【完結】デジモンストーリーサイバースルゥース~電脳探偵と神を宿せし少年~ 作:行方不明
ノキアと悠子、そして来人の三人はアミを救うべく、彼女が囚われているだろうEDENのとあるエリアを訪れた。そこは白を基調とした清潔感溢れる空間で――その既視感に、三人が三人とも首を傾げる。
そして、初めにその既視感の正体に気づいたのは、悠子だった。
「ここは……おそらくサービス開始前のEDENを再現した場所、だと思います。現在はクーロンエリアとなっているはずの場所です」
つまるところ、このエリアは八年前当時の光景を再現したエリアとなっているということだった。
いかに放置されたエリアだったとはいえ、まさか過去の光景の再現などという大規模なことをするとは。来人たちは一様にその手間を考え、戦慄した。
「しっかしクーロンエリア、ね。ってことはLV1か。よくよく見れば見覚えあるな」
辺りを見渡して、数週間前まで見慣れていたエリアの面影が見て取れて、来人は何とも言えない気持ちになる。だが、ノキアたちはそんな彼とは別の感情を抱いていた。
「なんか……懐かしいような……胸がきゅってするような……」
「それは……私たちがここを訪れたことがあるからだと思います。私も未だに信じられませんが……きっとこの先に答えがある……いえ、用意されていると思います。きっと」
確信を持って言う悠子に、ノキアは戸惑う。
一方で、来人は彼女たちが感じているものを感じることはできなかった。
「進もうぜ?」
この場にいても仕方がない。来人たちは歩き出した。
幸いにして、道は一本道。これならば――。
「っ!」
――早々にアミの下へと行けるだろう、とそんなことを思った矢先だった。来人たちの視界にその光景が飛び込んできたのは。
「おーい!」
来人たちの前に現れたのは、五人の子供だった。どこか、見覚えがある子供たちだ。来人たちは彼らの正体に気づいた。
このエリアが過去の再現ならば、ここにいる子供たちも過去の再現。であれば、この子供たちは。
「おーい、何してるのー! 早く行こうよ!」
先頭を切って行く、赤髪の少女。活発そうな見た目ながら、年齢に似合わないオシャレにも気を使っているような感じもする。ノキアだろう。
「おい、お前ら待てよ。ちゃんと年上の俺の言うこと聞けよ!」
面倒そうながら、ちゃんと年下である他の面々の面倒を見ようとしている。そのボサボサした頭に、鋭い目つき。アラタ、なのだろう。
「ま、待ってーお兄ちゃんー」
弱々しげな雰囲気で、泣きそうになりながらも、他の面々について行く黒髪の少女。雰囲気はある意味で今と違うが、悠子だろう。
「ほらほら、悠子も早く!」
そんな幼い悠子とよく似た少年。あの白い幽霊によく似ている、少年。幼い悠子に兄と呼ばれていることから、彼が勇吾なのだろう。
そして――。
「私も行くよ!」
――そんな面々に楽しそうについて行く、赤髪の少女。来人は懐かしさと共にその姿を見ていた。彼女が、昔のアミだ。
「これは……この光景は……」
「これって……」
悠子とノキアの二人は、目の前で繰り広げられる子供たちのはしゃぎように目を奪われていた。同時に、薄々ながら思い出していく。彼女たちが忘れていたこの時のことを。
同時に、この後のことをなぜか思い出したくない気がして、少しの恐怖を抱いていた。
「これは……βテストの時にあったことがわかるってことか? 一体ロードナイトモンは何をしようとしているんだ?」
『わからぬ。……む、そういえば来人はおらぬのだな?』
「ああ、俺? 俺はβテストには参加してないよ。一応、アミと一緒に選ばれてはいたみたいだけどさ。余所様の高級な機械を壊させるわけにはいかないって、親が行かせてくれなかった」
『……そうか。お前は機械音痴だったな』
「哀れみを込めた声で言うのはやめてくれ」
話しながら、来人は呆然としている悠子たちを立ち直らせる。彼らはEDENの奥へと向かっていく子供たちを追って歩き出した。
「しっかし、本当に楽しそうだな」
子供たちを視界に収め、呟きながら、来人は悠子たちの様子を見る。彼女たちはだんだんと思い出していく記憶と格闘しているようで、上の空気味だった。
「っていうか、皆カワイーよね! プリチーっていうか? アミも悠子っちもアラタも勇吾くんも! あ、もちろんあたしも!」
「……」
「……ノーコメントだ」
『ふむ。確かに同意するが……将来の完成系が目の前にいると何とも言えない気持ちになるな』
「どういう意味!?」
まあ、そんな中でも戯言を言う余裕くらいはあるようだったが。
そうこうしているうちに、来人たちは公園の広場のような場所へとたどり着く。クーロンエリアに似たような場所があったことを思い出した。
来人たちは子供たちの様子を見る。何かを見つけたようで、彼らは何やら揉めているようだった。
「や、やめなよー……危ないかもしれないよ?」
「……いいじゃん! 面白そうだし、行ってみようぜ!」
幼い悠子が必死に止めている。だが、好奇心旺盛なアラタや他の面々はそんな悠子の制止の声を振り払って、何かに近づいていこうとしていた。
来人たちは彼らが近づいていこうとしているモノを見る。それは、空間に走った亀裂だった。まるで、どこか別の空間へと繋がっているかのような。
