【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
お台場へ向けてアミが駆け出したその一瞬後のことだった。
背を向けて走るアミに構わず、来人たちだけの目の前に、“彼”が降り立ったのは。
「グギャァアアアアアアアアアアアアアアア!」
咆吼。圧力を伴う、それ。
もはや声と言えぬ、凄まじいばかりのものだった。
「よぉ、久しぶりだな」
『しばし見ぬ間に、凄まじいことになっているな。いや、我々に理由があるのだから、あまり言うわけにはいかぬが……』
来人たちは改めて、今の彼の姿を見る。メギドラモンとしての、今の彼の姿を。
漆黒の体躯は深紅に染まり、その怒りを体現したかのよう。口からは涎が垂れていて、知性さの欠片もなく、獰猛と狂気しか感じられない。何より、目だ。その目は血走っていて、憎しみに染まっているのが見て取れた。
「本当に……やってられないな」
やるせなさのままに、来人は呟いた。
今の彼の姿に、もはや前の面影はどこにもない。あの面白いことが大好きで、いつも楽しそうにしていて、そのために強さとその意味を求めていた彼は、どこにもいなかった。
これが、自分たちのせいだというのだ。自分たちが弱かったから、彼をこんな風にさせてしまったのだ。
「グルァァアアア」
来人たちの一方で、ユノモンを睨んだまま彼――メギドラモンは鳴く。喜悦を含んだその声は、あの復讐の鬼そっくりに感じられるほどだった。
「下種なトカゲ風情が……私たちの前でその汚らしい姿を晒さないでくださる? ああ、安心してください、ユピテルモン様。今すぐにでもこの下種を排除して差し上げます」
あまりにも、勝手。
メギドラモンを前にして、苛立ったユノモンはそのままいつでも戦えるように構える。その目は真剣そのもので、その言葉に嘘はないと言っていた。
「ちょっと待てよ!」
『待て』
「ユピテルモン様?」
当然、来人たちはそんな彼女を止める。助けようとしている相手を、殺されては堪らない。
「アイツは俺たちが何とかする。だから、アンタは引っ込んでいてくれ」
「ふぅん? 俺“たち”……アナタ、本当に私を苛立たせるのが上手ね」
苛立ちを隠さず、ユノモンは来人を睨む。そこには、愛する夫とその身体を共有する来人に対する嫉妬だけがあった。
まあ、どのような視線で睨まれようと、来人は引く訳にはいかない。メギドラモンは、大切な仲間なのだから。だから、来人も強い目で睨み返す。
しばらくの間、来人とユノモンは睨み合う――。
「グルァアアアアア!」
――だが、メギドラモンにとってはそんな来人たちの事情など知ったことではなかった。
待ちきれなくなった子供のように、メギドラモンはその腕の刃を振るう。狙いは、やはりユノモンだ。来人のことなど眼中にないらしい。
「ああ、ああ! うるさいわ」
狙われたユノモンは、自らに迫る刃を軽やかに躱す。
その際、ついでとばかりに蹴りを一発入れていた。
「全く、いいわ。そこまで言うのなら、アナタが何とかしなさい。けれど、ユピテルモン様にお怪我をさせた場合は……ワカッテルワネ?」
着地したユノモンは、渋々と、本当に渋々と言う。
「……わかってるよ」と、来人は頬を引き攣らせながら応える。冷や汗が止まらない。彼女の言葉がただただ恐ろしかった。
「グルァァァァァアアアアア!」
「っと、待たせたな。お前の相手は俺だ!」
言いながら、来人は殴る。効く効かないは問題ではない。ユノモンの下へと向かおうとするメギドラモンの意識を、自分に向けさせるためだ。
案の定、殴られたことで、彼はようやく来人を敵として意識したようだった。ギロり。彼の鋭い視線が来人を貫いた。
「はは……これは、また」
身体が震える。
敵意を向けられて初めて、来人はメギドラモンというデジモンの強大さを思い知った。今まで相対した数々の強者にも劣らない、人間には及ばない圧倒的な力の気配がした。
『凄まじいな。どうする? 代わるか?』
カミサマも、そんなメギドラモンの強さをわかったのだろう。だからこそ、彼は聞いたのだ。自分がユピテルモンとして戦うか、と。
来人は苦笑した。相手の強さがわかっていて、カミサマの気遣いもわかっていて、自分の無謀さすらもわかっていた。その上で、答える。「まさか」と。
「俺がやるに決まってるだろ」
『いいのか? いくらお前でも、いや、お前だけではおそらくはもうユピテルモンにはなれぬ。それはつまり……究極体になれぬ身で戦うということだぞ?』
「カミサマ……わかってるだろ? 何、カミサマを助ける時よりはずっと楽だ」
何を言っても止まらない。それがわかって、カミサマは苦笑した。元々、そんな気がしていたのだ。来人ではないが、勘で――来人ならば、きっとそうするだろう、と。
