外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

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アヴィケブロンの背信

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、おいおいおいおいおいおいおい。やっちゃったなオイ!」

 

ミレニア城塞内部–––––––大聖杯を納めていた(・・・・・)間。

神代の魔導器(アーティファクト)を目の前にしながらその威光を他所に、瞼に別の景色を映しているメアリー・スー(マスター)に、眼帯をした女サーヴァントは首を傾げる。

 

「何をそんなに悶えているのですか?」

「トンデモない事態が起こったんです。これはない、コレはヒドい。折角の決闘も台無しだ。まさかこんな悲劇が起きるなんて……神も仏もいやしないっ」

「成る程、つまり下らない事なんですね」

「違いますよっ。冗談抜きで笑えないんです。ああ、やっぱり。〝赤〟のライダーが怒り心頭になってる」

「〝赤〟のライダー……? 何があったんです、ランサーと戦っていたのでしょう?」

「それがですね–––––」

 

メアリー・スーは簡潔に説明した。〝赤〟のバーサーカーと〝黒〟のランサーと〝金〟のバーサーカーの戦いを、ルーラー、ジャンヌ・ダルクが〝金〟のランサーと〝黒〟のセイバーを令呪で転移させて戦いに横槍を入れたことを、転移した先での御愁傷様な惨状を。

なるほどルーラーの特権を使えばこうも理不尽な命令を強行させられるのだと、聖杯戦争の絶対者の力を垣間見る瞬間であったのだろう。

しかしと、女サーヴァントは疑問を持たずにはいられない。幾ら何でもタイミングが良すぎるのではないかと。まるで神の悪戯で起こった喜劇、そしてそんな事が出来る輩に心当たりがある。

 

「俄かには信じ難いですね。そんな都合よく吸血鬼を始末できるなんて……貴方が何かしたんじゃないですか?」

「いやコレっぽっちもやってないです。本当ですよ? 何かやったとすれば(・・・・・・・・・)ルーラーの方です(・・・・・・・・)

「?」

「ああもう、本当にヤバイ、どうすればいいんだコレは」

 

ルーラーが令呪を使った事を言ってるのではないとなんとなく気づいた。何か別の理由がありそうだが……それはそうと〝赤〟のライダーについては確かに冗談抜きで笑えない。

同郷(・・)の男、戦士にとって戦いが如何なるものであるかは心得ている。〝金〟のランサーの実力ならば〝赤〟のライダーにも引けを取らない良い勝負をしていた事だろう。それを邪魔したとなると、ただでは済まない。

〝赤〟のライダーが真相を知っているのか分からないが、一番の容疑者は此処にいるマスターだ。彼が狙われる可能性はかなり高い。

 

「ですが、それがどうだっていうんですか? いざとなったらアキレウスだろうと(・・・・・・・・・)軽く殺せるでしょう?(・・・・・・・・・・)

「言ったでしょう、ボクはなるべく手を出したくないって。っていうかボクが言ってるのはソコじゃなくてですね? ランサーとライダーの、セイバーとアサシンの決着を邪魔された事だけですよ。せっかく面白くなってきたのに、こんなのあんまりですよ!?」

 

遣る瀬無いと、がっくり肩を落とすメアリー・スーに、特に反応もない女サーヴァント。

だが、次の瞬間には難しい顔をしながら信じ難い事を言い出す。

 

「仕方がない。こうなったら時間を巻き戻して(・・・・・・・・)彼らの決闘をやり直させるしかない。手を出すといってもこれなら良いでしょう、うん、良いに決まってる」

「……マスター、本気で言ってるんですか?」

 

その問いは頭の心配をしているのではなく、本当にやるのか(・・・・・・・)と聞いているのだ。

時間の巻き戻し。

現代科学は無論、魔術世界であっても使える者など稀有どころではない正真正銘の魔法。

それをこんな子供の駄々を叶えるために使うと言っているのだ。魔術師が聞いたら侮辱として殺されかねないが、この男なら簡単にやってのける(・・・・・・・・・)のを女サーヴァントは知っている。

 

「本気も本気。ああでもそれだけじゃダメか、ルーラーが居るんじゃ元の木阿弥だ。んーそうだな、彼女には決着が着くまでこの宇宙から(・・・・・・)消えて貰おうか(・・・・・・・)–––––––……え?」

 

物騒な事を言いながら手を指パッチン(フィンガースナップ)の形にして……そこで止まった。

 

「? ……今度はなんですか?」

「……………………」

 

急停止した様子のマスターに問い掛けるも返事はない。

そのままの状態で暫くすると、手を元に戻して呟いた。

 

「これはこれは……凄いな、こんな事が起こり得るのか? いや、うん、だからこそ、それでこそ、英霊ってところなのかな」

「どういう事です? 何を見たんですか?」

 

一人で勝手に納得して終わろうとするマスターに抗議する女サーヴァント。そんな彼女にちょいちょいとこっちに来いという仕草(ジェスチャー)で招く。

少々不満ながらも側に近寄ると人差し指を額に突き付けられ、そこから灯る光から別の景色が瞼に映った。

 

「ッ!? …………何ですか、アレは?」

 

女サーヴァントは景色が変わったことではなく、その中に映っていたモノに驚愕を露にする。

 

「ボクも分かんないです。でも一つだけ言えるのは、このままじゃあ(・・・・・・・)ボクらもヤバイ(・・・・・・・)ってだけですかね」

 

