あなざー ~もしも夜見山北中学3年3組に「現象」がなかったら~   作:天木武

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 かくして我ら3年3組の創作映像作品「The Eye-ing ~アイイング~」第1回上映は無事終わりを迎えた。なお、このタイトルは脚本の柿沼さんが希望したものであり、ある有名なホラー映画のタイトルをもじったのと、物語のキーであった見崎の「目」にかけてこれにした、とのことだった。タイトルを決める際、勅使河原が難癖をつけようとしたが、「だったら『呪いの館』にでもする?」というど直球な名前をそう責任者に提示されては反論もできないというものだ。……まあ僕としては自分のナレーションのラストで使った「いない者」というフレーズがしっくりきてるのでそれでもいいかと思ったが、ある意味で大オチの核心をつくものなために、今回の最大の功労者のネーミングにどうこう言おうという気はまったくなかった。

 

 それはさておき、今は初回上演を見てくださったお客さんを見送っている最中である。見崎はやはりいないが、それでも実際演じていた人間が見送るのはなかなか悪くないもので、「よかったよ」とか「怖かったー」などという感想を生で聞けるとやってよかったという思いはこみ上げてくるものだった。ただ、やはり「最後のあのシーン、熱演だったね」なんてことを言われるとどうも恥ずかしいわけだが。

 しかしこの場に見崎がいないのは少々勿体無いと感じる。「あの犯人役だった眼帯の子はここにいないの?」と聞いてくる人は少なくなかった。義眼に興味がある様子の人もいれば、「あのナイフ片手に首を傾けてこっちを見たときの顔、すごく怖かったって伝えておいてください!」なんて言って来る若干ミーハー気味な女子もいた。この場に見崎がいたら大人気だったろうに。そんな風に人に囲まれる見崎なんてレアな図柄も見られたかもしれない。

 まあいない者ねだりをしてもはじまらない、劇中で「いない者」と呼んだだけに。……我ながらイマイチだった。ともかく、まさかここまで好評で色々話しかけてくるお客さんが多いとは思わず、嬉しい悲鳴で僕は対応に追われていた。

 

 が、嬉しい悲鳴が本当の悲鳴に変わりそうな事態が起こってしまった。見送りの人の中から、「おーよかったぞ、ホラー少年!」などという声が聞こえてきたのだ。

 

「げっ……。水野さん、今の見たんですか……?」

「見たんですか、じゃないわよー。よかった、すっごくよかった! そこら辺の金使って映像キャスト豪華なだけのホラー映画より遥かによかった! 喜びたまえ、これで君は名実共に立派なホラー少年になったのだよ!」

 

 何言ってるんだこの人、と思わず突っ込みたくなる。名実共に、ってなんだよ……。

 

「いやあ弟から話聞いたときにこの日に合わせて早々に有給取っておいて正解だったわ! ストーリー自体は割りと有り触れてる内容だけど、逆にそこに好感持てるわね! シンプルイズザベスト! 犯人役の子がこっち見るシーンとかいかにもツボ抑えてあってよかったわよ! あとタイトル! 偉大なるあのホラー映画の金字塔にかけてる辺り、これ考えた人筋金入りのホラー好きに間違いないでしょ!? あとで紹介してよ、きっと1日中語らえるわ!」

 

 これはひどい。いつにも増してテンションが高い。このマシンガントークを越えるようなガトリングトークは放っておいたら延々続くんじゃないかと不安になる。

 しかし幸いなことに、見送りのメンバーに彼女の弟、水野猛君がいた。彼は「おい姉貴、いい加減にしろよ」と止めに入ってくれたのだ。

 

「何よー、褒めてるんだからいいじゃないのよ」

「主演を独占すんなよ。他に話したい人だっているだろうし、何より榊原君も迷惑してるだろ」

「してるわけないでしょ。彼が入院してるときは面倒見てあげた仲なのよ?」

 

