【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~   作:行方不明

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第百話~黒い聖騎士と暮海杏子~

 微妙な空気となってしまったものの、暮海探偵事務所へと戻って来た来人たち。

 彼らは現在、先ほどの微妙な空気を引きずったまま、杏子の話を聞いていた。

 ちなみに、彼女の姿は先ほどの黒い聖騎士から元の人間の姿になっていて、それがかえって先ほどの夢のような出来事に現実味をもたらしている。

 

「さて……では、どこから話そうか。いや、まずはコーヒーで疲れを癒す方が先かな? 新作のブレンドを提供しよう――」

「うぇっ!? い、いえ! めっっちゃ気になるので先に杏子さんの話を聞きたいです!」

「……そうか? 残念だ」

 

 本当に残念そうに言う杏子とは対照的に、コーヒー降誕を阻止したノキアたちはホッと安堵の息を吐く。

 

「では、話そうか」

 

 一転して真面目な表情となった杏子は話し始める。自らのことを。ここにいるその経緯を。

 

 

 八年前以降、デジタルワールドにイーターによる浸蝕が始まったことをいち早く感じ取った黒い聖騎士は、その原因がこの世界の電脳空間――EDENにあるというところまでたどり着いた。

 

 時を同じくして、探偵“暮海杏子”がEDEN症候群となる事態が発生する。彼女は神代悟瑠――悠子の父親に雇われ、会社内部の不正を調査するために動いていた。

 そんな彼女に、内部告発者からの接触があった。岸部リエという、内部告発者からの。電脳空間内での密会、そこで語られたのは、他ならぬ神代悟瑠の不正の証拠の数々だった。

 それは会社の実権を握るという野心に燃えていた岸部リエの罠だったのだろう。過剰なまでの証拠を捏造し、神代悟瑠を貶め入れようとしていたのだ。

 そして、そんな密会の場に現れたのが、イーターだった。イーターは岸部リエと暮海杏子を襲い――二人はEDEN症候群となって倒れた。

 

 そして、ちょうどその時だ。黒い聖騎士がイーターによって僅かに穿たれた次元の壁を越えたのは。だが、強大な黒い聖騎士が、その小さな壁を突破するのは不可能だった。オメガモンと同じように、自らのデータ容量を小さくして、何とかこの世界に来たのだ。

 そして。

 

 

 そこまで話して、杏子は静かに息をついた。

 

「今にして思えば、あのイーターは末堂アケミによる罠だったのかもしれないな。尊敬する神代悟瑠を岸部リエから守るための」

「末堂さんが……」

 

 その杏子の言葉に、悠子はアケミのことを思い出す。クレニアムモンの一件の時の彼の言葉を。

 

「ともかく、私はオメガモンのように記憶を失うことはなかった、が……その時の私は大規模な活動が不可能なほどだった。そんな時に見つけたのが――」

「精神データを食われて、空っぽになった暮海杏子の肉体だったってわけか?」

「そうだ。精神データの代わりとして入り込めば、肉体を意のままに動かせると確信していたからね」

 

 結果、その目論見はうまくいった。黒い聖騎士は暮海杏子となった。

 

「もちろん、その弊害もあった。人間とデジモン――その交わりは不安定なまでのバグを引き起こす。暮海杏子の記憶や感情が私に混ざったのだ。それは、私の変性の可能性を意味する」

 

 杏子の言葉に、来人も深く頷いた。その辺りのことは、彼が一番よくわかっていたのだ。自らとカミサマの関係、バグの発生、上げればキリがない。

 杏子もかつての来人と似たような状態に陥っているのだろう。

 まあ、本来の暮海杏子の人格がない分、来人たちに比べれば影響は少ないのかもしれないが。

 

「正直、運命だったように思える。私が私を見失わない、私の役目を果たせられる――矛盾も拒絶もなく、私が私であることを受け入れられたのだからな」

「もしかして、ロードナイトモンは……」

「ああ。私と同様のプロセスで岸部リエと同化したのだろう。その同化の結果に差異はあっても、私も彼も行為自体に違いはない。なにせ、他人の体をいいように使っているのだからな。その辺り、そこにいる主神の方がよっぽど立派だろう」

 

 杏子はそう言うが、カミサマと彼女ではそもそもの場合が違う。

 黒い聖騎士がこの世界に来たのはイーターによって暮海杏子が襲われた“直後”のことであり、カミサマがこの世界に来たのは来人がイーターに襲われた“直前”のことだった。タイミング的に、黒い聖騎士ではどう足掻いても暮海杏子を助けられなかったのだ。

