島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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イベントボスの大安売りがあるんですって。


第十七話 覚醒する本能

 

「救援要請って?」

 

 叢雲の急な言葉に少々理解が遅れてそう問いかければ、彼女は俺に背を向けて足早に歩き始めた。聞こえなかったのだろうか。それとも、黙ってついて来いって事? ここに残れ? ……何か言ってくれなきゃ、何もわからない。振り返って夕張さんを見れば、彼女は険しい表情でこちらに歩み寄って来ていた。彼女も行く気なのだと察した。俺も動くべきだ。叢雲に、ついていくべき。

 でも、出撃って……救援要請って、どういう事? さっきの叢雲の動作――耳に手を当てていた――からするに、他の艦娘と通信を行った? 直接要請を受けたって事? でも、なんで叢雲に。

 わからない尽くしのまま叢雲の背を追う。白い背中は何も語ってくれない。

 

「勝手に出撃していいの?」

 

 理解できないまま進む事を嫌って、彼女に言葉を返してもらうために、まず重要であろう事を聞く。出撃するには、きっと提督の判断とかが必要なはず。もしかしたら、救援要請に応える場合はその必要はないかもしれないけど。

 

「……私の権限を(もっ)て出撃を認可する」

 

 少しだけ振り向いて横顔を覗かせた叢雲は、歩みを止めないまま、そう言った。

 権限。彼女には、その権限があるというのか。いや、問題はそこではない。だから彼女に誰かから通信がきて、だから彼女は出撃すると言った。俺はきっと、その編成に組み込まれたのだろう。

 そう判断した時に、「実戦経験はあるか」と彼女がこちらを見ないままに問いかけてきた。あります、と端的に答える。駆逐二人でリ級を倒した、などは言わなくて良いだろう。余計な話と切って捨てられそうだ。

 妖精の園の前に差し掛かった時、叢雲はその出入り口へと向かう先を変えた。小屋の壁が叩かれると、居眠りをしていた門番妖精さんが鼻提灯を破裂させて飛び起き、わたわたと腕を動かした。それで、出入り口の鍵を開けたらしい。ガチャリと音がした。

 敬礼をする妖精さんを放って、扉を開けてずんずんと進んでいく叢雲に、俺も慌てて続く。ちょっと妖精さんの扱いが悪いような気がした。……サボってたからかな。

 妖精の園に踏み込んだ俺は、わ、と声を出してしまった。塀に囲まれた中は、出入り口付近こそ人間サイズの壁があるが、前方に続く道の先にはミニチュアのような建造物が広がっている。レンガ造りの家や煙を上げる煙突付きの家なんかの傍に、妖精さんが出歩いている。全てが妖精さんサイズの様々な物が、ここにあった。

 ああいや、この石畳のような道は、よく見れば人間サイズのままずっと続いている。道の先、遠くの壁際に、黒く大きな建物があった。どうやら叢雲はそこを目指しているらしい。

 道すがら、石畳の両脇に走り寄ってきた妖精さん達がこちらを見上げ、敬礼の仕草をするのに緩く返していると、程なくして黒い建造物の前についた。どういった施設なのか見当がつかないが、中に入ればわかるだろう。鉄扉を開いて中に入る叢雲に続くと、薄暗い廊下が俺達を出迎えた。後ろの夕張さんが壁のスイッチを入れて電気をつける。この廊下は、数メートル先で左に曲がるようになっていた。それ以外には何もない。

 角を曲がると、少し先に階段があり、広い空間が見えた。工廠のような施設であるが、どこか見覚えのある部屋。向かい側に壁はなく、トンネルのように長く続いていて、遠くに光があった。

 

「……。近海を警備中の天龍水雷戦隊からの救援要請に応え、私を旗艦として緊急出撃するわ」

「え、でも」

「オッケー。敵は?」

「潜水カ級二隻、潜水ヨ級三隻、潜水ソ級一隻。うちカ級一隻は撃沈に成功とのこと」

 

 ……口を挟もうとしたけど、挟めなかった。武器がないのに、出撃するって、どういうつもりなんだ?

