外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

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ヴラド三世の誇り 上

 

 

 

 

 

結論から言おう。

 

 

〝黒〟のランサー、キャスター、ライダーの前に現れたのは〝金〟のサーヴァントだった。

 

 

そのサーヴァントは交渉でも取引でも、対話に来たわけでもなかった。

口を開かず、言葉を語らず、名乗りを上げることもなく、握りしめた武器を片手に三騎のサーヴァントを相手に戦いを挑んだのだ。

 

 

間違いなく蛮勇と呼ばれる行為である。

その無謀、無理は先の〝赤〟のバーサーカーで立証済みで今更特筆すべき事柄はなく、ただ絶望を重ねることしかできない。

 

絶望とは〝黒〟のランサーがヴラド三世である事だ。

聖杯大戦開催地たるルーマニアにて最大の英雄とされるランサーは、海外ではドラキュラ伯爵のモデルないしそのもの(・・・・)のイメージが強すぎて血に飢えたバケモノと見られるのが殆んどだが、故郷(ここ)ではメフメト二世率いるオスマン帝国を守りきった偉大な王と看做されている。

英霊の源である信仰、知名度はことルーマニアに関してはヴラド三世の右に出る者はおらず、受ける恩恵は非の打ち所がないほど大きな力になっている。宝具とスキルは彼の人柄と生涯を如実に表し、より強力無比で極悪非道な恐ろしさとなっていた。

これだけの強さを授かっているランサーに対抗できる英雄ともなれば、それこそルーマニアでも知らない者はいない世界的知名度を誇る大英雄しかいない。

その一例が〝赤〟のライダー、アキレウスだ。武勇譚は無論のこと、彼が人体の名称に冠されるほど広く知れ渡った知名度を持っているのに疑いの余地は無く、黒の陣営最強のランサーを斃せうる可能性を持っている。

 

だがそれでも、アキレウスが相手でもヴラド三世に幾分アドバンテージがあるだろうとマスターのダーニックは思う筈。魔術師の英霊たる〝黒〟のキャスターも同じだ。それ程までに、地元の知名度は重要な位置にある。今のヴラド三世はイングランドで喚ばれ(・・・・・・・・・・)たアーサー王(・・・・・・)ギリシャで喚ばれたヘ(・・・・・・・・・・)ラクレス(・・・・)に等しいほど限りなく全盛期に近い存在となっている。

 

この国の英雄。このルーマニアを護ってきた愛国者は、最大限の力を振るうことが可能なうえ、遂には生前恵まれなかった優秀な部下(黒のサーヴァント)をも手に入れた。

これ以上ない戦力に恵まれれば、恐れるものなど何も無い。後顧の憂いなく、聖杯で望みを叶える為に全身全霊で大戦に挑む姿はまさに小竜公(ドラクル)に相応しい風格に漲っていた。このランサー率いる黒の陣営を見て負ける未来など誰にも見えはしない。ユグドミレニアの誰もがそう思っていた。

 

しかし、彼らは失念していた。

自分たちの戦う相手もまた英雄(・・)であるということを。

 

言われなくても分かっているとマスター達は思うだろう。特にダーニックは冬木の第三次聖杯戦争経験者として、英霊がどれだけ出鱈目な存在であるのかをちゃんと理解している。理解していたからこそヴラド三世を自身のサーヴァントに選んだのだ。

 

 

ユグドミレニアが分かっていないのは、ヴラド三世と対峙している〝金〟のサーヴァントの正体がなんであるかだ。

 

 

–––––英雄とは、どんな存在であるか?

 

英雄とは、どんな絶望的な状況でも決して屈せずに艱難辛苦を乗り越えていく者。

英雄とは、誰もが勝てない強大な敵でも不撓不屈に立ち向かう者。

英雄とは、神や悪魔(超常の存在)をも恐れない者。

 

それら全ては英雄と呼ばれる為の条件であり、英霊(サーヴァント)の戦いは突き詰めれば逸話の大小高低を競う闘争でもある。

当然、その中には頭の一つや二つが抜きん出て、強さが一段も二段も勝り、凡百の英霊とは一味も二味も違い、霊格が一線も二線も超越した英霊が存在する。

 

例えるならばそう……

 

己の罪を償う為に、不可能と言われた十と二の難行を成し遂げ。

鋼の皮を持つ人喰い獅子、無限の再生力で蘇る大蛇、宇宙を進撃する巨人ら怪物たちに立ち向かい。

最大限の知名度補正を持った悪魔(ドラクル)ことヴラド三世をも恐れない世界の英雄(ヒーロー)

 

〝彼〟ほどの英雄ともなればルーマニアだろうと何処であろうとその武を遺憾無く発揮することになるだろう。

 

 

 

 

