『
俺の膝の上にころんと落ちて、スカートの上を転がって膝の上に仰向けになった妖精さんが、顔を上げてそう宣言した。艦娘の挨拶っぽい。でも、俺の下腹部を見ながら挨拶されても、少しばかり反応に困るんだけど。
『さっそく建造でございますな! 資材よこせ』
青髪が魚雷の妖精さんとかぶっているおさげの女の子が、ぐわんと上体を反らして俺を見上げ、なんだか横暴な意思を飛ばしてきた。
資材? いいよ。
今解体するから待っててねー。
「……あの、何を」
「え? ……えへへ」
工廠妖精さんをすくい上げて両手で柔らかく抱いてカンカン(隠語)しようとしていると、朝潮が怪訝そうに聞いてきたので、笑って誤魔化す。やだなあ、冗談だよ。妖精さんに乱暴する訳ないじゃない。
『おそろし』
やかまし。
短い意志を切って捨てれば、工廠妖精さんが俺の手を両手で押して体を抜こうとしてたので、解放してあげた。再び膝の上に着地し、そのまま地面に敷かれた布まで駆け下りて、魚雷の妖精さんと砲の妖精さんの前へ立った。
『よく来た。歓迎するぞ』
『よろしく』
ああ、妖精同士も初対面では挨拶するんだね。呼び出したくらいだから知り合いなのかと思ったけど、そうでもないみたい。
何もないところから出現したから、ひょっとしたら今生まれたばかりなのかもしれないな……。
『では失礼して』
さっと振り返った工廠妖精さんが、懐からモンキーレンチを二本取り出して、頭の上に掲げ、カンカンカンと三度打ち合わせた。と同時に、俺の体の中のどこかの部分で、燃料が減少する感覚。
『呼ばれて飛び出て……』
『呼ばれて飛び』
『呼びっ、れて飛び出てじゃんじゃじゃぁん』
三人の妖精さんが一気に工廠妖精さんの背後に現れる。なんか息合ってないし一人噛んでるっぽいし大丈夫なのかな、この子達。
『おはつ~』
『挨拶は大事ね』
ビビビッと手を挙げて意思を飛ばしてくる三人……緑髪ショートのハンマー持ちと金髪ポニテの手ぶらさんと赤髪ツインテールのなんかスプレー缶みたいなの持ちに、こちらも挙手で返礼する。
四人揃っているのを見れば、ああ、とようやく思い出せた。この子達、工廠画面の建造欄で忙しなく動き回っている妖精さん達か。建造専門じゃなかったんだ。……そりゃそうか。
「さっそく頼みたいんだけど……奥にある装備を直したいんだよね」
『確認』
『ボロボロやばい』
『腕が鳴るぜ』
早速頼んでみれば、それぞれわちゃわちゃと動いて気合いを示して見せるのに、少し笑ってしまった。コミカルな動きが可愛らしく、面白い。彼女達は至って真剣なようだけど。
ふと横を見れば、朝潮が口元に手を当てて何かを考えているようだった。
「……どうしたの?」
「あ、いえ。……設備がないのでは、彼女達も働けないのでは、と」
「あー、うん。忘れてた。ないとどうにもならないよね」
何か言いたげだな、と思って声をかけてみれば、そんなごく当たり前の疑問を投げかけてきた。当たり前と言っても、俺の頭からはすっぽり抜け落ちていた事なんだけども。
『設備?』
『だ~いじょぶ、ま~っかせて』
『資材くれればすぐ
と、頼もしいお言葉。
しかし、資材が欲しいと言われても、そんなもの持ってない。
ゲームじゃないんだし、時間経過で資材がわいて出るなんて事も無かったので、ここにあるのはガラクタばかりだ。……駆逐イ級を持ってきて解体でもすれば良かったかな。皮で服は作れそうだし、骨や歯でナイフや他の武器も作れそうだったけど……それ程のガッツは俺にはないから見送っていた。でも、せめて5inch単装砲だけでも口の中から引き抜いてくればよかったかな。
困ってしまって、魚雷と砲の妖精さんに目を向ければ、不思議そうに首を傾げられた。……資材に関しての考慮はしてなかったっぽい?
これじゃ呼び出した意味がないじゃん、と溜め息をつこうとして、しかし、首を傾げていた二人が、資材なら周囲にいっぱいある、と意思を飛ばしてくるのに、息を飲み込んだ。
周囲……この小屋の外に、たくさん? どういう事だろう。
『木材いっぱい』
「……木? 木も使えるの?」
資材と言えば、燃料弾薬鋼材ボーキ、その四つだけではないのか?
そう疑問に思ったのだけど、彼女達の説明で納得した。艦娘関連ではその四つが重要だけど、普通に何かを作るならそれ以外の資材を使う事もある、とのこと。
それで今は、艤装を直すための設備を作るための木材を得るために木を倒してきてほしい、と、そう言ってる訳だ。
……お使いクエストかな?
