【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
時は少しだけ遡る。
来人が追い出された後のオリンポス山でのこと。十三ある神殿の一つ、ユピテルモンの神殿。その主なき神殿の中で、雷が弾けた。
「我は……ああ、そういうことか」
同時、その場に現れたのは――いや、目覚めたのは雷神だった。そう、正真正銘の“今代の”ユピテルモンである。
「目が覚めたか」
声がした。目覚めたばかりの彼を迎えた声。
その声の主は、メルクリモンだった。彼はユピテルモンの目覚めを感じ取って、いの一番にやって来たのだ。
「メルクリモンか。うむ。意識ははっきりとしている。今の異常事態にも、な」
「そうか。どうする気だ?」
メルクリモンの問いかけに、ユピテルモンは目を閉じて考える。
否、考えるまでもないことだった。目覚めたばかりだが、彼の目の前の目的ははっきりとしている。今の異常事態を解決すること。それが、彼が一番初めにしなければならないことだった。
「どうするも何もない」
「だろうな」
そもそも、事の始まりは先代のユピテルモンが来人という異物をその身の内に保護し、その上で死したことから始まる。
先代のユピテルモンは確かに死した。だが、死んだはずの彼としてその身体を動かす何者か――来人がいる。
その矛盾した状態に、世界のシステムはエラーを発した。そしてそのエラーこそがこの異常事態を発生させてしまった。すなわち、システムの誤作動だ。
結果として、正しい意味で先代を継いだ
「偽物は今代の座を捨てたのだろう?」
「ああ。言質はとった。俺たちオリンポス十二神族全員がな」
「ならば、奴を殺せば先代の残したこの異常事態は収まる。それで解決だ」
矛盾した状態を長く続けてはならない。エラーを出したままでは、今後の理に関わる。この世界の法則でもあるホメロスはそう結論づけた。
それの意味するところはつまり、真なるユピテルモンを決めるために殺し合えということだ。
とはいえ、ホメロスの結論を待たずとも、どのみちそうなっていただろう。来人は先代を復活させることを目的としていて、次代のユピテルモンは自身の存在意義がかかっている。
そこに話し合いや他の道の介在する余地はないからだ。
「……メルクリモンよ。伝令を頼む。我こそ真なる今代のユピテルモンなり。今こそ我が帰還した、とな」
「気が早いことだな。俺としては……まだわからないと思うけどな」
メルクリモンを視界に入れないように、ユピテルモンは彼に背を向ける。その様はまるで、今の自分はその資格がないと言わんばかりだった。
「やれやれ……どうやら、お前はよほど堅物らしいな。言っておくが……ユピテルモン、その名は正義と裁きの証だ。ユピテルモンだからこそ、その言葉に意味はある。未だユピテルモンを継げていないのに、何をわめこうと無駄なんだ」
そんなユピテルモンの背に、メルクリモンはそう投げかける。
だが、結局のところ、その言葉の通りだった。
メルクリモンたちは来人のこともこのユピテルモンのことも“今代”と呼んだ。実のところ、未だどちらも今代のユピテルモンではないのだ。
どちらかがその名と存在を継いだ時こそ、その言葉に重みと意味が生まれる。初めてオリンポス十二神の仲間となる。
「今回のような異常事態など初めてで、皆思うところがある。お前に対しても、あいつに対しても。結局、我らの仲間となったものだけを――」
「言わなくてもわかることだ」
背を向けたまま、ユピテルモンはメルクリモンの言葉を遮った。
そこから先は言わなくともわかるとばかりに。
「……そうか」
ユピテルモンはそのまま神殿の片隅に突き刺さった剣を引き抜く。
それは、いつか来る混沌を切り裂くように、と先代の時代に鍛冶の神であるウルヌカスモンが鍛え、そして先代に渡された剣だった。
今まで一度も振るわれたことのなかった剣だ。
「それを持っていくのか?」
「我が討伐するは今回の事態の元凶……その座を捨てた偽神とはいえ、神だ。神殺しを成す武器はこれを除いて他にあるまい」
「真なるユピテルモンが決まらぬ身でそれを振るったのならば、ウルヌカスモンが怒り狂うぞ」
「確かに、未だ我はオリンポス十二神の主神ではない。今の我にこれを振るう権利はないのかもしれぬ。しかし……それでも我はユピテルモンだ」
一歩も引かないユピテルモンを前にして、メルクリモンは肩を竦めた。
そんなメルクリモンを放っておいて、ユピテルモンは剣を担ぎ、神殿を出ていく。おそらくは討ち果たすべき相手を探しに行ったのだろう。
「どうなるか……」
神殿に一人残ったメルクリモンは呟く。メルクリモンといえど、この結末は予想できなかった。
ふと、気配を感じて振り返る。そこにいたのは――。
「やれやれ、あの赤ん坊め……」
――先ほども少しだけ話題に出たウルヌカスモンだった。
「よくわかったな……俺はまだ誰にも伝えていないのに」
「はん。あの剣を持っていったからな。気づけた。……全く」
「いいのか?」
わかっていて、それで持って行かせたのか。若干の驚きを持って、メルクリモンは尋ねた。
「何がだ?」
だが、当のウルヌカスモンは答える気がないようで、はぐらかして言わない。とはいえ、頑固な彼が使い手と決まらぬ者に持って行かせたのだ。そこには思うところがあったのだろう。
メルクリモンは静かに二柱のユピテルモンに思いを飛ばす。個人的に応援したいと思う方はあるが、決してそれを口にはしないのだった。
