【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
走る。オリンポスの山をひたすらに。
そうして見えてくるのは、来人にとっては数日前のことで、カミサマにとってはずいぶんと懐かしい、門。
「着いたか……久しいな」
感慨深いものを思いながら、カミサマは門を見る。ディアナモンは彼の後ろに控えていて、彼を先に行かせるつもりらしい。
カミサマは感じた感慨を振り払った。そして、主神としての堂々とした佇まいで門の中へと入って――。
「復活! おめでとう~!」
――そんな彼を迎え入れたのは、まるでどこぞのパーティーであるかのように飾り付けられた神殿に、オリンポス十二神全員の盛大な拍手と喝采。
内側から見ていた来人は一瞬、来るところを間違えたのかと思った。
『これは……』
「おそらくはバッカスモンだろうな。奴は宴好き故にな」
『だからって、ほら……限度があるだろ。一応、神なんだろお前ら』
「何を言う。一応ではない。それに祝い事は盛大に行かなくては」
両者ともにそれぞれの意味で呆れる来人とカミサマだった。
もちろん来人の方は、お前ら神様だろ、神様が何をしているんだ、という意味である。対するカミサマの方は、来人は何を言っているんだ、という意味だ。
『っていうか、ほら。ウルカヌスモンとか見てみろよ。頭痛そうにしてるぞ』
「ああ、奴は空気を読むのが得意ではないのでな。見てみろ。他の者は慣れたものだろう」
カミサマの言葉に、来人は辺りを見渡す。
確かに、しかめっ面をしているのはウルカヌスモンだけだ。だが、その他の全員がこのバカ騒ぎに賛成かというとそうではないらしい。
来人が観察したところ、この場にいるのはカミサマを除いて大きく三種類に分けられるようである。
まず――。
「いやぁ、めでたい! まさかと思ったが……本当にやるとはな!」
「またお酒飲めるな! 今日は宴だ~!」
「わーい、また一緒に遊んで!」
――このバカ騒ぎの中心核だろう三柱。バカ騒ぎを率先して起こしている気配すらある、アポロモンとミネルヴァモン 、それからバッカスモンだ。
「うふふ。みんなユピテルモンの復活が嬉しいのねー」
「まあ、今まで死した同胞が復活した前例などありませんからね。異常事態故の結果、という部分には素直に喜べませんが……」
「良いことだろう。特に彼奴だ。運命を覆すなど……複雑ではあるが、やはり見込んだ通りの面白い奴だった」
「運命を冒涜しているようにも見受けられるが……むぅ。複雑だ」
「何を言っている! ネプトゥーモンよ! 時には卑怯と反則も必要だ。理由が欲しければ、運命はまだあのユピテルモンを必要としているということにしておけ!」
それ以外の、祝い事故にその三柱に付き合っているだけの者たち。
上からウェヌスモン、ケレスモン、メルクリモン、ネプトゥーモン、マルスモンの言葉である。口ではいろいろと言っているが、彼ら全員が心の中では今回の秩序の混乱に複雑な思いを抱いていた。
「……苦手」
「全く。騒ぎよって」
そして、このバカ騒ぎに辟易としている組。
ウルカヌスモンとディアナモンだった。彼らは隅で静かにしている。
「よしっ! 宴会だ! 飲むぞ~騒ぐぞ~!」
バッカスモンのその一言で、カミサマの復活を祝う酒宴が始まった。
提供される酒はすべてバッカスモンの手作りの最高級のもの。事実、このバカ騒ぎに辟易としている二柱も、その酒だけは手にとっている。
ちなみに、ミネルヴァモンだけは飲ませてもらえなかったりしたが――それはほんの余談である。
「やっぱり、お前がいいな!」
「全く! 単身別世界の藻屑となったと聞いた時は本当に冷や汗を感じたものだ!」
「ねぇねぇ、別世界ってどんなのだったの!? ロイヤルナイツとも会ったんでしょ!?」
誰もがユピテルモンの下へとやって来ては、口々に祝いの言葉を述べる。向こうの世界でのことを聞く。
カミサマはその一つ一つに丁寧に言葉を返していった。まるで、今ここにいる現実を噛み締めているかのように。
『……』
そして、来人はただ見ていた。
目の前で起きているバカ騒ぎに呆れながら。目の前でその復活を喜ばれているカミサマの存在に嬉しくなりながら。
彼はこの場自体を否定することはしなかった。彼にはわかったのだ。ここにいる全員が本当にカミサマの復活を喜んでいるということが。