 いえ、はっきり言って迷惑してます。そして誤解を招くようなことを言うのもやめてください。

 とにかく、水野弟は水野姉をなんとか抑えることが出来たようで、その隙をついて別な人が感想を述べに近づいてきた。そこで僕が話しているのを見て水野さんも諦めたのだろう、弟さんと会話を交わした後で名残惜しそうに去っていった。

 

 と、そんなこんな、色々な対応に追われていたおかげで、僕はその場を離れることは出来ないでいた。そのため、見たことのある背中を見つけはしたのだが、それが遠ざかっていくのを目にしつつも見送ることしかできなかった。声をかけたかったのだが、話しかけてくるお客さんはひっきりなしにいる。見間違いか、あるいはまあ後で声をかけに来るだろうと思い、その場はお客さんの対応に専念することにした。

 

 しばらくしてようやくお客さんの見送りが終わった。受付担当を残してその場にいた全員が流れ的に教室に入り、ミニ反省会のような雑談会へと移行していく。

 

「いやあすげえじゃねえか、大好評! まさかこんだけとは思ってなかったぜ!」

 

 すっかり気を良くしているらしい勅使河原はハイテンションでそう切り出した。

 

「まったくね。ここまで好評価だと、演技指導した甲斐があったってものだわ」

「柿沼さんもほんとご苦労様! 脚本の評判いいし、映像編集も見事だよ!」

「……私としてはやっぱりもっといかにもなホラーにしたかった」

 

 まあまあ、とそこはその場の全員でなだめる。どうも彼女はもっとホラーホラーしたかったらしい。さっきミーハー気味の女子が言ったことじゃないが、見崎がナイフ片手に首を傾けたあのシーンはかなりホラーだったと思うのだが……。

 

「とにかく、かなり好評みたいですし、次の上映での人の入り具合を見て、回数を増やそうか考えてます。そうなるとクラスの皆の負担も増えることにはなってしまいますが……」

「いいってことよ、桜木! 俺演者だったから事後の仕事免除されてるけど、こんだけ評価良けりゃやる気出ちまうぜ! 客整理とかは出来るしじゃんじゃんこき使ってくれよ! な、風見!」

「あ、ああ。そうだね。僕も勅使河原の意見に賛成だよ」

 

 やはりここでポイントを稼ぎに来たか、少年。まあよきかな、クラス皆の助けになることだ。ただ、僕は辞退させていただこうと思う。また自分の演技を見るのは少々堪えるものがある。

 

 そんなこんな、ひとまずの成功を皆で喜び合っていた、そんな時。

 密かに教室の後ろのドアが開いたことに気づいた。他の人達は会話に夢中だったからだろうか、気づいた人はほとんどいない。入ってきたのは左目に眼帯をつけて短く揃えられた髪の女子。一見すれば(・・・・・)今回の創作劇で主役を務めた見崎鳴に見えるだろう。

 だが僕には違うとわかる。まあ理由は色々あるが……。1番大きいのは彼女が私服(・・)という点だ。

 

「あれ? 見崎じゃね? なんだよお前、見送りにも来ないで今頃のこのこ来やがってよー」

 

 その勅使河原の一言で皆が彼女の存在に気づいたらしい。一気に視線が集まる。しかし彼女はよほど神経が太い(・・・・・)のか、全く堪えた様子がない。

 

「ちょっと見崎さん? 最初の上映の見送りの時にいなかったのに今頃ご登場とはどういうつもりかしら? それにその服装……制服はどうしたのよ?」

 

 赤沢さんが棘のある一言を投げかける。が、やはり、というか、彼女は何も答えない。

 無視された、と感じたのだろう。舌打ちをこぼす音が聞こえた。ああ、これはまずい。このままだと誤解を広げかねない。当初は穏便に済ませたかったが、当の本人がこれだけどうどうと入ってきているのだから、もう細かいことはいいだろう。赤沢さんからの二言目が出る前に、僕は口を開く。

 

「ところで、今現在この部屋は関係者以外立ち入り禁止だけど」

 

