外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

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■■■■■■■■■■■の閑話

 

 

 

 

()が辺りに散漫している。

白くぼんやりとした粒子が視界を遮る。

 

まともに前が見えない程濃いのに薄いと感じるのは霞が幾重に重なって見えるからか。近くでは薄く、遠くでは濃い、どこか矛盾を同居させた〝結界〟が〝黒〟のアーチャー(ケイローン)を囲い込んでいる。

視界を封じられるのは弓兵にとって最悪の状態だがそれだけではなかった。

大凡の感覚を狂わせ惑わせる効果が付随しているこの霧の結界は人間ならばじわじわと肉が爛れ、恐怖と苦痛とで心が潰される悪質な殺陣となり、英霊であっても身体の動きを鈍くさせている。

人間にはともかく英霊からしたら微々たる障害だが、埒外の神秘の塊にして精霊の域に在位するサーヴァントに少なくない影響を与えるのはそれだけで一種の奇跡に等しい。

コレはただの霧でもなければ魔術で出来る結界でもない。たとえキャスターのサーヴァントであろうと魔術工房でない限りここまでの結界は早々出来はしない。まして此処は長い年月を掛けてルーマニア屈指の霊脈地に根付いたミレニア城塞。いかに魔術の英霊とて敵地で、この短時間で、神殿はおろか工房すら造れるものではない。

ならばこの霧は宝具。これ一つに限ると〝黒〟のアーチャーは結論付けた。

直接的な攻撃タイプでない代わりに間接的に敵を殺してくる補助タイプの厄介な代物だが、この霧は視界は封じても視覚を封じているわけではなく、他の五感を封じているものでもない。英霊ともなればほんの僅かな聴覚(おと)嗅覚(におい)だけでも相手の居所を感知し判断するのは容易い。感覚が狂わされていようがケイローン程の弓兵なら尚のこと視覚に頼らない狙撃を披露するに違いなく、現に彼は弓を取り出し何本の矢を放っている。

 

まあもっとも今はそんな超常の狙撃は必要とはしていない。

着弾音と破砕音が響き目標を沈黙させたのが確認、続けてもう一本矢を番えて音の鳴る方へ放てばまた音が響く。

放てど放てど待ち構えていればギシギシと音を鳴らしてアーチャーに近づく気配が複数(・・)ある。

アーチャーはそうやって雑兵軍団(・・・・)を倒し、また矢を弓へと番えさせようとして、その前に近づいて来た竜牙兵(・・・)に直の鏃で壊してから矢を放った。

 

「まったく………キリがないッ」

 

数が多過ぎる為に必然的に近づかれてしまったアーチャーは弓を蔵い徒手空拳で雑兵共を蹴散らしていく。正拳、足蹴でいとも容易く砕け散る竜牙兵なれど、倒しても壊しても際限なく湧いて出てくる鬱陶しさにアーチャー(ケイローン)は悪態をついてしまうも、冷静沈着な姿勢は依然そのままだ。徒手では減らせる数に限界があるとみて竜牙兵(ザコ)の持っていた剣を奪い、槍を奪いながら戦っていく様はとても弓兵には見えず、弓術にも劣らぬ剣槍術はセイバー・ランサーのクラスとして喚ばれても何の違和感もないほど見事な匠さがあった。段違いの効率の良さであらかた周囲が片付けば再び弓を持ち矢を放つ。流れるように鮮やかな手並みで処理しているアーチャーだが、それでも竜牙兵が途切れる様子は皆無だ。

相手にしないで脱出を試みようにも、そこもかしこも竜牙兵が混雑し渋滞していてはそれも困難極まる状況になっている。

 

 

 

こんなことになったのは〝黒〟のアーチャーの警戒が疎かになってしまったのが原因である。

ランサー、キャスター、ライダーの前に現れたサーヴァントを見て、ケイローンは戦慄と忘我に囚われてしまったのだ。

大賢者にとってあり得ない失態。賢者なら戦いながら戦略と戦術を構築するなんて並列処理はお手の物。まして戦ってすらなく、ただ一騎の敵を見ただけで思考が一つのみに注力してしまったのは何故か。

