超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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修羅場って難しいね


第23話 時計の音

他愛のない、執務の合間の休憩時間。神通はこれまでの摩耶の経過をまとめた書類を届けようと志庵の自室を訪れ、中の様子にため息をついた。

「…提督に初雪ちゃん、何をしているの?」

 

「昼寝」

 

「…同じく」

 

志庵はソファの椅子部分を背もたれに、背もたれ部分を椅子にと言ったあべこべの状態で。初雪はソファの背もたれに布団を干したような姿勢でうつぶせに横たわっている。

「提督!お昼寝するのならちゃんとお布団で寝てください、艦娘の皆に示しがつきません!初雪も!女の子なのだからそんなはしたない恰好しないの!」

 

「うぃ」

 

「は~い…」

 

二人とも渋々と言った様子で体を起こし、背伸びをする。

志庵と初雪は趣味こそ違うものの、本質の所では結構気が合うのである。一方、初雪と神通は気が合わない。その様子はそれぞれの戦いのスタイルで明確に出ているだろう。

 

初雪は志庵鎮守府駆逐艦四天王の一角として仲間内はもとより、演習を行ったことのある鎮守府にも知られている程に優秀である。それでも駆逐艦四天王最弱に甘んじているのは、その驚異的な才能がいつも発揮できるわけではないから。普段はあくまで、他の艦娘と同じく教わった通りの動きをするのだ。ピンチに陥るからか、調子がいいからか、才能発現のタイミングは自分でもわかっていない。一例として、ある鎮守府と演習を行った時の一場面。

一瞬だが孤立した初雪に対し、相手の戦艦が2時の方向から攻撃。初雪は、目の前に主砲を発射し、反動で大きくのけぞることでこれを回避、発射した弾は相手の雷巡に命中し、中破。発砲した反動で倒れていくその一瞬の中、足元に無音潜行で迫っていた潜水艦に主砲を発射、水面近くにいた潜水艦はそれで大破。主砲の反動でキリモミ回転する初雪は、その勢いのまま敵艦に主砲を数発発射。当然狙いなど付くはずはないが、それならばと敵の進路を妨害するコースに撃ち、味方の攻撃をサポート。

こんな戦い方、誰に教わる訳もない。志庵と訓練しているうちに形成された我流のいわば喧嘩スタイルである。その時一緒に戦っていた神通に感想を聞いたところ、不機嫌そうに「確かに…素晴らしい戦果ですね。まるで曲芸でも見ている気分でした」と言い放ち、この時に志庵は二人が気が合わないことを知った。

神通はというと、終始一貫して教本通りの戦い方をする。それだけ聞くと柔軟性のなさそうな発展性のない戦い方に聞こえるが、それでも極めれば「しっかり狙う」「しっかり当てる」「しっかり躱す」「しっかり周りに気を配る」。才能に偏らず、普遍的に誰もが生き残る確率を上げることのできる、理想的な戦い方と言えるものになるのだ。

詰まる話、初雪の調子がいい時の戦い方はトリッキー過ぎていざという時に味方からのサポートがしづらい。そして初雪自身、いつ発揮できるのかわからないその才能を頼っていることがそこはかとなく感じられるのが神通は気に入らないのだ。

そして、志庵はどうか。彼の強さというと、ACfaから受け継いだ装備の性能に目が行きがちだが、強さの秘密はそれだけではない。彼は時々装備の出力を押さえて艦娘と訓練するときがあるが、それでも大概勝利する。

海面に漂う小石。魚群。岩礁。波。漂流物。ワカメ。

あるものは何でも使う。勝つためなら手段を問わない、ある意味姑息ともいえるスタイルで艦娘たちを手玉に取り、深海棲艦との戦闘( )でも作戦を成功に導く。しかし、この才能もまたいつも発揮されるわけではなく、初雪のように時々、偶発的に閃くのだ。馬鹿だが、天才。勉強は苦手なくせに、こういうところに頭が働く瞬間を艦娘たちは皮肉を込めて「提督に悪魔が宿った」と呼び、時折実践される教本からまるっきり外れた作戦に神通は度々複雑な顔をする。

神通と合わないから二人は気が合う、という訳ではないが、二人が「やるときはやりたいようにやる」という似た本質を持つあくまで一例である。

 