現れた〝金〟のサーヴァントの正体は、英霊の中でも選りすぐりの英霊にして、真の英雄を体現せし者。

 

 

 

それすなわち、ギリシャ神話最大最強の漢。

 

 

 

 

 

 

巨人と見紛う巨躯を持つ巌のような彼のその名は––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ランサーが〝赤〟のライダーと戦ってますね。うーん、やっぱり良い、英雄同士の戦いぶりは。ハラハラドキドキ、ウズウズワクワクして興奮が収まらない。そうは思いませんか?」

「君の感想はどうでもいい。それよりも、聖杯を取る気があるのなら早くやってしまったらどうだ? 私はさっさとこの戦争を終わらせて君との契約を破棄したいのだがね」

「え、そうなんですか? だったら早く言ってくれればいいのに。別にそれでもいいのであなたの思う通りに動いてくださいよ。魔力が心配だったら他のマスターを見繕いますし」

「思う通りに動いているから君と契約を組んでいるのだ。この戦争を終わらせるのが私の望み。甚だ遺憾だが、君ほど優れた魔力供給源は存在しないだろうよ」

「ふむ、僕はていのいい魔力タンクってことですか。じゃあ貴方は全く戦う気はないと?」

「少なくとも、君のために戦う気はさらさらない。命を奪い気はないが、護る気もない」

「なるほど、今回の貴方は彼女(・・)の為に戦うということですね」

「……この戦争を終わらせるためといったろう」

「はっはっは、照れなくてもいいじゃないですか。憧れた女性の為に戦う、実に結構、いや、素晴らしい! それとも……もしかしたら嫉妬ですかね? 彼女の望みは言うなれば––––––ってちょっと剣を向けないでくださいよ! 命奪う気ないっていったじゃないですか!?」

「命はな。減らず口をたたくなら死ねない地獄を味あわせるのも吝かではない」

「物は言いようってヤツですね––––あっごめんなさいもう言いませんから、ねえちょっと剣しまって!」

「まったく………………いい加減始めたらどうだね、君の言う聖杯奪取を。それとも口先だけのデマカセだったのか?」

「いやそれはないですよ。でなきゃヴラド三世に()を差し向けたりしませんし」

「ああ、〝彼〟か……君は本当に聖杯に興味がないのだな。なぜ〝彼〟ではなく私を〝アーチャー〟のクラスに据えたのだ。こんな無銘の英霊などよりもよっぽど強力なサーヴァントになっただろうに。あれでは本来の実力を出せずに戦う羽目になるぞ」

「本来の実力……ねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああも三騎のサーヴァント相手に暴れまくってる姿見たら、最強のサーヴァントって感想しかなくないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん。まあ……確かに––––––最強のサーヴァントだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♯ある一方通行(・・・・)を見ていたマスターとサーヴァントから抜粋した対話の一部♯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極刑王(カズィクル・ベイ)ッ!!」

 

地の底から地獄の怨嗟もかくやと恨み辛みが杭と成って具現化する。

串刺し公の名に違わぬ宝具【極刑王(カズィクル・ベイ)】のカテゴリーは対軍。国を相手取り、国を護る為に多くの人間を串刺し処刑した大量の杭こそヴラド三世の威厳にして畏怖の象徴、恐怖の権化。3秒あれば500の命を刺し殺すさまは正に悪魔の所業と言っても過言ではない。これだけの残虐を生前に行使してはドラキュラと言われても文句など言えはしない。

 

だが、〝黒〟のランサーは大いに反論したかった。

国を守る為にやった。

仕方がなかった。

他に手立てが無かった。

そうしなければルーマニアはオスマン帝国に蹂躙されていた。

 

否……否、この時は自身の風評被害のことを反論したいのではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

襲いかかる杭の群れが地獄の怨嗟なら、〝金〟のサーヴァントがあげた咆哮は閻魔大王の一喝か。

死者にも拘らず地上へ這い上がった愚か者を言い訳の余地無く死刑に処する殺戮の執行者。

戦斧染みた無骨な大剣を振るえば、それだけで杭は粉微塵になって消える。次から次へと、前後左右何処から来ようと迫って来る杭を一振り二振りで完全に無へ返し、直接触れずとも剣圧のみで杭を破壊し尽くす。

何度も何度もただそれだけの単純作業しかやっていないにも関わらず、〝金〟のサーヴァントは一千の杭を、八百の杭を、二千の杭を、爪楊枝でも圧し折るかのように壊してみせ、ついには〝黒〟のランサーへと辿り着くための活路を確保していた。

 

 

「■■■■■■■■––––––––––ッッ!!!!!」

 

 

