あなざー ~もしも夜見山北中学3年3組に「現象」がなかったら~   作:天木武

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#10

 

 

 落ち着かない。今までのモヤモヤとした心とは別な、なんというか……。とにかく言えるのは授業はさっさと終わってほしい、ということだった。

 

『お昼、屋上で食べるので気が向いたら来て。 見崎』

 

 今朝、昇降口の僕のロッカーに入っていたこの1枚の紙切れ。このせいで僕は朝からずっとこんなだった。どういうつもりだろうかと時折見崎の方を伺ってみるが、相変わらず窓の外をぼんやり眺めていて僕の視線に気づこうともしない。あるいは気づいているのに無視してるのか、計りかねている現状だ。

 

 彼女は間違いなく「いるもの」だ。彼女の手は冷たくても確かに血の通った人間のそれだったし、桜木さんも彼女のことはわかっていた。それで「彼女は本当はいないのではないか。幽霊なのではないか」という、今思えば馬鹿げた僕の考えは全否定されたことになる。それはいい。むしろすっきりしたし、その方がありがたい。確かに「僕にだけ見えるクラスに居座る幽霊との学校生活」なんてのは面白いかもしれないが、事実は小説より奇なりとはいえそれは奇の度合いを超越してる。慌しすぎたり奇妙すぎるよりも平穏、平凡、平和の方を愛してしまう僕からすれば刺激が強すぎるのだ。

 が、人間というのはどうにも面倒くさい、あるいはわがままな生き物であるようで、あまりに平穏すぎると何かしらの刺激を欲しいと感じるらしい。だから僕は見崎の正体を追っていた時期は確かに心はモヤモヤしていたが、今になってみるとどこか楽しいと思っていた面があったことも否定できない。

 

 で、それが一段落着いたと思った矢先のこれである。彼女が幽霊でない、ということはわかったが、何を考えているかは未だに不明だ。正体についてようやくはっきりした翌日、いきなり昼食に誘ってくるとは夢にも思っていなかった。そりゃ何らかの刺激がある方がいいと思ったのは事実だが、もう少し平凡な日々を堪能したいという気持ちもないわけではない。

 チャイムが鳴る。四時限目が終了の合図。授業をしていた先生はきりのいいところまで話を進めて教科書を閉じた。これで昼食の時間だ。

 

 では平穏を愛する僕が取るべき選択肢は何だろうか。「行かない」という選択をすれば今日のところは平穏な日となるだろう。しかしそれでいいのだろうか。

 窓際最後列の席へと目を移す。早くも彼女の姿はない。いつものことだがいなくなるのが早いなと思いながら――僕は席を立った。

 

 今更考えるまでもない。もう答えは出ている。結局その正体がわかったとはいえ、見崎鳴という彼女によって僕の愛した平穏な日常などというものはもう過去のものとなってしまったのかもしれない。だったら……その過ぎ去った穏やかさを嘆くよりも、少々波乱でも見崎と一緒にいられる未来に目を向けたほうが、面白いかもしれない。

 ああ、そうだ。面白いということは悪くはない。結局僕もわがままな人間の例に漏れず、平穏を愛しながらも、心のどこかで刺激を求めてしまっているのかもしれないのだ。

 いや、この際そういうしちめんどくさい言い訳染みた考えは一先ず置いておこう。僕は彼女に魅かれているのかもしれない。それは異性としてか、と問われてイエスと言えるほど素直でもないし、なんだかこそばゆいし、まだ互いをよくわかってもいないからその答えは保留にするが、気になっているのは事実だ。もっと話してみたいと思っているのは本心だ。

 だから今日に限ってはどんな妨害があろうと僕は屋上に行く。心に強くそう決めていた。

 

「あれ、サカキ。お前飯は?」

 

 その決意の矢先、弁当袋を手に、僕の席に近づこうとしてきた勅使河原が声をかけてくる。これまでの昼食は時折1人で食べることがあったものの、大体はこいつが風見君や望月君辺りを誘って来ることが多かった。あるいは赤沢さんが仲のいい人たちを連れてきたのが2回ほどあったが、大体は一緒に食べる相手の中心は勅使河原であり、つまり彼が僕の行く手を阻む最後の番人、と言ってもいいだろう。……少々大袈裟だが。