 

それは運命に二度も牙を剥かれたからだ。

 

 

 

–––––––––まさかアキレウスだけでなく、〝彼〟まで現界しているなんて…………っ

 

 

 

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶというが、流石の〝黒〟のアーチャー(ケイローン)もこんな事が続けて起こるなんて予想外すぎた。

星の数ほどある英霊の中自身と同じ出身地、自身の生前の知己で、自身が育て上げた教え子且つギリシャ国二強を張る英雄二人が敵として現れるなんて、想像も拒否したくなる緊急事態だ。

 

特に、〝彼〟に関しては世界中の英雄達の頂点と言っても過言にする方が難しいほどの大英雄。〝彼〟を敵に回すとなると〝黒〟陣営最強のランサーですら勝ちの目が低い。それどころか現在いる〝黒〟のサーヴァント全六騎で立ち向かい、持てる全ての(ほうぐ)を出さねば勝ちの目すら出てこない可能性がある。

大袈裟だと誰もが思う見解でも、アーチャーは知っている。〝彼〟の強さと、恐ろしさを。

戦力を出し惜しみすれば一騎一騎が瞬く間に殺られ、一対一で〝彼〟と戦わなくてはならなくなる。その方がよっぽど悪手だ。

 

そうなった時の為にも、そうならない為にも、マスター達への説明を後回しに先ずはセイバーとバーサーカーに念話を繋げてランサー達に援護をと言った時、アーチャーは自らの不覚を知った。

 

冷静でいたつもりでも、やはり二人目(さいきょう)の弟子が現れたのには衝撃を消しきれないでいたのか、辺りが霧に覆われていると気付いた時には既に遅かった。

念話は途切れ、誰にも〝彼〟の真名を告げることが出来ずに孤立してしまい竜牙兵と戦う羽目になってしまった。

不幸中の幸いととっていいのかセイバーに援護の要請は出来た。セイバーの真名はゴルドの方針で真名を身内にも隠しているが〝赤〟のランサーとの戦闘を見れば高名な英雄であるのは確か。セイバーが戦ってくれるのならば最悪の事態は避けられそうではある。が、やはり〝彼〟を知る自分が参戦しなければ焼け石に水の可能性も否めない。

 

こんな無様で情けない姿を晒すなどサーヴァントとして、教師として失格と自嘲するのは後回しに、竜牙兵を蹴散らしつつこの霧を脱出するのに先決しなければならない。

一番の方法は術者を斃すことに他ならないが、霧の中にいる気配はなく、延々と竜牙兵が沸き出てくるだけである。

 

この点だけで、アーチャーは術者の狙いが何なのかが透けて見えた。

 

術者が霧の中にいない。一見して理に適っているようではあるが、それでは霧に閉じ込めている意味がない。ここまで視界を封じることが出来るなら霧に紛れて標的を殺すのが一番、霧の中にいないならいないで中を一掃する絨毯爆撃でも行えばいいだけだ。殺す手段が竜牙兵だけだなんて、宝具との相性が悪いとは言えないが、良いわけでもない。中途半端で、どこかズレている。

術者も霧の中で動けないのか、火力が無いのか。否、宝具として成立している霧を活かす為の連携が竜牙兵だけとは思えない。

〝何か〟がある筈なのだ。ある筈のそれを発動しないのは、時間が掛かっているだけなのか。本当にただ時間を掛けているのか。

 

…………後者だろう。この波状攻撃は時間稼ぎに過ぎない。

 

ギリ、と唇を噛み締める。

時間稼ぎをする理由は明白、〝彼〟を徹底的に活かすため(・・・・・・・・・)だ。

〝彼〟とて多対一では討ち取られる可能性がある。だが、一対一なら余程相性が悪い相手でない限り、ほぼ確実に勝利を得ることが出来る。〝彼〟を活かすのは、それだけで戦略級の成果が期待できるのだ。

 

