KAMEN RIDER IDEA ~ヘレシー戦役~   作:ブランドマーカー

1 / 7
第1話:ラント・ラディーレン《ヒメーレ》

 イデアール領域――隔離された世界群からやや外れた宙域を単艦航行している次元戦艦《ヒメーレ》の艦橋には忙しく動き回る乗組員とともに無数の情報が交差していた。

 他の多種多様な次元艦船とともに大量建造された、この巨大な楔型のラント・ラディーレン級は艦体前後に主砲のビーム・キャノン、随所にちりばめられた対空用のレーザー機銃、左右上下に対艦用のミサイルランチャー等の重武装に加えて、並大抵の砲撃は無効化できる防御装置も多数搭載した軍艦であり、まさしく全盛期の次元帝国とその支配の象徴だった。

 

「スズキ艦長」

 

 そんな廃れつつある権威を纏った次元戦艦の頭脳部といえる艦橋の一角から当直士官の若い声が聞こえた。

 彼の視線の先には直立不動のまま艦橋中央の監視スクリーンを見据える初老将校の背中があったが、肝心の初老将校は当直士官の声に答えることも、振り向くこともなく、手前の席に腰掛けながら作業中の操作員へ、自身が見据えているスクリーンの一角を指差しつつ命じた。

 

「少尉」

「はい、なんでしょう?」

「このポイントを念入りに警戒してくれ」

「え?」

 

 しかし操作員は返答ではなく、困惑した表情とともに初老将校を見返した。

 

「ですが、そこは――」

「分かっている。それでもだ、少尉」

「わ、わかりました」

 

 自身を見下ろしつつ疑問の言葉を遮った初老将校に、操作員は一瞬怯んだものの一応返答すると早速命令を実行すべく、手元の操作パネルを弄り始める。

 

「あの……」

 

 すると先程より近い場所から、また若い士官の声が聞こえた。

 それでも初老将校は反応することなく、そんな自身の態度に怪訝な表情を浮かべただろう当直士官が、そこから近付いてくる足音を待ち受けた。

 

「その……艦長?」

 

 やがて近付いてきた足音が止まり、若い当直士官の三度目の呼び声が、艦橋の隅でも後方でもなく、自身の直ぐ背後から聞こえると、ついに初老将校……《ヒメーレ》の艦長である『ホウチュウ・スズキ』は数十年の軍隊人生の間に培ってきた威厳を発しつつ振り返った。

 口元を覆っている立派な白髭。正規の軍服軍帽をカッチリ着込んだ中肉中背の引き締まった身体。そして、全身から漂わせる風格は幾多の死線を掻い潜ってきた、叩き上げの帝国軍人そのものだった。

 しかし、歴戦の艦長は自身を呼びかけた若い当直士官をただ黙って見据えただけだった。次第に彼の沈黙がもたらした緊張感が艦橋全体に浸透し、殆どの乗組員の視線が自分達に集中してきた頃、スズキはゆっくりと口を開く。

 

「ここは早朝の漁業市場ではないのだよ、中尉」

 

 発せられた声音は厳格ながら氷のように冷ややかだった。

 

「いいかね? ここは次元帝国の軍艦……ラント・ラディーレンの艦橋だ。必要な報告は遠くから叫ばず、対象者へ直接かつ確実に伝えるのだ。わかったかね?」

「は、はい。わかりました」

「……よろしい。報告したまえ」

 

 スズキは口ごもりながら答えた当直士官をしばし見据えた後、自分の方から小さく頷きつつ視線を逸らして、その威圧感から解き放つとともに報告を促した。

 

「は、はい。ただいま監視隊から連絡が入り、ザンギャックの支配星系に潜入中だった偵察隊が戻ってきたそうです」

「そうか。問題はなかったかね?」

「大した事はありません。ライブラリー・システムの接続中に駐留していた小規模な残党の襲撃があったようですが、まともな応戦を開始する前にザンギャック側は逃げ出したようです。その後も増援や追跡に見舞われたという報告は入っていません」

「いまのところは、な」

 

 スズキは安堵する当直士官へたしなめるように言った。

 支配者を失って虐げていた領域が不安定になっているとはいえ、この宙域は全宇宙の恐怖支配を掲げていた巨大国家の支配領だったのだ。まだ他の支配星系に対する影響力と連携を維持しており、こちらの偵察隊と遭遇した残党の行動が逃走ではなく下準備ならば……その可能性も視野に入れておくべきだ。

 

