【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~   作:行方不明

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第百十三話~今生の別れ、明かされる事実~

「来人ー! 無事!?」

 

 あれから数分も経たないうちに、アミたちは戻って来た。誰もがボロボロの出立ちだが、誰一人として欠けてはいない。

 そんな彼女たちの様子に、来人はホッと安堵の息を漏らした。

 

「無事も無事、大丈夫だって。お前らこそ無事か?」

「もちろんだよ!」

 

 駆け寄ってきたアミに、来人は無事を伝える。ラースモードになった影響か、傷は治っている。問題はそれこそ疲労が溜まっていることくらいだった。

 本当に無事なことがわかったのだろう。アミは目に見えて安心した様子を見せた。

 

「そっちは……神代勇吾も無事だったらしいな」

 

 見れば、アラタに肩を貸してもらっている神代勇吾がいる。どうやら無事に助け出せたらしい。

 

「やぁ、来人くん」

「知ってるのか? って、会ったことあったか」

「そうだね、イーターの中から見てたからね。何度もアミたちを助けてくれてありがとう」

「礼を言われるほどじゃないさ」

 

 彼の物腰の柔らかさに育ちの良さを垣間見ながらも、来人は何でもないことのように返す。

 事実、本当に大切な時に一緒にいなかったこともあったのだ。そこまで礼を言われても、来人としても気まずい。

 

「それでも、さ。ありがとう」

「まぁ、そこまで言うなら……」

『やれやれ。礼は素直に受け取るものではないのか?』

「カミサマ、うるさい!」

「はは。本当にデジモンと一体化しているんだな」

 

 カミサマの上げた声に、勇吾は少し驚いたような様子だった。だが、ほんの少しだけだ。イーターと同一化していた自分ということも相まって、それなりに受け入れやすいのだろう。

 

「……あれ、そういえば末堂アケミはどうした?」

 

 ふと、来人は気づく。ここに末堂アケミだけが見当たらないことに。

 アミたちは一様に気まずい顔をして、目を逸らす。何かあったことは明白だった。

 

「末堂は……行っちゃったよ。世界から悲しみをなくそうと……新世界を作ろうとしていたみたいだけど、最後は私たちを信じてくれた、のかな?」

「なんで疑問形」

「いろいろと小難しいことを言ってたから、よくわからないんだ。でも、最後まであの人らしかったよ」

 

 末堂アケミ――彼が何をしたのか、それはアミたちしか知らないことであるし、さらに彼の本当の思いを知るのはアミだけだ。

 そのアミも詳しく言うつもりはないようだった。

 ただ、最後まで彼らしく在ったということは、彼は彼自身の中で何らかの結論を出したのだろう。

 

「……そっか」

 

 正直に言えばいろいろと聞きたかったが、来人は深く聞かなかった。

 何にせよ、こうしてすべてが無事に終わられたこと、それだけで十分だった。

 

「アミさん……ものすごく無茶をしていましたよ?」

 

 まあ、無事に終わられたからといって、見逃せないことはあるわけだが。

 ポツリと呟かれた悠子の呟きを、来人はバッチリ聞き逃さなかった。というか、悠子は来人に聞かせるつもりで、わざと聞こえるだけの声量で呟いた。

 

「……アミ?」

「……」

 

 プイッと、明後日の方向を向くアミ。だが、来人も気づいていた。それは誤魔化しているだけだということに。来人は強引に彼女の顔を掴み、自分の方に向ける。引き攣った笑いで誤魔化そうとするアミの表情が見えた。

 

「あははは……その、ね?」

「ね? じゃないよな?」

「えっと……えっと――」

「ないよな?」

「……はい、ゴメンナサイ」

 

 溜息を吐いて、来人はアミの顔を離した。正直、これくらいで彼女の性格が治る訳などないことくらい、彼にもわかっている。わかっていても、やはり心臓に悪いから止めて欲しいというのが本音だった。

 

『だが、何だかんだとお前も無理をしていたではないか』

 

 思わぬところからの援護射撃だった。まあ、フレンドリーファイアなのだが。

 カミサマから発せられた言葉に、来人は思わず引き攣った顔で明後日の方向を向く。

 