 それでも、彼女はそんな自虐ともとれる発言をした。それは、今までアミたちを騙していたという負い目から来ているのかもしれない。

 

「アミ……君の身体が有用であったのならば、私は君の身体を使っただろう。君の幼馴染くんの身体であっても、だ」

「っ」

「軽蔑するかい?」

 

 杏子の言葉に、アミは一瞬だけ言葉に詰まる。自分の身体ならばともかく、来人の身体で他人が行動する――それを想像して、アミは嫌だと思ってしまった。

 

「軽蔑、しませんよ。だって、杏子さんだから」

「……ふふ、君らしい答えだ」

 

 だが、感じた嫌悪感を押しやってアミは杏子を見つめて言った。

 僅かな嫌悪感を抱いてしまったが、それでも軽蔑しないというのは本当だった。

 アミの小さな気遣いに、杏子は小さく呟く。ありがとう、と。

 

「でもでも、オメガモンたちですら気づかないくらい人間に溶け込んでいたんだから……あたしたちが気づけなくても無理はないよね……?」

「いえ、ノキアさん。来人さんは気づいていたみたいですよ?」

「俺は……まぁ、気づいていたっていうか、勘づいていたっていうか?」

「そこの勘オバケは別としてね!」

「勘オバケってなんだよ!」

 

 ノキアの言葉にわめく来人、その光景を困ったように見る悠子、辛そうに見るアミ。

 彼らの姿を、杏子は複雑そうな表情で見つめていた。彼女の胸のうちには、ほんの少しの棘が刺さったままだったのだ。

 そんな彼女の様子に気づいたのは、この中で彼女と最も付き合いの長いアミだけで――。

 

「杏子さん、頑張りましょう」

 

 ――だから、アミは言う。これからも貴女は私の上司で仲間だ、と。

 そんなアミの言葉に頷いて、ノキアも前のめり気味に言葉を発した。

 

「そうですよ! そりゃ、身体はニンゲンで? 中身はデジモンってわけわからんことになってますけど? すっごいワケわからんのはもういますから!」

「……なぁ、ノキアってさ。さっきといい今といい……実は俺のこと嫌いだろ?」

「とにかくぅ! 杏子さんは杏子さんですから!」

「杏子さん……逆に聞きたいです。私たちはあなたの故郷にイーターが出現した原因です。それなのに、どうして協力してくれるんですか?」

 

 悠子の問いに、杏子は即答した。私は自らの役割を果たそうとしているだけだ、と。

 そこにはまるでその言葉以上の万感の思いが込められているような感じさえして、思わずこの場の全員が口を閉じるしかなかった。

 

「八年前の一件については、幼い君たちにはどうしようもできなかった。違うかな?」

「それは――」

 

 違わない。あの頃のアミたちにあれ以外の行動はできなかった。

 

「けど、ちょっとキツいなぁ……あたしたちのせいで、デジタルワールドが……」

 

 当時のことを思い出しているのだろう。そのノキアの言葉には覇気がない。

 

「思い出さなかったは方がよかったかい?」

「うぅん、思わない! あたしは思い出せてよかった!」

「私もです。忘れたいことはあっても、大切なことまで忘れたくありません」

「忘れたままだったら、きっとこの先でダメになったと思う。デジモンたちのことも、アラタのことも、勇吾のことも……思い出せたからきっと何とかできる気がします」

 

 アミの言葉に、悠子とノキアは力強く頷いた。

 あの日、あの時に結ばれた絆があった。忘れていたが、時をかけて再び集うことができた強靭な絆だ。それほどに強く固い絆を、忘れたままでいたいと思えるわけなどなかった。

 

「思い出したからには――」

「兄さんを」

「アラタを」

「――迎えに行く!」

 

 声を揃えて、アミたちは力強く言う。

 杏子はそんな彼女たちの姿に笑った。いや、来人もカミサマも声に出さずに笑う。実に彼女たちらしく、そして人間らしい答えだ、と。

 

「ならば、これからのことを考えなければならないな。我々がまずやらなければならないのは――ドゥフトモンの計画の阻止だ」

 