「分かった。偵察隊の指揮官には直ちに艦橋指令室へ報告するように伝えてくれ。それから監視隊は黄警報(コンディションイエロー)を発令するように。以上だ……行きたまえ」

「は、はい」

 

 当直士官は一応返答とともに敬礼した後、担当の席へ引き返した。そんな若い士官の終始威厳の欠けた動作にスズキは内心落胆を覚える。

 

(やはり……若過ぎる)

 

 それは単純な肉体や年齢の問題ではなく、やや形容し難い精神面――強いていえば心構えの問題だった。

 全盛期の次元帝国には総統『ヤープ・リヒター』へ絶対的な忠誠を誓い、厳格な規則と使命を秘めた老若男女の兵達(つわものたち)が揃っていた。しかし、いまは……熱烈な戦意を抱く学徒兵どころか、強制的に微兵された若者が乗組員の大部分を成している有様である。そして、その心境はスズキの脳裏にあの時の憎悪と無力感を蘇らせる。

 あの時……自分達は帝国史上でも最骨頂の戦闘精神を持っていた。自分達に楯突く滑稽な反乱分子を粛清し、完全勝利とともに次元帝国の列強支配を証明する。敗北などという結果は微塵もあり得ない。軍内の者は誰一人例外なく確信していたのだ。約束された勝利を、反乱分子の根絶を、次元帝国の永遠の繁栄を! しかし、その信仰は突然崩れ去った。

 総統の乗座していた総旗艦(ヴェルト・ラディーレン)《ディメンション・フューラー》が艦体のあらゆる箇所から黒煙と爆炎を噴きつつ陥落する光景が戦場全体に広がった『あの時』に……だが、その大損害は崩壊の序章に過ぎなかった。スズキ自身もその直後に先代艦長を失った《ヒメーレ》から指揮下の団結だけでも維持ようと全力を努めたものの全軍の象徴とともに統率力の消失した次元帝国は団結した反乱分子の進撃を押し返せず、訪れた結果は撤退という『大敗』だった。そして、その大敗は混乱真っ只中の戦場だけでなくイデアール領域全体に絶大な影響を及ぼした。おこがましくもイデアール解放同盟などと名乗っていた反乱分子にイデア皇国の再興を許したばかりか、主要な領土世界が瞬く間に次元帝国から離脱してイデア皇国へ加盟していく。

 そんな不測の事態にも関わらず次元帝国軍を統轄する上級将校や領土世界の統治を担っていた総督達は一致団結するどころか、手元の残存戦力を抱え込んで、非正規な後継政府の名を賭けた醜悪な内争を始めたのだ。あの時から数年……そんな分裂した大半の上級将校達はその抱え込んでいた、惜しみ難い戦力や膨大な富とともに消え去ったものの今現在に至っても次元帝国は形勢逆転の機会を得られず、もはや領土とは名ばかりの辺境宙域に潜伏するしかない有様である。

 

(……だが、そうだな)

 

 不意にスズキは俯いていた頭を上げると艦橋を見渡した。すると先刻の出来事のように鮮明だった、あの時の苦痛の記憶が、新たな決意になり始める自身の不思議な心境変化を実感し、人目を避けつつ残忍な微笑を浮かべる。そうだ……確かに次元帝国は崩壊したが、まだ滅亡はしてないのだ。一時の勝利に酔い痴れている反乱分子も、未だに全宇宙の覇者を気取っているザンギャックも、権力拡大に呆ける外領域の管理組織も、間もなく思い知ることだろう。

 歴戦の艦長はそんな老兵のような雑念を振り払うと先程受けた報告について再度思案した。一足先に『大元帥』へ報告すべきか……意を決したスズキは艦橋の出入口ゲートに向かいながら担当の操作員に命じる。

 

「警戒を続けてくれ。すぐに戻る」

「はっ!」

 

 操作員の応答を聞き取りつつ艦橋を出ると、すぐ傍の階段から最上階の司令塔に向かった。

 その先には大元帥のキャビンという新指導者の専用室がある。第二の艦橋兼指令室であり、その新指導者の英知――本人曰く『悪知恵』らしいが――が垣間見える一室であり、更にはそれ以上の何か……スズキは目的地に唯一通じるゲート前に到着すると一旦立ち止まり、上着を整えながら深呼吸すると、閉め切られたゲートの奥に居座っているだろう新指導者へ呼びかけた。

 

「ディルク・ヘレシー大元帥、艦長のホウチュウ・スズキであります。少々御報告したい事が――」

 

