島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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第二十四話 戦・艦・大・和

『こっちにきて』

 

 姉さんの声が、水底に響く。

 揺蕩う青と揺らめく水面。

 浮き上がろうとする手はぐにゃぐにゃとぶれて、薄く開いた視界はほんのりとした明かりしかなく、その光も、あってないようなもの。

 

――こっちにきて。

 

 ……聞こえる。俺を呼ぶ、姉さんの声が。

 行かなくちゃ。

 俺、行かなくちゃ。

 

 指先が震える。海のうねりに揺さぶられて、左右に揺れる。

 腕に力を込め、爪の先まで伝えて、一本一本、指を順に折りたたんでいく。

 背に、腰に、足に。

 伝播する力が体を動かし、不明瞭な視界のまま、体を起こそうとする。

 

 こっちに来て。

 

 遠く、高く。

 水面に映る誰かが、ずーっと遠くで何かを言った。

 それが何かわからなくて、それが何かを知りたくて、起き上がろうとしていた体から力を抜く。

 背中に触れる柔らかなクッション。視界の端に伸びる緑色の塊。きっとそれが、俺が今、背を預けているモノ……。

 ひんやりとして、つめたくて、きもちいい……。

 

 ちゃぽん、と、耳の奥に水音が響いた。

 一粒の水滴が湯船に落ちた時のような、雨の降り始めの中で、ふいに鮮明に聞こえた雨音のような、そんな小さな音。

 ぼやけた天蓋から、誰かが下りてくるのが見えた。

 腕も足も広げて、長い髪もゆらゆらと(おど)らせて。

 金色に似たきらめきが降り注ぐ。

 やがてそれは、俺に覆いかぶさるように、この海底へとやってきた。

 ……鏡?

 落ちてきたのは、鏡……なのだろうか。

 俺にそっくりの女の子が……俺の腕を押さえ、クッションへと押し付けた。

 近付いた顔は一部分のみがはっきり見えていて、長いまつげだけが鮮明に見えて。

 もっと近くで見たい。それが何かを確かめたい。

 誰かの体を押し退けようとして、だけど、跨られた両足や、絡めとられた指に窮屈になって、細く息を吐いた。ボコボコと白く泡立つ空気が海面へと(のぼ)っていく。

 生き物みたいに上へ伸びる俺の髪が、覆いかぶさる少女の髪と混じる。

 

『――――』

 

 視界の端に、泡が零れていくのが見えた。

 ……混じり合うように、少女の声が透明に響く。

 

 なんて言ったのか知りたいのに、気になるのに……こうして重なり合っていると、温かくて、心地良くて、どうでもよくなってしまう。

 ……ずっと、ここにいても、いいかな。

 目元に覆いかぶさった手が視界を暗闇で塗り潰す。

 そっと、唇に触れるものがあった。

 

 

「……ん」

 

 浮遊感に襲われて、覚醒した。

 薄目を開けてベッドの板を眺めて、なんとなく、その先に叢雲の姿はないのだろうと直感した。

 ……それはたぶん、俺が起きたのが扉の閉まる(かす)かな音を聞いたから、だからだと思う。

 体の位置を少し動かすと、首元に寄りかかっていた連装砲ちゃんの末妹(?)……砲ちゃんが胸の上に転がり落ちてきた。慌てて手で支える。……腕に抱けるサイズの砲ちゃんとはいえ、艤装は艤装。結構重いし、四角くて角があるから、胸が痛くなってしまった。

 知らず俺の顔を歪めさせた小さな兵器は、すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてている。これを起こすのは忍びない。なので、そっと枕の横に埋めて、腕をついて体を起こした。

 ギシリとベッドが鳴る。暗い部屋の中、隣の二段ベッドに目をやれば、こちらに顔を向け、片腕を枕にして眠る吹雪の輪郭と、床にうつ伏せになって死んでいる夕立の姿が見えた。……朝寝坊しないように起きていようと何かして、失敗して落ちたのだろう。ベッドの上に戻してあげなきゃ。

 ベッドの足側で寝ている連ちゃんと装ちゃんを起こさないように静かにベッドを抜け、夕立の前にしゃがみ、さらさらの金髪に隠された頭をつんつくとつついてみる。

 ……反応なし。完全に寝てます。

 

「夕立ちゃん……起きて、夕立ちゃん……!」

「んぅ……」

 

 肩を揺すって声をかけてみるも、返事をしたのは吹雪だった。起こしてしまったかと顔を見れば、良い夢でも見ているのか、へにょっとした笑みを浮かべていた。よだれ垂れそう。……というか、凄いだらしない顔……。こちらも起きる気配はなし。

 ええと、仕方ない。床で寝させ続ける訳にもいかないし……よっ、と。

 うつ伏せの夕立の脇の下に手をいれて抱き起こす。……自分以外の女の子って、なんでこんなに柔らかく感じるんだろう。なんてくだらない事を考えつつ、夕立の頭が俺の肩に乗るように抱っこして、立ち上がる。寝息が首筋にかかってくすぐったい。

 ……持ちやすいやつ……俗にいうお姫様抱っこをしようと思ったのだけど、力が足りなかった。結構重い。……そう、人間は結構重いのだ。夕立が特別重いと言っている訳ではない。

 落とさないように両腕でしっかりと抱えているために、手が空いておらず、はしごを上るのに少し難儀した。はしごが急な段差でない事が幸いして、なんとか上に上がり、夕立を寝かせる事ができたけど、着替えるために引き出しに向かって、島風の服を取り出している時に、(あ、生体フィールド纏えば良かったんじゃん)と思い至ってしまった。……いや、うん。使うまでもなかったんだよ。そうそう。じゃなきゃ俺が馬鹿みたいじゃない。

 そういえば、『防護フィールド』と俺が呼んでいた艦娘を守る不可視のバリアー……それの正式な名前が生体フィールドなのだと、こないだ授業で習った。

 受けた衝撃を体全体に広がらせて発散させる不思議な力。それで、どれ程の攻撃を受けても身体的欠損は早々起きないらしい。代わりに、衝撃を受けすぎると、まず服が耐え切れずに破けてしまうのだとか。もちろん一度に強い衝撃を受けても同じ。

 体に傷ができるのは、よっぽどの事がない限りないらしいけど、しかし艦娘自身の体調や気持ちに左右されるこの障壁は、時にとても脆く、傷つきやすい艦娘もいるという話だった。

