外典にて原典 作:新宿のバカムスコ
「〝金〟のサーヴァントが?」
『〝赤〟のバーサーカーの援護に来たと思しきサーヴァントと交戦中です。セイバーとバーサーカーは城へ戻って貰いました。其方も撤退の準備をお願いします』
〝赤〟のバーサーカーの鹵獲に成功した直後の念話。
〝黒〟のアーチャーから伝わった〝赤〟と〝金〟の戦闘に〝黒〟のランサーのみならず、〝黒〟のキャスターと〝黒〟のライダーも反応を示す。
マスターの制御を離れて暴走しただけあって、鬼気迫る勢いの〝赤〟のバーサーカーはランサーとライダーの宝具、キャスターのゴーレムを運河の如く投入して漸く押し止めることに成功した。凄惨に尽きる災害を躰一つで現わしたのは英霊であれば当然の帰結だが、常に笑いながら戦っていたのは〝赤〟の陣営と共通してなんとも言えない気持ちとなっていた。とはいえさすがに多対一。苦戦するほどの激戦でもなく、狂っていながらも譲れない意地を見せた〝赤〟のバーサーカーも今や〝黒〟のランサーを睨めつけるだけに終わっている。
拍子抜けというほど容易くはなかったが、〝金〟のサーヴァントの乱入を想定していただけに物足りなさを感じていた〝黒〟の面々。〝金〟が両陣営諸共潰そうとする可能性も大いにあり、そして〝赤〟のバーサーカーを手に入れればどちらと組むのが有利かを明確に示せる為に、短期決戦で三騎のサーヴァントで出撃したが、それが仇となったのか、〝金〟のサーヴァントが現れることはなかった。
〝赤〟のバーサーカーの侵入までの間、見つけることが叶わなかった〝金〟のサーヴァントが〝黒〟よりも〝赤〟と接触したというのか。あるいは〝赤〟が発見して排除しようとしたのか。いずれにせよ〝赤〟に先んじられたのは間違いなかった。
「しかし、撤退する必要があるのかね? 敵対しているからこその戦闘中なのだろう。ならば諸共串刺すか、戦闘が終わるまで近くで待機していたほうがいいと思うが――」
『戦っている〝赤〟のサーヴァントは
その名を聞いただけで、ランサーはかつてないほどの衝撃を味わっていた。
キャスターもライダーも同様だった。その名は誰もが知っている勇者。古今東西をまたに駆け、過去現在未来を問わずにその名を世界に刻みこんだ大英雄の真名なのだ。
聖杯戦争で勝利するにはどのようなサーヴァントが必要かでいえば必ず名が挙がるであろう〝駿足〟の二つ名を持つ世界三大叙事詩・イリアスの主人公、それがアキレウス。
彼の人を勇名たらしめている有名どころは大きく三つ。あらゆる時代、英雄の中で最も迅い脚と、あらゆる武器をものともしない不死身の肉体。そして最も重要で致命的な唯一の急所、アキレス腱だ。彼の速力に勝るものは彼が持つ馬以外なく、その不死身は急所以外を拒絶するが如し。
不死身と俊足。どちらか一方だけでも英雄としての資質は十二分といえるのに、両方持っているとなるとどれだけ稀有で、どれほど厄介な事か。
その有名さ故に弱点がアキレス腱だと分かっていても当たらなければ意味はなく、彼の迅さについてこれなければ視認どころか気配を探知することすらかなわない。仮についてこられたとしても、急所をピンポイントで狙える猛者がどれだけいるのだろうか。生前は神の加護がなければ射抜くことも出来ずにいたというのに。
無論いまのアキレウスはサーヴァント。枷を嵌められている現状で生前のような無敵ぶりを発揮することはないだろうが、そんなもので無聊を収めることなどできない。
―――そんな甘い考えで討ち取れるほど、〝教え子〟は生易しい英雄ではない。
そして、それと戦っている〝金〟のサーヴァントも只者ではないのが、一目瞭然だった。
まさか、
『彼の不死を貫けるのは私だけです。戦闘中とはいえ、踵を狙って攻撃が通れる相手ではありませんし、〝赤〟にはおそらくアーチャーが付いている。〝金〟のサーヴァントも一騎だけとは考えにくい。ここは一旦城へ戻ってイデアル森林周辺を探知しつつゴーレムとホムンクルスで包囲網を張ってもらいます。出撃するのはそれからでも遅くはないでしょう』