 その僕の一言で、ようやく彼女は反応を見せた。一瞬肩をビクッと震わせ、僕の方を仰ぎ見る。

 

「……何言ってるの?」

 

 彼女のセリフに同調するように周りの視線も僕へと集まってくる。……なんだか僕が注目の的みたいになってしまった。これはあまり面白い(・・・)展開ではない。種明かしをしようかと僕が口を開きかけた、その時。

 

「……あなた、『ミサキ』でしょ? 藤岡未咲(・・・・)。何してるの?」

 

 予想していないところから彼女の本名(・・)が飛び出したことに驚き、僕はその声の主を見る。見れば、他のクラスメイトも、そして呼ばれた藤岡未咲本人(・・)もその様子だった。

 

「あーっ! さゆりん(・・・・)じゃない!? 柿沼小百合、そうでしょ!?」

「そうだけど……」

「うわー、ひっさしぶりー! 元気してた!? 5年ぶりだっけ? 変わんないねー! あ、さっきの映画の脚本書いたんだっけ? よかったよ、あれ! さっすがさゆりん!」

 

 もはや見崎のフリ(・・)をする気もなし。彼女はキャーキャーと騒いで柿沼さんと2人だけの世界に入りつつある。そんな2人についていけないとばかりに、赤沢さんはため息をこぼして僕へと声をかけてきた。

 

「恒一君、何か知ってるんでしょ? さっき彼女が入ってきた時に『関係者以外立ち入り禁止』って言ってたし。どうも見崎さんじゃないみたいだけど、彼女何者?」

 

 今この場にいる、状況を知らない人達皆の疑問だろう。やれやれと僕もため息をこぼし、答える気が全くない本人に代わって解答することにした。

 

「彼女は藤岡未咲さん。このクラスの見崎鳴の……従妹だよ」

 

 双子の件は伏せて、表向きそういうことになっている従妹、で僕は彼女を紹介した。それを聞いてその場にいた事情を知らないクラスメイト全員がざわついた。その頃になって、いや、おそらく柿沼さんに促されてだろうが、ようやく藤岡さん本人は全員に改まって頭を下げ、挨拶を始めた。

 

「あ、お騒がせしてしまってすみません。私、このクラスの見崎鳴の従妹、藤岡未咲です。いつも鳴がお世話になってます」

 

 そう言うと、左目につけていた眼帯を外す。そこには本来見崎にあるはずの「翡翠の目」はなく、見た目こそそっくりであれど見崎鳴とは別な人であることをはっきりと表していた。

 

「見崎さんの……従妹!?」

「マジかよ!? すっげえそっくりじゃねえか! ってか見崎の苗字と同じ名前だし!」

 

 口々に皆が思ったことを話し始める。だが彼女のの正体を知っている僕の興味はそこと別なところにあった。

 

「柿沼さん……藤岡さんのこと知ってたの? さっき藤岡さんに渾名か何かで呼ばれてたみたいだけど……」

「ええ、まあ……」

「さゆりんとはね、私が小5になる時に転校するまで親友だったの。書いてる物語が面白くて、いつも読ませてもらってたんだ」

「見崎さんの義眼のことは……前もって未咲に聞いて知ってたの。だから、以前からそれを使った案は考えていたこともあって、犯人役を見崎さんにお願いしたくて……」

 

 なるほど、とようやく事態を把握した。柿沼さんが見崎の目のことを知っていた理由、犯人役に彼女を推薦した理由。加えて、そういえば藤岡家は霧果さんの要望だったか少し遠くに引っ越した、という話も思い出した。柿沼さんとはそのときまで仲が良かったということか。

 その時、「……ああ、そういうことか」という声が聞こえてきた。声の主は杉浦さん。何事かと僕が問うより早く。

 

「何がそういうことなのよ、多佳子?」

「泉美、以前言わなかった? 小学校の時見崎さんそっくりな子を見かけてたけど、5年生ぐらいの時に転校して行った、って。……藤岡さん、だったかしら? 柿沼さんと一緒ってことは私とも同じ小学校のはず。転校する前は紅月小に?」