好機と見たか、耳が劈く音の砲弾を放ちながら〝金〟のサーヴァントは〝黒〟のランサーへ肉迫する。杭が追いつけない、〝金〟のサーヴァントを押し止める杭の生成が間に合わない破壊を齎し、純粋な足の速さで切り抜ける。魔力供給が充足ならほぼ無限に生み出せる杭の群れを、破壊したその僅かな隙間を器用に縫うように、思わず見惚れてしまいそうになるほどに見事な突破口を切り開いている。

パワーだけのデカブツでは断じてない。あの巨体のどこにそんなスピードを出せるのか、同じ巨体でも〝赤〟のバーサーカーとは大違いの戦いの豪快さはさぞ高名な英雄であったのだと認めざるを得ない。

そうしてついには斧剣の間合いに入り巨大な腕を振り上げる〝金〟のサーヴァント。だがこれは一対一の戦いではない。そうはさせずと横から現れ出でたのは〝黒〟のキャスターのゴーレムだ。重さ1トンはくだらないゴーレムは軍団蟻のように〝金〟のサーヴァントに群がり、流体と成って固まり腕と脚の動きを封じている。

 

「この数でやっと止まるか……ライダー!」

「どおおりゃああああああああっっ!!」

 

キャスターの合図に、〝金〟のサーヴァントに対抗するように声を張り上げながら〝黒〟のライダーは空から一気に降下する。

ライダーが騎乗するのはヒポグリフ。グリフォンと雌馬の間に生まれた【この世ならざる幻馬】である。本来の能力は〝次元跳躍〟という移動と回避が主な役割だが、その突進による粉砕攻撃はAランクの物理攻撃に匹敵する。

ゴーレムによって身動きが取れない〝金〟のサーヴァントは防御の構えすら取る暇もなく、ヒポグリフの突進を受け入れるしかない。

 

そう思っていた。何故なら〝金〟のサーヴァントを拘束しているゴーレムはあの筋肉のバケモノ(赤のバーサーカー)をも動けなくさせたのだから、似たような成り形をしているこの巨人も同じように完全に封じられていると思うのは至極当然といえる。

 

この時ライダーが考えていたのはどんな事だったのか。

三騎のサーヴァントを相手に互角以上の戦いをしている〝金〟のサーヴァントへの恐怖と、恐怖に立ち向かう勇気か。

明らかに格上の〝金〟のサーヴァント相手に戦う姿勢を崩さないのは〝理性蒸発〟のスキル故だ。自身や味方の真名と弱点をうっかり口にしてしまう笑い事ではすまされない呪いがあるも、戦闘面に於いてはどんな相手でも物怖じせず、精神的圧迫・攻撃にも一歩も引かぬ勇猛果敢さが手に入り、理性のタガが外れている影響で〝怪力〟スキルをも会得している。隠し事ができないといっても敵と話をする機会など早々ありはしないのを考えれば決して欠点だけのものではない。

更にこれには〝直感〟スキル同等の効果を発揮することが可能だ。自分にとって最適の動き、最善の選択を取得し戦場を有利に運べるのは大きな利点となっている。

 

この時もそうだ。

〝金〟のサーヴァントへの突撃の最中であろうとも〝直感〟は働いている。

ヒポグリフ渾身の突進まで一秒と掛からず激突する。それに間違いはない。

だがライダーの脳裏に駆け巡るのは勝利の光景でも〝金〟のサーヴァントの消滅でも無かった。

 

 

 

––––––––––死。

 

 

 

他人事みたいに映る、自分の死の未来だった。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■––––––––ッ!!」

 

 

 

〝金〟のサーヴァントの筋肉が膨れ上がったように見えた。

ヒポグリフ渾身の突進までの、一秒にも満たない刹那の間に〝金〟のサーヴァントは容易くゴーレムの拘束を破壊した。

何も特別なことはしていない。ただ全身にめいいっぱい力を込めて(・・・・・・・・・・・)壊しただけだった。

 

激突の瞬間。〝金〟のサーヴァントは拳を振り上げながら身体を弓形の如く捻り攻撃を溜め、〝黒〟のライダーにカウンターを叩き込もうとする。

ヒポグリフの飛行速度は純粋に速い。しかし突撃という性質上タイミングを合わせての〝反撃〟は容易い。まして動けないと思っていた相手だけになんの計りもなく真っ直ぐ突き進むのなら反動も半端じゃない威力となってライダーに返ってくる。

無論、時速400km以上の速度で攻撃する幻馬にカウンターを喰らわせるなど、最低でも視力と反射神経がズバ抜けていなければタイミングを合わせるのは無理だ。そもそも武器ではなく拳を使うのが可笑しい、腕が千切れるのが落ちだ。

どう見ても無謀にして蛮勇。だがしかし、このサーヴァントはたったいま1対3の蛮勇を覆している英霊。ならばこの蛮勇とて例外には出来ない。

そして〝黒〟のライダーの直感は今尚死を訴え続けており、このままではヒポグリフ諸共殺される未来が見えていた。

 

–––––––ッソ!? 真名解放だ!