そして最悪なことに〝黒〟の陣営に一対一で〝彼〟を斃せるサーヴァントはいない。ライダーとキャスター、ランサーの三騎だけでは、〝彼〟を斃すのは無理だろう。

頼みのセイバーにしても、自分と同じ状態になっているかもしれない。

 

 

 

 

躊躇している暇はない(・・・・・・・・・・)

 

アーチャーは天を見上げ、覚悟を決める。

 

 

 

 

 

–––––––もう疑いようがない。〝金〟の陣営(メアリー・スー)は、ここで〝黒〟の陣営(ユグドミレニア)を滅ぼすつもりなのだ…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その命令(・・)を、〝黒〟のランサーが理解できなかったのを経路(パス)越しでダーニックは感じていた。

当たり前か。魂に入力されたその言葉(コマンド)は、ヴラド三世の(なか)で存在してはいけないものだからだ。

それはヴラド三世が聖杯大戦に参戦した理由。

それはヴラド三世の払拭すべき呪われた名誉。

それはヴラド三世の尊厳を踏み躙る宝具。

それはヴラド三世が絶対に使ってはいけない筈の–––––––––––––––それをやっと理解して〝黒〟のランサーは爆発した。

 

『ダァアアアアアアアアニイイイイイイイイィィィィィィックッッッッッッ!!!!』

「第二の令呪をもって命ずる。〝金〟のサーヴァントを殲滅するまで戦い続けよ」

 

此処にはいない自身のマスターに憎悪と殺意を露わに絶叫する〝黒〟のランサーに構わず二つ目の令呪を下す。その声は何も感じさせない、機械のような無情があった。

 

ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアムはこの聖杯大戦に己の全てを賭けている。勝つ為にはどんな事でもやり、どんな犠牲をも払うつもりだ。

自身のサーヴァントである〝黒〟のランサーもそう。召喚した際に言われた【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】の禁止令など上面だけの了承でしかない。使わねばならぬ時が来れば迷わず令呪を使い、今のありさまにする腹積もりだった。

ダーニックとしてもこの宝具は使用したくなかった。使えば自身のサーヴァントである〝黒〟のランサーが殺しにくる––––––は、まだいい方だ。こちらに令呪がある限り自害を命じれば安全は確保できる。

だがそれでは意味がない。ダーニックは『全て』を賭けているのだ。勝利こそが最優先事項であり、命が助かるのは二の次でしかない。

だからこれは悪手なのだ。意思一つで容易に発動する宝具を令呪で使わせ、最後に令呪で従者(サーヴァント)を自害させ、それがたった一騎の敵に対して使うだなんて、無駄としか言いようのない使い道だ。こんな遣り方は聖杯大戦を放棄しているも同然である。『〝金〟のバーサーカーを倒せ』ではなく『〝金〟のサーヴァントを殲滅せよ』にしたのはせめて〝金〟のサーヴァント全騎をターゲットに据えられるようにするためと、令呪の効能が薄くならないギリギリの範囲に収める為だ。

 

そんな無駄遣いをしなければならないほど、〝金〟のバーサーカーは強力無比であった。

最初にその姿を見た時に背筋を這ったのは〝驚愕〟という九十七年を生きる魔術師らしからぬ凡庸な感想だった。目を見開いたのは巨人の如き体躯を見てではなく、マスターにのみ与えられた透視能力で映る桁外れのステータスを見てのこと。最大の知名度補正を会得したヴラド三世を上回る脅威の数値は、通常の聖杯戦争ならアレ一体で六騎のサーヴァントをまとめて敵に回せる程のものだった。

そしてその戦いぶりもステータスに見合うもの、いやそれ以上の暴力を伴って〝黒〟の二騎(・・)をボロクズにした。

当初ダーニックは驚愕はしても悲観はしていなかった。ヴラド三世をサーヴァントにした自分が言うことではないが、サーヴァント戦はステータス数値で全てが決まるわけではない。