サッと身を翻し、何処かに行こうとするメアリー・スーは一度振り返って己のサーヴァントに告げる。

 

「やっぱりもう少し様子を見る事にします。

––––––––〝金〟のライダー。戦うも戦わないも自由ですが、とりあえずその方(・・・)はちゃんと休める場所に移動させた方が良いですよ?」

「……ええ」

「でも意外ですね。貴女が誰かに優しくするなんて、なにか気になることでもあるんですか?」

「……さあ? ……私にも分かりかねます」

 

女サーヴァント–––––––〝金〟のライダーは後ろに(・・・)横たわらせていた(・・・・・・・・)勇者(・・)を姫抱きで抱える。

その身に石化は無く、至って人のままで気を失っていた……というより〝金〟のライダーに眠らされているのだろう。

しかもその顔、その表情、そしてその下半身(・・・)

それらの寝相であればどんな夢を魅せられているのかは、お察しだ。

 

「……やっぱ優しくないですね貴女は。殺した方が情けでは?」

「おや、石にさせた方が優しいというのですか?」

「……まあ、好きにしていいですけど。ではまた後ほど」

 

お気の毒に、とメアリー・スーはこの場を去っていった。

心外とは思わない。他人に見られたくないような状態にさせているのは事実で、自身の趣味も褒められたものじゃないのも自覚している。

しかしそれだけではないのだ。この元マスター(・・・・・)を生かしたのは。

本当にどうしてこんな事をしているのか、〝金〟のライダーも掴みかねている、この何とも言えない奇妙な想い。まるで自分じゃない(・・・・・・)感覚に支配されているのはこの手に抱えているものに関係しているのは間違いない。

 

「貴方の勇気が無駄になってしまうかもしれない。ですが今は……せめて夢の中だけは平穏に、ゆっくりお休みください。目が覚めて何もかも終わっていようと、それでもまだ貴方が戦うというのなら、その時は……」

 

子を寝かしつける母のように、弟を世話する姉のように優しく声を掛ける〝金〟のライダー。

……妙な感覚だが、悪くないと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

手の甲に鋭い痛みが走ったダーニックは反射的に腕をひくつかせる。紡がれていた糸が細くなっていき、やがて崩れゆくほど脆く、劣化していく様を令呪越しに感じたのだ。

 

「どうした、ダーニック殿?」

「ランサーが殺られたようだ。令呪はまだ残っているが、魔力経路(パス)が著しく細くなって消えかけている。消滅までは時間の問題と言ったところか」

「そうか。〝赤〟のバーサーカーを解放したのも無駄になったか……いや、むしろ〝赤〟のバーサーカーに殺されたのかもしれないな」

「見誤ってしまったか。まあ仕方がない、バーサーカー(アレ)等はヴラド三世でも手に余るオスマントルコだったという事だろう」

 

〝黒〟の陣営最強のサーヴァントが斃されたにも拘らずひどく他人行儀に俯瞰しているのはダーニックが『魔術師』であるからとしか言いようがない。〝黒〟のキャスターも言わずもがなだ。

今、この二人は大きな湖の畔にいる。

イデアル森林最北端に広がる清らかな水を湛える此処は、まるで別世界のよう。〝金〟のサーヴァント達との戦争とは程遠い穏やかな空気に満ちていた。

 

–––––––ダーニックの手に持ってる斬り取った片手(・・・・・・・)が無ければ。

 

斬られた片手から血を流し、ゴーレムによって拘束されている〝黒〟のキャスターのマスター、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアが居なければ、シートでも広げてランチを愉しめる程に良い景色であっただろう。

 

「ン"ン"ン"ッッッ–––––っ!? ン"ン"ン"ン"っっッ!?!?」

 

ロシェは口元を土で覆われ涙と鼻水で顔が歪んでいる。十三という幼い容貌と相俟ってその有様を見れば誰もが彼に同情の視線を向けるだろう。

こんな事をした張本人であるダーニックと〝黒〟のキャスターとてそうだった。二人ともロシェの才能を、ゴーレムへの造詣が深いのを認めている。いち魔術師としても、ユグドミレニアとしても、彼が死ぬことは(・・・・・・・)多大な損失に違いないとどうしようもなく惜しいと思っていた。

だが仕方がない。このままではユグドミレニアの悲願が砕け散るよりは、生前の悲願が達成出来なくなる危険性があるならば、少年一人の犠牲で済むのなら安いものだ。

 

故に、利害が一致した魔術師二人は新たな契約を結ぶに至るのだ。

 

「–––––––告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に」

 

それは英霊召喚のための詠唱だとマスターならば誰にでも分かることだが、ロシェには悪魔儀式の呪詛に等しい絶望の旋律へと変わっていた。

その言葉を紡ぐことの意味するのは、マスターの鞍替えに他ならない。誰よりも尊敬する〝黒〟のキャスターという先生を奪われてしまう事が、こんなに怖い事なんて思いもしなかったロシェの悲鳴も無視して詠唱は続く。

 

「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」

「受諾する。〝黒〟のキャスター、アヴィケブロン。ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを新たなマスターとして認めよう」

「ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"–––––––––––っ!???????」

 

