提唱とばかりに宣う〝赤〟のライダーに〝金〟のランサーは噛み付く。

こんな中途半端に終わって満足するなどあり得ないほど飢えた狼が、逃げる理由がわからない。

だが〝赤〟のライダーは撤退する者とは思えない堂々たる表情(カオ)で告げる。

 

「次に持ち越しという意味だ〝金〟のランサー。もはや我らの戦いは聖杯大戦の趨勢を決める決戦であり、そんなものを超越した宿命となった。貴様とは相応しい場所、相応しい時、そして相応しい決闘をしなければならない。それを何処ぞのサーヴァントなんぞに邪魔されては堪らん。姐さんの言うように戦は序盤、深追いはするべきじゃねえ。気が熟した時こそ、我らは再び槍を交えることになるだろう」

 

だから今回はここで終いだと〝赤〟のライダーは言う。

確かに英雄たるもの誰にも邪魔されず正々堂々と己の誇りを掛けてとことん勝負したい。それが実力を認めたもの同士ならその気持ちは何よりも勝るだろう。

 

「……大仰なこって。まっ、お前さんの言い分には賛成してやってもいい。俺とて英雄の端くれだ、誰にも邪魔されず、干渉もされずに思いっきり戦ってみたいもんさ」

 

だがな–––––––––

 

俺がこのまま逃す(・・・・・・・・)と思うか?(・・・・・) 〝赤〟のライダーよぉ」

 

〝赤〟のライダーが〝金〟のランサーを認めているように、〝金〟のランサーも〝赤〟のライダーを認めている。

彼の言うように、自分で言ったように、とことんまで()り合いたい思いも嘘ではない。

しかし、〝赤〟のライダーは生意気すぎた(・・・・・・)

そのまま素直に撤退を許せず、生意気な小僧にはキツ(・・・・・・・・・・)いお灸を据えなければ(・・・・・・・・・・)ならない(・・・・)、などと気持ちとは裏腹の大人気ない対応をするほどに。もしかすれば、〝赤〟のライダーに脚で負けているのが気に食わないのかもしれない。自分もまだまだ小僧っ子という事かと〝金〟のランサーは苦笑する。

 

「ハハっ、俺を追ってくるつもりか? だが俺と同等に速かろうと俺の馬に追いつくことは出来んぞ。(まさ)しく無駄足になるぜ?」

「ほう……お前の馬はお前よりも速いのか。それが本当なら、なるほど俺でも荷が重いかもしれねえなあ」

 

挑発とも取れる言動に、しかし相槌をうって返す〝金〟のランサー。

それは明らかに秘策有りという余裕からくるものだった。その証拠を行動に移すべく、〝金〟のランサーが後ろに下がりながら(・・・・・・・・・)〝赤〟のライダーに尋ねる。

 

 

 

「それはそうと、知ってるか〝赤〟のライダー。

–––––––槍ってのはよ、遠くにいる敵を殺す為の飛び道具でもあるんだぜ?」

 

 

 

四肢を獣の如く地面に着け、腰を上げた姿は走り出す前の走者のものに見える。

無論、〝赤〟のライダーはよく知っている。

後ろへ下がったのは助走をつけるため、槍に備わる遠距離攻撃たる〝投げ〟をするための下準備。

だが、ただ投げるだけでは終わらないだろう。それだけで〝赤〟のライダーに届くなどと〝金〟のランサーは思うまい。

つまり何をするのかといえば–––––––そういうことだろう。

 

「逃げるのなら逃げても構わんぞ。

但し、その時は決死の覚悟で逃げるがいい」

「……ほう?」

 

両手両足のついた地面が減り込んでいく。急激に体重が増えたような力み。それでいて緊迫した様子も無しに冷静に〝赤〟のライダーを見据える〝金〟のランサー。もし僅かでも逃げる仕草を見せれば紅い槍が飛んでくるのは明白であった。

〝赤〟のライダーは前言を撤回する気はない。

ここで決着をつけようとは思わないし、ましてここで死ぬつもりもない。

さりとてこの場を去るのに生半可な手段を講じても通用しないだろう。それほど〝金〟のランサーの持つ紅い槍からは嫌な感じ(・・・・)がするのだ。

この感覚も〝赤〟のライダーはよく知っている。

アレは『死』だ。

神々の操る事象、権能の強制力、あの紅い槍はそれに近い波動を放っている。アキレウスすら苦手とする〝運命〟の能力。〝金〟のランサーはソレを使用出来るというのか。

槍を投げさせたら、死ぬ。

〝金〟のランサーが〝赤〟のライダーを傷つけられる上に〝死の運命〟を掛ける呪いを放つなら、アキレウスにとってアキレス腱を射抜かれる事と同義だ。

だがしかし、〝赤〟のライダーは微塵の絶望すら抱かない。

 

「いいぜ、やってみろよ〝金〟のランサー。再戦の約定代わりに、アンタの槍を受け止めてやる」

 

そうだ。それで潔く諦めるほど〝赤〟のライダーは英雄などやっていない。英雄の息子は、女神の息子は、大賢者の弟子は、トロイヤの大英雄は、決して屈指はしない。

槍を持つ手とは反対の手を掲げ、出現させたのは盾だった。

恐ろしいほど精密に凝らした意匠、世界を限界まで凝縮して大楯に納めたかのような威容。一目で分かる人間離れした造りはソレが神によって作られた神造兵器だと盾そのものが主張している。

 

––––––殺れるものなら殺ってみせるがいい。このアキレウスに二度も同じ手が通じるなど思わぬことだ。

 