 言い終える前に両開きのゲートが音もなく開く。スズキは一瞬呆気に取られたが、また直ぐに背筋を伸ばしつつ気を引き締めると、やや短い通路を経て、ついに闇一色に包まれたゲートの向こう……大元帥のキャビンへ足を踏み入れた。

――そこは『小宇宙』だった。目的地に巡りついたスズキはゲートから三歩ほど進んだ場所で立ち止まり、唖然とした表情のまま空間全体に広がる光景を見回した。

 照明はほぼ消えているものの空間中央に置かれたプラネタリウムから投影される星図の柔らかい光明が澄んだ夜空のような光景を成している。

 

(この星図は……?)

「遠慮はいらないよ、艦長。気兼ねなく入ってくれ、興味があるなら尚更ね」

「っ!?」

 

 そんな従来の軍艦では絶対に拝めぬだろう一風変わった風景に呆然とするスズキへ、空間の奥から不意に軽妙な声が呼び掛けてきた。驚きつつ我に返ったスズキは反射的にその手招くような声が聞こえた方向を振り向く。すると間もなく、小宇宙を形成している天井真下のプラネタリウムの手前に置かれた、やや幅広く光沢のある黒い椅子――艦橋にある大元帥の指令席の複製だ――に腰掛ける人影が視認できた。

 特注の軍服を着込んだ長身痩躯。まっすぐに伸びた暗赤色の髪。そして、薄暗い空間の中でも一際目立つ赤銅色の瞳……一種独特な印象に包まれたその人影の正体こそ、次元帝国の大元帥『ディルク・ヘレシー』だった。

 

「やぁ、艦長!」

 

 しかし完成された軍事指導者はその崇高ともいえる立場とは対照的に、無邪気な子供のように屈託のない笑顔を浮かべつつ黒革の手袋に包まれた右手を振り、自身を視界に捉えたスズキを迎え入れた。

 

「ようこそ。んで……どうかな?」

「は、はい。非常に……興味深いですな」

「とはいえ、俺達側(イデアール)からは拝められない星図なんだけど、ね」

 

 うやうやしく一礼しつつ歩み寄ったスズキに対し、大元帥は演技染みた動作で肩をすくめた。

 

「この星雲は認知領域に存在する、とある管理組織が第97管理外世界と称している世界から確認できる星図だ。だけど直接観察できる場所はその世界でも極一部の地域に限られていて、更にはその地域でも季節や時間帯によっては見れない場合がある」

「そうですか……」

 

 スズキは微かに一言発すると、そこから流し入れるように報告を切り出す。

 

「閣下、先に御知らせした方がいいと思いまして。ザンギャック星系から偵察隊が帰還しました、指揮官からの帰任報告が間もなく始まります」

「ありがとう、艦長。それで、あの帝国のライブラリー・システムと接触できたの?」

「まだ詳しい内容は聞いてませんが、接続自体には成功したようです」

「他には?」

「途中駐留していた残党と交戦したようです。敵側は直ぐに撤退したらしく、指揮官の話だとそれから増援や追跡は確認されていない模様です」

「なるほど」

 

 本物の腕と革手袋に覆われた腕を組み合わせつつ大元帥は呟いた。

 その新指導者の不気味とも幻想的ともいえる赤銅色の瞳を見返しながら、スズキはそんな現状に立っている自身を内心誇らしく思った。あくまでも噂の範囲だが、どうも総統の側近達は彼の存在……正確にはその類い稀なる才能に脅威を感じていたらしく、そんな連中の悪質な策謀の餌食となった結果、次元帝国の全盛期から辺境方面の防衛と領土世界の拡張という左遷同然の任務に追いやられた。

 それでも卓越した才能を駆使して、無数の外領域と世界群を帝国領へ治めつつザンギャック帝国のような外部の侵略者や調停者を気取る認知領域の管理組織からイデアール領域の防衛任務を介して、自身の追放を結託した総統の側近達を嘲るように外領域の確保とその平定に必要不可欠な人材になった。

 そして……次元帝国の繁栄と支配に貢献した輝かしい戦功により帝国軍人の中でも最高位の階級だった『大元帥』の称号とその権威の証明である真紅の軍服の着用を総統直々に許可されたのだ。次元帝国の崩壊後に乱立した野心的な上級将校の中には非公式の大元帥を自称し、偽りの名誉と権威を介して死去した総統の後釜に収まろうと目論んだ不届き者が多数現れたものの生前の総統からその名実を与えられた者はたったの五人だけだ。

