島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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ずい……う……

これからの投稿は不定期かつ五千文字前後を予定しています。
予想以上に鎮守府編書くのきついとかそういう裏事情はなく、元々の予定だったとさっき決めました。

ずいう……ん……


第十三話 翔一の終わり

 

 航空戦艦日向(ひゅうが)。伊勢型戦艦の2番艦。それから、睦月型駆逐艦、9番艦の菊月。

 遠方から近付いてくる人影を眺めつつ、どうにか記憶の海の中からサルベージした艦種艦名を胸の内で呟く。間違っている可能性が高いが、声に出すつもりはないので、たとえ間違っていても問題はないだろう。誤った認識を口にする事がないよう気をつけなきゃいけないな。

 

 ささっと髪を手で梳き、服の端を伸ばし、スカートの位置を気にしつつ、横目で朝潮を見る。彼女はびしっと背を伸ばして、日向達の方を見ていた。引き締まった表情からでも、待ち望んでいた帰還が間近にある事を喜んでいるのがわかる。それに少しだけ引っ掛かりを覚えて、口をへの字にしつつ、うさみみリボンを手で持ち上げる。うん、どこに出しても恥ずかしくない島風だ。これなら大丈夫。きっと、大丈夫なはず。

 身嗜みを気にしていれば、ザアザアと艦娘が海の上を走る特有の音がして、目の前に二人の艦娘がやって来た。並び立った二人の視線が一瞬俺に向けられて――ぎ、と体が固まった――、すぐ朝潮に移る。

 

「朝潮、よく無事で戻ったな」

「みなお前の身を案じていたぞ」

「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません」

 

 それぞれが朝潮に言葉を投げかけると、彼女ははきはきと答えた。

 俺はと言えば、場の空気に身を固くしていて、ただ三人の様子を窺っていた。

 

 日向。日本の人という印象を強くする茶髪のおかっぱ頭で、戦艦だけあって、でっかい艤装を身に着けている。胸から腹にかけて覆われている分厚い鉄と、背側から突き出る太い砲身が肩の位置からそれぞれ二本……二門ずつと、太ももの両脇にもそれぞれ二門ずつあって、それらは背の艤装に繋がる砲塔から生えている。手には鈍色の飛行甲板。見た目は盾っぽい。

 どれも格好良いが、威圧感がある。日向の背の高さも相まって、結構なものだ。今まで一緒にいたのが朝潮や妖精さん達だったせいで自分の背の事をあまり考えていなかったが、女性と言えるだろう外見の彼女を見ると、自分が小さくなっていると強く実感した。長身怖い。

 

 菊月。こちらは朝潮とどっこいの背丈だ。黒い制服に長い白髪(はくはつ)が良く似合っている、可愛らしい少女……なのだが、表情はやや険しい。と、俺は感じるのだけど、そういう感情を抱いているという訳ではなさそうだ。この表情が彼女の標準なのかもしれない。真面目そうというか、厳しそうな印象を受けた。

 手にしている、俺達のとは違った形の連装砲は、本来であれば彼女のような小柄な女の子には似合わないはずなのに、えらくしっくりしていた。持っていて当然、という風に感じる。声か、顔つきか、雰囲気か。そのどれもが原因であるのだろう。

  

 なぜ俺がこんなに縮こまってしまっているのかと言えば、その二人……日向と菊月の物言いや声音が硬かったからだ。厳しめというか……ああいや、朝潮の無事を喜んでいるのはなんとなくわかる。だけどそれ以上に、なんだろう……見た目とのギャップというか……。

 これは、俺が彼女達の事をあまり知らないからそう感じているだけかもしれない。でも少なくとも、今の俺よりも背の低い菊月から発せられた声には、率直に言ってビビってしまった。……最近厳しめの声聞いてなかったし。

 朝潮の場合は、声を張っていても怖くない。けど、初対面……とは言い辛いけど、そんな二人の第一声がそういうのだったので、委縮してしまったのだ。

 とはいえ、外面は真面目を装えているはずだ。不審な点はないはず。

 しかし場違いな感は拭えない。だって俺、紛い物だし。敬礼とか、朝潮の真似っこでしかできてないし……。どうにか取り繕うつもりではあるけど、ボロが出るだろうな。出そう、ではなく出る、だ。絶対気づかれるだろう。そう思えてしまうから、内心かちこちになっているのだ。

