【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
クレニアムモンを倒し、エグザモン弱体化の一手を打った次の日の昼時のこと。
途方も無いデータ容量をその身に宿すエグザモンが完全に弱体化するまではどうしても多少の時間がかかる、というわけで――アミと来人はひと時の休暇を過ごしていた。
ちなみに、二人が今いるのは、例によって中野ブロードウェイ四階にあるあのカフェである。昼時ということもあって、それなりに繁盛している。
だが、休暇中の昼時という、そんな楽しいひと時であるはずなのに。
「……」
「……」
二人の間にあるのは、冷たいほどの緊張感だった。そう、二人がこんな雰囲気となっている原因――それは、その身の怒りを隠そうともしない来人にあった。
「ら、来人? あのさ……」
「何だ?」
「う……」
笑みを浮かべて睨んでくる来人に、アミは押し黙らされる。その様は、まるで蛇に睨まれたカエルのようだった。
まあ、来人がこんなことになっている原因はアミにある。
昨日の一件のこと――クレニアムモンとの戦闘のことを自分に知らせなかったこと、それを彼は怒り、不機嫌になっているのだ。
断じて、その戦闘の際、ラピッドモンがアミに告白紛いのことをしたこと“だけ”が理由ではない。
ちなみに、来人にばらしたのは当のラピッドモンである。告白紛いのことをしたこと、そして進化できたこと、彼は来人に自慢げに話した。
アミもまさかそんなところからバレるとは思っていなかっただろう。
「……」
「……」
一応、アミも意地悪をしたわけではない。
メギドラモンとの戦いで疲労し、傷ついた来人を休ませるための決断だった。その選択が間違いだったとは、今でも思っていない。だから、彼女の方も謝る謂れはないのだが――。
「何か言いたいことはあるか?」
「ご、ごめんなさい」
――それでも、静かに怒る来人を前にすれば、彼女の取れる選択肢など謝る一択だった。
「……」
「……うぅ」
かつてないほどに鋭い来人の視線が自分を射抜き、アミは体を縮こませる。
やがて。
「はぁ」
ため息と共に、その視線はなくなった。
そっとアミは来人を見る。そこには、呆れたような、悔しがっているような、寂しがっているような、複雑な表情の来人がいた。
「本当にやめてくれよ……」と、安堵と心配の込められた小さな、本当に小さな声で彼が呟けば。
「ごめん……」
やはり、アミも謝ることしかできなかった。
「……はぁ」
再度、来人は溜息を吐く。
どうせ、また似たことがあるんだろうな。そんな思いを内心に留められなかったかのような溜息だった。
そんな彼の雰囲気がわかったのだろう。気まずさから、アミは彼の手を取って言う。「と、とりあえずせっかくの休みだし、どこか行こっか!」と。
これは、今までの経験からくる彼女の知恵だった。
彼の機嫌が悪い時、落ち込んでいる時、共に出かければ彼の機嫌も
「ちょ、おい!」
「早く早く!」
アミが手早く支払いを済ませ、来人の手を引いたまま歩く。
デジモンであることを周囲に知られないために着込んでいるボロ布が落ないように必死で、彼は抵抗できなかった。
「わかった、わかった! 自分で歩くから引っ張るのをやめろ!」
堪らず、叫ぶ。
正直言えば、アミに手を引かれる――見方を変えれば手をつないでいるという今の状況は悪くはなかった。だが、さすがにその身に纏うボロ布を気にしながらでは、その感じを楽しむ暇さえない。
止むなく、本当に止むなく来人はアミの手を振りほどいたのだった。
「で? どこに行くんだよ?」
「んー……どこか?」
「……」
中野ブロードウェイを出て、首都の街を歩き出したアミだ。来人としては、てっきり目的とかがあるのだと思っていたものだが――残念ながら、彼女には目的の一つもないようで、本当に散歩といった感じだった。
まあ、いつも通りではあるか。思い出して、来人は疲れたような、嬉しそうな息を吐いた。
「でも、たくましいよね……」
「……?」
「いや、ちょっと思って。東京がこんなことになっているのに、人類が滅ぶかもしれないのに、皆変わらずに生きているんだなって」
