外典にて原典   作:新宿のバカムスコ

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ジャンヌ・ダルクの啓示

歴史に曰く、ジャンヌ・ダルクは神の『声』を聴き、聖旗を掲げ立ち上がった。

 

 

『フランスを救え』と、ドンレミ村の田舎娘でしかなかった彼女が『声』を聴いたことでフランス軍に参加し、イギリス軍からオルレアンを解放した救国の乙女として今尚〝聖女〟と崇められているのは世界の知るところ。本人がどう思っ(・・・・・・・)ているかはともかく(・・・・・・・・・)、その『声』によって〝ジャンヌ・ダルク〟が産声を上げたのは間違いない。

それはサーヴァントとしての能力、『啓示』スキルに現れていた。『天からの声』を聞き、目標達成への最適解を導き出す––––––〝ジャンヌ・ダルク〟が持って然るべき力だろう。

いまのジャンヌ・ダルク(ルーラー)の目的は聖杯大戦の正常な管理と運営に他ならず、その為の処置としてメアリー・スーの正体を暴くことは何よりも優先すべきと考えていた。

故にジャンヌ・ダルクは思う。自分しかない(・・・・・・)意思で行動するのはこれが初めてなのではないのかと。(ルーラー)が呼ばれた理由はあの男ではない。それが分かっていながらもまだ彼女がメアリー・スーの行方を捜すのはそういうことなのだろう。

未知の行動に身を投げるような独特の不安、恐怖。この感覚は少しだけ覚えがある。初めて戦場に立った時だったか、完成された存在たる英霊の身であの時以上の感情の揺れは無いが、だからといって二の足を踏まないとは限らない。それだけの警戒をルーラーは持っている。

 

 

そしてそれは間違っていなかった。

 

 

「こんな………これは」

 

ルーラーは〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーの決闘がどうこうできるものではないと、どうしたものかと途方に暮れていたとき、新たな〝金〟のサーヴァントを感知していた。

数は二騎。それぞれが〝黒〟のサーヴァントと対峙している。一方は常道の一対一での戦いだったが、もう一方は––––––あろうことか一対三で向かい合っていた。

これを感知した時のルーラーは呆気に取られた。サーヴァント戦において一対三で勝ちを拾うのはほぼ不可能。英霊とは誰もが何かしらの究極を修めた超人であり、団体形式である聖杯大戦ではたとえ最優のセイバーであっても複数を相手にしたら斃されるのは時間の問題だ。

尤も、〝黒〟のセイバー、〝赤〟のランサー、〝赤〟のライダー、そして〝金〟のランサーであれば話はまた違ってくるが、最強のサーヴァント候補として挙げられる彼ら程の英雄がこれ以上集まりはしないだろうというのがルーラーの正直な感想だった。

常軌を逸脱した采配なのは明らかだが、戦いを止める訳にはいかない。メアリー・スーへの手掛かりが喪われるとしても、自分の目的と彼らが戦うのは全く別の話。

とにかく先ずは移動するべきだろうと、ルーラーは向かう先を一対一の戦いをしている方向に定める。見捨てるようでいい気はしないがこれも戦争。そう決断したところで事態が急変した。

一対三の方角で、瞬く間に〝黒〟の三騎中一騎が瀕死の状態になったのだ。

ルーラーは驚愕した。一体何が起こったのか、妙な胸騒ぎがしてきて(・・・・・・・・・・)方向を急転換して其方へ向かうと––––––––

 

そこで見たのは戦いと呼んでいいのか議論が別れるほどの殲滅劇。

 

鉛色の巨人が万物全てを破壊する鬼神となって轟臨する姿。

 

そして、〝金〟のバーサーカーの真名。

 

今夜二度目の、否、現界してから一番の驚愕がルーラーに降り掛かった。

ルーラーは審判という役割上、幾つもの特権があるが、その中の一つに『真名看破』というその名の通りのスキルが備わっている。それによって彼女は自分を襲ってきた〝赤〟のランサーの、それを阻止した〝黒〟のセイバーの、激闘を繰り広げている〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーの、それぞれの真名を––––後ろの二名は辛うじて––––看破した。彼らの真名はいずれもその時代にその人ありと伝説を生み、最強を欲しいままにした猛者達ばかりだった。先の通り一つの聖杯戦争でこれだけの英雄が揃うなんてそうそうありはしないだろう。

そんな名だたる超級英霊を目にしながら尚色褪せぬ畏敬と畏怖を、ルーラーは〝金〟のバーサーカーの真名に見た。三色の大英雄四騎と比べてもその力を押し返すのではないか、そう思わせる程の無双を〝金〟のバーサーカーは体現してみせた。

〝黒〟のキャスターのゴーレム群を叩き潰し。

〝黒〟のライダーのヒポグリフを捻り千切り。

〝黒〟のランサーの領土(くい)を破壊し尽くし。

イデアル森林が埋没しかねない大穴を開けた。

たったそれだけの簡潔な結果を、〝躰一つ〟でやったのだ。

 

「…………なんて、出鱈目な」

 