「来人……?」

「……」

 

 アミの問いかけにも、来人は答えなかった。

 ガシッと顔を掴まれた感覚がして、来人は強引にアミの方を向かされる。

 

「まぁ、あれだ。何だその、な?」

「な? じゃないよね?」

「……まぁ、うーん……――」

「ないよね?」

「はい、ゴメンナサイ……」

 

 溜息を吐かれて、来人の顔は自由となる。アミの心配そうな表情に罪悪感を覚えた来人だった。

 

「何だかんだで――」

「似た者同士」

「なんだよな」

 

 そんな彼らの後ろで、来人たちをよく知るノキアたちが呆れた様子を見せていたのだが、それはほんの余談である。

 

「……? あれは……」

 

 アミから目を逸らすためにも、来人は上を見上げる。そんな来人が見たのは、数多くの“光”だった。

 まるで海を自由に泳ぐ魚の群れのような、まるで校庭ではしゃぐ子供のような、純粋で綺麗なその光は一目散に未だ僅かに開く次元の扉へと向かっていく。

 

「イーターのネットワーク内に保護されていた精神データの数々だ。イグドラシルが人間界に送り返している。この世界には不要なものだからな」

『……! そう、か。やはりそうなるか』

 

 アルファモンの言葉に、カミサマは僅かに愕然としたように呟いた。それに気づけたのは、来人だけだったが。

 

「EDEN症候群が治るってことか?」

「治るとは……少々意を異にするだろう。が、それに類する出来事は起きるだろうな」

「じゃ、じゃあ……!」

 

 全員が明るい表情となる。来人に、アミに、勇吾に、その他大勢の人々が目を覚ますのだ。これ以上なく喜ばしいことだった。

 だが、そんな喜びの雰囲気の中で――来人とアミだけが気づく。アルファモンが僅かに暗い表情をしていたことに。

 

「ずいぶんと暗い表情だな?」

「杏子さん、どうかしたの?」

「……ふふっ。全く、君たちには隠し事はできないか。さすがは電脳探偵とその助手だ」

「誰が助手だ!」

「何、暮海杏子との……いや、君たちとの別れの時が近づいてきている。それが少しばかり名残惜しくてね」

 

 その言葉の示すところは、誰もがわかった。

 元々、来人たちはこの世界の存在ではない。この世界に不要なものだから、とすべての精神データを送り返していく今、来人たちもその例に漏れないのだ。

 「結局、異物(バグ)扱いかよ」などとアラタが悔しそうに呟いた。彼も彼なりに、思うところがあったのだ。

 

「君たちが送り返され、デジモンたちを呼び戻し、次元の扉が閉じられれば……この世界は完全に復帰する。その時、この世界はおそらく八年前以前の状態まで巻き戻されるだろう」

「それって、もしかして――」

「そうだ。特殊な立ち位置にいる私やイリアスの住人であるオリンポスの主神たちはともかく、どの程度になるかはわからないが、すべてはなかったことになる」

 

 ようするに、忘れるということだ。人間たちはデジモンたちのことを忘れ、デジモンたちは人間たちのことを忘れる。

 本当に残酷な別れだ。そのことに気付いたアミたちは、自分のデジモンたちをデジヴァイスから出す。何かを言おうとして、何も言えなかった。

 

「っ、だいじょーぶ!」

 

 そんな中で声を上げたのは、ノキアだ。

 

「今までだって何とかなってきたんだもん。何とかなる! てゆーか、何とかする!」

 

 強がりであっても、力一杯に宣言するそんな彼女の太鼓判があれば、本当にどうにかできるのではないか――とそんな気さえしてアミたちは笑った。

 ノキアに勇気を貰って、アミたちは言葉少なく頷き合う。そうして、語り尽くせないほど多くの思いを、次に託す。いつかの再会を誓い合う。

 

「そろそろ時間のようだ。さらばだ、人の子よ。君たちの世界と我らの世界は閉ざされる。いつかの日にまた扉が開くかどうかはわからないが――」

 

 ふわりと来人たちの身体が浮き上がる。

 抗いようのない力が、来人たちを動かし始めた。

 

