あなざー ~もしも夜見山北中学3年3組に「現象」がなかったら~   作:天木武

12 / 32
#12

 

 

 はてさて、一体僕が「平穏」を愛したのはいつのことだっただろうか。目の前の光景を見ては、そう思わざるを得ないだろう。

 今は昼食時間を兼ねた昼休みだ。が、赤沢さんは昨日の昼休みにした約束をしっかり覚えていたらしい。かくいう僕も忘れていたわけではなかったが、彼女は今日これだけを楽しみにしてきた、と言わんばかりに、思い起こせば朝から目がギラついていたようにも感じる。

 授業が終わると同時、あの人は「作戦開始!」と言わんばかりに友人と「対策係」の面々に目で合図を送った。それを受けてからの皆の行動は迅速だった。まずは赤沢さんが僕を逃がすまいと、弁当袋を手に笑顔と共に僕を確保。その間に前、斜め前、隣と周囲の机を中尾君と綾野さんが僕の席へと寄せてきた。前の席の和久井君はいつも昼はいないが、今は隣の望月君もいない。そして斜め前は綾野さんだから、自分の席を寄せてきた形になる。こうしてあっという間に僕の机を入れて4つの机が合わされることとなった。その僕の対面のになる形で、赤沢さんが机に弁当袋を置く。

 

「どたどたしてごめんね。でも恒一君。昨日の約束、覚えてるでしょ?」

 

 別に忘れていたわけではなかったのだが、この状況下では仮に忘れていたとしてそうは言えない雰囲気だろう。「そりゃ勿論」ととりあえず相槌を返しつつ、だが同様の約束をされた彼女はきっともういなくなってるんだろうなと思い、僕はチラリと窓際を窺う。やはりというかなんというか、見崎の姿はそこになかった。相変わらず消えるのが早いなと思いつつ何気なく反対の廊下側に目を移したところで、僕は我が目を疑った。

 なんと、見崎はまだ教室にいたのだ。いや、いたというか、教室から出られなかった、という方が正しいだろう。後ろの扉から教室を出ようとしていた彼女の左腕を、廊下側の席の杉浦さんががっちりと掴んでいのだから。

 

「……何?」

「何、じゃないわよ。泉美が今日一緒に昼食を食べる約束をしたって。『見崎さんが教室から出て行きそうになったら止めてほしい』って言われてたから、私はそれを実行しただけ」

「……そういえば、したかも」

 

 どうやら杉浦さんは見崎が教室内に戻ろうとしない限り掴んだ腕を離さないつもりらしい。見崎もそれをわかってか、ひとつため息をこぼした後で教室の中へと引き返し、僕の席の側に近づいてきた。

 

「やっぱり出て行こうとしたのね。多佳子に頼んでおいて正解だったわ。……そんなに私と食べるのは嫌かしら、見崎さん?」

「別に。忘れていただけ」

 

 さらっとそう言った見崎だったが、対照的に赤沢さんは眉が一瞬動いたようだった。せっかくの楽しい時間になるだろうに、そんな態度でそう言っちゃ逆効果だろ、見崎……。とりあえずその場をなんとかしようかと僕が口を開きかけた時。

 

「のれんに腕押し、ぬかに釘。……泉美、この子どこまで本気で言っているかわからないんだし、そんなことでいちいち目くじら立てても疲れるだけよ」

 

 これまた見崎同様さらっとそう言いながら近づいてきたのはその彼女を止めた張本人、杉浦さんだった。涼しい顔をして割と言ってることは辛辣だ。要するに「無駄なことはやるな」と言っているわけだ。つまり、見崎の言っていることを怪しいと思ってもにあれこれ突っ込むだけ無駄、と彼女は割り切っていると言うことになる。

 

「そうは言うけど……」

「おい、赤沢。サカキの周りに集まって何だ? まさかお前こいつのこといじめたりしてるんじゃないだろうな?」

 

 と、ここでそんな場の空気などおかまいなしに質問をぶつけてきたのは勅使河原だ。どこか不満そうだった赤沢さんはその捌け口をどうやら見つけたらしく、ジロリと彼を見つめて返す。

 

「恒一君と昼ご飯を食べる約束を昨日しただけよ。あんたは呼んでないから来なくていい」

「おいおい! そりゃねえぜ! なんだよサカキばっかり、俺も混ぜろよ!」

 

 つっけんどんにあしらわれようが、冷たい言葉を投げかけられようが、彼は今日も立ち上がる。勅使河原、お前のガッツと執念は称賛に値するよ、などと勝手に思いつつ僕は苦笑を浮かべる。まあ放っておいても入ってくるような男だとわかってはいるけど、一応フォロー入れておこう。

