外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

3 / 11
アタランテの受難

 

トゥリファス東部、イデアル森林。

木々と草花、翠豊かな自然が大半を占めるさまはさぞ壮大であろうが、夜となってしまったいまでは薄気味悪い魔境へと変貌している。

深過ぎる闇の中は視界の確保も儘ならず人間の根源的恐怖を引き起こす。夜の森など理由もなければ入りたいなど誰も思わない。

特に魔術が関わっているこのイデアル森林は、音がない。動物も虫も物音もたてず鳴き声ひとつない。結界が張られた此処は死んだように暗く、静かで、視覚はおろか聴覚にも恐怖を浸みこませるようだった。

 

「―――ハァ、……ヒマだな」

 

そんな中に溜息を吐く影が一つある。

夜の森をなんのそのと平然と佇み、退屈そうに前方に見える筋肉の塊(・・・・)を見据えていた。

大変な美丈夫だった。

高い身長とがっしりとした筋肉。たったこれだけの要素で何人の男の尊敬を集めたのか、そこに顔面と風貌をくわえてしまったら、何人の女を落とせるのか。

男の理想―――強く、逞しく、女にモテる―――そういえるだけの要素を詰め込んだ男が森の中にいて「ヒマだな」と欠伸もしそうな雰囲気でいる。

もし御供の女が居ればあれよこれよと何とかして男の退屈を紛らわそうと自棄になるだろう。男のためになにがしかをしようとするだろう。

 

「ならばとっとと教会にでも帰ればよかろう。こんな任務(・・・・・)私だけで充分だ」

 

―――もしそんなことするわけないと袖にする女がいるとすれば、その女もまた同等に常人離れをしている美貌の持ち主なのだろう。

女は決して御淑やかな見た目ではなかった。雰囲気は鋭く冷たい無機質なものを感じ、特に髪は無造作に伸ばされている。

ただ、それが気にならないほどに女は美しかった。滅多に見られない原石がカットもなしにそのままでも光輝く、人間の手が届かない領域で育て上げられたであろう野性の美しさ。

天然、自然の化身、それがこの女だった。

 

「いやいや姐さん。こんな物騒な夜に美女ひとり置いて帰ったら男が廃るだろ? そんなのは決して英雄じゃない」

「戦うのが目的ではなかろうて。あくまで()に釣られる魚を拿捕するのがマスターからの命。汝では餌もろとも魚を喰い殺すのが関の山だろうに」

「ヒデェ言われようだ。ンな見境なしって思われてたのか? 俺だってさすがに味方の相手はしたくねえよ……まあ尤も、アイツが最後まで生き残るなんてのは不可能だろうがね」

「汝も大概ではないか」

 

そう言って前方に見える()を見やる。

 

―――その餌は、筋肉(マッスル)だった。

 

誰であろうとまず二メートル以上の巨体から成る筋肉に目を奪われる。それぐらい凄まじい筋肉だ。ジョウワンニトウキンとかダイタイシトウキンとか細々と分ける必要がないくらいに、人間の持つ筋肉全部が太く固いのだと思わせる異常な発達をしていた。

その身体に合う服も鎧はなく、必要もないだろう。筋肉そのものが服であり鎧なのだ。むしろ身体を縛るベルトや革があることの方が違和感を感じてしまうレベルだ。

 

聖杯大戦に関わっている人間が見れば一目でサーヴァントだとバレるこの男は〝赤〟のバーサーカー。召喚された英霊の中でも一際異彩を放つ英雄だ。

そんな大男が筋肉も剥き出しに夜の森を突き進んでいる。色んな意味で恐怖せざるを得ない。

何故こんな状況になったのかといえば、この〝赤〟のバーサーカーは現在、暴走中なのである。

狂戦士の名のとおり……と言われればそこまでなのだが、〝赤〟のバーサーカーはあるサーヴァントに唆された結果として暴走してしまい、()を求めてイデアル森林を歩き、本拠地、ミレニア城塞へと突き進んでいるのだ。

