【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
来人の目に映る光景。それはどれも今まであり得なかった光景だった。
「……」
現実世界だというのにデジモンが闊歩し、ところどころがイーター出現時のようにデジタル化している。
これこそ、次元の扉が閉じたとはいえ、僅かながらにでも世界同士が繋がった結果だった。
「……」
来人は――そんな街の中をボロ布を纏って一人歩く。
多少、奇異の目で見られるのは仕方がない。そもそも、来人とてデジモンなのだ。デジモンの存在が人間を騒がせる今、このボロ布で身を隠しながらでなければ来人も人間たちに騒がれることになる。
ちなみに、このボロ布はそこら辺のゴミ捨て場に落ちていたものを拾ったものである。
「君! そっちは危ないぞ!」
一人の警官らしき存在に声をかけられる。
今の来人のような怪しい者にも声をかけるとは、ずいぶんと仕事熱心な警官だ。
「……ああ、はい、すみません。何かあったんですか?」
「見ただろう? 今のこの街に起きている現象を。 中でも特にひどいのがこの奥だ。ほら、危ないから下がって」
「わかりました」
上辺だけで謝りながら、来人はこの場を去ったフリをする。
どうやってこの場を突破しようかと考えながら。
「……回り道か……いや、上か」
路地裏に入り、壁を走るようにして、ビルを駆け上る。そのまま、警官の後ろに降りて――走る。警官にはバレなかったようだ。
「……ここか」
見えたのは、ビルの壁がデジタル化している様子。
確かに、デジタル化の範囲は他よりも大きいが、それだけだった。来人の目的としているようなものはない。
「ハズレだな」
言って、また来人は歩き出す。
あれから――悠子救出作戦からすでに六日。この変わりきった人間の世界の片隅で、来人はアミとイーターを探して歩いていた。
事の始まりはあの時、悠子救出の時。あの時、救出成功に喜ぶ面々は気づいた。アミがどこにも存在しないことに。いくら待てど探せど、彼女は出てこない。
そうこうしているうちに時間だけが過ぎて――今に至る。ノキアも悠子もアラタも、それぞれの方法でアミを探しているようだ。来人は今まで通りイーターを探しながら、アミを探すことにしていた。
「任せろ……ね」
少し前に、来人はどこか奇妙な感じがする暮海杏子にも会った。
彼女はアミを探してどこかへと行こうとしているようで――彼女は来人に言った。アミのことは任せろ、と。まあ、時間がなかったのか、それだけで別れることになったのだが。
とはいえ、だ。何やら物知りげな杏子が探すからといって、自分が何もしなくていいはずもない。だから、来人は一人街を歩く。
「……なんだかな」
街を見る。
見渡せば必ずと言っていいほど、デジモンたちが視界に入る。見知らぬ世界に混乱している者たちもいれば、見慣れぬ世界に興奮して警察や自衛隊に取り押さえられようとしている者たちもいる。
まあ、中には人間に興味を持って、接触している者もいないわけではないのだが。
「でも、人間もなぁ……」
街を見る。
人間たちは皆、いつも通りに生きようとしている。こんな異常事態でもいつも通りに学校に行き、会社に行き――生活しようとするとは、たくましいというか、何と言うかだ。
まあ、中にはデジモンの姿によからぬ妄想をして、混乱のままにわめく者もいないわけではないのだが。
「……これからどうなるんだろうな。人間とデジモンの全面戦争は勘弁して欲しいけど……カミサマはどうなると思う?」
独り言のように、来人はカミサマへ声をかける。
カミサマは答えなかった。いや、答えられなかった。
「……やっぱり、か」
あの日以降、カミサマは一度たりとして言葉を発していない。
来人は気づいていた。彼は言葉を発しないのではなく、言葉を発せられない、つまり未だ意識が戻らないままだということに。
「……はぁ」
寂しさを紛らわせるように、来人は溜息を吐く。
アミのデジモンたちも、ブラックグラウモンも、行方不明のアミと一緒だ。そして、いつも一緒だったカミサマは意識不明の状態。
今の来人は、正真正銘に一人だった。
「……今度は……もう少し住宅地も見に行くか」
街中を躱して、来人は住宅地の方へと進む。
見覚えがあるような、ないような、そんな道を進む。
「ちょっと、何とかしてよ!」
「す、すみません……何分初めてのケースで……保証の対象外となって……」
「対象外!? アンタら私たちにそんなことを言うの!?」
「はぁ、ですが……その……」
男と女が何やら揉めている。
見れば、綺麗なマンションの一部がデジタル化していた。ついでに、成長期くらいのデジモンたちが駐車している車で遊んでいる。
なるほど、確かに文句の一つも言いたくなるだろう。問題は文句を言う相手が不明瞭だということくらいか。だから、あの女性は適当な相手に文句を言って、発散している。
今のこの世界の人間たちの不安を表したような女性だった。
「……ま、俺には関係ないけどな」
そんな彼らから目を離して、来人は歩く。
「……はぁ」
彼は溜息を吐いた。彼の目の前には、デジモンたちがいる。それはいい。ついでにそのデジモンが自分の仲間と亜種関係にあるグラウモンであることも、少し寂しく思うところを除けば問題ない。
問題は――。
「なぁなぁ、これなんだ~? 良い匂いがする~?」
