【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
タイタモンは新たに現れたその女神に怪訝な顔をした。
まあ、それはそうだろう。その女神はユピテルモンの同胞――つまり、オリンポス十二神のデジモンなのだから。
「テメェ……なんのつもりだ?」
しかも、それはただの仲間割れを意味しない。その女神はオリンポス十二神の中でもとりわけユピテルモンに親しい者で、彼女がユピテルモンを傷つけることなどありえないはずなのだ。
そんな彼女がユピテルモンとして在った来人を倒した。これほど奇妙な話はない。
「……あぁ! ユピテルモン様! なんということでしょう……!」
女神は倒れた来人に駆け寄って、涙する。その様子は悲劇の一幕のようで、大変絵になるのだが――この状況になった過程を考えると、わざとらしかった。
「ッち。答えやがれェ!」
再度、タイタモンが尋ねる。その声は苛立っていた。
自分の質問を無視されたこと、自分が倒したかった相手を横取りされたこと、そしてそれをしたのも自分が倒したい相手の一柱であること。今の状況のすべてが彼を苛立たせていた。
一方でそんな彼の様子に、女神は――。
「あぁ、うるさいわ。汚らしい汚物の声がするわ」
――鬱陶しそうに言うだけだった。たったそれだけ。
だというのに、タイタモンはその言葉を聞いた瞬間、骨刀を構えた。
一瞬でも気を抜けば殺される。先ほどの何気ない言葉の中にも、羽虫を振り払うついでに殺すような純粋な害意がある。彼はそれが分かってしまったのだ。
「……」
一見すれば隙だらけな女神の姿。だが、タイタモンは動けない。動けば、その瞬間に先ほど以上の命を賭した戦いが始まることがわかったから。
確かに、彼は復讐を果たせさえすれば、自分の命など惜しくはない。だが、彼は命知らずであっても無鉄砲であるわけではないのだ。
「ユピテルモン様……! どうか、目を覚ましください! 私をその腕に抱いてくださいませ! あのような
女神は懇願する。
だが、彼女が求める返事は返って来なかった。
「狂ってやがるなァ……」
ポツリとタイタモンは呟いた。
彼にはわかったのだ。彼女は現実から目を逸らしていることに。いや、あるいは現実を理解しているからこそ、あの凶行をしたのかもしれない。
「……あぁ、やっぱり。私の声に応えてくださらないのは、私の他にいるからですか? 私以上の大切な方が」
静かな声で呟かれたその女神の言葉に、タイタモンは寒気がした。
「あぁぁぁぁ! やはりやはりやはり……コロセばいいのでしょうか。そうすれば、アナタ様は私の下へと戻ってきてくれますか……?」
「はッ。今代の女神は脳内お花畑って噂は本当だったんだなァ。くだらねェ!」
タイタモンは耐え切れなかったのだろう。彼にとっては目の前の光景が三文芝居のように見えていたのだ。だから、つい言ってしまったのだ。それが地雷であると薄々気づきながらも。
「下種如きが……私の愛を否定するというのね。そう……」
空気が一層冷たくなった。世界が軋むような感覚がする。
自分がとんでもない地雷を踏んでしまったことに気づきながらも、タイタモンは笑った。彼にとってこの展開は望むところだから。どうせ遅かれ早かれこうなるのだから。
「いいわ。生まれてきたそのことを後悔するまで殺してあげる」
「やってみろ!」
「申し訳ありません。ユピテルモン様。少しお待ちください。今、この汚らしい下種に天罰を下します」
タイタモンが骨刀を構え直す。女神がその手の杖を構える。
一瞬後には争いが始まる。そんな気配がして――。
「っ! 来人!?」
――そんな時のことだった。悲鳴混じりの叫びがこの場に響き渡ったのは。
相手を警戒したまま、女神とタイタモンは声の主を視界に収める。
そこにいたのは、赤髪の少女たち――アミとノキアだった。
「あれは……!」
「イリアスの住人……!」
いや、アミたち二人だけではないか。
先ほどから収まらない強大な気配の主を確かめるべくやって来たのだろう。オメガモンとマグナモンもこの場に来ていた。
「ッち。またこのパターンかァ!」
「あら……イグドラシルの住人ね。ふぅん? 英雄気取りの騎士たちね」
「……っ! 英雄気取りとは聞き捨てなりません!」
「お前たち……今はそのような状況ではないというのがわからないのか!」
タイタモンと女神、そしてオメガモンとマグナモン。二つの世界の住人が睨み合う。
ギスギスとした、ひと目で仲が悪いということがわかる気配が辺りに蔓延した。まるで人間を滅ぼそうとしているロイヤルナイツたちに出会った時のように、いや、下手したらそれ以上の険悪な雰囲気だった。