これを止める為に男と女―――〝赤〟のライダーと〝赤〟のアーチャーは共に出払ったのだ、最初は(・・・)だが。

〝赤〟のライダーは初めから止めるのを諦めていた。というよりも意中の〝赤〟のアーチャーを追いかけただけであり、バーサーカーのことは眼中になかった。

その気があったのは〝赤〟のアーチャーのみ、むしろ止めようと動いた彼女の方が変わり種なのだ。

狂っている獣との意思疎通などできはしないのが理由の一つ、まともな思考回路をもたないバーサーカーは暴れるだけ暴れて戦場で朽ち果てるのが九割九分の運命にあるのが理由の二つ、仲間ないし味方の意識がない以上、団体戦では足手纏いになるのが理由の三つと、まだあるがこの聖杯大戦でのバーサーカーの役目は使い捨て兵器にするのが両陣営にとっての共通認識である。サーヴァントが一騎減るのはどのクラスでも痛手には違いないが、遅かれ早かれ自滅に近い形で終幕する命を重要視することもないと誰もが思っていた。

〝赤〟のアーチャーとて例外ではなかった。アーチャーも完全な善意で動いたわけではない。生前、暴れる獣を御するのが得意だったからなんとか踏みとどまらせようとしただけだ。それが駄目なら援護だけに注力して敵サーヴァントの偵察を軸としようとしていた。

はっきりいって共に戦うといった意識は持たなかった。

 

―――まあ、〝赤〟のライダーほどの大英雄(・・・)であれば、仕掛けるのも有りかもしれないが。

 

「しっかし、今回の(いくさ)は随分な様変わりだよな。十四騎の英雄合戦をおっぱじめると思いきや―――更に七騎追加ときたんだからよ」

 

退屈も露わに、しかし語る口調はどこか喜色ばんでいるライダーはまるで子供がはしゃいでいるようにアーチャーには見えた。

話題に上がったのは〝黒〟のセイバーと〝赤〟のランサーの戦いの後に現れた第三の陣営。〝金〟のサーヴァントについてであった。

今や台風の目ともなっているこの情報は当然〝赤〟の陣営内に行届いている。別行動をとっている〝赤〟のセイバー主従も同様に、あの現場を見なかったサーヴァントもマスターも例外はない。

 

「うれしそうだな、ライダー」

「そりゃそうさ。一端の英霊であればより多くの強者と戦いたいと本能で思うに決まってる。しかも俺の宝具を考えっと、ヘタすりゃ誰もこの身を傷つけることができないで終わっちまう。そんなの面白くもなんともないからな。敵が増えれば増えるだけ俺と戦えるサーヴァントが出てくる可能性が上がるとくりゃあ、金だろうが銀だろうが大歓迎してやるさ」

「全く英雄の考えであるな。〝赤〟のアサシンあたりは頭を抱えていそうだが」

「権謀策謀の女帝様は戦うなんて考えすらしねえからな。まっ、毒ばかり扱ってる傲慢ちきにはいい(くすり)だろうぜ」

「フッ、違いない」

 

本人のいないところの軽口は、あの〝赤〟のアサシンが知れば何万倍にもなって苦痛で返されるだろうが、あいにく女帝の耳には届かなかった。

金の陣営が何者か、本当に聖杯大戦の参戦者なのか、疑心暗鬼な気持ちはあれどライダーもアーチャーもそれほど気にしてなどいなかった。

―――敵であるなら斃すのみ。

英雄の、その絶対の真理があれば十分なのだ。相手が何者であれ、自身の磨き上げてきた力と技で乗り越える。そうやって絶体絶命の苦境を退けてきたのだ。伏兵が出てきたところで変わりはない。十四騎を相手どるにしてもだ。

無論二人は策を軽んじたりバーサーカーのように考えなしに敵陣に突っ込むような愚者ではない。

だからこそマスターからの指令変更にも了承したのだ。

 

「む―――敵の尖兵が出てきたぞ。ホムンクルスとゴーレムか」

「さぁて、どんな獲物が釣れるだろうな。一匹か二匹か、大物か小物か」

 