「はい、そうです。転校した後は朝見台小ですけど。……というか、さっき映画で鳴に刺された人ですよね!? すっごかったです! あの鳴に刺された瞬間の顔、とても怖かったです!」

「あ、あはは……ありがと。……やっぱりね。何が『ドッペルゲンガー』よ。性格真逆だけど容姿はくりそつ(・・・・)な従妹が、我が母校に在籍してたってだけの話じゃない。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってことね」

 

 「はぁ?」と勅使河原は解説を求めるが彼女はそのつもりはないらしい。後学のためにも、彼には後で辞書を引いてもらうなり誰かに聞いてもらうなり、自主的に調べてもらいたいところだ。

 ともあれ、予想外の藤岡さんの登場でクラスが混乱気味なのは事実だ。「朝小に見崎さんそっくりな子っていたっけ……?」などと有田さんや佐藤さん、渡辺さん辺りが話している。

 そこでざわめきを切り裂き、「あーっ!」という声が響く。もう声の主を確認するまでもない。今現在この場のトラブルメーカーとなっている藤岡さんその人だ。

 

「渡辺珊さんですよね!?」

「え!? え、ええまあ私の名前はそうだけど……」

「あのベーシストの『SUN』ですよね! この間鳴に頼んでサインもらったんです! 同い年なのに演奏かっこよかったし私ファンになっちゃって……」

「ちょ、ちょっと待って! ベーシストとか、私そんな大したものじゃないし!」

 

 ……ミーハーだ。サインをもらった、と聞いたときから思っていたがそれ以上にミーハーだ。さっきの杉浦さんへの絡みといい相当だ。彼女がいて今クラスが盛り上がってるのは事実だが……一応反省会も兼ねているから、あまりかき乱されると困るところだろう。

 

「藤岡さん、クラスの皆と仲良くしているところ申し訳ないんですけど、これから少し今後の方針も話し合わないといけないんです。ですので……」

 

 やんわりと、しかしはっきりと席を外してほしいという意図を込めて発言したのは桜木さんだった。さすがクラス委員、まとめるのがうまい。というか、ここで引かないとはっきり言って後が怖い。

 

「あっ……。そうですよね。すみません、私調子に乗ってはしゃいじゃって……。鳴がさっき見送りの場にいないものだからってつい出来心で潜り込んじゃいました……」

「いえ、いいんです、わかっていただければ。じゃあ……榊原君、彼女を案内して一緒に文化祭を回ってきてはどうですか?」

「えっ!? 僕が!?」

 

 と、そこで不意に僕に矛先が向いたために、意図せず間の抜けた声を出してしまった。

 

「はい。彼女と顔見知りみたいだし、メインキャストに追加で役割を分担するのもなんなので。まあ気が向いたときにまた見送りにでも戻って来てもらえれば十分ですよ」

「でもメインキャストっていうなら、桜木さんも……」

「私は早々に杉浦さんに刺されて退場してますし」

「……なんか引っかかる言い方よね、それ」

 

 杉浦さんの抗議の声に対し、彼女は無視を決め込んだらしい。あくまで僕に笑顔を向けてくるだけだった。こうなってはやむを得ない。委員長の方針に従うことにした。

 

「じゃあ……お言葉に甘えて」

「はい。いってらっしゃい」

 

 クラスメイトの集中するまなざしを――特に本番前だからか、やけにピリピリしたような視線を赤沢さんから感じたが――僕は藤岡さんを連れて校内を回ることにした。部屋を出ようと言うところで再び藤岡さんが皆に頭を下げる。

 

「じゃあこれで失礼します、お邪魔してすみませんでした。映画、すごく面白かったです。あと、鳴とも仲良くしてあげてくださいね」

 