 俺の不安をよそに、横に並んだ夕張さんが「潜水艦ですって?」と驚いた様子で言った。

 

「近海に潜水艦が現れるなんて、何年ぶりだっけ?」

「今日振りね。ゴーヤさんが撃沈したのははぐれではなく偵察だったのかしら」

 

 ま、そんな事を考える意味も時間もない。そう話を切った叢雲は、光の方へ顔を向けた。

 

「準備は良い?」

「いくらでも積めるわよ」

「うん、大丈夫」

 

 何も大丈夫な事なんてないが、今ピリピリしている叢雲に物申す気にはなれず、夕張さんが叢雲の少し離れた横に並ぶのを見て、真似して、感覚を開けた場所に並んだ。そのまま、数秒。沈黙がおりて、不安が増大する間に明かりが弱まり、暗くなってきた。同時に、足下から向こうの光の方まで、床と天井に点々と電気が灯っていき、揺らめく水面を照らし出した。すぐ近くの床に『出撃』のパネルが青白く光るのを見て、ようやくこれがどういう事か、ここがどういう施設なのかがわかった。

 

「よし、出撃するわ!」

「軽巡夕張、出撃!」

「……!」

 

 横に並ぶ二人が一歩前に出て、さらに水面へと飛び込んで行くのを横目に見つつ、防護フィールドを纏って、二人の動作を真似して跳ぶ。タァン、と水面を爪先とヒールが叩く音。弾けた水滴が光となって落ちていく。どこかから、ビィー、と重く響くブザーの音。加速して滑り出せば、天井の一部がガコンと開いて、零れ落ちるように艤装が降ってきた。隣の二人を見ていた俺は、一瞬反応が遅れて取り損ないそうになったものの、両腕で抱える事によってなんとか落とす事だけは防いだ。叢雲や夕張さんと比べれば、随分と不格好なキャッチだ。少々羞恥を覚えつつ、三式だか九四式だかの爆雷投射機らしきものを、体のどこに取りつけるのか考える。手か、足か。形状的に取りつけるのは難しい気がする。こういう時こそ確認、と二人の方を見ようとして、再び天井が開いた。降ってくるのは、たぶんソナーだ。箱みたいなのを、今度はしっかりと片手で受け止める。爆雷と、ソナー。完全対潜装備だ。

 よろしく、と唐突に二つの意思を向けられて肩が跳ねる。艤装の妖精さんの意思。姿を見せないままの挨拶に、こちらこそよろしく、と小声で返す。なんだか、あんまり感じがよろしくないんだけど、なぜだろう。

 俺の艤装はこれでおしまいらしく、これ以降降ってくる事はなかった。夕張には追加で二個、叢雲には一個追加されていたけど、これはスロットの関係だろうか。どちらも改造済みなのだろう。俺はそうでないから、二つだけ、と。

 光の中を抜け、強い日差しの下に出る。反射的に細めた目をなんとか開けて、叢雲を先頭に一列に並ぼうとしている夕張さんの後ろに移動する。それから、とりあえずソナーを右腕に固定(できるか不安だったけど、なぜかくっついた)し、後ろ腰に爆雷を張り付けて、フリーになった両手を振りつつ走り、ほうっと一息ついた。こんな風に出撃するだなんて露とも思わなかった。いつか見た、吹雪がやっていたようなのとは違ってかなり簡素ではあったけど、なんかもう既にいっぱいいっぱいだ。あれ、毎回やるのかな。

 

「……。現在天龍率いる水雷戦隊の損害、睦月小破、響、天龍中破」

「対潜装備を持っているのは天龍だけよね」

「その天龍を残して響と睦月は戦線を離脱したようね」

 

 あの人は殿を務めているようね、と囁いた叢雲の声が、風に乗って耳に届いた。しんがり。敵の足止めをするあれか。……それって、かなり危険な状態なのでは? 敵は五隻で、中破している天龍が一人って、さすがに分が悪すぎる。たとえ天龍が高レベルだったとしても、多勢に無勢だ。

 

「状況は悪いと言えるでしょうね」

「……なら、なんでそんなに冷めてるの?」

 

 ふと零した言葉に、叢雲だけでなく夕張さんまで俺の方を振り向いた。……言い方が悪かったか。でも、あんまりに叢雲の声音がぶれないから、なぜ、と疑問に思ってしまったのだ。