 

「ごめん、ちょっと今日は用事があって……。僕抜きで食べて」

 

 そう言って教室の入り口を目指す。もう少し呼び止められるかと思ったが、「は?」と彼は一度は疑問の声を上げたものの、特に突っ込んで聞いてくる様子もないらしい。よし、番人はあっさり撃破だ。

 

 廊下に出る。目指すは屋上。今日は天気がいい。屋上で食べる昼食というのは格別なものかもしれない。いや、食事の味以上に、正体のはっきりした見崎と話せることのほうが心を占める割合としては大きいだろう。弾むような心のせいで思わずスキップで階段を上りそうになる自分を自制しつつ、あくまで平静に、僕は階段を上って屋上へと着いた。そういえば、「近寄らない方がいい」なんて言われたのもここだったっけ。

 ドアにある窓越しに屋上の様子を窺うと、朝の手紙の主が1人でぼーっと空を見上げているのが見えた。太陽の光を浴びているからだろうか、これまで希薄に見えていた彼女が心なしかはっきりと見える気がする。

 僕はドアを開けて屋上に出る。音に気づいて一旦彼女はこっちに視線をよこしたが、すぐに元あった空の方へと戻っていった。彼女の傍らにはビニール袋に入ったコンビニのサンドイッチとパックの飲み物が見える。まだ手をつけていないらしい。

 

「やあ。食べないで待っててくれたの?」

「……あと1分しても来なかったら食べようと思ってた」

「それは危なかった。でも君が教室を出るのが早すぎるんだよ」

 

 朝の手紙の主、見崎の隣に僕は腰を下ろす。それを確認するが早いか、彼女は袋から取り出したサンドイッチを開けつつ、「食べましょ」と短く僕に告げた。

 

「僕まだ座ったばっかりなんだけど……」

「私はもうずっと座ってるから」

 

 身も蓋もない発言だ。僕にわざわざここで食べる、と告げているわけだし、一緒に食べるのが相場だと思うんだけど……。そういう配慮というか思考というか、そういったものはこの不思議少女は持ち合わせていないのだろうか。

 まあいいや。これで僕がのんびり弁当を食べたとしたら「もう食べ終わったから」なんて言われて先に帰られかねない。せっかくの話せる時間をそれで早仕舞いにはしたくない。箸を取り出して弁当箱を開け、「いただきます」と食べ物への感謝を述べてから僕も昼食をいただくことにする。

 

「えっと見崎……さんは……」

「見崎でいいよ。前呼び捨てにしたし」

「……したっけ?」

 

 正直記憶にない。そもそも話した回数すら片手で数えられるほどだ。しかし本人がいいと言っているのだから、この際もうそれでいいだろう。

 

「じゃあ……。見崎はいつもコンビニのご飯みたいだけど、お弁当持ってこないの?」

 

 ああ、最初は無難な質問から、なんて思っていたが、我ながら無難すぎた。だが致し方ない。結局良くも悪くも僕は平凡な一学生なわけだし、そんな僕が出した無難な質問なわけだ。

 

「……まあね」

「お母さんとか作ってくれないの?」

「たまに料理するけど……はっきり言っておいしくないの、あの人(・・・)のは」

 

 あの人。自分の母のことをそう呼んだ彼女に僕は驚きを覚える。仲がよくないのだろうか。いや、しかし他人の家庭事情に首を突っ込むのもよくない。この質問は深く切り込まないようにした方がよさそうだ。

 

「そういう榊原君のは、お母さんが?」

「うちは母親が父親にくっついて今海外に行ってるから……」

「そうか。それでここに転校してきたんだった、か。じゃあ叔母さん、それともおばあさん?」

「これを作ったのは僕だよ」

 

 ちょっとばかり得意気に返す。そう、何を隠そう、このお弁当を作ったのは僕だ。朝食の支度をする祖母から台所のスペースを少々借りて作ったのだ。元々前の学校では料理研究部に所属してたわけだし、作ること自体は苦ではない。ただ、退院後の体調面という理由から1週間前までは祖母は台所を貸してくれなかった。それまではおばあちゃん特製弁当を食べていたわけだが、自分のことは出来るだけ自分でしたい、と今では自分の弁当は自分で作っている。男子が自分の手で弁当を作るなんて全くもって珍しい、物珍しい目で見られるのは間違いないだろう。こんな僕としてはいつの日か男子が自ら進んで弁当を作るなんて時代が来ることを願って止まない。

