【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
それは業火で焼かれたような痛みが、一瞬にして襲ってきたかのようだった。
その一瞬だけに襲い来た激痛に、雷に打たれた来人はもはや痛覚さえ麻痺し、ふわりと宙を浮くかのような感覚と共に
「――――ぁ」
それは走馬灯のように。
意識が薄れていく中、来人の脳裏に浮かんだ情景は遠き日の記憶だった――。
――ある時、あるところに人間の子供がいた。
その子供は運動神経や頭の出来はともかくとして、壊滅的に機械の扱いが下手だった。そういう星の下に生まれていると言っても過言ではないほど、音痴だった。
さすがにテレビを見る、電子レンジを使う、そんな程度では問題ない。だが、それ以上のものはダメだった。それはこのネット万歳のご時勢において、明らかに異常だった。
「……」
学校の校舎裏で、その少年が体育座りで落ち込んでいる。
どうやら、また学校の授業中にパソコンを壊したらしかった。いつものことだ。彼が簡単な操作さえもできず、壊してしまうのは。これで何台目だろうか。
いつもは諦めずにチャレンジするのだが、今回ばかりは事情が違った。学校側から、“パソコンを壊すのなら、もう使わないでくれ”と直々に言われてしまったのだ。説教込みで。
「……くそっ」
彼は悪態をつく。
彼もわかっていた。自分が悪いことは。それでも、諦めなければいつか何とかなると思って、毎回挑戦していた。その結果がこれだ。何とかなる前に、何とかされてしまった。もう挑戦することさえ許されない。諦められなくとも、諦めざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
「なんで、だよ……」
誰に知られることなく、彼は呟く。
その呟きは空に消えていって、彼の頬には光るものがあった。
「っ」
誰かが歩いてきている。
彼はそのことを感じ、慌てて顔を拭く。やがて、現れたのは――。
「大丈夫……?」
――現れたのは、赤い髪の少女だった。
これもいつものことだ。少年は落ち込むとここに来て、人知れず落ち込む。この少女はその度に彼を慰めに来るのだ。
少年はそんな彼女の気遣いがありがたくて、同時に嫌いでもあった。自分が情けなくなるからだ。
「大丈夫に決まってるだろ」
「嘘。だって、ひどい顔してるもん」
「これはっ! 虫に襲われただけだ!」
みっともないところだけは見せたくないという、その一心で嘘をついて顔を拭く。だが、そんな行動こそが自分の心情を明らかに表しているということに、彼は気づいていなかった。
「あの……先生も言い過ぎだけど……大丈夫だよ。○○が諦めなければ――」
励まそうとしているのだろう。いっそ健気な行いだが、残念ながらその言葉は今の彼にとっては地雷だった。少女は盛大に地雷を踏み抜いてしまった。
「っ、馬鹿か! いや、馬鹿だろ!」
「なっ、なんで!?」
「諦めなければ!? 諦めなければ何だってんだよ! 諦めなければどうにかなるなんて、嘘っぱちなんだよ!」
諦めなければどうにかなる。そんな言葉が綺麗事であることを、彼は知ってしまった。綺麗事ではどうにもできない壁があるということも、幼い身でわかってしまった。
彼自身の心がそれを認めたくないからこそ、彼は感情を吐き出すように怒鳴ったのだ。
「そんなことないよ! 絶対に! ○○だって家で練習すればっ!」
彼の感情を前に、彼女も対抗するように感情を吐き出した。
彼にとっては綺麗事になってしまったあの言葉も、彼女にとってはそうではないから。未だ信じていることであるから。だから、引くことはできなかったのだ。
「だから、諦め――」
「うちの親が買ってくれるもんかよ! 前の壊した時から触らしてさえくれないんだぜ、あのケチ親! 何がアサイチの会議の書類がー、だっ!」
「むー……! そうだっ! なら、私の家のを使えばいいでしょ!」
名案とばかりに、彼女は言った。
「は?」
「ね、それならいいでしょ? 私も手伝うから!」
呆気にとられる彼の様子を前に、彼女は笑って手を差し伸べる。彼には信じられないことだった。
「なんで、だよ……?」
「え?」
「だって、壊すかもしれないんだぞ」
「わざとじゃないでしょ? 仕方ないよ」
「壊したらお前も怒られるかもしれないんだぞ」
「かもね。でも、大丈夫!」
「何でだよ。みんな、俺を馬鹿にしてる。馬鹿にして……」