 

「平静を失っても、速度は変わらないからよ」

 

 冷たく、少し尖った声。それは、最初に会った時からずっと変わらないはずなのに、なんでか異様に突き放したものに聞こえた。何かよくわからない感情が胸にせり上がる。なおも言い募ろうとして、夕張さんが俺の顔を覗き込むように見てきた。

 

「熱くならないで。叢雲ちゃんの言い方は刺々しく感じるかもしれないけど、でも、その通りでしょ?」

「それは、そう……ですが」

「冷静に、この先の事を考えて」

 

 諭すように、ゆっくりと、優しく。ザザザと重なる波を掻き分ける音の中で、髪を揺らせて俺と目を合わせる彼女の姿に、胸の中の何かが引いていくのがわかった。

 大丈夫、と夕張さんが笑う。

 

「天龍達の身を案じているのは私も同じ。叢雲ちゃんもこう見えて、内心大焦りなんだから」

 

 そう言われて叢雲の方を見れば、彼女は「何言ってくれちゃってんの」とでも言いそうな顔で夕張さんを見ていた。

 ……ああ、そうか。冷めてるなんて訳、ないか。叢雲も夕張さんも、改になってるくらいに何度も戦っているはず。常に死と隣り合わせの日々の中で、冷静さを失わないようになるなんて、考えればすぐにわかる事のはずなのに。

 俺には全然そういう経験がないし、その認識も……足りなかったから、わからなかった。だけど今は、理解できる。焦ってないだけで心配してるって事が。

 当たり前の話なのに、それを疑うなんて、自分で自分の神経を疑ってしまう。謝罪しようとすると、そっと口元に一本立てた指を寄せられた。謝罪は要らない、のジェスチャー。それよりもこれからの事を、という意味なのだろう。

 

「んんっ。……とにかく、最大船速で急行するわよ!」

 

 緊急出撃までしてあの人を沈ませたら、龍田さんが黙っていないわ、とよくわからない一言を付け加える叢雲に、どういう意味だろうと夕張さんを見上げれば、前を向こうとしていた彼女の顔が少し引き攣っているのが見えて、その意味も理解した。

 

『龍田だよ~。死にたい船はどこかしら~』

 

 薙刀片手ににっこり微笑む美人さんの姿を想像して、背筋を震わせた。怒らせてはいけない人だ。

 ふるふると頭を振ってリボンを揺らし、気を紛らわせる。それから、すぅっと息を吸い込んだ。

 

「ねえ」

「?」

 

 意識を切り替える。心も切り替える。俺寄りだった考えを、艦娘として、シマカゼとしての自分に移行させていく。

 

「天龍って人が大変で、急いで助けに行かなきゃいけないんだよね?」

「……そう言ったはずよ。なぜ確認するの?」

 

 意識して、ふっと不敵に笑う。不安や陰りなど一切含まない笑み。振り向く二人へ、自信を持って言い放つ。

 

「シマカゼなら、もっと速く走れる。すぐにでもその人達のところに行けるよ」

「なんですって?」

 

 おそらく俺がそう感じてしまうだけの、咎めるような声にも、笑みは消さない。

 

「ほら!」

 

 言った事を証明するために、隊列から外れ、全速力で走る彼女達を追い越して前に滑り出て見せる。後ろ腰で手を組んで振り返り、踵で波を裂きながら走る。二人共が驚いていた。緩く口を開け、目を開いて俺を見るのは、まさに驚愕しているという状態だろう。

 

「シマカゼが先行して、みんなを助けるから!」

 

 二本指を眉の上に当て、びっ、と叢雲へ差し向ける。じゃあね、のジャスチャー。ぽかんとしていた叢雲は、その言葉に気を取り戻したのだろう、怒ったような表情で、「わかったわ。行きなさい!」と俺の背を押した。……本当に行っていいの? 良いって言うなら、行くけど。

 

「無茶しないでね。すぐ追いつくから!」

 

 夕張さんに目を向ければ、彼女も後押しするように言ってくれた。シマカゼのスピードを認めてくれたって事だ。嬉しくって、心の底から笑う。それから、足の位置を入れ替え、水平線へと体を向けた。