 

「……本当?」

 

 現に見崎も信じられない様子だった。ほっぺに着いたサンドイッチのマヨネーズを親指で拭って舐めつつ、彼女は尋ねてくる。流れるような仕草だったが、予想してなかったその動作は彼女の愛らしさと言うか可愛らしさを高めたようで、完全に不意を突かれた。そんなドキッとした内心を隠し、僕は続ける。

 

「まあね。前の学校では料理研究部だったから」

「へえ。意外。でも……美味しそう」

 

 彼女が僕の弁当箱を覗いてくる。今日のメニューはお弁当の定番卵焼きに豚肉と玉ねぎの甘辛煮、ミニハンバーグに特製ポテトサラダだ。……とはいえ、厳密には僕が作ったのは最初と最後の2つだけ。ハンバーグは既製品を使ってるし、甘辛煮は祖母が朝食のおかずに作ったものを拝借している。しかしこの甘辛煮がまた美味い。肉にも玉ねぎにもよく味が染み渡っていて、かつご飯の進むあまじょっぱい味付けなのだ。真似たいのだが調味料の分量を聞いても長年のカン、としか答えてくれない。そのせいで僕が真似て作ってみるとどうしても甘くなりすぎるかしょっぱくなりすぎるかで、この味が出ない。やむなく祖母がこれを作る時は決まって拝借して弁当に入れてくるのであった。……本音を言うとここに居候している間に味付けだけは覚えて帰りたい。

 

「食べてみる?」

 

 相変わらず僕の弁当箱を見つめてくる彼女に僕は問いかけた。

 

「……いいの?」

「うん、いいよ」

 

 この場合選択肢は卵焼きかポテトサラダだろう。褒められるとして自分が作ったものでないのは嬉しさが半減以下だ。僕は3切れ用意してある卵焼きを選択することにする。自慢じゃないが卵焼きは得意だ。

 が、卵焼きを箸で掴んだところで僕の手は止まった。……ちょっと待て。これは僕が「あーん」してあげるというシチュエーションだろうか。普通逆だ。女子の手作り料理を男子がやってもらう、というのが相場のはずだ。僕はあまりそういうのを読まないからよくわからないけど。

 いや、そもそもそれをやっていいのだろうか。ちゃんと話すのは実質ほぼ初めて、そんな相手にやっていいものだろうか。だが不幸というべきか、今日の見崎には箸がない。手づかみで食え、とも言えないし、箸だけを渡すのもなんだか悪いような……。

 

「……どうしたの?」

 

 が、彼女はそんな僕の心中など全くわからないらしい。ええいままよ、当たって砕けろだ。なんだか顔が熱い。僕は震えそうになる手をなんとか抑えつつ、箸で卵焼きを摘んで彼女の方へと差し出す。口を開けて彼女はそれを頬張った。……つまり完全に「あーん」をしてあげたことになる。なんだか心拍数が上がってしまった気がする。

 

「どう?」

「……美味しい」

 

 その言葉に僕はホッと胸を撫で下ろす。味が褒められたことも嬉しいが、まずこの場を乗り切ったことに対して、が先に出てきてしまっていた。彼女がどう思ってるかは知らないが……文句を言ってこないのだから怒っている、ということはないだろう。ならいい。それに次いでようやく味に対する感想への喜びが出てきた。やはり誰かに喜んでもらえると作った甲斐があるというものだろう。

 

「榊原君、料理上手なんだね」

「そうかな……。自分ではあまりわからないんだよね」

「でも美味しいよ」

 

 重ねて褒められた言葉に思わず照れる。社交辞令かもしれないとわかっていても嬉しい。

 

「……今度榊原君の料理をちゃんと食べてみたい」

「うん、いいよ。いつかうちにおいでよ」

「……うん、いつか、ね」

 

