外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

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ケイローンの不安

 

 

ルーマニア。トランシルヴァニア地方、トゥリファス。

中世の風景が補修と改築で保たれているこの街の象徴として、ユグドミレニア一族が潜伏しているミレニア城塞がソコにある。

小高い丘の上にある巨大な城はこの街の支配者が誰なのか一目散に伝わる威厳に満ちた造形をしていた。

何も知らない旅行者が見ればこの立派に過ぎる城の持ち主は誰なのか気になる人間が多くいるだろう。あるいはこの城に住むイメージが合う人物が誰だろうかという想像だ。

ここがルーマニアとくればあの『串刺し公』としてこの地を治めた王、ヴラド三世(ドラキュラ)がピッタリ合うだろうと誰もが思い―――そして誰もが思いもしないだろう。

その『串刺し公』ヴラド三世が今、このミレニア城塞に再び現世へと降臨していたことなど。

 

「………………」

 

城内にある王の間。

玉座に座るはルーマニア伝説の英雄・ヴラド三世その人。

彼が居るだけで空間の空気は圧迫する。それだけの力と存在感を発しているが、それだけではない。

ヴラド三世―――〝黒〟のランサーは先程まで見ていた〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーとの戦いで起きた珍事に嶮しい貌をしていたのが何よりの原因だった。

 

王の間にいるのはランサーも合わせて四人。一人はランサーのマスターにしてユグドミレニア一族の長、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

もう一人は〝黒〟のアーチャーとして召喚されたサーヴァント、ケイローン。

最後にアーチャーのマスターにしてユグドミレニアの次期当主と目される車椅子の少女、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

彼らは苛烈で知られるヴラド三世の〝圧〟に当てられている訳だが、気にしている様子も無い。彼らも一様に嶮しい顔をしているからだ。

 

「―――ダーニックよ」

「……は」

 

沈黙を破ったのは〝黒〟のランサー。黒い貴族服に青白い肌、白い髪はまさしく死から生還したばかりといった風で強面極りないが、彼は元々この容姿だった。見かけだけで魔術師は感情を揺らしたりはしないが、それでもこの顔と王気(オーラ)で詰問されるのは自身の何かがすり減っていきそうだった。

 

「お前に言うのはおこがましいのを承知で問う――――余は聖杯から現代の知識を会得している。この聖杯を巡る大戦についても同様だ。〝黒〟と〝赤〟とに別れ我々は〝赤〟の者どもを皆殺しにし、本来の聖杯戦争の形に戻す。相違ないかね?」

「はっ。領王の仰るとおりです」

 

〝本来の聖杯戦争の形に戻す〟という部分に僅かながらの緊張が漂ったが、捨て置いた。それどころではない事案があるからだ。

 

「ではダーニックよ。――――あの男が言っていた第三の陣営……〝金〟のサーヴァントとは何だ? あれも聖杯の予備システムの影響かね?」

「………………………」

 

咎人を断罪するわけでもないのに、〝黒〟のランサーの雰囲気はそうとしか言えないくらいの寒気があった。

ダーニックは答えない、のではなく答えられなかった。恐怖からではなく、むしろ聞きたいのはダーニックの方だからだ。

 

結局あの後、第三陣営を率いるとのたまった男、メアリー・スーは何処かに消えてしまった。

誰も止められず、追いかけることもできなかった。

消えたのだ(・・・・・)。パっと、瞬きの間に、夢から醒めたみたいに、くだらない冗談に付き合わされたみたいに。

どうやったかも定かではない。光学迷彩の透明化か、アサシンのような気配遮断の類か、さもなくば空間転移か。

魔術師でもない人間ができるわけがないが………サーヴァントがやったというならばあるいは………それ以外の説明が思いつかなかった。

 

――――一何が起こってるのか、頭を抱えたい気分だ。

 

六十年以上も前。ダーニックは日本で行われた本物の(・・・)聖杯戦争に参戦した。

冬木市の第三次聖杯戦争。聖杯を―――正確には〝大聖杯〟を造った始まりの御三家、アインツベルン、マキリ、遠坂も参戦していたその戦いの果てに、ひょんな偶然から大聖杯を発見したダーニックは所属していたナチスドイツを言葉巧みに騙して大聖杯を無理矢理強奪し、ここルーマニア・トゥリファスまで運ばせた。