〝赤〟のバーサーカーを囮に、〝金〟のサーヴァントを誘き寄せる。それによる接触、追跡、または捕縛。状況次第で撤退、あるいは討伐。

これが二人に(正確にはアーチャーに)与えられた任務だ。

制御不能に陥ってしまった〝赤〟のバーサーカーだが、第三陣営の登場により、今回はいい具合に暴走していると言える状況になった。

バーサーカーが〝黒〟の本拠地に突っ込めば必ずサーヴァントが迎撃に打って出る。そうなればあのバーサーカーからして慎ましく尋常な勝負をするのはありえない、手当たり次第に辺りを散らかしてこのイデアル森林をめちゃくちゃにするだろう。ミレニア城塞付近が騒ぎになれば、使い魔か遠見の魔術で監視しているであろう〝金〟の陣営も戦闘に気付き、なんらかの策を講じてくる可能性がある。そこを捉えるのが要だ。

とはいえあまり実がある任務とは言い難い。ミレニア城塞を監視してはいるだろうが、どう動くかは完全にバーサーカーの奮闘次第だ。一対一でやられるほどバーサーカーは生易しい英霊ではないものの、二騎以上と相手をすれば討ち取られるのは目に見えている。〝黒〟のサーヴァントの宝具・スキルによっては大した労力も使わずに戦闘が終わってしまうことだって大いにありえる。

 

「だが…………ふむ、あれだけ雑兵を惨たらしく蹴散らせれば奮闘は期待できるかもしれんな。もしかすれば一騎くらいサーヴァントを斃せるか……」

 

アーチャーはその弓兵特有の超視力をもってバーサーカーの蹂躙劇を観察する。

ホムンクルスの身体は千切れ、ゴーレムの身体は粉々になる。剣を振り、拳を突いただけで蟻の如き軍勢を殺戮する。敵も反撃をしているも、すべては規格外な筋肉の前には臓腑の中までダメージが通らずじまいで殺されゆく結果となっていく。

悪夢と呼ぶに相応しい光景にも冷静に現状を見定めるアーチャーに、ライダーはどことなく苦笑いを浮かべていた。彼もアーチャーほどではないが常人ならざる視力を持っている為、観察は容易かった。

 

「おいおい。アイツ、俺みたいな不死身(・・・・・・・・)でもねえのにあんな攻撃受け止めて、マジでバーサーカーだな」

「今更何を言っておるか汝は」

「だってよ、ワザと(・・・)攻撃を喰らってから反撃してるんだぜヤツは。狂化されてバーサーカーになったんじゃなくて、バーサーカーしか対応できるクラスがなかったんじゃねえのか、あれ」

 

そう、バーサーカーの戦いは遣り方からして狂っていた。

まずは相手の攻撃を受け止めていた。受け止めるだけ受け止めて、その巨体に余すことなく受け止めきって、それから反撃に出るのだ。

狂化されたが故の理性無き不可解な行動ではない。なぜなら、ライダーもアーチャーも見ていた、攻撃を受け止めたときのバーサーカーの表情を。

笑っていたのだ。

怒りに叫ぶこともなく、至福の時だと叫ばんばかりに深く、深く、笑っていた。アレは絶対に身に染みた戦い方、ああやって幾多の戦いを勝利してきたのだろう。

 

「……確かに、狂戦士以外の何物でもないな。生前からして異常な男であったか、彼奴は」

「身も蓋もねえが、得てして英雄ってのは普通じゃねえ奴のことを指すからな。いやまあ、アレと一緒にされるのは御免だけど―――――――よ」

 

バーサーカーへの感想もそこそこに、いよいよサーヴァントの気配が近づいてきたのを感じた二人は気を引き締めた。

 

「来たな。さて、どうする姐さん」

「どうすることもない、このまま静観だ。汝、帰るならば今ぞ」

「それだけは無えって。取りあえず最低でも〝黒〟のサーヴァントの面は拝んでおきたいが…………なあ、俺だけでも援護がてら出たらいかんかね? 誘き寄せるんだったら一人よりも二人のがいいだろうし、俺ならそうそう遅れをとらねえのは知ってるだろ?」