 

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)】の能力を全開にする。

精一杯の抵抗、今できる最善の方法を取った〝黒〟のライダーは良くやったといえるだろう。

 

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)––––––––」

 

だがそれで最良の結果を手繰り寄せられるわけではない。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––ッッッ!!!!」

 

 

 

疾風の如し–––––否、〝赤〟のライダーのような目を見張る早さよりも、耳に轟く力強さは〝稲妻が如し〟と表現するのが似つかわしい。

まさに天から降り注ぐ神の(いかり)に見紛う、とてつもない拳打(パンチ)だった。

 

「ゴ、ぶ–––––」

 

それしか浮かばないほどに意識を奪い、痛みを与える一撃だった。馬上にいたライダーを正確無比に狙い撃ち、全身に響き渡る振動が隈なく肉と骨をミンチにしてミックスにする。完全回避が(・・・・・)間に合わなかったライダーは抵抗もできず森の奥深くへと吹き飛ばされていった。

 

取り残されたヒポグリフは主人の元に駆け寄る……ことなく〝金〟のサーヴァントに片腕で首を絞められもう片方でがっちり抑えるサブミッション…チョークスリーパーをかけられた。

幻獣種といえど〝金〟のサーヴァントの巨腕で気道を圧迫されるのは苦しいのか、段々と弱まり白い泡を吐くのはそう遅くなかった。

抵抗も弱まればこのまま死するが、〝金〟のサーヴァントはそんなものは待たずにヒポグリフの頭に手をやると首を思いきり三百六十度回転させ捻り切る。

幻獣種にあるまじき鶏のような断末魔をあげながら呆気なくヒポグリフは消滅していった。掛かった時間は他サーヴァントを気にする必要もないほど素早く手際良い(手慣れた)処理であった。

 

「……化け物だな」

 

〝黒〟のキャスターの意識しない自然と零れ落ちた所感は〝黒〟のランサーの所感であり、見守っているユグドミレニア(マスター)の代弁だ。

絶句しかなかった。頭の中は言葉が見つからず、何をすればいいのかも分からなくなっていく。

 

 

それ程までに圧倒的で、絶対的な強さだった。

 

 

「おのれ……っ」

 

一瞬と言っても差し支えないだろう。〝黒〟のライダーを撃破したのは。

死んでいるかは分からないが、生存は絶望的だ。仮に生きていたとしてもヒポグリフを殺されては騎乗兵(ライダー)としての力はゼロに等しい。〝金〟のサーヴァントもそれが分かっているのか、追い討ちはせず〝黒〟のランサーを見据えている。

 

ランサーは今こそ自身を悪魔(ドラキュラ)と罵る世間一般に声も大きく反論したかった。

 

–––––このヴラド三世が悪魔なら、その悪魔を物ともしない彼奴はなんなのだ? アレこそ正真正銘の悪魔ではないか!?

 

ランサーは、そしてライダーも油断などしていなかった。話に応じようが応じまいが敵を前に気を許すなんて馬鹿げたマネはしない。いきなり襲いかかるのも予想の範囲内、その上であの〝金〟のサーヴァントを迎え入れたが、結果は散々だった。

〝赤〟のバーサーカーには十分に効いたランサーとライダーの宝具、キャスターのゴーレムは、その巨体に見合う怪力で破壊され、その巨体に見合わぬ俊敏さで見切られ、挙句ライダーはリタイアとなった。

 

「–––––––––––––––––」

 

残り二騎。次はお前だ。

そう〝黒〟のランサーに宣言するかのように斧剣を構える。

現れてから今まで〝金〟のサーヴァントは沈黙か雄叫びを上げるだけで一言たりとも言葉を発していない。

喋らないのではなく、喋れないのだ。

信じがたいことに、この〝金〟のサーヴァントはバーサーカーのクラスで現界している。

本来は弱小サーヴァントが低ステータスを底上げする為の三流クラスとされているバーサーカーが、今や超級サーヴァントと化している〝黒〟のランサーを圧倒しているなど一体誰が信じられようか。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––ッ!!」

 

 

驚愕を表す暇も〝金〟のサーヴァント–––––バーサーカーは許さず、再び〝黒〟のランサーに肉薄せんと突貫していく。

ランサーの取れる手段はごく僅か。使える宝具(・・・・・)は【極刑王(カズィクル・ベイ)】一つしかない。攻防一体、移動にも使える多種多様な使い道があるが、今は何の意味も持たない。