斬られた片手に刻まれた令呪はダーニックの手に移植され、ここに新たな主従が誕生した。

ダーニック程の魔術師であろうと二体のサーヴァントを従えるのは通常不可能だが、ゴルドの開発した変則契約によって問題なく魔力供給はクリアしている。念の為〝黒〟のランサーを魔力供給しているホムンクルスとの経路を切って契約をスムーズに進めようとしたが、どうやら功を奏したようだった。

 

「よし、では早速命令だ。キャスター、宝具【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】を起動せよ」

「了解した、我が主」

「–––––––––ッ!?」

 

なんの逡巡もなくマスター替えに賛意した〝黒〟のキャスター(アヴィケブロン)への衝撃も止まずに行われる宝具の発動に、ロシェの頭はパンクしそうになる。

 

訳が分からなかった。

事の始まりは紛れもなく〝金〟のバーサーカーの襲撃である。あのデタラメサーヴァントの凶悪さにロシェは生きた心地がしなかった。〝黒〟のセイバー、ランサー、アーチャー、そして先生と自分が作り上げたゴーレムが居ればどんな敵をも斃せると思っていた自信は粉々に打ちひしがれた。アレそのものに対する恐怖は勿論、先生と尊敬する〝黒〟のキャスターが殺されてしまうと動揺し、涙ぐんだのだ。

だが〝金〟のバーサーカーが大穴を空けた時に紛れて撤退した〝黒〟のキャスターの言葉に希望を見出したのだ、宝具を使う時が来たと。

一も二もなく頷いた。あのバケモノを斃すにはそれしかないと思ったし、先生の言う至高のゴーレムを見たいという欲求が混ざり合って、彼の言う通りに従った。かなり前に造った円筒状の巨大な鍵を持って走行用ゴーレムを全速力で走らせながら約束の湖へ向かうと、そこで待っていたのは〝黒〟のキャスターだけではなかった。

〝黒〟のランサーのマスターであり、ユグドミレニアの長であるダーニックまでいたのには驚いた。

どうして此処に、と言う前にコッチにやって来たダーニックが説明するのかと思いきや、いきなり令呪を宿した手を斬られた。茫然とした後にやって来た激痛に絶叫するロシェを五月蝿く思ったのかゴーレムが口を塞いで身体も拘束した時は抵抗も出来なかった。そんな事をする心の余裕が無かったのだ。

どうしてダーニックがそんな狂気に走ったのか。

どうして先生は僕がこんなになって何もしないでいるのか。それどころかゴーレムを使って僕を拘束しているのか。

どうして、僕とではなくダーニックと一緒に宝具を起動させようとしているのか。

だって、だってその宝具は先生と僕の二人だけの夢だったはずなのに。

どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?

 

「ン"ーーーーッ!!? ン"ン"ン"ーーーーーー!!!!?」

 

どうして–––––必死に問い質そうとするロシェだったが、〝黒〟のキャスターは見向きもしない。これから始める儀式を前に余計な感情は不要に過ぎるからだ。

 

 

 

(はは)に産まれ、(ちせい)を呑み、(いのち)を充たす〟

 

 

湖に手を置き、語られるは天に捧げる祈り。

 

 

(ぶき)を振るえば、(あくま)は去れり。不仁は己が頭蓋を砕き、義は己が血を清浄へと導かん〟

 

 

その身の全ては主への祝福に満ちる者。

 

 

〝霊峰の如き巨躯は、巌の如く堅牢で。万民を守護し、万民を統治し、万民を支配する貌を持つ〟

 

 

宝具から生まれ、宝具の領域を脱却する奇跡の結晶。

 

 

〝汝は土塊にして土塊にあらず。汝は人間にして人間にあらず。汝は楽園に佇む者、楽園を統治する者、楽園に導く者。汝は我らが夢、我らが希望、我らが愛〟

 

 

世界を背負って立つ救世主。

 

 

聖霊(ルーアハ)を抱く汝の名は–––––『原初の人間(アダム)』なり〟

 

 

王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】が動き出す。

 

 

 

ゴボゴボと水飛沫を上げながら姿を現したのは十メートルは超える巨体のゴーレムだった。

しかし大きさで見れば然程珍しくもないサイズであり、使われた素材も特別な物ばかりというわけではない。

アダム–––––旧約聖書において神に創造された最初の人間。それを模したにしては人間よりやはりゴーレムという印象しかない。

模倣はあくまで模倣ということなのか、人間に近づけるどころか小型化に漕ぎつけることも出来ずに未完成なままで起動させたというのか。

それは正しくあって、正しくはない。

この宝具(ゴーレム)はまだ未完成。完全に起動させるには血を巡らせる役割たる心臓部分〝炉心〟が必要なのだ。

その〝炉心〟は石で造るものではなく、木でもなく、宝石でもない。

必要なのは魔術師である(・・・・・・・・・・・)

魔術回路、魔術刻印の質。術者の精神と単純な相性によって宝具(ゴーレム)の完成度が決まるのだ。

 

「これがもっとも原典に忠実なゴーレム。………まだ未完成だが、予感がある。此れならば必ずやユグドミレニアに勝利を齎すとな」

「では炉心を装着しよう。よろしいかマスター」

「ああ、直ぐやってくれ」

 

そう〝黒〟のキャスターが言って、()マスターと目を合わせた。

仮面を被っていて目が合うわけがないのにロシェはそう思った。目が合った上で、やはり先生と呼ばれた男は何もしようとはしないのだ。

いや、何かしようとはしているだろう。

指を動かせばロシェを拘束しているゴーレムが【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】に向かっていく。炉心を––––––ロシェを装着するらしい。