 

 着替えを終えれば、寮の外に出る。

 最近日課にしているランニングをするためだ。

 朝は早くに目が覚める事が多く、そのままおめめぱっちりな事もまた多いから、なんとなく始めてみた。

 どこかの吹雪を真似しての事だったんだけど、これが中々気持ち良いのだ。

 風を感じるのは、好き。

 体の全部が風と一体になり、意識までもがスピードの世界に溶けていく。

 その歓びは筆舌に尽くしがたい……というほどではさすがにないけど、気持ち良いのはたしかだ。

 だから今日も、こんなに薄暗い時間から外を走る。

 コースは、艦娘寮から始まって夕張さんの工廠の前を通り、海に出て、そのままぐるーっと回って来て明石の工廠の方まできて、寮に戻るというもの。

 何メートルくらいだろう。1500mは越えてると思うけど。

 まあ、距離や時間は関係ない。走れればそれで良いのだ。ルームランナーは駄目。景色が流れないし、風も弱い。体は熱くなるけど、心は熱くなれないのだ。

 潮風が頬を撫でる。港は静かなものだった。遠くからコーンコーンと不思議な音が聞こえてくるくらいで、後は、風と波の音だけ。

 

 逢魔が時、という言葉がある。

 日暮れの、暗闇が押し寄せ、魑魅魍魎と出遭うと言われる時間帯。

 今は、その反対だ。

 日が昇る前のこの時間帯は、どこか幻想的で、光の押し寄せるその瞬間までは、何か綺麗で小さなものに出会えそうな、心を浮つかせる時なのだ。

 ……ちょっとロマンティックすぎるかな。

 走っている時は考え事が捗るから、吐き出す息の合間に、そんな変な事を考えてしまう。

 高い空に流れる黒い雲を見上げ、無心で走ろう、と思った時だった。くしゅん、と可愛らしいくしゃみの音が聞こえてきたのは。

 それはちょうど今しがた過ぎ去った場所から聞こえてきて、でも、足を止めて振り返っても、そこには誰もいない。すぐ横は建物や雑木林か、はたまた地面が途切れて波を打ち寄せる海になっているかだ。

 ……人の気配はある。ぐす、とぐずつく声も聞こえた。いったいどこから……?

 

「……あ」

「――っ」

 

 音の出所を探して地面の端まで歩み寄った俺は、その下に長方形の足場があるのを見つけて、ついでに、銀色の頭も見つけた。思わず声を漏らした俺に気付いた叢雲は、はっとして俺を見上げると、腕で目元を拭って立ち上がり、睨みつけてきた。

 ……そんな睨まなくても。

 

「よっ、と」

 

 ぴょんと飛び降りて、意外と広い足場に立つ。ああ、立ってても、壁に張り付いていれば上からじゃわかんないな。

 

「……なんで下りてくるのよ」

「こんな段差があったんだ。秘密の場所?」

 

 明らかに俺を鬱陶しく思っているだろう叢雲の言葉をあえて無視して、笑いかける。

 別に、そんなんじゃないわ、と顔を背けられた。

 こう薄暗いとあんまりよくわからないけど、綺麗な夕日色の瞳は、今は僅かに濡れている……気がする。

 

「…………」

「…………」

 

 やばい。

 高揚した気分のまま下りて、フランクに話しかけてしまったけど、我に返れば俺はこの人が苦手なんだって思い出した。

 だって怖いし。……それに、何を話したら良いかわからないし。

 でも、俺から話しかけたんだから、何か言わなきゃ。

 えーと、えーと……。

 

「アンタは……」

「はっ、う、はい?」

 

 あっ、ここで何をしてるか聞こうとしたら、かぶせるように彼女が声を発したので、どもってしまった。

 取り繕うように返事をしながら、お腹の前で手を合わせる。肌に這わせた指に意識を集中して、彼女の顔から目を逸らさないようにした。

 

「…………」

「…………」

 

 再びの沈黙。

 ややうつむいて海の方を見ていた叢雲は、体ごと海へと向けてしまうと、それきり喋らなかった。

 時々瞬くだけの目からは何も読み取れないし、星明かりに照らされるだけの横顔からは、何を考えているのかはわからない。

 

「……今日の午前に演習があるわね」

 

 しばらくして、叢雲が出した話題は、今日の授業の演習の時間の事だった。

 二時間目の体育の後に続いて三時間目が演習。

 第十七艦隊に所属する俺達と一緒に戦うのが、叢雲や川内、神通らしい。

 同じ班になるのだから、いちおう挨拶をしておかねば。

 口の中で咳払いをしてから、抑えめの声量で言う。

 

「よろしくお願いしますね」

「ええ。……よろしく」

 

 ちら、と俺を見た叢雲は、やっぱり何を考えているのかわからなかった。

 

 

輪形(りんけい)陣!」

「はい!」

「ぽい!」

 

 体育の授業は、海の上で行われた。B海域。みんながみんな艤装を背負って、陣形や隊列を組んでは離れ、また組んでを繰り返している。号令をかけているのは、この艦隊の旗艦となった川内だ。

 砲ちゃんを腕に抱いて、連ちゃん装ちゃんを侍らせつつ、神通を含めたみんなで川内を囲み、名前の通り輪を作る。そのまま決められたコースを十数秒走ると、「散開!」の号令でばらばらに離れる。お次は複縦(ふくじゅう)陣。号令と共に二列横隊になり、航行する。先頭を川内神通、真ん中を吹雪と夕立、後方を俺と叢雲という形。叢雲がいるのは、次の時間のために俺達と連携を強めるためなんだとか。

 

 艤装を背負い、砲ちゃんを抱えていると、やはり結構スピードが落ちてしまう。それでもみんなに遅れるなんてありえないけど、実戦でこれだと、有効な蹴りができなくなりそうで、少し困ってしまっている。

 ブーストとかできないかな。できないよなー。

 

「オッケー。そのまま私が言った通りに陣形を組み替えながら、ここ三周しといて!」

「みんな、私に続いてください」

 

 軽巡の先輩方は多忙だ。他の子達の様子も見に行かなければならないらしい川内が離れていく。神通は引き続き俺達を見てくれるみたい。

 先輩は他にも球磨(くま)多摩(たま)、天龍龍田、それに由良がいて、それぞれ生徒達を指揮している。川内は由良の手伝いに行ったのだろうか。

 よそ見をしている場合ではない。この反復練習は咄嗟の判断や、戦闘中に声を聞き分け、すぐさま行動に移せるようにするためのもの。陣形の名前は知っていても、実際の動きをあまり知らない俺には必要な授業という訳だ。

