【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
ピリピリとした空気が暮海探偵事務所の中に満ちる。
まるで、戦いが始まる前であるかのような雰囲気で――その雰囲気の原因。それは、来人を挟んで睨み合っているアミと
「なんでこうなってるんだ……」
ポツリ、と来人が呟く。
こういう時に頼りになりそうなのは第三者だが、残念ながらこの場には来人たち以外の誰もいない。
「……はぁ」
事の始まりはやはり数分前だった。
あのお芝居の一件から一日経った今日。アミは新たに来た依頼を受けるべく、探偵事務所を出ようとして――その瞬間のことだった。
聞こえたのは、コンコンという控えめで軽いノックの音。
一体誰が来たのだろうか。そんな疑問を持ってアミが扉を開けると、そこにいたのはひなだった。昨日の今日でまた彼女がここに訪れたことに、アミは驚くしかなかった。
ともあれ、それで彼女の話を聞いたのだが――。
「つまり来人目当てで遊びに来た、ってこと?」
「うん」
――話を聞いて、アミは顔を顰めた。
遊びに来た。それは別にいい。わざわざここに一人で来るなど、四歳くらいの子供にしてはとんでもない行動力だとは思うが、それだけだ。
問題は。
「ダメ?」
「うーん……まあ、少しくらいなら……」
問題は来人目当てだということである。
「ダメ」
「え?」
「……あのね? 来人は……その、これから私と依頼を受けに行かなきゃならないから……」
アミはひなの要望を、半ばムキになって拒否する。来人は自分と一緒に行動しなければならないからこそ。
ここは曲がりなりにも探偵事務所だ。ここの本来の主である杏子はいないが、だからこそ、アミはここをしっかりと守らなければならない。
だから、いろいろな意味で貴重な戦力である来人を遊ばせておくことなどできるはずもない。
「俺は何も聞いてないんだけど?」
「来人は黙ってて!」
だから、いかに幼子相手といえど、この対応は間違っていない。そう、アミは半ばムキになっている自分を正当化させる。
「むー……」
ひなはアミの言っていることがわかるのだろう。だが、わかるからといって、それで引き下がるかというと別問題だ。
幼い彼女の心は、そんな理屈で引き下がることを納得しなかった。
「やっ!」
だからこそ、彼女は来人の腕にひっついて精一杯のワガママを言う。
ピクリ、とアミの頬が引き攣った。
「いいから……!」
なおも言い募ろうとするアミ。
だが――。
「おい、ちょっと待てって。どうしたんだよ? らしくないぞ」
――そんな彼女を止めたのは他ならぬ来人だった。
「来人がそんなんだから……!」
そして、アミの感情の矛先はひなから来人に向く。
らしくないことなど、アミ自身が一番よくわかっている。だが、わかっていても止められないような、コントロールできない複雑な感情が溢れて来ているのだ。
自分の知らないそんな感情を前にして、アミはどうすればいいかわからず、感情のままに動くことしかできなかったのである。
「俺? いや、なんで……!?」
「っ。わかんないよ! このロリコン!」
結局、アミは言いたいことだけ言って、そしてこの探偵事務所を出て行った。
後に残ったのは、風評甚だしい汚名を着せられた来人とひなだけである。
「……ごめんなさい」
ひなは謝った。自分のせいで喧嘩をさせてしまったのだと思ったのだろう。
「んー……ま、大丈夫だよ。喧嘩なんてよくあることさ」
来人の本心である。
アミと来人が喧嘩することなどあまりなかったが、全くなかったわけでもない。大抵はいつも、たわいのないことで喧嘩して、そしていつの間にか仲直りしているのだ。
だから、来人としても全然大丈夫だと思っていた。
「気にするな」
「うん……」
安心させるように、来人は彼女の頭を撫でる。
目を細めて嬉しそうにしているひなを視界の端に置きながら、来人は少し考えた。アミは依頼がどうと言っていたが、あの調子ではすっかり忘れているだろう。
ということは、来人は時間的にフリーなわけだ。やらなければならないことはいろいろとある。が、ひなを放っておけるかというと、それも否だ。
「……ま、別にいいか」
「……?」
考えた結果。結局、来人はひなに付き合うことにした。ひなの頭の上にあった手を離す。
「あ……」
少し残念そうなひなの呟きを聞きながらも、来人は部屋の片隅に置いてあったボロ布を纏う。
その行動の意味するところを勘違いしたのか。残念そうな顔をしているひなに、来人は呆れたように言う。
「ほら行くぞ」
「え?」
「遊ぶんだろ? さすがに一日中は無理だけど、何時間かくらいなら付き合うぞ」
「……うん!」