 

「僕は構わないよ。……もう結構な大所帯になりそうだし、せっかくだから」

「お! さすがサカキ、わかってるじゃねえか! やっぱり持つべきものは友だね!」

 

 はいはい、お前の場合僕と食べるってことにかこつけて赤沢さんにお近づきになりたいだけだろ、なんて思いつつ、それは飲み込むことにした。お調子者だが、彼が言ったとおり「友」であることには変わりない、と僕は思ってる。

 どうやら赤沢さんもそれで了承したらしい。「まあ恒一君がそう言うなら……」とこのことにはこれ以上突っ込まないようだ。そこでひとつため息を挟み、赤沢さんは振り返り、最前列にいる女子に声をかけた。

 

「ゆかり、あなたもどう? いつも1人だし、たまには一緒に」

「……いいの? 邪魔じゃない?」

「そんなわけないじゃない。大体もうここまで大きくなったら1人や2人増えても変わらないわよ」

「じゃあお言葉に甘えて……。まあ、いつも聞き耳立ててるだけの輪に入るのも、たまには悪くないかもね」

 

 そう言いつつ、一旦開けかけた弁当箱を持って、彼女は近づいてきた。……だがちょっと待ってほしい。今桜木さんは「聞き耳立ててるだけ」と言った。つまり、普段から話を盗み聞き……というわけではないだろうが、話をこっそり小耳には入れている、ということだろう。確か「表向きの委員長は桜木さんで裏の支配者は赤沢さん」というようなことを勅使河原は言っていた気がする。だがさっきの物言いから深読みすれば、そんな風に思わせておいてその実、裏の裏(・・・)、つまりやはりこのクラスを仕切っているのは桜木さん、という構図なのではないだろうか、などと思ってしまう。

 僕がそんなことを考え込んでいるせいで難しい顔になっていたからか、はたまたその心中まで実は見抜かれていたか。桜木さんは僕に微笑みかけながら近づいていた。

 

「じゃあ泉美に誘ってもらったし……。お邪魔しますね」

「風見! お前も1人じゃなくてこっち来て一緒に食えよ!」

 

 その桜木さんの隣、1人で食べようとしていた風見君に勅使河原は声をかける。何を隠そう、彼は桜木さんが呼ばれたときにこっちを気にしていたようだった。見た目は渋々と、だが本心では喜んでであろう、ゆっくりと立ち上がった。

 

「あれ? 僕の席……。なんで皆榊原君の周りに集まってるの?」

 

 その時聞こえてきたのはいつの間にか席を占領されている僕の隣の望月君だった。別な場所で昼食、というわけでなく何か用事で席を空けていたらしい。

 

「ああ、赤沢がサカキと一緒に飯食うってなったらこの大騒動だ。……ってか、昼飯も食わずにお前どこ行ってたんだ? 愛しの三神先生のところか?」

「えっ!? どうしてわかっ……。い、いや、そんなことはいいから! 僕どうすればいいの?」

「入っちまえよ。椅子は王子のところからでも持って来い。あいつ猿田とどっか行ったみたいだし」

 

 ……勅使河原じゃないけど本当に大騒動だ。クラスの半分ぐらい来てる気がする。改めて確認してみよう。

 まずは僕を中心として、右隣に見崎、それから杉浦さん、赤沢さん、中尾君、綾野さん。その右脇には一応小椋さんがいるけど、有田さんと中島さんと話してるし、赤沢さんに誘われたからとりあえずいる、という形らしい。さらに僕の左隣には遅れてきたはずなのに勅使河原が鎮座し、さらに風見君と望月君という編成だ。……本当に半分いるんじゃないか、これ。

 

「じゃあ……。なんだか大ごとになっちゃった感じもあるけど早いところ食べま……ってちょっと見崎さん!? あなた協調性って言葉知ってる!?」

 

 赤沢さんの言葉に僕の右隣に目を移すと、既に見崎はコンビニのおにぎりの包みを外しているところだった。マイペースと言うか、空気を読まないというか……。

 

「のれんに腕押しだって、泉美。この子じゃないけど、さっさと食べましょ」

 

 そういうと杉浦さんも弁当箱を開け始めた。赤沢さんも諦めた様子で大きくため息をこぼす。

 

「……じゃあもう各自勝手に食べて勝手に話すってことで。はいいただきます」

 