単純な相性によるものから魔力消費に至るまで、武器、魔術、呪い、毒、急所など、どんな英霊であろうと相性が悪い苦手なものがあり、どのような形であれ必ず弱点は存在する。故に聖杯戦争以上にサーヴァント数が多い聖杯大戦はその弱点を突かれる可能性が高まる危うい戦争になっているのだ。

 

〝金〟のバーサーカーも例外なくそれに当て嵌る。それを見つけるのがマスターの役目…………その考え方のほうが甘かったと思い知るとは、それこそ思ってもみなかった。

 

ただの力、ただの力押し。知恵も戦術もへったくれもない戦法で自分たちが敗れ去る。

ふざけるな……ッ。

ルーマニア最強のサーヴァントが、新たな魔術組織として確立する筈のユグドミレニアが、見るに堪えない単細胞な脳筋に潰されるなど–––––––––あってはならないことだ。

 

しかし、現実は目を逸らさず見なければならない。

戦力を出し惜しみしている場合ではなく、様子見も偵察も解析も分析も限りなく無意味。

そんなことをしている暇に〝金〟のバーサーカーはミレニア城に乗り込み、常在している者全てを皆殺しにするだろう。

 

だからダーニックは目には目を、力には力で対抗するために〝黒〟のランサーに【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】を発動させた。

そして、それを最大限利用する為にもう二つ(・・・・)––––––––。

 

『ダーニック殿、そちらはどうだ』

「キャスターか。今しがた〝調整〟が終わった。君の方はどうかね?」

『まだ向かっている最中だが、僕たちが到着すればすぐ始められるだろう』

「分かった。私も其方に向かう」

 

キャスターからの念話の連絡を受け、ダーニックは魔力供給槽がある地下室を出て、地上を目指す。

 

 

 

ダーニックは勝つために手段を選ばない。

たとえ罵られ、蔑まれる非道な行いであろうとも、勝てるのならば実行に移すのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミレニア城塞城壁上を包む霧を、二つの影が見定めている。

 

 

一人は目深くローブを被った魔女のような姿の女性。顔は窺いしれないが身に纏う格好と空気は闇に溶け込むほどに深く暗い、闇夜が似合う女である。城にいたら城主として、森にいたら……それこそ魔女にしか見えない。

そんな女の隣に寄り添う人物は、まだ幼い少女だった。

女の連れ子か、迷子か、さもなくば家出少女か。こんな夜も遅い時間帯にいるのは大人と同伴でも褒められたものではない。なにか疚しい事をしているのではないかと勘繰ってしまう。

 

その推量は正解だ。彼女達は現在疚しい事をしている。

 

〝黒〟のアーチャーを閉じ込めた霧を発生させたのは幼女であり、竜牙兵を送り込んだのは女だ。

 

「ねえねえ、ほんとにあのままでいいの? あんなまわりくどいコトしなくてもわたしならいつでも殺せるよ?」

「駄目よ。貴女の暗殺は女にこそ必殺たりえる絶対を持つけど、男じゃその限りじゃない。わざわざ危険を冒してまで殺しにいく必要はないわ」

「むー、そんなヘマしないよわたしたち」

「そんな顔しないで、可愛い顔が台無しよ?」

 

頬を膨らませて不満を露わにする小さな妖精の頭を優しく撫でれば、擽ったそうに目を閉じたちまち機嫌が良くなっていくのを掌越しに感じる。

この暗闇に閉ざされた夜でも映える微笑ましい親子(・・)みたいな(・・・・)遣り取りも、二人が何であるかを知る者達からしたらさぞ異質な光景に映ってしまうだろう。

 

(ケイローン)の読み通り、彼女達がやっているのは時間稼ぎである。

このまま霧に閉じ込めて全てが終わるまで飼い殺しにすれば事はスムーズに運ぶ–––––––––〝黒〟の陣営の崩壊と、大聖杯の奪取が。

それは〝黒〟のアーチャーが危惧している〝金〟のバーサーカーの存在が大きいが、あの大英雄は切り札の一つに過ぎない。

彼女自らの切り札は勿論のこと、他の〝金〟のサーヴァントも一筋縄にはいかない猛者たちであること、何より彼女の傍らには小さくとも頼り甲斐のあるパートナーがいる。

いや、パートナーというよりは本当に–––––––

 