 

「ウ"………ッ、ウ"……ッ ……ウ"ウ"ウッ」

 

ここまで来てロシェは、ダーニックと〝黒〟のキャスターが何を仕出かしたのか、自分がこれからどうなるのか分からないほど愚鈍ではない。だがそれで現実を受け入れられるほど達観もしていない。

だからこうして年相応に涙を流すのは当然である。

この眼に映る【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】に驚嘆していても、それどころじゃないのが『魔術師』の部分で理解させられるのだ(・・・・・・・・・)。分かりたくないものを無理矢理頭に捻り込ませるかのように。

そして悟った。

自分と先生(〝黒〟のキャスター)が何にも分かり合っていなかったことを。

自分は彼のゴーレムの鋳造が凄いだけで先生と呼んだだけで、それ以外に何も興味を抱かなかったことを。

彼が自分を切り捨てる算段を整えていないと勝手に信じていたのだということを。

これは、相互理解を怠ったマスターの極々当たり前の結末なのだというのを、漸く悟った。

 

「ウウ"ウ……ッ、ウ、ウ"、ウ"ウ"………ッ」

 

後悔の波は押し寄せては引き返すことなくロシェを溺死させようと苦しませる。

声にも出来ない呻きは必死の懇願だった。

助けてと、誰でもいいから助けてと、止め処なく溢れる涙と共に実際年齢以下の幼子のように助けを求める。

でも無駄なのはロシェ自身も分かっている。

味方の筈のダーニックとキャスターが何もしてくれないのだから、見知らぬ誰かが何かしてくれるわけもなし、助けを求める声あらば現れる正義の味方(・・・・・)なんて存在しない。

でも、それでも、助けてと言わずにはいられなかった。

この絶望をひっくり返してくれる奇跡を望まずにはいられなかったのだ。

しかし、現実は非情。もうロシェは炉心にされる他にない。

 

ダーニックも、〝黒〟のキャスターも、ロシェ自身もそう思っていた。

 

「があッ!?」

 

ダーニックの頭と胸が()で射抜かれなければ。

 

「ン"–––––––ッ!?」

 

拘束していたゴーレムが破壊されなければ、ロシェは自身の運命を諦めていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

ミレニア城塞城壁上。

本来ならば〝黒〟のアーチャーが陣取っていた筈の其処を陣取り、弓を構えている人影が一つ。

既に放った矢は二本。ユグドミレニアのマスターであり、長でもあるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの脳幹と心臓への着弾を確認した。

 

「………何をやっているんだ私は」

 

その後、少年を捕らえていたゴーレムにも矢を射った自分の行動を疑問視し、〝金〟のアーチャーは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

あの惨劇–––––〝赤〟のバーサーカーの狂変と眷属(グール)となったホムンクルスたちを投影宝具(・・・・)で一掃しようとした矢先、〝金〟のランサーと〝黒〟のセイバーと思しきサーヴァントが現れ、いきなり宝具を解放してアレらを一掃した時は目を見張り、開いた口が塞がらなかった。……度肝を抜かれるとはああいうのだろう。

まさかあの男が(メアリー・スー)が? とも思ったが、周りをよく見てみるとルーラーが呆気にとられた姿を見つけたのでおそらく彼女の仕業なのだろう。

アレらは一秒たりともこの世にいさせてはいけない物の怪の類なのは間違いなく、あの事態を迅速過ぎるほどに解決したジャンヌ・ダルクは賞賛に当たるし、評価してもいい筈だが、付き合わされた側からしたら堪ったものじゃないだろう。自陣のランサーに関してはざまあないなと一笑で済ませるが、〝黒〟のセイバーには同情するしかない。

あれなら問題ないと〝金〟のアーチャーは最大限警戒した上で全速力を維持しながらミレニア城塞へ向かった。本来の役割(メアリー・スーの監視)に戻るためだ。

あの訳の分からない神様モドキ(・・・・・)には眼を光らせておかなければどんなことをするか分かったものじゃない。今は何をするでもなく流れに身を委ねる傍観者だが、その気になればデウス・エクス・マキナを実行し強制管理を敷く独裁者となれるほどに、あの男は危険なのだ。

だから監視すると言っても自分には何もできないが(・・・・・・・・・・・)、サーヴァントの意志を尊重する姿勢であるのは確かであり、無駄にはならない。

 

そうしてミレニア城塞に到着し、一気に城塞上へ登りつめる。防衛魔術が発動もしないのは〝金〟のキャスターに解除されたか、〝金〟のライダーに壊されたかだろう。

なぜ直ぐメアリー・スーの元にではなく城壁上に行ったのかは戦況と懸念事項(・・・・)を確認したいからだ。

 

ルーラーと〝黒〟のセイバー、〝金〟のランサー。次いで〝金〟のバーサーカーと、ホムンクルス。

呼び出された二騎に詰め寄られ、ルーラーは必死に説明している様子だ。剣呑な雰囲気ではないが、不満は当然主張しているようだ。巨人と少女は完全に部外者となっている。

 

〝金〟のアサシン。

暫し呆然としていたが、興が冷めたと霊体化して何処かに消えた。或いは〝黒〟のセイバーを捜しに行ったのか。

 

