島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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第二十一話 帰りたくない、会いたい

『向こうは君をすぐにでも引き取りたいと言っている。俺としても、君をすぐに帰してやりたいと考えている。だがこちらの都合で、少し時間がかかってしまう。明日の夕刻までにこちらの準備をしておくから、君も心構えをしておくといい』

 

 ゆっくりだったか、矢継ぎ早だったか、言葉の速さが曖昧になって頭の中を流れた。

 何も答えない俺に提督は一方的にそう告げて、退室を促した。仕事が多くあるのだろう。提督の立派な机の横に置かれた、背の低い二つの机についた電と龍驤が、山のような書類をせっせとやっつけ始めていた。

 突然に――というのは語弊があるかもしれないが、突きつけられた現実を受け止めようとしている間に執務室を後にしていて、気がつけば、食堂にいる吹雪と夕立の前まで戻ってきていた。

 

「おかえり、島風ちゃん」

「怒られたっぽい?」

 

 ほとんど食べ終わっている二人のお皿を眺めていた目を、二人の中間あたりに向ける。

 数秒、吹雪も夕立も黙って俺の言葉を待っていた。

 

「……所属が判明したんだって」

「所属?」

 

 聞き返してくる夕立に、そういえば、そこら辺の説明はしていなかったな、と思い出した。

 数日の間しかここにいられない可能性。そんなの、彼女達と話している間は忘れていた。

 席を引いて、どっかりと座る。体が強張っているような、力が入らないような、不思議な脱力感。きりきりと脳の後ろ側が痛んでいる。

 よくない気持ちが足先から上の方へ這い上がっていく悍ましい感覚を無視して、二人に俺の立場を話す。

 

「それで、今日所属がわかったんだね。よかったね、すぐ帰れそうで」

「……そうだね」

「んー……なんだか顔色悪いっぽい。どうしたの?」

 

 笑いかけてくれていた吹雪は、夕立がそう言うと、俺の顔をまじまじと見つめて、大丈夫? と気遣うふうに聞いてきた。

 

「その……もう一つ、あって」

「?」

 

 その鎮守府の記憶がない。

 前にどこかにいたという記憶はなく、ここが初めての鎮守府なのだと彼女達に話す。

 

「記憶喪失? ……だから、そんなに不安そうにしてるっぽい?」

「うん。……不安なんだ」

 

 夕立の言う通り、俺は、俺の知らない島風を知っているだろう鎮守府に行く事を不安に思っている。

 それは、俺が島風でないと判明してしまう事に対してでもあるし、単純に、未知なる場所への不安でもある。

 ……いや、不安というより、怖いのだ。

 あの島とこの鎮守府の外側は、暗く塗り潰されていて、世界などどこにも広がっていないのではないか。

 そんな事あるはずないのに、そう思ってしまう。考えてしまう。

 この場所を離れれば、俺という存在が綺麗さっぱり消えてしまうのではないかという恐怖も、同時に抱いていた。

 それらがいったいどこからくるのか、まるでわからない。

 ここを離れたくないという気持ちに理由付けしているだけなのかもしれない。

 ……もし俺がどこかの鎮守府に所属していたなら、そこに行くしかないだろう、なんて思っておいて、いざ本当にそうなるとこれだ。

 正直、ここでないどこかになんか行きたくなかった。

 一日二日でそれ程大きな愛着がわいているという訳でもないが、それでも……。

 

「……帰りたくないっぽい?」

「……ここが、島風ちゃんにとっての初めてだから?」

 

 食堂の中にある僅かな騒めきの中で、二人が静かに問いかけてきた。

 頷けば、それきり吹雪も夕立も黙ってしまう。

 行きたくない、帰りたくない、なんて、ただのわがままだ。

 でも……。

 

「せっかく吹雪ちゃんや夕立ちゃんと仲良くなれたのに、もうお別れだなんて……」

「それは……あたしも寂しいっぽい。吹雪ちゃんや島風ちゃんと一緒にお菓子パーティしたの、すっごく楽しかったっぽい」

「私も……。でも、島風ちゃん。元いた鎮守府に帰ったら、きっとすぐに不安は晴れるよ。だって、元々島風ちゃんのいた鎮守府でしょ? みんな、すぐ仲良くしてくれるよ」

 