「でもやっぱりヒマなのはやだなー。なにかお手伝いすることない?」

「ふふふ、いい娘ね。でも大丈夫よ。貴女が霧を出してくれているお蔭で、私がちょっと手を加えるだけでより堅牢な監獄と化してるもの。本当に便利だわ、貴女の宝具」

「う〜ん、あんまりわかんないけど……そうなのかな?」

「そうよ。アレを抜け出すには宝具を使う以外に方法は…」

 

ちょこんと小首を傾げる幼子に分かり易く説明しようとしたとき、

 

–––––––––天から星が降り注いだ。

 

宇宙からの贈り物。流れ星のように降り注ぎながら、決して願いを叶える生易しいものじゃない強力な()が城壁上を破壊した。それだけじゃない。群がっていた竜牙兵は城壁の崩壊と破片で粉砕され、霧は爆風で霧散。次第に辺りの視界は良好になる。出て来たのは当然〝黒〟のアーチャーだ。

全身薄汚れているが傷を負った様子はなく、それに構うこともなく弓を引き絞れば標準を女に向け放たれる。

音速を超える矢に対抗するのは翳した手から展開される(マルゴス)の魔術。潤沢に魔力を注いだ防御膜は威力と速度を減衰させ、弱まった矢を魔術で暴発させ散らせていく。

 

「……甘く見すぎたわね。まさかあんな方法で外側から霧を吹き飛ばしてしまうなんて、今のが貴方の宝具なのかしら?」

「貴女は–––––」

 

パラパラと落ちる矢の欠片を視界の隅に見据えるお互いの姿。女の口元は歪み、〝黒〟のアーチャーは得心の表情となっている。

 

「……なるほど。竜牙兵を使っている時点で可能性はありましたが、貴女まで現界していたんですね」

「あら、知ったような口を聞くわね。 貴方とは面識はない筈だけど?」

「私がそうであるように、貴女も私のことは見ただけで分かるのではありませんか、王女殿下」

「…………慇懃無礼が過ぎるのではなくて? 弓の神霊(サジタリウス)

「他意はありませッ」

 

〝黒〟のアーチャーは転がるように背後から来た刃を避け、後ろへ矢を放つが又も展開された盾の魔術によって防がれてしまう。

今の奇襲は竜牙兵ではない。と、考察するよりも先に高密度の魔力光弾がアーチャーを焼き殺そうとする。

 

「くっ!」

 

崩壊途中の城壁と共に蹴り降りながら空を見れば夜を舞い飛ぶ妖しい蝶が浮いていた。

誘惑の色合いと威嚇の紋様が女の羽根(ローブ)から光を発し、手には魔術的意匠が凝られた杖。紡がれる魔術陣は十にも及ぶ魔力砲の砲台。矛先は当然〝黒〟のアーチャーに絞られている。それも大魔術に相当し、魔法に限りなく近い領域(・・・・・・・・・・・)としてだ。

その魔力量から導かれる威力は、六十年備蓄したあらゆる魔術礼装・防衛魔術を組み合わせ、英霊ですら陥落させるには苦労するだろうミレニア城塞を容易く破壊することも可能だろう総量だ。

 

魔術師が見たら卒倒しかねない規模で構成されたそれを見てもしかし、アーチャーは得心顔のままでいる。

彼女のことを知っている事もあり、かの魔術の女神(ヘカテ)から教授を受けた身であらせられる〝コルキスの王女〟ならこれぐらいできる術を用意するだろうという評価もある。

だが、それ以上に自分の推察がほぼ当たっ(・・・・・・・・・・)ていた(・・・)と目の前の彼女が実証したも同然だったからだ。

 

彼女なら出来て当たり前と言える評価もサーヴァントでは限度がある。自分の陣地でないにもかかわらず魔法に近い魔術を繰り出す為の魔力量を引き出すなんて、神代の神秘がない限り自然に出来ることではない。あるとしたら魔術師特有の〝ないなら他所から持ってくる〟として魂喰い(ソウルイーター)を行うしかないが–––––既にそれは無いと調べが付いている。

