戦後の鎮守府   作:トマト味

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戦争が終った世界の深海棲艦とのお話


提督さんとヲ級さん

爛々と照りつける日差しの下、埠頭に波が打ち寄せる音を聞きながら一人の男が静かに釣り糸を垂らす。

麦わら帽子をかぶり、釣り竿を握り、胡坐をかく様はどこから見ても釣り人のそれと言えるだろう。

だが実際は

 

(…釣れないなぁ)

 

釣りを始めて彼此2時間弱、傍らに置いてある水を張ったバケツを覗くも魚一匹入っていない。この蒸し暑い中、一匹も釣れない事に僅かながらに苛立ちを覚え、意地になって撒き餌を海に投げ込む。しかしながら一匹たりとも魚は寄り付く気配すら見せない

 

「ヲッ、マタ釣レタ」

 

そして彼の思いとは裏腹に、後ろからこれまた何度目か分からない報告が届く

 

「…そっちはよく釣れるみたいだな」

「ヲッ」

 

大きく特徴的な帽子のようなものを被り、白い肌に蒼い瞳をした女性

深海棲艦 空母ヲ級。彼女はピチピチと釣り針から逃れようとする魚を手にニコリと微笑んだ

 

 

深海棲艦とは―――

かつて我々人類と敵対関係にあった者達の総称である

 

60年前、彼女らは突如海から出現し、海上を行く数多の船を沈め人類に牙を剥いた。これが深海棲艦と最初の邂逅と言われている。

彼女らに通常の兵器は意味を成さず、制海権の殆どを支配された。

これにより、各国は強制的に鎖国に追い込まれ、人類は成す術もなく追い込まれることになる。

そんな時、突如として希望の光が人類に射した。

―――艦娘との邂逅である

 

それから、人類の反撃が始まった。

艦娘の艤装から放たれる弾丸は深海棲艦の装甲を貫き、その魚雷は多くの深海棲艦を沈めた。深海棲艦に、初めて攻撃が届いた瞬間だった。

これにより、かつて支配されていた海域の一部奪還に成功する。しかし、その代償は多くの犠牲も生むこととなった。

 

これまでの戦いで多くの人や艦娘、深海棲艦が命を落とした。そしてそれが新たな争いの種となり、もはや何の為に戦っているのかさえ、互いに分からなくなっていた

 

だがそんな関係も、終わりを迎える。

とある艦娘と約束を交わした一人の提督と、彼を信じる仲間達によって

 

 

 

短い返事と共に、ヲ級は再び釣り糸を垂らす。見れば彼女のバケツには小さなものから大きなものまで、沢山の魚で溢れ返っている

 

「この差は一体なんなのだろうか…」

 

先ほどから幾度と無く釣り糸を垂らしては、ヲ級の元に魚は集まり彼の前から姿を消す。ずっとこの繰り返しが続き、彼もすっかり諦めの境地に至っていた

 

それでも止めようとしないのは、意地とプライドから来るものだろうか

 

―――――――――――――

――――――――

 

それから更に30分程粘ったのだが、結局魚一匹釣れることなく彼の限界が訪れた。

汗が服に染み込み、頭がクラクラとし、竿を持つ手が段々と重く感じられる

 

「…ふぅ、流石にこれ以上は辛いな」

 

気温は38度を超え、碌に水分も摂らず日差しの中に居れば当然のことだろう。今日はお開きと言いたげに立ち上がろうと足に力を込める。

しかし――

 

「…」

 

気付けば目が眩み、上手く立ち上がれない状態に陥っていた

 

一瞬にして危機感を覚える。ずっと座っていた為気付かなかったが、どうやら思っていた以上に身体は暑さに参っていたようだ。

汗が全身を通い、体温の上昇を押さえ込もうと奮起するがまるで効果がない。

いよいよマズいと、とっさに傍らのバケツに手を伸ばそうとしたとき――

 

「大丈夫カ?」

 

スッと、後ろから冷たいものが優しく首に巻きつく。見ればヲ級が首に抱きつきながら、心配そうに彼の顔を覗き込んでいた

 

「顔色悪イ、医務室行クカ?」

 

深海棲艦は体温が低く、触れれば底冷えするような、そんな冷たさがある。だが暑さで辟易している今の彼には心地の良いもので、故に振り解くこともせず彼女の抱擁を受け入れる

 

「ああ、すまない。どうやら暑さにやられたようだ。…しばらくこのままでいいか?」

 

彼がそう言うや否や、ヲ級はグイッと彼の頭を膝の上に乗せる。何事かと、ヲ級の顔を見上げると

 