 そこで、会話が一旦途切れた。見崎は2切れ目のサンドイッチを口に運び、次いでパックのリンゴジュースを喉に流し込んだ。僕もこの機会に箸を進めておこうと、彼女に褒められた卵焼きをおかずにご飯を食べる。褒められたせいだろうか、なんだかいつもより美味しく感じる。

 

「他、何か話したいことないの?」

 

 僕がご飯を飲み込むのを待っていたのか、まさにそのタイミングで彼女はそう話しかけてきた。

 

「君の方こそ何か話とかあったんじゃないの?」

「別に。ただ一緒にご飯食べようと思っただけ」

 

 ちょっとだけ肩を落とす。別に過剰な期待はしてなかったし、一緒にご飯を食べられるだけでも嬉しいけど、やっぱり男子としてはこうなると少しいらない期待をしてしまったりするんだな、と思ったり……。

 

「質問してもらった方が話しやすいんだけど、何かないの?」

「質問攻めは嫌いなんじゃなかったっけ?」

 

 いつか、ここで聞いた言葉をそのまま彼女に返してあげる。それに困ったのか、あるいは機嫌を損ねたのか、彼女は一度僕から視線を逸らす。

 

「嫌い。だけど……今日は特別に認めます」

 

 思わず吹き出してしまう。彼女にしては珍しい目上の人が使うような口調だが、そこがまたギャップを生み出してどうにもかわいらしい。しかしそんなことを口走って機嫌を損ねては元も子もない。せっかく特別に認めてくれるのだ、この時間を謳歌しようではないか。

 

「じゃあ改めて。……見崎鳴、君は本当にここにいるんだよね?」

「……さあ? ここにいるのは3年3組に彷徨い続ける幽霊かもよ?」

 

 僕は失笑する。それは昨日、桜木さんによって否定された事実じゃないか。それでも主張する彼女は、変わり者というのは間違いないだろうが、ついでに意地っ張りかもしれない。そもそもコンビニで昼食を買ってくる幽霊というのもシュールな話だ。……そのシュールな話に気づかずすっかり信じ込んでしまって、いや、勝手に思い込んでしまっていたのは他ならぬ僕だけど。

 

「ま……僕はそれでもいいけどさ」

「……やっぱりつまんない」

 

 彼女は口を尖らせて、最後のサンドイッチに手をかける。まずいな、機嫌を損ねちゃったら特別に認められたのがなしになってしまう。

 

「それより……テストの日まで休んでたのは、風邪? 確か昨日桜木さんがそんな風に言ってたと思うけど」

「そう」

「雨に濡れて帰ったから?」

「……そう」

 

 2度目は答えまでに一瞬間があった。彼女なりに恥じらいがあったのかもしれない。

 

「なんで傘ささなかったの……って、持って来てなかったんだっけ」

「そう。雨は嫌いじゃないから。特に好きなのは寒い季節の、雪に変わりそうな雨……」

「へえ……」

 

 雨が嫌いな僕にはいまひとつわからない。特に冬の雨とか寒いし凍るし場合によっちゃ雪になるしろくなものじゃないと思う。が、捉え方は人それぞれだろう。別に文句があるわけでも口を挟む気もない。

 

「じゃあ今日みたいな天気のいい日は嫌い?」

「……別に。でも暑いのは、あまり好きじゃないかも」

 

 彼女の顔を見る。日の光を浴びたことがないのではないかと思うほどの白い肌が目に留まり、確かに室内にいるタイプかなと勝手に納得してしまった。

 

「見崎は昼ご飯はいつも1人でここで食べてるの?」

「いつもここなわけじゃない。でも、食べる時は大抵1人かな」

「クラス……友達とかは?」

「1人の方が落ち着くの。それに……他の人はあまり私に近づかない方がいいと思うし」

 

 ああ、そういう話だった。思わせぶりな、ってやつか。……でももしかしたら、見崎は1人になるように、そうやってみんなを遠ざけるようなことを言っていたりしてるんじゃ……。

 

「それ、僕にも前に言ったよね。あと確か『もう始まってるかもしれない』とかっても。あれ、どういう意味?」

「……私、人付き合いは得意じゃないから。だからあまり関わりを持たないようにしてるの。そんな中で榊原君が私に近づいたことで他の人から珍しい目で見られるんじゃない、って。それが『もう始まってるかもしれない』よ、ってことが……そう言った意味の半分」