だが、だからこそ。
『……ちょっと複雑な気もするな』
その心中は複雑だった。
その呟きは堪らずといった風に出てしまったものだった。慌てて来人は黙る。先ほどの呟きは、場の空気を壊しかねないもので、本当ならば誰にも知られない方がいいものだった。
来人にとっても、この場の誰にとっても。だというのに、そんな彼の呟きを拾った者がいた。
「……何がだ?」
そう、他ならぬカミサマだ。
『主役は黙って祝われていろよ。お前のための席なんだから』
「しかしだな……気になるものは気になる。それに少しくらいなら主役が離れても大丈夫だろう?」
実際、カミサマの言う通りだった。
この酒宴が始まってかれこれ数十分が経過していて、カミサマに対する挨拶はひとしきり終わっていた。そんな中で、この場の神々はそれぞれ思い思いに場の雰囲気を楽しんでいる。というか、カミサマ復活祝いという名目が半ば形骸化している。
確かに、ここで今後一切に至るまで抜けるというのならば問題だが、すぐに帰ってくるのならば、少しくらい席を外しても問題はないだろう。カミサマはそう言っていた。
『いや、わかって言ってるだろ? 問題しかないぞ』
もちろん、カミサマの言うようなはずは一切ないのだが。
「まぁな。しかし……我がお前と話したいのだ、来人」
『……はぁ』
来人は溜息を吐く。カミサマに引く気はないようだった。
「我は来人と少し話がある。席を外すぞ!」
来人のことなどお構いなしにカミサマはその場を立ち、離れた。そのまま彼らに話を聞かれないような距離、門を出たところまで歩いて行く。
「それで、どうしたというのだ? 何が複雑だというのだ?」
門から出たところで、カミサマは来人に問う。直球だった。
しばらく、来人は言うかどうか逡巡する。だが、引く様子を見せないカミサマを前にして、結局は話すことにした。
『あいつらはカミサマの仲間だろ?』
「ふむ。そうだな」
『それなのにカミサマを助けようともしなかった』
来人が気になっていたのはそこだった。
彼らにも彼らなりの事情と考え、そして思いがあったことくらい、来人にもわかる。
だが、もう一柱のユピテルモンと自分とで“次”を見定めようとしていたことは。そのくせ、カミサマが復活した瞬間に手のひらを返したように喜びを顕にするのは。
来人は、仕方ないと割り切ろうとしていても、彼らの行動に言いようのない怒りにも似た感情を抱いてしまっていた。
『いや、わかるよ。あの時、完全にカミサマが復活する見込みなんてゼロに近かった』
「……」
『俺だって半ばユピテルモンと化してたし、もう一柱のユピテルモンだって誕生してた。その状況で死んだ奴のことを考えろってのが無理があることくらい』
理性では納得しようとしている。だが、感情は納得できなかった。
来人の言葉を聞いて、カミサマは静かに黙る。遠くに神々の喧騒だけが聞こえる。その中で、カミサマはやがて話し始めた。
「確かに……下々の者にはそう見えるだろうな。仕方ないことだ。お前たちは一人一人が掛け替えのない者だからな」
『だけど、お前たち神は……オリンポス十二神は違う、だろ?』
「そうだ」
オリンポス十二神。神などと呼ばれているが、所詮は名ばかり。彼らは秩序を守る守護者としての面は強く持つことができても、世界法則を司る意味での――正真正銘の神は彼らではなくホメロスだ。
彼らに求められるのは世界秩序を守るという役割だけ。極論、その名と存在さえ継ぐことができれば、誰でもいいのだ。代わりさえ用意できれば、その一個体の拘ることはない。
だからこそ、この世界には代替わりというシステムがある。
「いや、違うか。拘ってはならぬのだ」
『……それは』
「拘ってしまえば、足は止まり、後ろを向き、世界を守ることができなくなる。だから――」
『お前らはいっそ冷徹なほどに昔を顧みないのか』
「そうだ。お前たちから見れば、異常に見えるだろう。薄情に見えるだろう。だが、仕方ないのだ。それがこの世界の選んだ法則だからな」
オリンポスの神々は、皆それを受け入れている。自分たちが世界を守る歯車の一つでしかないことを。来人が倒したユピテルモンだって、だからこそ、自分の役目に固執していた。
「今回の事は、遥か昔から続く世界の法則が初めて歪んだ一件だった。ホメロスによっていずれ修正されるだろうが……それでも皆嬉しいのだ。自分たちが仕方ないとしていた受け入れていた当然が、自分たちの願う形で破られたことが」