そう言うアミは、街を見渡していた。
確かに、街には相変わらずデジモンが蔓延っている。だが、同じように人間も、数週間前までと変わらずに生きていた。普通に学業に専念する人も、仕事に精を出す人もいる。そのたくましさに感服するばかりな光景だ。
「……ま、日常っていうのは貴重だしな。こんな時だからこそ、ってのもあるかもな」
「うん、そうだね」
アミと来人は二人して頷き合う。
後悔はしていないし、どちらが良いかと比べるつもりもないが、二人共が自分“たち”のそれまでの日常を失ってしまったと感じているからこその感傷だった。
数分後、そんな感傷を振り払って、アミたちは歩き出す。せっかくの休暇なのだから、楽しまなければ損だろう、という考えからだった。
「どこか店に入る?」
「不審者丸出しの俺を入れてくれる店があるならな」
「その不審者っぽさをなくせば大丈夫じゃない?」
「……デジモン丸出しになるぞ」
「だったら、服を着よう! 服を! 今の来人は人間に近い見た目してるし、足は太めのズボンで誤魔化して、頭の角は帽子で誤魔化せば……」
「まずはそれを買う店で同じ問題が発生すると思うけどな」
「……大丈夫!」
その自信はどこから来るんだ。そう言いたい来人だったが、そう言う前にアミはあるビルの中にある服屋へと真っ直ぐに突き進んでいく。
「いらっしゃいませー!」
実に商魂逞しそうな女店員に挨拶されて、来人たちは店の中を見て回る。
そこはいろいろなサイズの服が売っている店で、安さ重視の店だ。目が回るほど多くの服やら何やらが、展示され、棚に収められている。
「うーん……今の来人ならどれが似合うかな?」
「……勝手にしてくれ」
勝手に自分の服を選び始めたアミを前に、来人は疲れたように呟いた。
ちなみに、アミの服のセンスはお世辞にもあまり良いとは言えない。
まあ、姿が固定されている半電脳体になる以前から、似たような私服ばかりを選んで着ている時点で察せられるだろうが。
そんな彼女が、自分の服を選ぼうとしている。来人は嫌な予感しか抱けなかった。
「……ん?」
暇を持て余し、来人は辺りを見渡す。
ディスプレイ用だろう人形が、裸の状態で飾られているのを見て、来人は「珍しい」と零した。その目的上、服屋のディスプレイ用の人形には何らかの服が着せられているのが普通だ。
だというのに、裸の状態で放置。
「ま、そういうこともある、か……? いや、あれは……」
首を傾げた来人の視線は、その横にある者に移る。
「へぃー!」
サルの着ぐるみだった。そのサルの着ぐるみが、明らかにサイズの合っていない服を着て、筋肉を披露するかのようなポーズをしている光景だった。
新手の変態のようであるが、来人にはわかった。明らかにデジモンである。とはいえ、店側は何も言っていないようであるし――というか、挨拶を交わし合う光景からして、店側に受け入れられているようでさえある。
「……」
来人はそっと目を離す。見ていないことにした。
「あ、来人ー?」
ちょうどそのタイミングで、アミがいくつかの服を持って来てくれたので、来人の視線はそちらに移った――後悔した。
ズボンは、太った人が着るような大きなサイズ。それはまだいい。が、上の服はすべてが見事に黄色一色。アミのセンスがわかるというものである。
「……チェンジだ」
「えー?」
残念そうに言うアミだった。
まあ、正直に言えば、来人としても悪くはないと思う。好きな人とのお揃い的な意味では。だが、さすがに今の自分に似合うとは思えなかった。
「とにかく、服はいいから。どうせアミのデジヴァイスの中にいることも多いし、進化したら着れるはずもないし……ボロ布でいいよ」
「そういう考えは良くないと思うよ!」
言いながら、アミはまた服を探しに戻る。
楽しそうな彼女を見る分には飽きないが、コメントに困る服ばかり持ってこられるのは苦行でしかない。そんな来人の苦行は、この後数十分に渡って続くのだった。
ちなみに、最終的に服は一着も買わなかった。
「全く……」