 

 三十分の間、繰り返し陣形、隊列、位置取りを練習した。前半十分は移動と準備、後半十分は今回の反省点と次のこの授業で何をやるのかの説明。それが五十分の授業の内訳。

 席順で並んだ俺達の前に、横一列に並ぶ軽巡の先輩方。ここでも川内が一人声を発していた。彼女が軽巡内でのリーダーなのだろうか。

 次の授業では連合艦隊での陣形の組み方をやるらしい。大人数かー……たくさんの艦娘で、となると、結構迫力ありそう。変に緊張しちゃわないよう、気をつけなきゃね。

 

 二時間目が終わり、三時間目が始まる。

 A海域に移動して、演習の授業。

 これは名前のまんまだ。友軍との演習。

 でも、その友軍ってのがどこにも見当たらないんだけど。

 迎賓室はあるらしいし、来てるのは確かなんだろうけど。

 

「あれ? ……ああ、そっか。授業で演習システムを習ったのって、島風ちゃんが来る前だったもんね」

「演習システム?」

 

 俺の呟きに反応した吹雪が、納得したように頷いた。

 何それ。聞き覚えのない単語。なんだか機械チックだ。

 

「あたしが説明するっぽい!」

「じゃあ夕立ちゃん、お願い」

 

 みょいーんと横から割って入って来た夕立が、その位置のままで演習システムとは何か、を教えてくれた。

 妖精さんの技術の結晶。各鎮守府から集められた艦隊データと戦闘データを(もと)に、立体映像の艦娘を、特殊な電磁波を流した一定の範囲内に出現させ、あたかも生きているかのように動かし、それと戦闘をする事で腕を磨く。

 ……なんかトンデモな話だね。

 

「それじゃあ、本物の艦娘は来てないの?」

「うん。あんまり他の場所から来るって事はないっぽい。でも、ない訳じゃないっぽい」

「そうなんだ。うん、ありがと」

「知らない事があったら、また夕立に聞くといいっぽい!」

 

 頼って頼ってと期待の眼差しで言う夕立に、素直に「そうさせてもらうよ」と答えておく。

 それから、海を眺めながら、自分達の番が回ってくるのを待つ。今は別の艦隊がやっているみたいだ。ここからじゃ姿は見えないけど、遠くから砲撃音が聞こえてくる。

 

 それにしても、演習ってそういう風になってたんだな。ホログラムだとか、そういうのを相手にしてたんだ。

 自艦隊が受ける小破中破といった損害は……演習が終われば綺麗さっぱり消えてるのを考えるに、そう判定されているだけ、だったのかな。つまり、ここで現れる艦娘には実際に触れる事や触れられる事はできないって事?

 あ、演習で相手艦隊が喋らないのって、そういう理屈だからか。音声はないんだね。

 つらつらと考え事をしていると、俺達の番になった。おっとと、いちおう艤装の様子を見ておこう。

 砲の妖精さんと魚雷の妖精さん……1号さん2号さんに意思を飛ばせば、問題なし、の返答。連装砲ちゃん達も元気そう。これなら問題ないね。スピードが落ちてるのが不安だけど。

 それに、相手は深海棲艦ではなくて艦娘だ。まるきり人を、それも女性を蹴ったり撃ったりするのには抵抗があるけど、こればっかりは慣れなきゃ駄目だ。

 戦場では躊躇った者から死んでいく……なんて気取って言ってみたり。

 でも実際そうなのだろう。深海棲艦がたとえ人の姿をして、言葉を話そうと、敵同士なのだから、油断すれば沈められるのはこっちだ。海の藻屑になりたくなければ、戦うしかない。

 

 川内と神通、そして叢雲を加えた俺達六人で海域に入れば、バチ、と変な音が耳元を通り過ぎて行った。

 それだけじゃなくて……なんだろう、空気中に静電気でも走ってるみたいな、妙な感覚がある。これが特殊な電磁波? 落ち着かないなあ。

 

『準備はいいか!』

 

 うわ!

 どこかから飛んできた意思に、声を出さずに驚く。

 今のは、妖精さんの意思か。でも、どこから?

 辺りを見回しても、誰のどの艤装の妖精さんが意思を発したのかがわからず、そして誰も反応していない事に困惑していれば、十メートルほど向こうの海面に光が集い、人の形を作り上げた。

 

『相手のチームの登場だ!』

 

 光の欠片が一人の女性となって収まっていく。……華やかな女性。

 艤装で纏められたポニーテールは膝まで伸びる長さで、焦げ茶色と落ち着いた色合い。服の方は上が白のセーラー服、下は赤のスカートと、はっきりした色になっている。

 注連縄(しめなわ)みたいなリボンが大きな胸の間に垂れていたり、肩や二の腕までが露出していたり、左右で色違いの靴下を履いていたりだとか、薄赤色の和傘を差しているだとか、頭部にある左右一対の電探らしき髪飾りに散りばめられた桜だとか……目につくところはたくさんあるけど、最も目を引くのは、彼女の背後にある巨大な艤装だろう。46cm三連装砲……だっただろうか。彼女すら覆い隠してしまいそうな巨大さを誇る艤装には、それが四門取りつけられていた。連装砲フルスロット……大艦巨砲主義?

 

『人が歩むのは人の道……その道を拓くのは、天の道』

 

 ……何言ってるかわからない。

 大和撫子を体現したかのような艦娘、戦艦大和は、表情もなく、口だけを動かしてそう語りかけてきた。……これ、妖精さんの意思と同じもの? って事は、これは彼女が喋っているのではなくて、本当は妖精さんがアテレコしてる感じなのかな?