とにかく大量の杭が必要だ。絶え間無き杭を、無限の杭を出し続ける。それを前提として重要になるのは生成するタイミングだ。真実無限の数を繰り出す【極刑王(カズィクル・ベイ)】も事実として一本一本の杭の威力は低く、速度も遅い欠点がある。それを補えるほどに数が多いが、あの〝金〟のバーサーカーの恐るべき破壊規模ではあっという間に杭が無くなり、速度が遅いという短所を容赦なく突いてくる。多数のゴーレムでも足止めにすらならず、むしろ杭を受け止める盾か踏み台として利用されてすらいる。

最早打つ手なしとも言える状況と思えるかもしれないがしかし、まだ【極刑王(カズィクル・ベイ)】はその特異性を発揮していない。この宝具の強みは万による〝数〟の超物量攻撃であるが、〝真の強み〟は〝杭で一撃を与えた事実〟を作ることにある。

何とかして一撃。一撃さえ当てれば勝機が見えてくる。あの〝赤〟のバーサーカー以上の(マト)の大きさなら必ず当たる。

とはいえそれは自身の手にした(・・・・)杭でという条件がある。アレに近づくなど死にに行くようなものなのは誰の目から見ても同じだろう。

ランサーは王であって兵士にあらず。〝黒〟のセイバーのような勇者でもなければ、手に槍を持って武を示すこともできない。彼がやってきたのは防衛。防御こそが最大の攻撃。嘗てオスマン帝国を跳ね除けた鉄壁と蛮族の蹂躙を食い止めた粛清を、〝金〟のバーサーカーに叩きつけるしかない。

強烈な義務感が全身を縛る。我が領土を穢し、犯した狂獣を牛革の鞭で徹底的に躾直し、必ず殺す。

新たな殺意を糧に、杭は生い茂る。ホムンクルスたちから魔力を搾り取り、〝金〟のバーサーカーへの手向けの花をバーサーカー自身で創り出すために杭を刺し出す。

 

「さあ、死ね –––––貴様の頭蓋と心臓でその蛮行を贖うがいい!」

 

ランサー(ヴラド三世)という国そのものを一人で相手取る愚かしく傲慢な英雄に牙を剥くのは二万の杭。そしてそれは発動時に出せる数でしかなく、魔力が途切れない限り何度でも二万の杭が生成可能なのだ。

 

それでもランサーは不利な状況になっている。ならばいよいよ此の手で槍を当てるしかなくなるが………それしかないのならやるしかない。

やらねば自分は死ぬ。それは黒陣営の敗北に他ならないのだ。それは絶対に認められない。

己が名誉の復権……吸血鬼ドラキュラの汚名を雪ぐのが〝黒〟のランサーの聖杯への望みだ。

自身の過去を否定はしないが、自身とは関係ないところで国を護った道程を、吸血行為の所業として穢されるのが許せないランサーは、サーヴァントの中でも随一の聖杯大戦への意気込みを見せている。

問題ない、いつも通りだ。不利な戦いなど生前に幾度もくぐり抜けてきた。それを覆してこそ英雄に相応しい存在。これが血塗られた忌み名であるドラキュラを消し去るための試練だと言うのなら、悉くそれを撃退してみせよう–––––!

 

 

「–––––––––––」

 

 

……ああだが、悲しきかな。

ドラキュラという名を消し去るには聖杯の奇跡に縋らなければ叶えられない無理な(・・・)願い。

もし〝金〟のバーサーカーが〝黒〟のランサーへの試練だとしたら、それは途轍もなく厳しい難題を吹き掛けるに違いないのだ。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––ッッ!!!!」

 

 

 

〝金〟のバーサーカーは杭をどうするのか。また斧剣と剣圧で破壊の限りを尽くすのか。あれ程の怪力があれば下手な剣技も必要なく、小細工も気にしないで済む。

 

そう、〝金〟のバーサーカーの怪力があれば、大抵なんでも出来る(・・・・・・・・・)

 

 

こうして地面に向かって斧剣を叩き込めば、地盤沈下を起こすこともできるのだ。

 

 

「ぬあっ?!」

 

予想外の行動に〝黒〟のランサーは面食らう。

地面が大崩落した。大地は大海の津波(ウェーブ)のように揺らめく。それは隕石が落ちてクレーターが広がっていくとも喩えられ、どちらにしろ人の手では為し得ない天災を引き起こしたことに変わりはない。剣を両手で思いきり振り下ろすだけで下手な宝具よりも強力な威力(インパクト)を叩き出し、脆弱な杭を地面(ねもと)ごと粉砕した。この目で見ても信じがたいがそれだけでは終わらない。下へ下へと衝撃のベクトルは進んでいき、石も土も木も巻き込み塵になるが、完全破壊を免れたそれらは散弾銃のように辺りに飛び散る。