確かに、事前に〝赤〟のバーサーカーの後方に二騎存在していたことはわかっていた。状況から見てもほぼ確実に一騎はアーチャーに違いない。アキレウス単体だけでも厄介だが、後方支援が加われば鬼に金棒もいいところだ。何の対策も無しに戦えば〝黒〟は大打撃を受けるだろう。
「うむ。そういう事ならばよかろう。では委細は任せるぞアーチャー」
『はい、では城へお早く』
ランサーはアーチャーを疑っていない。
ヴラド三世は王であるが故に、目敏くその奥底の機微に気付く。後ろめたさの様なものこそ感じてはいるだろうが、アーチャーには忌避も抵抗も無かった。自らの教え子をこの手で斃すという覚悟が伝わり、十二分に
ケイローンはギリシャの
そう、アキレウスは英雄として名を馳せる以前の幼少時はケイローンに教育されていたというのは有名な話。
身内同然のアキレウスが〝赤〟のサーヴァントとして現界するとはなんとも悲劇的な運命だが、それとこれとは別だ。敵ならば殺さなくてはならない。
「ライダー。バーサーカーへの突貫、御苦労であった。キャスター、おまえのゴーレムも見事な働きがけだった。〝赤〟のバーサーカーの拘束は厳重にしておけ」
「御意」
ランサーは念話を終えると〝赤〟のバーサーカーの腑分けをキャスターに任せ、〝黒〟のキャスターは複数のゴーレムを操作して〝赤〟のバーサーカーを城へ運べと命じる。
「………………………」
労いの言葉を掛けられた〝黒〟のライダーはそのまま特に反応もせず佇んでいた。
戦いの余韻に浸るわけでもなく、見るからに落胆している様子なのが窺える。
「……ハァ」
溜息。ただそれだけのことだが、ライダーのその美しく、可愛く、愛らしいといった
「なんでこうなったのかな……」
ライダーは戦場の混乱を望んでいた。
大いに誤解される言い方だが、なにも〝黒〟を裏切ろうとしているのではない。
ライダーは助けようとしているだけだ。英雄として、あの
そのホムンクルスは磨り潰される為に生まれた存在だった。
サーヴァントは強力な兵器であるが故に、現界する為には膨大な魔力が必要となってくる。その格によって求められる魔力量も変わっていくが、とにかく供給する魔力は多いに越したことはない。
それに対しユグドミレニアは一計を講じた。マスターから頂戴する魔力とは別に、第三者から魔力供給を施せばサーヴァントの現界もマスターへの負担も減り、一石二鳥の利益を得られるのだと。
本来のマスターとサーヴァントの魔力
そしてその第三者こそがあのホムンクルスの少年だった。
サーヴァントの魔力電池。それが少年の、あのホルマリン漬けにされているホムンクルスたち全員の役目で、使命で、犠牲だった。
本来マスターが負担すべき魔力量を代わりにホムンクルス達から
その光景に、事実に〝黒〟のライダーは心を痛めた。
その処置をしたユグドミレニアを糾弾するのは簡単だ、というかライダー自身暴れ回って嫌なものは嫌なんだと叫び散らそうかとも思った。
だが、自分は聖杯大戦のために呼ばれたのだ。この戦争は自分の役目だということを弁えている。戦争に勝つために、ホムンクルスたちは生まれ、そして自分はその命を吸い取って―――――――――――――――イヤだ。
とても嫌だった。嫌で嫌で、ぶっ飛んだ理性がさらにぶっ飛びそうなほどに、頭が如何にかなりそうだった。
こんなのは自分じゃない、こんなやり方は認められない、こんなことは間違っている。
そんな鬱鬱とした気持ちが段々と溜まっていた時だった。
あの少年に、彼に出会ったのは。
触っただけで壊れてしまいそうな儚さで、震える身体で身を守りながら懸命に生きようとした彼に出会ったのだ。
彼は自分を閉じ込めていたガラス瓶をぶっ壊して、その生を訴えていたのだ。
ライダーは直ぐに助けた。といっても具合の悪い彼を如何にか治す手段が何も無いライダーは陣営内で一番信用しているケイローンに匿ってもらうように頼み、彼を診てもらった。
安静にしていればすぐに死ぬことはないとのことだが、その命は三年程だと言われた。それでも、それだけあれば生きる意義も意味も見つけられると思った。