それから六十年の間にやったことは魔術協会への離反の準備だった。

一族挙げての離反とはつまり、大聖杯をシンボルにした新たなる協会の設立であり、時計塔へ宣戦布告をするということ。

魔力を溜めて英霊たるサーヴァントの召喚を行なったのが二か月前。離反の申し出をした後にやってきた狩猟特化の魔術師五十人を返り討ちにした。予定通りの強さをもった〝黒〟のランサーは素晴らしいの一言で、これならば十分に魔術協会と渡り合える戦力だと確信した。

 

だが歯車が狂ったのはそこからだった。

五十人の内の一人が大聖杯を発見し、予備システムの開放を許してしまったのだ。

予備システムの内容は、七騎のサーヴァントが一勢力に統一された時の対抗策として、もう七騎のサーヴァントの召喚が可能になるというものだ。

トゥリファスの霊脈が優れていたのが仇となり十四騎のサーヴァントが召喚されても問題ないほどの魔力が溢れていたのだ。

もっとも、魔術協会と争うならば遅かれ早かれこうなっていただろうという予感はあった。それに予備システムはユグドミレニアを対等の決闘を強制するのであって不利にさせるものではない。七対七ならば勝ちようはいくらでもある。

この時まではそう思っていた。

 

「おじ様、あの男は大聖杯から見染められたマスターではなく〝亜種聖杯戦争〟を戦い抜いたマスターとは考えられませんか?」

 

沈黙と〝黒〟のランサーの重圧に耐えかねてか、黙ったままだったフィオレがここで口を挟んできた。

彼女が口にした亜種聖杯戦争とはダーニックが大聖杯をルーマニアに運送中に流出してしまった聖杯戦争のシステムを他所の魔術師たちが模倣したものを指している。

誰もが真似するほどに優れていた御三家のアーティファクトは今や世界中で行なわれており、あの男もそれに参加して勝利したのではないか―――仮説としては英霊召喚システムを把握し、駆逐したサーヴァントの再召喚にこぎつけ、亜種の大本である冬木の大聖杯を奪取しようとしているのかもしれない。

 

「……いや、それはない。亜種聖杯戦争に参加していたかは不明だが、所詮この聖杯大戦とは無関係だ。ルーラーが参戦を認めるとは思えん」

 

ルーラーはその特異性故に殆ど情報のないエキストラクラスだが、聖杯そのものに呼ばれるサーヴァントという前提を考えれば、協力者はともかく部外者の介入を黙認する裁量は取らないだろう。唯でさえ十四騎のサーヴァント数は脅威を通り越して害悪でしかないのに、そこへまた七騎加えるなど正気の沙汰ではない。〝謎の勢力だから近くで監視した方が好都合〟などというレベルを超えている。聖杯の所有権を決める前にルーマニアが壊滅しても可笑しくないのだから。

 

「口にして参戦を認めてはいなかったが、あの場で我々()魔術協会()に一時停戦を持ち掛け、〝金〟を殲滅するよう呼び掛けることもできた。

それをしなかったのはルーラー自身があの男にマスターの資格があり、既に大聖杯から〝金〟のサーヴァントを召喚しているのがわかったからだろう。我々の目を誤魔化せてもルーラーの目を誤魔化せるとは考えにくい」

「……そう、ですね」

 

確かにとフィオレは頷く。

 

「それにだ。今や聖杯戦争は世界中で行なわれているが、あくまでも模倣でしかない。あの強大な魔術礼装をそう簡単にそこいらの魔術師に模倣(コピー)など出来やしないから当然といえば当然だが……その影響は英霊にも少なくない障害をもたらしている。中には知名度の有無に関わらずステータスの低下や宝具の欠落といったものさえあると聞く。そんなサーヴァントでこの聖杯大戦に挑むのは自殺行為だ」

 

改造だろうが改悪だろうが、システムを真似するだけなら出来る。だからこそ世界中で行なわれている聖杯戦争だが、問題なのはそれだけではない。

例として挙げれば開催する土地にある。人の手に余る英霊を使役し、奇跡の願望機を降誕させるには相応の魔力が必要であり、相応に魔力が集まる土地、霊脈が優れている土地で開催しなければならない。それに該当するのが日本の冬木であり、ルーマニアのトゥリファスなのだ。こと霊脈に関していえばトゥリファスは冬木を上回っている。