〝赤〟のライダーと、………〝赤〟のアーチャー。

こちらはもう不味かった。〝赤〟のライダーは完全に頭に血が昇っている。味方の〝赤〟のアーチャーが姿を現して宥めなければいけない程に凄まじい形相で憤っていた。

ルーラーの仕業だと知った暁には、もう一悶着ありそうだ。

 

そして、〝黒〟のバーサーカー。

彼女は何処かへ向かっている。その先には……〝金〟のキャスターが〝黒〟のアーチャーを追いかけ回しているのが見える。

援護、ではないだろう。バーサーカーが抱えている少女に関係がありそうだ。

 

「城の工房に居るわけもない……とすれば森の何処かに隠れ蓑がある筈だが、面倒だな」

 

大方の各サーヴァントの所在が分かったものの肝心の(・・・)黒の(・・)キャスター(・・・・・)が見つからないことに舌打ちをする〝金〟のアーチャー。

〝黒〟のキャスターを見つけようとするそのワケは、この戦いは〝金〟の勝利同然だからだ。魔術師は追い詰められたら(・・・・・・・・)どんな事だってやる(・・・・・・・・・)生き物。それも魔術師らしい魔術師に限ってロクデモナイ愚かな行動を引き起こす傍迷惑さは生前で嫌という程身に染みている。

〝黒〟のキャスターがどういう人物かは知らないが、〝黒〟のランサーを見捨てて逃げるような合理的思考は正にソレだと断じるのに余りある行為。その果てにただ切り札を使うだけで終わると思える程、アーチャーは平和な世界を生きていなかった。

鷹の眼を更に凝らして睨みつけるように注意深く観察していると、北の方角で水飛沫が上がったのが見えた。

其処から現れたゴーレムも当然目に入り、やはり念を張って正解だったと弓と矢を顕現させた。アーチャーの能力によって解析されたあのゴーレムの構造は聖杯大戦の枠組みを軽く超える性能を有している。起動させる訳には絶対にいかなかった。

そして彼の眼には〝黒〟のキャスターとそのマスター、ゴーレムに拘束されている少年が映り––––––––

 

 

 

 

 

「さて、残りは〝黒〟のキャスターだけ(・・)か」

 

仮面を被った青いマントという目立ちすぎる格好(ターゲット)に矢を放つ。忽ちゴーレムが現れ主人を防御し崩れ落ちるも、現れたのは一体だけではなく五体。しかし遠方に離れた弓兵への迎撃手段はなく、ただのSP程度の役割しか果たしていない。

 

「チィッ!」

 

その内の二体は片手を斬られた少年に向かっているのを阻むべく矢を放ち阻止した。

その様を呆然と見つめ続け、そのまま座り込んだまま動こうともしない少年。矢が放たれた方向を、即ち此方に目をやっている。あっちからは見える筈もないだろうに、何をしているのか。

 

「たわけッ、さっさと離れろ!」

 

言葉と共に複数の矢を一斉掃射する。又もや出現したゴーレム群が少年を捕らえようとするのを阻み、その内の一本の矢を少年の近くに着弾させ爆風で吹き飛ばす。ボールのように弾みながら転がって止まると、漸く自分の足で逃げていった。

 

––––––本当に、何をやっているんだ私は

 

走って逃げた後をしつこく追おうとするゴーレムを破壊し尽くしながら再度自分自身に疑問を呈する。

こんな手間をするくらいならあの少年を殺せばいい話だ。〝黒〟のキャスターの宝具の内部には重要な炉心を造る為に一流の魔術師が必要なのが判明している。

湖に現れたゴーレム、〝黒〟のキャスターと令呪の宿った手を持つ魔術師、ゴーレムに拘束された片手を失った少年。

どういう事態になっているのかは火を見るよりも明らかだった。

少年は巻き込まれた一般人でもない聖杯大戦の参加者、敵側のマスターだ。〝金〟の陣営(われわれ)に追い詰められ、自分のサーヴァントに切り捨てられて生贄にされそうになったのだろう。

自業自得とまでは言わないが、サーヴァントを御し得なかった自己責任として処理される案件だ。同情の余地はない。

なのにこうして命を助けて逃がしている矛盾、効率性と合理性を無視した偽善ぶりは我ながら吐き気を催しそうだった。

あの少年が幼かったからか、涙を流しながら助けを求める姿に在りし日の自分を投影したのか、ホムンクルスの少女を助けた大英雄に感化されてしまったのか、自分の裡にある複雑な記憶(・・・・・)に影響されたのか、何にせよ普段(つうじょう)の自分では考えられない行動だ。

 

「いや、そんなことはいい……それよりも」

 

……とにかく、少年を殺そうが殺すまいが〝黒〟のキャスターは討ち取らねばなるまい。

だからこそ先にマスターを仕留めた。聞くところによると魔力供給はマスターとホムンクルスとで分割しているらしいが、現世に留まる依り代の部分は流石にマスターが担っていなければならないだろう。

キャスターではなく少年を拘束したゴーレムを破壊したのは最後の抵抗として宝具を完成させられるのを防ぐ為………なら少年を殺した方が確実なのだが、もう少年を捕まえてゴーレムに装着するだけの時間なぞない。