 風を切って走れば、もう、誰も俺にはついて来れなかった。

 

 

 進む途中で進行方向がわからない問題に考えがいって、どうしようかと悩んでしまったけれど、撤退してきた響と睦月と擦れ違う事で向かう先を認識した。立ち止まって話すべきかと思ったけど、彼女達は俺が救援だとわかると、立ち止まる事なく横を通って行った。その際に、響から通信が入る。妖精を介したものだとなぜかわかった。自然と耳に手を当て、意思を受信する。天龍を助けて欲しいという、短いながらに切実な言葉。擦れ違う際に見た彼女達は、どちらも悔しそうにしていた。その想いを汲んで、さらにスピードを上げる。体中が強張るような負担があって少し辛いが、死ぬ訳ではないから大丈夫だ。

 

 数分もせず、遠方に人影を捉える事ができた。 紫がかった短い髪に、女性的なフォルム。近付くにつれてそれが――天龍が、ボロボロだというのがわかった。

 叢雲と似た頭部の謎ユニットが無事なくらいで、黒い制服も短いスカートも、中に着ている白シャツも、所々肌を覗かせるほどに破けていて、焼け焦げている部分もあった。黒煙を上げ、赤い光を灯す後ろ腰の艤装に変わってか、銀と赤からなる刀を片手に、周囲に潜んでいるのだろう潜水艦を相手にしているようだった。

 その彼女の数メートル前に、どういう意図を持ってか、潜水艦が顔を出した。水が滴るずっしりとした長い黒髪に、顔の下半分を隠すようなマスク。あれはカ級だったかヨ級だったか。たしか、カ級?

 

「む!」

 

 天龍が回避運動をとるように横へ移動し始めた、その後ろ。音もなくぬるりと敵潜水艦がもう一体出てきた。ヨ級。異形の口から上半身を出した女性のような怪物。それが、天龍の背を狙っているように見えた。

 やらせるか。頭を低くして、全力で駆け出す。海面を力強く蹴りつけ、前へ前へ走っていく。天龍が気付いていないという事に慢心しているのか、ヨ級がこちらに気付く気配は欠片もなかった。ただ、たぶん、カ級の方は俺に気付いたはず。でもその時にはもう、俺は空へと飛びあがっていた。体を丸め、膝を抱えて一回転。勢いの方向をヨ級へ定めて急降下キックを放つ。

 

「うぇえいっ!」

『――!?』

 

 気合い一声(いっせい)、伸ばした右足の先から突っ込んでいく最大速のキックは、俺に気付いたヨ級の顔を捉える――その寸前に、海の中へ潜られる事で、避けられてしまった。

 ザシャァア、と海面を擦って勢いを殺し、すぐに振り返る。ちっ、避けられるなんて!

 

「なんだお前!」

「救援!」

 

 カ級の方も、不意打ちが失敗したと見るやすぐに潜水してしまって、パッと見は、周囲に敵はいなくなった。俺の方に下がってきた天龍が、怪しむように声をかけてくるのに、同じ声量で返す。金色の一つ目がぎろりと俺を睨んだ。左目を覆い隠す眼帯のせいか、余計に怖い。

 

「新参が一人か。頼もしいな」

 

 にっと口の端を吊り上げる彼女に、私が来たからには、と返そうとして、ずいっと近付かれるのに、喋れなかった。肩を抱かれるように引っ張られて、強引に動かされる。

 

「ちょ、ちょっと、なに!?」

「ちっ、潜水艦と戦った事はないみてぇだな」

 

 痛いくらいに肩を掴まれるのに、腕を掴んで引き剥がせば、彼女はうんざりしたように「ほんとに頼もしいぜ」と言った。あ、それ、ひょっとして皮肉!?