彼は知っていた。
パソコンという、いや、パソコンに限らない複雑な機械全般を使えない自分のことを、周りの同級生たちは馬鹿にしていることに。
「馬鹿になんてしないよ。頑張っているの、知ってるから。どれだけ辛くても、頑張れるの知ってるから」
「……俺は……!」
「だから、もう一度頑張ろっ!」
笑って手を差し伸べてくれる少女の姿に、少年はまるでダムが決壊したかのように涙が溢れて来た。こうまで真摯に向き合ってくれる少女の存在が嬉しくて、止めようがなかったのだ。
「っ……っく……ぅ……!」
「よしよし……大丈夫だから」
いきなり泣き出した少年に、少女は何も言わない。ただ静かに、少女は少年に寄り添ってその傷を慰めていた。
「馬鹿にされて悔しかったんだ……」
泣き出して、どれだけ経っただろうか。泣き終えて、どれだけ経っただろうか。
やがて恥ずかしさから顔を逸らした少年はポツリと呟いていた。そんな独り言を、少女はただ聞いていた。
「でも、どうしようもなくて……頑張ったけどできなくて……」
「うん」
「諦めたくない。けど、諦めろって言われて……! 父さんも母さんも先生もみんなも……!」
「私は言わない。大丈夫だよ。もし、○○が諦めそうになったら私が助けてあげる。私はいつでも力になるよ」
「……っ!」
確かに彼女の言葉は彼に届いた。
結局、この時は諸々の事情のせいで諦めることになってしまったが――その諦めたことは“いつか”に託された。彼女の言葉は無駄にならなかったのだ。
「私、信じてるから!
「
「ね?」
「……うん!」
まあ、その“いつか”の時にはずいぶんと散々なことになるのだが、それでもその時から彼女の存在は彼の中に強く刻まれた――。
――そこで来人は目を覚ました。
今のが、俗に言う走馬灯というものだろうか。彼は呑気に考えながら動く。いや、正確には動こうとした、か。先ほどの最後の雷によって、彼の身体は傷だらけ。想像以上に、彼は身体を動かすのが困難な状況にあった。
「貴様、まだ……!」
驚いたような、そんなユピテルモンの声が彼の耳に届く。いや、ユピテルモンだけではないか。奏楽団の者たちも、未だ生きている彼をお驚いた様子で見ていた。
「……はっ……はっ……」
来人は思う。死にかけたからか、大切なことを思い出した気がする。自分が何者であるか、という忘れかけていたものを。
もしかしたら“彼女”の存在が思い出させてくれたのかもしれない。いや、きっとそうだろう。今際の際で、来人の心の中にずっと居座っている彼女が教えてくれたのだ。
いつかの日、「力になれる!」といった彼女の姿を思い出し、そして思う。十分力になってもらっている、と。
つくづく彼女に助けられてばかり、というか、彼女のことばかりで――来人は自分のことながら呆れた。
「はは……」
思わず、笑みが溢れる。
下手をすれば、神となってそのまま人の頃の想いを失っていたかもしれないのだから。
「……何を笑っている?」
「いや……今度は諦めちゃいけないよな、って」
前の時。あの時は諦めた。だが、それでも彼女は信じてくれたのだ。それでも彼女は力を貸してくれたのだ。どこにいても、いつでも。
それで二度も諦めるのは、情けないというレベルの話ではない。
「“俺”ならできる、だろ……アミ?」
「っ、立った……!」
セイレーンモンたちが呆然とする前で、来人は立ち上がる。ゆっくりと力強く。その二本の足で、地を踏みしめる。
「はぁっ!」
そして、そのまま来人は駆け出した。もちろん、痩せ我慢の空元気で駆け出しているに過ぎない。
だが、ユピテルモンにとっては驚愕でしかなかった。まさかあの状況で立ち上がり、あまつさえ走り出すなど。だから、一瞬呆気にとられてしまった。
その隙を、来人は見逃さない。
「……!」
威力のある一撃など望めないことはわかっている。それでも、一撃は。その思いで、来人は走る勢いを維持したまま腕を振るった。
「ぐっ……!」
それはユピテルモンからしたら、大したことのない一撃だった。だが、それでも神に届いた一撃だった。
「ははっ……どうだ。やってやったぜ」
「貴様……!」
「俺を舐めるなよ。
その瞬間、天が唸った。曇天の中、雷鳴轟く。それは、先ほどまでよりもずっと強くて――。
「何だと……!?」
――ユピテルモンはその事態に驚愕を露にした。
彼にとっては、所詮偽物でしかないという認識だった。先代の身体を引き継ぎ、