『死ぬなよ』
「わかってる!」
カミサマの言葉に力強く返しながら、来人は駆け出す。
すぐさま、来人は進化した。相手――メギドラモンの“竜”としての環境を使って、アイギオテュースモンへと。
「グルァァァアア!」
「ふっ!」
来人の拳とメギドラモンの拳がぶつかり合う。押し負けたのは、やはり来人だった。
とはいえ、来人もそれは予想通り。内心で、吐き出す。この間まで互角だったのにずいぶんと差をつけられた、と。
「ったくさ、力だけやたらと強くなりやがって……!」
でも、負けないぜ。そのまま誰に聞かれるでもなく、彼はそう呟いた。
「グギャァァアアアア!」
「おっと」
メギドラモンは尾で横薙ぎに払う。それは、建物を倒壊させて余りある威力を誇っていた。
そんな大樹ほどにも太い尾を、来人はその場に伏せて躱す。ブンッという、風切り音が頭の上で鳴った。もし受けていれば、今頃来人の身体はバラバラになっていただろう。それほどの、手加減も何もない一撃だった。
「さて……!」
そのまま、来人は距離を詰める。
無謀など百も承知。それでも、やる。先ほど力負けしたメギドラモンに対して、近接戦闘を。
「はッ!」
距離を詰めると同時に、来人は右拳を繰り出す。真っ直ぐに繰り出されたその拳は、メギドラモンの手のひらで簡単に受け止められた。
まだだ。これで終わりではない。来人はその勢いのまま、左足でメギドラモンの手のひらを蹴って、離脱を図った。
「グギャァアッ!」
「逃がさないって感じだな!」
逃がさない。そう言いたいがばかりに、追撃を迫るメギドラモン。その左拳が振り抜かれた。
刃付きの殴打だ。下手な躱し方では、意味がない。以前のように、打ち合うのも無理だ。完全体である来人の拳では、一方的に傷つくだけ。
だから――来人は、前に突き進む。自分に迫る拳をギリギリで回避し、そのまま相手の腹に拳を叩き込む。
「っぐ……!」
硬かった。殴った方である来人の方が拳を痛めてしまうほどに。それでも、その腹に拳が届いたこのチャンスを無駄にはしない。
パチパチッ、という帯電したような音が辺りに響く。見れば、来人の角には雷が発生していて――その雷は、まるで導かれるように彼の拳に集まっていた。
「“ボルトブレイクノックダウン”!」
雷を纏った拳によるラッシュ攻撃。それは、まるで雷の嵐だった。敵を打ち砕かん、と雷が絶えず降り注いでいるかのようだった。
雷の如き威力の拳が、本物の雷を纏って、メギドラモンの鎧のような腹を打ち続ける。
「うぉおおおおおお!」
「グ、ギャ、グルゥウウウウウ」
ピシリ、と。メギドラモンの鎧に、軽い傷が入った音がした。
「うぉおおおおおお!」
ビシッ、と。軽い傷が、大きな罅となった音がした。
「ぉおおおおおおおお!」
ビシッビシッ、と。大きな罅は、やがて無視できるようなものではなくなっていた。
「これでぇっ!」
最後のひと押し。来人が振り上げたトドメの拳は――。
『来人っ!』
「グルァアアッ!」
――いい加減にしろ、そう言わんがばかりに差し込まれた拳によって阻まれた。
「っ!」
来人の拳の前に力強く差し込まれた拳、防ぐためにあったその拳が、今度は攻めるために振るわれる。
お返しと言いたいのか。言いたいのだろう。尾に、刃に、さまざまな攻撃手段を持つメギドラモンがわざわざ拳を選択し、そして来人の腹を狙ったのだから。
その拳は来人の腹に吸い込まれて、彼を吹き飛ばした。
「ぐっ!」
来人はビルの壁に激突し、大穴を開けながら、ビルの中へと突入していく。
身体がバラバラになりそうな激痛を味わいながら、前もこんなことあったな、と来人は苦笑していた。
『大丈夫か……?』
「おお、大丈夫……多分な」
来人は痛みを堪えて立ち上がる。痛みが酷いが、
それの意味するところは。
「しっかし、良い一撃をもらっちゃったな」
『代わるか?』
「まだそれか? しつこいなぁ……大丈夫だって。もう少しだから。きっとな」
『やれやれ。お得意の勘、か。無理そうならば代わるのだぞ。いいな?』
そう言うカミサマは、まるで拗ねているようで――来人は苦笑する。
来人はわかっていた。メギドラモンのことを助けたいと思っているのは、カミサマも同じであることに。だからこそ、こうもしつこく来人に変われと催促してくることに。
もっとも、カミサマがしつこく言葉を重ねるその訳には、傷つく来人が見てられないという意味合いもあったのだが――来人自身がそれに気づくことはなかった。
「っていうか……さ。まずいよな?」
『そうだな』
何はともあれ、相変わらず外から聞こえてくる戦闘音と咆吼に、来人とカミサマは冷や汗を垂らす。