 

「立ち止まるな。オレを気にするな。戦うってんなら敵にだけ集中しろ!」

「う、うん!」

 

 強い口調とは裏腹に軽く肩を押されて、さっきの行動の意味を知る。それは、そうだ。立ち止まっていれば良い的だ。ましてや相手は海中に潜む潜水艦だ。敵の姿が見えているならまだしも、相手の位置も動作もわからないんじゃ、攻撃の予兆を見て回避なんてできない。

 天龍の言う通りに弧を描くように動き出す。彼女は「借りてくぜ」、と俺の後ろ腰の爆雷を一つ抜き取ると、反対方向に移動し始めた。

 っとと、彼女を気にしてはいけないんだった。周囲に気を配りつつ、艤装の妖精さんに意思を飛ばす。潜水艦の位置を割り出す事はできるか。九三式水中聴音機の妖精さんからの返答は、『静かにするなら』だった。それって、止まれって事? そいつはちょっと無理な相談だ。そうしたら、俺も爆雷投射機で戦うしかないのかな。……てきとうに投げて当たるか? もう一つも天龍に渡してしまった方が良い気がする。

 

「避けろ!!」

「えっ、……!」

 

 爆雷投射機を気にしていたせいか、迫る軌跡に気付くのが遅れた。左斜め前。すぐ近くまで迫る魚雷に反応して、右へ体を投げ出す。その動作にどれ程の意味があるのか、傍を通った魚雷が突如として爆発を起こし、衝撃に飲み込まれた。

 幸い、跳んだ時の体勢が良かったらしく、体がめちゃくちゃに回転する、なんて事はなく、海面に顔面から突っ込んで、斜めに突き立つような体勢のまま数メートル滑ったくらいで済んだ。……海面は硬くて、打った鼻が痛いとはいえ、水は水。摩擦熱はなかったし、防護フィールドのおかげで濡れてもいない。……間抜けな姿を晒させてくれた敵への怒りは凄まじいけど。

 動き出しながら立ち上がる。どうやら移動は座った状態どころか、たとえ倒れていたって、海面と接していれば行えるようだ。ちゃんとした姿勢よりはいくらか速度は落ちそうだけど、そのおかげで、立ち上がる隙を狙ったらしい魚雷は避ける事ができた。ひょこ、と顔を覗かせてこちらを窺う潜水艦に、爆雷を手に取って振りかぶると、察知したのか、潜って逃げられた。……いや、それでは逃げられない。爆雷なら、水中の相手にも攻撃ができるはず――!?

 

「たわーっ!?」

 

 魚影のような魚雷の影を視認して、慌てて回避行動をとる。今度は逃げきれなかった。至近で爆発した魚雷の衝撃に、ごろごろと海面を転がってしまう。そのさなか、怒りに任せて海面を叩き、横回転しつつ跳び上がって体勢を整え、着地と同時に後方へ。魚雷が放たれたであろう方向に、顔を覗かせる潜水艦の姿。なんでわざわざ浮上してくるわけ? おちょくってんのか。

 そいつに向かって天龍が爆雷を投げ込もうとして、しかし途中でやめて横へ飛び込んだ。ごろんと転がって立ち上がる天龍の横を魚雷が通り過ぎていく。あんなに近くを通っているのに、爆発しない……?

 その事を不思議がっている場合ではない。今魚雷を放ったらしき敵が、海面を盛り上がらせて姿を見せた。ヨ級でもカ級でもない、見た事のない潜水艦。小さな異形をの上顎から上を、まるで帽子のようにかぶっている。……奴が潜水ソ級? カ級、ヨ級、ソ級といるはずだから、それしか該当しない。おそらくそうなのだろう。

 二匹の異形を片腕に抱えたソ級は、こちらが翻弄されているのを嗤うように揺れると、再び海の中へ消えていった。

 

「くっ!」

 

 また一本、近くで起こった魚雷の爆発に吹き飛ばされて、海面を擦って後退する。傷などは負ってないけど、ただただ避けるだけしかできていない事に歯噛みする。救援に来たのに、なんにもできてない。それが悔しかった。

 顔を出すカ級に攻撃を加えたくても、別方向から放たれた魚雷を避けている間に潜ってしまう。その後に現れた奴も、その後の後に現れた奴も同じ。これでは、敵の魚雷が切れるまで延々この状況が続いてしまう。それを打開するには、叢雲達の到着を待つか、倒すしかない。

 

「……ふぅー」

 