 そう言い残し、彼女は仲が良かったという柿沼さんに笑顔で手を振って部屋を後にした。手を振られた柿沼さんの方は無表情ではあったが、一応右手を上げて応えているようではあった。とりあえず僕もそれに続き、教室を後にする。

 まあそれはいいのだが、どうにもこうにも……。これはあとで勅使河原辺りにいいようにいじられるんじゃないかという予感だけはしてならなかった。

 

 

 

 

 

「それで、どこに案内してくれるの、榊原君?」

 

 さっきまでの騒動をまったく反省した様子もなく、傍らを歩く彼女は楽しそうに僕に尋ねてきた。

 

「その前に藤岡さんさ……。よくああいうこと出来るよね……」

「ああいうこと?」

 

 あれだけのことをやっておいて「記憶にございません」とばかりに指を顎に当てて考え込む彼女を見ていると、本当に見崎の「半身」かとどうにも疑問に思えてくる。

 

「見崎のフリをして平気で部屋に入ってきちゃうってこと」

「ああ、そんなことか」

 

 そんなこと、ではすまないと思うのですが……。だがそれでも彼女にとっては取るに足らない些事らしい。

 

「だって部屋出た後、あそこで普通に榊原君と話しても面白くないじゃない? しかも脚本さゆりんだったし、主演のくせに鳴はあの場にいないし……。だったらもう潜り込むしかないと思わない?」

「思わないよ……。少なくとも僕は」

「むー、そんなもんかな……。榊原君はさ、探究心というか冒険心みたいなものをもっと持ったほうがいいんじゃないのかな?」

「君が持ちすぎなだけだと思うよ」

 

 あはは、と笑いながら「そうかもねー」などと彼女は他人事のように答える。そんな彼女の様子に僕はため息をこぼすしかなかった。

 

「それで最初の話に戻るけど、どこに案内してくれるの?」

「どこって言われてもね……」

「あ、じゃあ最初に鳴探そうよ」

 

 なるほど、それはいい案だ。しかしもしかしたら……探しているだけで文化祭が終わってしまう可能性もある。

 

「実は初回の上映前に心当たりある場所に行ったんだけどいなかったんだよね……」

「他に心当たりある場所は?」

「あるにはあるけど、いるかどうかは」

「じゃあこれ使えばいいじゃん」

 

 そう言って彼女は懐から携帯を取り出す。ああ、そうか。何故気づかなかったのだろう。今なら番号がわかるんだから、その方法があったじゃないか。

 言うが早いか、藤岡さんは慣れた手つきで携帯を操作し、電話を耳元へ近づける。ややあって、あまり周りの目を気にした様子もなく話し始めた。

 

「あ、もしもし鳴? そう、私。鳴のクラスの映画見たんだけど、教室にいなかったからどこにいるのかなと思って。……え? 何気にしてるの? すごくよかったじゃん、あの『そんなわけないじゃない』とか言うシーンとかさ。……あーもう電話じゃ色々話し足りないから今いる場所教えてよ! ……はいはい、旧校舎の美術室の前ね。……ああ、大丈夫大丈夫。榊原君一緒だから迷わないよ。それじゃね」

 

 通話を終え、携帯をしまいつつ彼女は僕の方を見上げる。

 

「というわけで美術室前で待っててくれるってさ」

「旧校舎……0号館か。やっぱり第2図書室の方だったのかな」

 

 あそこは彼女にとってお気に入りの場所だ。今日もきっとスケッチブックで何かを書いたりしていることだろう。

 

 そう思い至ったところで、あることに気づいた。

 

「そうだ、見崎の展示品ちゃんと見てなかったっけ……」

「え? 展示品?」

「うん。美術部は文化祭に創作物を展示して……」

 

 そこまで言ったところで、失敗したという後悔が若干押し寄せてくる。確かに見崎のあの油絵が最終的にどうなったのかは見たい。見たいが、このまま藤岡さんを連れてあそこに行くということは、少々よろしくない事態になるのではないかという考えに至る。

 

