あなざー ~もしも夜見山北中学3年3組に「現象」がなかったら~   作:天木武

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#05

 

 

 勅使河原が弁当を食べ終えた後で約束どおり校内案内をしてもらうことになった。当初校舎自体にそこまで古い、という印象はなかったのだが、中を歩いてみると前にいた学校よりは遙かに年季が入っている。

 僕が在籍する3年3組のある棟はC号館というらしく、あとは職員室や実習室のあるA号館、それからB号館と案内してもらった。地方の中学校にしては、という言い方をしては失礼なのかもしれないが、前にいた中学校と同じぐらいの広さがある。が、どこもやはり建物の年季自体はかなり入っていた。

 その年季ということで言うなら、極めつけは0号館と呼ばれる旧校舎だった。

 

「0号館?」

「そ。これだよ」

 

 そう言って勅使河原が最後に案内したのはいかにも古そうな、2階建ての木造の校舎である。

 

「今じゃ美術室と第2図書室が使われてるぐらい。2階は使われてもいない。というか、立ち入り禁止になってる」

「へえ……」

 

 そういうところを見ると、やはり失礼かもしれないが、地方の中学校だなという印象を持つ。

 

「……とまあ校内はこんなもんだ。ま、困ったり迷ったりしたら先生か誰かに聞きゃあいいんだけどな」

 

 身も蓋もない発言は勅使河原だ。それを言ったらこの案内の意味合いが薄れてしまうだろう。

 

「ごめんね、榊原君。こいつこんなだから、なんだか無理矢理連れ出したみたいで」

「気にしてないよ。むしろありがたいぐらい」

 

 やはりこういう時には無理矢理にでも相手に合わせてしまう。悪い癖だ。とはいえ確かに感謝しているのは事実だが。

 

「そうそう。俺は感謝されることはしても迷惑がられることはしてないからな」

「あのな。榊原君はこう言ってくれてるけど、お前のその強引なところは……」

 

 歩きながら2人の口喧嘩が始まる。なるほど、こういうところも腐れ縁か、と思わず笑ってしまった。

 と、そんな具合で渡り廊下を歩いていた時だった。

 

「あ……」

 

 僕は思わず足を止める。まだ口論している2人は僕の様子に気づかないまま歩みを進めてしまっているようだが、今の僕にとってそんなことはもう気にならなかった。いや、正確にはそれ以上の関心事が目に飛び込んできた、というべきだろう。

 0号館の手前にあった中庭の、木陰にあるベンチ。春の麗らかな日差しが僅かに差し込むそこで、その光によって溶けてしまうのではないかというほど希薄そうに見える彼女(・・)の姿を見たからだ。

 

 見ると同時、僕の足は前を歩く2人のことなど完全に忘れ、彼女の方へと進んでいた。

 

「やあ……」

 

 自分でも緊張しているのがわかるぐらい乾いた声色だったが、構わず彼女に声をかける。だが僕の声が聞こえなかったのか反応がない。

 

「ミサキメイさん……だよね?」

 

 そこでようやく彼女は僕の存在に気づいたように顔の向きをゆっくりと変え、僕を見上げた。

 透き通るほどの白い肌に、やはり左目には医療用の眼帯。傍らには昼食だろうか、コンビニの袋がある。

 

「えっと……ここで昼ご飯? そのコンビニの袋……」

 

 しかし彼女は僕の質問に答えることなく、感情を読み取れないような無表情のまましばらく僕を見つめ、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「……よかったの?」

 

 この学校で、初めて聞いた彼女の言葉はそれだった。主語も目的語も欠落した、そもそも問いかけの意味さえわからないその一言に、僕は何も返すことが出来ずに「えっ」とこぼしただけだった。

 

 不意に、彼女は傍らの袋を無造作に掴むとそのまま立ち上がった。

 

「……気をつけたほうが、いいよ」

 

 すれ違い様、二言目に彼女はそう呟いた。言葉の意図を図りかねて彼女の姿を目で追う。

 

「もう、始まってるかもしれない……」

 

 気をつけたほうがいい? もう始まってる?

