【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
エグザモン弱体化作戦が決行されて、はや三日。
暮海杏子の見立てでは、弱体化しきるのはもうそろそろとのことで――暮海探偵事務所の中で、来人たちは最後の休息を過ごしていた。
「……」
「……」
まあ、休息と言うにはあまりにも冷たい雰囲気だったのだが。
「勘弁してくれ……」
『身から出た錆だろう。諦めろ』
思わず呟いた来人に、カミサマが笑いを堪えきれないといった感じで言う。
そんな来人の両側に、この部屋の空気を形成している原因がいた。彼の両側に座る、そう――アミとひなの二人である。
なぜか睨み合う二人に、来人はただただ思う。俺を挟んで睨み合わないでくれ、と。
「……はぁ」
来人は溜息を吐いた。
いつものように遊びに来たひなに、いつものように警戒心を露わにするアミ。面白がっているカミサマと杏子。一方的に疲れているのは来人だけだった。
再度、来人は溜息を吐きそうになって、そんな時、甲高い音が部屋に響く。それはデジヴァイスの通信を知らせる音で――。
「……おい」
「何?」
「デジヴァイス鳴ってるぞ。出ろよ」
――ひなと睨み合うあまり、通信に出ようとしないアミに、来人は呆れたように声をかける。その呆れた声色の中に、どこか喜色が混じっているのは、少しでもこの状況から解放されるかもしれないからだろうか。
「……わかった」
答えて、誰からとの通信かもわからないためにアミは席を外す。ちなみに、彼女はその際に来人を睨みつけていくことも忘れなかった。
「俺なんか悪いことしたか?」
『……実はお前も結構鈍いのだな。似た者同士か……いや、その鈍さ故にここまで来られた感もあれば、世界は上手く回っている』
「勘は鋭い方だぞ?」
『そういうことを言っているのではない』
呆れたようなカミサマの声に、首を傾げながら来人は返す。その横では、ひなが機嫌良く彼にくっついていてた。
やがて通信を終えたのだろう、アミが戻ってくる。
「ごめん、ちょっと用事が出来た。一人で行ってくるから、来人は留守番よろしく。あ、留守番だからってひなちゃんとくっついてちゃダメだからね!」
「え?」
アミは戻ってくるなり慌ただしく出かける支度をする。
来人に留守番を頼み、ひなに釘を刺す。まあ、当のひなはアミのその言葉を聞く気がなくて、来人により強く抱きついたのだが。
そんな光景に、アミは頬を引き攣らせる。後ろ髪を引かれるような、そんな迷いの表情を露わにしたまま――。
「それじゃ、行ってくるから!」
――アミは何も告げずに探偵事務所を慌ただしく出た。
そのまま、彼女は走る。行き先はお台場の、とあるビルの屋上。そう、そこは。
「……急がないと、ね」
現在エグザモンが休息のために降り立っている場所だった。
なぜ彼女がエグザモンの下へと一人で行こうとしているのか。それには、先ほどの通信に訳があった。
通信をしてきたのは、あのアラタだった。彼は言う。弱体化したエグザモンがとあるビルの屋上に来るから、誰にも言わずに一人で来い、と。
もちろん、その誰にも言わずに、の中には来人も含まれていてアミは悩んだ。ひなと一緒にいる状態で探偵事務所に置いてくるなど、嫌だった。
それでも、今のアラタと会える数少ない機会を逃すなどできるはずもなく。結局、アミはアラタの要求を呑むことを選んだのだ。
「はっ、はっ……はっ……!」
だから、こうして彼女は走っている。
近づいてきたお台場に、巨大な赤と白が見える。まず間違いなく、エグザモンだ。以前のことを思い出して、アミは少し震えた。
いかに弱体化しているとわかってはいても、以前の圧倒的な力を忘れたわけではなかった。
「アラタ……!」
それでも、アミは行く。友達に会いに。