〝黒〟のキャスターは穴の空いたバケツであり、袋の鼠だ。何もせずともこのまま矢だけであの場に足止めしておけば遠からず消滅するだろう。加えてゴーレムを使役し操作すればその時間も早まる。

 

「……なのに、どういうつもりだ〝黒〟のキャスター」

 

あのゴーレム使いは未だに往生際が悪く、絶え間なく降り注ぐ矢の雨をゴーレムで防御し、掻い潜ろうとしている(・・・・・・・・・・)

潔く諦めるなんて期待していないが、それにしては根強く抵抗してくる。

想像以上に執念深いのか、それだけなら無駄な抵抗で終わるのだが、どうもそうには見えない。否、執念深いのは確かだがそれだけではなく、何かを狙っているように見えるのだ。

この状況を逆転できる手段があるというのか。

あのゴーレム以外の宝具……しかしそんなもの使えば消滅をより速めるだけ、湖の周りに魔術を仕掛けている訳でもない。あるとすれば………

 

「まさか……」

 

あり得ない。

だが、まさか………だとすれば〝黒〟のキャスターの狙いは––––––

 

「くっ! 抜かったか!?」

 

〝金〟のアーチャーは渋面を作る。

自らの手際の甘さに、〝黒〟のキャスターにばかり気を取られていたと気付いた時には遅かった。

 

まだ生きていたのか(・・・・・・・・・)!?」

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

それは〝黒〟のキャスターにとっても予想外だった。

まさかダーニックがまだ生き(・・・・・・・・・・)ていただなんて(・・・・・・・)

 

「………………………………………ぃ、…ょ」

 

脳と心臓。重要器官を二つも潰されながら声を出し、呼吸をしているのは魔術刻印の為せる業なのか。ダーニックがどういった系統の魔術を操るのか知らず、興味も持たなかったキャスターには推し量るだけの時間も余裕もなかった。

ただ、生きているのなら好都合(・・・・・・・・・・・)()

元マスターであるロシェを捕らえるのは不可能なら、やるしかなかった。

 

「行けッ」

 

キャスターの指示に従ったゴーレムが向かったのは倒れ伏すダーニックの元。キャスターばかり狙っていたアーチャーのサーヴァントがそれに気付くのに間が空いたのは僥倖。御蔭で間に合いそうだ。

 

「……………………………………ア、………ャ、ょ」

 

呼吸に喘ぐというより譫言のように口走るダーニックをゴーレムが無造作に持ち上げ、【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】へと投げ放った。

 

「僕はこんな所では終われない、終わるわけにはいかないんだ。さあ動け。王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)!」

 

ダーニックの身体が【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】へと吸い込まれる。するとその目に光が灯り始め、起動の兆しを表していた。

〝黒〟のキャスターがやったのは自殺行為そのものだ。

炉心となった魔術師は意志も意識も剥奪され、植物同然に人間の機能を停止する。魔術師(マスター)としての役割も同様だ。

自分のマスターを(・・・・・・・・)炉心にするのはそういう(・・・・・・・・・・・)事だ(・・)

依り代を失ったキャスターは消滅以外の道を辿る他無くなった。この宝具を完成させる事こそが願いであるキャスターは聖杯を勝ち取る事に拘っていないのを鑑みれば、自身の生存を視野に入れないのは当然––––––否、それは少し違う。

このゴーレムが創りだす楽園を見たい。死に掛けの魔術師を使って本当に完成するのかどうかを確かめたい気持ちは未練として強く残っている。

それでも【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】を起動させられない結末より遥かにマシだ。今までゴーレム生産に素材を提供し、資産の三割を削ってまで尽くしてくれたダーニックには申し訳ない気持ちで一杯だったが、無益に死ぬよりも自身の宝具の一部となって死ぬ方が彼にとってもマシだろう。

 

そういう意味では、ロシェを炉心にせずに済んだのは良かったとキャスターは思った。

何を今更というのは百も承知だったが、あの少年が自分に向けた好意は悪くなかったし、自他共に認める人間嫌いの自分でも弟子として側に置いて良いと感じたのは本当だった。

それで何か許されるわけでもないが、もしまた会えるのなら謝罪したい気持ちも嘘ではなかった。

 

–––––––いや、そんなのは言い訳だ。

自分がそんな気持ちを、思いを持つことすら許されない事をしたのだ。

裏切りに裏切りを重ねた〝黒〟のキャスター(アヴィケブロン)は、最後まで悪として振る舞わなければならない。

だからこそ【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】を何が何でも起動させる。

このゴーレムが完成(じりつ)するまで自分は現界し続けなければならない。

たとえアーチャーの矢に射抜かれようとも、魔力が無くなろうとも、意志のみで現界を維持してみせる。

魔術師に似つかわしくない根性論を押し通そうとする〝黒〟のキャスターの決意は紛れもなく強いものであるのに疑いの余地はない。

 

 

……だからこそ、聞き逃してしまい、見逃してしまったのだろう。

 

 

「…………………………あ、……せい、………しゃ……………………………、よ」

 

 

ダーニックが、何を言っていたのかを。

 

〝黒〟のランサーの令呪が、未だに消えていなかった事を、見逃した。

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

自分がどんな状態なのか分からなかった。

 