「いや、きっとその時は来るだろう。人とデジモンの関係は往々にしてそういうものだ。ふふふ。私はそう願っている。だから、これはしばしの別れだ」

「っ! またいつか――!」

 

 未来で。それは再会の約束だった。

 アルファモンやメギドラモン、オメガモンに――アミたちのデジモンたち。多くの者たちに見送られて、アミたちは次元の扉へと突入する。

 世界と世界の狭間の道とでも言うべき不思議な空間を突き進む。行きのように一瞬ではないのは、多くの精神データやデジモンたちを行き来させる必要があるからだろうか。

 多くの精神データが人間の世界へと向かい、多くのデジモンたちがデジタルワールドへと向かっていくその様は、いっそ壮観なものだった。

 

「……」

『……』

 

 そんな中、アミたちから少し離れたところに来人はいた。

 

「……先に戻っています」

 

 さすがのユノモンも空気を読んだらしい。彼女はデジタルワールドへと向かうデジモンたちとは別の方向へと進み行った

 

「普段からあれくらいであってくれればな。ま、いいや。……で、カミサマ?」

『なんだ?』

「何を隠してるんだ?」

『……』

 

 思えば、カミサマは最終決戦の前から少し様子がおかしかった。

 来人はここぞとばかりに聞き出そうとする。最後だからこそ。

 

『……別に――』

「……」

『いや、最後だ。正直に言おう』

 

 カミサマはやけに最後という言葉を強調しているような感じがして、来人は嫌な予感がした。

 

『少々、お前との別れが惜しく感じられる。我はお前のことを……うぅむ、そのだな……友だと思っている、からだな』

 

 一瞬、来人は呆気にとられる。

 次いで、その言葉が嬉しく思えた。そこまで想っていてくれるとは、と。

 

『お前さえよければ、だが……イリアスに来ないか?』

「はい?」

『他の者たちも、お前ならば嫌とは言えまい?』

 

 それはカミサマの弱気で、ワガママで、そして気遣いでもあった。すべては友人を失いたくないが故の提案だった。

 

「……」

『どうだ?』

「……本当にそれだけか?」

『何?』

「だから、本当にそれだけか? 俺の勘は誤魔化せないぞ」

 

 先ほどの提案も、カミサマの考えていたことではあるのだろう。だが、それだけではない。まだ何かを隠している。いつもながらの勘だけではない、来人はカミサマの様子に確信を抱いていた。

 

『あの始まりの日、我は貴様を助けた。それはイーターに食われれば死あるのみだと思ったからだ』

 

 そして、そんな来人の言葉に押されて、渋々とカミサマは話し始めた。

 

『その方法が、咄嗟に貴様の精神データを複製し、その複製を我の中に保存するという方法――つまり、貴様にはオリジナルとなる精神データが存在する』

「ん? ってことは、ここにいる俺は……」

『……そうだ。厳密に言えば、お前は人間である来人の人格を複製した人格だ』

 

 オリジナルとなる精神データがなければ、コピーデータであるこの来人を肉体に戻せばいい。それで来人は目覚め、終わりだ。当初、カミサマもそのつもりだった。

 だが、マザーイーターの記憶領域の中に、オリジナルとなる精神データが残っているのならば、話は別になる。

 同じ精神が二つあることになり、元の肉体に戻る時に問題が起きる。どちらかが上書きされるのか、二つの精神が融合するのか、はたまた多重人格となるのか、わからないのだ。下手すれば、混ざり合って精神崩壊という可能性すらある。

 さらに、コピーとオリジナルのどちらに優先権があるかさえもわからない。

 つまり、簡単に見積もっても、かなりの高確率でここにいる来人は消えることになる。

 

「……そっか」

『すまん、我のせいだ。お前にいらん運命を背負わせた』

 

 自分のしたことが裏目に出たこと、それで結果的に友人を失うこと、友人を辛い目に遭わせてしまうこと――カミサマは自らの軽挙を呪いたかった。

 

『……』

「……」

 

 沈黙が辺りを包んだ。

 そして、その沈黙を破ったのはカミサマだった。

 