 だから、大丈夫。

 明るい笑顔でそう言い切る吹雪に、俺も自然と笑ってしまった。

 そんな風に言われると、ほんとに大丈夫だって気がしてくるから不思議だ。

 

「吹雪ちゃんって、なんか……凄いね」

「……凄い? 私が?」

 

 きょとんとした吹雪は、次にはぶんぶんと両腕を振って「そ、そんな事ないよ!?」と否定した。

 そんな必死になって否定しなくてもいいじゃん。動作が大袈裟で、ちょっと笑ってしまった。

 

「そうかなあ? 凄いと思うんだけどな」

「その凄さ、吹雪ちゃんは自覚なしっぽい」

「え、なに? なんの話なの!?」

 

 俺達が、吹雪の何を指して凄いと言っているのか、どうやら彼女にはわからないらしい。

 あの「大丈夫」と笑顔は素なのか。いやまあ、吹雪が計算してやっているなんて想像もつかないんだけども。

 

「吹雪ちゃん、大丈夫だよ」

「そうそう、大丈夫っぽい」

「だから何がなの!? 教えてよぅ~」

 

 あ、へたった。

 机の開いてる部分に伏せて微妙に頭を震わせる吹雪に、夕立と顔を合わせて、くすりと笑った。

 

 

 一度部屋に戻ってきて、丸テーブルを囲んで座る。

 

「ぽぽぽい。第一回島風ちゃん作戦会議っぽい~」

「私、お茶いれるね」

「お願い」

 

 わーぱちぱち、と手を打つ夕立を横に、吹雪と言葉を交わす。

 作戦会議ってなんだろうね。いつの間にそんな話の流れになってたのかな。

 

「ずばり、島風ちゃんは鎮守府に帰りたくないっぽい?」

「それは、そうだけど。……でも、もう大丈夫。吹雪ちゃん見てたら、覚悟できたから」

「え? なあに?」

 

 正確には、吹雪ちゃんの笑顔を見てたら、だ。

 似てるんだ、吹雪は。いつでもどこでも、とびきりの笑顔。そんな姉さんに。

 顔だけ振り向く吹雪に、なんでもないよ、と手を振ってみせる。電子ポットを弄っていた吹雪は、そう? とだけ言って、手元に視線を戻した。

 

「……第一回島風ちゃん作戦会議はこれにておしまいっぽい」

「……なんだったの?」

 

 なぜか唇を尖らせて不満気にしている夕立に問いかければ、別になんでもないっぽい、とそっぽを向かれてしまった。……作戦会議の体をなしてなかったからへそを曲げたのか、それともすぐに終わってしまったのが気に入らなかったのだろうか。

 

「あ、でも」

「なになに? お悩み相談っぽい?」

 

 わ、反応速い。気のせいか目を輝かせて顔を寄せてくる夕立に、少しずつ背を反らしながら、思い浮かんだ言葉をそのまま口にしようとする。

 別の鎮守府に『戻る』事への不安はかなり収まったけど、もう一つ、心配事というか、気掛かりがあるのだ、と。

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがと」

 

 ことんと目の前に湯呑みが置かれる。白く立つ湯気越しに吹雪にお礼を言い、彼女が夕立と自分の分をテーブルに置いて腰を落ち着けるまで、いったんお話はお預け。

 

「それで、どうしたの?」

「うん、鎮守府に戻るのは明日の夕方頃らしいんだけど……」

 

 その前に、朝潮と話がしたい。

 俺の言葉に二人はきょとんとして、それから、「じゃあ、朝潮さんの所に行く?」と聞いてきた。

 

「あ、や、でも、部屋に押しかけるのは迷惑じゃないかな。お昼の時とか、夕飯の時とかに食堂ででも……」

「でも、話したい事があるなら、今すぐ行った方が良いっぽい」

「ふふっ。朝潮さんとお話したいけど、勇気が出ないんだね」

 