 

「どうも、気に入らないね。あの性根の悪いザンギャックがこのまま獲物を見逃すと思う?」

「同感です。そう思いまして、監視隊には黄警報(コンディションイエロー)を発令させました」

「俺は素晴らしい同志と巡り会えて嬉しいよ、艦長。ところで……ちょっと聞きたいんだが、君は天体に詳しいかい?」

「は、はい?」

 

 スズキの報告に大元帥は微笑しながら賞賛の言葉を贈ると、そのまま出し抜けに話題を変えた。

 

「あ……いえ。正直に申し上げますと、日常に用いる呼称程度なら兎も角、専門家のような知識は全く……」

「そっか……なら仕方ない。けど今後はちょっと時間を作ってみるといい」

 

 唐突に持ち込まれた別の話題に多少困惑しつつも素直に答えたスズキへ、大元帥はやんわりと助言するように告げた。

 

「天体じゃなくてもいい。何でも自分が興味のある物には触れてみるんだ。別に失敗して投げ捨てても誰も咎めはしないよ。ただの趣味なんだからね」

 

 すると突然、天井に煌めく星図の一角を拡大したものらしい一枚の投影モニターがスズキの傍に現れ、彼が驚くとほぼ同時に歩み寄ってきた大元帥がその小型モニターを軽く指差す。

 

「獅子座だ。黄道十二星座という星座のひとつで、さっき話題にした第97管理外世界では古来より王権の象徴として認識されている」

 

 大元帥は語り始めた。

 

「β星デネボラ・うしかい座のα星アークトゥルス・おとめ座のα星スピカから春の大三角を形成し――鬣部分を成している星の並びはクエスチョン・マークを反転させたようにも見えることからししの大鎌なんて呼ばれている――」

 

 また拡大図が切り替わった。

 

「――んで、この射手座がちょうど向かい合う極になるのが、そっちの……双子座だ。この星座の冥王星っていう準惑星は数年前まで、太陽系の第九惑星とされてたけど――」

 

 その後もしばらく大元帥は度々手前の拡大図を切り替えながら空間内に広がる天体の解説を続けた。

 

「なるほど……」

 

 対するスズキは適当に相槌を打っていたが、そろそろ偵察隊の指揮官から報告を受ける時間が迫ってきた為、大元帥の話が一旦区切れた隙間を見計らい咳払いとともに言葉を差し込みかけた。

 

「閣下、そろそろ――」

 

 しかし言い終える前に突然鳴り響いた警報にその言葉は遮られた。

 

〈艦橋からヘレシー大元帥へ!〉

 

 そして、ほぼ同時にデスク付属の末端機から通信士官の緊張した声音が飛んできた。

 

〈所属不明の艦隊が接近中です!〉

 

 歩み寄った大元帥はそのまま軽妙な動作で開いた回線から応答する。

 

「艦橋へ、こちら大元帥。赤警報(コンディションレッド)を発令して現状報告を頼む。なるべく落ち着いてな、心配はいらない」

〈りょ、了解!〉

 

 回線から通信士官の気配が遠退くと、代わりにけたたましい警報とともに冷たい床を叩く軍靴や声音が擦れたような雑音がだんだん大きくなった。

 間もなくその騒音へ割り込むように物体を引き摺る鈍い音――おそらく離れた椅子を引き戻した際の動作音だ――に続いて、先程の通信士官の声が聞こえてくる。まだ若干強張っているものの姿勢自体は落ち着いたようだ。

 

〈センサーはザンギャック帝国の戦艦を捉えています。少なくとも五隻。駐留していた残存艦隊と思われます!〉

 

 報告にスズキは微かに表情を歪める。予感した通りだ。しかも敵は悪名高いザンギャック帝国の軍艦五隻、対するこちらはラント・ラディーレン級が一隻だけ……彼は脳裏にその現状が過るとほぼ同時に回線へ命令を送った。

 

「艦首回頭! エンジン出力を最大しろ、直ちに宙域から離脱する!」

 

 そして、そのまま下段の艦橋へ移動しようと足早に退室しかけるが……。

 

「っていう命令は取り消してくりゃんせ」

「っ!?」

 

 その命令は間髪なく撤回された。スズキはすぐさま自身の命令を取り下げた声の主――ディルク・ヘレシー大元帥の方を振り返った。

 

「かっ、閣下……!?」

「分かってるよ、艦長」

 