そして、時は戻って現在。
剣を持ったユピテルモンの登場に、一団のデジモンたちは誰もが驚いていた。当然だ。人前にユピテルモンが現れる時――それは往々にして悪と定めた者を殲滅する時なのだから。
「……あ、な……ユピテルモン様! 私たちに何か用ですのね?」
代表して、来人を助けたセイレーンモンがユピテルモンに話しかける。
その表情には絶対者に対する畏怖と畏敬の念があって、緊張のあまりにその身体は震えていた。
「歌い手か。別に構わん。我が用があるのは一人だけだ」
ユピテルモンはゆっくりとその剣を向ける。
その鋒の先にいたのは――。
「……」
――当然、来人で。
剣の鋒を向けたというその事実が示すのは一つしかなかった。
「なっ!?」
それを見て、そしてそれの意味がわかったセイレーンモンたちは驚くしかない。
一体どういうことなのか。来人は何をしたのか。そんな、どよめきがデジモンたちの間に沸き起こる。
「少しお待ちください! ユピテルモン様!」
堪らず、といった風にセイレーンモンは声を上げてしまった。
たった一日の付き合いだが、来人のひとなりはわかっているつもりだったから。ユピテルモンの判断にどうしても納得できなかったから。
だが、その行為はこの場において、最もしてはならない行為だった。
「っ、セイレーンモン! ダメ!」
「ダメだ!」
「やめてっ!」
仲間たちの焦ったような静止の声が上がる。
セイレーンモン自身も、やってしまったという若干の後悔の念が湧き上がってきた。だが、一度解き放ってしまった感情は、再び抑圧されることを良しとはしない。暴走する感情のままに、言葉が飛び出していく。
「何かの間違いですね! 彼は悪と断定されるような者ではありませんのね!」
ついに、言ってしまった。
セイレーンモンも、仲間たちも、来人も、誰もがそう思った。
「貴様……我の判断に異を唱えるのだな」
ユピテルモンの鋭い視線がセイレーンモンに向けられる。
思わずひれ伏しそうになるような、そんな視線を向けられたのだ。セイレーンモンはこの場から逃げ出したくなった。だが、震える身体は自身の言うことを聞かなくて。
「異を唱えるのだな?」
「あ……あぁ……ぁぁぁあ」
感じる神の圧力に、セイレーンモンは目を閉じて膝をつく。
もはや、何も考えられなかった。恐怖と絶望だけしか感じられなかった。
「ならば、先に貴様から処そう。我が裁定に異を唱える者よ。その死をもって!」
剣が振り上げられる。
見ていた誰もが次の瞬間に訪れるだろう凄惨な光景に目を閉じた。
「ふっ!」
そして、気合と共に剣は振り下ろされた。
鈍い音が辺りに響く。剣で斬ったというよりも、まるで剣を殴ったかのような――。
「動けるか?」
「え……?」
――その直後に聞こえた声に、セイレーンモンは呆然と呟き、目を開ける。そして驚愕した。そこにはユピテルモンの剣を蹴飛ばして防いだ来人の姿があったから。
「早く逃げろ」
「で、でも……恐怖で動けないのね。私のことはいいから、逃げて欲しいのね」
庇ってくれたことに、セイレーンモンは嬉しくなった。感じていた恐怖と絶望が薄れたのを感じた。やはり彼を庇った自分は間違いではなかったのだ、とそう思えたのだ。
「死ぬ気か……?」
「……いいのね」
セイレーンモンの、一瞬だけ間が空いた返答。
その意味がわからない来人ではなかった。
「……いいから――っ!」
なおも言葉を紡ごうとする。だが、その瞬間に感じた悪寒を前にして、来人は前に跳んだ。
そんな彼が一瞬前までいた場所を通り過ぎる、剣。着地した彼が睨む先には、剣を振り抜いたユピテルモンの姿があった。
「仮にも神を名乗る者が……ずいぶんと余裕がないのだな」
「余裕がない? ふん……貴様のような偽物を殺すのに時間をかけてなどいられないだけだ」
剣を構え直したユピテルモンを前にして、来人は悟った。これ以上、戦いを先延ばしにするのは不可能である、と。
「……仕方ない。セイレーンモン!」
「な、何なのね……!」
「お前は生きる。絶対にお前を死なせはしない。それが
「え……ちょっと待って! やめるのね!」
セイレーンモンの静止の声を聞かずに、来人は駆け出した。
大地を駆けながら、目の前にいる聖なる存在を利用して進化する。現れたのは、どこかユピテルモンに似たアイギオテュースモンで――それこそが、アイギオテュースモンの最後の姿。
アイギオテュースモン:ホーリーだった。
「我を似るその姿……つくづく我を愚弄するのが上手いらしいな」
「お互い様だろう。
「ほう。偽物風情が……我を暴慢と言うか」
ユピテルモンは静かに言う。だが、そこには確かな怒りが込められていた。
そもそも暴慢とは身の程知らずに使われる言葉だ。身の程を弁えろ、お前は神ではない、ということを言っている。つまり、本来は神とそれ以外のものを差別する言葉であるのだ。
来人がそれをユピテルモンに使ったということは――お前は神ではないのだ、と彼に向かって言い放ったに等しい。
「……殺してやろう」
存在を否定された神が怒る。彼の感情に呼応するように、天が唸った。太陽は雲に追いやられ、風が大地をなぎ払う。荒れ狂わんばかりの嵐だった。
というわけで、第七十一話。
ユピテルモン戦開始までの話です。
ユピテルモンがもう一柱いる理由の話でもありました。
さて、次回からは本格的に戦闘が始まります。
それでは次回もよろしくお願いします。