「あ、じゃあ鳴の作品が展示されてるんだ。……あれ? 確か榊原君も学期明けから美術部に所属した、って鳴が言っていたような……」

 

 つまりは、そういうことである。さっきの映像作品の演技もそうだが、自分が急ごしらえで作ったあの作品を他人に、それも知っている人間に見られるのはやはりどこか恥ずかしいのだ。

 

「やった! じゃあ私2人の作品見られるんじゃん! ほらほら、早く行こうよ! 美術室ってこっちでしょ?」

 

 そんな僕の心など露知らず。彼女は案内役のはずの僕より前を歩き先導し始める。文化祭のパンフレットに校内の見取り図もある。だから間違えないのだろう。

 

「それにしても榊原君のクラスの人、面白い人ばっかだね。さゆりんいるし、珊さんいるし」

「『変わり者の多い3年3組』なんて言われてる。……君も余裕で入れると思うよ」

「えー? そうかな?」

 

 自覚無しですか……。あれだけミーハーにキャーキャー騒いでいたというのに。まあミーハーついでだ、もう少しそれで話を膨らませてみよう。

 

「藤岡さんさ、さっき部屋に入ってきた時に『どこ行ってたんだ』みたいに言ってきた髪2つに結んでる子と、入り口で受付やってたショートカットの子、覚えてる?」

「えーっと……。あのちょっときつそうな人? なんとなく覚えてる。後のほうの人は……うろ覚えだけど」

「あの2人、演劇部なんだけど明日の劇で主役なんだってさ。見たい?」

「え、ほんと!? 見たい見たい! ……よーし後でもう1回榊原君のクラスに行ってどの人がチェックしておこう」

 

 いやはやまあなんと言うか……。この様子では明日劇が終わった後にうちのクラスに来てサインとか求めそうだ。

 

 そうこう話をしているうちに0号館に着いてしまった。見崎は、と探すより早く、美術部の展示を見に来る人を避けるように廊下の隅に1人たたずんでいる姿が目に飛び込んでくる。

 

「鳴、やっほー!」

 

 藤岡さんも彼女を見つけたようで、人懐こい笑顔を浮かべながら駆け寄る。それに対し、見崎は特に反応はなく、藤岡さんに抱き疲れても無反応のままだった。

 

「どうしたの鳴? ご機嫌斜め?」

「……未咲、3組の映画見たんでしょ?」

「そりゃ勿論ばっちり。いい演技してたじゃない」

 

 それを聞くと見崎の眉が僅かに、面白くなさそうに動いた。

 

「あ、もしかして恥ずかしがってる?」

「……あまり見られて嬉しいものじゃないし」

「そんなことないって。さっきも言ったけどあの振り向いた瞬間の表情、ばっちりだよ。帰り際のお客さんも皆そのこと言ってたみたいだし」

 

 はぁ、と見崎はひとつため息をこぼした。おそらく彼女も僕同様、褒められるとしてもどうもむず痒い思いをしているのだろう。

 

「……あんまりその話したくない。なんだか、本当にやりたくないのに榊原君を刺さなくちゃいけない衝動に駆られたような思いで演じてたから、あんまりいい気分じゃなかった」

「あ、僕も一緒。なんだか本当に見崎を刺しちゃったみたいで。……見崎じゃなくても、親しい人の命を奪うとか、考えただけでもぞっとするよ」

 

 そんな同意見を述べた僕達2人を見比べた後で、藤岡さんはニヤニヤと笑みをこぼす。

 

「いやあお二人とも気が合うご様子で……。さすがあの映画の主役とヒロイン、ですねぇ」

「だから未咲、その話はやめてって」

 

 見崎にしては珍しく強い語気だったのだろう。「はいはい、了解」とそれ以上藤岡さんはからかおうとはしなかった。僕としてはそれは非常に助かる。

 

「……で、見崎は第2図書室にいたの?」

「今は入れない。さすがに部屋主も不在だからか、鍵がかけてあった。仕方ないから美術部の部室にいたの」

 