神通に見られているからか、志庵は欠伸を噛み殺して机に向かい、時計を確認すると、ちゃぶ台に向かって執務を再開する。執務室はまだ直っていない。初雪はというと、執務をしている志庵の背中に背負われるような状態でもたれかかってきた。

「初雪?」

 

「司令官…温かい」

 

「…まぁ、人肌だからね」

そう言って片手間に初雪の頭を撫でながら、執務を続ける。

 

チッ

 

「ん?」

どこかから時計の針のような音がしたと思って、志庵は顔を上げる。が、そこには不機嫌そうな神通の顔があるだけ。なにか機嫌損ねるようなことしたかな、俺。口を開こうとしたら、その前に自室のドアが開いて浜風の次の秘書官、天津風が入ってきた。因みに浜風は今外出中だ。

「ふん、女の子に囲まれていいご身分ね、司令官様?」

 

「天津風」

苦笑いで返そうとした志庵を遮るように、神通が冷たい声を出した。あまりの迫力に、天津風はもとより志庵の表情も固まる。

「提督の執務再開よりも遅くに休憩から帰ってきておいて、その言葉遣いはなんですか?」

 

「あ、いや、その」

 

「何か言い訳でも?」

 

「いやあの神通、俺が勝手なタイミングで執務に入っただけだし、天津風はなにも…」

 

神通は天津風をただ睨み付ける。

「ご…ごめんなさい…」

 

その言葉を聞くと、不機嫌な顔を崩さないままため息を一つ漏らした。

「提督のお言葉に免じて今回は大目に見ましょう。今後は提督の御傍で執務の手伝いをできる光栄さを強く胸に刻み付けて秘書官に臨みなさい」

 

「は、はい!」

 

「それから初雪」

 

神通は視線を初雪に向ける。初雪はもたれかかった状態のまま神通を見る。

「それでは提督の執務の邪魔になります。早く離れなさい」

 

志庵は仕方ないといった感じで初雪にアイコンタクトすると、初雪も名残惜しそうに背中から離れた。

「…そ、そういえば神通、その書類届けに来てくれたんじゃないの?」

 

「はい。こちら、これまでの摩耶さんの経過観察の報告書です」

 

「ども」

 

志庵は受け取った書類をぱらぱらとめくる。

「あいかわらず見やすいね、神通のまとめた書類は」

 

「いえ、当然の仕事をしたまでです」

 

「ありがと。預かっとくよ」

 

「はい。では、これで失礼します」

 

神通は回れ右をして部屋から出て行く。去り際にもう一度、天津風に視線を送りながら。

「…天津風、大丈夫?」

 

「別に、平気…じゃなくって、も、問題ありません…」

 

「あはは…まぁ、ちょっと神通の気が立ってたみたいだな、うん。いや、俺はそんなに気にしないから。最低限ちゃんとやってくれるんならそんなに固くならなくても、ね」

 

「…ふん」

 

 

 

気に入らない。

初雪が…いや、駆逐艦の子がああして甘えてくることに、提督は抵抗しない。当然だ、相手は子供なのだから。きっと自分があんな風に甘えても、提督は緊張してすぐに距離を取ってしまうだろう。

だが、私は知っている。駆逐艦の子たちが、それを理解していて提督にああして甘えていることを。彼女たちを前に提督はあまりに無防備で、そして彼女たちは提督が思っている以上にしたたかなのだ。

当然、ライバルは駆逐艦だけではない。度々夜の提督の部屋にお邪魔して、料理をご馳走になっている川内姉さん。迷惑そうに見えて、お互い楽しそうに音楽の話をする那珂姉さん。提督とデートしたという天龍。天龍を応援しているようで、密かに思いを寄せていることが見て取れる龍田。猛烈なアタックを繰り返す長門に金剛。付き合いも、旗艦として頼られた期間も最も長い利根。etc…

けど、いつかは理解してほしい。いつでもそばにいて邪魔にならず、かつ的確に気を配り、面倒を見、そして命を懸けてお守りできるのは他でもない、この神通なのだと。

 

「志庵さん…いつか、気づいてください。でないと私…」

 

 

「司令官、手伝う…」

 

「おう…って、初雪が?」

 

「私だって、やればできるし…」

 

初雪は、また心持、体を志庵に近づけた。

 


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