 最後の方は投げやりだった。見た目少し豪華に見える弁当箱を彼女が開ける。やはり中身もそれなりに豪華だった。僕の弁当よりも数品、おかずが多い。

 ……などと他人のお弁当を眺めていても仕方がない。僕も自分のものを食べることにして蓋を開ける。今日はアスパラのペーコン巻きとブロッコリー、冷凍食品の白身魚のフライにきんぴらごぼうとお約束の卵焼きだ。今日はちょっと気合を入れたのでフライ以外は手製である。きんぴらは多めに作って朝食にも出してもらった。実は怜子さんから「おいしい」と太鼓判をもらっている。

 赤沢さんはそんな僕の弁当をまじまじと見つめていた。何度か一緒に食べたこともあるのに、今日は特に見てきている気がする。

 

「えっと……赤沢さん。僕のお弁当、何か変かな……?」

「ううん、全然。ただ、おいしそうだな、って思って……」

「おいしいよ。しかも自分で作ってるんだって」

 

 その声に、場の全員が声の主へと目を移した。発言したのはてっきりずっと黙り込んだままでいると思っていた見崎。「なんであんたが味まで知ってるのよ」と言いたげな表情で赤沢さんは彼女を見た後、今度は僕の方へ視線を移してきた。

 

「恒一君」

「な、何?」

「今見崎さんが言ったこと本当?」

「おいしいかはわからないけど……。今日のだと、フライ以外は一応僕が作ったよ」

 

 へえー、とかほおー、とか周りから声が上がる。……やっぱりこの年で弁当を作ってる男子って珍しいんだろうな。

 

「……是非食べてみたいんだけど、いいかしら?」

「あ、じゃあ卵焼きを。一番自信あるのはこれだから」

 

 正直言うと、こうなるのはある程度予想できた。だから今日は卵焼きを普段より多めに作ってある。……大体倍ぐらい。だから、さっき赤沢さんにまじまじと見られたのだろうとも思うわけだが。

 

「じゃあ遠慮なく……」

 

 赤沢さんはひょいと箸で卵焼きを一切れ掴んだ。「んじゃ俺も!」とか言って隣から勅使河原もさりげなく持って行く。

 

「おいしい……!」

「ほんとだ、うめえ! サカキ、お前すげえな!」

 

 褒められたのは素直に嬉しい。が、この後の勅使河原を見張っておかないと僕のおかずを全部持っていかれそうだったので、愛想笑いを返しつつ、僕は手元に自分の弁当箱を戻そうとした。が、刺客は意外なところにも潜んでいた。まず綾野さんが「じゃあ私も」なんて言って一切れ、「せっかくなんで」とか言って桜木さんも一切れ。たしか8切れ分作ったはずだから半分残ればいいかと思って手元に寄せると、なぜか3切れしか残っていない。赤沢さん、勅使河原、桜木さん、綾野さん。4切れ残るはずだ、計算が合わない。あれ、と思って辺りを見渡すと、いつ取ったか気づかなかったが、杉浦さんも卵焼きを頬張るところだった。食べたところで無言の無表情でこちらに左の親指を立ててくる。意外すぎる行動だったが、おいしい、という意思表示らしい。まあそれは嬉しいのだが……。

 

「サカキ、もう一切れくれよ!」

「じゃあ僕も……」

「あ、僕も食べてみたい」

 

 手元に弁当箱を戻したところで勅使河原、風見、望月と言う3連打を受け、僕の卵焼きは自分の口に運ばれることなく全滅してしまった。さらば、僕の自信作……。今日は味の出来を確認できなかった……。

 

「榊原君って料理も出来るんですね」

「おいしいよ、こういっちゃん。明日から毎日私のためにおかず作ってもらいたいぐらい」

「……皆そこまで言うなら私もさっき取るんだったかな」

 

 ここまで有田さんと中島さんと話してた小椋さんまでそんな風に言い出した。女子陣に褒められて嬉しいが、この流れ、もしかして僕の食べるおかずがなくなるんじゃ……。

 

「安心しろ小椋、こいつのおかずまだ残ってるから」

 

 ほら来た。言い出したのは言うまでもなく勅使河原だ。勘弁してほしい、僕の昼食がご飯だけになってしまう。

 

「勅使河原、お前は加減とか自重と言う言葉を覚えた方がいい。榊原君が食べる分のおかずがなくなるだろう」

「……とか言いつつ、お前だって卵焼き取ってたじゃねえか」

「二切れも持っていった奴に言われたくない」

 

 まあ僕から言わせてもらえば五十歩百歩なんですけどね。それでも評判がよかったからよしとしよう。幸いこれ以後のおかずは死守できそうだ。これだけあれば昼食を済ませられるだろう。

 

「ねえ恒一君、なんでそんなに料理上手なの?」

 