 倒す。こんなに多い相手の攻撃の隙をどう突くか。

 それはもう思いついた。でも、結構危ない橋を渡る事になる。

 やらなくたって、叢雲達がくれば劣勢からは脱する事ができるかもしれない。それを待たずにやろうと思ってしまうのは……一方的に撃たれて頭にきてるのもあるけど……どうしても。

 どうしてもこのシマカゼが、奴らを倒したいからだ。

 助けに来た。だから助ける。じゃなきゃ、俺の気が治まらない。

 

「頼んだよ、妖精さん」

『任せて』

 

 ソナーの妖精さんに一声かけ、ブレーキをかけて、その場に止まる。爆雷を投射機に差し込み、手を払う。

 息を吐き、腰を落として、『静かに』する。両手は前に。ゆっくりと広げて、左腕は肘を腰につけ、右手は体の中心、顔の高さの、その前方へ。目を閉じれば、風が海の上を通る音や、海面を滑る人の音、それから、僅かな息遣いがはっきりと聞こえてくる。

 どくどくと心臓が脈打つ音の中に、妖精さんの意思が混じったのは、その時だった。

 

「!」

 

 ソナー妖精さんの示した右へ顔を向け、構えはそのままに体も向ける。すぐさま、前へと跳躍。真下へきた魚雷を飛び越えようとした瞬間に、また魚雷が爆発した。爆雷妖精さんがジャンプの瞬間に落とした爆雷もまた、連鎖して爆発する。その衝撃を推進力に、跳び蹴りの体勢に移行していた俺は、全身矢のように放たれた。今まさに、海上へ頭を出したヨ級に向かって。

 

『――!!』

 

 足裏が顔に突き刺さった瞬間には、もう突き抜けて海面を擦って着水していた。ザアア、と波が立ち、水煙が巻き起こる。それらは、背後で起きた爆発と爆風で晴らされた。

 まずは一体。立ち上がり、振り返ると同時に急加速。視界に入った、おそらくは天龍への雷撃の後に出てきたであろうカ級目指して、最高速で突っ込んでいく。キックで仲間が倒された事に呆けているのか、こんなに大胆に向かっているというのに向こうの動きがない。その隙を狙う。悪いけど、敵のアクションを待ってやるほどお人好しじゃないんでね。

 駆けて駆けて、姿勢を低くし、スライディングの要領で海面に滑り込んでいく。はっとしたように潜ろうとするカ級の首に足先が突き刺さった。そのまま顎をぐいと蹴り上げ、勢いのまま体ごと持ち上げてやる。灰色の体がずるりと引き出され、駄目押しに反対の足で蹴りつければ、ついに全身が外へと出てきた。

 カ級を暴き出すために勢いの全てを使ったために、その場で立ち上がり、ジャンプして、思い切り足を振り抜く。頬を打ち据えた勢いのまま半回転。カ級に背を向けて海に下り立つ。それから、歩き出した。

 ボチャンと重い物が落ちる音。やがて海面が盛り上がり、波と大粒の水滴を撒き散らした。よし、倒せたみたい。

 残りはカ級とヨ級とソ級が一体ずつ。二対三。敵の数が減って余裕が出てきたためか、まだ魚雷を打った後に姿を現すという不可解な行動をするヨ級が、潜りざまに天龍の投げた爆雷の餌食になった。これで、あと二体。

 でも、今ので爆雷は品切れだ。キックだって、そう簡単には当たってくれないだろう。実を言えば、さっきの無茶なキックで小破してしまったみたい。機動力がほんの少し落ちているのがわかって、眉を寄せた。よっぽど隙を突かなきゃ、攻撃を当てるのは難しくなっただろう。

 敵は減ったのに、打てる手が無くて避けるだけしかできない。そして、天龍の方は完璧に魚雷を避けられるのに対して、俺はどうにも読みが甘いのか、避け方が悪いのか、魚雷の反応範囲から逃れられずに少しずつダメージを受けてしまっている。このままじゃジリ貧だ。

 ――いや、どうやらそうでもないらしい。

 

「お待たせ!」

「沈みなさいっ!」

 

 いつの間に来ていたのか、叢雲と夕張さんが横並びになって滑ってきていて、そのまま一斉に爆雷を放った。もちろん、艤装からだ。五つも六つも飛んで行った小さなドラム缶みたいな爆雷は、海中に逃げ込んだ二体を一気に撃破してしまった。……あんなにあっさり。