これはもう、見せしめ(・・・・)に等しかった。

〝赤〟のライダーと〝金〟のランサーとは別の意味で、火を見るよりも明らかな手出し無用ぶりは天災としか言いようがない。まさに〝金〟のバーサーカーは嵐であり、津波であり、地震の擬人化だ。周りの一切を気にせず配慮もしない暴走具合で、イデアル森林周辺の魔術要素を根刮ぎ破壊していく。幸いこの森はユグドミレニアが〝赤〟との全面合戦場に含まれることを想定しており、秘匿と隠蔽はなんとか機能しているが、それもいつまで持つか分かったものではない。

あらゆる意味で止められるのであれば是非とも止めたいが、あらゆる意味でそれは出来ない。

〝金〟のバーサーカーは戦っているだけだ(・・・・・・・・)。何のルール違反もしていなければ、ワザと破壊作業をしているわけでもない。ただ戦っているだけなのだ。

裁定者として見ればこれは致し方ない惨事であり、むしろコレをどうにかするのがルーラーとしての自分の役目だが、実際問題ルーラーは〝金〟のバーサーカーの起こす騒動をどうにかする術を持っていなかった。魔術を使うことも、結界を張ることも、田舎娘だったジャンヌ・ダルクには縁遠い代物だ。

このまま静観しては聖杯大戦の守秘に重大な欠陥が、ルーラーとしての威厳が損なわれてしまうかもしれないが、どうすることもできない。

それにもし〝金〟のバーサーカーがルール違反をしたとしても、はたしてルーラーは彼を止められるかどうか。令呪を使ったとしても、正直なところ分かったものではなかった。

 

「メアリー・スー……貴方は、何者なのですか?」

 

〝金〟のランサーといい、バーサーカーといい、あれほどのサーヴァントを揃えるなんて、どれ程の金と運と力を持ち合わせていたというのか。そして、他五騎のサーヴァントはどれほどの英雄だというのか。あの〝金〟のバーサーカーを三騎士でなく狂戦士のクラスに添えるなんて贅沢(・・)をしてるとなると、残りのセイバーとアーチャーもそれに見合う傑物であるのは決まっているようなものではないだろうか。

未だ見えぬ〝金〟の五騎に思いを馳せるのもそこそこに、今は自分の目的を遂行するべきだろう。

目的を果たすならそうすべきだが、この惨状を放っておくのは些か––––––––––––––––

 

「ダァアアアアアアアアニイイイイイイイイィィィィィィックッッッッッッ!!!!」

「えッ!?」

 

負の怨嗟が聖女の鼓膜を穢すようにイデアル森林に木霊した。木に、土に、空気に汚染しそうな怨毒の響きは、もはや見るまでもなかった勝負の行方をひっくり返すほどのナニカ(・・・)があるとルーラーの頭に警告を伝える。

 

裁定者の夜は、未だ明けない。

彼女が感じた胸騒ぎがどういうものなのか、自分の意志で行動しようと神は聖女にやるべき事を告げるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダァアアアアアアアアニイイイイイイイイィィィィィィックッッッッッッ!!!!」

 

 

 

(ランサー)の怒りと憎しみに塗れた絶叫から、〝金〟のバーサーカーは一気に駆け出す。

それは同胞のライダーを倒され、キャスターに見捨てられ(・・・・・・・・・・・)ながらも孤軍奮闘した誇り高き英雄に引導を渡すためだが、このままではマズいことになると察した(・・・)のもあったからだ。

一刻も早い決着を、止めを刺すべく拳を握りしめ、サーヴァントの霊核がある頭を電光石火の拳撃でお見舞いする、が。

 

「■■■■■■––––––ッ?!」

 

バーサーカーの声ならぬ声に驚愕の音が混ざっているのははたして気のせいなのか。

鉄鎚(こぶし)は確かに〝黒〟のランサーの頭を潰した。だがそこから噴き出るものは血ではない黒い影のようなモノだった。影はやがて全身に行き渡って〝黒〟のランサーを覆い尽くし、不定形なナニカとなって弾け飛ぶ。

衝撃で吹き飛んだバーサーカーが体勢を立て直して目にしたのは、無数の蝙蝠が一つに集まり人型になっていく行程、黒一色だったソレが〝黒〟のランサーらしきモノ(・・・・・)になっていく瞬間。

低く呻くその姿にヴラド三世の面影は無く、だからといって伝説の吸血鬼・ドラキュラ伯爵と呼ぶのも憚れる。

そこにいたのは見るも悍ましく堕ち果てた無辜の怪物。人間によって存在を歪められた悲劇の反英雄だった。

 

「お、ノレ、おのれ、ぉぉ、ぉぉぉおの、れお、のれオノレエエエ、エエエェェ、ェっっ」

 

その魔眼の向かう先はバーサーカーではなく後方に聳え立つミレニア城塞にであったが、其処へ向かおうと踵を返すとピクリと止まり体が痙攣を起こす。思う通りに動けない苦しみに喘ぐように頭を掻き毟る。

 

「おあッあーーあ、アがア、、アア……あゝあゝあ!!! ゝあゝあゝあーーーアアアア、ア、アアアアアッッッッッッ!!!!!」

 

苦痛も苦悩も束の間、暴れ馬の手綱を放してしまったように〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は城へ向けていた体をバーサーカーに急変して飛び跳ねる。大口を開けながら鋭利となった牙を突き付けようとする。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––ッッッッ!!!!!」