『同胞とは違う、妻とも違う……我にできた初めての友だ。今までそのような相手がいなかった我にとって、お前の存在はかけがえのないものなのだ。……事の元凶である我がこう言うのもおこがましいが、我はお前に消えて欲しくない』

 

 どこか悲痛な声で告げるカミサマは、いっそ泣いているようにさえ感じられて、来人は押し黙る。事実、ここにいる自分が消えるかもしれないということには、彼も恐怖を覚えていた。

 それでも――。

 

「……大丈夫だ」

 

 ――来人はただただ笑った。

 

『何……?』

「だから、大丈夫だって。俺の勘がそう言ってる。俺はカミサマと出会えたことを後悔してないし、今ここにいる俺自身を後悔してもいない。……ちょっとだけアミについては残念だけど、まあ、大丈夫だ。俺は消えない」

『……お前は』

 

 来人のその言葉は強がりのようにも思えるし、事実、強がりであったのだろう。

 だが、それをわかった上でカミサマは彼の言うことを信じようと思えた。彼の言う勘以上に信頼できるものはないと、知っていたから。

 

「だから、俺は俺の居場所に帰る。俺の居場所は“あそこ”しかないんだ。俺は“来人”なんだからな」

『……そ、うか……――』

 

 再び沈黙が辺りを包んだ。

 最後だ。かなりの確率で今生の別れともなるだろう。何かを言いたかった。が、二人共何も言えなかった。言おうとすればするほど、言いたいことが溢れて、言葉に詰まる。

 

「っ! そろそろか?」

 

 瞬間、来人は身体から引き離される感覚を覚えた。決して痛くはない、どこか不思議な感じがする。完全に引き剥がされるまで、もう猶予はないだろう。

 その前に、来人たちは無理矢理にでも口を動かす。

 

「奥さんと仲良くな。浮気すんなよ」

『余計なお世話だ。お前こそ、あの娘と仲良くやれ。愛想を尽かされぬようにな』

「それこそ余計なお世話だっ! ったく……それじゃあ……さよなら、だ」

『うむ、()()()。再会を誓う時はこう言うのが正しいだろう?」

 

 カミサマの言葉に、来人はハッとして気づく。

 確かにそうだ。だから、来人も同じように再会を誓う言葉をかけようとして――直後、彼の意識は身体を離れ、十数年慣れ親しんだ肉体めがけて突き進んで行った。最後の言葉は言えなかった。

 

「……ああ、我が友よ……我は――」

 

 久しぶりの自分だけの身体が無性に寂しく感じられたカミサマだった。来人と離れたが故か、自然とアイギオモンの姿からユピテルモンの姿へと変化していた。

 ふと、その肩に手が置かれる。振り返れば、そこにいたのはメルクリモンで、その背後にはオリンポス十二神の面々さえもいた。

 

「今日は宴会だな」

「……なぜだ?」

「お前の帰還兼慰労の会だ。あと、一世一代の口説きに失敗したお前を笑って――間違えた、慰めてやろうと思ってな」

「……」

 

 メルクリモンの言葉に、ユピテルモンは黙り込んだ。

 

「大丈夫。私たち“は”ちゃんと慰める」

 

 そう言ってディアナモンは頷く。

 だが、その言葉の正しい意味は、笑いものにする者もいるということである。

 

「大丈夫です! あの猿はいなくとも、ユピテルモン様には私がおります!」

「ユノモン……」

「ええ、私がおりますとも!」

 

 自信満々というか、どこか嬉しそうに言うユノモンにユピテルモンは呆れる。呆れながらも、そのいつもと変わらぬ様子はありがたく思えた。

 

「……そうだな。では帰ろうか、皆の者。我々の世界へ」

 

 今まで見たことがないほどに、力無く言ったユピテルモンに全員が呆れる。

 最後に彼らは人間世界の方を向く。

 自分たちに可能性を見せてくれたあの少年の未来が明るいものであることを全員が祈って――。

 

「……さらばだ、来人」

「ユピテルモン?」

「いや、何でもない」

 

 ――そうして、彼らは帰ったのだった。彼らの守護する世界、イリアスへと。

 

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