「っ、ちょーっとストップ! オメガモンもマグナモンも! いりあすだかなんだか知らないけど、同じデジモンでしょ、仲良くしようよ!」
その雰囲気に堪らず、ノキアが声を上げた。
実に彼女らしい内容で、タイミングだ。だが、その言葉を聞いたオメガモンとマグナモンはバツの悪そうな顔をするものの、タイタモンたちと未だ睨み合ったまま。対してタイタモンたちは、元々ノキアの言葉など聞いてすらいないようだ。
どう言えばいいのか。悩みに悩むノキアだが――。
「う、わー……どうしよ、どうしよう……あれ、アミ?」
――そんな彼女は気づいた。アミの気配がないことに。
ハッとしてノキアは辺りを見渡す。いた。いつの間にか、アミは来人の下へ向かって駆け出していた。
「来人!」
そして、来人の下へとたどり着いたアミは、彼を揺する。身体に空いた穴が痛々しかった。すぐさま、回復用のプログラムを走らせる。
淡い光が彼の身体を包み、彼を回復させる――。
「何をしているのかしら? 小娘」
「っ」
――その瞬間、アミの身体は凍りついた。まるで石になってしまったかのように、身体が動かせなかった。たった一言を聞いただけで、身体全ての支配権を奪われてしまったかのようだった。
「……何、って……怪我、を治す……んです」
何とか、声を絞り出す。
だが、アミに問いかけたその声の主――女神は厳しい表情でアミを見たままだった。いつの間にか、女神はオメガモンたちのことも、タイタモンのこともどうでもいいとばかりにアミだけを見ていた。
そんな女神の雰囲気に、ノキアやオメガモンたちは何も言えない。ただ一人、タイタモンだけは意味ありげにアミを見ていたのだが。
具体的に言えば、アイツやっちまったな、という感じで。
「治す? へぇ……そう。あぁ、そういえばアナタ会ったことあるわね。ふぅん?」
意味ありげに頷く女神を前に、アミは寒気と冷や汗が止まらなかった。
「……怪我を治して、ユピテルモン様に取り入るつもり?」
「あ、え……そんな……」
アミは息苦しいばかりの奇妙な圧力に襲われていた。
その息苦しさの中では、上手く言葉を発せられない。言い返したくとも言い返せなかった。それはまるで、無様な弁明を女神は許さないかのようだった。
「妻である私の前でなんと堂々としていることね」
「えぇっ、妻!? え、えぇぇぇ!?」などという驚愕の声がどこからか発せられたが、それを気にする余裕はアミにはなかった。脳内の警鐘が、痛みを訴えるほどに鳴り響いていたのだ。
「人間風情が……ユピテルモン様の優しさを利用してその寵愛を受けようなんて……そんな大それたこと――」
女神の雰囲気が変わった。彼女はその手の杖を振り上げる。
「っ」
「死して、その暴慢を償いなさい!」
女神の杖が振り下ろされる。
遠くで、ノキアが慌てている様子が見える。オメガモンたちが駆け出した様子が見える。タイタモンが面白そうにしている様子が見える。そして、自分に迫り来る杖が見える。
どうしようもない状況の中、アミはただ見ていて――。
「へぇ?」
「……」
――そんなアミを救ったのは、彼女のデジヴァイスから勝手に出てきたブラックメガログラウモンだった。彼はその手に付けられたブレードでもって、女神の杖を受け止めたのだ。
次いで、オメガモンたちがアミの下へと到着する。こうなってしまえば、女神はそう簡単にアミに手を出せない。
「ぜっ……はっ……」
「アミ大丈夫!?」
「だ、大丈夫……」
心配の表情で見つめてくるノキアに、アミは笑って返した。だが、死にかけたということもあって、その表情はどこか辛そうだ。
「……私の邪魔をするのね。そう……」
「アミはお前の夫に手を出したのではない。むしろ、彼女は助けようとしたんだ」
オメガモンが女神の勘違いを解くべく、言葉を重ねる。だが、女神は聞く耳を持たなかった。
「うふふ……」
「聞いているのか? アミは――」
それでも、なおもオメガモンは言葉を重ねようとする。
「ふざけんなよ。お前……!」
そんなオメガモンの言葉を遮って声を上げたのは、意外なことにブラックメガログラウモンだった。その声は憤怒に塗れていて、その目は憎しみで溢れていた。
「ヘェ?」という面白そうな声色の呟きが、どこかで呟かれた。
「……ねぇ、大丈夫?」
「ぶ、ブラックメガログラウモン!?」
ただならぬ様子のブラックメガログラウモンを前に、アミとノキアが声をかける。だが、彼は答えなかった。
「妻? 夫? 訳わからないことばっかり言ってるなよ。アイツは……ライトは! お前の夫でもなんでもない!」
「あぁ……あの偽物のことを言っているのね。アナタとあの偽物がどのような関係かなんて、興味もないわ。けど――」