 

 

本能に身を任せるだけの吸血行動が通じる訳もなく、下からの振り上げ(アッパーカット)で顎と牙を諸とも砕き、脳髄を突き抜け脳味噌を弾け散らす……はずだった。だが頭を破壊しても無意味なのは先の通り、血と脳味噌の変わりに黒い霧が滲み出るだけで、顔も頭も直様再生しながら〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)はバーサーカーの腕へと噛み付いた。

太く硬い鉛色の腕にも届いた牙から、痛みよりも痒みが迸る。

振り払べく腕を大きく掲げると、そのまま大地へ〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)を押し潰した。吸血鬼といえど堪らない衝撃で顎が緩み、身体も弛緩する。

これは–––––––––〝金〟のバーサーカーは思い立つとすぐに行動に移す。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––ッッッッ!!!!」

「ばガアァッ!?」

 

 

隙を空かさずに入れるのは俊敏かつ過重な蹴打。胴骨を粉々にされながら地べたに這い蹲され、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)はごろごろ転がっていく。

やはり(・・・)、とバーサーカーは理解した。

 

「ごは、ガああ、あッがあああッ」

 

小刻みに痙攣を起し、痛みに喘ぐ。深い傷を負おうと瞬時に再生される吸血鬼だが、なにも痛みを感じないわけではない。

肉を斬られ骨を断たれれば傷みと共に血が流れ傷を負う。ようは怪我がある時間が短いだけなのだ。

だからこそ、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)求める(・・・)

 

「……よ、こせ」

 

胴から広がった破壊の連鎖は再生の連綿で食い止め、もっと持続させる為に、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)求める(・・・)

 

「貴様、の血、貴様の、命を」

 

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は霧へと体を変える。しかしそれは回避ではなく攻め立てるため。

実体化したのはバーサーカーの懐、特異の移動と巨体であるが故の灯台下暗しが視覚を狭め反応が遅れてしまう。

杭を使わず、貫手で刺すのはバーサーカーの腹部。吸血鬼の並外れた膂力で突き出せば、それだけで人体に風穴をあける槍と化す。

 

 

「寄越せ、寄越せ。寄越せエエェェェぇッッッッッ!!!!」

 

 

(ぬきて)がバーサーカーに吸い込まれた。

 

 

「■■■■ッ」

 

 

サーヴァント三騎でも傷を負わなかった身体が貫かれ、退くことがなかった足が下がっていく。歴然とした体格さがある巌が揺らぎ、そのまま後ろへたたらを踏んでいく。

劣勢が拮抗を跳び越え圧倒した。

〝黒〟のランサー禁断の宝具【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】は【極刑王(カズィクル・ベイ)】が封印される代わりにフィクションとしての吸血鬼の能力を使用することができる。血を吸うのはもちろん先ほど見せた頭を潰されても問題ない回復力や霧、蝙蝠への変身も備わっており、総合的な戦闘力はヴラド三世時よりも上である。

 

–––––––血だ。ああ分かる、ああ、馳走をこの手に掴んでいるッ!

 

狂犬病に犯されたように形振り構わず血を啜ろうと口を開け唾液を飛ばす。漂う血の匂いに興奮している様子だった。

食すのはまず木偶の坊の臓物。この手に掴んだ肉を引きずり出し、噴水する流血で喉を潤し渇きを鎮める。

死してエーテルの欠片になる前に血の晩餐を堪能しなければ、そして不届き者に苦痛と恐怖を与えてやらねばならない。

 

それでも––––––然る後、紅い命の糧を暴いても尚生きていようものなら……眷属にしてやろう。

 

英雄としてこの上ない屈辱だろうと牙を剥き出しに笑い、ハラワタを引こうとすれば、溢れんばかりの血が吹き出る。

巻き散らされた血が〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)に付着する。

自分の血が(・・・・・)、付着する。

 

「え、べ?」

 

頭からパックリと裂け、腹に刺さったまま腕が、体から切り離れた。

見れば、バーサーカーが手刀の構えをして振り下ろしている姿が、腹に刺さった腕を抜き取り、自分に向かって突き刺してくる姿が見えて。

胸に、腕が刺さる。

 

「ごッぉっ」

 

今の〝黒〟のランサーは間違いなく強い。総合的な戦闘力はヴラド三世時よりも上であるのも確かだ。ともすれば複数の英霊を纏めて屠ることも可能なほどに。

 

しかし、この〝金〟のバーサーカーに【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】を発動させるのは、無意味といってよかった。

 

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は確かに〝金〟のバーサーカーを圧倒した。

だが、それはほんの数歩のみ。揺らいだ身体は直ぐさまがっちりと根を張り不動を取り戻していた。血に興奮して分からなかったのだろう、バーサーカーの腹を背中まで貫けなかったことに。バーサーカーが〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の貫手を腹筋で止めたことに(・・・・・・・・・)

回避は間に合わずとも防御は辛うじて間に合っていた、という訳ではない。バーサーカーは攻撃を受ける気でいたのだ。

彼は理解していた。最初の一撃は通らず、腕に噛み付いてきた時の反撃は通じたわけを。ただ攻撃するだけでは霧となって避け、吸血行為をする際は(・・・・・・・・・)攻撃が通ることを(・・・・・・・・)

吸血鬼は日光、流水、銀、と多くの弱点を内包しているが、生憎バーサーカーはそのような装備を持っていない。無いならば道はそれ一つ。こちらはある程度の隙を見せて攻撃(きゅうけつ)を受け入れなければならない危険な綱渡りをするしか勝機はなかった。流石に吸血鬼の膂力は一筋縄にはいかず、予想以上の強さで身体を貫いてきたが、その分反撃された〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の衝撃は大きかったようだ。

そして、動揺すれば霧への変化もおぼつかず、再生を上回る攻撃力(・・・・・・・・・)を繰り出せば斃せることが判明した今、ここぞとばかりに〝金〟のバーサーカーは攻め立てる–––––––!