「…………汝は」

 

どうにも堪え性のないライダーに嘆息するアーチャーだが、それもありなのは確かだ。

マスターがアーチャーにバーサーカーの援護を取り消したのは〝金〟の陣営とのコンタクトの他に、漁夫の利を取らせない為に慎重を期しているのが少なからずある。援護にかまけて後ろから刺されては堪らない、得体のしれない相手なら尚更に慎重にならざるを得ないだろう。

だが、〝赤〟のライダーならば、世界的英雄の一人として名を連ねるだろうライダーならば、無謀も無茶も押し通せるだけの力がある。そもそもこの任務はアーチャーに対してのものであって、ライダーはなんの指令も受けていない。やりたいことをやり、嫌なものは嫌だと豪放磊落に行くこの英霊を縛るのなんて令呪以外にできはしないだろう。

無理というほど困難でもないならば―――。

 

「……わかった、なれば汝の好きにするがいい。ただし援護はせぬぞ、たとえ汝の加護を破る天敵が現れようともな。よいな」

「へっ、心配いらねえって姐さん。かるーく揉んでやるさ。アンタは俺の勇姿をじっくり堪能してくれ」

「なんだよいらねえのか? もったいねえなぁ、オレだったら美人さんに援護されながら戦いたいもんだがな」

 

―――番えた矢は迅速に、声の鳴る方へと標準を絞る。〝赤〟のアーチャーはいつの間にか出した弓から一本の矢を無慈悲に放った。

動作は俊敏、速さに重きを置いた矢の威力は褒められたものではないが、並みのサーヴァントなら反応も出来ずに一矢迎えるだろう速度で奔っていた。

だが―――。

 

「ぬっ!?」

「いきなりやってくれるねぇ。まあそういうのは嫌いじゃない」

 

矢はあっさり見切られ、撃ち落とされた。屈辱を抱く暇もなく尚俊敏に次の矢を番えようとした瞬間。アーチャーの目に映ったのは紅い軌跡だった。

自身の身体能力と動作からなる早撃ちの体勢へと入る刹那の切れ目を正確無比に突きつけようとする神速の槍が、アーチャーの頭蓋を撃ち抜こうとしている。

このアーチャーの、俊足の逸話を持つ〝赤〟のアーチャーの速度を凌駕しながら死は眼前へと迫っていく。

避けようのない、逃げられない運命を前にアーチャーはどうすることもできずに―――――――――――その死を回避した。

 

「っ、ライダー!」

「オラアッ!!」

 

刺突が空回りし、お返しとばかりに撃たれた槍。

〝赤〟のライダーは目にも止まらぬ神速をもって〝赤〟のアーチャーを救出し、更に声の主に反撃を繰り出したのだ。先のアーチャーの早撃ちをも上回る疾風が如きの一連動作は相手に攻撃された事実さえ与えないだろう一撃。

 

「チイィィっ!」

 

声の主は身体を限界まで捻ってかわし、片手で体勢を整えそのまま片足でライダーの槍を踏みつけようとする。が、またも神速をもってかわし、地団駄を踏みつけるだけに終わってしまう。

すかさず接近して槍を構える姿に、そうはさせぬとアーチャーが矢を撃ち放つ。

避けると同時に一旦仕切り直しで後ろへと下がると、ライダーもアーチャーを伴って後ろへ下がった。

 

充分に距離を開け、姿を捉える余裕を経た二人はその人物を見据えた。

青い戦闘装束をした青い髪の男。手に持つは紅い長槍。〝赤〟のライダーと似た背丈と姿だが、この男の格好は鎧らしい鎧は着こまず、より速く動けるように無駄な部分を削ぎ落したかのような軽鎧であった。

 

「やるじゃねえかお二人さん。反応も動きも、その「速さ」が大したモンだ……特にそっちの兄ちゃん」

 

青い男は笑みを浮かべながらその獣の目を〝赤〟のライダーに向ける。

 

「どうだい? そんなにヒマしてるってんなら、オレと殺し合いをしないか?」

 

