【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~   作:行方不明

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第六十二話~コーヒーに立ち向かえ!~

 数十分前のこと。暇だったから、来人は遊びに来たひなを送って行った。

 そして、現在。そんな彼は暮海探偵事務所へと戻って来て――。

 

「嫌な予感がする」

 

 ――その扉の前で立ち往生していた。

 今の来人の姿は相変わらずなボロ布を纏った姿。傍から見れば、怪しい人物が探偵事務所の前で立ち往生しているという通報モノの光景だ。

 だが、通行人は気にも止めない。この数日で怪しい姿の人物が暮海探偵事務所に出入りしているということは周知の事実となっていたのだ。

 

「……どうしようか」

 

 ともあれ、来人が扉の前で立ち往生している理由。

 それは言うまでもなく、彼の勘によるものだった。中に入れば身の危険があるぞ、という感じの。敵がなかに潜んでいるのか、それともアミ辺りが何か企んでいるのか。

 そのどちらもありえそうで、来人は躊躇う。が、結局は入らなければどうってことないという思考に至った。

 

「よし、それじゃしばらくは外で時間潰してるか」

 

 君子危うきに近づかず、そんな諺もあるほど。わざわざ危険に近づく必要はない。

 くるりと踵を返して、事務所を離れようとした来人。そんな彼は気づいた。扉が開いたことに。中から、誰かが出てこようとしていることに。

 中から出てきたのは――。

 

「……うふ」

 

 ――ニッコリと気味の悪いほどの笑顔を浮かべたアミだった。

 

「そんなに笑って……気でも触れたのか?」

「あれ、来人? 帰って来たの?」

「まあな。で――」

 

 何かあったのかを彼が聞こうとしたその瞬間のことだった。

 ズダンッという轟音を立てて、アミは倒れ込む。受身も取れず、しかも足から崩れ去ったのでもない、頭から倒れる倒れ方。ずいぶんと痛い倒れ方だ。

 

「ちょ、おい!?」

 

 そんな倒れ方をしたアミに、来人は慌てるしかない。

 慌てて近づけば、彼女の口からはよだれのように謎の物体が漏れていて、さらに鼻をつまみたくなるような異臭が彼女の身体のいたるところからする。

 だが、自分が見るに耐えない姿になっているというのに、本人は幸せそうに笑っていた。

 

「……」

 

 思わず、来人は全力で彼女から距離をとった。

 何と言うか、ただの危ない人に見えて仕方なかった。彼女が変わってしまったことを感じて、来人はショックを隠せない。

 

「とりあえず運ぶか」

 

 鼻が曲がるような異臭を発する女性だ。はっきり言って、関わり合いになりたくない。が、来人には放っておくこともできなかった。

 匂いを嗅がないように注意し、そして自分のボロ布が落ちないようにも注意して、来人はアミを抱える。とはいえ、身長差があるため、引きずる形となってしまったが。

 

「うぐ……」

 

 臭い。息を止めても感じる匂いに、来人は顔を顰めた。

 事務所の扉を開ける。そして――。

 

「うっ!?」

 

 ――事務所へと入った彼が感じたのは、アミの身体から発せられるものと同じ異臭だった。

 あまりの臭いに、思わず来人は両手で鼻を抑えた。その際、手を離してしまったアミが床に落とされて、「痛っ」とうめいていたが、それはほんの余談である。

 一体何があったというのか。来人は気をしっかりと持って、臭いの発生源を探す。そして、それはあった。事務所の奥のデスク、そこにいるいつの間にか帰還した本来の主(暮海杏子)。その手が持っているコーヒーカップに。

 

「ん? ああ、君は……ふむ。この前は時間がなかったからあまり挨拶もできなかったな。失礼。私は暮海杏子。探偵で、君の幼馴染の上司だ」

「……」

「ああ、君のことはアミから聞いている。人からデジモンになった人物。しかも、それを手助けしたのはオリンポスの主神。ふふふ……何とも奇縁だな」

 