 いや、勇気が出ないというか……。

 ……あー、吹雪の言う通りかもしれない。

 ここに来てから、朝潮と言葉を交わしてないから、どういう風に顔を合わせればいいのかを忘れてしまった。変な話だけど、そうとしか言いようがないのだ。

 

「ひょっとして、島風ちゃんが最初に会った艦娘は朝潮っぽい?」

「……うん、そう。ええと……一緒に、この鎮守府まで来て。あ、それまでも、何日か一緒で、力を合わせて戦ったりしたから」

「重巡を倒したって言ってたよね。島風ちゃんの方がよっぽど凄いよ。私なんか、まだ深海棲艦と戦った事ないんだよ?」

「あたし達、演習しかした事ないっぽい。はやく実戦やりたいっぽい~」

 

 むくー、と頬を含まらせる夕立。吹雪が赤城さんに憧れているみたいに、夕立にも憧れている人がいて、だから、早く強くなりたいんだと昨日話していた。

 その憧れてる人、というのが演習で見た夕立改二だというのだから、なんというか……まあ、うん。

 

「そういえば、午後は二人とも予定はないの?」

「午後は、出撃とか、遠征とか、演習とか、いっぱいあるんだけど……私達はまだ新人だから、やる事が無くて」

「午後はもっぱらお茶してるっぽい。時々トレーニングルームに行ったり、予習と復習をするっぽい」

 

 露骨に話題を逸らせば、二人共すぐに乗ってくれた。

 予習と復習……夕立はちゃんとやっているのだろうか。宿題忘れの常習犯というイメージがあるのだが。

 

「そんな事したら拳骨じゃすまないっぽい」

 

 何を言ってるんだ、と膨れる夕立だけど、苦笑している吹雪を見れば、たぶん以前にやらかしてるんだろうな、と予測できてしまったので、うんうんと頷いておいてあげた。

 

「それで、島風ちゃんはどうするの? 朝潮さんに会いに行く?」

「会いたい、けど……」

「そんなに会い辛いっぽい?」

「うん……」

 

 俯きがちに答えれば、たしかにその様子だと、すぐには無理っぽい、と夕立が肩を竦めた。

 湯呑みを手に取り、息を吹きかける。(ふち)に跳ね返って戻ってきた熱い吐息に顔を離しつつ、だから、夕ご飯の時に食堂で会うつもり、と言った。

 

「ほんとは、朝か昼に会いたかったんだけど……」

「むむ。あたしのせいっぽい?」

「そういう訳じゃないよ。私の勇気が足りなかったせい、だから……」

 

 夕ご飯の時に、食堂で。

 朝潮と話す。今、そう決めた。

 

「もしかしたら、もう話せなくなるかもしれないからね」

「…………」

「ん? どうしたの、吹雪ちゃん」

「え? あっ、ううん、なんでもない! なんでもないよ!」

 

 拳を握って決意していると、何やら吹雪がぼうっとして俺を見ている事に気付いた。どうしたのかと聞けば、手を振って「なんでもない」の一点張り。……すっごく気になるんですけど。

 

 そんな事を気にしていたせいか、それとも話がシフトして盛り上がってしまったせいか、夕ご飯を食べに食堂に行っても、朝潮に会う事はできなかった。

 ……直接部屋に行くべきかなあ。それはちょっと、心理的抵抗があるんだけど……。

 そんな事を考えつつ、シャワーを浴びに行って、戻ってきたら、三人でトランプをやって就寝の運びとなった。

 種目はババ抜きだ。吹雪ちゃん弱い……。顔にすぐ出る人、初めて見た。

 叢雲も誘ってみたんだけど、やらないの一言でバッサリ切られてしまった。今日も布団に潜り込むのが速い叢雲。彼女とも仲良くなれれば良かったな。

 ……ここを離れてしまうのだから、仲良くなっても、余計辛くなるだけか。

 

 明日こそは、ちゃんと朝潮と話せますように。




したいのに、先延ばしにする。
不思議な心理。

※ 追記 ※

さらっと嘘予告になってたの意図せずです。許して。
次回、一航戦赤城、登場。
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