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––––––ッッッッ!!!!」

「ガばッ!?」

 

 

両手を組んでの振り下ろし(ダブルスレッジハンマー)〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の背中を叩き折る。

脊骨が砕け、立つこともままならずに倒れ伏すその前に、腰に手をやり持ち上げるとそのまま頭から地面へめり込ませた。

人体生け花を生けたかのような刺さり具合と、海老反りでぶら下がる足が哀れと滑稽を誘うが、次の瞬間には同情を誘う。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––ッッッッッッ!!!」

 

 

バーサーカーは〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)下半身を掴んで走り出した(・・・・・・・・・・・・)。ブルドーザーに見立てて掘り進めれば土砂と岩盤は押し出され削り取られる。〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)を引き抜いてみれば上半身の貴族服はボロボロで裸に等しく、髪と顔は土だらけ。英霊の威厳、吸血鬼の畏怖など欠片も残っていない無惨な姿だった。

 

「ごアッ、…ガがァぁ」

 

しかし、当然これで終わりではない。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––ッッッッッッッ!!」

 

 

バーサーカーは〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)滅茶苦茶に(・・・・・)振るった(・・・・)

地面が盛り上がり、土の氷柱が形成される。斧剣に代わる武器になれるかどうか、自身の腕力に耐えられるか試しているかのように振るにふるい、大地という凶器で撲る。

その勢い、その加速度、その威力は、〝霧に変化して逃げる〟という意識をも奪い去る負荷を掛けていた。

そのダメージは推して知るべしだが、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)はもう一つの現象に苛まれている。

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は未だに足掻いていた(・・・・・・)のだ(・・)

令呪によって体がいうことを聞かなくても、英雄ヴラド三世の残り滓は吸血鬼となった自分を否定しながら暴走していたのだ。

物理的負荷、精神的負荷が尋常ではないほどに掛かっており、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は著しい混乱状態になっている。吸血鬼としての治癒力は仇になり、千切れてもおかしくない身体は直様修復されて思う存分いいように扱われてしまっている。

 

「オぉ、おぶ、オアああ、あ」

 

暫くの間ソレが続き、再び地面に転がされた〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は吐き気を訴えるように嗚咽する。こんな原始的で力技な麻痺状態にするのは、この〝金〟のバーサーカー以外できはしないだろう。

しかし、即興での対策が何時までも続くはずもない。麻痺が醒める前に〝金〟のバーサーカーは拳を握り締める。

再生を上回る攻撃ならば通じる。それをより効果的にやるには、血を抜く(・・・・)しかないだろう。

血は生命の源という考えは科学的にも魔術的にも共通の定義。吸血鬼もソレを啜ることで栄養源とし〝死から蘇る〟といったものが基本的な設定だ。血を求めるのは趣味趣向だけではなく、生きるため、力を得るために必要な行為なのだ。

血が無くなれば力は抜け、命を落とすのは自明の理。

ならば、血が無くなるまで殴る(・・・・・・・・・・)

一片の慈悲なく、否、この怪物の姿から解放させるのは最大の慈悲であろう。

躊躇など以ての外。確実にここでヴラド三世の命を貰う––––––!

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––––ッッッ!!!!!」

 

 

決着は、ついたも同然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははははははははははは、フハハハハハハハハハハハハ–––––––––––––ッ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪魔(マッスル)さえ入らなければ。

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

〝金〟のバーサーカーと〝黒〟のランサーの勝負は逆転に次ぐ逆転とは言い難い。端から見ても、終始〝金〟のバーサーカーが圧倒していただろう。

英雄(ヴラド三世)以上の力を持つ怪物(ヴァンパイア)になっても歯が立たなかったのは、運がなかったとしか言いようがない。

〝金〟のバーサーカーが強いだけだったのならまだしも、彼が生前にやり遂げた偉業が問題だった。彼の生前は英雄よりも怪物を相手取った逸話の方が遥かに有名であり、言うなれば怪物殺しのエキスパートにしてスペシャリスト、プロフェッショナルとも言うべき存在だ。

狂気に呑まれようとも失われぬ太刀筋を持ち、狂っていようと身体に染み付いた剣の術理が消え去らないと感服させた事もある大英雄ともなれば、怪物にはどう対処すればいいのか本能で分かっているのだろう。そんな相手に本物の怪物をぶつけるのは、知らなかったとはいえ悪手と言わざるをえない。