分かるのは、中身がひどく混迷としていること。自己の証明が、自分の名前すら気を抜くと曖昧になってしまう程の意識の混濁を受けた(・・・)のだ。

受けた……受けたのだ……ソレは覚えている。

〝黄昏の光〟と〝紅い直閃〟を受けて自分がこうなったのは強く焼き付いていた。

死ぬかと思う程の(・・・・・・・・)衝撃は、しかし痛みすら感じさせずに一撃と一撃の相乗で自身の身体を消し飛ばした。

それはある意味で〝苦痛〟だった。

痛みを快感とし、痛みこそ生の証しとし、痛みを乗り越えることを生き甲斐としている自分にとって、痛みを感じさせずに死ぬのは精神的苦痛と言えるものであった。

 

だから意識が復活する(・・・・・・・・・・)までに身体を見つける(・・・・・・・・・・)ことが出来なかった(・・・・・・・・・)のか。

 

自身の身体がどうなっているのかが分からないが、自分の身体が複数ある(・・・・・・・・・・)事は分かっていた(・・・・・・・・)から、その中で、最も痛みを感じる身体(・・・・・・・・・・)を選び、蜘蛛の糸を辿るようにソコまで這い上がった。

少しでも力の入れ具合を誤れば切れてしまう程の細さと脆さを伴った魔力の糸(・・・・)を登り、登り詰めて、辿り着いた。

 

 

 

 

〝赤〟のバーサーカー、スパルタクスは、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの身体へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)

それが〝赤〟のバーサーカー(スパルタクス)の宝具である。

 

受けたダメージを魔力へと変換し、体内に蓄積される。その用途はステータス強化と治癒力の増幅に転用され、傷つけられれば傷つけられるほど効果を増すというものだ。

この効果が如何に強力で、如何に厄介なのかは、既に敗退してしまった今ではどうでもいい情報であるだろう。

 

問題なのは吸血鬼となった〝黒〟のランサーに噛まれ、更に〝黒〟のランサーと同化した事で、この宝具がどんな影響を受けている(・・・・・・・・・・・)のか(・・)である。〝黒〟のランサーを喰ったことを考えばどれほど変貌しているのかは想像に難くない。

 

しかし、今回の問題はこの宝具本来の効果ではなく副産物ともいえるある余剰効果にあった。

その効果とは、魔力による侵食である。ダメージを負う毎に回復、それを繰り返すことで帯びる凄まじい魔力は物理攻撃によって砕けた大地の破片すら魔力に侵され、しかもサーヴァントを充分に殺傷可能な域にまで染め上げるのだ。

 

その副次でしかなかった効果だが、どういう訳か吸血鬼(ヴァンパイア)を取り込んだ事によって通常状態の魔力でも途轍もない侵食率(・・・・・・・・)を上げていたのだ。マスターと繋がっている魔力経路(パス)身体の一部(・・・・・)にしてしまう程に(・・・・・・・・)

侵食というものが吸血鬼と相性が良かったのかは定かではない、もしかすれば吸血鬼にとっての友愛に当たるのかもしれないが、今は詮無い考察だ。現実として〝黒〟のセイバーと〝金〟のランサーの宝具によって身体を吹き飛ばされ、これ以上ないダメージを一気に負った〝赤〟のバーサーカーは治癒力の矛先を魔力経路へと送り(・・・・・・・・)復活を果たそうと(・・・・・・・・)していた(・・・・)のだから。

魔力経路(パス)での繋がりだけで生き残れる生命力は、〝赤〟のバーサーカーの宝具、吸血鬼の再生力が合わさったものなのか。

 

その結果がコレ(・・)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ?!」

 

〝黒〟のキャスターが仮面を着けていても驚愕の貌をしてると分かる叫びだった。

ミレニア城塞にいる〝金〟のアーチャーも同じ貌をする程までの異変が起こったのだ。

 

『おおおオオおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおお■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!』

 

王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】が大地を震わす雄叫びを上げる。

この世に生を持って産まれた赤子の産声が、巨体であることを差し引いても大きく、おどろおどろしい重厚さに満ちていた。

 

「なん、だ……コレは!?」

 

キャスターは目の前の現象を認められなかった。

その姿は醜かった(・・・・)

雄叫びを上げたと同時にゴーレムの身体が皮膚のない剥き出しの生々しい肉と骨に覆われていく。元の素材が木と石と土と魔術師で創造したとは思えないほどの凶変ぶりだ。まるで呪いを受けた亡者、生ける屍の如くに変わっていった。

身体が湖から引き上げられ足を大地に踏みしめた途端、大地が悲鳴を上げ枯れ果てる。

地面は温んだ沼へと泥濘み、草木が黒ずんで塵となる。空気が重く、匂いは腐臭、呼吸をしただけで肺が爛れて息絶えそうな腐敗ぶりだった。

 

「なんだコレはッ!? 何が起きたのだ!? どういうことだコレは!?」

 

アヴィケブロンの人間性を知っている者が見たら信じられない程の動揺ぶりは、如何に尋常な事態でないのかを知らしめた。

このゴーレムは数多のカバリストが追い求めた至高のゴーレムの筈だ。ただ存在するだけで世界を楽園へと塗り替える力を持つ者。アダムとイヴが暮らしていた土地を創るゴーレムの筈だ。

––––––だが、なんだコレは。これではまるで真逆(・・)ではないか!?