「あとの半分は?」

 

 答えず、見崎はサンドイッチを食べ終えた。答えてくれないかな、と思って僕も弁当に手をつける。

 

「……榊原君はからかい甲斐がありそうだったから」

 

 が、返って来た予想外の答えに思わずご飯を吹き出しかけた。この無口な不思議少女に僕はそんな風に見られていたのか。確かに言ってることを大体信じちゃってたし、いいように騙されていたのは事実だ。言い返せない。

 

「だけど……今年のクラスは珍しいの。榊原君もだけど、私のことを気にかけてくれてる人もいるし。今までのクラスじゃそんなことなかったから、ちょっと意外。私には近づかない方がいいって言ってるのに」

「そんなこと言って……。友達はいたほうがいいと思うよ?」

「……いらない。必要以上に繋がるのは、好きじゃない。どうせこのクラスだってあと1年もしないうちに皆卒業してバラバラの進路になるんだから」

 

 見崎の言うことは一理ある。僕も人付き合いが得意な方ではないからなんとなくわかる。だから「腐れ縁」と言って仲良くしている勅使河原と風見君を見てると時々うらやましく思えることもある。だが同時にその人付き合い自体、どこか面倒に感じてしまっているのも事実だ。

 とはいえ、彼女の言ってることは極端すぎる。何もそこまで関わりあいを拒絶する必要はないはずだ。一方で、だからこそ「近寄らない方がいい」なんてことを言っていたのかもしれないとも思ったのだった。彼女にはそうしなくてはいけないような何か経験があって、そのためにこういう少々大袈裟と言うか思わせぶりな言動をしてしまっているのではないだろうか。

 

 考えすぎか。サンドイッチを食べ終えた見崎に対し、まだ弁当が半分以上残っている僕は箸を進めることにする。

 

「……質問はおしまい?」

 

 しばらく弁当を食べることに集中していたために、無言の時間が出来てしまっていた。普段の僕なら気まずさを感じて場を繕うはずなのに、なぜか今日はそれに気づかなかった。口の中にあるご飯を飲み込んでから口を開く。

 

「ごめん、お弁当を食べるのに必死だった。君は食べるのが早いから……」

「量が少ないだけ。小食なの」

 

 確かに彼女の昼食はサンドイッチだけだ。あとは飲み物のリンゴジュース。それも今飲み終えたらしく、彼女の口を離れたストローが外の空気を吸うために音を鳴らすのが聞こえた。

 

「急がなくていいよ。昼休みは長いし」

「そうは言っても、質問攻めを特別に認めてくれるのは今日だけでしょ? だったらさっさと食べちゃって、もう少し話をしたいんだけどね」

 

 見崎が、小さくクスッと笑った。

 

「……榊原君って面白いね」

「そうかな?」

 

 面白いなんて言われたことはあまりない。大抵「真面目」とか「礼儀正しい」とか、捉えようによっては「つまらない人間」と言われることが多い。まあ僕はそれでいいと思ってる、というか面白い人にはなれないと半ば諦めてるから直すつもりはなかった。でも……見崎に「面白い」って言ってもらえたのは……なんだか少し嬉しい気がする。

 

「ねえ、まだお昼休みの時間はあるし、食べ終わったら行きたいところがあるの」

「行きたいところ?」

「そ。いつも私が休み時間にいることの多い、私のお気に入りの場所」

 

 それを僕に教えてくれる、か。なんだか嬉しい。見崎との距離が一気に縮まった気がして、早くその場所に行きたいと僕は弁当をかきこむ。が、思わず詰まらせてしまい、左手で胸を叩く羽目になってしまった。

 

「……やっぱり榊原君って面白い」

 

 さっきは少し嬉しい、なんて思ったが今回はそうは思えそうにない。苦笑いだけを返し、僕は残りの弁当を食べ切るに専念することにした。

 




前話の補足がてら。Anotherは原作で舞台が1998年ということになっています。
なので前話の地の文にあった「来年起こるかもしれないといわれてるハルマゲドン級の~」というわけです。
加えて、今でこそ「弁当男子」たる単語が広まりつつありますが、当時からすると考えられなかったのだろうなとも思って恒一の心境を入れてみました。

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