 残ったおかずを食べつつ、ご飯を口に運ぶ僕に赤沢さんが興味津々と言った様子で尋ねてきた。

 

「前にいた学校で料理研究部だったんだ」

「へえ。料理、好きなの?」

「特別そういうわけでもないんだけど……。両親がいないことが以前から多かったから、食べる時1人でも困らないようにって」

「しっかりしてるんですね、榊原君」

 

 その桜木さんの言葉は否定したかったが、さすがに「親への当て付けという意味もある」とは言い出せなかった。まあ最初はそんなきっかけだったが、実際最近は料理すること自体楽しいと思えている。そういう意味で言うと赤沢さんに言われた質問の答えはイエス、になるわけだ。

 

「恒一君は……料理が出来る女の子の方が……好み、かな……?」

 

 と、不意に赤沢さんがそんなことを尋ねてきた。どこかばつが悪そうに視線が宙を泳いでいる。

 

「うーん……。どうだろう……。でも共通の話題で盛り上がることは出来そうだよね」

「そ、そうよね。……そうか……料理か……」

 

 何やら彼女はブツブツとつぶやき始めてしまった。それを右肘で小突いた杉浦さんが一言。

 

「……泉美、ない袖は振れない、って言葉知ってる?」

 

 ……やはり辛辣だ。要するに彼女は「あなたには無理」と言ったわけだ。それを聞いた赤沢さんは目をキリキリと釣り上げ、杉浦さんに食ってかかる。

 

「ちょっと多佳子、あなた私には無理だって言いたいの!?」

「お嬢様はお嬢様らしくしてなさい、ってこと。高嶺の花というのは摘めないもの、そしてあなた自身が高嶺の花なのだから下界に下りる必要はないのよ」

「でも……無理が通れば道理引っ込む、と言う言葉もあるから。泉美、頑張るだけ頑張ってみたら」

「そ、そっか……。ありがと、ゆかり。うん、やってみる……」

 

 ああ、赤沢さんはその言葉の意味をわかってなかったらしい。それは「間違ったことが推し進められると正しいことが行われなくなる」という意味合いで、一見フォローしているようで全く関係ないことわざのはず。というか、深読みすると「あなたの料理がおいしいと思われるぐらいなら、この世界の料理は全ておいしいってことになる」なんていう風にも取れてしまう。なんとも怖ろしいことをさらっと言う人だ。

 

「……桜木さん、それ使い方間違ってる」

「あら、そうだった? 無理、って言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのを言っただけだったから」

 

 そう言うと彼女は杉浦さんの鋭い視線を気にもかけない様子でうふふと笑って誤魔化した。……ああやってさらりと交わされてしまってはどこまで本気だったか全然わからない。やはり裏がある人なのだろうか。もしかしたらこの人と付き合うのは……大変なことになるかもしれないよ、と心の中で風見君に忠告しておく。まあ聞こえるはずもないし、僕の考えすぎの線もある。結局は彼自身が決めることか、というところに落ち着いた。

 

 そんなことを思いつつ、僕は右隣の見崎にふと目を移した。彼女はおにぎりを1つ食べ終え、飲み物に手をつけるところだった。だがコンビニの袋はもう中身がないように見える。

 

「見崎……お昼おにぎり1つだけ?」

 

 僕の問いかけに彼女は無言でコクリと頷く。

 

「小食なの。……昨日も言ったかもしれないけど」

 

 いくら小食、と言ってもおにぎり1つじゃお腹がもたないんじゃないかとも思ってしまう。何かおかずを分けてあげたいところだが、生憎こちらも自分の分がかかっていてそれも難しい。というか彼女は箸を持っていないわけだから、分けるとなると昨日のように食べさせてあげる、という形になってしまうだろう。この状況でそれはあらぬ誤解を招きかねない。

 小食と言っているしいいか、と思うと同時に、僕に振られる話題もひと段落ついたようだったので、とりあえず自分のお弁当を食べ進めることにした。が、見崎の方を見ていて気づいたが、さっきまで桜木さんに突っ込みを入れていた杉浦さんが今度は見崎の方をじっと見つめている。別に怖いわけではないが、あの無表情で見られるのは……何か悪いことをしてしまっただろうか、みたいな気分に僕はなってしまう。見崎は気にしていないのだろうか……。

 

「……何? さっきから私のことをじっと見て」

 

 見崎もその視線には気づいているようだった。僅かに首を動かし、眼帯をしていない右の目で杉浦さんと視線を交錯させる。

 