 両手で支えた和傘をくるりと回す彼女の隣に、また光が集まっていく。今度は小さい。駆逐艦サイズ。

 

「あっ」

 

 と声をあげたのは、夕立だ。

 姿を現したのは、夕立改二だった。犬耳みたいに跳ねた髪の毛、紅く染まった瞳、成長した胸……それと、表情のない顔。

 

『お楽しみは……これからだ』

 

 夕立改二の口パクに合わせて妖精さんの意思が飛んでくる。うーん、聞き覚えのある……やっぱり意思を反映した文章って、俺の記憶から似た単語とかが引っ張り出されてるんだろうな。

 妖精さんがライダーマニアな可能性もあるにはあるけど。

 

『これは手強いぞ!』

 

 ……え、相手二人? こっち六人いるんだけど。

 光の粒子となって消えた二人の艦娘と、六対二という構図に動揺を隠せないでいると、油断しないで、と川内が注意した。

 

「初めて見たなあ、戦艦大和さん。すっごい強いんだって」

「夕立の改二もめちゃんこ強いっぽい!」

 

 吹雪と夕立は、まあ、油断はしてないみたいだけど……目を輝かせてはしゃいでるな。夕立はわかるけど、吹雪までこんな風になるのはなんでだろう。強い者に憧れるのは自然の摂理?

 

「陣形組むよ。単縦陣」

「相手に航空戦力はないので、空への警戒は必要ありませんね。最初は周囲に警戒してください」

 

 実戦じゃないためか、どこか緊張感を欠いた声で川内と神通が指示し、状況を分析して俺達に話した。

 これもお勉強の一環だ。説明を耳に入れつつ一列に並ぶ。

 

『演習、スタートします』

 

 えらく普通な妖精さんの意思と共に、ブザーの音が鳴り響いた。滑り出す前の四人に続いて、俺も列から外れたりずれてしまわないように注意しつつ動き始める。

 互いにはっきりとした戦力しかないから、このまま接近してぶつかり合う流れになるのかな。なんだか普通な感じ。……いや、相手にだけ空母がいて、銃弾の雨に襲われる事になったりしたら嫌だけど……演習って聞いて、特別なイメージを抱いて緊張していたから、普通と変わらない動きに拍子抜けしてしまった。

 さっきのホログラム……ホログラフィック? が忽然と消えたみたいに、相手が瞬間移動してきて側面に現れる、なんてトンデモ展開もなさそうだし、行って撃って終わりかな。

 腕に抱いた砲ちゃんの頭を撫でながら気楽に考えていれば、ふいに、ヒュウ、と風の音が聞こえた。

 もちろん、俺達は動いている訳だから、風の音がするのは当然だ。でもその中に、妙に気になる音が混じっていたというか……。

 

「! 散開っ!」

「え?」

 

 叫んだのは叢雲だった。いつもの冷たくて厳しい声に混じった焦り。考えるより先に体が動いて、右へと走っていた。少し遅れて、振り返ろうとしていた吹雪や夕立、川内と神通が左右に割れる。

 瞬間、爆発した。

 

 視界が揺れる。足場が波立つ。がくがくと揺れ動く全身に頭が揺さぶられ、一瞬意識が飛びかけた。

 それでも、体勢は崩さなかった。ざあざあと降り注ぐ雨から顔を庇いながら、腕の中の砲ちゃんを落としていない事を感覚で認識する。腕をずらして見てみれば、先程まで俺達がいた場所には、今まさに海へと戻っていく巨大な水柱があった。そこを中心に大きな波が波紋となって広がり、周囲に逃げていたみんなの体を翻弄していた。

 

「うっそ、この距離でなんて……!」

 

 回避の際に転んでいたのか、吹雪と夕立に川内と神通がそれぞれ手を貸していた。本当なら自分で立つのを待つ方が良かったのだろう。でも、誰もが動揺しているみたいで、今だけは、普通の判断ができていないようだった。

 

「まだ走り始めて五分も経ってないよ……?」

「うう~、故障っぽい……?」

 

 ふらふらとした足取りで立ち上がった二人が、戸惑いを多分に含んだ声で言った。

 故障って、演習システムが?

 

「いいえ、故障ではないわ。あれはそういう艦娘よ」

 

 常と変わらない表情で、緩やかに移動しながらの叢雲の言葉に、いくらなんでも距離が、と呟いた神通は、途中で口を引き結んで、川内に視線を送った。その意味を理解したのだろう川内が頷いて、俺達に指示を出そうとした時。

 第二射がきた。

 

「――――ッ!」

 

 空気を貫いて飛来した砲弾が海と激突する。

 二発目はさすがに耐え切れなかった。予測もしていなかった体は衝撃に弾き飛ばされ、海面に体中をぶつけながら転がった。

 回転する視界に、連ちゃんと装ちゃんが投げ出されている姿が見えて、でも、どうする事もできなかった。

 一発目によって降り始めた局地的な雨がやまない内に放たれた二発目。高い高い水柱が先の方から崩れて散らばり、大粒の水が撒き散らされる。それは落ちてくる段階でさらに細かくなって、ついには霧となった。

 なんとか立ち上がれた俺の足下に漂っていた白い霧は、雨粒が海面を叩くたびにどんどんせり上がって来て、ついには落ち行く水柱よりも高くなった。

 風に流されて流動する霧は、まるで押し寄せる壁みたいで……だから、何かを思い出す。

 そうやって動きを止めたのが、逆に幸いしたのかもしれない。

 

「なっ!?」

「くっ!」

 

 高い位置の霧を突き破って飛び込んできた夕立改二が、海へと下り立つまでに射程内にいた川内と神通を撃ち抜いた。勢いに負けて転がる二人の服が損傷する。中破以上。

 夕立改二に頭上を飛び越えられた吹雪と夕立は、立ち上がろうとした姿勢のまま固まっていた。背中を見せる敵を攻撃する、なんて考えは頭に浮かんできすらしていないらしい。状況が理解でないのだろう。俺だってできてない。砲弾が飛んできたと思ったら、夕立改二まで飛んできた? ……意味がわからない。

 わからなくても時間は動く。夕立改二は、表情筋を少しも動かす事なく首を(めぐ)らせた。得物を求めているかのような動き。胸の内に芽吹いた恐怖心が、俺に状況への理解を促した。

 敵がきた。交戦しなければ。武器はある。でもまだ抜いてない。吹雪ならすでに持ってる。でも呆然としていてとても動ける状況じゃない。

 だったら、俺は?