「コッチノ方ガ気持チ良イヨ」

 

そう言って提督の額に手を乗せる

少しばかり驚くも、なるほど合点いったと言わんばかりに目を細める。

冷たい掌が、じんわりと熱を吸い取ってくれているような、そんな錯覚を感じさせる

 

「ああ、気持ち良いな…」

 

すると、突然瞼が重くなった。いよいよ本格的に身体が参ってきたようで、体全体を包み込むようなダルさと、睡魔に似たこの感覚を前に抗うことすら忘れそうになる

 

「寝テモ、イイヨ?」

 

どうやら彼が睡魔(のようなもの)と闘っていることに気付いたらしい。ヲ級は優しく提督の頭を撫でると

それが止めになったのだろう、彼は静かに瞼を閉じた

 

 

 

「…提督、倒レルマデ無理シチャダメダヨ」

 

既に寝息を立て、聞こえていないであろう提督に対し若干呆れ気味に呟く。

しかしヲ級はゆっくり、彼の顔に自身の顔を近づけると

 

 

彼の頬に唇を当てた

 

―――――――――――――

――――――――

 

「…ここは?」

 

目を覚ますと見慣れない天井が視界に写る。それと同時に埠頭で倒れ、ヲ級に介抱して貰っていたことも思い出す。

―――はぁ、最近はこんなことばっかりだな

 

近頃はやたらと気が抜けることが多くなる。その結果、執務の時間に遅れたり、先ほどのように暑さで倒れたり。

―――身体が、やっと平和に慣れ始めたのだろうか?それとも、単に腑抜けているのか

などと物思いに耽っているその時、聞き慣れた声がすぐ横から発せられた

 

「あ!やっと提督さんが目を覚ましたっぽい!」

 

見れば白露型駆逐艦4番艦 夕立が、嬉しそうな声を上げて飛び掛ってくる。

――しかしながらその夕立の姿が、尻尾を振ってご主人に特攻を仕掛けるワンコのように見えるのは、熱が抜け気っていないせいか、はたまた寝起きのせいか

 

そんなことを考えている内に、夕立は提督の上で馬乗りになる

 

「…夕立さんや、ちょっと重いかな」

「え…夕立そんなに重いっぽい…?」

「いや、そこまで重くは無いけどさ。とりあえず降りてくれると助かる」

「ぽいー」

 

夕立が飛び乗った位置は、時と場合によっては彼を社会的に殺すことのできるポジションで、そんな訳で降りるよう促す。ただ、それを知ってか知らずか夕立は中々降りようとはしない

 

「降ーりーなーさーいー」

「ぽーいー」

「はぁ…夕立、提督は一応患者なんだから迷惑を掛けたらダメだよ」

 

するとため息と共に病室用カーテンの奥から声が聞こえてきた。この声は白露型駆逐艦2番艦 時雨の声だ。

そう言うと時雨はカーテンを開け、夕立を引き剥がす

 

「ほら夕立、提督が困っているじゃないか。はい、ベットからも降りて」

「ぽぉ~ぃ…」

 

渋々、といった形で夕立は名残惜しそうにベットから降りる。時雨はやれやれといった表情で一瞥すると今度は提督に向かう

 

「提督も提督だよ。もっと自分の体を大事にしてくれないと、皆が心配するんだから」

 

そう言う時雨は少し悲しそうな顔で言う。

…駆逐艦の子にこんな顔させた不甲斐ない自分に腹を立てる。と同時に情けなく思う

 

「そうだな…、すまない」

「それはヲ級に言ってあげて」

 

夕立が言葉を挟む

 

「ヲ級が提督さんを背負って来たっぽい。だから、お礼とごめんなさいはヲ級にしてあげて」

「…そうだな」

 

彼女の言葉を聞き、提督は静かに頷く。それと同時に、もう一年経ったとはいえヲ級のことを、かつての敵である彼女のことも思いやれる夕立に思わず感極まる

 

「あれ?て、提督さん泣いてるっぽい!?」

「て、提督?そんなに僕の言い方がキツかったかな…?」

 

あたふたと慌てる二人を見て、彼は笑う。

そして徐に(おもむろに)二人に手を伸ばすとワシャワシャと頭を撫でる

 

「て、提督さんいきなり激し過ぎるっぽい~!」

「て、提督!?」

「二人は、とってもいい子なんだな」

 

突然撫でられたことに困惑するも、その言葉を聞き二人は照れ笑いを浮かべる。

それに、なんだかんだで満更でもない表情のようで

 