 杏子の言葉に、アミたちは力強く頷いた。

 アラタの件を解決するにしても、勇吾やイーターの件を解決するにしても、まずはこの世界を滅ぼさせないことが前提。

 であれば、することなど決まっている。

 

「確認するが、ドゥフトモンはロードナイトモンが残したデジタルラインを利用して、自身に膨大な量のデジタルウェイブを注ぎ込もうとしている。それによって強大な力を得るつもりだ」

『仮にそのようなことになれば、エグザモン以上の強大なデジモンになる。この世界にいる我々総がかりでも勝てるかどうかわからぬ上に、例え勝っても周囲の甚大な被害は免れない、か』

「そういうことだ。だから、何としても阻止しなければならない。そこで――神代悠子奪還作戦をアレンジして行おうと思う」

 

 神代悠子奪還作戦の時といえば、来人にとってもカミサマにとっても苦い思い出だった。あの一件で、あの後の苦労の大半が決定づけられたと言ってもいいからだ。

 複雑な表情を浮かべる来人に気づいているのか、いないのか。アミたちは話を進めていく。

 奪還作戦の時は――タイミング的に遅かったが、停電によってデジタルウェイブの流れを遮断しただけだった。今回においては遮断から吸収する方向へと強化する。

 つまり、ドゥフトモンが溜め込んでいるエネルギーを奪い、弱体化させるのだ。

 

「でも、どうやって?」

「そこは君たちお得意のハッキングだ。ハッカー、テイマー、それぞれの力を結集させる。デジタルラインの構造そのものを変化させるのさ。デジタルウェイブを放出する方向から、吸収する方向へとね」

 

 これが成功すれば、エネルギー供給のためにデジタルラインと繋がっているドゥフトモンの持つエネルギーさえも吸収される。

 悠子は嗤った。これ以上ない嫌がらせだ、と。

 

「おぉ、これが黒悠子っち……!」

「黒悠子好みの作戦だね」

「アミさん、ノキアさん、覚えておいてくださいね」

 

 悠子の言葉に、アミとノキアの二人は背筋を伸ばしてその身を凍らせた。悠子の笑顔が恐ろしかった。

 

「さて、そのハッカーたちをまとめ上げる役目だが……白峰ノキア、君にお願いしよう」

「へ……? あ、あたしぃいいいーーーーーー!?」

 

 まさか自分にお鉢が回ってくるとは思っていなかったノキアは、盛大に驚く。

 だが。

 

「そうですね。私もノキアさんが適任だと思います」

「私も。こういうのはノキアの専売特許だもんね」

「まあ、そういうのに向いてるって言えば向いてるよな」

『そうだな。こういうことに関する才能は突出してると言えるだろう』

 

 だが、その他の面々は満場一致でノキアを押している。

 ノキアはなぜ自分なのかと驚くが、他の面々からすれば彼女こそ適任である。リベリオンズを作り、まとめあげ、活動しているリーダーだからだ。

 

「け、けどぉ……リベリオンズの皆はともかく、ザクソンや元ジュードの皆も? あたしが……?」

 

 世界が賭けられている絶対に失敗できない作戦を前に、ノキアはらしくなく弱気になる。

 そんな彼女の肩を、アミが叩いた。

 

「大丈夫。ノキアならできる!」

「ちょ、アミ……」

「だって、ノキアだもんね」

 

 その信頼を嬉しく思う。彼女の自然な信頼に、ノキアは万能感にも似た感情を与えられて、思わず自分のデジヴァイスを見た。中にいるオメガモンが画面越しに力強く頷いて――ノキアの腹は決まった。

 

「うん、よっし! このあたしが何とかしてみせましょーとも! まっかせなさーい!」

「うむ。任せよう。私とアミ、神代悠子とオリンポスの主神はドゥフトモンを強襲する。極めて緊急性を要するが、急いては事を仕損ずる」

『やらせなければならないことがあるからな』

「そうだ。三時間後に作戦開始。それまでに各自準備し、待機。スムーズな作戦進行のためにも、くれぐれも準備すること。あと、わだかまりも解いておくことだ」

 

 杏子の最後の言葉は明らかにアミと来人の二人に向けられていたもので――二人は頬を引き攣らせるのだった。

 




というわけで、第百話。

黒い聖騎士が暮海杏子となっていたその理由の回でした。
次回はいよいよドゥフトモンの下へと殴り込み――に行く前の、前話のノキアによって設置された爆弾を解体する作業です。

それでは次回もよろしくお願いします。
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