確信があった。だって彼は磨り潰されるだけにあった運命を自力で変えて見せたのだ。
誰かに助けられたわけでもなく、自分の力で自分の人生を得ようとしているのだ。
だったら大丈夫だ。身体は確かに脆弱で、歩くのにも練習が必要ではあるけれど、ソレさえ成せば彼はもうなんだって出来るようになる。身体が弱くても、彼は確かに強い心を持っているのだ。
――――そうさ。何も心配いらない。彼を助けるんだ。絶対に、
ライダーはホムンクルスの少年に救われたのだ。
もどかしい思いに苛まれ、ただ痛ましく思っていただけで何もしなかった狂人たる自分を。
ひとりでも、助けることができるチャンスをくれた彼を。
英雄としての自分を、ライダーの想いを全うさせてくれた彼を、何がなんでも助ける心意気でいたライダーだった。
なのに……
「なんでこうなるのかなぁ」
二度呟くほど、状況はかなり厳しかった。
彼は現在ケイローンの部屋で匿われている。鍵はかけられ、勝手に誰かが入ることはないだろうが、それでもずっとこのままでいられるわけがない。なにせ聖杯大戦が控えているのだ、逃がすのは早いに越したことはない。だがミレニア城内はホムンクルスとゴーレムに溢れ、城外はもっと溢れに溢れていた。大げさな表現だが、少なくとも隙を見てホムンクルスの彼を連れて逃がすだけの道と時間が皆無になっているのは確かだった。
それもこれも〝金〟の陣営の所為だ。
第三の陣営があらわれたことで〝黒〟陣営はこのトゥリファス全域を慎重かつ厳重に警戒態勢を取ってしまっており、〝赤〟のバーサーカーが襲撃してきても、混乱に乗じて逃がすマネが出来ずますます警戒が強くなっていき、なにも出来ない状態が続いていた。その一方で逃走したホムンクルスの彼に構っている暇も無いのか、何ら動きが見えないがそれに甘えるわけにもいかない。
「どうすればいいんだろ」
『ライダー』
「ヴえっ!? ケイロ、……アーチャーかい?」
突然耳に届いたのはアーチャーの念話だ。さっきとは違いライダー個人に向けてのものだった。
どうにも考え過ぎていたみたいで、ヘンな呻きと、真名を出してしまった。
ランサーとキャスターがこちらを見るが、アーチャーからの念話と聞くと納得したのか、何も聞きはしなかった。この点だけでもアーチャーの人となりが窺える。
「アーチャー、ビックリさせないでよもぉー」
『いいですかライダー』
念話越しでも案の定落ち込んでいるその心境がわかりやすくて、だからアーチャーは苦笑したあとでライダーに言った。
『貴方が生きなければ救える命も救えなくなってしまいます。気持ちは分かりますが、今は耐え忍ばなければなりません』
「……うん、わかってる」
諫めながら慰める、すべてライダーをおもんかばったアーチャーの心遣いに感謝を込めて気持ちを前向きに整える。
大丈夫だ、まだチャンスはある。これから戦いが本格的になれば敵も味方も否が応でも疲弊する。不純な考えは承知だが、そうなれば必ず彼を逃がす活路は開く。
大賢人の言う通り、今は耐え忍ぶとき。そのためにも自分は生き残らなければならないのだ。
「よしっ!」と意志を新たに、ライダーは闘う覚悟を決め……。
「――――あー、アーチャー」
『? ライダー?』
「ゴメン、帰るのは暫くかかるかもしれない」
『ッ!』
ライダーの言葉をアーチャーは即座に理解した。
明らかに尋常じゃない気配が漂っている。ランサーとキャスターは既に戦闘態勢となっており、ライダーは黄金の騎乗槍を実体化させ、森林の闇に潜んでいる
「いまになって出てくるなんて、〝金〟のサーヴァントかな? だったら八当たりしてやる」
『落ちついてください。恐らくそうでしょうが、出方が分からない以上は手を出すわけにはいきません。セイバーとバーサーカーを待機させます。何か異常があれば報告を』
言葉も早くアーチャーとの念話を終えると、ランサーが代表するかのように声を上げる。
「出てきたまえ。我が国土を無断で踏み入れた異教徒よ。本来ならばその身を串刺し、己の愚かしさを血と苦痛とで理解させてやるところだが、大人しく対談の席に着くのであればその命、暫し預けてやる。さあ、どうする?」