 

 どういう意味かわからず僕は立ち尽くす。横を通り過ぎる彼女に声をかけることも一瞬忘れ、我に返った時にはもうミサキメイの姿は見えなくなってしまっていた。

 

 そう、それこそまるで消えた、いや、最初からそこにすらいなかったかのように……。その時春の風が吹き抜ける。温かいはずのその風が、このときだけは不気味なほど肌寒く感じた。

 

「おーいサカキー! 何やってんだ!?」

 

 僕を現実に引き戻したのはその勅使河原の声だった。

 

「俺と風見が話してる間に勝手にいなくなりやがって……。おまけに次は体育だ、さっさと着替えねえと間に合わなくなるぞ!」

 

 そういえばまだ昼休みだった。そして彼の言葉の通り、次の授業は体育。どうせ見学の僕は着替えもないからそれほど急ぐ必要はないのだが、まあそれは僕1人の都合の話だ。

 

「ごめんごめん」

 

 まだ不機嫌そうな勅使河原に謝罪の言葉を述べつつ、校内へと僕は戻る。が、ふともう1度振り返り、さっきまで彼女が座っていたはずの場所を見つめる。

 

 やはりそこには彼女が座っていた形跡はもうなく、初めから誰も座っていなかったかのように見えただけだった。

 

 

 

 

 

 体育の見学というのは退屈だ。皆が楽しそうに体を動かす中、グラウンドの端でそれを見ているわけだから。

 果たして僕が皆のように体を動かせるのはいつだろうか、と考えをめぐらせた後で、運動するクラスメイトから目を逸らして空を眺める。さっきまで晴れていたはずなのにどんよりと雲が広がってきていた。あいにく今日は傘は持ってきてはいない。とはいえ、今日の帰りは祖母が迎えに来ることになっている。降られたらまあその時か、と深くは考えないことにした。

 

「榊原君も見学なんだ」

 

 と、その時不意にかけられた声にその主の方を振り返る。色白で痩せ型の男子、廊下側一番後ろの席の高林君だ。

 

「胸の病気で入院してたからね。運動はしないようにって言われてるんだ。高林君は……」

 

 言いつつ、休み時間に彼と1度話した時に得た情報を思い出す。そこでまずい、と気づいたが後の祭りだった。

 

「僕は生まれつき心臓が弱いからね。だから、激しい運動はできないんだ」

「そっか……。ごめん……」

 

 やってしまった。こんな風に触れないほうがいい話題に触れてしまうとどうしても自己嫌悪に陥ってしまう。相手の気分を害してしまった、と申し訳なく思ってしまうのだ。

 そもそも彼は今日は遅刻で3限目からの登校だった。その時に聞いた話なのだから印象としては強かったはずなのに、昼休みのことで頭が一杯だったのか、すっかり失念してしまっていたのだった。

 

「あ、気にしないで。僕は全然気にしてないから」

 

 まるで僕の心の中を見透かしたかのように高林君はそう言葉を返してくる。僕は社交辞令と捉えて場を繕うように愛想笑いを作った。

 

「……というか、今じゃこの体にはきっと何か意味がある、そう思うようになったから」

「意味がある……?」

 

 言葉の意図がつかめずにその言葉を反復する。

 

「うん。確かに僕は生まれつき心臓が悪い。でもね、こんな風に他の人と比べてフェアじゃなく僕の体が出来てるのは、神様が僕に与えた試練なんじゃないか、って思うんだ。いつか皆のように思いっきり跳んだり走ったり、そんなことができる日がやって来て、試練を乗り越えたって思ったとき、自分はこんなに強くなったって実感できるんじゃないかって。だとしたら、僕のこの生まれつきの体には意味がある、そう思えるんだ」

 

 なるほど、そんな風な考え方もあるのか。まったく思いつかなかった。

 あまりにも前向きな高林君の言葉を、僕はただ驚いて聞くことしか出来なかった。気胸が再発した時、そんな風には到底考えられなかった。僕から言わせてもらえばたとえ体が弱くても高林君は十分強い、そう思えた。

 

「……いつか、思いっきり走れる日がきっと来るよ」

 

 いや、来てほしい、という願いも込めて僕はそう言った。一瞬驚いた表情を浮かべた高林君だったが、その表情が緩んでいく。

 

「ありがとう。……そうだね。いつか、そうなるといいな……。……なんて言っても、でもやっぱり体は正直なんだよね」

 

 意味ありげな一言に僕は彼の方へと視線を移す。見れば高林君は少し苦しそうな表情を浮かべ、胸の辺りを手で抑えていた。

 