や、嫌ではないけど。朝潮のためならばそれくらいの労働は
そういう訳で外に出て、木を押し倒すために防護フィールドを纏った訳だけど、当然のように朝潮もついてきた。
「何もしない訳にはいきませんから」
そう言って意気込む彼女を小屋に戻らせる訳にもいかなかったので、手分けした方が速いと自分を納得させて、とりあえず周辺の木を押し倒しにかかった。
艦娘ボディの真の力の前には、この細い腰よりも一回りも二回りもでかい木の幹など簡単に圧し折れてしまうのだ。艦娘凄い。
朝潮でさえ同様の事をやってのけているので、やはりこれは艦娘の標準的なパワーなのだろう。駆逐艦でこれなのだから、軽巡や重巡、戦艦にもなると、いったいどれほどの力を有しているのだろう。気になる。
ガサガサと隣の木に寄りかかるように倒れ行き、葉全体を騒めかせる木に、虫とか落ちてこないよな、と警戒しつつ、地面に横たわるのを見届ける。
……葉の方はいらないよね。そしたら、たぶん、切らなきゃいけないんだろうけど、あいにくのこぎりなんてないし……どうしよう。
ああ、いいや。蹴っ飛ばそう。
「そいや!」
弾むように足を前に出して、振りかぶっていたもう片方を、先端付近の幹に叩き込む。メギメギと凄い音がして、これも簡単に圧し折れてしまった。少し繋がっている部分は、反対側から同じように蹴る事で分断する。
朝潮が倒していた分も蹴りにかかると同時、彼女には、既にやっつけた木を小屋内に運んでもらう事にした。入り口の大きさは問題ないけど、奥行がちょっと心配だ。でも、彼女がひょいと木を担ぎ上げ、小屋内に入って行くのを見送れば、木も完全に入り込んでしまった。問題なさそう。
さて、特筆すべき事もなくもう一本もただの木にしてしまったので、これは俺が担いで小屋内に持ち込んだ。工廠妖精さん達がやたら嬉しそうな意思を飛ばしてくるので、頼むよー、と声をかけておく。サムズアップで返された。流行ってるの? それ。
いったん設備造りは彼女達に任せておくとして、俺は海岸に行って、イ級の体内から5inch単装砲を抜き出して来る事にした。
朝潮には、妖精さん達を手伝うよう伝えておく。俺についてきても、特にやる事はないだろうしね。それでも最初に「一緒に行きます」と言ってくれたのは嬉しかった。少々機嫌が良くなったので、道中鼻歌をしつつ海岸へ到着。シズメシズメのサビ部分が終わった辺りだった。
イ級の遺骸は、波に攫われたりせずに野ざらしになっていた。黒い体が太陽の熱を吸収してかなり熱されているようだ。まずは付近に流れ着いていた、損傷の無い瓶を手にして海水を汲み、イ級の体にかけて冷やす。ちょんちょんと触れて温度を確かめ、大丈夫そうだと判断すれば、いよいよ口の中を覗き込む。押し上げた歯は固く、こうして口を開けたイ級の中を覗き込んでいると、急に動き出して食べられてしまうような想像をしてしまった。くわばらくわばら。
舌の代わりのように突き出ていた砲身をがっちり掴み、ぐいと引く。何かに引っかかるような感覚を気にせず、馬鹿力で引き抜く。ズボッと嫌な……それでいて少し爽快感のある感覚と共に、深海棲艦の艤装を鹵獲する事に成功した。
うむ、よし。……それで、歯や皮は……ううん、やめとこう。やっぱり、なんか、やだ。
もし後で妖精さんに求められたら持ってこようとは思うけど、今これを解体したり、持ち帰る気にはならない。必要そうでなければ、口内にあった単装砲だって、本当は触れたくないのだ。ばっちい。
そんな事言ってられる事態でないのはわかってるけど、避けられるものは避けていきたいものだ。なんでも我慢してたらストレス溜まりそうだし。
さて、わりと大きい単装砲を抱えて来た道を戻ると、なんか小屋が家にランクアップしてた。
呼称としての家ではなく、ちゃんとした『家』だ。木の枝を組み合わせて作ったすっかすかの小屋ではない。加工され、やすりにかけられたような木板でできた、木造の家だ。
これの凄いところは、扉ができているところだな。それに、家の大きさも変わっている。大きくなった、と単純に言い表せるものだが……さて、俺が出ていた短時間にいったい何があったのだろう……。
立派になった家の脇にイ級の艤装を下ろし、扉の前に立つ。二階建て……それとも天井が高いのだろうか。この広場を丸々使っているかのような大きさだ。
「た、ただいまー……?」