 

「それで、彼女に助けて貰ったのか」

 

 朝潮が軽く経緯を話せば、日向の視線がこちらに向いた。あ、菊月の視線も……。

 

「はい。それと、司令官に至急、お伝えしたい事が……」

「うん、提督も君の話を聞きたがるだろう。だけど、その前に」

 

 ぱしゃ、と足音がするのに、気持ちを落ち着けるためにお船に向けていた目を日向に移す。彼女は完全に俺に体を向けていた。

 

「日向だ。朝潮が世話になったみたいだな」

「いえ……あっ、私は」

 

 んく、と息を呑んで、いったん言葉を切る。

 こうして面と向かって話せば、厳しいと感じていた声は、いつか聞き慣れたものと変わらない、普通の声だと思えた。さっきそう感じてしまったのは、朝潮以外の艦娘に緊張してしまっていたからだろう。

 だから、怖がる必要はないし、シマカゼ(ロールプレイ)を崩す事もない。ただ、自然に、自分(シマカゼ)ならどうするかを念頭においた振る舞いをすればいいだけだ。

 

「シマカゼです。スピードなら誰にも負けません!」

「そうか。よろしく」

 

 口にしたのは定型文ではあるが、俺自身の言葉でもある。誰の前でも俺がそういう艦娘であるための台詞。

 日向は特に動じる事なく、よろしく、と、そう締め括った。

 

「私は菊月だ」

 

 今度は菊月が短く挨拶してくるので、こちらにも名乗り返す。うっ、菊月の方は、やっぱりちょっと厳しい感じ。観察するような目がそう思わせるのだろうか。……あー、今リボン見られてるのがわかる。

 

「まあ、立ち話もなんだ……私達も帰投するとしよう」

 

 君もついてくるといい、と日向に言われたので、首肯する。良かった。ここでさよなら、というようにはならないようだ。

 ところで、ええと、所属を聞かれなかったけど、そこら辺はもう朝潮が伝えたのかな?

 そうでないなら……聞かれなくても名乗らないと失礼だろうか。聞かれてないのに名乗る方が失礼?

 所属なんてないから答えようがないんだけど、そこら辺のことを考えずにはいられなくて、頭の中で疑問が渦を巻いていた。

 

 日向がこっちに背を向けて滑り出すと、菊月も俺を見つつそれに続いた。動き出す朝潮を追って海面を滑る。俺の後ろに妖精さん達の乗ったお船がついてくきた。

 ……対潜警戒の任務はほっぽっていいのだろうか。彼女達はその最中だったはずだけど。

 妖精さんの最初の言葉を思い出しつつも、しかし「どうなのだ」と聞く勇気は出なかったので、黙って朝潮の背を眺める事数十秒。む、と先頭の日向が小さな声を発した。どうしたのだろうと体を斜めにして朝潮の肩越しに前方を見れば、向こうの方からまた別の艦娘がやってくるのが見えた。……ああ、夕張だ。緑の髪を緑のリボンで縛ってポニーテールにしている。それから、緑のスカートに、胸元にはオレンジのリボン……うん、夕張だ。メロンカラー。それと小さな制服とへそ出しルック。

 艦橋に接続された巨大な砲――単装砲と連装砲が一緒に乗っている――の調子を確かめるように艤装に目を向けていた夕張は、進んで行く俺達に気付いて顔を上げると、「あれっ」と目を丸くした。

 

「あれ、おかしいなぁ。なんでそっちから日向が来るの?」

「おかしいのは君だ。報告はどうしたんだ」

 

 海面に立ち止まる夕張の前に日向も停止したので、俺達も足を止めた。不思議そうに首を傾げる彼女に、呆れたように日向が言うと、今度は「まさか」という顔をした。

 

「ひょっとして、内蔵型羅針盤の調子が……やだ、私ってば」

「……仕方のない奴だな」

 

 一緒に行くぞ、と声をかけて夕張の横を通り抜けていく日向に、菊月、朝潮、俺と続く。ん、彼女を置いてっていいのかな。なんか呆然としてるけど……あ、慌ててついてきた。腰を落とし、砲のグリップを握り込んだ夕張がぐんと加速して俺の後ろへと移動してきて――あっ、お船に足を引っ掛けた!