 

〝金〟のサーヴァントの存在が発覚した時だ。マスターのフィオレとバーサーカーのマスター、カウレスに協力してもらいここ最近で起こった事件と偽装して魂喰いを行っているかの検証をしていたが、結果は何もなかった。

ここトゥリファスも、最も近い都市のシギショアラも、ルーマニアで魂喰いと(・・・・・・・・・・)思しき事件は何一つと(・・・・・・・・・・)してなかった(・・・・・・)

 

ならどうやってあそこまでの魔術を行使出来るのか?

あり得るとすれば––––––––マスターからの魔力供給が尋常ではない量だから、だ。

いや、本来それはありえないというのが正解であるのだが、何もかもが特異な存在であるメアリー・スーであるならそれも可能なのだろうと考えるのは過大評価にはならないだろう。

〝金〟のサーヴァントのマスターはメアリー・スーただ一人。

彼女もそうだが、何より〝彼〟を問題なく動かせている時点でもう確定的であった。

 

そして、すべての疑問は一つに集約される。

 

メアリー・(・・・・・)スーとは何者なのだ(・・・・・・・・・)()

 

もし推察が本当ならこれだけの事を一人で遂行するなんてとても出来るとは思えない。

誰かしらの協力者がいるとしか思えないが–––––今は目の前の脅威だ。

アーチャーの背はミレニア城壁に預けている。あの後ろからの奇襲を防ぐためほんの数秒でも稼げればと壁に沿って降りていったのが裏目に出てしまった。このままでは自分のみならず本当に城塞が破壊される羽目になる。

 

「あらあら」

「……?」

 

しかし、どういう事か。彼女は引鉄に指を掛けたまま微動だにしなかった。

それだけではない。それどころか、構築していた大魔術を四散させ、飛行魔術を行使しているだけになってしまっていた。

どういうつもりかと思うアーチャーよりも先回りして、〝ある方向〟を見ながら呟いた。

 

「残念……かしらね、やっぱり。貴方には恨みがないと言えばないのだけど、あると言えばあると言えるから、折角だし私がこの手で殺して差し上げようかと思ったのだけど……」

「っ!?」

「貴方の陣営のマスターは無茶をするわね。いくら〝彼〟が強敵といえど……頭が沸いたのかしら」

「そんな……あれは!? 一体、いったい何がッ!?」

 

その方向を見たアーチャーが驚愕の表情に変わる。

その先に見えた惨状に対して–––––その先に見えた……〝地獄絵図〟を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
















これは、余談だが……


〝黒〟のアーチャーがソレに気を向けている時に、彼を閉じ込めていた女と幼女が念話が飛ばしていた。



『予定が変わってしまいそうね……やっぱり貴女に手伝ってもらうことになりそうだわ』
『え、あそこにいくの? アレってなんだかすごくまずい気がするよ? 筋肉ダルマさんにまかせたほうがいいんじゃない?』
『ええ、そのつもりだから大丈夫よ。手伝ってもらうのは別の事。私にはどうにもアレが窮鼠には思えないのよ』
『きゅーそ?』
『アレが〝黒〟の最終手段とは思えないってことよ。何か別のことをしようとしてるかもしれないわ……どこかに隠れているかもしれないから、手伝ってもらえるかしら?』
『うん、わかった。任せておかあさん(マスター)
『可愛い娘。ありがとう、ジル』


余談ついでに教えておくと……

女は〝金〟のサーヴァント、キャスター。
幼女は〝()〟のサーヴァント、アサシン。

本来は敵対関係に終始する筈の二人は、行動を共にするサーヴァントの中でも特に異質な関係を持つ二人組としてこの聖杯大戦に参加している。

このような関係になったのは–––––––––––––––また別の話で語られる時が来るだろう。

今はただそっと、歪な親子が何を成すのかを見守っていよう。

きっとそこには、何かがある。




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