おそるおそる扉を開けてみれば、見慣れていた「入ってすぐ広々とした室内」はなく、廊下があった。左右に壁がある。なんとなく圧迫感を持ってしまうのは、仕方のない事なのだろう。
「お疲れ様です!」
しっかり設置されている玄関の前には、朝潮が立っていた。俺の姿を確認すると、びしっと敬礼する。俺の帰りを待っていたのだろうか。
「妖精さん達は?」
「設備及び施設を作成後、建物の大幅な改築を始め、居住区・工廠を設置しました。畏れながら、生活環境の向上があるならばと許可を出しました。これまでの委細な報告が必要であればお申し付けください」
「…………ん、構わないよ。こんなに速くできるんものなんだね。凄いなあ」
何やら気合いの入った様子できびきびと報告する彼女の横へ、玄関に靴を脱いでから上がると、じぃっと見られた。……今の言葉じゃ不足かな。
「なんか、気合い入ってるみたいだけど……」
「はっ、彼女達の働きに応じ、また、本格的な施設の稼働の目処が立ったので、こちらも立ち居振る舞いを改め――」
……ああ、要約するとつまり、妖精さん達が頑張ってるからいてもたってもいられなくなるほどにテンションが上がってしまった、と。
でもね、俺は提督とかじゃないんだから、そんな畏まられても困るんだよね。
という訳で、せっかく上がっている彼女の気分を落とすのはどうかと思いながらも、普通に接してくれると嬉しい、と伝えると、俺がそういうのを嫌がっているのはわかっていたのか、しょんぼりして謝ってきた。あああ、そんな風に落ち込ませるつもりはなかったのに……。
垂れた犬耳と萎えた尻尾を幻視しつつ、彼女を慰めて、工廠に案内してもらう。靴下越しに感じる冷たい木板の感覚が新鮮だ。
視界の端にいくつか扉が見える。廊下の両壁に等間隔で並ぶいくつかの扉。その内の一つが、妖精さん達の仕事場に繋がっているらしい。うわ、ノブまでついてる。鉄製だ。この鉄はどこから出てきたんだろう……。
ノブを下ろし、扉を押し開く。中は応接間のようになっていた。中央にテーブル、両脇に椅子。どちらも木製だ。向こうの壁にもう一枚扉があるのを見るに、その先が本当の仕事場なのだろう。
しかし、道中朝潮が言うには、あんまり工廠の中に入って欲しくないと妖精さん達が言っていたらしく、許可が取れないだろう今は、椅子に座って待つ事にした。……凄い作りがしっかりしてる。全部の体重をかけても小さく軋むだけで、壊れる気配はない。これはひょっとして、家具職人とかも呼び出されているのでは……。
家に帰って来るまで、防護フィールドを張って来てたから、多少燃料が減っていてもわからない。でも、この調子でばんばん妖精さんを呼び出されてしまうと、補給が間に合わなくなってしまいそうだ。むやみに増やさないでくれとお願いしようかと思ったが、しかしこの仕事っぷりを見ると、口出しするのも
うーん、まあ、減った分だけご飯食べて、燃料の補給に勤しめば良いだけか。
壁に防音機能などはさすがに持たせられてないらしく、一つ隣の工廠からは、重い音と振動が絶えず伝わってきている。小刻みに揺れる椅子が微妙に気持ち良い。
妖精さん達が現れるのを待つ間、朝潮にこの家にできた部屋を教えてもらう事にした。
玄関、工廠、保管庫、食堂、台所、トイレ、寝室、お風呂……ここが、この家が鎮守府だ! みたいになってるんだが。私聞いてない。
「しかし、驚きました。目の前で次々と家具や設備ができあがり、木製の壁がせり上がっていくのはまるで魔法のようでした」
「あ、やっぱり艦娘から見ても異常なんだ。凄いよね、妖精さんって」
「はい。思えば、私はあまり彼女達の事を知ろうとしていませんでした」
だから、彼女達がこれほど凄まじい働きをする事を知らなかった。
艦娘を建造するのも、艤装を開発するのも、当然の働きとして認識していたらしい。
しかしここに来て、違った視点で彼女達と接すれば、それがどれ程凄い事か理解できたのだと言う。
つまりは、今、朝潮は俺と同じような驚きを感じている、って事だね。
「寝室かあ。……ひょっとして、ベッドができてたり……」
「ええ、脚付きのベッドも作成されていました。さすがに布団は作れなかったようですが……」
それでも十分凄い。もう地面に直接寝る必要がないって事なのだから。
地面に布一枚敷いただけでは、横になった時、布越しに土の感触がするし、臭いだってある。おうとつには苦しめられたし、それからおさらばできるなら万々歳だ。妖精さん万歳。
しかし、これだけの物を作るには、俺達が倒した二本の木だけでは全然足りない気がするんだけど……。