 動揺するスズキの言動に大元帥は依然とした穏かな表情と動作を織り成しつつ艦長の心情と自身の理解を調和するように告げる。

 

「慌てなさんな。悲観と謙遜は別物だぜ? 現状なら俺達は心身に余裕を保てるはずだ」

 

 大元帥がまた指令席の末端器に触れると、星図を投影していたプラネタリウムが機能停止し、空間はしばし完全な暗闇に包まれるものの直ぐ柔らかい照明とともに複数の投影モニターが現れる。煌めく星河だった壁には敵味方それぞれの用いる艦船・多種多様な装備・一種独特な技術や装置などの総合的な戦力データ、指令席の周囲には複数の球体――青色が自軍、赤色が敵軍を示している――が点灯する半透明の戦略ホログラフィー、拡大図だった投影モニターはデジタルクロックとなり敵艦隊の迫りくる予定時間をカウントしている……最早そこは天体イベントの会場ではなく、本来の役割を果たせる第二司令室へ変貌していた。

 

「まぁ戻ってきなさいって。敵戦力を分析してからでも対応は遅くないよ」

「……」

 

 スズキは怪訝そうな表情を浮かべたものの素直に先程立っていた場所に引き返した。

 大元帥はその様子を視認しつつ満足気に頷きながら傍の指令席へ手を伸ばすが、次の瞬間、微弱な振動が艦体を襲った。

 

〈敵からの砲撃です!〉

「おお~、積極的だね」

「損害は!?」

〈は、はい。被害報告は……ありません〉

「威嚇か?」

「いや違うな。あれは御粗末だったけどガチだ」

 

 直ぐに回線から振動の原因とともに促した被害状況が伝えられる。大元帥は一応安堵したスズキの横からホログラフィーに表示中の戦場を見据えつつ呟いた。

 

「うーん……やっぱり、そうだよな」

 

 その口元から作られる微笑と混沌を予感させる知的な赤銅色の瞳……スズキは言いようのない不安に苛まれ、咄嗟にそれから距離を置ける提案を持ちかける。

 

「付近の艦に連絡を入れましょうか? 今から通信すれば《ヴィッダー》なら十五分もあれば到着しますし、他の艦も三十分以内には――」

「帰還した偵察隊の土産物に『目的の座標』が記録されてなかったら、ザンギャックの連中とはもう少し御付き合いしなきゃならない」

 

 しかし案の定それは終える前に遮断される。

 

「連中にまともな指揮官が残っている可能性は低いけど、どっちにしろ俺達の手の内を見せるのは得策じゃない。分かるだろ?」

 

 先刻告げた社交辞令を繰り返すように大元帥は言った。端麗なその顔には依然として傲慢や陰険とは一線を画した微笑が浮かんでいる。

 そして両手を軽く擦りあわせると、末端機の回線に指令を送り始めた。

 

「んじゃ、まずは念の為に……艦橋へ通達。トライ=フライを起動させて、いつでも出撃可能な状態にしてくれ」

〈了解〉

 

 やんわりとした大元帥の指示に通信士官は答えた。

 起動準備を指示された『トライ=フライ』とは次元帝国軍の戦闘用ドローン——ゲレート・ドローネの一種だ。機体中央にレーザーキャノン一基と名称の由来でもある三基のレーザーライフル兼スラスターアームにより高い機動性と砲撃能力を備える。本来は未開世界などの環境調査や偵察任務に用いていたが、戦力増強を画策した次元帝国に軍事転用され、全盛期には優れた機動性と砲撃能力を併せ持った航空戦力として多用されたが、その有効性はあくまでも対人兵器としてであり現在対峙している軍艦には至近距離から特定の急所に叩き込まなければ損害を与えるのは困難である。

 そんな不安を一切気に留めることなく大元帥は指令を送り続ける。

 

〈起動準備、完了しました〉

「そんじゃ、最初に五機だけ発進させてくれ。攻撃対象は勿論、前方の敵艦隊ね」

〈了解〉

 

 間もなくホログラフィー上の青い点灯から五つの同色の点が現れ、素早く隊形を組みながら先行すると、応じるように赤い点灯――敵艦隊が進路を変更しつつ砲撃を開始する。

 スズキはその瞬間、ホログラフィーを見据える大元帥の表情が思慮深いものから確信的な微笑へ切り替わる様子を視認した。

 

「相変わらず、大した火力だ」

 

