【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
デビモンから進化した彼女はイーターに向き合った。
そのままその鋭い爪の右腕を振るう。生まれたのは大量のコウモリ。否、コウモリのように見える暗黒の飛翔物体。一匹一匹が高熱量を誇るソレは、解き放たれる時を今か今かと待つ。
「終わりだ。“ダークネスウェーブ”!」
解き放たれるコウモリたち。
一匹一匹は小さいながら、無数に放たれたそれらを躱す術はイーターにはない。イーターめがけて一直線に飛んでいくその黒い塊は、まるで本物。餌を求めて夕暮れの空を舞う姿のよう。
「――!」
完全体の一撃をイーターは防げない。
イーターは断末魔の叫びも上げられず、消滅した。
「……で、デビモンだよね? 何と言うか……すごい変わりようですね」
傍から見ていたアミが思わず敬語になる。
それだけ、デビモンのビフォーアフターは凄まじいものだった。というか、デジモンに性別はないとはいえ、見た目の性別が変化している。
そう――進化した彼女はレディーデビモンという名の完全体デジモンだった。
「そっちも終わったみてーだな」
すべての戦いが終わったことで、アラタがアミの下へとやって来る。
「うん、なんとかね」
「余裕そうだな。……なぁ、おたくはどう思う? アイツら……イーターに意思ってあると思うか? それとも、バカみてーに食いたいだけなのか? こいつらの目的は……」
苦しそうにアラタは言う。いや、苦しいのだろう。
イーターが悪意ある存在であれば、彼もこんな感情を抱かなかったというのに。イーターが目的もなく、ただ食らうだけの災害に近いものだったのならば、彼が抱いている感情のほとんどが行き場を無くしてしまうかもしれない。
その恐ろしさを脳裏に思い描いて、アラタは苦しかった。
「それは……」
アラタの感情の吐露にアミは答えられなかった。
代わりに答えたのは――。
「それは私がお答えしましょう。アラタくん」
――末堂アケミだった。
いつの間にこの場にやって来たのか、それとも初めからこの場にいたのか。どちらにせよ、人が襲われているのを見て見ぬふりとはいい度胸である。
「末堂……っテメェふざけんな!」
「人がイーターに襲われてるのを見てたの!?」
「はて……ああ、なるほど」
アミとアラタの怒鳴り声にも、アケミは怯まない。それどころか、彼らが何に怒っているのかも理解したと言わんばかりの、まるで他人事のような口ぶりだ。
「や、私はあくまで研究者ですから。私は私の本分を全うしただけですよ。アラタくんも興味津々のイーターを、ね」
「……お前、イーターの目的を知ってんのか?」
アミは気づいた。アケミは自分を見ていないことに。
視界には入っているのだろう。だが、彼はアラタだけに注目している。アラタだけを見ている。彼はアラタの何かに興味を持っている。
だから、興味対象としてアラタより劣る自分は見られていない。きっと自分が何を言っても、アラタに話すことに夢中になっているアケミには届かないだろう。そのことにアミは気づいて、癪ながらも聞き役に徹することにした。
「クフっ。やはり興味をお持ちですか……そうでしょうそうでしょう! そう思っていました!」
「さっさと教えろ!」
「焦りは禁物ですよぉ? ま、とにかく……アラタくんは食事をしますよねぇ? その目的は何です? なぜ食事をするんです?」
イーターのことを聞かされると思ったのに、唐突にされた質問にアラタは混乱する。
これにも何か意味があるのだろう。そう考えて、彼は答えた。食べなければ死ぬからだ、と。
「その通り! 食べなければ死ぬ! 食べるのは生きるため! これはほぼ全ての生命に言えます。例外はもちろんありますがね。さて、では何故生きるのでしょう?」
「次から次に……んなもん、死にたくないからだろうが」
「クフフ……いけませんねぇ。それは生物の本能に感情と論理を混ぜてしまっているだけです。もっと原始的に考えてください!」
早くイーターのことを聞きたいというのに、やたらと関係のない気がすることばかり聞かされるから、アラタは苛立ち始めていた。
そんなアラタをアケミは笑う。
まるで自分のことを見通されているようで、アラタは気分が良くなかった。
「生物が生きるのは種を保つため……そして、新たなステージへと“進化”するため! 生きること、これ即ち進化すること。それができない者は淘汰され、滅びるしかありません」
「進化……」