女神は殺意のこもった目でブラックメガログラウモンを睨む。そこには怒りだけがあった。
「私のユピテルモン様とあの偽物を重ねないでくれるかしら?」
怒りのこもったその見当違いな言葉に、ついにブラックメガログラウモンの堪忍袋の緒が切れる。なんだその言い草は、と。
「お前のくだらない押し付けで……人の友達を傷つけてるんじゃないぞ……!」
これほどまでに怒りを――いや、殺意を抱いたのは生まれて初めてだった。その殺意に身を任せるように、ブラックメガログラウモンは先を望む。
神殺しを成し遂げられるだけの、強大なまでの力を。神が善だというのなら、善を殺すだけの邪の力を。
そこで、ブラックメガログラウモンの意識は途絶えて――。
「ァアアアアアア!」
――現れたのは、竜。
神に反逆する者の象徴たる存在にして、最も邪悪な赤き竜。存在自体が脅威そのものとされる、メギドラモンという名の究極体デジモンだった。
「なっ!? メギドラモンだと……!?」
「っく、これは……!」
その姿に、オメガモンとマグナモンは驚愕した。
まあ、それも仕方のないことだろう。メギドラモンとは最も邪悪な竜。世界法則によって封印されている本来の力が覚醒した場合など、その力はロイヤルナイツやオリンポス十二神をも凌駕する。まさに世界を滅ぼしうる存在なのだ。
そんな存在の登場に、すぐさまオメガモンたちは庇うようにアミとノキアの前に出た。
「グアァァァァァァ!」
だが、メギドラモンはそんなオメガモンたちには目もくれずに、目の前にいる女神へと襲い掛かった。その様はまるで、己が感じている憎しみを発散させることだけしか興味はないかのよう。
「下種なこと……!」
襲い来るメギドラモンの突進を女神は躱す。が、メギドラモンはその巨体に似合わない俊敏性と旋回性を発揮した。躱された直後に反転して、再び女神に殴りかかったのだ。
「くぅ!」
堪らず、女神はその手の杖でガードする。だが、メギドラモンの攻撃力を前に踏ん張りが利かず、殴り飛ばされた。
「アァァァァァァ!」
吹き飛んでいく女神を前に、メギドラモンは咆哮する。
その口からは炎が見え隠れしていて――。
「ユピテルモン様……!」
――それを見た女神は無念の感情と共に、自分の夫の名を呟いた。その顔は見るからに苦々しい。彼女は、自分の慢心が敗因となってしまったことに気づいたのだ。
「ァァァッァァ! “メギドフレイム”!」
そして、一瞬後、すべてを灰燼に帰す炎が放たれる。
世界のすべてを焼き尽くすその炎は、まさに神話に語られる地獄の炎のよう。空気を焼き、世界を裂き、目の前に見える敵を滅ぼさんと突き進む。
前の殴撃によって吹き飛んでいた女神に、それを躱す術はない。
「はァッ!」
「ァァァァ!?」
だが、この直後のことだった。
凄まじい衝撃が発生し、炎の軌道を僅かに逸らしたのだ。
一体誰が邪魔をした。そんな恨みのこもった視線で、メギドラモンはその邪魔者を見る。
「わりィが……ぽッと出のテメェみたいなやつにァやらせられねェなァ」
死すべき定めの女神を救ったのは、タイタモンだった。
とはいえ、別に彼は女神を助けたわけではない。彼にしてみれば、メギドラモンの気持ちもわからなくはないが、自分の復讐対象を横取りされたくなかったのだ。
「……!」
下種でしかない相手に救われた。
その事実は女神のプライドをひどく傷つける。だが、自分にとって一番大切なものを見失うほど、彼女は冷静さを欠くことはない。
彼女は苦々しい思いを抱きながらも、行動する。
「あっ、来人!」
そして、その光景を見ていたアミが思わず叫ぶ。
彼女の目の前で、女神は来人を抱えてどこかへと逃亡を始めたのだ。
「っ、待て!」
「待ちなさい!」
オメガモンとマグナモンが駆け出そうとするも、遅い。彼らはメギドラモンとタイタモンに気を取られすぎていたのである。
「アァァァァァァァ!」
女神のいなくなったこの場に、邪竜の慟哭のような咆哮が響き渡った。
そして――。
「アァァァァァ……!」
――女神を追っていったのか、来人を追っていったのか。この場の何者も知ったことではないとばかりに、邪竜は空に消えたのだった。
なんか週四投稿が日常になりつつある気がする中での、第六十五話です。
ろくに活躍しないうちに進化することになったブラックメガログラウモンの回でした。
主人公が誘拐されたことも含めて、これで原作主人公であるアミのパーティーからは実力派が一気に抜けたことになりますね。
さて、問題山積みになっていく中、次回は驚愕の展開へと突き進むお話です。
それでは次回もよろしくお願いします。