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は貫手一つのダメージしか与えられず、その後の展開はヴラド三世時に危惧した通り、近づいただけで手も足も出なくなった。〝金〟のバーサーカーに近づくのは自殺行為と分かっていたのも、吸血鬼化のデメリットである狂化に相当する思考能力の低下を余儀なくされては意味をなさなかった。

 

だが、【鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)】だけを使って〝金〟のバーサーカーを斃せるとはダーニックも思っていなかった。

吸血鬼の力を存分に使う(・・・・・・・・・・・)ならば(・・・)、それだけでは足りないのだ。

 

「おお、おおおお、おおおおお!! 圧制者が! 民を虐げ嬲る圧制者が! 絶望で世を蝕む圧制者が! 地に伏している! 平伏している!! 権力の頂から引き摺り下ろされているではないか!!!」

 

喜色満面に歓喜を上げるのは、〝黒〟の陣営に捕獲されていた筈の〝赤〟のバーサーカーだった。〝黒〟のキャスターのゴーレムの束縛はないが、〝黒〟のランサーに串刺しにされたままの重傷でこの場にやってきたのだ。

 

「そこな君よ! 君がこの圧制者を倒した叛逆の星か!?

おおおおおおおおおおおお素晴らしい、実に素晴らしいぞ同士よ! ここまで完膚なきまで圧制者を叩き潰すとは、 君こそは人々に希望を齎す勇者に相応しい!! 」

 

絶賛の嵐、惜しみなき称賛で同じ狂戦士の英雄を讃えながら、〝赤〟のバーサーカーは〝黒〟のランサー《ヴァンパイア》に接近する。

倒すべき圧制者を求め彷徨う狂戦士はしかし、すでに倒れた圧制者であっても生きている限り進撃を止めることはない。

 

「私も負けてはいられないな!」

「■■■■■■■■■■■■■■■–––––––––––––––ッッ!!!!!」

 

絶賛も称賛も聞かず、〝金〟のバーサーカーは叫んだ。

まずい。非常にまずい。

〝赤〟のバーサーカーは瀕死で虫の息の〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)に油断しているのか、血が滴る身体で無防備に(・・・・)近づこうとしている。

あの吸血鬼は手負いの虎と同様の状態だ。死に際ゆえの狂暴性を秘めるそこに血の匂いが充満した身体を晒しては吸血鬼の食欲を刺激し、生存本能を活性化させてしまう危険極まりない行動–––––––––

 

「ッ!!!!!ッ!!!!!ッごあおおおおおおオオオオオオオオオ!!!」

 

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は飛び跳ねて〝赤〟のバーサーカーに襲い掛かった。敵意と殺意とが混ざった喰いつき(・・・・)を、しかし〝赤〟のバーサーカーはやられるがままに笑顔で受け入れた。

 

「おおお圧制者よ。最期に抵抗を示すか! よいぞ、見苦しいとは言わん。叛逆は私も望むところ! 最初で最後の敬意として、我が愛で息の根を止めてやろう」

 

〝赤〟のバーサーカーは〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の腰周りを抱き締め、絞って縛り上げるベアハッグで〝黒〟のランサー《ヴァンパイア》を破壊しようとしている。

それしか頭にないからなのか、〝赤〟のバーサーカーは首から牙を立てられている事に気づいた様子がない。あるいは、分かっていてあえて差し出しているのか。

あれなら、まだ間に合う。

〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は〝赤〟のバーサーカーの太く硬い首筋に牙を届かせるのに梃子摺っている。いま引き剥がせば身体が回復するのも、眷属にされるのも(・・・・・・・・)防ぐことができる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––––––––––––––ッ!!!!!」

 

地面を掘り返し、拳大の岩石を投球する。

短くも力強い風切り音を置いていきながら〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)の頭部へ向かっていく。一秒でも時間を稼ぐには頭を吹き飛ばすのは早い。その選択は正しかっただろう。

 

 

 

 

 

だが、事態はもっと〝とんでもない〟ことになった。

 

 

 

 

 

「ぶんむんんんんうぅっぅぅぅぅ!?」

「■■■■■––––!?」

 

血を吸おうとした〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)が、血に溺れたように口ごもる。

豪球は防がれた。〝赤〟のバーサーカーの、噛み付かれて出来た傷口(・・・・・・・・・・・)から溢れ出る筋肉によって(・・・・・・・・・・・・)

〝金〟のバーサーカーに計算違いがあったとすれば、やはり〝赤〟のバーサーカーの存在。

より正確に言えば、〝()のバーサーカーの宝具(・・・・・・・・・・)の性質の悪さ(・・・・・・)を知らなかった事だろう。

 

「おおお、圧制者よ。おおお圧制、あっ制者、圧、制あっせゆううばばばばばどびゅばばばばびゅばりゅるいっるるるっろ」

 

常に笑顔を貼り付けていた〝赤〟のバーサーカーに変化が訪れた。青白かった肌が更に真っ青に、死者と遜色ない色合いになっていく。口からは涎がだらだら垂れ、歯が鋭い犬歯に尖る。目は、爛々と光る赤になる。

首元の肉が喉にも影響し呂律が回らなくなった姿に理性の片鱗はない。

言うなれば狂戦士以上に本能剥き出しの魔獣、狂戦士以下の品性なき畜生。

それとも、吸血鬼すら食する(・・・・・・・・)雑食動物か。

 