 確かに少し考えれば防犯と言う面から考えて第2図書室は施錠しておくのが妥当。なら仕方なく部室という選択だったわけか。

 

「一応。……赤沢さんが主役不在で見送るのは遺憾だとお冠だったよ」

「犯人役だった私がいたら皆寄ってくるでしょ? そういうの……好きじゃないし」

「そうだねー。『犯人役の子いないの?』って言ってる人いっぱいいた」

 

 藤岡さんの補足を受け、再び見崎はため息をこぼした。

 

「少し悪いとは思うけど、この後もお客さんの見送りに行くつもりはないから。……ま、それはいいや。展示品、見に来たんでしょ?」

 

 そういえばそうだったと思い出す。同時に、自分のあれが見られるのかと思うと、またしても少し重い気持ちになるのだった。

 だが見崎はこっちに関しては特段そんなことはないらしい。さっさと美術室へと入っていってしまう。遅れて僕達もそれに続いた。

 

 美術室の中にいる人の数はまばらだった。美術部の制作物という見る相手を選ぶということに加え、離れた旧校舎なせいもあるのだろう。

 展示されているものは様々だった。僕が制作したような粘土細工や、見崎が取り掛かったはずの油絵。その他定番の水彩画や意外なところではコラージュなんてやった人までいる。それらを眺めながら藤岡さんは「へー」だの「ほー」だの、関心した声を上げていた。

 

「……で、鳴のは?」

 

 ある程度見たところで彼女はそう尋ねてきた。それに対して見崎は無言で油絵の1つを指差す。どうやら見られることにそれほどの抵抗はないらしい。実のところ、僕もちゃんとした完成品はまだ見ていない。楽しみにしつつ、その絵へと近づいていく。

 

「へぇ……」

 

 今の藤岡さんのそれは、これまでの声と明らかに違うトーンだとわかった。かくいう僕も、意図せず感嘆の声を漏らしていたかもしれない。

 見崎の油絵は、かつて見たときと比べて変わっていた。以前見たキャンバスが引き裂かれたようなその超絶技巧はそのままに、しかし半分の顔は変わらず物悲しそうであったものの、もう半分は対照的に安らかな表情へと変わっていたのだった。付けられているタイトルは「半身」。

 

「……見崎、この絵のモチーフ……霧果さんだよね?」

 

 聞こうか迷ったが、僕は思った疑問を口にする。

 

「……まあ、ね」

「でもどうしてタイトルが『半身』なの? 僕の中でその言葉を聞くと……その、君と藤岡さんを思い浮かべるんだけど……」

「あの人も……お母さんも、同じじゃないかって思ったの」

「同じ?」

「そう。お母さんは流産で我が子を失った。それこそ、我が身の半分を失ったようなものだと思う。……確かに私は養子ではあったけど、我が子のように愛情を注いでもらった。でもいくらそうしてもらったところで、養子の私じゃその心は埋められないんじゃないか。だからああやって人形を作り続けてるんじゃないか。ずっとそう思ってた」

「鳴……」

 

 どこか申し訳なさそうに、藤岡さんは見崎の方を仰ぎ見る。だがそれに対して見崎は首をゆっくり横に振った。

 

「そんな顔しないで、未咲。……今の話にはまだ続きがあるの。確かに私は霧果の実の子じゃない。だけど、人並み以上に注いでもらったであろう愛情は本物だと思ってる。なら……きっと私達は血の繋がりとか関係なく、いつか親子として繋がれるんじゃないか。そうも思えるようになってきたの」

「見崎……」

 

 正直言って驚いた。夏に会ったときは少し余所余所しく霧果さんのことを呼んでいたために心配したのだが、杞憂だったか、あるいはちゃんとお互いに話し合って、一時的に齟齬が生まれていただけかもしれない。もしくは、たまにしか帰って来ないと言っていた、今も世界を飛び回っているであろう彼女の父の存在もあるだろうか。とにかく、見崎がこのことに自分なりに、そして前向きに解決を目指しているとわかって、安心したような、改めて彼女に感心したような、そんな感覚を覚えていた。