 杏子は何かを言っているが、はっきり言って来人は聞いていなかった。

 聞けなかったというのが正しいか。あまりの異臭に耐え、失いそうになる気をしっかりと持つことに全力を割いていて、杏子の話を聞いている余裕がなかったのだ。

 

「それ、なんだ……?」

 

 絞り出した声は、ずいぶんと小さい。

 それでも、しっかりと杏子には届いたようだった。彼女は自慢げにその手の中の――コーヒーカップを掲げて言う。

 

「見てわからないか? コーヒーだ」

 

 そこにあったのは混沌(コーヒー)だった。

 勘弁してくれ。来人は切にそう思う。少なくとも、来人の知るコーヒーはこんな異臭を放たない。こんな宇宙の始まりのような様相を呈してもいない。来人自身はまだ好まないが、それでも歴とした飲み物だ。

 

「ほう? そんなに見つめて……どうやら気に入ったようだな」

「っ。勘弁してくれ。俺はコーヒーが好きじゃないんだ!」

「ふふ……遠慮するな」

 

 そう言って、杏子はキッチンへと行く。コーヒーを淹れに行ったのだろう。

 逃げなければならない。来人は生存本能に従って動き出した――が、彼は忘れていた。先ほど、自分が落としたものに。

 

「てっ!?」

 

 生存を賭けて動き出した彼は、その足を何かに引っ掛けてしまって転んでしまう。

 彼が足を引っ掛けたソレはそれなりに大きい。であれば、当然のことながら転んだ彼の倒れる先は、ソレの上で――。

 

「がっ!」

「ぐへっ!」

 

 ――感じたの衝撃と共に、来人はソレの上に倒れ込む。何やら奇妙なうめき声が聞こえた。

 ともあれ、元々勢いがそれほどなかったからか、それとも柔らかい何かの上に倒れ込んだためか、来人はあまりダメージを受けなかった。

 

「なんだよっ!」

 

 急いでいる時に。そんな苛立ちを込めて、来人は自分の下にあるものを見る。そこにいたのは、未だ気を失っているアミだった。

 

「っち。何でこんなところで寝てるんだ!」

 

 先ほど自分が落としたことも忘れて、来人は悪態をつく。

 その手の先にある柔らかい感触やら、好きだった子に接触した事実やら、普段ならばいろいろと思うところはあるだろうが――残念ながら、今は命の危機の真っ最中。来人はすぐさま立ち上がった。

 急げ、今ならまだ間に合う。そのつもりで来人は動き出す、が。

 

「……待たせたな。私オリジナルブレンド。納豆と卵、そしてその他諸々を取り入れた健康にも抜群のブレンドだ」

 

 杏子が戻ってくる方が早かった。

 その手にはコーヒー(カオス)の入ったカップを持っている。ついでに、異臭が先ほどの倍はひどくなった。

 

「……」

「ほら、どうした? 遠慮することはないぞ」

 

 来人は震える手でコーヒーを受け取る。受け取ってしまった。

 それを見た杏子は嬉しそうに頷いた。杏子には悪意がないとわかるだけに、始末に悪い。

 飲むか、飲まないか。来人は悩む――が、この部屋に入ってしまった時点で、結末は決まっていたのだろう。

 

「……よし」

 

 来人は覚悟を決めた。

 まるでここからすべてが始まらんとばかりの異臭と漆黒。目の前にあるのは原初の混沌にも引けを取らないもの。いや、これは混沌ではないか。これは地獄そのものだ。飲んだ者すべてに苦行を強いる、まさに飲地獄。

 されど、来人は覚悟を決めたのだ。恐れない。恐れてはいけない。ここで止まっていては、意味がない。地獄を乗り越えなければ、先はない――。

 

「いただきます」

 