この状況で、咆哮の主――メギドラモンと戦う者など、それこそ一柱しかいない。
来人は慌ててビルを飛び出した。
「このっ、下種なトカゲが……!」
「グギャァアアアアアアアア!」
そして、ビルから飛び出した来人が見たのは、鬼のような形相でメギドラモンを追い詰めていくユノモンの姿だった。
スペック的には同等なはずなのだが、恐るべきは愛の力というものか。
「ユノモン、もう大丈夫だ! 後は俺がやる!」
「……そういう訳にも行かないわ。このトカゲはユピテルモン様を傷つけたのだもの。アナタも……後で覚えてなさい」
戦いながらも、ユノモンに絶対零度の視線で睨みつけられれば、来人は一瞬黙ってしまう。
「……お前の奥さん、すげぇな」
『ふっ、我の妻だからな』
「褒めてないんだけどな……」
助けられたとしても、この後の俺とメギドラモンは無事に生きていられるのだろうか。思わず現実逃避したくなった来人だったが――。
「グギャァアアアアアアアア!」
――メギドラモンの咆吼を前に、正気を取り戻した。
見た感じ、ユノモンを止めるのはもう無理だ。であれば、ユノモンからメギドラモンを守りながら、そのメギドラモンと戦わなければならない。
「……はぁ。いざとなったら、カミサマ頼むぞ」
『うむ。任された』
半ば嬉しそうに言ったカミサマの言葉だ。
こんな時であるが、カミサマに激しくいろいろと言いたくなった来人である。
「ったく……!」
言って、来人は飛び出す。ユノモンとメギドラモンの間に割り込んだ。
カミサマと身体を共有している自分ならば、ユノモンも無理はできないだろう。そういう考えである――。
「グルァアアアアアアア!」
「邪魔ねっ!」
「ちょっ!」
――のだが、ユノモンは来人を躱して、メギドラモンと戦い続ける。
来人とユノモンのスペック差があり過ぎて、来人がメギドラモンを守ることができないのだ。こうなってしまえば、来人に取れる選択肢など、ユノモンがメギドラモンを倒すよりも早くメギドラモンを正気に戻す、の一択しかなくなる。
来人は溜息を吐いた。
「なんで、こう……難易度が上がってるんだ」
『代わるか?』
「しつこい、代わらない!」
言って、来人は再び飛び出す。
半ばヤケになっているような、そんな雰囲気さえあった。
「グルァアアアアア!」
そんな来人に迫る、雄々しい尾。
間一髪で躱す――と同時に、迫るのは左腕の刃。それも躱す、が、その瞬間に来人に迫るのは右腕の刃。
まるでなかなか倒れないユノモンに苛立っているかのように、メギドラモンは矢継ぎ早に攻撃を繰り返していた。
「……これは、来るな」
『だろうな』
「ちょっと無理していいか? 無理だったら、代わっていいから」
来人は笑った。
ただ、あの時と同じようにするだけだった。見れば、ちょうどメギドラモンはユノモンめがけて口を開けていた。その奥から、凄まじい熱気が見え隠れしている。
今だ。来人は飛び出した。
「っ、何をしているのです……!?」
『やれやれ』
ユノモンの驚愕の声が、カミサマの呆れた声が、来人の耳に届く。
それでも、来人は止まらずに駆けた。
「グルァアアアアアアアアア! “メギドフレイム”!」
放たれたのは、灼熱の炎。地獄の炎を体現したのではないかとさえ言える、万物を灰燼と帰す高熱の炎。それが、放たれる。飛び出し、駆け出した来人に向けて。
「ったくさ……」
そんな炎を前にして、来人は止まらない。躱そうともしない。
いつかと同じように、ダメージ覚悟で突っ込むだけ。
来人は予感していた。初めからユノモンだけしか眼中になかった彼ならば、自分に一撃を喰らわせた時も
「いい加減にしろ。お前が求めていたものってのは、いや、お前は――」
来人は突進する。
いつかと同じような、それでいていつか以上の、肌を引き裂くかのような“程度”の痛みに襲われる。
それでも、来人は止まらない。メギドラモンが本気ならば、本当にすべての正気を失っていたのならば、来人はここで死んでいたから。
未だ来人が痛みを感じながらも、生きていられるのならそれは――。
「――そんなんじゃないだろ。“チャージングストライク”!」
――きっと、戦いの最中で、メギドラモンが少しずつでも彼らしさを取り戻しているということなのだろう。
「グガ……グルさイ……」
懇親の頭突きが決まった感触を感じ、
というわけで、第八十五話。
メギドラモンとの戦闘でした。
ぶん殴って解決というある意味で野蛮、ある意味で王道な解決法。
まあ、主人公との戦いの最中に手加減し始めるくらいには理性を取り戻していたので、実は殴らなくても時間さえ稼げば元に戻っていたりします。
ので、主人公は無茶損ですね。
さて、次回はエグザモンと戦う原作主人公立ちのお話です。
それでは次回もよろしくお願いします。