 

「がはッ?! ああああああアアアアァァァァァァッッ?!」

 

キャスターは【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】の巨大な掌に捕まり、その過程で全身をグシャリと潰された。魔術以外の素養が皆無の彼にとってはそれだけで再起不能の重傷を負ってしまった。

 

「……け、……叡智の光(ケテルマルクト)っ」

 

死にかけの身体では言葉を出すことも命取りだが、それでもキャスターは口を開いた。

自分はコレを完成させるために召喚に応じた。そのためだけに生きてきた。

道半ばで夢は潰えて、それだけだったつまらない人生だったけど、妄執であったとしてもこれは叶えるべき願いだったのだ。

なのに、これはなんだ。

こんな、こんな悪魔を生み出すために、自分は生きてきたというのか?

違う、違う! 断じて違う!

 

「お前は、アダムでは、ないのか……ッ? おまえ、は、この大、地に……っ、らく、園を、創ぞう、するのでは、ないのかッ……? 我らが、たみ、を、すくう–––––」

 

言葉は途中で途切れた。

王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】が大きく口を開いてキャスターの上半身を喰ったのだ。噴き出る血の噴水は止まる前に残った下半身ごと食べられる。

 

呆気なく〝黒〟のキャスター、アヴィケブロンは敗退した。

 

生前叶わなかったアダムの模倣。その宝具の完成を夢見て、実現するため味方のサーヴァントを見捨て、自身を慕ってくれたマスターを裏切り、汚い真似を何度もして、その結末は追い求めたモノとは正反対の邪悪となったナニカに喰われるというかつてない脱落の仕方だった。

 

……悪となった者の末路としては、相応しい終わり方かもしれないが。

 

『■■■■■■■■■■、■■■■■■■オオオ、おお、おお、お、………………………おおおお』

 

キャスターを喰った【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】の様子が変わる。

音のトーンが下がり、我を亡くした獣が落ち着きを取り戻していくように鎮火していく。

変わったのは音だけでなく身体も、というより身体の方が大きく変化している。剥き出しの肉と骨は皮膚に覆われていくも、所々が継接ぎのように千切れかけ、見た目の醜悪さは前よりもっと酷くなっていた。

だが、一番に変化していたのは頭部、顔だった。

ゴーレムのような質素な造りではない。その顔は間違いないなく人のモノで–––––––

 

『…………ふふふふふふ、ふははははははははははははははははは』

 

その声はゴーレムとは思えぬほど感情的に笑い、その声は何処かで聞いたことのあると聞く者が聞けばそう思うものであった。

 

『フハハハハハハははははははははははははははははは! フハハハハハハはははははははははははははははははははははははッッ!!!!!!!!!!!!』

 

笑顔、ひたすらの笑顔、そして笑い声。

敵を萎縮させ、味方から気味悪がれ、自身の幸福を胸いっぱいに轟かせるダミ声は、聞き違うことなく〝赤〟のバーサーカーのものだった。

スパルタクス復活–––––––しかし、その体躯は比べられるまでもなく巨大であり、顔以外の全身は千切れた皮膚と剥き出しの肉と骨で構築された不完全の巨人だった。

 

『まだだ、まだだ、まあああああだあああだぁぁぁぁぁぁ!! 滅びぬぞ、私はまだ滅びぬ! 我が叛逆は、我が逆転は、我が愛は終わらぬ!! 何度でも蘇るさ! 何故なら、私には長くこの現世に残らねばならない使命がある! 圧制者を打ち倒し、絶望の先にある希望を摑まなければならないからだ! そして最後に、眷属を増やさなければ(・・・・・・・・・・)ならない(・・・・)ッ!!!!!!!!!! 』

 

その声はトゥリファスはおろかルーマニア全土に届くやもしれない地響きを起こした。

最早アレは〝赤〟のバーサーカー(スパルタクス)でもなければ吸血鬼(ヴァンパイア)でもなく、【王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)】でもない。化け物、魔物、怪物なんて表現でも足りないアレは、斃さねばならない害虫(モンスター)以外の何物でもない。あるいは、〝黒〟のキャスター(アヴィケブロン)の所感を考慮するのであれば、楽園を追放させる〝迫害者〟とでも言うべきか。

 

『さあ、始めよう。理不尽に蹂躙される民を救い、我が一族を増やすべく圧制者を皆殺しにして血を啜ろうではないか。強者を弱者に陥し、眷属として使役してやればその穢れた魂も浄化されるやもしれん。

これは救済……そう! 救済、救済である! この世界にいる全ての圧制者を抱擁し、誰もが皆幸福に生きられる世界にする為に、この世に生きる全ての人間の血を啜ろう! であるならば、もう誰も弱者にはならぬ完全平和の到来が待っているに違いない! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおそうともッ! 今こそ私は私の夢見た世界を創造しようではないかッッ!!!!!!!!』

 

高らかに堂々と宣言するは不屈の精神と英雄の矜持に間違いないのに、自身が言った言葉を全く理解していないほど狂っているのが分かる。

スパルタクスの英雄思考と吸血鬼の本能、そしてケテルマルクトの機能が混ざり合ったかのような言葉の節々は混沌(カオス)を体現しており、そして世界に対しても同じ混沌を齎すだろう事が明々白々だった。

 

『まずはぁぁぁ、貴様から(・・・・)抱擁してやろうッ!』

 

標的を定めた『救世主』は、真っしぐらに足を走らせたる。

その足跡は、紛れもなくディストピアを創造していた。

 

 


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