そして、エグザモンが止まるビルの屋上、そこへ出る最後の扉の前にアラタはいた。イーターと同じ存在の、気色の悪い腕を携えて。
「よぉ……ずいぶんと焦って来たみてーじゃねぇか。ま、おたくらしいか。さっさとあのデカブツを片付けようぜ。おたくの仲間に気づかれる前に、な。ぞろぞろ来られると厄介だ」
「アラタ、その腕……」
アミの視線が、アラタの異形の右腕に向く。イーターと同じ、イーターそのものであるその腕が、生々しいほどに不気味だった。
「ああ、この腕か? 便利だぜ……何でも食えるんだからな。イーターだって、デジモンだって、……ニンゲンだって」
「っ!?」
「安心しろよ……冗談に決まってんだろ……やってねーよ」
冗談だと言うアラタだが、その顔は笑っていない。
彼の言葉の含まれている意味に気づいて、アミは顔を青くした。彼は言外にこう言ったのだ。やる必要がないからやっていない、と。それはつまり、やる気さえあれば、やるということで――それは、人間であることを止めたと言ったようなものだった。
「俺さ……とにかく食いてーんだ。この空腹をどうにかしてーんだ。くって、食って、喰って……!」
「……アラタ?」
「食っただけ力が手に入る。食っただけ心は何も感じなくなっていく……意外と悪くねーんだよ」
そう言うアラタは、微笑みすら浮かべている。静かな表情だった。
だが、アミにはわかる。その静かな表情の中に、絡め取られるかのようなドロドロとした負の感情が募っていることに。
「ははっ、引くか? まぁ、引くだろーな。ハハハハハハ!」
「っ、そうまでして強くなって……どうなるの!」
「はっ、安心しろよ。末堂のおっさんみてーに世界を変えようって訳じゃねぇし、あのムカつく黒いデジモンみたいに悪を滅ぼそうってんでもねぇ。ただ、やり残した忘れ物を片付けるだけだ」
「忘れ物……?」
「そうだよ。だって、俺は思い出しちまったからさ。逃げらんねぇんだ。逃げ道なんかねぇんだ。苦しくて、悔しくて、悲しくて、寂しくて、嫌なんだ。だから、もっと力がいるんだ。もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと――!」
後悔を滲ませながら、アラタは叫ぶ。
アミは彼の大切なことに触れた気がして、口を開く――。
「あ、ら――」
『哀れだな』
「っ!?」
――だが、アミが何かを言うよりも早く、この場に声が響く。アミもアラタも聞き慣れたその声が。
アラタは目を見開き、アミは驚きと共に後ろを振り返る。そこにいたのは。
「久しぶりだな、アラタ」
『少年、ずいぶんと酷い顔だな』
そこにいたのは、来人だった。
どうしてここにいる。今頃はひなと一緒に探偵事務所にいるはずなのに。湧き上がってきた謎の不快感を感じながらも、アミは驚愕していた。
「お前……あのな。いかにも何かありますから気づいてくださいって顔してわからないわけないだろ」
「う……」
来人の言葉に、アミはうめく。そこまでわかりやすかっただろうか、と。見れば、アラタも呆れているようだった。
「はっ、急がなけりゃ……他の奴らも来るってことか」
「……いや、他の奴らは呼んでないよ。確証がなかったからな」
「……は?」
来人の言葉に、アラタはポカンと口を開けて固まる。今の彼のそんな姿に、来人たちは以前の彼の面影を見て、僅かながらに安心する。
ちなみに、来人は他の者たちを呼ばなかったのではない。機械音痴による通信機器を使えなかったせいとアミが勝手に行動を起こした焦りのせいで、呼べなかっただけである。
「っち。まぁ、いい。さっさと外のデカブツを片付けるぞ」
アラタがそう言って、扉を開ける。
目の前にあった赤に、アミと来人の二人は気を入れ直した。
「みんなっ!」