親愛のものでは決してない極上の御馳走を見つけた肉食動物の眼差しで、怖気の走る殺気(ことば)を飛ばしてきた。

次いで、もちろんそっちのお姐ちゃんも込みでいいぜ、と―――自信に満ちた、そうなって当然とばかりの1対2の提案に、怒りよりも警戒が二人を縛った。

コイツの接近に気付かなかった。戦場において致命的な、言い訳のしようもない無様な有様に打ちのめされた以上に、この青い男を警戒した。

英霊ともなれば気配を感知するのは戦の常。宝具やスキルとして備わらずとも自然と身に着くであろう芸当だ。

特に〝赤〟のアーチャー――――アタランテは狩りを生業として生きてきた根っからの狩人。生きるか死ぬか、自然の摂理をそのまま価値観として名を上げ英霊の座へと登った彼女は、狩る者が逆に獲物になっているなんて経験は当たり前にしてきたし、そうならないように常日頃から警戒網を張っている。ライダーと多弁していた時にもだ。

なのに、この赤い槍をもつ青い男に声を掛けられるまで気付くことができなかった。

それはいい―――いや、よくはないが、それはこの男がそれだけの実力者というだけである。上には上がいるのも自然の常だ……声を掛けずに殺しに来なかった傲慢のツケは必ず払わせるだけでいい。

それよりも今確かめるべきなのは一つ―――。

 

「貴様……〝金〟のサーヴァントか?」

 

〝黒〟のサーヴァントの中でステータスもなりかたちも不明なのがアサシンだ。それと今の状況を考慮すれば〝黒〟のアサシンと判断するかもしれないが、この雰囲気、僅かな攻防の応酬からみても、とてもじゃないが暗殺者風情の武芸とは思えなかった。

 

狩る者が逆に獲物になっている―――即ち、〝赤〟のバーサーカーではなく、〝赤〟のアーチャーとライダーが餌になっていたのも充分にありえるのだ。

 

「いかにも。〝金〟のサーヴァント、ランサーだ。

まっ、いまはアサシン紛いなことをしてるがね。

そういうアンタ等は〝赤〟のアーチャーと…………セイバーじゃねえよな? ランサーは確認済み。ってことはライダーあたりか? なんにしてもクラス別の獲物を使って此処にいるとは、召喚に不備があったのか?」

 

からかいの視線を真っ向から受けて、〝赤〟のライダーは淡々と笑い飛ばす。

 

「見て分からねえかよ。俺たちは逢引がてらの偵察をしてんだ。それをたかだか一騎に宝具を使うわけ―――」

「〝金〟のランサーよ。いま〝アサシン紛いのなことをしている〟と言ったな? つまり我々〝赤〟と……あるいは〝黒〟の連中と接触するのが目的か? 我々に声を掛けたのはそういうことなのか?」

 

半分挑発、半分願望が混ざった〝赤〟のライダーの言葉はあっけなく封殺され、アーチャーに被せられた。

なんとも言えない表情の〝赤〟のライダーに、〝金〟のランサーは同情の念を浮かべた。

 

「やれやれ、見た目通りの難敵だな。〝赤〟のライダーよ、こりゃ相当骨がいるぜ?」

「うるせえほっとけ。大きな世話だ」

「おい、どうなのだ〝金〟のランサーとやら」

 

面白がる〝金〟のランサーに〝赤〟のライダーとアーチャーが同時に噛みつく。なのに内容が全く違うところが余計に同情を誘った。あくまで命令を遂行するアーチャーには逢引云々の言葉など耳にも入らなかった。

この〝金〟のサーヴァントを名乗る男が本物ならば、ここは対話を望むべきである。手を出したのはこっちが先で図々しくもあるが、向こうも同じ目的だからこそ接触してきたのだろう。

 

そう思っていたが、〝金〟のランサーの返答は思いもしないものだった。

 

「あー、声掛けたのがどうのこうの、だったか? 別に大した理由はねえよ。面白そうだったからそうしただけだ」

「……なんだと?」

「交渉だの取引だのを命令されてるわけじゃない。そういうのは魔術師のやることだ。その点オレのマスターは寛大でね、偵察は命令されてもそれ以上のことは強要しなかった。

しかも、俺の御眼鏡にかなうヤツがいたら好きに行動していいと言付かっている」

 

〝金〟のランサーは紅い槍を軽く振り回し、魔力の奔流をより一層濃く奔らせていく。

疑いようもなく、戦闘態勢へと入っている――――!