 

「私の前を遮る愚か者め!」

『――――』

 

 ドォン、と腹に響く砲撃音があった。

 最も早く立ち直り、夕立改二の視界の外にいた叢雲が攻撃したのだ。敵の判断は迅速だった。ふっと力を抜くように――まるで風に揺れる枝葉のように――回避行動をとった。結果、直撃するはずだった砲弾は、彼女の肩を(かす)めるに(とど)まった。それでも、至近弾。ダメージは大きいはず。すぐには砲撃できない体勢で口を開閉させる夕立改二に、誰かがもう一度攻撃する事ができれば、撃破は容易いだろう。

 それをなそうとしたのは、やはりというか、叢雲だった。

 おそらく砲を構え、照準を合わせ、今度こそ倒そうと砲撃しようとしたのだろう。

 しかしそれは叶わなかった。

 三発目の砲弾が降ってきたのだ。叢雲の位置に、ピンポイントで。

 

「叢雲っ!」

 

 斜め後ろで起きた衝撃に踏ん張りながら、振り返って彼女の姿を探す。……いた! 水柱の影。身を投げ出して回避したのか、ごろごろと転がっている。服の損傷はない!

 

『――――』

 

 叢雲の無事を確認してほっとする俺は、不意に走った悪寒に、なりふり構わず前転した。頭上を通り過ぎた砲弾が海面を穿つ。立ち上がって即座に振り返り、魚雷発射管にかかった砲を引き抜こうとして――違う、砲ちゃんがいる、それで攻撃しなくちゃ!

 慌てて砲ちゃんを両手で構え、夕立改二に照準を合わせようと動かす。だが彼女は止まったままでいてくれたりなどしなかった。ぱくぱくと口を動かし、声なき声を発しながら、それでもなお何一つ感情の浮かばない顔で俺の狙いから逃れ、夕立と吹雪の方へ接近していった。

 さすがの二人も、敵が迫れば気を取り直す。夕立と吹雪が武器を構えるのは、敵が近付いてくるよりも早い。そして距離は近い。撃てば当たる!

 ――なんて、甘い話はなかった。そもそも夕立の速度に疑問を持つべきだったのだ。

 夕立に狙いを定める事に集中した二人の背後に、砲弾が落ちる。悲鳴と波がうわっと持ち上がると、直後に横殴りの雨が体を叩いた。敵を見失わないように、目に海水が当たる可能性を度外視して目を開けていた俺には、着弾の勢いと波に乗って、こちらに背を向けたまま迫ってくる夕立改二の姿が見えた。

 彼女が振り返ろうとするのが、ゆっくりとした視界の中に流れる。一滴一滴が空中に縫い止められたように動かない中で、夕立改二だけが緩やかに動き、俺へと向かってきていて……。

 

「はっ!」

 

 真横を通り抜けた砲弾が、夕立改二の髪を穿った。不意打ちに近い攻撃を、奴はまたしてもするりと避けたのだ。

 だが勢いは削がれた。砲弾の後を追うように飛び出した叢雲が、夕立改二に接近する。組み合うように腕をぶつけ合い、至近での砲撃戦を挑む叢雲に、援護するためか、体勢を立て直した川内と神通が加わった。さらに、沈んでいなかったらしい(かなり際どい格好になってはいるが)吹雪と夕立まで加わろうとしているのだから、もはや負けの要素はなかった。

 ……戦艦大和の存在さえなければ、だけど。

 どこにいるかわからないその敵が、夕立改二と叢雲……助けに入ろうとする川内と神通、ちょうどその中心に砲弾を叩き込んだ。

 豪雨のような水滴と嵐のような暴風に吹かれて、髪の毛がばさばさとはためく。

 ……見えた。弾道。どこから飛んで来たのか……捉えた!

 

「っ!」

 

 仲間の無事も確認せず、合図も声もなく、最大速度で離脱する。自分が何をするかを仲間に伝えなければならないなんて、今の俺の頭には無かった。ただただ、強敵を潰さなければと考えていた。

 最高速で駆ける。前だけを見て走る俺の両隣りに、連ちゃんと装ちゃんがくっついてきた。どちらも損傷なし。吹き飛ばされていた時、体操選手みたいな華麗な着水を見せてたもんね。わかってた。

 

 頭上を煽ぎ見れば、今まさに空高く飛んでくる砲弾の影が見えた。

 ……飛んでくる? って、あれ俺めがけて落ちてきてるじゃん!

 

「わわわっ!」

 

 大慌てて回避行動に移る。右へ、右へ。艤装が重いとはいえ、このスピードでは急に方向転換したら転んでしまいそうだ。なんて言ってる場合じゃないけど、でも転んだらお陀仏だし……うわ、落ちてきたっ!

 

『キュ~』

 

 豪快な音を立てて水柱がそびえたつ。波に乗ってぴょんと跳んだ装ちゃんが陽気な声を発した。

 着弾した。でもそれは、俺から十数メートル以上離れた場所に、だった。

 俺が回避行動をとり続けたからあんなに離れた場所に落ちたのではない。最初から狙いが甘かったみたいだ。

 あんな雑な砲撃なら、注意してれば怖くない!

 再び加速して真っ直ぐに走り出す。ジグザグに走って攪乱しようかとも思ったけど、それより一刻も早く戦艦大和の下まで辿り着く事が重要だと考えた。

 

「ん!」

 

 変わらない景色の中をびゅんびゅん飛ばして走る事数分。ようやっと、片腕を突き出して艤装を操っている戦艦大和の姿を視界に捉えた。

 都合二回の砲撃はてんで見当外れの位置に落ちてきていたから予想してたけど、こちらに顔を向ける戦艦大和……からはなんの意思も読み取れないけど、たぶん、俺達の姿が見えてて撃ってる訳じゃなかったんだと思う。

 最初の数発はともかく、その後の精密射撃は夕立改二が現れてからだったし、彼女はしきりに口を動かしていた。それは戦艦大和に俺達の詳しい位置を伝えるためのものだったのではないだろうか。

 もしそうだとしても、一歩間違えれば味方の砲撃で沈むかもしれないというのに、それを促す夕立改二は……それを運用している提督のいる鎮守府とは、とんでもなく恐ろしい場所のように思えた。

 

「敵艦、見ゆー!」

 

 初めて口にする言葉と共に突撃する。多少調子っぱずれでも構わない。戦艦大和の大きな体を見て身が竦むのを避けるために……勇気を振り絞るために声を出したのだから。

 光の無い瞳が俺を射抜く。その姿がどんどん近付いてくる。いや、俺が近付いて行っているのだ。彼女が動く気配はない。

 

 ――無理。

 

 これ以上は、無理!