完全に脅迫じゃないかなぁ……と思わないでもないライダーだったが、ランサーにとっては王の嗜みといった具合なのだろう。
おまえの器を試してやると言わんが如くのランサーの言葉を聞いてか、気配の主はゆっくりとその姿を露わにしていく。
攻撃を仕掛けないあたり、真正面から戦うセイバーかランサーのサーヴァントなのか。
戦いになればライダーはかなり不利に違いないが、今はランサ―もキャスターもいる。なにより負ける気も死ぬ気もなかった。
今の自分は一味違う。どんな相手だろうと負けない意志に溢れている。
そして、現れたその姿を視界に収める。
―――――呆然とし、体が強張った。
ⓢ
ルーラーことジャンヌ・ダルクはイデアル森林を検分していた。
運営者に許されたサーヴァント探索機能にて確認した〝赤〟一騎と〝黒〟三騎の接敵、そして〝赤〟一騎と〝金〟一騎の接敵が、ルーラーを森の奥へと誘った。
戦いを見守るだけならともかく、現場に赴くのが如何に危険なのかは百も承知だ。戦闘に巻き込まれる以前に〝赤〟の陣営が自分の命を狙っている事実があるのだ。〝赤〟のランサーのマスターが独断で行動しているかもしれないが、姿を現すのは決して得策ではない。
そうまでして闘争の現場に赴いたのは〝金〟のサーヴァントとの接触を計るためだ。
あの時、ルーラーはメアリー・スーと名乗った男を逃がすつもりはなかった。
あの男の存在は未だに不明の一言に尽きるが、唯一わかっているのが
その一点が恐ろしいのだ。
ルーラーが聖杯戦争に召喚される条件は大きく分けて二つある。
〝結果が未知数である場合〟と〝世界に歪みが出る場合〟だ。
この聖杯大戦は二つ共に当て嵌まっているだろう。十四騎のサーヴァントに加えて更に七騎の戦争は本当に結末がどうなるのかが想像もつかず、それだけ多くの英霊を取りこんだ冬木の大聖杯の叶えられる願いの範囲は世界に歪みすら与えてしまうかもしれない危険性がある。
そのような事態にしたメアリー・スーの存在はまさしくルーラーが呼ばれるほどの珍事であるのだが、自身の啓示ではあの男は白であると述べているのだ。
そんな馬鹿なという気持ちはあるが、一番に怪しい行動をとった〝赤〟のランサーがいる限りは〝赤〟の陣営も同じくらいに怪しい。というよりどちらかでいえば召喚された理由は〝赤〟の陣営の何かであるとおぼろげながら確信している。
だからこそ〝金〟の陣営、メアリー・スーは恐ろしい。
聖杯からはただの参加者だと思われ、神の警告にも引っかからず、
あの男の真意を、正体を確かめるまでは聖杯大戦の進行役として活動するのもままならない。
物理的な意味合いよりは心情的な意味合いでだが、そこをハッキリさせないことには役目を全うできずじまいに終わる可能性がある。
――――なんとか〝金〟のサーヴァントにマスターを取り次いでもらわなければ。
無論〝金〟のサーヴァントが素直に応じるとは限らない。
だが……ルーラーは〝
実は〝金〟のサーヴァントの情報が追加された時、同時に各クラスに二つずつの令呪をルーラーは授かっていたのだ。調べてみても〝黒〟と〝赤〟のものと変わらず、本物であることも間違いない。それが返って怪しさを引き出すのだが、これで何か分かるというのなら躊躇せずに使うべきだろう。たとえルーラーとしての職務に背く行為だとしてもだ。
そうならないよう祈りながらルーラーは〝赤〟のサーヴァントと戦っている〝金〟のサーヴァントを探し、そしてその二騎を発見した。
否、二騎を発見した、というのは語弊があった。
ルーラーの探索機能は正常に働き、戦っているのは〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーであるのだとわかる。わかるのだが……
「これは―――」
ルーラーの状態をより正確に言えば、探知
ルーラーは、あまりの戦いに開いた口が塞がらなくなってしまった。
ⓢ
地面が罅割れ陥没した。
