【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
ユーゴと別れて、アミは暮海探偵事務所に戻ってきた。
そんな彼女の脳内を占めるのは、ユーゴの別れ際の言葉だ。
『ノキアを守ってあげてくれ』
『次に会った時は敵同士だ』
その二つの言葉。前者はともかくとして、後者は決別の言葉だ。彼とは悪い仲だとは思っていなかったアミだ。この決別の言葉はショックだった。が、それ以上に思うとことがある。
彼は気づいていただろうか。その両方の言葉を言った時の彼は、寂しそうな、辛そうな表情をしていたことに。
「杏子さん、戻りました」
頭を悩ませながらも事務所の中に入り、アミは一連のことを杏子に報告する。
「ふむ。キミの話を聞く限り、彼の使命感や行動は思春期特有の考えすぎの類に思えるが……それはいいだろう。言葉とは重要なものではあるが、大概のことは言葉では動かない。いや、動けない。何とも歯がゆいことにな」
「……動けない?」
「行動するしかないのだよ。そのうちに君たちの前に現れる何か。それがキミたちを前に進ませるはずだ」
やけに実感のこもった言葉だった。
そう実感する出来事でもあったのだろうか。そう思ったアミだったが、すぐに思い直した。彼女は自分より長く生きていて、その上で探偵だ。そういう経験など五万とあるだろう。
「それにしても、その少年は律儀に依頼報酬を払って行ってくれたよ。こちらは何もできなかったというのにな。以外にも育ちはいいのかもしれないな」
「……育ちがいいかぁ」
育ちがいい。その言葉に、最近めっきり姿を見せなくなった“とある少女”のことを思い出す。彼女は今どうしているのだろうか、と。
「そういえば、ミレイから聞いたぞ。キミの幼馴染についてな。ずいぶんと頑固だったみたいだが……見事に説き伏せたようじゃないか」
「説き伏せたって……ちょっと話しただけですよ!」
「ふふ……君がそう言うならば、そういうことにしておこう」
杏子は意味深な笑みを浮かべる。いつもの胡散臭い笑みとはまた別の笑みだった。
一体何だというのか。アミは首を傾げるしかない。
「それにしても……デジモンと一体化したか。しかも、デジモン側に。興味はあるが……」
「会いますか? デジヴァイスの中にいるので話くらいはできますよ」
「いや。興味はあるが今はやめておこう。今はまだ、な」
「……?」
真面目な顔だった。先ほどの笑みとは別の意味で、その言葉に含むところがあるような。
アミはまた首を傾げるしかなかった。
まあ、とはいえ――。
「まったく。キミの周りには面白い人物が集まるな」
――杏子がポツリと呟いたその呟きには、まったくもって同意だった。
「ああ、そうだ。依頼が来ているぞ。連続で悪いが受けてくれるか? キミの“あの”友人からだ」
「あの……?」
杏子の言葉を聞いたアミはホワイトボードを見る。
そこには確かに新しい依頼が増えていて、その依頼主を見たアミは驚いた。なぜなら、その依頼主とは――。
「杏子さんにそろそろ依頼を受けてもらえるって連絡をもらってきたぜ!」
「リョウタ!?」
――タイミングを計っていたと邪推してしまうほどのタイミングで、やって来た彼。
そう、アミと来人の友人のリョウタだった。
「ん? アミ、お前なんか元気なったか……?」
「え? 別にそんなことはないと思うよ」
「そうか? って、そんなことより依頼だ依頼!」
自分で言っておいてそんなこと扱いとは。何か釈然としないものがある。
一体何だというのか。首を傾げるアミとは対照的に、杏子はただ意味深な笑みを浮かべているだけで――どうやら、杏子はリョウタの言葉の意味がわかったらしかった。この辺はさすが本職と言うべきか。
「それで依頼内容は?」
「そう。もうすぐサクラが退院するんだ」
サクラ――以前、ジミケンの一件の被害にあった彼女は、その療養のために今の今まで入院していた。そんな彼女がいよいよ退院するというのだ。
「それで退院祝いに何かプレゼントをあげたくて……」
「なるほど。彼女にプレゼントか……」
「ちょ、ま、今はまだ彼女じゃないし!」
「今はまだ? それはどういう意味なんだ?」
リョウタの言葉の揚げ足をとっているようにも見える杏子だが、残念ながら素である。
アミはそんな二人に苦笑するしかなかったた。
「あげたいというのならば、好きにすればいいだろう?」
「どうせなら最高のプレゼントをあげたいんだよ……プレゼント選びに付き合って欲しいんだ」
「ふむ」
リョウタの行動原理にはいろいろと謎を感じる杏子でも、最高のプレゼントという部分だけは共感できた。だが、だというのならば余計に思うところがある。
「しかし、事務所を通した依頼となると料金が発生するぞ?」