 

「だからね、これはそうなった時……お互いに『繋がった』時に、お母さんが見せてくれるであろう表情を願って、半分を描き変えた絵。……夏休み明けから手直しなんて結構無茶やったおかげで、制作完了がギリギリになっちゃったけど」

 

 それでも、僕はこの絵を、月並みな言葉で申し訳ないが、心から素晴らしいと思った。キャンバスが破けているのではないかと錯覚させるような見崎の超絶技巧もさることながら、願いを込めて描き直された絵。この絵の通りになってほしいと、僕は思うのだった。

 

「……鳴、変わったね」

「そう?」

「前はもっと……悲しいような絵が多かった気がした」

 

 そう言って感慨深げな表情を浮かべた後で――藤岡さんは突如ニヤッと笑みを浮かべて顔の色を一新させた。

 

「……さあ! 次はお待ちかね、榊原君のだよ!」

 

 ああ、そうだった。見崎の見事な絵といい話ですっかり忘れていたが、そういえば僕のもここに展示してある。そして彼女はそれを見るためにここに来たのだった。

 あいにく僕は見崎のように「見られても構わない」というほど自分の作品に自信があるわけでない。なにせ入部して短期間で、自分としては全力を尽くしたつもりでも、結局は突貫工事となってしまったことは否めないからだ。

 それでも案内しないわけにはいかないだろう。粘土細工が展示してある一角へと足を運び、「これだよ」と、決まりの悪そうに自分の作品を紹介した。

 

 もしかしたらからかわれるとか、見崎の素晴らしい油絵の後と言うこともあるから笑われて、「もっと頑張りなよー」とか冷やかされるのも覚悟していた。だが2人ともそんな反応は微塵も見せず、お世辞にも出来がいいともいえないであろう僕の作品を何やら思うところあるように眺めているだけだった。

 

「何か……感想とかは?」

 

 さすがに不安になり、思わずそう尋ねる。しばらく考えた様子の後で、見崎が口を開いた。

 

「……なんか、榊原君っぽい」

「うん、榊原君っぽいよね」

「……それ、褒めてるの?」

 

 馬鹿にされたわけではないだろうが、褒めてるとも捉えにくい。どう反応したらいいか、逆にこっちが困ってしまった。

 

「だってこれ、鳴の影響受けてるでしょ?」

「まあ……否定できないね」

「だけどこういうの……嫌いじゃないかも、ね」

 

 なんだか複雑な心境だが、まあよしとしよう。慣れない作業を、クラス出し物と並行して短時間で仕上げたにしては上出来、そう思うことにする。少なくとも、目の前の2人にはそこそこ好評価のようだ。

 

 僕は改めて自分の作品へと目を移す。実に単純な、右手の手首から先だけを模して粘土で作った制作物。「繋がり」というタイトルをつけたその作品を、やはり自画自賛する気にはなれず、僕はどうしたものかと思いながら目を逸らすことしかできなかった。




ホラー映画とか怖くて見られないので、もじってつけたタイトル元の映画は評判でしか知りません。

本編でも述べましたとおり、藤岡さんは4年まで紅月小→5年から朝見台小という設定で書いています。以前確か赤沢さんの設定で4年まで飛井小→5年から紅月小ということを書いたかと思いますが、行き違いになった形になります(ちなみに、桜木さんは飛井小出身、杉浦さんは紅月小出身の設定です)。
有志がまとめたモブの住所表から適当に小学校名つけて、「おそらくそこに通っていたんだろう」なんて考えで書いてるだけなんですけどね。

あと渡辺さんの「デスメタルでベースをやっている」までは公式設定ですが、「SUN」なんてベタベタなネーミングはオリジナルです。「珊」だしまあそれでいいかと深く考えてもいなかったり。

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