いくらシステムを模倣できたとしても霊脈の優れた土地を確保しなければ意味がないと言っても過言ではない。しかし霊脈は魔術師にとっての生命線であり、良い土地であればあるほど聖杯戦争など関係無しに魔術の研究と研鑽のため既に確保されているものである。冬木でも霊脈を枯らせないように六十年の長きに渡って溜めこんでいるのに他の土地ではどれだけ時間が掛かるかわかったものじゃない。そして土地の問題をクリアしても今度は完璧に模倣できていない聖杯戦争システムが出てくる。改造は定かではないが改悪は言わずもがな、そんな粗悪品で召喚されたサーヴァントになんの影響も与えないのは無理がある。

 

それに総てが首尾よくいき、完璧な模倣に成功したとしても最後には魔術協会が待っている。世界中で知られている魔術儀式なればこそ、その為に必要な物資や情報は必ず足が付く。そうなれば、ユグドミレニアのように横取りを狙われるのは目に見えている。

各地に血族を忍ばせて情報収集していたダーニックだが、そこまで大規模な聖杯戦争が開催されている話は入っていない。隠匿されているのも否定できないが――――。

 

そこでふと、ダーニックの脳に過ぎ去ったのは〝ある場所〟についてだった。

魔術協会の狗どもがトゥリファスに乗り込んできた前に、一つだけ別件で気になっていたものがあった。

―――アメリカのとある土地のことだ。

そこでアメリカ政府の組織が冬木の聖杯戦争に興味を持ったということ、それだけしか情報は伝わらなかった。

興味を持つのは可笑しくない、世界中で行なわれてるのだから。だがどうにもきな臭さを感じていた。

魔術師の界隈では〝八枚舌〟といわれるほどの政治手腕を振るってきたダーニックだからこそ感じる臭い。その時は記憶に留めておく程度に済ませたが、あとで調べる必要があるかもしれない。

 

―――いや、まずは大聖杯からだ。あの生き残った協会の狗が発動した予備システム以外に何らかの見落としがあったのかもしれない。そこから始めるべきだろう。

 

「申し訳ありません領王(ロード)。私の凡夫な頭脳では現時点で〝金〟のサーヴァントについての解答を持ち合わせておりません。しかし、ルーラーがなにもコンタクトを取らない以上、〝金〟の陣営がこの戦いに乗り込んでくるのは確実。ホムンクルスとゴーレムを増量して戦力を補強する必要があるかと」

「……フム」

 

自らの不明を詫びるダーニックに、〝黒〟のランサーは坐したままでいる。プレッシャーこそ恐ろしいものの機嫌を損ねた様子はない。なんの咎の無いものを罰するほどランサーは暴君ではないのだ。

目を伏せ、暫くして開けた目はダーニックではない人物に定められる。

 

「大賢者。〝黒〟のアーチャー、ケイローンよ。君はどう考えている?」

 

フィオレの後ろに待機していた青年。穏やかで優しげな男だが軟弱な雰囲気はなく、その存在感は〝黒〟のランサーにも引けを取らなかった。

当初、この王の間にはアサシンの主従を除く全マスターとサーヴァントが〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーの戦い、その後の出来事を見ていた。全員少なからず動揺していたようで取りあえず今は解散という形になったが、その中で呼び止められたのが〝黒〟のアーチャー主従だ。

アーチャーの真名はケイローン。その名は星座にもなったほどに有名なケンタウロス族だ。今回の大戦においては自分の真名を秘匿するために姿を人間にしてステータスをダウンさせてしまったが、それでも強力なサーヴァントにちがいなく、なによりも幾人の英雄を教え導いた知恵と頭脳は健在だ。〝黒〟のランサーも彼には陣営内屈指の信頼を寄せているだけあってこの件については彼と話し合ってからこれからの方針を決めるべきだと判断したのだ。

 

「……根拠の無い、推測の域を出ない考えですが」

「構わん。君の推測はそれだけで価値がある」

 

話を振られたアーチャーは未だに思案顔であったが、礼儀正しくランサーと向かい合う。

 

「では――――ダーニック殿の見解は私も同意見です。

亜種聖杯戦争を勝ち抜いたマスター、勝利して七騎のサーヴァントを再召喚、あるいは受肉させた……考えれば考えるほどに可能性は幾重にもありますが、それらだけではルーラーが参戦を許可するなどありえません。〝(クリューソス)〟のサーヴァントなるもの達は、実際に大聖杯から召喚されたのでしょう」