「気に障るようだったら先に謝るけど、見崎さん、あなたその眼帯はいつから?」

「……小さい時よ。悪性の腫瘍で」

「そう……。実はずっと気になってて、小学校の時……私とは違うクラスだったけど、あなたとそっくりだった人を校内で見かけたことがあったの。でも5年生の時かな、その人は転校したらしくて。あなたじゃないのかな、とは思いつつも、でも眼帯はつけていなかったしどうなんだろう、って気になってたの」

 

 なぜか、見崎はクスッと小さく笑ったようだった。そして左目の眼帯を一度撫でてから答える。

 

「……それ、私のドッペルゲンガーだったんじゃない?」

 

 また始まったかな……とある程度慣れっこの僕はそう思えたが、彼女とあまり親交のない人々にとってはどうやら全く予想できなかった展開だったようだ。皆が固まってしまっている。

 

「知ってる? ドッペルゲンガーって、見てしまうと悪いことが起きるらしいよ……」

 

 再び見崎がうそぶいてみせる。空気も固まってしまっているし、ここはひとつ僕が誤解を解いておいた方がいいかもしれないと、口を開きかけた時。言われた当の本人、杉浦さんの口からため息がこぼれるのを確認した。

 

「……その迷信を言うなら、本人とドッペルゲンガーが出会うと命を落とす、でしょう。そうじゃなくてもこの世界には似ている人間が3人はいるって言うし。……ドッペルゲンガーなんて言い出したってことはあなたじゃなくて違う人、要するに他人の空似ってことね。それがわかっただけでも少しすっきりしたわ、ありがとう」

 

 そうあっさりと言うと、杉浦さんは見崎への興味を無くしたかのようにお弁当と向き合った。当の見崎は僕にかろうじて聞こえる程度の小声で「……つまんない」とだけボソッと呟く。やっぱり面白がっていっていたのか……。

 と、そこで「……ジャキガン系か」と小声で呟いた声が聞こえてきた。聞こえてきた方向、その声から今のは小椋さんだったと思う。だが「ジャキガン」とは一体なんだろうか。尋ねたいところだが、彼女とはあまり面識がないために、どうにも声をかけにくい。他に聞いていた誰かが突っ込むだろうと期待したが、残念なことに誰にも聞こえてなかったらしい。まあいいかと、深く考えないことにして僕は弁当を食べ進めることにした。

 

「……ねえ、恒一君」

 

 そして四方山話をしつつ昼休みも過ぎ、僕の弁当の中身もようやくなくなってきた頃、改めて赤沢さんは僕のことを呼んだ。さっき料理関係の話になった時のように、視線が宙を泳ぎ気味だ。

 

「その……。今度、お弁当を作るの挑戦してみようと思うの。もしその時よかったら、だけど……食べてもらってアドバイスとかほしいんだけど……いい?」

 

 あれだけ杉浦さんに言われたのにやる気は十分らしい。ならそのやる気を削ぐようなことを僕が言うわけにもいかないだろう。頷いて了承の意思を示した。

 

「うん、いいよ。僕に出来る範囲でいいなら」

 

 それを聞いて彼女はパッと表情を明るくした。以前も思ったが、感情をダイレクトに表情に出すな、と思う。演劇部の影響なのだろうか。一方で同じく演劇部であるはずなのに「喜」か「楽」の表情しか見せたことのない綾野さんが、やはりその「楽」の方の表情、つまりニヤニヤしつつ僕に語りかけてきた。

 

「こういっちゃん、まずい時ははっきりとまずい、才能がないって言ってあげなよ。その方が泉美も諦めがつくだろうから」

「ちょっと、綾野!」

「せいぜいない袖を振ることね」

「多佳子まで! ……もう、やってやろうじゃないの! 無理が通って道理を引っ込めてやるわよ!」

「……だからそれ意味完全に間違ってるって」

 

 冷静な杉浦さんの突っ込みも今の赤沢さんには聞こえないようだ。そんな様子に、大笑いしてる勅使河原をはじめとして、今日集まって昼食を食べた人達は皆笑っている。見崎は、と様子を窺うと声には出していないようだったが、表情を僅かに緩めてはいるようだった。

 

 結局、今日の昼休みはあまり見崎とは話せなかった。だがたまにはクラスの皆とこんな風に騒ぎながら食べる昼食というのもいいかもしれない。赤沢さんの手料理は……周囲のあの反応の様子じゃはっきり言って期待出来そうにはないが、作ってきたらそれにかこつけてまたこうして食べることになるだろう。それも悪くない。

 なんだかんだ、転校してきてもうすぐ1ヶ月になる。そこでこうしてクラスに馴染めていることにどこかホッとしつつ、優しくしてくれているクラスの皆に、僕は感謝せずにはいられなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。