「……たかだか一騎に宝具は使わないんじゃなかったのか?」

「ああ、そのつもりだったんだが……まあアンタになら使ってやってもいい(・・・・・・・・・)と思った、それだけさ。

誇れよ〝金〟のランサー。俺が撤退するために(コレ)を使うなど初めてだからな」

 

〝赤〟のライダーにとっては賞賛なのだろうが、いちいち挑発的になってるのは先ほど〝嫌なヤツ〟を思い起こさせた所為なのか。

だとしても、やはりキツいお灸を据えなければならない程に生意気だ。

 

––––––その心臓を貰い受けて叱りつけてやるとしよう。

 

 

「では行くぞ。

この一撃、手向けとして受け取るがいい」

 

 

激突の時、再び。

攻守逆転も再び。されど此度の戦いは速さではなく、力と力の勝負。

〝金〟のランサーは一気に駆け出し、止まり、跳躍する。

駆け出す際に出来た地面の穴は加速世界で出来た穴より大きく、止まった際に出来た穴はより大きく、跳躍して振りかざした紅い槍の魔力は更に大きく。

上から下へ、紅い槍を投擲する。

たったそれだけのことが、過程だけでも恐ろしく力の脈動を感じるのに、結果として齎される破壊は如何程のものなのか。

 

突き穿つ(ゲイ)–––––––」

 

宝具の真名解放寸前で、もはや形容し難い大きな紅い奔流が渦巻く。

これより放たれるは間違いなく最強の矛。

あらゆるものを突き破り、いかなる壁をも突き進むだろう一矢。

 

これに立ち向かうは鍛冶神が造りし盾の形をした世界。

たとえ城を壊す剣だろうと、国を滅ぼす炎だろうと、神を殺す槍だろうと防いで見せる〝赤〟のライダーの切り札(・・・)だ。

それを防ぐだけ防いだ後、隙を見て撤退するために使うとは、ヤキがまわったワケではないが、冷静ではないかもしれない。

だが構うものか。

この聖杯大戦で宿敵となった者が放つ最強の槍。これを見て興奮しない方が無理難題だ。

ああいけない、〝金〟のランサーとは別の機会に持ち越していこうとしたのに、やっぱりこのまま決着をつけたくなってしまう。

しかし今は余計な事は考えない。あの槍を防ぐことだけ考えろ。後の事は防いだ時に決めればいいのだ。

 

死翔の(ボル)––––––––」

「さあ、来いッ!!」

 

後一瞬、それだけでやって来る一矢を向かい打つべく、〝赤〟のライダーも宝具の真名解放をしようとしたその時–––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝金〟のランサーが、消えた(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 

ジャンヌ・ダルクは決断する。

〝赤〟のバーサーカーの変貌は聖杯大戦の枠組みを越え、世界を仇なす悪鬼に成り果ててしまった。眷属(グール)になったと思しきホムンクルス達も同様だ。

事は一刻を争う。今は〝金〟のバーサーカーをターゲットにしているが、いつまでもそうとは限らない。〝赤〟のバーサーカーは元より、ホムンクルスの一人だけでも逃してしまえばトゥリファスどころかルーマニアそのものが死都に成る可能性をルーラーは予感する。

確実に殲滅するには〝金〟のバーサーカーだけでは足りない。

––––––この時こそ令呪の存在を有り難く思うことはなかった。

ルーラーの持つ三陣営サーヴァントの令呪を使用して戦力を揃える。それはこの状況での最善策なのは必然であった。〝赤〟のバーサーカーに対しての令呪は期待できない。〝黒〟のランサーを取り込んだ異形は外見だけでなく中身にまで及んでいるだろう。

誰を呼ぶべきか……ルーラーの令呪はそれぞれ個別に用意されている専用のものであり、この場に召還したいのであれば明確に誰の令呪を使うのかを決めなければならない。

だがそこはジャンヌ・ダルク。〝神の啓示〟を持つ彼女ならば、誰を呼べばこの事態を(・・・・・・・・・・)早急に(・・・)解決するのか(・・・・・・)が分かっていた。

 

「ジャンヌ・ダルクの名において命じる」

 

聖女に宿った聖痕が、裡なる願いを実行すべく光り輝く。

数ある画の中で二つの画が輝きを増し、そして奇蹟を起こす。

 

「〝黒〟のセイバー! 〝金〟のランサー! 我が元に集結せよ!!」

 

行使する奇蹟は空間転移。魔法一歩手前をいく正真正銘の超常現象を現実にする。

〝黒〟のセイバー、〝金〟のランサーは直ちにこの場に召還され……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()––––––––––––––––––––––––––––––ッ!!!!」

()ウゥゥゥゥ––––––––––––––ッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えッ」

 

召還され……速攻で聖女の令呪を、その命令を遂行した。

広域に拡散する黄昏と、直線に突破する紅色が、〝赤〟のバーサーカーと眷属(ホムンクルス)達。そして〝金〟のバーサーカーとホムンクルスの少女へと向かっていき–––––––

 

「■■■■■ッ」

「きゃっ」

 

ホムンクルスの少女は吃驚して声を上げる。〝金〟のバーサーカーが踵を返し軽々と華奢な身を抱きかかえて立ち退いたのだ。

 

「あはははははははははははははははははッ!!!!!!」

『ア"ア"ア"アアァア"アアアア"ァアァァア"アアアア"ア"ア"』

 

攻撃を避けるなんて思考が存在しない死霊軍団はそのまま二つの光りを受け容れるために両手を目一杯広げて体制を整え、無抵抗のまま〝赤〟のバーサーカーと眷属(ホムンクルス)達は聖なる呪いを孕んだ光に呑み込まれた。

 

 

『––––ア』

 

 

断末魔を上げる暇もなく、肉片を飛び散らせながら呆気なく大番狂わせ(ダークホース)は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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