「……あれは」
来人たちの前で、幼いアミたちは好奇心の赴くままに、次々にその空間の亀裂の中へと飛び込んでいった。唯一、悠子だけが最後まで残っていたが、置いていかれるのが嫌だったのだろう。彼女も亀裂へと飛び込んだ。
この場に残ったのは、来人たちと空間の亀裂だけ。来人たちは顔を見合わせた。
「行くぞ……?」
まあ、答えは決まりきっていたのだが。
もう一度互いに頷き合う。来人たちは亀裂に飛び込む――。
「いいのかい?」
――その直前、優しそうな声が聞えた。
慌てて亀裂に飛び込むを止め、来人たちはその声の主を探す。そして、いた。僅かに霞む幽霊のような少年――神代勇吾が。
この場の全員が目を見開いて驚愕する。今まで幽霊のように僅かな存在だった彼が、まさか言葉まで話せるレベルの存在感を持ってこの場にいるなどとは。
「本当に行くのかい? その先にあるのは、君たちが忘れていた過去だ。それは開けてはならないパンドラの箱でもある。開けてしまえば中から何が飛び出してくるか……」
勇吾はノキアたちに言う。
すべての真実を知っている者としてその過去に思うところがあるのだろう。ただただ、彼はノキアたちのことを心配していた。
「お、お兄ちゃん……!?」
「ゆ、勇吾くん!?」
だが、ノキアたちにとってはこの場に勇吾がいるという驚愕から抜け切れていない。その心配を受け取るだけの余裕は今の彼女たちにはなかった。
「悠子……やっと会えたね」
「お兄、ちゃん? 本当にお兄ちゃんだ……!」
八年前からずっと意識不明で会えなかった兄に出会えたことで、悠子は涙が溢れていた。そんな彼女を、勇吾は優しそうに見つめている。
「本当かどうかはわからないんだけどね。今の僕は幻のようなものだから……」
「ま、幻?」
「そう。すべては八年前――」
勇吾は話す。今の自分の状況を。
八年前のEDENβテストに参加し、そこでイーターと遭遇したこと。イーターに襲われ、その精神データを食われ、肉体に戻れなくなったこと。そして、その精神はイーターに囚われたまま、ある場所で“保管”されているということ。
「保管? 消滅じゃないのか」
黙って聞いていた来人だったが、聞き捨てならない言葉に思わず呟いた。
「っていうことは……そこに行けばお兄ちゃんを助けられるの!?」
希望を込めて、悠子が叫ぶ――が、勇吾はその場所を詳しく告げることはなかった。「悠子たちを危険な目に合わせたくない」とそう言って。
ただデジタルワールドのある場所だと、そう言うだけだった。
「その場所で僕は君たちを見守っていた。時には姿を見せたこともあったはずだよ。それこそ、幻みたいなものだったけど」
「え、EDENの白い幽霊?」
「ああ、あれは僕の記憶の断片をイーターがデジタイズしたものだ」
勇吾のその言葉に、ノキアはあからさまにホッとした安堵の様子を見せていた。何だかんだと、幽霊というものが怖かったらしい。
「僕がイーターと一緒の場所で目撃されるのは、僕とイーターが言ってしまえば同一の存在だからだ。イーターとは、個にして全の存在」
『個にして全だと?』
「そう、すべてのイーターはその記録と情報を共有している。僕もその共有されるネットワークの一部なんだ」
「だから、イーターの現れる場所で起こったことのすべてを知っている」と彼はそう言った。あと、イーターがいる場所にしか自分は存在できない、とも。
そこまで言って、勇吾は表情を直して悠子とノキアを見つめた。
「本当に行くのかい? その先にあるのは失われた過去――真実だ。知るにはとても勇気を必要とする」
本当は知らないでくれ、行かないでくれ、そんな副音声が聞こえてきそうな声。来人は思わず苦笑した。その優しそうな雰囲気に違わない過保護なお兄さんだ、と。
一方で、悠子の答えは決まりきっていた。
「私は今までたくさんの勇気をもらいました。パパから、お兄ちゃんから……今はその、と、友達から……」
「……そうか」
勇吾は寂しそうに、それでいて嬉しそうに笑って頷いた。妹が、知らぬ間に成長していた。そのことが嬉しくもあり、寂しくもあったのだろう。
「くれぐれも気をつけるんだよ。さっきも言ったけど、僕がいるところにはイーターもいるからね。それと……来人くん」
「俺?」
「妹とその友人たちを頼む」
勇吾は来人に向けて頭を下げた。自分の家族と友人を心配する兄の姿がそこにあって――。
「ああ、任せとけ」
――そんな姿を前に、来人は断ることなどできるはずもなかった。
頷いて、来人は約束する。
勇吾は「ありがとう」と呟いて消えていく。
「待っててお兄ちゃん、次は私が会いに行くから……!」
そんな彼の姿を前に、悠子は一方的な約束をした。
自分と自分との、自分と兄との、誓いという名の約束を。
「ーーーーーーーーー! さっきの悠子っちすごくいい! ぎゅっとしたい! ぎゅって!」
「何を言ってるんだお前は」
ちなみに、その時の悠子の背後では、先ほどの悠子の友達発言に嬉しそうに悶えているノキアがいたのだが、それはほんの余談である。
というわけで、第九十七話。
過去追憶編(前編)です。
長かったので分割しました。後編も同時投稿していますので、そちらもよろしくお願いします。