「そう! 進化です! 人間もイーターも変わりありません」
ようやくイーターの名前が出てきた。
アラタは一字一句聞き逃すまいと、気合いを入れ直す。ここからが本題なのだ。
「イーターは捕食したものを分解・吸収し自由に書き換える能力を持っています。アラタくんも何度か見ているんじゃないですか?」
「……」
人型になったイーター。そして、イーターに取り込まれた悠子。アミにもアラタにも、アケミの言うことに覚えがあった。
「その能力による現象こそ、バグ化と呼ばれる現象ですが……これはある能力の一つの反作用でしかなかった」
「何だと……?」
「イーターの真の能力はバグ化に非ず……彼らの真の能力は吸収したそれらを自分の中に再構成することだったのですよ!」
「つまり……対象を捕食して自分の内部に再構築することで……自分を新しい生命として作り変えるってことか?」
「クフフ……良い理解ですねぇ。先に言われてしまわれました」
つまり、イーターは捕食を繰り返しながら進化しようとしているということだ。悠子の時のソレも、人型の時のソレも、その現象が露骨に現れた形だったのだろう。
「何とも素晴らしいとは思いませんか? すべてのものが進化の契機となる……これこそ、進化を目的とする生命の最終形態と言っても過言ではない!」
「……」
「例え、世界を隔てる壁であろうと関係ありません。人間が幾星霜の月日でようやく成し遂げることを、イーターは個々の能力で瞬時に成し遂げる。この差は覆しようがありません」
なるほど、イーターのことはわかった。
だが、アケミの話を聞いたアミとアラタは釈然としない表情で考え込んでいた。イーターのことは一先ず置いておくとして、アケミの目的は何なのだろうか、と。
アケミの研究に援助していた岸部リエの目的はロイヤルナイツをこの世界に呼び寄せ、人間を滅ぼすことだ。ならば、アケミの目的は。
「んおや? 私の目的ですか? クフフ……気になります?」
「もったいぶらずに早く言えよ」
「やれやれ、せっかちですねぇ。次元の壁をイーターに侵食させ崩壊させることで、デジタルワールドとこの世界……すなわち、
「常にデジタルシフトするってことだろ? それくらい今の現状を見てりゃわかるっつーの」
そう。あの出来事から、ずっと東京はああなっている。アケミに言われずともわかるくらいである。
とはいえ、改めて言ったからには理由があるのだろう。アラタの言葉にアケミは笑う。その様子は、まるで他人が気づいていないことを話すことが面白くて堪らないかのようだった。
「では、今の現状では何ができると思います?」
「あん……? 何が、だと?」
「答えは、そう! 何でもです! ありとあらゆることが可能になるのですよ!」
電子世界をハッキングという技術で自由に書き換えられるように、同じことが現実世界でもできるようになる。アケミはそう言った。
その予想を斜めに上回る答えに、アラタもアミも驚きを隠せない。同時に、アラタは少し思う。それならば“力”が手に入るのではないか、と。
「この世の道理を呪ってでも成し得たい事があるのなら、この世の条理を超えてでも辿り着きたい彼岸があるのなら……力あるものを喰らい、自らを進化させなさい。アラタくんにはそれができますよぉ?」
「は? どういう……!?」
「その権利を持ち得るのに、それを行使しないのはただの怠慢です。権利とはいずれ失われるもの。行使することでしか保つことはできない」
「……俺は……!」
はっきり言って、アラタはアケミの言葉を漠然としか理解できていない。それでも、アケミの言葉には感じるところがあった。
このままではいけないのではないか。アケミの話を聞き続けるうちに、彼の胸の内にはそんな焦燥感だけが大きくなっていっていたのだ。
「ま、君がどのような選択をするのは興味深いですけどね……アラタくん」
「あ?」
「う、し、ろ」
「っ! アラタ!」
その時、アラタに聞こえたのはアミの叫び声だった。次いで、インフェルモンが珍しくその表情を崩して、自分に向かってきているのが見えた。
いったい何だというのか。彼がそれに気づくよりも早く――彼の意識は背後から襲い来たイーターに食われて消えた。
「っ! アラタぁ!」
悲痛なまでの叫び声をアミは上げる。
今の彼女の脳裏には、あの日の幼馴染の姿が思い浮かべられていた。そんな彼女に呼応するかのように、この場のデジモンたちすべてがアラタを食らったイーターを攻撃する――。
「や、ダメですよ。せっかく彼は