アミが出したデジモンは、レディーデビモンとロゼモン、ラピッドモンにガンドラモン――フルメンバーだった。
進化できたぞ。まるでそう言いたいかのようなラピッドモンの勝ち誇ったような笑みが、来人に突き刺さる。ここ数日、毎日のように向けてくるその笑みが、地味にウザったく感じられた。
「俺たちも行くか」
『待て』
来人は飛び出そうとしたところをカミサマに止められる。
なんだよ。来人の苛立った心情がカミサマに伝わった。
『我が行く。奴には借りがある』
「……へぇ?」
『何だ、その声は』
「べっつにぃー?」
意外と負けず嫌いだな、と。カミサマの子供っぽいリベンジ精神に、来人は笑みを隠しきれない。そのまま、来人は彼の意を汲んで、身体を明け渡した――。
「さて、行くぞ」
『今度は負けるなよ?』
「……前の時は断じて負けたわけではない! 腹の傷さえなければどうにか出来ていた!」
――直後、ユピテルモンへとカミサマは進化した。
そのまま、彼は内側から聞こえる来人の声に答えながら、エグザモンと相対する。今の彼の脳裏には、自分が意識不明となったあの時の光景が浮かんでいて、それが彼のやる気を上げていく。
「さぁ、食ってやるよぉ!」
アラタの掛け声と共に、エグザモンは来人たちに気づいたようで、戦闘が始まる。
「“ダークネスウェーブ”!」
いの一番に放たれたのは、レディーデビモンの必殺技だ。だが、完全体の必殺技では、いかに弱体化したとはいえエグザモンには届かない。
レディーデビモンは苦い顔をして――。
「無理しないで~!」
――そんなレディーデビモンに変わるように、ラピッドモンがエグザモンを殴る。
その小さな身体に似合わぬ一撃に、巨大な身体のエグザモンが僅かに揺らいだ。その様子に、レディーデビモンは静かに目を瞑る。
「“ダークネスウェーブ”!」
一瞬後、彼女は再び必殺技を放った。やはり効かない必殺技を。
彼女はそのまま飛び上がる。後方から聞こえる心配の声を無視して、そのまま彼女はエグザモンの眼前に立つ。狙うはただ一つ。その顔の巨大な瞳――。
「“ダークネスウェーブ”!」
――三度放った必殺技が、エグザモンの眼を襲う。これにはさすがに驚いたのだろう。エグザモンは顔を顰めた。
「……無理しすぎ~!」
後ろから飛んできたラピッドモンが、レディーデビモンを守るように立つ。レディーデビモンは、そんな彼に内心で呆れた様子を見せた。ついこの前まで進化できずにいじけていた者が、進化した途端にずいぶんと強気に調子に乗れるものだ、と。
「大丈夫だ」
「大丈夫って……」
「ラピッドモンを見て……我が身が恥ずかしくなっただけのことだ」
「……?」
ラピッドモンは首を傾げる。
レディーデビモンはそんな彼を見て、軽く笑った。
「さぁ、まだまだ行ける……!」
見れば、アラタが、ユピテルモンが、ガンドラモンが、ロゼモンが、未だエグザモン相手に攻撃を続けている。レディーデビモンたちだけが立ち止まっていられるはずもなかった。
「“ダークネスウェーブ”!」
四度目の、効かぬ攻撃。それでも、レディーデビモンは止まらない。
彼女はラピッドモンを見て自分を恥じたのだ。進化して、それなりに戦えるようになって、それでアミの気持ちに応えたつもりになっていた自分を。結局、それなりで満足していた自分を。調子に乗っていただけだった自分を――。
「ああ、行こう。私はまだ先に行ける……!」
――
「はぁっ!」
五度目の攻撃は、鋭い銃弾だった。
彼方此方から驚愕の気配がする。
彼女は笑った。自分も捨てたものではない、と。進化の気配、変わった身体の感覚、その手に持った二丁拳銃――彼女は攻撃を再開した。
というわけで、第九十一話。
エグザモンとの再戦回前半。レディーデビモン進化回でもありました。
そんなこんなで、次回の後半に続きます。
それでは次回もよろしくお願いします。