「ふむ……ルーラーがあの男の令呪を見た時の戸惑いはそれが分かったが故のものに間違いないと?」

「ええ。それにもし本当に亜種聖杯戦争に参戦しただけのマスターであるなら、あの場で姿を現して宣戦布告などする必要がありません。

そうしなかったのはいずれ〝金〟の存在がルーラーに露見するから。姿を隠したまま活動しては参戦の意思無しの裏切りとしてルーラーが〝黒〟と〝赤〟を率いるのを恐れたから……〝許可を貰いにきた〟というのはそのような意図もあったようにもみえます。

どのような手段で召喚を漕ぎつけたのかは知る由もありませんが……これはもう第三の陣営が正式に参戦していると考えるべきでしょう」

「なるほど―――では、我ら〝黒〟の陣営が取るべき手段は一つだな」

 

〝黒〟のランサー、ヴラド三世は次の策を断言する。

アーチャー、フィオレ、ダーニックは言われずとも分かっていた。自分たちが取るべき手段が何かを。

 

「〝金〟の陣営との、同盟ですね」

 

ランサーは鷹揚に頷く。

〝金〟の陣営がいかにして誕生したのかは知れずとも、聖杯を狙っているのに変わりなしなら、やることはそれ1つに限る。

情勢と策略を無視して……〝黒〟対〝赤〟だけの戦いならば後ろを気にせず真正面から戦う事ができる。

だが、そこに〝金〟が加わったらそうするわけにはいかない。理由は言わずもがな、〝漁夫の利〟を得られるからに他ならない。

軍略に明るくなくとも思い付く単純な謀りだが、それだけ絶大な効果を齎す。

そしてこれを解消する謀りも単純。〝同盟〟を結べばいいだけである。

あの男は待っていたのだろう。〝黒〟と〝赤〟の戦闘を。それをルーラーが見届ける場面を。監督官保障付きの有料物件を売り込むために。

その瞬間はそう難しいものではない。ルーラーがどの程度のものかをはかるために両陣営が接触しようとするのは必然、もっといえば味方に引き込もうとするのをまず考えるだろう……〝赤〟側はかなり違っているようだが。

 

「ルーラー抹殺を計った奇抜な(ヤツら)でも必ず同じことを考えているだろう。いかにして〝黒〟陣営(我ら)を出し抜くか、いかにして〝金〟の陣営と早く接触できるか。……もう既に戦いは始まっている。聖杯大戦の趨勢を決める戦いがな」

 

〝十四対七〟の有利になるか。

〝七対十四〟の不利になるか。

倍の数のサーヴァントを相手取るのはいかな大英雄といえど多勢に無勢となるのが必須。

ダーニックに異存はなかった、フィオレにも。

同盟の交渉役には当然ダーニックが務めるつもりだ。一流の詐欺師とまで言われる八枚舌を活用する時がこようとは思いもしなかったが、いま現在の状況はまさに三国志と同じ三竦み状態と化している。武力よりも政治手腕が試されている時だ。

自陣の利益が多く、同盟側の被害は大きくする。交渉の場さえ設けられれば自分の独壇場。ダーニックはキャスターに偵察用ゴーレムの増員も頼まなければならないなと念話で直ぐさま依頼し、他の黒の主従たちにも方針を伝達する。

風雲急を告げる〝金〟陣営の来襲は、まさにギャランホルンの笛の音そのもの。急がねば必ず〝黒〟か〝赤〟かの陣営(せかい)が滅亡する。

誰もが限界を極めた激しい戦いを予想するだろう―――

 

「…………」

 

その中で……、ケイローンは、アーチャーだけは、本音を言えば同盟に〝待った〟を掛けたかった。

 

「アーチャー、どうかしましたか?」

「……いえ、マスター」

 

同盟そのものに文句はない。三竦みになった以上は徒党を組むのは最善手にちがいない。

ただアーチャーは、組むべきなのは〝金〟ではなく〝赤〟の陣営であるべきだと考えていた。

 

だが、それはありえない。その選択肢は取れない。

この聖杯大戦の勃発はユグドミレニアの魔術協会からの独立戦争。突き詰めればダーニックの私情と面子が発端だ。長であるダーニックは一族復興の為、辛酸を舐めさせられた協会への復讐の為の戦いとして参戦しているからには、〝赤〟と手を組むなど考えもしないだろう。その主張をしただけで内部で軋轢が生まれるかもしれない。

完全な感情論ではあるが、どこまでも魔術師然とするための誇りがあるからこその心情。明確な理由もなく否定すれば不信感も出る。アーチャーはあくまで参謀役、れっきとした根拠もなしにそんなことをしては組織としての強みが瓦解する恐れがある。

それに、〝金〟の陣営に接触するのは悪い手ではない。彼らは未だに謎の勢力。その行動理念が聖杯取得だけなのかどうかも分かったものじゃないからだ。

 

そしてアーチャーが最も懸念しているのはソコであった。

聖杯を取る、本当にそれだけなのか?