 

「へぶ!」

「だ、大丈夫……?」

 

 余程引っ掛け方が悪かったのか、安定していたはずの体勢が崩れて海面に顔から倒れ込む夕張に、思わず止まって声をかけてしまう。列を乱すのはよくない、とは思ったものの、朝潮達も速度を緩めている気配がしたので、たぶん大丈夫だろう。

 蹴られて転覆しかかっているお船の下に移動して持ち上げると、『頭ぶつけた!』『ぶつかったー!』と騒がしい意志が飛んできた。うわ、中どうなってるんだろう。かなり大変そうだ。

 そっとお船を海に置けば、感謝、と短い意志。腰をかがめ、膝に手を置いてお船を見下ろしつつ、どういたしまして、と返答する。わりと大丈夫そう? では、夕張の方はどうかな。

 顔を上げれば、彼女はちょうど体を上げて座ったところだった。額を押さえて「いたた」と零している。声をかけようとして……躊躇ってしまった。理由はよくわからない。開きかけた口を閉じて、彼女を眺めた。

 揺れる緑髪は、光に照り返されればよくわかる銀髪だった。緑がかった銀髪。そういえば、(しろ)髪はまだしも、銀髪とはかなり奇抜な髪色だ。……そうでもないか? 染めたりだとかウィッグ以外では見た事ないけど。

 

「あっ、ごめん! 大丈夫!?」

 

 お船が夕張に寄って行くと、彼女はすぐさま謝って、それから、口を閉じて黙り込んだ。視線がお船に向けられていると言う事は、妖精さん達と何かしらの意思を交わしているのだろう。やがてお船がその場で方向転換し、俺の方へ戻ってきた。しゃがみこんで抱え上げれば、『な、なにごと!?』と意思。あっ、抱えて欲しくてこっち来たんじゃないのか。

 

「恥ずかしいとこ見せちゃったわね。ごめんなさい、もう大丈夫!」

 

 前半は俺に向けて、後半は先頭の日向に向けてだろう、声を張って手を挙げた夕張に、俺は言葉をかけるタイミングを逸した事を察して、体を前に向き直した。

 個人的に彼女は好いていた艦娘だ。できれば言葉を交わしたかったが、今はそれよりもみんなについていって鎮守府へ行く事が先決だ。そこで己の処遇を決め、どなるかがわかった後でも、彼女と話そうとするのは遅くないはず。

 だから決して、気後れして何も言えなかったという訳ではないのだ。……うん。

 ただ、一つ言えるのは、艦娘ってのは現実で見ても、誰も彼も美のつく女性なのだろうか、と思った。

 

 

 不思議な地下水道を通り、辿り着いた小部屋にて内線電話らしきもので日向が誰かへ連絡するのを待ってから地上へ上がれば、そこはもう鎮守府というものの敷地内だった。

 小道の先に、大きな建物の背中が見える。たぶんあれが本拠地……って言い方は変かもだけど、鎮守府の中核的な建物なのだろう。

 左の方には、高いフェンスに囲まれた四角い建物が並んでいる。あれはなんだろう。そう古くないみたいだけど……マンション? こんなとこに? いや、マンションにしては階数が無いか。でも、アパートってほど小さくないし……いいや。名前がわからなくても死にはしない。きっと、ここで生きる人達の居住区か何かだろう。

 

「どうしたの? そんなにきょろきょろして」

 

 辺りが珍しくて視線を飛ばしまくっていた俺を不思議に思ったのか、夕張が声をかけてきた。顔だけで振り返れば、俺が何かを言うより速く「ああ」と納得した様子。

 

「見ない顔だと思ったけど、ドロップ艦かな」

「ドロップ……」

 

 やっぱりそういう言い方があるんだ。なんて思ってれば、夕張は「あっ」と口を押さえて、それから、ごめんね、と謝罪してきた。何が……ドロップ艦って言い方をした事、だって?