 敵艦隊の砲撃により瞬く間に青い点灯が三つ消滅した。それでも大元帥は不快感や恐怖とは程遠い、満足気な声音から賞賛染みた感想を呟くと、今度こそ自身の専用席に腰掛けながら言った。

 

「艦橋へ、ご苦労さん。残りのトライ=フライを一旦後退させろ。その間に五機を追加発進させて合流したら、《ヒメーレ》の前方に散開隊形を取らせつつ直進させるんだ」

 〈分かりました。ですが……〉

「いまは理解ではなく行動を優先する時だ。答えはその先にあるよ」

 〈りょ、了解……!〉

 

 通信士官は戸惑ったものの大元帥の説得的な言葉に思い留まった。すると代わりに大元帥の傍に立っていたスズキが意を決して指摘した。

 

「閣下……正直、理解できません。いくら機動性に優れるトライ=フライの編隊でも、あの艦隊の砲撃に晒されれば先程と同じように各個撃破されるのでは?」

 

 このまま飛行隊が突き進めば、機動力の優れたトライ=フライでも五隻のザンギャック戦艦の砲撃を掻い潜れず全滅する……そんなスズキの言葉に大元帥は片手を挙げつつ答えた。

 

「その心配は無用だ、艦長。そもそも逆だよ。敵は間もなくトライ=フライの接近を許し、そのまま至近距離の攻撃を食らうこととなる」

 

 大元帥が戦略ホログラフィーを指差すと、新しく現れた五つ青い点灯は後退してきた二機のトライ=フライに合流し、そのまま素早く編隊を組み直しながら加速する。すると再度接近してくる編隊に気づいた敵艦隊は砲撃を行うが……。

 

「……あれは、何をやっているのですか?」

 

 スズキは目を瞬かせながら言った。五隻の敵戦艦は前方から接近してくるドローネに砲撃する――それは理解できたが、問題はその先だった。砲撃は行っているものの肝心の標的(トライ=フライ)には全く命中せず、挙句の果てには何も存在しない方向にも乱射し始めたのだ。

 

「ザンギャック艦隊が唯一知っている敵勢力の反撃に対する迎撃法……もっと正確に言えば彼らが現在唯一行える対応策だよ」

 

 仰天するスズキの言葉に対して、大元帥は嬉々そうに語り始める。

 

「覚えておくんだ、艦長。目の前の艦隊――というよりザンギャック帝国全軍にほぼ当てはまるけど――を指揮しているのは下士官のスゴーミンだ。連中は上空からの砲撃や歩兵の物量戦が主眼であり、その追撃を掻い潜られた際の――特に少数精鋭の反撃には極めて疎いんだ。これは彼らの皇帝を打ち取った宇宙海賊や小規模な反乱分子を取り逃がしている実態が物語ってる。ザンギャック帝国は逆らう前に滅ぼすから物量を切り抜けた相手には対応し難いってわけだ」

 

 スズキは大元帥の言葉に耳を傾けつつホログラフィー上の二色の点灯を見据え続けた。依然として敵艦隊はあらぬ方向へ砲撃を繰り返し、その間にも七機のトライ=フライは急接近して攻撃を始める。

 今頃は黒煙と大小の爆破に狼狽する敵艦の様子が《ヒメーレ》の艦橋から確認されてるだろう。スズキは次第に大元帥の意図を理解した。

 

「では、まさか最初に発進させたトライ=フライの攻撃……あれは確認ですね? あれの敵艦隊の対応から指揮官が一般のスゴーミンと確信できたんですね?」

「正解だ、艦長」

 

 スズキの言葉に頷いた大元帥はそこから夢想家のように語り続ける。

 

「ただ学んで行動するだけじゃない……時には行動の中からも学ぶんだ。そうすれば恐怖や嫌悪も含んだ『理解』という利益に繋がる」

 

 スズキは漠然だったものの悟った。この大元帥は掴み取った地位や名誉に反して――もしくは、そんな経由故の可能性もあるが――規則正しい常識や堅苦しい教義に囚われない、未知の挑戦(スリル)美学(ロマン)を追求し続けている。そして、その信条を学びつつ理解するには途方もない年月を要する。もしくは、その理解だけは一生を掛けても不可能かもしれないと……。

 スズキがそんな思考に浸っていると、語り終えた大元帥は戦略ホログラフィーを見直しつつ回線に命じた。

 

「んじゃ、そろそろ仕上げだね。艦橋へ、速力を最大にしつつ砲撃準備!」

 

 一時間後……その場所には静寂が舞い戻った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。