足場を無くし躱すこともできない〝黒〟のランサーは咄嗟に自らから生み出した【極刑王(カズィクル・ベイ)】で弾いていく。〝量〟で攻める自分が〝量〟に梃子摺らせられるなどと、小さな苛立ちを発散するように次から次へと面倒な塵屑を破砕し片付ける。〝金〟のバーサーカーがどこへ行ったのかを探っているも、まともに直視が出来ないくらいの土煙と塵芥に視界が遮られている。

 

「ええいっ、こんなものでどうにかなるとでも思ったかッ!?」

 

なんて事はない、理性を無くしているバーサーカーらしい無意味な攻撃だ。神秘の宿らない大地の破片などさしたるダメージも通らない。杭をなんとかする意図が主だろうが所詮その場凌ぎ。それどころかヤツは自らを窮地に追いやったのだ。

 

〝金〟のバーサーカーは杭を避ける為に自らも浮遊状態にあり、何も出来ない。

ランサーは大穴に落ちる前に杭を召喚して足場を形成した。こうして先に着地して地の利を得られれば相手だけを罠に嵌める事ができる。

大穴の底を杭で埋め尽くし串刺しにする。暴れはするだろうが羽根を持たない雀蜂など恐るるに足りない。ここまでの災害を齎した力量は認めるが、無駄に力を行使してしまうのなら宝の持ち腐れだ。

 

あらかた衝撃が弱まり視界が大分マシになった。【極刑王(カズィクル・ベイ)】の射程範囲に入った瞬間に発動する為に〝金〟のバーサーカーを探せば、ランサーよりも下方に落ちていた。

 

「苦肉の策もここまでのようだな」

 

顔が嗜虐に歪む。これで締めだ。

いよいよ年貢の納め時と【極刑王(カズィクル・ベイ)】を発動しようとした。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––ッ!!!!」

 

 

 

その時だった。

 

 

〝金〟のバーサーカーが、斧剣をランサーに向かってぶん投げたのは。

 

 

 

「な……」

 

思わず漏れた声はどういった感情(もの)か。

せめて一太刀、一矢報いようとした悪足掻きに対する嘲笑か。

脚で踏ん張りもせずに腕だけでミサイルばりの射出をかました腕力に対する驚愕か。

 

……回転して突撃する斧剣(アレ)を防がなければ自分は死ぬ運命に対する恐怖か。

 

極刑王(カズィクル・ベイ)イイィィィィイイイィィィィィッッッ!!!!」

 

全てを引っ括めた全霊の叫びで宝具を発動させる。

杭が盾となり領王を守ろとするが、斧剣は御構い無しに只管回転し突き進んでいく。

空間を切り裂く鎌鼬のように杭は瞬く間に斬られ抉られ、〝黒〟のランサーまであと一歩の間合いに入り–––––––––––

 

「く……ッ!?」

 

本能で察した危機感で〝黒〟のランサーは足場を飛び退いた。轟音を撒き散らしながら着弾した足場(くい)は当然のように消え失せ、二度目の爆風が襲い掛かる。さすがに腕のみの力では地割れ時より威力は弱かったが、それでも殺傷力が有り余る兵器に変わりなかった。

冷や汗が出るのを止められない。理性無き獣が、無いなりに振り絞った戦術なのか。いや、ライダーを倒した手腕(カウンター)から見るにバーサーカーとしての狂化ランクが低いのかもしれない。狂戦士というよりは野生の猛獣に近い形で理に適った行動を取っている。

だが狂化が低かろうと獣は獣。バーサーカーはどこまでもバーサーカーでしかない。投擲による攻撃を狙っていたとしても失敗しては無意味、ましてその後のことなど考えもしていないだろう。

 

 

 

「子供騙しの浅知恵ではその程ど、っ、ダッ」

 

 

 

今度こそ終わりだ。

 

……と、そう言おうとした口が浮いてしまったのは、ランサーの体もまた浮(・・・・・・・・・・)いてしまったからだった(・・・・・・・・・・・)

 

「––––––––あ?」

 

自分の意志ではない力が降り注いでいる感覚だった。

 

「あ–––––––––ガ」

 

胴を無理矢理凹まされた感触に支配される。

磁石に引っ張られるみたいに体が後ろへ 持っていかれ、引っ付けられる。

疑問符をぼやいた口から、大量の血が溢れ出る。

 

激痛が、走る。

 

「ガア、ア、ァアアアァ、ァアアアアアアアアアア?!!」

 

痛みと疑問が鬩ぎ合い、辛うじてランサーは思考ができるだけの意識を維持していた。

胴に異物がある。ランサーはソレ(・・)に刺さっており、〝金〟のバーサーカーによって出来た断崖に張り付けられている。

 

何が起こった?

攻撃されたのか?

〝金〟のバーサーカーか?

他のサーヴァントか?