『仕方ないとしていた当然、か』
「そうだ。正直に言えば、我も――」
『カミサマも?』
「当然だ。お前はユピテルモンとしてではなく、カミサマとしての我を望んだ。我だけがユピテルモンだと、信じた。お前のその気持ちは我々神々の絆にも匹敵する」
カミサマはそこで言葉を切った。
静けさが辺りを包む。そんな中で再び聞こえてくるのは、遠くの神々の喧騒だけだった。
『そうか……』
何とか、来人は言葉を紡ぐ。カミサマの言葉がただただ気恥ずかしかった。
「他の者は時々あるらしいが……我にとっては初めてでな。同胞の神々ではないお前のような者に出会ったのは。何と言っていいものか……」
『……?』
「……いや、少し話し過ぎた。どうやら我も酔っているようだ」
そこまで言っておきながら、最後の言葉を濁したカミサマは話を切り上げる。
『カミサマも酔うんだな』
からかうような、苦笑したような声色で呟いた来人を無視して、カミサマは酒宴へと戻っていく。酒宴はまだ始まったばかりだった。
そうして、カミサマ復活の数日後。
来人はアイギオモンに退化した状態で、門のところにいた。
共にいるのはウルカヌスモンとメルクリモンだ。その他の面々に対する挨拶はすでに済ませてある。
「さて、準備はいいな?」
メルクリモンが声をかけてくる。言われるまでもないことだった。
来人がここにいる理由は単純。元の世界に帰る為だ。もちろん、ユピテルモンであるカミサマと同化している来人がこの世界を離れることには、オリンポス十二神の中でもさまざまな意見があった。
だが、カミサマ共々それを望んでいること、そして向こうの世界にこのイリアスの問題が
数日間にも及ぶ話し合いの末、結局前と同じようにカミサマ単独で向こうに赴くことになったのだ。
やはり単独で向こうに行くのは危険であるが、ロイヤルナイツたちにイーターという状況の中、あまり大勢で移動するのは地雷原に爆弾を投げ入れるようなもの。
結果、全員が渋々とこの結論に達した。まあ、未だに約一名は遠足気分で行きたいと駄々をこねているのだが。
「まあ、儂の打った剣を使いこなせたお主“たち”なら大丈夫じゃろ。剣はお主たちの中にあるようじゃし……な。今度は死なぬように精々気をつけるといい」
訳アリげなことを言うウルカヌスモンを前に、来人はしっかりと頷いた。彼の言うことがわかった訳ではない。それでも、大丈夫というその言葉を信じられる気がしたのだ。
「この数日で世界を超える準備はしっかりと出来ている……が、ひょっとしたら多少時間と場所がずれるかもしれない。心構えだけはしておいてくれ」
「わかった」
「たどり着くのはお前たちを強く想う者がいる場所だ。もしかしたらアイツの下に行くかもしれない。……その時は済まん」
「……」
来人を向こうに送り返すのは、こちらに来た時と同じようにメルクリモンだった。
『我が留守の間は任せるぞ』
「任せておけ」
カミサマの言葉に力強く頷いて、メルクリモンはその腰の愛刀を引き抜く。
「最後に一つ。来人だったな」
「……?」
「お前には可能性を見せてもらった。ユピテルモンを助けてもらった恩もある。その礼だ。こちらでも様子見はしておくが、何かあったら呼べ。さすがに全員一度に、というわけにはいかないが……少しくらいなら力になる」
「……! ああ、もしその時があったのなら、よろしくな」
「ふっ。それでは行くぞ……“スピリチャルエンチャント”!」
そして、彼はその愛刀でもって空間を切りつけた。それだけで空間に裂け目ができる。どこに繋がっているともわからない、不思議な空間が裂け目の向こう側に見えた。
「さて……それじゃあ行くか!」
『うむ』
その空間を抜けた先には、未だ混乱止まぬ世界がある。それでも、恐怖はなかった。
来人とカミサマは迷いなくそこへ飛び込んだ。
というわけで、イリアス編最後の第七十七話です。
最後、意味深な別れ方となりました。が、今後の他の十二神の登場予定は、まぁ、はい。
あるといいですね、レベルです。一応、ないわけではないですが……あまりにも少ないので、その部分を消して書き直そうかどうかと迷っていたりするほど、少ないです。
ともあれ、長かったイリアス編も終わって、次回からサイスル本編世界に戻ります。
それでは次回もよろしくお願いします。