「提督さん、今度はお腹をワシャワシャしてほしいっぽい!」

「それじゃあ僕は、顎の下を撫でてもらいたいな…?」

「…これ以上はいけない」

 

すぐに手を引っ込めるも、二人は獲物を目の前にした肉食動物のような眼光でジリジリと距離を詰めてくる

 

「提督さんかくごー!」

「時雨…行くよ!」

 

そう言うと、二人は提督目掛けて飛び掛る。

ドッスンバッタンと、大きな音が医務室に響き渡った

 

――――――――――――

――――――――

 

あの後、二人は提督に撫で撫でラッシュを要求し、しまいには撫でられ疲れ提督の両腕を枕にして眠ってしまった

 

(まったく…)

 

散々暴れても最後はころりと眠ってしまう辺り、改二で体ばかり大きくなっても中身はまだまだ子供なのだと痛感する。

しかしながら、両腕を枕として使われている以上動くことは出来ない。かといって起こすのも忍びないだろう。

さあどうしたものかと逡巡していると医務室の扉が開かれた

 

「提督、居ルカ?」

 

ヲ級がドアの隙間からひょっこりと顔を出す。そしてカーテンの開けっ放しになっていた提督のベットを見つけるとそちらに向かって歩き出し、その光景を目撃する

 

「…元気ナヨウデナニヨリダナ」

 

夕立と時雨を両腕に抱えて横になっている提督を見て、明らかに不機嫌な声色になる。オマケに駆逐艦には見せられないような怖い顔をしている

 

「いや、そのこれはだな…」

 

確かに、何も知らない者が見れば兄弟か親子でも無い限りアウトな絵面だろう。

しどろもどろに弁明しようとするも、ヲ級にその声は届かない。そして無言で提督のベットに近寄ると―――

そのまま提督の上に、うつ伏せに寝転んだ

 

「あの…、ヲ級さん?」

 

困惑した提督の声が頭上から聞こえるが彼女は聞こえない振りをする。代わりに彼の胸元に顔を埋め、静かに語る

 

「ナントモ、不思議ナ気持チダ」

「…不思議な気持ち?」

「…提督ト話シテイルト、気持チガ高ブル」

「デモ提督ガ埠頭デフラツイタ時、凄ク不安ニナッタ」

「提督ガ夕立ト時雨ヲ抱イテイテ、ナンダカ胸ガ辛クナッタ」

「ナニノ、提督トコウシテイルト、ドキドキスルノニ、トテモ落チ着ク…」

「コレハ何ナノダ?」

 

彼はその問いの意味を考え、ほんの一瞬だけ体を強張らせる。それと同時にその問いに相応しい答えが浮かび上がるも、それは無いなと自己否定する。

故に彼は、この問いの答えに一番近い間違いを出す

 

「…信頼、かな」

「シンライ?侵食魚雷ノコトカ?」

「違う違う、…なんと言えばいいか。…君が感じたその気持ちの事だよ、きっと」

「キット?提督ニモ分カラナイノカ?ソモソモ信頼ニハソノヨウナ意味モ含マレルノカ?」

「ああ、多分…な。でも、俺にはもう一生分からないと思うさ」

「ソウカ…」

 

納得はしていない様子ではあるが、ヲ級はそれ以上何も言うことは無かった

 

 

「それと、ヲ級」

「…」

「君にも心配を掛けてすまなかった。それとここまで運んでくれて、ありがとな」

「~~~!!!」

 

じっとヲ級の目を見つめながら礼を言う

それに対してヲ級は白い肌を真っ赤に染めると、よく分からない言語を発しながら足をパタパタとバタつかせ先ほどよりさらに深く彼の胸に顔を埋めた

 

 

 

 

 

 

 

 

「…青葉、見ちゃいました」

 

 

―――――――――――――

――――――――

 

後日

この一部始終が写った写真を何者かが艦娘寮の掲示板に貼り出し、やれ抜け駆けだの強引だのと大騒ぎになった

 

―――――――――――――

――――――――

 

さらに後日

 

「長門、その釣り道具一式はどうしたんだ?」

「ああ、とある伝手からの情報なのだが…。釣りをすれば医務室で駆逐艦を抱けると聞いてな!」

「憲兵さーん!こっちでーす!」




以上、深海棲艦とのお話でした。
世間での深海棲艦の扱いや艦娘との絡みはまた追々書いていけたらと思います

長門がギャグキャラになってきていますが、これは世界が平和だからです。きっとこれが彼女の素なのです。きっとこれが彼女の素なのです(大事なことなので二回)
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