 

「そんでもって、アンタ等はオレの御眼鏡にかなったわけだが……それに違わぬ強さかどうかは、もう一度確かめさせてもらおうか」

 

どこまでも奔放なこの男に、少なからず動揺する。

同盟をもち掛けたわけではなく、〝黒〟と〝赤〟を共倒れさせに来たわけでもなく、ただ戦う為に声を掛け姿を現したと、好きに行動していいからそうしたというのか?

それのどこが偵察だ。結局のところ自分の好き勝手にしていることではないか。

このサーヴァントのマスターは何を考えているのか。我の強い者がほとんどの英霊を放し飼いにするなんて魔術の秘匿以前の冒涜を犯しているのではないかと、〝金〟のランサーにその気がなくとも疑問に思わざるを得ない。そしてそれ以上に、〝赤〟の陣営になんのコンタクトも取らずにいるその姿勢に。

〝黒〟の陣営と組むつもりなのかとも勘繰るが、何故かそんな感じもしない。

 

「オレの行動が解せない。そんな面してるなあ、アーチャーの姐ちゃん」

「……ああ分からんな。汝の意思は兎も角、マスターがそんな采配を取るとは思えん……まあ我らのマスターも異常といえば異常だが」

「ははっ、そっちはそっちでマスターに苦労かけられてるのか。だがまあそこまで気にしたってしょうがねえだろ。どんな命令を下されようと、サーヴァントなら最終的に行きつくのは戦いだ。だったらオレ達は命じられたままに戦うのみ。それだけで十分だと思うが、違うかい?」

「いいや、違わないね」

 

〝金〟のランサーに抗うように吹き荒れるは〝赤〟のライダーの殺気と闘志。それだけで人を殺せそうな見えざる力が空間を跋扈し、駄目押しとばかりに満たされるのは魔力だった。

 

「そうさ! 俺たちは戦えばいい。心赴くままに、自由気ままに、好き勝手に堂々と敵を叩きつぶせばいい。それが英雄だからな!」

「―――いいねえ、そうこなくっちゃ。話も速いヤツは嫌いじゃない」

 

常人では耐えられぬ圧迫感は、しかし〝金〟のランサーには心地好い涼風に他ならず、にやりと抑えきれない笑みを浮かべる。

今この場所は無数に埋められた地雷原より危険で、なにが化学反応するかも不明なアンタッチャブルになっている。

〝赤〟のライダーと〝金〟のランサー。

未知の戦士(やくひん)が激突し混ざり合ったら、どれ程の劇薬になるのか。息苦しい濃密な大気が、その答えを示している。

 

「アーチャー、アンタは任務を続行してくれ。もう〝黒〟の連中には勘付かれてるだろうから姐さん(そっち)にも誰か来るかもしれねえけど、支障にもなんねえだろ?」

「………………」

 

〝赤〟のアーチャーは何も言わない。

〝金〟のランサーに触発された影響か、それとも別の何か感じいるものがあったのか、ライダーは相当にヤル気十分となっているようだった。

もうどうしようもなかった。止めるも諫めるも意味はなく、する必要がそもそもない。

英雄の戦いは誇り高い。程度の差はあれ、質の違いはあれ、それを邪魔する事は誰にもできない。それをやってしまったら、天上知らずの怒りに触れるだろう。そう二人(くうき)は言っている。

問題は〝黒〟の連中か。事の次第では二人まとめて仕留める腹積もりをするかもしれない。

そうなったらどうなるか。怒りの矛先が〝黒〟に変わり邪魔した奴を含めて皆殺しを実行するだろうか。それだけの苛烈さが〝赤〟のライダーにはある。生前はそれで命を落としたのだ。