だというのに――今、目の前にある光景は一体何だ、と。ユピテルモンは驚愕の最中にあった。
ユピテルモンの目の前。
「さて、それじゃあ……行くか」
そこには気楽な調子で告げる、もう一柱の
「馬鹿な……なぜ貴様が! なぜその姿になれる……! 偽物風情が今更今代の座を得ようとする気か!」
「まさか。俺はいらないよ。でもな。さっきも言っただろ。その座は先代の――カミサマのものだ。返してもらうぞ」
「っく!」
来人はそのままユピテルモンに殴りかかった。もちろん、ユピテルモンも同格の攻撃をただでくらうような真似はしない。その手に持つハンマーで拳を受け止める。だが。
「重い……っ?」
だが、想像以上の威力に顔を顰めた。
「まだまだだ!」
来人が先ほどとは逆の腕で殴りかかる。
ユピテルモンがそれを防いだ。そしてさらに顔を顰める。先ほどと同じ、異常な威力に。
「っ……く!」
何かわからないが、このままではまずい。そう感じて、ユピテルモンは逃げの一手を打つ。距離を離し、仕切り直しを図ったのだ。
だが、それをさせる来人ではない。右拳に力を込める。放つのは、威力と速さだけを重視した一撃。
「はぁっ!」
放ったその拳はユピテルモンの防御ごと貫いた。
「ぐ……がはっ!」
苦悶の声を上げるユピテルモンはそのまま倒れ伏す、なんてことはなかった。そのまま負けを認めないのは、神としての矜持だろう。諦めない来人に散々と驚いていた彼だが、結局は彼自身もそういう質だったらしい。
「まだだ……我は……秩序を保つためにも、今代は異物ではなく我でなければならぬのだ!」
来人の一瞬の隙をついて、ユピテルモンは空に飛び上がった。そのままその身体が発光する。いや、発光するなどという生易しいものではない。全身がプラズマと化していた。それは彼の最大の必殺技で――。
「……」
――来人はそれをただ静かに見ていた。
あれが放たれれば、同じユピテルモンである自分もただでは済まないだろう。それだけではなく、近くにいるセイレーンモンたちも終わりとなってしまう。断じて認められることではない。
「さて……もっとか。もっとだ、な」
気合を入れて、来人は上空のユピテルモンを睨む。
その中で彼はいつかの言葉を、否、誓いを思い出していた。いつかの日に自分の命に賭けたあの誓いを。
『貴様の命に賭けて誓え』
あの日の言葉が、空耳となって聞こえた。
「ああ、もう一度誓うよ。俺は俺だ」
いつの間にか、彼自身も気づかないうちに、彼の手にはあの剣が握られていて――バチバチッ、という帯電するような音が剣から鳴っていた。
「死ぬがいい偽物! “ワイドプラズメント”!」
そして、ついにプラズマと化したユピテルモンが落下してくる。空間さえ引き裂いて。
そんな極大の神罰を前にして、来人のまっすぐに飛び上がる。
自分をもう手放さないために。いつかの誓いの通りに。自分を確かめるかのように。彼は自身の名前を掴む。自分という存在を剣としたかのように、しっかりと握る。
「いい加減にしろよ。俺はデジモンでも神様でもない。ユピテルモンでも、ユピテルモンの偽物でもない。俺は――」
『来人なら、できる!』
聞こえてきた空耳に、最も愛おしい誰かに背中を押された気がして、来人は薄く笑った。
「――神山来人っていう、“人間”だっ!」
カミサマでもなく、今代のユピテルモンでもない。今の今まで立ちはだかっていた壁を、人間として越える。
今まで以上にユピテルモンとなりながらも、来人は突き進む。直後、彼は奇妙な感覚を覚えた。例えるならば、そう――自分の負担が減ったような、足でまといがなくなったかのような、はたまた罅割れていた大切なものが復元されたような、そんな感覚だ。
『あまりの五月蝿さに目を覚ませば……やれやれ。ずいぶんなところで叩き起されたものだ』
同時に、最も待ち望んだ誰かが隣に戻って来た気がした。
空耳かもしれないし、気のせいかもしれないが、まるで少し前に戻ったかのよう。そこにいる誰かの声に、来人は力を貰った。
「さて、行くぞ」
『さて、行くか』
“彼ら”は我武者羅にその手の剣を振るう。
「な、貴様っその姿は――!」
「
一閃。たったそれだけで、驚愕するユピテルモンを切り裂いた。
というわけで、第七十三話です。
恒例の走馬灯からの、ユピテルモン戦終了――な、回でした。
ついでに、地味に主人公完全復活です。ここ数話の頭おかしい主人公はこれ以降現れません。
それでは次回もよろしくお願いします。