「大丈夫? 保健室に……」

「大丈夫、いつものことだから1人で行けるよ。本当は今日休む予定だったのを無理して出てきたのもあるかもしれないし……。ちょっと保健室で横になってれば落ち着くと思うから」

 

 僕の申し出を断り、高林君が校舎の方へと歩いていく。無理にでも着いていこうか、とも思ったが、もし自分が同じ立場だったら余計な気を遣わせたくないと思うだろう。

 それに……。さっきのように考えられる彼はきっと僕なんかよりずっと強い。僕の助けなど必要ないだろう、と思ったからでもあった。

 

 高林君が校舎へと向かっていく。その背を途中まで見送った後で僕はベンチに腰掛けなおし、物思いに耽ることにした。

 2度目の気胸の時、またかと思うと同時に面倒なこの体を呪うことしかできなかった。でも、これにももしかしたら意味があるのかもしれない……。

 ……いや、ない、と思う。あんな風にポジティブに考えられるのは聖人君子か何かじゃないか。少なくとも僕にあんな考えは出来そうにない。

 

 まあいいか、とため息をこぼして今の僕が本来あるべき姿、すなわち「見学」に戻ることにする。今日は体力テストか何かか、今は男子が持久走、女子が幅跳びをしている。

 男子の方は勅使河原がぶっちぎり、風見君に一周差をつけていた。あんなに運動神経がいいのに……確か帰宅部とかいってた気がする。なんだか勿体無いような……。

 一方の女子の方は綾野さんの番らしく、幅跳びのための助走をつけ始めていた。が、踏み切る直前につまずいたのか、記録と言えそうにない距離を飛んだだけで不恰好に砂場に突っ込んだ。周りの女子から笑い声が起きている。

 その女子の中、「彼女」を探すが……。見当たらない。見学か、あるいは保健室にでもいるのだろうか。

 と、そこで僕はあることに気づいた。女子は全員見た顔――早い話がクラスメイトであり、男子も同じ。つまり1クラスのみで体育を行っているのだ。だが前の学校では2クラス合同で体育が行われていた。その方がサッカーやバレーボールなどの団体競技を行いやすいからだろう。

 

 そんなことを考えていたせいか、僕は近づく足音に気づかなかった。

 

「榊原君も、体育は見学ですか?」

 

 ベンチに腰掛けたまま、呆けたように前を見ていた僕はその声に驚いて、声の方を振り返る。

 掛けてきた声同様のほわっとした雰囲気の顔に特徴的な眼鏡。今朝壇上から緊張気味に転校の挨拶をした時に微笑み返してくれたのと同じ表情で、クラス委員の桜木さんがそこに立っていた。

 

「ああ……うん、まだ病気が完治、ってわけじゃないからね」

 

 そう言いつつ、彼女の全身をチラリと眺める。その右足に痛々しく包帯が巻かれていた。おそらく見学の原因はそれだろう。

 

「そう言う桜木さんは、その足が?」

「あ……そうなんです。昨日転んじゃって……」

 

 困ったような表情を浮かべ、桜木さんは右足の包帯を手で触れた。

 

「隣、座ったら?」

「あ。ありがとう」

 

 そのまま桜木さんがさっきまで高林君が座っていた場所に腰を下ろす。だが特に何を話すというわけでもなく、沈黙が流れた。

 やはりこういう沈黙はあまり好きになれない。何か話題を切り出そうと考えたところで、さっき頭に浮かんだことを思い出した。

 

「そういえば……体育って1クラスだけなんだね」

「3組だけが合同じゃないの。他は1組と2組、4組と5組が合同で……」

「3組だけ?」

 

 なぜだろうか。普通は端のクラスが余るはず。なのになぜわざわざ真ん中の3組だけが……。

 

「おかしな話ですよね」

 

 その言葉の通り、桜木さんは笑いながらそう言った。

 

「毎年違うの。去年は1組と4組、3組と5組が合同で2組だけが単独だったんです」

「なんでそんな風に……」

「担任の先生の『初仕事』の結果だから」

「『初仕事』?」

 

 何かの隠語だろうか。いまひとつ意味がつかめそうにない。

 

「この学校、毎年クラス替えがあって、担任も変わるんです。それでクラス担任が決まった時、各クラスの担任の先生たちが集まって、くじ引きをするんです。それが担任となったクラスでの初仕事。そのくじで体育が合同になるクラスと単独になるクラスが決まる、と」