なにかもっと別の目的があるんじゃないか? 

そもそもにして、あの〝金〟のマスターのあの男は本当に聖杯に選ばれたマスターなのか?

アーチャーは先のダーニックの意見に同意したが、それはあくまで理屈を詰めればそうなる(・・・・・・・・・・・)話しでしかなかった。

 

―――どうにもあのタイミングで姿をあらわしたのが腑に落ちない。

 

〝金〟の陣営が正式な参加者だというなら、その存在を知らなかった我々(黒と赤)へのアドバンテージは計り知れない。その隠密性はルーラーが直に令呪を見るまでわからなかったのだから、発覚するまでの時間稼ぎなどどうとでもできたはず。それこそ漁夫の利を狙って双方が疲弊しきるまで隠れるのだって不可能じゃないように思える。もし自分なら〝(エリュトロン)〟との全面戦争のどさくさに紛れて大聖杯を奪取する作戦を敢行するだろう。

ルーラーの力を恐れていたからだとしても、この聖杯大戦でルーラーを本当にルーラーとして認めているのは特権だけであって、職務を立ててやろうとするのは自分に都合の良いときだけがほとんどだ。彼女を見る限りは部外者即排除やルール違反即令呪執行の横暴にでることもないだろう。ただ公平(フェア)の条件として第三陣営の存在を〝黒〟と〝赤〟にリークするだけで終わっていたかもしれない。言い訳(言い分)にしたって、「ルーラーなら参加人数くらい知っていて当然」とシラをきればいい。

名乗りをあげるメリット・デメリットと、名乗らないメリット・デメリット。この二つがどうしても釣り合っているように思えない。正々堂々と誇りを掛けて戦うつもりでもあまりにお粗末すぎる。あらゆる時代から召喚した英霊の全部が全部騎士道精神、武士道精神を持っている訳ではないのだ。あのマスターの行動を不服に思うサーヴァントだっているはず、叶えたい願いがあるのならば猶更にだ。

 

―――そう、あのマスターはあきらかに何か……なにかがおかしい。

 

第三陣営の登場。七対七対七の大戦争。

それが聖杯の意思によるものなのか。だとするとあの男は、メアリー・スーと名乗ったあの男は、誰よりも聖杯を取るに相応しいと見染められたというのか。

 

総ての鍵はあの男。

あの男によって何もかもが仕組まれている。相変わらず根拠も理論もない。だが、ケイローンの、その知恵が織りなす思考が、根拠も理論も超えて警告を鳴らしているのだ。

 

―――目下として気になるのは、やはりアレか。

 

「マスター、ここ最近トゥリファスで妙な事件が起こったことはありますか? たとえば集団失踪、昏睡にあったとか、連続殺人がおきたとか。隣接する土地も同様に」

「えっ、事件……ですか? どうだったでしょう……新聞は読んでいますけど、特別気になる記事はなかったと記憶してますが……」

「すみませんがここ最近の、……十日前、いや二か月前までの新聞すべて取り寄せられますか? それと、カウレス殿に……パソコンの使用許可を貰っていただきたいのですが」

「は、はい、わかりました」

 

温厚かつ冷静なアーチャーが捲し立てるように口を回して面喰らうフィオレが反射的に頷く。その様子を見てアーチャーは些か焦りを見せてしまっていることに気付いた。マスターに余計な動揺を与えてしまうなどサーヴァント失格をいいところだ。

 

「申し訳ありませんマスター。みっともない姿を見せてしまいました」

「いえ、それはいいのですが……アーチャー、なぜそんなものを調べるのですか?」

 

やんわりと謝罪を受け入れたフィオレだが疑問は残ったままなのでそのままアーチャーに説明を求めた。

 

「はい、それは――――」

 


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