「ぐッ?! ぐ、グオオ!?、な、にを、や……やめ、やめろ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお?!」

 

湧き水の勢いで首の肉がボコボコと膨れ上がり、〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)を喰った。肉は恐竜の顎のような形となって吸血鬼に噛み付き、一つ二つと増えて満遍なく喰らい付く。

 

「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ?!」

 

そうやって〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)は消えていく。見た限りでは〝一体化〟と言えるかもしれない。

まるで、いや、正に、血を啜る吸血鬼の如くに吸い込んだのだから。

 

「ああああああ圧制者よよよよ。アハハハはは我が抱擁をそこまでして受けたいか。では望み通り愛をくれてややめろ! 余は愛、愛! 余は! 愛やめろ、やめろ愛、愛、愛、愛余はワラキア愛、愛、愛ワラキアの王、圧制圧制圧制圧制者ッヴラド二世が息子! 愛、愛、愛、愛、愛愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、余を取り込むなァァァァァァァァァッ!愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛、愛イイイイイィィィィッッ!!!!!!!!!!」

 

〝赤〟のバーサーカーの顔が時折〝黒〟のランサー(ヴァンパイア)に、ヴラド三世の形になって悲鳴を上げる。取り込まれた事で本来のルーマニアの英雄としての自分が出てきたのか、ヴラド三世を圧制していたヴァンパイアを〝赤〟のバーサーカーが駆逐したのかは分からないが、それはヴラド三世にとって地獄の続きに過ぎなかった。

吸血鬼に堕とされるだけでなくこんな、こんな化物と一つになるなんて、屈辱も恥辱も超える悲憤で顔が歪みに歪み、消えていく。叛逆の英雄たる〝赤〟のバーサーカーが王たるヴラド三世に慈悲など与えるべくもなく、容赦なくその魂の叫びを鏖殺した。

後に残ったのは〝赤〟のバーサーカーのような、〝黒〟のランサーのような、どちらともつかない顔に変形した筋肉(マッスル)だけだった。

 

「ははははははははははは、ハハハハハハ! 勝利! 勝利!! 完 全 勝 利であるッッ!!! ついに私は至ったのだ、手に入れたのだ! 希望を!! 絶望しかなかったこの果しなき旅路で、魔王たる圧制者を屠ったのだ! おおおおお見ているか〝赤〟のキャスターよ! 君のおかげで私はまた一人圧制者を斃したのだ! 喝采を、凱歌を叫んでくれたまえ! あはははははははははははははははははは!!!」

 

先程までの拙い呂律が嘘みたいな饒舌で勝利に酔いしれる〝赤〟のバーサーカー。

顔の形、肌の色、牙、目、首元に泡く顎はひたすら悍ましく歪なのに、自分の変質した容姿にも気付いていないか、圧制者さえ屠れば些細な変化だと切り捨てているようだった。

当然か、〝赤〟のバーサーカーにとって圧制者は悪鬼羅刹と同等かそれ以上の害悪でしかない。その圧制者が滅べば、他の事がどうでもなるほど有頂天になるのは無理もなかった。

絶望は失せ、世界は希望に満ち溢れたのだ。

圧制者はこれからも増え続けるだろうが、今この時だけは喜びに身を震わせようとさらなる勝鬨を上げようとして、彼は自身の〝異常〟に気づいた。

 

「あぁそうだな、その前に」

 

ギョロリと目をだけを動かし、弾けた。

準備動作も無い飛蝗のような動きで途方も無い飛距離を弾丸の如く跳んでいく。

赤く光るその目が〝金〟のバーサーカーに向いて突貫するように見えたが、違う。

 

「どれ、勝利の美酒を堪能するとしようか」

 

圧制者を屠ることしか考えない〝赤〟のバーサーカーでも逆らい難い〝異常〟が押し寄せていたのだ。

自分が異様なほど喉が渇いている(・・・・・・・)ことに。

それが彼をさらなる狂気へ陥す。

 

「いけない?! 逃げなさいあなた達(・・・・)!!」

 

〝赤〟のバーサーカーとは違う場所からの叫びは、この戦いを見守っていたルーラーのものであった。

切羽詰まる危機感も顕に飛び出して逃げろと叫ぶ先にいたのは、複数の人影。

白い服に、白い肌。銀の髪に、赤い瞳。

人造生命体、ホムンクルスたちだ。

彼か、彼女か、性別の差も分からない完璧な造形美を誇る彼等彼女等は、主人(ダーニック)より命じられてやって来た偵察部隊だ。

偵察のみならず〝黒〟のランサーの援護をとも命じられていたが–––––それがこうも何もせずに尻込みをしていたのは、吸血鬼に成り果てたヴラド三世が〝黒〟のランサーと認識していいものなのか判別しかねていたことと、〝金〟のバーサーカーの戦いぶりに薄弱だった死生観が悲鳴を上げて命令を拒否していたのもあったからだ。だから戦闘に巻き込まれないように、相手に気付かれないようにとかなりの距離を置いて傍観に徹していたのだ。