 二人は俺の横までやってきて、夕張さんが「今ので終わり?」と聞いてきた。頷けば、ふう、と一息。

 

「あんたらか。助かったよ」

「礼には及ばないわ。さっさと帰投するわよ」

 

 砕けた敵潜水艦の艤装が浮いている方を眺めながら滑ってきた天龍が、緊張を解いたように緩く笑んで、叢雲に礼を言った。つんとして切り捨てられたけど。

 

「チビ共は無事か?」

「……ええ。あなたが逃がした時のままよ」

 

 腰の鞘に刀を収めながら、天龍が響達への心配を口にした。彼女達も天龍を心配していた。……浅くない信頼が窺えて、なんだか体がむず痒くなってしまう。

 その天龍が今度は俺を見て、ついでにこっちに歩み寄ってきた。

 

「よう。お前さん、無茶な戦い方をするな」

「……そうかな」

「ああ。戦いのイロハがなってねぇな」

 

 あはは。駄目だし食らってる。

 仕方ないか、あんな風に戦ってたんだから。

 

「だけど筋は悪くない。鍛えりゃ相当使えるようになりそうだ」

「どうも」

 

 ……褒められてるのか? これ。……褒められてるんだよな。

 素直に喜んどこう。

 

「無茶したのね。……でも、よく頑張ったわ。偉い偉い」

 

 夕張さん(こっち)はストレートに褒めてきた。えらいえらいと頭を撫でられたんだけど、えーと、すっごく微妙な気分です。いや、嬉しいと言えば嬉しいんだけど、頭を撫でられるような年ではないので……気恥ずかしいというかなんというか。

 あ、妖精さんもありがとうね。

 ソナー妖精さんと爆雷妖精さんを労えば、弾んだ調子の意思が返ってきた。あれ、最初と比べて、なんだか気安い感じ。

 戦いを通して信頼を勝ち取れたとか、そんな感じかな、なんて考えていれば、叢雲が鋭い目つきで遠くを見ているのに気付いた。同じ方を見ても、水平線しかない。……いや、ずっと向こうの方に、黒い点々がある気がする。

 

「……! 十二時の方向に敵影確認! 軽巡一、駆逐三!」

「うそ、こんな時に……!」

 

 どうやら新たな深海棲艦のお出ましらしい。ただ、今度は潜水艦じゃなくて、軽巡率いる水雷戦隊のようだ。……敵影確認、でかなりドキッとしたけど、なんだ、弱いのばっかだね。

 

「撤退は……間に合わないわね」

「置いて行っても構わねぇよ」

 

 艦隊の損傷具合から判断を下す叢雲に、シャッと刀を引き抜いて構える天龍。……そうか、みんな今、対潜装備しかないんだ。だからただの水雷戦隊相手でもかなり険しい表情してるんだ。

 ……あれ、でも俺、艤装使わなくてもあれくらいなら倒せるんだけど。実際島にいた時はやってたし。……ノーコンだからね、体一つで戦うしかなかったのだ。

 現在小破しているけど、それでも軽巡一隻だけなら潰せる。そう自信を持って言える。……残った駆逐三隻に狙い撃ちにされて終わりそうな気もする。朝潮がいれば話は違うんだけど……ああいや、誰か一人でも砲撃で援護してくれたなら、やっつけるのはそう難しくなかったはず……って、だからみんな険しい顔してるのか。

 ようやっと事態をのみ込めて、背中に冷たいものを感じていれば、敵影はぐんぐんと近付いてきて、もう目を凝らさなくても何級かまでわかるくらいになっていた。なんか一番右の……ちょうど俺の直線状の駆逐が赤く光ってる気がするんだけど、あれってひょっとして上級種(elite)では……。

 

「まだ少し爆雷が残っているわ。受け取って」

「ありがとうございます」

 

 夕張さんが手渡してきた爆雷を投射機にセットし、それから、叢雲の指示に従って後ろに下がる。梯陣形。損耗の無い叢雲と夕張さんを先頭に突撃して、至近から爆雷を当てて一気に決めるつもりらしい。現状とれる手は多くない。斜め後ろに立っている天龍も、かなり消耗しているらしく、息が荒い。さっきはそう見えなかったのに、我慢していただけなのだろうか。