そう。これだ。探偵は慈善事業ではないのだ。
依頼をするということは当然少なくない料金が発生する。私立の探偵である以上、その金額は学生には少し重い。依頼報酬を支払って、その上でプレゼントとなると――リョウタの懐にどれだけのダメージがあるか。
だが、リョウタもそれをわかった上での依頼のようだった。
「それでも構わない!」
「そこまで言うのならば止めはしないが……こう言っては難だが、たかが退院祝いだろう?」
杏子の言う通りだった。
確かに退院は重要なことかもしれないが、それでも最高のプレゼントを贈る日としてはいささか不適当さがある。
「ったく。うるさいなぁ! 探偵なんだから、いちいち依頼人のことを詮索すんなよ」
杏子の質問攻めに嫌気がさしたのだろう。
リョウタは切り札を口にした。プライバシーというものは守らなければならない以上、信頼を実績とする探偵はこれ以上踏み込めない。
事実、杏子はそこで止まらざるを得なくなった。客を逃すわけにはいかないのだから。
とはいえ、まあ――。
「ふふふふふ。私は自分の納得する依頼しか受けない主義でね。まぁいいだろう。一旦置いておくとしよう」
「一旦!? 置いておく!?」
――やはり杏子の方が上手だったのだが。
ここら辺はやはり探偵と子供の差だった。
「とにかく、乙女心を掴むような……ロマンチックというか……素朴というか……なんか最高のがいいんだ!」
「なかなかに無理な注文をしてくるな。では、どうするかな。生憎だが……私は乙女心というものを失って久しい」
「自分で言うのか……」
「ここにいる助手くんも乙女心とは無縁なタイプだ」
「なっ!?」
思わず声を上げた。
今まで黙って聞いていたアミだが、杏子の自分に対する見解に断固として異議を唱えたかった。さすがに年頃の女子として、そんなことを言われたくなかったのである。
「あながち間違ってもいないだろう?」
「間違ってますよ! 撤回してください!」
「いやぁ……でも……」
「リョウタ!」
確信を持って言う杏子に歯切れの悪いリョウタ。今この場にアミの味方はいなかった。
「なんで……!」
「だって、子供の頃から男に混じって遊んでたし……堂々と厄介事に首を突っ込むし……っていうか、彼氏いたことないだろ」
思い返す。幼い頃。子供の頃。今。
リョウタの言葉に反論できなかった。アミは乙女のイメージとは無縁な自分に気づいてしまったのだ。
「そんなことは……あるけど! でも! でも……!」
「来人も可哀想だ……ってか、うわ……今更ながらにちょっと心配になってきた。ホント頼むぜ。俺は真面目なんだからな!」
「それはこっちのセリフだよ! リョウタがビックリするようなプレゼントを見つけてあげるから!」
何と言うべきか。
杏子の言葉に端を発して、アミのやる気が天井知らずに上がっていた。今の彼女には絶対にリョウタを見返すという強い意志だけがあった。
「それじゃ、俺はバイトに行く! EDENの外れの心霊スポットにいるからな! 頼んだぜ!」
「彼はまだ心霊写真のバイトを続けているのか……」
「杏子さん! 私も行ってきます!」
リョウタが出て行った直後に、アミはすぐさま出て行く。
後に残ったのは――。
「……まぁ、やる気があるのはいいことか」
――ポツンと事務所に残された寂しそうな杏子だけだった。
ともあれ、アミ。彼女は悩んでいた。勢い余って事務所を飛び出してきたが、ここから先はどうすればいいか。自分一人で悩むのにも限界がある。アミの頭では、“最高”のプレゼントなど思いつきそうになかった。
ならば――誰かに聞くべきだろう。
「というわけで来人!」
「いや、何なんだよ」
そんなわけで、クーロンエリアへとやって来たアミは来人をデジヴァイスの中から出した。
ちなみに、デジラボではなくクーロンエリアへとわざわざ来たのは、事をミレイに聞かれないためである。
「私ってそんなに乙女心に疎いと思う!?」
「は? ……いや、疎いだろ」
『疎い……いや、鈍いな』
「カミサマまで!?」
来人とカミサマの両者にまで言われたアミは、思わず唸って――直後、そのショックで本題を思い出した。乙女心云々の前に、依頼は果たさなければならない。
「は? プレゼント? ……誰に?」
「何をプレゼントにすればいい?」とそう尋ねたアミに、来人はちょっとだけ声のトーンが落ちる。
何か誤解されている。それに気づいたアミは慌てて補足を付け足した。
「あっいや……私じゃなくて、ちょっと頼まれて?」
「ああ、依頼か」
「まあ、そう。で、乙女心を掴んで、ロマンチックで、なおかつ素朴な……」
「注文多っ!? でもなぁ……まず俺に聞くのは違うって思わなかったのかよ」
頼ってくれるのは嬉しいが、これはちょっと困る。来人は言外にそう言った。