そもそも何が飛んできた?

 

ぎこちない動きで目線を下にやれば、刺さっていたモノ(・・)が何なのかが見えた。

痛みを他所に、驚愕に脳を占拠された。

 

「な"、に……?」

 

()だった。

 

ヴラド三世にとってあまりに慣れ親しんでいる杭が、〝黒〟のランサー(ヴラド三世)へ逆らったかのように腹を突き刺していたのだった。

 

一体なぜ、何が起きたのか––––––そんな疑問に思う事ではない。こんなのは子供騙しの浅知恵で簡単に分かる事だ。

 

〝金〟のバーサーカーが大穴を開けた時、崩壊する大地と一緒に落ちた杭を一本掴んでいた。それを投擲した。それだけだ。崩落時は視界が最悪であり、回復した途端に斧剣が接近してきてと、一々杭一本掴んでいることなどランサーは気付きもしなかった。

尤も、それよりも致命的だったのが斧剣を防ぐために極刑王(カズィクル・ベイ)を使用したこと、使用して直ぐに飛び退いてしまったことだ。一度に発動できる杭の最大数二万は確かに脅威だが、一度でも発動してしまえば次に発動するまでのタイムラグはどんなに短くとも発生してしまう。その時間帯の中で空中へ翔び立つのは裸の身を晒すも同然である。

〝金〟のバーサーカーはそこを狙った(・・・)。〝黒〟のランサーが無防備になった瞬間を見逃さなかったのだ。斧剣に夢中で、避けた時は九死に一生を得た安堵を抑えられずに周囲への警戒を怠っていたのも大きな致命傷だった。

結果、〝黒〟のランサーは串刺しにされた(・・・・・・・)

串刺しにするつもりが逆に串刺しにされるなんて、串刺し公が串刺されるなんて、筆舌し難い屈辱であろう。

 

 

 

だが……だがそれ以上に、耐え難いものがランサーにはあった。

 

 

 

「ギ、……ぎ、ざ…ギザマァァァァァアアアアアアアア……ッ!!」

 

口の中に血が入った(・・・・・・・・・)

口に溜まった鉄の味に不快と嫌悪が湧き上がる。血のかたまりが舌に広がり、神経を逆撫でる。

––––––不愉快。

ヴラド三世こと〝黒〟のランサーは燃え滾る憎しみを込めて〝金〟のサーヴァントを睨みつける。

己の臓物からのものであろうと血を口に含めるなんて、吸血鬼染みた真似(・・・・・・・・)をさせられるなど我慢できる事柄ではない。

自らが傷付けられたことなど頭に無く、ただその一点にのみ憎しみを装填して〝黒〟のランサーは宝具を解放する。痛み(いかり)に苛まれながら、ランサーはやるべきことをを見過ごさなかった。

〝金〟のバーサーカーの着地前、射程範囲に入り【極刑王(カズィクル・ベイ)】での一斉攻撃を開始した。杭は巨大生物の顎となって〝金〟のバーサーカーを噛み千切ろうとする。

 

 

「オオオオオオオオオおおおおおおおおぉぉぉッッッッッッッ!!!!」

「■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––––ッッ!!!!」

 

 

案の定〝金〟のバーサーカーは暴れているが、蟻地獄さながらの捕食態勢には足掻けば足掻くほど(きば)を突き立てるようだった。

驚嘆すべきは〝黒〟のランサーか。串刺しの重傷で宝具を発動し続けるのは尋常な精神力ではない。それほどまでに〝金〟のバーサーカーはヴラド三世の誇りを傷付けたのだろう。

 

そうしてついに【極刑王(カズィクル・ベイ)】は〝金〟のバーサーカーを飲み込んだ。

穴の底は閉所ゆえに逃げ場がなく、杭の速度が遅いという短所も補っている。さすがの怪力も武器を持たない状態で全てから身を守ることは出来ず全身を杭で刺され、杭に埋もれ、姿が見えなくなるまで杭に攻められ生き埋め状態になっていった。

 

不意の静寂に、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになった。熱かった頭と身体が急激に冷めていき、〝黒〟のランサーは隠しきれない安心感を己に許していった。

 

「はあ、……は、ぐ……ハア、…………はあ……」

 

終わった。

 

終わったのだ。

 

悪夢に魘されていたとしか思えない蹂躙劇からようやく解放されたのだ。

 

だがこの夢から醒めるための代償は少なくない。

戦闘用ゴーレムは半数以上削られ、ライダーは消息不明。生きていても戦力としてはガタ落ちだ。そういえばキャスターの姿が見えない。まさかさっきので殺られたとは思わないが、確かめようもない。今は自分のことで手一杯だった。