「へえ……」

 

 はっきり言って、面倒じゃないかという感想しか出てこない。つまり体育の先生は毎年、いや、学年ごとに何組と何組が合同、と覚えなおさないといけないわけだ。不合理ではないかと思う。

 

「一応公平を期すために、奇数のクラス数の時はやるんですよ。やっぱり体育は人数が多い方が楽しいだろうから、ってことで」

 

 確かに「人が多い方が楽しい」というのはさっき僕が思ったことではある。それにくじなら一応公平でもある。

 

「でも、だったら3クラスと2クラスにすればいいんじゃない?」

 

 それでいいじゃないか、と僕は思って口にした。その方が時間割だって組みやすいだろうに。

 

「そういう案もあるんだけど……。でも3クラスだと体育の先生が色々まとめにくいとかなんとか……。それに2クラスだと授業中にクラス対抗で、なんてことも簡単に出来るし面白いからいいんじゃないかな、って私は思うな」

「ふうん……」

 

 少し意外だった。勅使河原情報によると桜木さんは非常に頭がいい、ということだったから、てっきり合理主義者だと勝手な想像をしていた。そこで出てきた「面白そう」という発言は少々予想外だった。

 

「でも単独クラスになっちゃうとそのクラスの体育のモチベーションが下がっちゃうのは事実だと思うけどね。ちなみに……久保寺先生もそのことは気にしてて。担任になって最初のホームルームで自己紹介の挨拶をした後、体育のくじで単独のくじを引いてしまってすまない、っていきなり頭を下げたんですよ」

「久保寺先生が?」

 

 こっちも意外だ。なんだか言っちゃ悪いが頼りなさそうな先生と思ったが、そうでもないらしい。

 

「先生、あんな感じだからよく誤解されるけど、クラス委員で先生と話す機会があって気づいたんです。実は意外と生徒思いな熱い心を持ってる人なんだって。……あとそれなりのユーモアさも」

 

 人は見かけによらない、か。勅使河原曰く「変わり者が多い」という3年3組は、どうやら担任まで入ってるらしい。

 

「だから、困ったことがあったら先生に相談するといいですよ。親身に答えてくれるから」

「何かあったら、そうするよ」

 

 今のところは特に困ってない。クラスの皆は転校生の僕に優しく接してくれてるし、前の学校で大分進んでいたおかげもあって勉強がついていけないというのも大丈夫そうだ。

 

「是非そうしてください。……あ、相談する相手はクラス委員の私でもいいけど」

 

 朝見せてくれたような微笑が再び目に入る。なんだかそれだけで心拍数が上がったような気がして、僕は思わず彼女から目を逸らした。

 目を逸らした先のグラウンドでは相変わらずクラスメイトたちが体を動かしている。そのまま目を空へと向けると先ほどよりもどんよりと雲が広がっていた。

 

「……あれ? そういえば高林君も見学だったと思ったけど……」

「さっき体調が悪いって保健室に。着いていこうと思ったけど1人で大丈夫だって」

「そっか。高林君、体が弱いけどその分心が強いから、そういう時断るんですよね。私もそう言われたことあるから」

 

 ふうん、と相槌を打ちつつ、やっぱり彼の心は十分に強いんだなと改めて実感した。次いで、この話の流れで忘れかけていた、本来いるはずなのにいないある人物のことを思い出した。授業を受けている生徒の中に姿は見えないが、ここに見学に来ているわけでもない彼女のことだ。

 

「あのさ……桜木さん」

「なんでしょう?」

 

 高林君の見学を知っていたクラス委員の彼女なら何か知っているのかも。そう思って切り出した。

 

「この体育の見学者って……」

 

 その時――。

 

 季節違いの春一番だろうか、ビュウと突風が吹き抜けた。

 

「きゃっ……!」

 

 思わず桜木さんが小さく悲鳴を上げ、僕も目を閉じて顔を風から背ける。

 そして背けた顔の先。目を開いた時に入ってきた校舎、その屋上。

 

 1人の少女の姿が目に入った。

 

「あ……」

 

 間違いない。彼女だ。

 

 そう認識すると同時、僕は半ば反射的にベンチから立ち上がっていた。

 

「あの……榊原君?」

 

 桜木さんの僕を呼ぶ声が聞こえる。でもそれに振り返ることなく、僕は校舎へと走り出す。

 