「彼女達の要請で、周りの木を倒しました。……その、」
「ううん、問題ないよ! ありがとね」
「当然の働きです!」
やはり彼女が働いてくれたらしい。それで、少しばかり広場が広くなっていた気がしたのか。……切り株やらはどうしたのだろうとかは考えない。残ってたっけ? 残ってなかったのなら、どうにかしたという事だ。どうにかできたって事は、俺が気にする必要はないと言う事。
それから、勝手な事をした、みたいに朝潮が眉を下げつつ言うのに、かぶせるように声を発して感謝を述べる。彼女は一転して笑顔を浮かべ、ぐっと拳を握ってみせてくれた。うんうん、笑顔が大事。朝潮の笑顔はとっても素敵。
後で台所でなんか調理してみようかとか、お風呂覗いてみようかとか、そういった話をしていれば、奥の扉が開き、妖精さんが出てきた。青髪おさげの工廠妖精さんと、朝潮の艤装の妖精さん二人だ。喜色に顔を染めているのを見るに、修繕が完了したのだろう。
工廠妖精の代表らしい青髪妖精さんが、改めて俺がいない間にやった事を報告し始めた。ほとんどは朝潮が教えてくれた事と同じだったけど、一つ初めて聞いた事があった。それは、俺が集めていた鋼材モドキをしようして鋼材を作り出し、それを使用した、という話。
構わない構わない、俺が持っていたってなんの役にも立たなかったから、使って貰えて嬉しいよ。
朝潮がまた申し訳なさそうにするので、明るく元気に妖精さんに伝えれば、妖精さんの表情も彼女の表情も明るくなった。浮き沈みが激しい……。そんなに気にする事ないのに。俺の事を気にかけて申し訳なく思うのに、妖精さん達が俺の集めた物を勝手に使う事を許したのは、その必要があったからなのだろうし。
それに、それで俺が不利益を被る事も、怒る事もないってのは、賢い彼女ならわかっていたはずだ。
それでも暗くなるのだから、ううん、くそまじめとしか言いようがない。もちろん良い意味でだ。
「良い判断だね、優等生」
「はっ、いえ、その……ありがとうございます」
特に考え無しに褒めてみたけど、別の世界の島風のせいか、『優等生』という単語が嫌味にしか感じられなくて、慌てて口を噤んだ。意図せずからかいの言葉を選んでしまったのかもしれない。とにかく、彼女はそれに気付いていない様子で、てれてれと手を合わせて頬を朱に染めていた。
さて、修理が終わり、家ができて、新たな装備も作り出せそうな生活環境が整った。
彼女が帰るための準備ができ始めてしまったのは残念でならないけど、彼女の良き友人であるためには、ここは喜ぶべき場面だ。
それに、鋼材さえあれば装備が作れるなら、いよいよ俺も俺の艤装を手に入れられると言う事だ。男として、武器という物に憧れが無い訳ではないから、これは素直に楽しみだ。弾薬の調達ができなければ弾なしだろうけど、一度でいいから持ってみたい。
まあ、いくら設備が整ったからと言って、いきなり帰れる訳でもないだろう。
彼女一人では複数の深海棲艦に行く手を阻まれれば厳しくなるだろうし、かといって低練度の俺を連れて行っても結果は変わらなさそうだ。
だから、俺がやるべき事は深海棲艦と戦い、練度を上げる事。そのために、この島付近の海に出る事。
羅針盤が開発できれば、安心して海に出られるだろう。コンパスでもいい。
いずれかを持って、力量を上げるために海上へ行く。戦う術を身に着ける。
もし俺が本気で彼女と共に彼女の所属する鎮守府へ行きたいと願うなら、そのくらいこなさねばならない。
……そんな風に自分を鼓舞してみたけど、俺が鎮守府に行きたい行きたくないに関わらず、彼女に「絶対に無事に送り届ける」と約束したのだから、行く事は確定だ。
艤装の妖精さんと朝潮が喜びを分かち合っているのを横目に、工廠妖精さんにイ級の単装砲を持ち帰って来た事を伝えると、そこから弾薬を得る事ができれば、複製して増やす事も可能かもしれない、という答えが返ってきた。
これは本当に、俺が艤装を手にするのも近いかもしれない。
わくわくを感じるままに口の端を吊り上げ、妖精さんにぐっと親指を立てて見せれば、妖精さんも同じように返してきた。
装備の開発を了承。仮称鋼材モドキを収集されたし。その意思を受け取った俺は、了解と返答して、目をつぶった。
やる事が決まるというのは気持ちが良い。心が安定するゆえに、気分も安定する。
新品の木板の匂いを感じながら、俺はこの後の行動予定を組み立て始めた。