そう答えたひなの顔は、先ほどの表情から一転して笑顔だった。
そんな彼女に、来人は苦笑する。
そして、探偵事務所を出た来人たちは――。
「こんなところでいいのか?」
「いいの!」
――暮海探偵事務所からそう離れてはいない、近くの公園にやって来た。
都会の中にある公園であるだけあって、少し小さい。が、少ないながらも遊具等がある。まあ、小学生くらいの子供が遊ぶには少し物足りないかもしれないが、幼子が遊ぶにはちょうどいい場所だろう。
「……何をしてるんだ」
来人は呟いた。
今、彼の目に飛び込んできたのは幼子が遊ぶような公園にポツリと存在している――。
「よお!」
「わ、昨日の恐竜さん!」
――ブラックグラウモンの姿だった。
いかに今のこの世界がデジモンの闊歩していようと、面と向かって人間と仲良くしているデジモンは少ない。その上、昨日のお芝居の際、ブラックグラウモンはひなのおばさんの前でやらかしている。万が一、おばさんにひなと一緒にいるところを見られれば、また昨日の苦労が水泡に帰す可能性さえある。
だから、来人は聞いたのだ。何のつもりでここにいるのか、と。
「いや……なんか、アミにさ。お前らの様子を見てこいって言われてなー」
「人選ミスだろ……」
思わず来人は呟いた。もちろん、彼もブラックグラウモンに落ち度があるとは思ってはいない。が、強いて言うのならば、その外見である。
せめて、見た目的にもあまり問題なさそうなリリモンやテリアモン辺りにしろよ。来人はそんなことを思う。
「恐竜さんも遊ぶの?」
「恐竜さんじゃなくて、ブラックグラウモンだ。よろしくな」
「ぶらっくぐらうもん?」
「おう!」
とはいえ、ひなの方はすっかりブラックグラウモンと遊ぶ気満々のようだった。昨日、あのお芝居に付き合ってくれたことも、彼女がブラックグラウモンに心を開く要因になっているのかもしれない。
「じゃあ……背中乗せて! 背中!」
「おお、いいぞ! ほら、来い!」
うんしょうんしょ、と。ひなは頑張ってブラックグラウモンの背中を登ろうとする。が、さすがに幼子の力では、不規則に動く生物の背中にしがみついて登るということは無理なようだった。
少し涙目になりながら、ひなは来人の方を見る。
そんな光景に、来人は自分がいろいろと考えているのが馬鹿らしくなって――考えていたことを全部、気にしないことにした。
「ほら、掴まれ」
「うん」
「ブラックグラウモン! 行くぞ」
「オッケーだ!」
来人がひなを抱えて、ブラックグラウモンの背中に乗せてやる。ひなはしっかりとしがみついて――その瞬間に、ブラックグラウモンは彼女を振り落とさないようにゆっくりと動き出した。
「わ、わ……すごいすごい!」
「へへっ。だろっ!」
動く恐竜の背に乗るなど、アニメや絵本の中だけのこと。
そんな空想が現実となって、しかも自分が体験できているということに、ひなのテンションは上がりっぱなしだった。
「……ま、これはこれでいいか」
「らいとお兄ちゃんも、早く早くー!」
「おー!」
ひなの要望に応えて、来人も傍へと行く。
そんな彼女の姿は本当に楽しそうで、来人もブラックグラウモンも自然と楽しくなる。
その後も、来人たちは遊んでいった。ブラックグラウモンの尾にぶら下がってみたり、三人でかけっこしたり、三人で鬼ごっこをしたり。
「意外と時間ってすぐに過ぎていくもんだなー」
「ま、な」
いつの間にか、時間は過ぎていた。
初めはほんの数時間だけのつもりだったというのに、気がつけばもう夕方である。さすがにそろそろひなを帰らせないとマズイだろう。昨日の今日でまた無断外泊させるわけにも行かない。
ひなもそれはわかっているようで、本当に渋々ながら、残念そうにしていた。
「さて、それじゃ……」
帰ろうか。来人がそう言おうとした、その時だった。来人たちの目の前にソレが現れたのは。
「ひっ」
悲鳴を上げて、ひなが来人にしがみつく。
まあ、それも仕方のないことかもしれない。彼らの前に現れたソレは、あの火の玉だったのだから。
「これは……」
ゆらゆらと揺らめくソレは、来人たちの周りを取り囲む。
それだけではない。風もないというのに、気味の悪いくらいに木々のざわめきが大きくなってさえいる。
逢魔が時という昼と夜の境目だからこそ、このような現象が起きているというのか。
「ライト……」
「わかってるよ」
現れた気配に、来人たちはそこを睨む。
まるでやがて来たる夜と共にやって来たかのように、踊る火の玉に祝福されるかのようにして、ソレは現れた。現れたのは鎌を持つ幽霊のような者。それはともすれば、死神のような者だった。
「命を……置いていけ……!」
まるで幽鬼のような、暗く恨みのこもった声。