そんなこんなの帰り道。街に出た時間が遅かったからか、辺りは日が傾き始めていた。
数時間前までの来人と打って変わるように、アミは少し不機嫌だ。理由は、来人に自分が選んだ服を受け入れられることがなかったからである。
「ま、気分転換にはなったか。気分転換にしかならなかったとも言えるけど」
「……そうだね」
アミと来人は並んで歩く。
その昔からのいつも通りの感じが、二人共心地よかった。
「そういえば……メギドラモンの様子はどう?」
「相変わらず、ぐーすかと気持ち良さそうに寝てる。いつ起きるかはわからないな」
「そうなんだ。早く起きるといいね」
「ああ、そうだな」
帰り道を歩く。
ふと、アミは夕に染まりそうな空を見る。まるで吸い込まれそうなその大きな太陽に、一瞬走るノイズ。フラつく身体。
来人の驚いたような表情を最後に――次の瞬間、アミの見ている光景は一変した。
『……!?』
近くにいたはずの来人はいない。声も出ない。まるで、意識だけがどこかへと迷い込んでしまったかのような、そんな感覚。
この感覚にアミは覚えがあった。ふうかの一件の時の感覚だ。夢で別の場所の光景を見るという、あの時の感覚と。
であれば、これはどこかの光景なのだろうか。アミは廃ビルの中を見渡す。
「ハァ……ハァ……! もう少しだァ!」
そして、そこにはいた。復讐に狂える緑色の巨神が。
「もう少し……もう少しでェ……力を取り戻せる! この世界で、本来の俺様の力をォ!」
座り込みながら叫ぶその巨神は、ここではないどこかを見ていた。今にも飛び出しそうな狂気と焦燥を押さえつけて、ただひたすらに力を溜めていた。この世界中から力を吸い取っていた。
「待ってろォ……もうすぐ行くぞォ……人が座して待つ間にあちこちでドンパチしやがってェ……!」
まるで歓喜と怨嗟の声を上げながら、復讐心だけを募らせるその鬼の姿に、あのロイヤルナイツたちと同じ、それでいて別方向の負の感情が見える。
アミはただ恐怖を抱く。その太古から募り続ける負の感情に。同時に、どこかその姿が辛そうに見えて――。
「はっ!?」
――次の瞬間に、アミの見る視界は元に戻っていた。
「おい、大丈夫か? ふらついたかと思えば、ボーッとして……」
心配そうに自分を見つめてきている来人の顔が見えた。その見知った顔に、アミは安堵の息を漏らす。が、次の瞬間に彼女を襲ったのは、恐怖だった。来人があの復讐に狂える巨神の手にかかってしまうのではないか、という。
恐怖心に煽られるままに、彼女はそのまま先ほど見た光景のことを話し出して――。
「……なるほど」
『そうか。奴もここにいるのだったな。……そうか』
――話題が話題だけに、今日一日気を使って黙っていたカミサマも言葉を発した。
なぜか出会わないあの巨神だが、彼もまず間違いなくこの世界にいるままなのだ。であれば、その決着もいずれ付けなければならないだろう。
来人とカミサマは言葉には出さずとも、その思いを同じくした。
「大丈夫……なの?」
「……まあ、大丈夫だ。それよりお前の方が大丈夫か?」
「え? 大丈夫だけど?」
「……」
大丈夫。そう返したアミに、来人は厳しい表情を向けたままだった。
なにせ、アミは半電脳体という身体の身だ。少し前の来人のように、多少のことで不具合が出てもおかしくない。
いや、もしかしたら既に出ているのかもしれない。意識が別の場所へと飛ぶ。それは言い換えればつまり、精神で構成されている彼女の身体が不安定になっているということなのでは――。
「ま、帰ろうか。帰ってから、ゆっくりと考えよう」
「……そうだね」
――そこまで考えて、来人は首を振る。悪いことばかり考えるものではない、と。
歩く中で、彼は嫌な予感ばかりする自分の勘を八つ当たり気味に恨むのだった。
というわけで、第九十話。
前半、無意識的に小悪魔行動をとった原作主人公に振り回される主人公。
ある意味デート回、と思わせてからのやっぱり最後の方に何かが来た回でした。
ぶっちゃけ前半のパートは入れなくても良かった気もしますね。
ともあれ、次回はいよいよ決戦開始です。
それでは次回もよろしくお願いします。