〝黒〟のランサーの傷は深い。不幸中の幸いで霊核に深刻なダメージはなかったが、とてもじゃないが1日2日で治るようなものではなかった。もし他の〝金〟か〝赤〟のサーヴァントが攻めてきたら……いや、傷の治りなど後で時間をかければいい、今は一刻も早くこの刺さった杭を抜かねばならない。

 

「手間を、かけさせおっ––––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––––ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––––その必要はないと、絶望が下から這いずり上がってきた。

 

 

 

 

「な、ん–––––」

 

杭の山が爆発し、中から出てきたのは悪鬼の如き巨漢、〝金〟のバーサーカー。

生きていた。

あの杭を、万を超える杭をくらいながら〝金〟のバーサーカーは立ち上がった。その恐ろしき姿は些かの疲労も痛みも見せつけない。

否、それどころの話じゃない。その巨大な岩石の塊のような身体には傷ひとつない。全くの無傷(・・・・・)だ。

 

–––––そんな、馬鹿な。

 

見た目通りの頑丈さなんかで片付けていい問題ではない。〝赤〟のバーサーカーですら杭の攻撃には身を貫かれたというのに、一体〝金〟と〝赤〟になんの違いがあるというのか。

 

……宝具しかない。

あんな不条理を実現可能にするものなど宝具以外に考えられない。

攻撃の耐性か無効。どちらにせよ間違いなく〝黒〟のセイバーと同じタイプの宝具を所有しているのは間違いない。

筋力、敏捷、さらには耐久まで……このサーヴァントはどこまで規格外を詰め込んでいるのか。

しかし、だったらなぜわざわざ杭を破壊していたのか疑問に思うも、なんてことはない、鬱陶しいハエを追っ払っていた感覚なのだろう。

手を下す価値がないのではなく、目障りで仕方がなかったのだ。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––––ッッ!!!!」

 

 

 

最初から、〝黒〟のランサーはこの怪物に勝てっこなかったのだ。

迎撃も防衛もできなかった。やはり重傷の身体で宝具を発動するのは無理があった。次に無理矢理発動したら今度こそ霊核に欠陥が生まれ消滅するだろうが、そも、アレを殺せる(・・・)杭を出せない。手に杭を持てる力すらない。

 

時間がひどくゆっくりと感じる。此方に猪突猛進と駆ける〝金〟のバーサーカーが、とても緩やかに時間を掛けて焦らしているかのように見える。

もちろんそんなのは〝黒〟のランサーの錯覚。俗に言う走馬灯というやつだ。にも関わらず生前、過去のイメージに浮かび上がる景色をうまく認識できない。過去を顧みるより現在の悪夢の方が強烈に頭を占めているためか。顧みるべき過去がないからか。

勝利を得るための、戦いだらけの人生。ルーマニアの外は敵だらけで、中にいたのは守るべき民と、腹に一物抱えた貴族くらいのものだった。

ヴラド三世には『人』がいなかった。

単なる人手不足のみではなく、一騎当千の強さを持つ戦士がいなかった。最期まで王を支えてくれる朋友もいなかった。

ヴラド三世は生前も死後もたった一人しかいなかった。ああ、こんな寂しい空白があるから走馬灯もうまく見れないのかもしれない。

 

 

『–––––––––––令呪をもって我が領王を奉る』

 

 

しかし、今は違う。

〝黒〟のランサーには〝黒〟のサーヴァント六騎が、そして自分を現界させる魔力を献上するマスターがいる。彼は決して一人ではないのだ。

耳ではなく脳裏に響く声は走馬灯によるものではない。サーヴァントとマスターとの経路(パス)を通じて聞こえてくる言葉だ。

その内容は令呪の使用。三回限りの奇跡を行使する絶対命令権。それを使えばいかに不可能と呼ばれることでも可能の領域にしてしまう。

 

––––––––ダーニック、か。

 

使用タイミングとしては非常に最適解だ。今正に殺られそうな〝黒〟のランサーでも令呪があればマスターの元に空間転移させることも、宝具を使わせることもできるようになる。

宝具(くい)が効かず、杭が刺さったままでは避けるのも逃げるのもままならない状況からすればマスターの元に帰還させての一時撤退が目的か。ランサー一騎では無理でも〝黒〟のセイバーと〝黒〟のアーチャーが加われば勝ちの目はいくらでも出てくる。応急処置でも治療は必要、連携するためにも令呪の空間転移が無難だろう。

 

〝金〟のバーサーカーが直ぐ近くまで迫ってきたが、ダーニックの令呪の行使の方が早い。

憎悪も屈辱もなにもかもを刻まれたまま逃げ帰るのは英雄として耐えがたいが、黙って令呪に従おうとランサーは思っていた。

 

 

『ヴラド三世よ。宝具【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】を発動せよ』

 

 

 

 

 

……そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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