 体を押し潰しそうな恐怖に襲われて、急ブレーキをかけてその場に止まる。反応が遅れて少し進んでからUターンしてきた連ちゃんと装ちゃんに、俺の足が弾いていた水飛沫が降りかかる。キュー、と鳴かれた。

 

 深海棲艦みたいに異形でもないのに、それに、喋っても、表情を動かしてもいないのに、どうしてか彼女から威圧感や何かを感じて、止まってしまった。

 それが吉か凶か……艤装を稼働させ、俺へと砲身の全てを向ける彼女の姿を見れば、答えは明白だった。

 砲ちゃんを放り投げる。優しくなんてしてる余裕はない。でも、無意識の内にそうしてしまったみたいで、近い位置に落ちた砲ちゃんが俺を見上げてきた。顎をしゃくって指示を出す。

 今からじゃ俺は逃げられないけど、でも、この子達を逃がす事はできる。この子達が無事なら、攻撃は続行できる! ……はず!

 それに俺だって、このまま黙ってやられる気はない。魚雷発射管にかかった12.7cm連装砲を手にする。朝潮型と同じ形状の物。

 全ての砲口から煙を上げる大和は、すぐには撃ってこなかった。今までぶっ続けで撃ち続けてきたなら、砲塔を冷やす時間か、次弾装填の時間が必要だろう。

 その間に攻撃する?

 ……いや、例え雷撃でも、彼女を無力化する事はできないだろう。小破か、あるいは中破には追い込めるかもしれないが……低い望みだし、それに、戦艦大和が最強と謳われた所以(ゆえん)は――少なくともゲームの中では――、たとえ中破に……大破に追い込まれても、高威力の砲弾を放ってくる事だ。駆逐艦の身では、その攻撃ですら危うい。一発大破もありうる。

 ……無力化されたらどうなるんだ?

 あの表情の浮かばない不気味な顔を見ていると、たとえ俺がボロボロになって動けなくなっても容赦なく砲口を突き付けてくる姿が容易に想像できて、こんな時だというのに体が震えた。

 

『――――』

「っ、くるか!」

 

 砲口から出ていた煙が薄れて来た時に、戦艦大和が口を開閉させた。合わせて、恐怖に打ち勝つために声を張り上げる。

 砲身が再度動き、微調整されて、俺に向け直された。俺が動かないと知って悠長に……でも、俺はやられるつもりはない。俺には秘策があった。

 ゆっくりと、砲を持ち上げる。狙いは、戦艦大和の……額。露出した頭を狙うのは定石だ。とはいっても、直撃したとして、防御を抜けるかどうかは賭けだけど。

 連装砲ちゃん達はとっくに大きく距離を取っている。さあ、後はあんたが撃つだけだ。

 

『――――』

 

 ぴく、と彼女の体が動いた。それが合図だった。

 幾度の砲撃が重なり合って一つの轟音となる。空気を震わせるそれらがまっすぐに迫ってくる時には、俺は既に斜め後ろへ跳んでいた。それも、ただ跳ぶだけじゃない。後を考えない、そのままでは仰向けに転がってしまう程の、無茶な身の投げ出し方。

 それが功を奏して、俺に当たるものは一つとしてなかった。代わりに、すぐ近くを砲弾が通り過ぎる。引き裂かれた風が俺の体にも衝撃を与える。左腕が意思に反してぐおんと動いて、でも、砲を持ち、伸ばした右腕は無事だった。

 ボオン! と直撃音。額を打ち抜かれた戦艦大和が顎を跳ね上げて僅かに仰け反る。それを見届ける前に、背中から海面に落ちて、艤装の軋む音を聞いた。体もただではすまない。骨がミシリとなる音が体の中に響いた。肉が引き攣る感覚も、それが引き起こす痛みもあって、だから、着水の衝撃で跳ね上がった海水が顔にかかった時に感じたのは、『冷たい』だった。

 体中が熱くなっている。緊張のために。流れ出た汗のために。鈍痛を訴える左腕のために。

 

「ふ、くっ……ふふ」

 

 倒されるのはてめぇだぜ……なんて。

 次々と海に突き刺さる砲弾の音がして、腕をついて身を起こそうとしていた俺は、背後から襲ってきた高い波にうっとなった。視界が目まぐるしく回転し、足がもつれて、だが転がってやり過ごす。一秒間目をきつくつぶって、次に開いた時には、もう視界は鮮明だった。

 右腕をついて跳ね起きる。戦いはまだ終わってない。あれだけで倒されてくれるだなんてさすがに思ってない。調子に乗って他人の台詞を言ったりしてみたけど、そうやって強がってないと、ほんとに怖くて、嫌になってしまいそうだった。

 

 彼女を見れば、未だに空を見上げ、胸を突き出すような体勢で止まっていた。それがまた恐怖を煽る。普通ならなんらかのアクションがあるはずなんだ。なのに彼女には何もない。怒りもしなければ痛がりもしない。何も言わない。

 黒煙が上っているのを見れば、多少なりともダメージは与えられたと考えられるんだけど……

 

『――――』

 

 艤装が擦れ合う音だけがして、彼女が体を戻した。やはりその顔にはなんの色も浮かんでいない。感情のない瞳が再び俺に向けられる。

 ……怯んじゃ駄目だ。気迫で負けるな!

 

「はぁああああ!」

 

 ただ口を開いて、吐く息に乗せて音を出す。

 叫び。意味のない声。

 自分を鼓舞するためだけのもの。

 額から煙を上げる彼女が、俺に腕を差し向けた。

 また砲撃するつもりなんだ。さっきと同じ手は……いけるか?

 わからない。今度は位置を調整されて撃たれるかもしれない。そもそも、目の前の海面に当てられただけで、たぶん俺はやられる。だったら回避行動を……だから、今からじゃ間に合わないんだってば!

 

「だったらっ!」

 

 乱暴に発射管に砲をかけ直す。その時間すら惜しい。手袋が少しずれるのも構わず、一歩踏み出し、高く飛ぶ。

 前方への跳躍。勢いなんてほとんどない。だから、キックは選択肢に入らない。

 やれるのは……!