いや、別に来人だって好きな子がいる身だ。プレゼントの一つや二つは思いつくが、条件からして厳しい。あの三つを両立するようなプレゼントなど、来人には思いつかなかった。
「っていうか、そういうのは女子に聞いた方がいいんじゃないか? 貰って嬉しいかわかるだろ」
「そっか。確かに」
「ああ、ノキアはやめておけよ。明後日の方向に行きそうだ」
「それはノキアに失礼かも……」
言いつつも、ノキアならばありうると思ってしまったアミである。
ともあれ、来人の言うことにも一理あると思ったアミは、脳内でノキア以外の知り合いの女性を検索する。真っ先に上がった人物で――アミはその人物の下へ行くことにした。
「そうだね! ありがとっ!」
「んじゃ、まぁ依頼頑張れ……あ、そうだ。最後に……お前なら何を貰って喜ぶ?」
来人の質問にアミは悩む。何を貰って喜ぶか。考えるまでもないことだった。
「私なら、何でも嬉しいよ?」
「……贈る側からしたらそういうのが一番困るけど……でも、そういうことだろうと思うけどな」
「……?」
最後に含みをもったことを言った来人に首を傾げたが、ともあれ移動だ。来人をデジヴァイスに入れて、即座にアミは動き出す。
途中、杏子に連絡を入れ、その人物の居場所を探してもらって――。
「着いて……いたいた! 悠子ー!」
「アミさん!?」
――数十分後、アミは現実世界のたこ焼き屋の前にいた一人の人物に接触した。
神代悠子。あのカミシロ・エンタープライズの前社長の一人娘だ。アミとは依頼で何度か会った仲であり――アミとしては友人だと思っている人物である。
「な、なんでしょうか……?」
なぜか気まずそうな表情で接してくる悠子にアミは首を傾げるしかない。どこか気難しい面のある彼女ではあったが、それにしてもだ。
ともあれ、考えても詮無いことだとアミは目的を言う。依頼で最高のプレゼントを探していること。その条件が厳しいこと。
「なるほど……わかりました。ですが……良くない思います」
「って言うと?」
「その人が贈る相手のことを思いながら、真剣に考えて、誠実に悩んで……そして選ぶ。プレゼントを贈る意味はそこにあると思うんです。何をあげたかはきっと問題ではないんです」
「……! なるほど……!」
悠子の言葉は目からウロコだった。
確かにそうだ。思えば、来人もそれらしきことを最後に言っていた。悠子の言葉で、アミは今更ながらに来人の言葉の意味に気づいた。
「その方に伝えてあげてください。好きな人のためにめいっぱい悩んであげてくださいって」
「うん、伝えるよ。ありがとう!」
「いえ、お役に立てたのなら……」
「あ、ちなみに悠子なら好きな人に貰えるなら何が欲しい?」
「え? 私ですか……? そうですね。私ならば……」
チラリ、と悠子は隣を見る。そこには美味しそうなたこ焼き屋があって――アミは顔を引き攣らせた。年頃の女性が好きな人に貰えると嬉しいものがたこ焼きとは。乙女というものを明後日の方向へとぶん投げている。
だが、不思議とそんな彼女が彼女らしくもあって――。
「そっか。そうだよね。悠子ありがと!」
――そんな悠子の姿にアミは思った。
別に乙女らしさなんてなくてもいいよね、と。乙女心というものに無縁でも疎くとも、自分らしくあればいい、と。
ちなみに、人はそれを開き直りと言う。
悠子に礼を言ったアミはすっきりとした気持ちで事務所へと戻る。事務所にはポツンと寂しそうな杏子一人だけがいた。
「なるほど……うまく論点をずらしてはいるが、彼女の言うことも最もだ」
「ですよね」
杏子から見ても、悠子の言ったことは最もなことだったらしい。
その後、しばらく他のことをしながらアミはリョウタが来るのを待って――やって来たリョウタに、アミは告げる。悠子から言われたことを。
「うおおおおお! 確かにその通りだよなぁ! 俺頑張る! んで、告白を成功させるんだァァァァァ!」
「は? 告白……?」
「こうしちゃいられない! 報酬は後日電子マネーで振り込むんで、それじゃ……! うぉおおおおおお!」
悠子の話を聞いて、いてもたってもいられなくなったのだろう。
リョウタは叫びながら出て行った。走って。
「ふむ。なぜ走って行く必要があるのだろうな。それも大声を上げて」
「あはは……」
「……それにしても告白とは……一体何を告白するというのだろうな」
リョウタの去った後、事務所はやけに静かになったのだった。
というわけで、第三十九話。
リョウタ再登場の回でした。
まあ、途中に主人公の登場があったくらいで、原作と少ししか違いませんね。
ともあれ、次回。
お気づきかもしれませんが、次回からは原作的な意味でも、この物語的な意味でも、事態が動き始めます。
それでは次回もよろしくお願いします。