冷静を失えば、死へと近づくのは必定。バーサーカーはともかく、同郷の、旧知の息子であるライダーを見捨てるのは彼女とて寝覚めが悪い。それに、助けられた借りがあるのだから。

 

「それはこちらの台詞ぞライダー。〝黒〟のサーヴァントが仕掛けるとしたら戦っている汝にだ。

敢えて……敢えて言うぞ。深追いはするな。戦は未だ序盤、機が熟した時ではない。

出来うるかぎり〝黒〟の連中を追い払ってやる。怒りに身を任せてバーサーカーの如くになってくれるなよ」

 

その言葉を最後に、〝赤〟のアーチャーは姿を消した。〝金〟のランサーはひゅうと口笛を吹いて称賛した。直に彼女を見ていたというのに、もうどこにいるのか分からなくなってしまった。これでは〝黒〟の連中が探すのには手間と時間が掛かるだろう。

 

一対一(サシ)の勝負を立ててくれるか。つくづくイイ女だねぇそっちのアーチャーは。つい口説きたくなっちまう。同じ陣営なのが羨ましい限りだ」

「―――テメェ、サーヴァントは戦うのみじゃないのかよ」

「それはそれ、これはこれさ。あれだけの女、ほっとく方がどうかしてるぜ―――それよりも、騎乗兵が乗るべき馬なり戦車なりを出さないのは何事だ? そら、とっとと出せよライダー。それぐらいは待ってやる」

「ハッ、二度も言わせるなよ。たかだか一騎に宝具を使うなんてもったいないことはしねえ。〝金〟のサーヴァント全軍でかかってこない限りはな。なんなら今から呼んできたらどうだ? それくらいはまってやるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほざいたな、〝赤〟のライダー」

「ぬかせ、吠えたのは貴様が先だ〝金〟のランサー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺気は増大し――――激突は一瞬。

刹那の一矢が互いの心臓を抉ろうとした瞬間、穂先と穂先の力は拮抗した。

そして崩れるのも一瞬。そこからは防御なしの最速の連撃が始まった。頭、心臓は勿論、隙が有ればどこであろうと穿つ槍最大の攻撃方〝突き〟の極限にして究極の応酬がそこにはあった。

攻撃は最大の防御。相手の命を獲る突きは、同時に自分の命を獲る突きを阻害する。

一分にも満たない戦いで既に数百を超える刺突を繰り出す二人は更なる槍の応酬に入る。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァッッッ―――――!!!」

「オラオラオラオラオラアアアアアアアアァァァァッッ―――――――――!!!!」

 

腕試し(・・・)が、終わった。

この裂帛の気合こそ、本当の戦いの開始を告げる法螺貝の響きに他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 















「なぜ自由にさせたか、ですか……。 (ランサー)はああ見えて真面目です。ボクのことをマスターと認めてくれて、偵察なんて面倒事を引き受けてくれました。なら、ある程度自由にさせてあげてもバチは当たらないでしょ?」

……貴方は私と供に聖杯を取ることを受諾した。それでサーヴァントを自由させ過ぎるのはどうなのだ?
……あの宣戦布告にしても、貴方がただ目立ちたかっただけではないか。

「反故にするつもりはありませんよ。でも言いましたよね? ボクは〝貴方達が見たい〟って。ボクはどこまでも脇役で主役が貴方達です。ボクが何かやったら既に【メアリー・スー】なこの事態が更に【メアリー・スー】になっちゃうじゃないですか。矛盾してますけどそれはボクの見たいものじゃないですよ」

……だが貴方は〝従われてもいい〟と言った。私の願望を聞き届けるのも、私の要望に応えるのも、マスターとして当然のことではないのか?

「あー、それは確かに。う〜〜〜〜ん………………………………………………………………………………わかりました。ちょっと急展開ですけど、これはこれで面白いかもしれない」

……なにか妙案でも思いついたか?


「はい。–––––貴方は魔王になる(・・・・・・・・)、というのはどうでしょう?」


……どういう意味だ?



「つまりですね…………どっかの神父さん(・・・・・・・・)より先に聖杯を奪うって事です」



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。