 

「つあっ!」

 

 ふとももがお腹につくくらい右足を上げて、両手で支えて引き、足裏を空へと向ける。そのまま俺を見上げる戦艦大和の首筋へと、勢いを乗せた踵落としをぶつける。

 

『――――』

 

 声はなかった。

 ずしんと衝撃のほとんどが体に返ってきて、顔が歪む。痛い。打ち付けた足も、体の中も。

 でも、踵が……ヒレのような形の、夕張さんによって頑丈になったヒール部分が、戦艦大和の首に食い込んでいた。

 それでほんの少しだけ、彼女は膝を折っていた。

 俺程度の重さでは膝をつかせるまではいかなかったが、それなりの衝撃は与えられたらしい。

 

「とりゃーっ!」

 

 気合いを込め、首にかけている右足に力を込めて体を持ち上げようとし、同時に左足で彼女の胸を蹴りつける。硬い胸当ての感触。ガリ、とヒールで服越しの鉄を削りながら、思い切り蹴って宙返りし、離脱する。

 これで彼女の頭上に光のわっかでも現れて、爆発してくれたら万々歳なんだけ、どっ!?

 

「っ!」

 

 ドッ、と胸が潰れる感覚に視界がブラックアウトした。一瞬見えた、伸びてくる手の平。――掌底。

 

 ――力が強い戦艦の人なんかは、主砲を動かすよりも手を動かして応戦する方が速いって考えるみたいで。

 

 頭の中に夕張さんの声が響いた。

 ザザザ、と足が海面を抉る。どれほど上手く吹き飛ばされればそうなるのか、両足での着水に成功していた俺は、焦点があってすぐさま体中に力を込めて急停止した。

 

「ぐっ……けほっ」

 

 叩かれた胸を押さえてずきんと痛むのに咳き込む。

 ふと、パンツの紐が片方千切れているのに気付いて、愕然とした。

 それは俺のパンツがやられたからじゃない。たしかにパンツも大切だけど、そうじゃなくて、今の一発でどうやら中破辺りまで持っていかれた事に驚いたのだ。

 なんてパワー。これでこんなんじゃ、砲撃なんてまともにくらったらばらばらになってしまうのでは……。

 

『――――』

「はっ、はっ、は……!」

 

 荒い息を飲み込む。砲に手をかけ、再度構える。狙いは……同じ、額。

 今度は躊躇しなかった。待つ理由がないから、彼女めがけて砲撃した。

 

「あっ!?」

 

 でも、駄目だった。当たらなかったのだ。

 こんなに近くで、しっかり狙いも定めていたのに、撃つ瞬間、力をいれすぎていた腕がびくりと跳ねて、砲弾は明後日の方向に飛んでいった。

 

「まずっ……!」

 

 長く大きな砲身が向けられている。

 食らいたくない。あんなの、当たりたくない!

 咄嗟の判断で左に身を投げ出した。戦艦大和は、砲撃の直前に少しだけ身を捻って、俺が立っていた場所の隣――俺から見て右側――に攻撃していた。

 波に翻弄されながらも、俺は自分自身を称賛した。避ける前、俺の頭の中に自分が右側に回避する癖があるのが思い浮かんだ。だから左に跳ぶのを選択したのだけど、どうやら大正解だったらしい。さっきのカウンターを学習したのだろうか、俺の避ける場所を予測して撃った戦艦大和を前に、立ち上がるのにはそう苦労しなかった。

 体の事を考えない無茶な回避を繰り返していたから、どこもかしこもすっごく痛いんだけど、直撃を貰ってないだけましだ。

 僅かに腰を落とし、今度はしっかりと砲を構える。額じゃなくて体に、この際艤装でも良いから、当たってくれと願いながら砲撃する。

 

「うそっ」

 

 思わず声が漏れた。放たれた砲弾は、彼女のすぐ傍に着弾したものの、小さな水柱をたてるだけで、彼女にはなんの損害も与えられなかったのだ。その内に彼女も俺に向き直ってしまう。

 くそ、こうなれば……たぶん、今の体じゃ、この状態じゃできないかもしれないけど、あれ、やってみるしかないか!

 

「行こ、連装砲ちゃん!」

『キュー!』

 

 さっきは当たったのに、なんて愚痴を言っている場合ではない。

 彼女が攻撃してくる前に、遠巻きに眺めていた連装砲ちゃん達に声をかけ、全速力で戦艦大和の周囲を旋回してもらう。

 ぐるぐる、ぐるぐる、彼女を囲んで回る連装砲ちゃん達のスピードは徐々に上がっていく。この子達は俺について来れるスピードを持ってる。だから、こんな事もできるんだ!

 相変わらず無表情だが、どの連装砲ちゃんを狙っていいのか戸惑っているのだろう、戦艦大和は、体を捻って自らの周囲を回る者達に照準を合わせようとしている。

 撃つか。その距離で撃てば自分自身も体勢が崩れるのは免れないだろう。そうしたら俺は、12.7cm連装砲を乱射しながら魚雷で特攻するぞ。一発くらい当たるだろう、たぶん。

 しかし彼女は一向に撃つ気配はない。ずっと翻弄されている。少しずつ軸がぶれて、だんだん俺に対して横向きになり始めている。

 これはきっと、普通の艦娘相手には使えない手だ。相手が戦艦大和だからこそ……あれ? 何かおかしい。戦艦大和だから? ……?

 ……疑問は、今は置いておこう。今大切なのは、攻撃を加える事だ。

 この技を試す時がきた。連装砲ちゃん達との合体技。

 前へと進み、連装砲ちゃん達の合間を縫って戦艦大和の前に体を晒す。彼女はまだ連装砲ちゃんに翻弄されている。すぐこっちに対して構えるかと思ったけど、それなら、まあいい。

 俺も彼女に背中を向ける。右足を前に、左足を後ろにして腰を落とし、目の前をびゅんびゅんと過ぎ去っていく連装砲ちゃんを注視する。

 ……今!