――だが、そんなアミたちを止めたのはアケミだった。
彼はまるで庇うかのようにイーターの前に立ち、パソコンを弄っている。
いったい何のつもりなのか。アミたちがそう尋ねようとしたその瞬間に――。
「はっ!?」
――イーターに変わるように、アラタは先ほどまでと全く同じ状態でこの場に現れた。それも、しっかりと意識ある状態で。
「アラタ!」
何が何だかわからないが、とにかく無事だったことは喜ばしい。アミは喜びの声を上げた。
だが、そんなアミに反して、アラタの表情は暗い。ぶつぶつと何かを呟いている。まるで何かを後悔しているかのような、刑の時を静かに待つ罪人のようだった。
「これは……なるほど。アラタくん、君は今悲しいのですね?」
「……頭ン中ぐちゃぐちゃだ」
悲しみ、怒り、憎しみ、それ以外の感情。さまざまな感情がアラタの中で渦巻いていた。仮にこの複雑な感情に名をつけるのなら、“苦しみ”だろう。
「ですが、大丈夫ですよ。もう苦しむ必要はなくなります。その悲しみも……」
「……本当か?」
まるで僅かな希望に縋るように、アラタはアケミに尋ねる。
アケミは静かに頷いた。
「えぇ、もちろんです。共に行きましょう? この不完全な世界を新たなるステージへと進化させましょう? そうすれば、君の望みも叶うはずです」
「……」
アラタの足がアケミの方へと動く。
アミは気付いた。アラタがアケミの誘いに乗ろうとしていることに。だが、それは同時に、彼を余計に孤独へと踏み出せさせてしまうような気さえして、そう感じたからこそ――。
「ダメだよ! アラタ!」
――アミはそんな友達を止める。
だが、彼は首をゆっくりと横に振るだけだった。
「心配してくれてんだろ。ありがとな……けど、デカい宿題を思い出しちまった。思い出しちまったからには、忘れたフリなんかできねぇ。片づけるためには……力が必要なんだ」
アラタの言う宿題が何なのか、アミにはわからない。彼が必要としている力とやらも。それでも、やはり彼を一人にさせるようなことはできなかった。
「アラタ!」
行かせないとばかりに、アミはアラタの前に立つ――が、そうして彼の顔を見て初めて彼女は気付いた。彼のその目に、何事にも引かないかのような強い意志があったことに。
「……アラタ」
「ははっ。情けない声出してるんじゃねーよ。俺は――」
そんな時のことだった。
「真田アラタ。それは本当に君が望む力なのか? それで本当に君の望む
「っ!」
この場に新たな声が響いたのは。
そして、その声はこの数日の間、アミがずっと聞きたかった声で――。
「杏子さん!」
「き、杏子サン……どうしてここに?」
――現れたその女性こそ、暮海探偵事務所の主にして行方不明になっていた暮海杏子その人だった。
行方不明だった彼女の突然の登場に、アラタもアミも驚愕に震えるしかない。
「なんですかあなたは? 邪魔をしないでいただきたい。彼はすでに自分の行くべき道を決めたんですよ」
「確かに。子供が行くべき道を決めたのならば、それを見守るのが大人というもの。しかし……今一度問おう。君は本当にそれでいいのだな? 君を引き留める友人の手を振り払ってまで行くのだな?」
杏子の言葉に、アラタはバツの悪そうな顔をする。が、それだけだった。彼は「すまねぇ」とだけ小さく呟いて、アケミと共にどこかへと歩いて行く。
アミは杏子と共に、そんな彼の後姿を辛そうに見ていることしかできなかった。
「……決意は固い、か。今は深追いしても意味はないだろう」
「杏子さん……」
「ふふ……私が不在の間も頑張っていたようだな」
「っはい」
アラタの件、イーターのこと、ロイヤルナイツのこと。すべて何も解決していない。
それでも、杏子が帰って来てくれたことは素直に喜ばしいことだ。今、アミは目の前が歓喜の涙で滲んでいた。
「ふむ。そんなに私のコーヒーを楽しみに待っていてくれたとは……悠長に味わっている暇はないが、久々に腕を振るってあげよう」
「……!」
まあ、そんな涙はすぐに引っ込んだのだが。
頼むから事務所に
というわけで、第六十一話。
前回に引き続きの後編です。
前回中途半端なところで切ったので、せっかく進化したレディーデビモンはかなりあっさりと出番が終わりました。
その部分だけでも前回に含めればよかったかもしれません……。
ともあれ、暮海杏子がついに帰ってきました。
同じようなポジションであるカミサマはいつ帰ってくるのか。それはまた次回以降ですね。
それでは次回もよろしくお願いします。