「ひぃっ! お助けを! どうか! どうかー!」
――問題は彼がパン屋を襲っている、ように見えることだった。
そのパン屋は車で移動しながら販売するタイプの移動式だ。そのせいもあるかもしれないが、来人にもわかるくらい良い匂いがしている。多方、グラウモンはそれに釣られたのだろう。
パン屋の主人には哀れなことだったが――きっと今のパン屋の主人の脳裏には、怪獣映画さながらの光景が思い起こされているのだろう。
「なぁなぁ~?」
「ひぃいいいいい!」
助ける義理はないし、この世の中だ。
助けたとして、似たような光景は少なからずどこにでもある。キリがなくなるのは目に見えていた。が、来人はグラウモンという姿に思うところはあった。
このままでは付近の目撃者から通報があって、警察官やら自衛隊が飛んでくるだろう。
「……はぁ」
来人は溜息を吐いた。
溜息を吐いて――。
「おい、ちょっといいか?」
――グラウモンに声をかけた。
「何だ~?」
「これはパンっていう……人間の食べ物だ」
「食べ物! 食えるのか!?」
「そりゃ、食えるだろうが……でも、襲って奪うのはダメだ。欲しければお願いするか――」
金でもあれば買ってあげることもできたかもしれないが、残念ながら今の来人は金品を所持していない。とりあえず、略奪だけはダメだと教え込む。
だが、来人が言い切らないうちに、グラウモンの視線はパン屋の主人に向けられていた。
「頼めばいいんだな! なぁ!」
「はいぃ! いくらでもあげます! だから襲わないでぇ! どうぞぉ!」
「おぉ! サンキュー!」
「……」
来人が微妙な顔をする前で、パン屋の主人はありったけのパンを車から降ろし、グラウモンの前に置く。そしてそのまま、一目散に逃げていった。
これだけの数だ。作るのにも苦労しただろうし、その材料費も馬鹿にならないだろう。
グラウモンに目をつけられるは、パンは全部奪われるは。何と言うか、哀れで仕方ない。
「……おぉ! うまいぞ! こりゃ、みんなに教えてやらないとな! おい、お前! 教えてくれてありがとうな!」
そんなことをグラウモンは言って、その腕の中には溢れるほどのパンがあった。
そんなに持って一体どうするのか。来人がそんな疑問を抱く前で、彼はそのままどこかへと歩き出す。途中、いくつもパンを落としながら、彼の姿は見えなくなって――。
「一体何だったんだ……?」
――まるで嵐のような邂逅だった。
ちなみに、後日。来人はパンを自力で作ろうとして四苦八苦している彼とまた会うことになるのだが、それはほんの余談である。
ともあれ、来人は微妙な気分になりながらも、再び歩き出す。
「……ん?」
そんな来人はとあるマンションの前で足を止めた。
何か、奇妙な懐かしさがあった。いつも見ていたような、いつも知っていたような。
「……」
懐かしさと既視感のままに、来人はそのマンションの中へと入る。入口は暗証番号によって住人以外を弾く形だった。それでも、彼の手は勝手に暗証番号を入力し、扉を開けた。まるで、慣れているかのように。
まるで導かれるように、それでいていつも通りのように、来人は進む。エレベーターのボタンを押して、上の階へと行く。
「……こ、こは?」
ズラリと扉が並ぶ廊下。
迷いなく歩く来人は、一つの扉の前で止まる。表札に書かれた文字は“神山”で――直後、来人は何かを思い出しそうになった。
嬉しいような、泣きたいような、苦しいような、訳のわからない複雑な気持ちだけが来人の中に募る。時が止まってしまったかのように、周囲の音が遠くなる。
来人は気づいた。なぜか自分が緊張してしまっていることに。
ゆっくりと、ただゆっくりと。来人の手はドアノブへと伸びていく。そして、ドアノブを捻って――。
「どちら様ですか?」
「っっっ!」
――次の瞬間、来人は背後から聞こえてきた声に心臓が止まるかと思った。
バッと振り向けば、そこにいたのはふくよかな中年女性だった。
どこにでもいそうな外見だ。例え街中で見かけても、すぐに忘れてしまうだろう。そんな外見の女性だというのに、来人にはどこか見覚えがあった。
「あ、いや……」
なぜか、うまく言葉が言えない。
先ほどこの部屋に感じたものと同じ、いや、それ以上の複雑な気持ちが溢れ出る。
一方で、その女性は来人のことを訝しげに見ている。
まあ、仕方ないだろう。なにせ、今の来人はボロ布で身体中を覆っている。顔も見えないのだ。仕方のないことではあるが、怪しいと言っているような姿である。
「その……えーっと……」
「……」
しどろもどろになりながら、来人はその女性に何を言うか、言うべきかを考える。が、出てくる言葉は何もなかった。
「……何でもない。迷惑をかけた」
ただ、それだけを何とか絞り出して、来人はすごすごとその場を離れる。
その心中は未だ複雑な気持ちのままで――そんな自分の後ろ姿を、その女性が先ほどまでとは別の意味で訝しげに見つめていたのだが、最後まで来人はそのことに気づかなかったのだった。
というわけで、第四十九話。
原作主人公のいない空白の一週間、そのうちの一日に焦点を当てた話です。
実に中途半端ですが、長くなったので分割した話でもあります。
結果、本題部分が全部次回に行ってしまったのですが……。
そんなわけで、次回はこの話の続きです。
まさかの人物の再登場、そして最後に――な話です。
それでは次回もよろしくお願いします。