 

「はっ!」

 

 一番体が大きい連ちゃんが俺の跳び出した先にちょうど来るタイミングで跳躍する。足から突っ込んでいって、連ちゃんが俺の前を通るその一瞬のみ、それを足場に変えて、跳ね返される勢いも含めて再度の跳躍。足を振り回し、爪先の向かう先を戦艦大和へと変えて突っ込む。

 彼女はすぐさま反応した。でかい艤装があるにも関わらず、その場で体を回転させ、俺に向き直ったのだ。両腕で俺の足をガードすると、そのまま掴みかかろうとしてくる。その手をかいくぐって腕を蹴りつけ、多少勢いを削がれながらも再び回る連装砲ちゃんの方へ跳ぶ。今度は装ちゃんを蹴りつけて反転。風を切り裂くキックで戦艦大和を捉えようとして――彼女が俺へ手を伸ばしているのが見えた。

 掴もうとしているのではない。その構えは、照準を合わせ、艤装に命令を下す時の……。

 鼓膜を震わせる爆発音に、俺の意識は一瞬で刈り取られた。

 

 

「あ、起きた?」

「……吹雪ちゃん?」

 

 俺が目を覚ましたのは、自室だった。

 覗き込んできていた吹雪がほっと息を吐くと、向こうのベッドに背を預けて何かの雑誌を読んでいた夕立が、「体は痛まないっぽい?」と首を傾げた。

 体……ああ、そっか。俺、やられたのか。

 傍にいた連装砲ちゃん達が心配そうに俺を覗き込んで、手で撫でてくるのに微笑みかける。

 身を起こすと、胸とお腹がきりりと痛んだ。……でも、予想していたほど大きな痛みじゃない。

 

「その様子なら大丈夫っぽい」

 

 きょとんとしてお腹を撫でていれば、雑誌を置いた夕立が歩み寄ってきた。

 

「あの後、演習はどうなったの?」

「通常運行っぽい」

「私達は、負けちゃったんだけどね……」

 

 そうか、普通に進んだのか。というか、やっぱり負けちゃったのか、俺達。

 

「夕立の改二は凄かったっぽい。最後は手にした魚雷どうしをぶつけて自爆して、それであたし達も大破させられちゃったっぽい」

「島風ちゃんが倒れちゃってたから、先に部屋に戻らせてもらったんだ。みんな心配してたよ?」

「それは……悪かったって伝えておくね」

 

 心配かけて。

 俺がそう言うと、吹雪は慌てた様子で「別に島風ちゃんが悪い訳じゃ」なんて言い始めた。いや、そういう意味で言ったんじゃなくて。

 ……ふう。ちょっと笑ってたら、痛みも引いてきた。そういえば、服、破けてたはずなのに、今は直ってる。吹雪か夕立が着替えさせてくれたのかな。叢雲の可能性は……ないない。

 どちらにせよ、なんか恥ずかしいなあ、もう。

 

「んーん、服は最初と同じだよ」

 

 恥ずかしいながらも聞かずにはいられなかったので、直球で聞いてみれば、吹雪は首を振って否定した。同じ? じゃあ、なんで直ってるんだろう。修復剤じゃあ服までは直らないはずだよね。

 

「そもそも修復剤が必要なほど怪我はしてなかったっぽい」

「……どういう事?」

「島風ちゃんは、演習が始まってから……正確には、海域に入ってから、妙な気分にならなかった?」

 

 不思議な事を言う夕立に話を聞けば、逆に問いかけられた。

 妙な気分……んー、空気がばちばちしてた時に、なんか心が浮ついていたような気がするけど……それが服となんの関係があるんだろう。

 

「演習の際に流れる特殊な電磁波には、二つの役割があるっぽい。一つは艦娘の姿を投射する板となる事……もう一つは、艦娘の心を揺らす事っぽい」

「艦娘の心を揺らす?」

「そう」

 

 うむ、と頷いた夕立は、こう続けた。

 演習中、艦娘が緊張感を得るために、些細な動揺を大きな動揺に、小さな緊張を体が強張るほどの緊張感に変えたり、相手の攻撃から痛みを得たり、攻撃を受ければ動揺したり、自分が損傷したと錯覚したりと、そういった様々な要素が付与されるらしい。

 

「島風ちゃん、これが演習だって忘れちゃわなかった?」

「相手に対して強い恐怖心を抱いたっぽい?」

「……それは、あったけど」

 

 二人が言うには、それが特殊な電磁波によるものなのだという。

 初めてこの方式の演習に挑む艦娘は、誰しも最初は俺のように強い影響を受けるらしい。服が破けたと錯覚するほどに。

 でも、俺の症状……といっていいのかわからないが、俺の体験は普通よりも少し強く影響を受けていたみたいで、さすがに初挑戦の艦娘だって気絶するほど緊張したり痛みを感じたりはしないらしいんだけど……それって、俺が軟弱だったからこうなったって事なのかな。

 だって、過度の緊張や恐怖が気絶をもたらしたっていう訳だし。

 

「怖いって思ったり、緊張したりするのは仕方ないと思うな。私も、初めての時はすっごく緊張してたから」

 

 あー、吹雪も、そうだったんだ。

 俺だけが特別弱虫じゃないってわかって安心したよ。……そんな安堵の仕方ってどうかとは思うけど。

 ……で、なんで夕立は顔を背けてるのかな?

 

「……夕立は、演習を楽しみにしてたから、最初から楽しくやってたっぽい」

「……そーなんだ」

「そうっぽい」

 

 ……そーなんだ。

 

「し、島風ちゃんだって、次からはもう大丈夫だよ! うん!」

「吹雪ちゃんにそれ言ってもらうと、すっごく安心する……もっと言ってー」

「ええっ? えーと……だ、大丈夫、だよ……?」

 

 うわ、すっごく自信なさげ。

 やっぱり自然の「大丈夫!」が一番か。

 

「今、何時?」

「三時っぽい。おやつ食べる?」

「それよりご飯食べたい。お昼食べ損ねちゃったんだなー」

「それじゃあ、間宮さんのところに行こっか」

「吹雪ちゃんのおごり?」

「……なんでそうなるのかな。……いいけど」

「あ、いいんだ」

 

 やったー、吹雪ちゃんのおごりだ。クリームソーダ五十杯食べよ。

 とか言ったらさすがの吹雪も怒りそうなので、逆におごってあげよう。

 ……いや、無理か。俺、一文無しだし。

 月始めにお小遣いが入るって聞いたけど、はやくこないかなあ、八月。そうしたら存分に吹雪にお返しできるのに。

 そんな事を考えつつ、彼女達に連れられて、間宮に向かった。

 

 起き抜けのクリームソーダは最高でした。

 

「そういえば、叢雲さんが島風ちゃんとお話したいって言ってたっぽい」

 

 ……それを聞かなければ、ほんとに最高だったかもしれないんだけどな……。





ブレイブショット
(砲撃)

ハイパーラダーヒール
(踵落とし)

ハイスピードロップ
(未完成)
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