爆竹以上爆弾未満の、強く土が弾け散るくらいの小さな爆発が起きた。
一つ二つの数ではなく十数個、数十個とその穴は其処彼処に空いている。
それは立て続けに今も起きている現象としてこのイデアル森林を凸凹道に変えていっている。
異常が起きてるのは地面だけではない。
周りの木々が木片を飛ばしながら切り刻まれ、時には風穴が空き、果てには倒される。
何が起こっているのか、常人には分からない……などと偉ぶる傲慢な英雄たちの度肝をも抜くような戦いがそこにはあった。
可笑しかった。
そこに戦いがあるのだが、そこには誰もいない。
戦ってるとおもしき場所には誰もいない。
しかし、可笑しなところなどなにもないのだ。
どういう事だと首を傾げる常人と、必死で首を動かしている英雄に、少しの差異もない。
それほどに戦っている二人は、
……生茂る森の木々が鬱陶しかった。
邪魔にもならない筈の木の障害が奔り込むのに邪魔で邪魔で、自身の戦車で刈上げてから戦えば良かったと
そして疑問に思った。これほど空気が重くて暑苦しいと思ったことはあっただろうかと。
奔るほどに、身体が燃え尽きそうになる。大気の壁はこんなにも熱しやすかったのか。その熱さたるや、そのまま燃え尽きるまで走り続けろと神に決定付けられているかのようだ。
―――俺は又しても神の怒りに触れていたか。ならこの槍兵は太陽神の加護を受けしパリスと同じ、俺を殺す為に現れた英雄か。
馬鹿馬鹿しいにもほどがある自身の死に様が鮮明に浮かび上がる。
俊足と呼ばれた英雄でも逃げることが叶わなかった死の気配、死の感触、死の運命。それを思い出してしまうほどに、〝金〟のランサーは苛烈に〝赤〟のライダーを噛み殺さんと喰らい付いていた。
〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーは
この二人は誰にも見られず、誰にも認識されない、誰もが置いていかれる速度を伴って戦場を駆けていた。
言葉にしてみればこれほど容易いことも、行なうは難し。加速度は止まることを知らない。
その速さたるや―――直感、第六感に優れた
一方が踏み込めば地面は陥没し、一方が腕を出せば木々が破壊されていく。何も見えない第三者ではその破壊痕しか二人が世界に存在しているという証明に他ならなかった。
そうやって大地と森を貪り尽くし、だが肝心な敵を喰い殺せないでいる両者は完全に膠着状態になっている。
だが戦いの内容そのものは変化していた。
初めの撃ち合いと比べると、刺突の回数は減り、どちらが攻守なのかはハッキリしている。
此の帰結は真っ当なものだ。
事実だけで言えば〝赤〟のライダーは〝金〟のランサーよりも速度に勝っていた。
敏捷はランサークラス顔負けのステータスを誇り、宝具の一つ【彗星走法】は視界に入ればそこが間合いになる瞬間移動の如くに野を駆け抜ける恐るべき代物だ。
〝あらゆる時代、あらゆる英雄の中で最も速い〟
その逸話がそのまま宝具として昇華したのだ。どこの誰であろうと遅れを取るなどありえない。
では〝金〟のランサーは〝赤〟のライダーより遅いのか?
それは正しい認識とは言えない。
この戦いは〝金〟のランサーでなければ決して出来あがらない。
そうでなければこの戦いは不可視の領域に成り上がりはしない。
少なくとも〝赤〟のライダーはそう思っている。〝金〟のランサーを〝遅い〟だなど口が裂けても言えはしない。自信と慢心に満ちているアキレウスをここまで思わせるほどに、〝金〟のランサーは速いのだ。
某かのスキルか魔術を使っているのか。先程〝赤〟のライダーと〝赤〟のアーチャーに全く気取られずに接近せしめたのはどちらかを使ったものであるとしたら、自己を加速させるようなモノを心得ている可能性は十分にある。もしくはそれに準じる宝具があるのかもしれない。それとも全く別の要因が―――、
「ハァッ!」
「っ!?」
そんな〝赤〟のライダーの思考の隙を突くように、閃光に等しい紅い槍が心臓を貫こうと迫りくる。
神速を持ってして刺突を避――――――違う!