 へぇ、俗称なんだ、ドロップ艦。そう呼ばれるのを嫌がる艦娘も多いらしいから、今のは失言だった、と。

 正式には自然発生型艦娘だとか、あるいは単に発生艦と言われるらしいけど、どっちの呼び方も大差ない気がする。ドロップ艦も発生艦も。

 でも、多くの艦娘にとっては違うらしい。俺にはよくわからない話だった。

 

「でも、そっか。そうしたら、色々わからない事だらけよね。よかったら、私が教えてあげようか? 案内なんかをしてあげようと思うんだけど、どう?」

「それは、助かるけど」

 

 助かりますけど。

 口に出した言葉と内心で考えた言葉との食い違いにむぐ、と口を結んで、しかし、夕張がそれに反応を示さないのに、タメ口でも問題ないのか、と判断した。誰に対して丁寧な口調にするか、タメ口をきくかの判断が難しい。そう考えてしまうのは、まだまだシマカゼになりきれていない証拠だ。考える事なく自然に動けるようになれれば、その時は……その時は、俺、どうなるんだろう。

 ……今を生きる事に疑問を抱かなくなる、とか?

 

「配属先が決まって、時間が空いたら私の工廠に来て。場所は、あっち」

 

 夕張の工廠? そんなものがあるのか。……明石がいないのかな、この鎮守府。

 指差された方に目を向ければ、なんかどでかいコンビニみたいなのが小さな塀の傍にあった。……あれかな。青色の看板立ってるけど……いやあれ、コンビニだ。……え、コンビニ?

 

「修理・建造ドックの反対側。寮の前を通って、その先。妖精の(その)の向こう側にあるの」

「妖精の……園?」

「妖精達の住まう区画よ。妖精のほとんどは、そこで過ごしているの」

 

 詳しい話は、案内の時にね。そう言って彼女が話を切るのに、前を向いて、その……ようせいのその、とやらに想いを馳せる。先程別れたお船に乗っていた妖精さん達、ひょっとしてそこに向かったのだろうか。彼女達は『行く』としか言わなかったし、どこに、と聞いても答えなかったから、少し気になっていたんだけど……居場所がわかって安心した。もしかしたら、どこかへ帰ってしまったのかもと思っていたから、なおさらだ。長い付き合いだし、いなくなられると寂しい。

 

 窓のない、立派な建物の裏側……その端の方の扉を開いて中に入る。踊り場……入ってすぐ、階段のある場所だった。冷えた()()がするのに、なんとなく鼻を擦りつつ、みんなに続いて上がっていく。夕張が話しかけてくれていた時には感じなかったけど、知らない場所を無言で進むのに小さくない不安を感じた。見上げた先の朝潮の髪が揺れるのを眺めて気持ちを落ち着かせようとしても、ここについてから今まで、彼女が一言も俺に声をかけていない事に気が付くと、余計不安が募ってしまった。

 でも、話しかけてくれなんて言えないし、こっちから話しかけるような雰囲気でもない。そもそも今は言葉を発してはいけない場面ではないだろうか。この建物内で私語は厳禁……とか。だから夕張も話をやめたんじゃないかな。

 だったら黙って足を動かしていよう。声を出して注意なんかされたら、変な空気になってしまいそうだし。

 そう判断して昇る事三階分。上への階段はもう一つあったけれど、黄色いロープに「立ち入り禁止」の札で封鎖されていた。

 扉を一つ抜ければ、長い廊下が姿を見せる。右側に等間隔で窓が並び、左側には扉が並ぶ。小さな机と花瓶なんかもあった。床には紅く硬いカーペットがずっと続いていて、壁も赤茶色で統一感がある。

 廊下全体に清潔な香りが満ちていた。窓からそそぐ光と相まって、綺麗な印象。なんというか……高級な、というか、高尚な、というか。ともかく、一介の人間だった俺が踏み込んでいい場所ではない気がした。

 

 中央辺りに、一際立派な扉があった。木製で両開き。ノブは金色。いかにも、といった感じ。

 その前に立った日向がコンコンとノックをするのにあわせて、どくん、と心臓が跳ねた。背中に嫌な汗が流れる。

 いつ以来だろう。こんなに緊張したのは。

 ……凄く最近、同じようになった事があった気がする。

 

「どうぞ、なのです」

「失礼する」

 

 中から少女の声で返事があって、日向がノブに手をかけ、扉を押し開けた。

 横並びに立ったこの位置からでは、中の様子は窺えない。だからこそどきどきしてしまう。

 スカートの後ろの端をちょいちょいと引っ張りつつ、朝潮が歩き出すのに合わせて、俺も歩き出す。

 いよいよ、提督とご対面だ。

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