創造主たちに逆らうのは自身の存在意義に真っ向から歯向かう行為だが、二千年の歴史を誇るアインツベルンの技術を流用して製造された彼等彼女等は並大抵の性能ではなく、中には自我を発芽させる突然変異の個体が生まれるほど優秀なものなのだ。ホムンクルスたちがそれぞれの自意識を共有する機能が備わっているのも手伝い、その存在がホムンクルスたちにとって大きな変革をもたらしたらば、他者の命令よりも自分の感情に従うくらいのことはやってみせるだろう。

 

……話が逸れたが、そんなことはどうでもよかった。

ダーニックは、ホムンクルスたちを戦わせる気も、そもそも偵察すらさせる気が無かった。

ダーニックがホムンクルスたちを〝黒〟のランサーの元へ行かせた本当の理由は吸血鬼の餌(・・・・・)になってもらう為なのだ(・・・・・・・・・・・)

想定とは些か以上に変異していたが、ダーニックがホムンクルスたちに求めたことに関しては何一つ変わっていなかった。

 

「さあ圧制者の人形よ! この喜びを供に分かち合おうではないか!!!!!」

 

腕を大きく拡げ、抱擁して包容する構えから掬えるだけホムンクルスたちを捕まえて、首筋を噛む。

一人にではない、〝赤〟のバーサーカーの首元から生えた口(・・・・・・・・)が抱き締めているホムンクルスたちを一人残らず噛み付いたのだ。

 

「じゅむううッ、ジュムムムむウウウウウウウううううう!!」

 

首元から伸びる口が献血をするかのように吸い、輸血をするかのように身体に流す。顔にある口からは直接吸い尽くし、下品に音を立てる。見目麗しかった容貌は見る見るうちに干からび木乃伊へと早変わりした。

常軌を逸した光景に他のホムンクルスたちは恐怖で動けなかった。剣で斬られ、拳で砕けるというのは戦っていれば起こり得る死因であり、頭で理解出来る論理的帰結だが、血を吸われてああなる(・・・・)のは魔術的に見たって異常でしかなかった。

 

『––––––––––––あ、ア゛アア゛ア、アア゛アァァァ゛ァァぁ゛ぁぁ』

 

あんな木乃伊になっても立ち上がって、爛々と光る目で同胞を見てくるなんて。そしてその渇きを満たしたいという思いが伝わってきて……。

 

「あ」

 

誰か一人、噛まれた。まさかそんな、という思いが動きを鈍らせ、もう一人、噛まれた。

暫くするとその噛まれたホムンクルスが、似たような姿になって別のホムンクルスに目を付けて、また一人、噛まれた。

噛まれたホムンクルスは、噛むホムンクルスになって、連鎖反応じみた早さで瞬く間に全員が噛むホムンクルスになっていき……。

 

「あ、ああ、あああ……」

 

噛まれていないホムンクルスは、一人だけになった。

長い銀髪をツインテールにまとめた愛らしい、小動物チックな印象を見る者に与える少女だ。

彼女が最後に残ったのは偶然と性能(さいのう)のおかげだった。

偵察隊の中で最後尾に待機していた事と、特に魔術に秀でた性能ゆえに〝赤〟のバーサーカーの異常に無意識で足を下げていたから、彼女はまだ生き残っていたのだ。

 

「おやおや、君はまだ(・・)のようだね」

 

でもそれは逃げる為の後退ではないから、直ぐに追いつかれる。逃げる為のものであっても同じだろうが。

不気味な顔色での、不気味な微笑み。もはや恐怖と呼んでいいのか分からないその顔を見て、ホムンクルスの少女は全身の力が抜けてしまった。

少女の蒼白した貌と、腰を抜かしてへたり込んでいる姿は、髪型云々よりも小動物ぶりに拍車をかけている。草食動物が肉食動物の食料にされるのと同じだ。弱肉強食の掟はこのホムンクルスの少女を狩られるだけの小動物と定めていた。

 

「さあ、君も一緒に我が愛を受け取りたまえ」

 

〝赤〟のバーサーカーが、少女に噛み付こうと大きく口を開ける。

圧縮された狂喜に充てられた少女は目を瞑ることでしか恐怖から逃れる術を思いつけなかった。そして失敗した、何も見えなくしたら余計に恐怖を駆り立ててしまった。

瞼を開ける簡単な動作すら出来ない。恐怖は無気力を誘い、生への諦観が凝り固まる。いっそ一思いに楽にしてくれと殺害を懇願するくらいに心が追い込まれていた。

 

そう、一思いに楽にしてくれと、そう思い募らせるくらいの余裕があるほど、ホムンクルスの少女はまだ生きていた。

 

「………?」

 

その事を疑問に思うと目を開けられるだけの力が入り、そこに広がったのは鉛色の塊が鎮座している姿だった。

 

「………ぇ」

「––––––––––––––––––」

「ンンンッ、ン゛ン゛ン゛ン゛」

 

〝金〟のバーサーカーが、ホムンクルスの少女をその巨体でもって覆い、代わりに〝赤〟のバーサーカーに噛み付かれていたのだ。

その光景にゾッとした。首から血が滴る程度の軽いものだったが、吸血鬼以上の化け物になった〝赤〟のバーサーカーに血を吸われるのは即ち、眷属にされることを意味している。

それはホムンクルスが噛まれるよりも恐ろしい最凶最悪の魔物の誕生に他ならないはず。

なのに、そのはずなのに、そんな様子は微塵もなかった。

むしろ、あの恐ろしい鬼神の姿が嘘みたいに、彼は人間の貌(・・・・)をしていた。

 