 ――なんだかんだで、来人はコーヒーを飲んだ。

 気絶しそうになるような異臭が口内から全身を駆け巡る。次いで、ネバネバした液体が舌を刺激し、小さな個体が喉をすぎる。さらに苦味とも、甘味とも、酸味とも、塩味とも、何にも当てはまらないような複雑な味を感じた。

 そして、最後に来人は喉と食道が焼けるような感覚を味わって――。

 

「がはっ」

 

 ――倒れた。

 先ほどと同じように、アミの上に。「ぐへっ」というアミのうめき声が上がるが、意識を手放した来人には関係のないことだった。

 

「おや。気絶するほど美味しかったのか。ふむ。これは私のブレンドの中でも殿堂入りになるか……いや、まだ早計な判断か。おじさんやミレイの感想もぜひ聞きたい。依頼人にも……いや、公私混同は……しかし……」

 

 そんな誰かの言葉を聞いたのが、来人の最後だった。

 

「……」

 

 あれからどれほどの時間が過ぎ行ったのか。一秒か、一分か、一時間か――気がつけば、来人の感覚は暗闇を捉えていた。

 そこでは動くこともできない。いや、動くという概念がないのか。身体がある感覚もない。暗闇に自分の意識だけが浮いているような、そんな感覚だった。

 似たような感覚には覚えがある。が、それがいつだったか思い出せない。来人はぼんやりと暗闇の中に漂っていた。

 

「……!」

 

 十秒か、十分か、十時間か――この暗闇に漂う来人は、それに気がついた。

 目の前に浮かぶその存在に。どこかで見たことのあるような、荘厳な存在。まさしく神と呼べるようなその姿は、しかし今は傷だらけであった。特に腹に貫通した傷は見るに耐えないほど凄惨だ。

 ただ一つわかるのは、その存在は死にかけているのだということ。

 

「……カ、ミサマ?」

 

 自分と同じようにただ漂うその存在に、来人は呆然と声を上げる。

 どうしてか、彼はその存在に触れたいと思った。無意識か、助けたいと思ったのか、それともその凄惨な姿に触れることで何かが変わるなどと思ったのか。

 身体の感覚もないくせに、来人はそれだけを思った。

 

「っ!?」

 

 直後、自分の意識がソレに触れたような、元々触れていたことに気がついたような、そんな感覚がして――。

 

「……っ!?」

 

 ――来人は目を覚ました。

 すぐに現状を確認する。事務所にあるソファーに寝かされていた。

 

「起きたか。一日中眠っていたとは……ずいぶんとグッスリと眠っていたな。アミならもう出かけたぞ」

「は?」

 

 しゃあしゃあと言うのは、パソコンで何かの調べものをしている事の原因(杏子)だ。

 抗議の視線を向ける来人。だが、その瞬間に来人は杏子に違和感を覚えた。昨日はコーヒー騒ぎで感じられなかったが――思えば、彼女と初めて出会った時にも同様の違和感を覚えた。

 どこかで覚えのある違和感だ。考えればわかるはず。そう思って、来人は考えに考える。だが、その正体にはたどり着けなかった。

 

「ああ、そうだ」

「……?」

 

 というか、杏子が「アミは渋谷に反応のあるマグナモンを説得しに行った」などとのたまうものだから――来人としては、考えてる場合ではなかった。

 

「先に言えっ!」

 

 急ぎ、来人はボロ布を纏って事務所を出ていく。

 向かうは渋谷。なぜか調子の良い身体を前に浮かぶ、コーヒー効果の疑惑。その疑惑に、来人はうんざりとしながら走ったのだった。

 




というわけで、ついに主人公がコーヒーの犠牲となった第六十二話。

ラッキースケベがあると命の危険がある……そんなラブコメ的定番の一幕でした。
あんまり関係ないかもしれませんが。

ともあれ、次回からは物語が進みます。
主人公は間に合うのか。それが次回の内容ですね。

それでは次回もよろしくお願いします。
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