 

「さあ、行くわよ!」

「たまには一種類の武装で戦うってのも、いいかもね!」

「……!」

 

 自身を鼓舞する言葉を発しようかと思ったけれど、咄嗟に思い浮かばず、天龍同様無言で滑り出す。白く立つ波を蹴散らし、敵艦隊へ突撃。巨大なイ級eliteがまっさきに口内の砲身を俺に向けてきた。俺狙いか。お目が高いね。後ろ腰に手を伸ばし、爆雷を握る。大丈夫! と爆雷妖精さんの意思。……うん、大丈夫。奴の攻撃なんて避けてみせる。そして、仕留めてみせる。

 単横陣で向かってくる敵艦隊との接敵まで残り僅か。他の敵艦もそれぞれ砲を動かし始める。イ級eliteの砲身はぶれずに俺に向けられているままだった。すぐには撃たず、確実に当てようとでもしているのか、生意気な。

 

「消えろっ!」

 

 叢雲のかけ声と共に、爆雷を投射しようとして、海面が膨れ上がった。腹に響く爆発音が連続で鳴り響き、水柱が高く立つ。真っ二つになった船体が宙に舞い上げられ、ばらばらに砕けたものと混じって飛び散る。

 

「……!?」

「な、え?」

 

 困惑の声は、誰のものだったのか。まさに今砲撃してこようとしていた敵艦隊は、瞬き一つ分の間に粉々になって、海面を漂っている。

 今のは、いったい……?

 

「やりぃ! 深雪様が一番だぜぇー!」

「大丈夫ですかーっ!」

 

 やたら元気な声と共に、遠くからこちらへ向かってくる人影があった。どうやら味方の援護があったようだ。全体で減速して泊まり、一息つく。危機が去って、どっと疲れが圧し掛かってきた。叢雲なんかは、「あっぶないじゃない、びっくりした……」なんて呟いていた。……あれ、疲れとは関係ないな、これ。

 

「どうやら間に合ったみたいね。……酷い怪我」

 

 由良を先頭に、深雪と五月雨が続いて目の前へとやって来た。心配された天龍は、頭の後ろを掻きつつ、ああ、まあ、助かった、とどこかやりきれなさそうに言った。……二度助けられた事に、思うところがあるんだろうな、たぶん。

 さて、天龍水雷戦隊の救援に駆けつけた俺達だったけど、逆に窮地に陥り、由良水雷戦隊に助けられてしまった。それはとてもありがたい事だけど、あまり格好良くはないな。格好良い悪いで生死を決めたくはないけど。

 

「ちょうど海上護衛から戻ったのね」

「ええ。戻るのが少し遅れちゃったけど、結果的にはそれが良い方に作用したみたいね。……余計だったかな」

「いいえ。危ういところだったから助かったわ。ありがとう」

 

 旗艦として改めてお礼を言う叢雲に、由良は控え目に頷いて、間に合って良かった、と言った。

 

「なぁ、なんか見ない奴がいるな」

「叢雲さんといるって事は、凄い人なのかなぁ」

 

 ……五月雨と深雪がこしょこしょと内緒話をしているみたいだけど、聞こえてる聞こえてる。……凄い人? ……叢雲が?

 ああ、出撃を認可できる立場にあるって、相当凄いのかも。かもじゃなくて、凄い、か。

 でも、そんな権限を持っている叢雲には、色々と訳があるみたいで……。

 あー、気が抜けたせいか、気にしないでおこうと思っていたものが色々と気になって仕方ない。

 むぐむぐと唇を動かしていれば、俺達は彼女達と共に帰投する事になった。まともな武装を持っている彼女達に守ってもらう形になる。

 ……ううん。なんか、締まらないな。仕方のない事だけど。

 先を行く彼女達の後ろで、ちょっぴりブルーになったりした。





ソニックペネトレイト
(不発)

トルネイドブレイク
(必殺キック技)

スプラッシュラッシュ
(キック技)

深雪スペシャル
(魚雷)
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