「ぐっ?!」
気付いた時には遅すぎた。
突きは唯の囮。
ほぼ反射で避けたが故に大仰な動きになったガラ空きの胴に薙ぎ払いによる一本線が刻まれ、〝赤〟のライダーの鮮血が飛び散った。
……その様子を、どこか呆然と〝赤〟のライダーは見つめている。
「先取点だ。やっとこさ傷らしい傷がついたな」
このまま一気呵成に追撃を繰り出す。〝金〟のランサーの攻戦一方となった。
攻守逆転。傷を付けられたことによる驚愕、一瞬の緩みが〝赤〟のライダーの構えを崩し、身体中に切り傷が刻まれる。
重傷を避けるだけの本能はあるが、明らかに疎かになった槍捌きに訝しげになる〝金〟のランサー。
どうにも〝赤〟のライダーは果敢さに欠けている。
戦い始めた時からそうだ。
ランサーの株を大損させるスピードには舌を巻いたが、それに追従したらどこか唖然とした雰囲気のままでいて、今し方傷を付ければ更にそれが増していく。
「……はは」
乾いた声が、〝金〟のランサーに届いた。
気の抜けた、とても戦っている者の声とは思えない
「…ははは」
―――一撃入れられた程度で唖然とするようなヤツだったか。
軽い失望と共に問答無用で殺しに掛かる〝金〟のランサーの容赦無き刺突。
無気力すら誘う目の前の男では避けるのも捌くのもできない確かな殺意の固まり。
それを〝赤〟のライダーは余裕で弾いた。
「なにっ!?」
目にも止まらぬ速さで槍を扱うその姿に、先程までの脱力感は無かった。
明らかに全てが変わった。
何より変わったのは、その貌。
圧倒的歓喜によって造られている笑いが〝金〟のランサーを射抜いた。
「ハハハハハっ」
「ぐお?!」
今度は〝赤〟のライダーが隙を突いた番だった。
神速の攻撃は相手を防御に回させる。ふと沈んだと思ったら急に上がったりと忙しない動きは、遂に
「……
「ハハハハハハハハハハッ!!!!」
逆転した攻守は三日天下とばかりにあっさり覆り、しかも身体には同じ傷跡をなぞられた。
これみよがしな意趣返しを忌々しげに睨む〝金〟のランサーとは裏腹に、〝赤〟のライダーはどこまでも笑い続けた。
可笑しくて、嬉しくて、笑いが止まらなかった。
「ハハハハハハハハッ!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ〝金〟のランサー!!! おまえはここまで脚が速く、俺を傷つけることができるのか!!? おまえの真名を知らないのが悔やまれて仕方がないぞ!!
これだけの走者に出会えたことがあったか!? 俺はこの世界に辿りつけたことがあったか!? 否! 俺はいま、かつての宿敵たちとは違う新天地に足を踏み入れた!!」
吹き荒れる。荒れ狂う。狂い笑う。
魔力も、闘志も、殺意も、何よりも歓喜が〝赤〟のライダーを奔らせる。
聖杯大戦には大いに期待していた。
その心情は
だが
このアキレウスを殺せるだけに飽き足らず、この足を追い抜こうとすらしている。
大戦の初陣、まさか一度目の激突でこれほどまでの英雄と戦えるなんて思いもしなかった。
まだまだ世界はアキレウスが駆け抜けていない境地に充ち溢れていた。
それが嬉しくて仕方がなかった。
「ここからが本番だ〝金〟のランサーよッ! 俺はまだまだ力も技も宝具も出しきっていないぞ!
この〝赤〟のライダーを倒したくばおまえのすべてを俺にぶつけてみせろ!! 出し惜しみなどしてくれるな、でなければおまえをこの世界に置いていく!!
さあ―――さあ! 俺に追いつけるか!? 俺についてこれるか〝金〟のランサー!!」
「……よくもまあ、舌も噛まずにそこまで喋れるもんだ」
面白い遊びにはしゃぎ回る無邪気さと、虫を弄くり殺す残酷さがある子供のように、〝赤〟のライダーは笑顔を向ける。
〝赤〟のバーサーカーとは違う異質の笑み。
不気味さは無い。
だが恐ろしさは比じゃない。
ギリシャ屈指の大英雄が自らの手で打倒するに相応しいと思われたのだ。大変名誉であることは間違いないが―――これ以上ないほどの死刑宣告だ。
だが、それが何だというのだ。
「ついてこれるかだと?」
〝金〟のランサーの飄々とした態度がなりを潜める。
顔には血管のような筋が幾重にも迸り、見るものを恐怖へ引き摺り降ろす。
〝赤〟のライダーの宣告は〝金〟のランサーの中の猛獣を呼び醒ました。
この〝金〟のランサーを、〝クランの猛犬〟と謳われた〝光の御子〟の尻尾を踏んだのだ。
「
『コイツは俺の手で殺す』
二人のほぼ同じ共通認識が出来上がった。
戦いは果てしなき彼方へと向かっているかのように、まるで終わりが見えない。
この二騎の戦いは、まだまだ序章に差し掛かっているだけであった。