あの後、どう逃げたのかは実は覚えていない。
本当に必死で、意味が分からなくて、息が切れそうになっても、ただ走るだけ。
けれど音を立てて走れば、気付かれる。奴らは音に敏感で、光に弱いという事は既に分かっていた。
自分のバッグに、入れられるだけ食料と、服と、サイリウムを詰め込んだ。
生き残らなければ。生きていれば、きっと何かがある。そう信じて、がむしゃらに走るしかない。
取柄でもある、走力と、馬鹿力を使えば、きっとなんとかなる…。
―――何とかなって、欲しかったんだろうと、希望を抱いている自分を思わず笑ってしまうくらいだ。
*
どれくらい経ったかは分からない、武器を探して彷徨い走り続けたけれど…使いやすいのは野球バットだろうかと1本だけ手に取った。
それだけで荷物にはなってしまうけれど、自分を護るためには仕方がない。
様子を見ながら、移動する。物陰から物陰へと、ゆっくりと。
奴らはどうやらこの周辺には居ないようで、誰かが処理したようにも思えた。
がたりと音がした。その方向をそろりと見ると、何と驚いたことに生きている人間ではないか。
向こうも気づいたようで、リーダーらしき青年が近づいてくる。
安心のあまりにその場にへたり込む。思っていた以上に、心労が酷かったみたいだ。
「今日の探索はここまでにします」
青年は言った。どうやらリーダーというのは大体あっているらしく、私以外の避難者が11人もいた。
顔には出せなかったが、生存者が居るという事実に私は安堵しきっていた。
それからというものの、みんなで協力して環境を整えていった。
我ながら中々に住みやすいのではないだろうか、なんて思ったりもして。
家具などを置いて、寝れる場所も確保。
仕事は男女で分けて役割が与えられていた。下の階への遠征は主に男性。女性は主に家事がメインだった。
私も遠征を手伝うと言ったが、どうやら男手の方に入れてもらえないようだ。
家事は苦手という訳ではないけれど、以前は身近に適任が居たからそうやる事もなくて、本当に当たり障りのないことしかできない自分に少し恥ずかしさを感じた。
もう少し、学んでおけば役に立てたのだろうかと。私ながら、私らしくない。
それからまた、どれくらい経ったかは覚えてない。時計は身に着けているけれど、もはや日にち感覚というものが薄れていた。
ある日、戻ってきたリーダー達がお祭りだと言わんばかりに宴を始めた。
私は、隅でそんな様子を見守っていた。
ちょくちょく、以前窓の近くで見かけた彼女たち、直樹美紀さんと話すこともあったり、なかったり。
*
宴は皆の就寝で終わりを告げた。しかし、それはただの終わりではなくて、つかの間の日常の、終わりで。
部屋が、燃え盛っていた。悲鳴を聞き、駆け付けたころには、すべてが終わっていた。
私を除いた、避難者のうち9人は死んでいた。人間としてでない、奴らとして。―――生きる屍となった。
生存者は、直樹美紀さんと圭さん。
そして、また生き残ってしまった私たちは、緊急として作られた奥の部屋に逃げ込む羽目になったのだ。
*
最近、私という人間はやけに目覚めが悪い。
寝れば悲惨な状況が夢に出る。最悪だ、シャワーもろくに浴びれていないというのに、起きれば汗でぐっしょりとする。気分も、よくない。
*
圭さんが出て行った。生きていればそれでいいのかと私たちに問うた。
美紀さんは何も言えず、私は生きていればそれでいいとさえ思っていた。…さすがに、口には出せなかった。
そんな私たちを横目に、彼女は出て行ってしまった。それから彼女がどうなったか、出る勇気さえなかった私たちには知る由もない。
「…彼方さん。」
ある日、疲れきった顔をした彼女に呼ばれた。
どうしたのかと尋ねれば、話がしたいという。
ここ最近は、話すことも億劫で会話すらしていなかった。
そんなことにも気付けなかった私は、配慮できなかったことに悔む。
自分が大事であるために、周りを見ることができない人間なんて、いくらでもいたし、自分もそうだ。
自覚はしている、認めている。ただそれを直すことができるかと言えば―――、まあ、今のところはない。
それからは、他愛ない話をした。現実など、今は見る必要がないから、そんな話はしない。
学校であった事、好きなこと、楽しいことだけ、彼女に感じさせればいい。
*
はたまたある日、美紀さんといつもの部屋で横になっていると、どうやら彼女には外から声が聞こえているらしかった。
―――あぶない!
―――くるみちゃん!!
・・・とね。私にも聞こえましたとも。
これはチャンスだ。ほかの生存者と、生き残るための、希望だ。
逃げよう。助けよう。助けてほしい、助けてくれ。
生き延びるためなら、無茶してだって、飛び込もう。
だからせめて。せめて、この子だけでも、連れて行って欲しい―――!