「榊原君!? どこへ……!?」

 

 やがて距離が離れたことと耳に入る風の音で、彼女の声は聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 彼女を目撃した場所へ向かうべく、僕は階段を駆け上がる。治ったばかりの胸が痛むが、気にも留めず1段抜かしで屋上へと向かった。

 最上段を上り終えると同時に扉を開ける。僕の願いが天に通じたのか、彼女はまだそこにいた。先ほど僕が見上げた時同様、屋上のフェンス越しに広がる世界を眼下に見下ろしていた。

 

「ミサキ……さん?」

 

 僕の声に彼女が振り返る。だがその表情に驚きの色は無かった。その顔は昼休みに見たときと同じ、色白な肌と、そして左眼を覆う白い眼帯――。

 

「君も体育見学なの? いいの、こんなところで……」

 

 ふう、と彼女はひとつため息をこぼした。それから一呼吸置いて口を開く。

 

「……いいの。私は。……そういうあなたこそいいの、榊原君?」

 

 今度は僕の質問に答えてくれた、と少し嬉しく思うと同時に、僕の名前も知っているということに気づく。まあ当然か、今朝自己紹介したばかりなのだし。

 

「体育の見学なんてどこにいても同じようなものだから……」

 

 本当は「ちゃんと見学してたけど、君を見かけてここまで駆け上がってきた」というのが正直な答えだろうが、そんな風に答えるつもりにはなれなかった。うまくはぐらかしたような答えを返してしまった。

 

「なら、私もそういうこと」

 

 だが彼女は特に気にした様子もない。いや、僕のそのはぐらかしにさらにうまく乗ってきた。

 

「えっと……ミサキさん……ミサキメイさん、だよね? どんな漢字書くの?」

「見るの見に……犬吠崎の崎。……メイは鳴くって言う字。共鳴の鳴……悲鳴の鳴……」

 

 見崎鳴、か……。でも崎を出すのに犬吠崎ときたか……。もっと違う例えなんていくらでもあっただろうに。

 

「あのさ、見崎さん。夕見ヶ丘にある市立病院のエレベーターで僕と会ったの覚えてる?」

 

 一瞬の沈黙を挟んだ後で、

 

「……さあ」

 

 と、彼女は短く答えた。

 

「人形を持ってたんだけど……。可哀想な自分の半身が待ってる、とかって。お見舞いか何か?」

「……そういえば、そんなこともあったかも」

「自分の半身、ってどういう意味? あと昼休みに言った『よかったの』とか、『気をつけたほうがいい』とか、『始まってるかもしれない』とかっていうのも……」

「そういう質問攻め、嫌い」

 

 初めて嫌悪の色を――いや、感情らしい感情を見せたこと自体が初めて、と言っていいだろう。嫌がった様子の彼女に反射的に「ご、ごめん……」と僕は謝罪の言葉を述べた。

 そして沈黙が流れる。

 

「……何も知らないんだ」

 

 間をどうするか僕が迷っていると、彼女は短くそう言った。

 

「何も知らない、って……?」

 

 また質問攻めは嫌いと言われるかもしれないが、思わずその言葉が僕の口を突いて出る。

 

「……何も知らないのね、私のこと(・・・・)

「君のこと……?」

 

 僕の質問に答えず、彼女は階段の方へと歩き出す。

 

「……私には、あんまり近寄らない方がいいよ」

「どうして……? それってどういう……」

「私に近づくと……。あまりいいことはないかもしれないから」

「いいことがないって……。なんで……」

「言ったよね? 質問攻めは嫌いだって」

 

 そう答え、あくまで僕の質問には答える気がない、と彼女は僕に背を向けて階段の方へと歩を進めた。

 

「……じゃあね。さ・か・き・ば・ら・君」

「待っ……」

 

 追いかけようとしてその足が一瞬止まった。気のせいだろうか。階段を下りようとする時に一瞬見えたその横顔、彼女のそれはなんだか笑っている(・・・・・)ように見えた……。

 

 金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くしていた僕だったが、我に帰って階段へと駆け寄る。そこから下を覗き込んだが――。

 まるで煙のように消えてしまったか、はたまた最初からいかなかったとでもいうのか。階段を下りていく人の気配は全く感じることができなかった。

 




体育が1クラスのみである理由の辻褄合わせがどうにもこうにも……。
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