そんな相手の声を前にして、「ひっ」とひなが再び小さな悲鳴を上げる。来人にしがみつく力が強くなった。
「魂を……刈り取る……ぞ……!」
そう言った死神に対して、前に出たのはブラックグラウモンだった。
「上等だ! オレが返り討ちにしてやるよ」
チラリ、と彼は来人の腰にひっついているひなを見る。
彼女は震えていた。震えながら、来人や自分に助けを求めていた。
不思議な気分だ。ブラックグラウモンはそう思う。
自分のために力を振るうのではなく、共闘するために振るうのでもない。本当に自分が守らなければならないほど弱い者のために力を振るう。そんなことは、ブラックグラウモンも初めてだった。
それでも――。
「ははっ」
――悪い気はしない。そう思って、ブラックグラウモンは笑う。
気づけば、ブラックグラウモンは光に包まれていた。次の瞬間、そこにいたのは身体の半分が機械となったブラックグラウモン――ブラックメガログラウモンだった。
「……進化した!?」
「ぶらっくぐらうもんさんが……!」
ひなと来人の驚くような声を聞きながらも、ブラックメガログラウモンは一歩を踏み出す。その視線の先には、倒すべき死神だけがいた。
「さぁ、やろうか」
そう言って、さらに一歩を踏み出す。次の瞬間には、その見た目に似合わぬ、凄まじい速さでブラックメガログラウモンは駆けた。
「らぁっ!」
そのまま、腕を振り抜く。
ブラックメガログラウモンの拳は真っ直ぐに突き進んで――死神は、それを紙一重で回避した。
「おっ! やるな!」
そんなブラックメガログラウモンの言葉に、死神はニヤリと笑って、次の瞬間――。
「すいませんっしたァー!」
「は?」
――土下座した。
いきなりの急展開にこの場の誰もがついて行けない。
罠なのか。いや、それにしては。そんなことを思ったブラックメガログラウモンは来人を見た。来人は呆れたように、頷く。罠ではないらしい。
「とりあえず、大丈夫そうだし……ひなを送ってくるわ」
「え、あの……またね?」
「おう、またな!」
これ以上は時間的にひなが厳しい。そう考えた来人が、この死神をブラックメガログラウモンに任せて、ひなを連れて行く。
この場に残ったブラックメガログラウモンは、死神をジッと睨みつけて――その度に、死神は震え上がった。
「おい、さっさと話せよ?」
「はぃい! すみません! ワタクシ、ファントモンというデジモンです!」
「ファントモン……完全体のか! 見たのは初めてだな」
死神――ファントモンは今回の件について言っていく。
自分の配下のバケモンたちから、ブラックメガログラウモンを驚かして欲しいという依頼を受けたこと。とある
そして、驚かそうとしたが、自分はそれほど強くなく、成熟期ならともかく同格相手の完全体には勝てないこと――などなど。
「アミも関わってるのか……」
「え、ええ。まあ、貴方の居場所を教えてくれという依頼で我々は依頼したわけですので……それほど関わっているというわけでは」
「なるほど。ってか、どうしてオレを驚かせようとしたんだ?」
ブラックメガログラウモンは気になったことを聞く。
一歩間違えれば、ブラックメガログラウモンに襲いかかられるかもしれない現在だ。ファントモンは躊躇ったようであるが、やがて口を開いた。
「その……昔、貴方に驚かされた、と」
「は? オレが? いつ……?」
「勝負を挑まれたとのことで……あの……」
そこまで言われて、ようやくブラックメガログラウモンも納得がいった。
来人に出会うまでの辻斬りまがいのことをした時のことだろう。彼はあの頃に戦った相手のことなど逐一覚えていない。
あの時に襲って、そしてそれに恨みを持つ者がアミやファントモンに頼んだ。それが今回の件の真相だった。まあ、ブラックメガログラウモンの自業自得だ。もし、来人がここにいればこう言うだろう。「阿呆が」と。
「なるほどーそっかー……」
「あの……申し訳ありませんが、またこういうことはあるかと……」
「お前の部下だろ? お前が止めてくれればいいんじゃないのか?」
「その、バケモンたちはやる気ですので……ワタクシが止めて止まるかどうか……」
バケモンたちによる微妙に平和な復讐劇は未だ続きそうだった。
ちなみに、それで悩まされるのはブラックメガログラウモン――ではなく、外野のアミや来人だったりする。
というわけで、第五十五話。
せっかく進化したのに、いいとこなしだったブラックメガログラウモンのお話でした。
以前に登場したバケモンたちが、どうしてブラックグラウモンを目の敵にしていたのか、その理由が明かされました。
ちなみに、今回の話は表です。次回は裏となります。今回と次回は前後編ではなく、表裏の話な訳ですね。
それでは次回もよろしくお願いします。