「え………………え?」

「–––––––––」

 

ホムンクルスの少女は訳が分からなかった。

なぜ〝金〟のバーサーカーが敵である自分を庇っているのか。敵とすら認識されない、ゴミ屑扱いされても可笑しくない相手を、なぜ身を挺して護っているのか。

 

『ア゛アア゛アア゛アアアアアアアッッ゛アアアア゛アア!!』

 

〝赤〟のバーサーカーだけでなく、眷属(グール)に成り果てたホムンクルスたちまでも〝金〟のバーサーカーに噛み付いていく。

腕に、脚に、胴に、頭に、余す事なく噛み付かれていく。眷属にされたことで脳のリミッターが外れたような膂力に、全身が血塗れになっていく。

 

「––––––––––––」

 

それでも、〝金〟のバーサーカーは声も上げずに黙したままでいる。

まるで懺悔でもしているかのように、罰を受けるかのように、されるがままでいる。

そう思わせる程に〝金〟のバーサーカーの目は穏やかに澄んでいて、貌は悲しみに彩られていて、彼そのものは、優しさに満ち溢れていて。

 

「な、ぜ……?」

 

本当に、訳が分からなかった。

庇ったことも、噛まれたことも、なぜそんな貌でこちらを見るのかも。

 

「––––––––––––」

 

問い掛ける少女に、巨人は答えない。

答えられる言語が備わっていないのもあるし、言葉で語り尽くせるものではないのもあって。

それでも、言葉にするとすれば、その問いに答えられる言葉を言おうとすれば、それは。

『似ているから』……という一言が必ず入るのだろう。

 

「–––––––––––––■■■」

 

そしてその存在を、護れたはずの似ている彼等を護れなかった〝金〟のバーサーカーはその身体に力を、魔力を込めていく。

こんな事をしでかした〝赤〟のバーサーカーよりも、自分自身への怒りを糧に、赤黒く明滅する身体で〝金〟のバーサーカーは胎動する。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

気迫という名の圧力は、ホムンクルスたちを一斉に、〝赤〟のバーサーカーすらも身体から離していく。

身震いに見舞われ、止まる気配がない。獣に堕ちたが故の危機察知能力の高さが、今の〝金〟のバーサーカーが危険過ぎる敵であることを知らせてくる。

 

「あ………」

 

少女を覆っていた巨体がゆっくりと起き上がり、〝赤〟のバーサーカーとホムンクルスたちとの間に立つ。背中を少女に向け、その姿を自分の体で隠すかのように。

なぜそんなことをと言えば、少女を護るため、なのだろう。これまでの行動からそれだけは分かるが、疑問への解決にはなっていない。

もうどうすればいいのか全く分からずされるがままだった。敵なのに敵意が無く、感じるのは真逆なモノで、そんな自分自身も敵意を持てなくて、どこか安心を感じて、敵にこんな気持ちを抱くこともまた疑問で、何が何だか、ますますワケがわからなくなっていく。

「まるで■■のよう」なんて例えも思いつかず、理屈に囚われるホムンクルスにはまだ早過ぎる〝感情〟であるのは確かだった。

 

「ハハハハハ。そうか、そういうことか同志よ。喜びを分かち合うならまず自分からやってくれと言いたいのだな! そうだった、その通りだ! 私としたことが、此度の功労者は君だというのに! それを無視してしまうとは、侘びのついでにとびっきりの愛をくれてやろう!!」

 

一方の〝赤〟のバーサーカーは、体の行動と言動が一致しないことに気付かず、自分が本当に狂ってしまったことにも気付かないで、暴走機関車のように欲求のみを優先していた。

〝赤〟のバーサーカー––––––叛逆の英雄スパルタクスは窮地を求め、逆転劇を極めて快感を得る、究極のマゾヒストだ。それが彼の戦い方であり、魂の在り方。生前も、そして死後も変わることがなく、化け物になっても変わらなかった。

〝金〟のバーサーカーという過去類を見ない強者に勝利すれば天の国に昇るほどの悦を貪れると、圧制者かどうなのかもどうでもよく(・・・・・・)、〝赤〟のバーサーカーは〝金〟のバーサーカーへ襲い掛かる。

 

「––––––––––––––––」

 

では〝金〟のバーサーカーは、何をもって戦うのか。

ホムンクルスの少女のような疑問などない。

〝赤〟のバーサーカーのような欲求……それが当て嵌まるだろう。

彼が秘める欲求という願望、彼自身が掲げた誓い。

『今度こそ、小さき者を護る』

せめて、たった一つの、生き残ってくれたこの無垢なる命を護りきろうと、彼は自分のエゴを貫く。

怪物たちと戦う理由は、それだけだった。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

『ア゛ア゛ア゛アアアアア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァア゛ア゛ア゛ァア゛ア゛』

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■––––––––––––––ッッ!!!!!!!!!」

 

それぞれの面持ちを張って、新たな戦いが始まる。

 

 

 

 

「…………ッ」

 

そして、ルーラーは。

 

「–––––––––ジャンヌ・ダルクの名において命ずる」

 

 

 

 

 

 


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