「アンタはなんのために戦っているの?」
午後。
甘味処間宮から戻る際、連装砲ちゃんにもアイスやモナカを食べさせてあげたくて、でもアレルギーとかあったら困るな、なんて思って、間宮に質問しにいった。『さすがにわからない』と申し訳なさそうにされた。……そりゃそうか。
連装砲ちゃんには食事は我慢してもらう事にした。
吹雪と夕立には先に戻ってもらっていたから、少し急ぎ足で部屋に向かう。
アレルギーになるものとそうでないものってのは誰に聞けばわかるだろうか、と質問する相手を頭の中に思い浮かべながら寮への砂利道を行く。
叢雲と擦れ違ったのは、そのすぐ後だった。
最初、彼女は横目でちらりと俺を見ただけで、そのまま通り過ぎようとしていた。
叢雲は俺と話したがっていた、と夕立が言っていたけど、そんな様子は微塵もなくて、だから、それは勘違いか何かだったんだろうな、なんて思いながら、腕に抱いた砲ちゃんを持ち直しつつ前を見て――呼び止められた。
振り返れば、まっすぐ俺を射抜く叢雲の瞳があった。
話したい事、というのを今から話すのだろうと直感した。体ごと向き直ると、叢雲は一度余所に目をやってから、再び俺の顔を見て……そして、そう言ったのだ。
俺はなんのために戦っているのか。
「えーっと……」
睨むような目つき。
俺と向き合ってただ立つだけの叢雲が、どういう意図でその質問をしたのかわからなかった。
ついでに言えば、いきなりそんな事を聞かれても、そんなの考えた事もなかったから、困ってしまった。
「人間を守るために……では、ないの?」
だから、口に出したのは、漠然と抱く艦娘の戦う理由だった。
叢雲の目がすっと細められた。
「ああ、そう。……やっぱりそうなのね、アンタ」
「……あの、私、何か間違った事言ったかな……?」
何かを納得したかのように呟いた叢雲に、よくわからないけど、自分が彼女の望まない言葉を選んでしまったのだとわかって、問いかけた。それが彼女の機嫌をさらに損ねる質問だとは思わずに。
「……もういいわ。行きなさい」
「…………わかりました」
これ以上話す気はない、と言外に言った叢雲に、その怒りの理由もわからないまま、砕けた口調を正してから、その場を後にした。
寮に入っても、叢雲の言葉の意味も、なぜ怒ったのかも、全然思いつかなくて、釈然としないまま部屋に戻る。
「あ、お帰り島風ちゃん」
「さっき叢雲さんが帰ってきてたっぽい」
「ただいま。外で会って、ちょっとだけ話したよ」
内容はよくわからないものだったけど。
口には出さずにそうつけ加えると、何かあったっぽい? と夕立が察しの良さをみせた。
……あ、そうだ。二人に叢雲のしてきた質問をすれば、俺の答えがどう間違っていたかわかるかも。
「ねね、吹雪ちゃんと夕立ちゃんは、なんで戦ってるの?」
「……? なんでって、えーと」
「急な質問っぽい。……叢雲さんとのお話はそれ?」
唇に指を当てて「うーん」と考え込む吹雪に、包み菓子をテーブルに転がしてつっつきながら、夕立。
そう、と答えれば、二人もそれぞれ答えてくれた。
「私は、司令官や、ここのみんなのため……かな。私を拾ってくれた司令官のために、それから、一緒に過ごすみんなのために、戦ってる」
「あたしも提督さんやみんなのために戦ってるっぽい。戦って戦って、はやく改二になるためでもあるっぽい」
二人の戦う理由は、およそ同じようなものだった。
俺が叢雲に答えた事と、そう変わりない内容。
「……私も、似たような言葉を叢雲さんに言ったんだけど……なんか、怒らせちゃったみたい」
怒らせた、と言った時の二人の顔は、なんとも微妙だった。
怒らせちゃったんだー、とでも言いたげな感じ。
「島風ちゃんはなんて答えたの?」
「人間を守るためだ、って」
「……? 立派な理由っぽい。なんで叢雲さんが怒ったのか、夕立にもわからないっぽーい」
ぽーい、とお手上げしながら放り投げた小さなチョコを額で受け止める夕立。口で受け止めようとして失敗したんだな。カーペットに落ちそうになったチョコは、たまたま落下地点にいた装ちゃんの手によって救われた。ありがとう装ちゃん。君の勇姿は忘れない。
「きっと何か理由があるんだよ。叢雲ちゃんだって、何もなくて怒ったりなんか……しないよ?」
吹雪がフォローする。叢雲に対して悪い気持ちを抱いてほしくないのだろう。
……自分の言葉を自分で疑ってない?
でも、理由かー……理由なあ。
思いつかない。全然。俺もお手上げだ。
「人間を守るのが艦娘の使命じゃないのかなあ……」
「……あっ」
俺の前、テーブルの上に置かれた小さなチョコを見下ろして呟くと、吹雪が何かに気付いたように声をあげた。
理由、わかったのかな。期待して見上げれば、吹雪はその期待通り、笑顔で口を開いた。
「叢雲ちゃんが怒ったのって、きっとしまむぅ!?」
「そこまで! っぽい」
理由を教えてくれようとした吹雪の口を、夕立が塞いだ。早業だった。横合いから伸びてきた手に握られたチョコが吹雪の口に放り込まれて、吹雪は途中で口を閉じざるを得なくなったのだ。
「もぐぐ……」
「って、夕立ちゃん、どうして止めるの?」
「うーん、何を言っても、きっと島風ちゃんのためにはならないっぽい」
「私のためにならない、って……何が?」
「島風ちゃんには悪いけど、あたしと吹雪ちゃんは少しおでかけするっぽい!」
「もぐもぐ……もっ!?」
口元に手を当ててもぐもぐやっていた吹雪の襟首を掴んだ夕立は、止める間もなく部屋を出て行ってしまった。残されたのは、俺と連装砲ちゃん達だけ。
「……なんなんだよ」
ぽつりと愚痴を零すと、寄り添ってきた三匹がぺちぺちと手で叩いて慰めてくれた。
◆
提督にお呼ばれした俺は、ひたすら折っていた包み紙を紙飛行機に変え、自分のベッドめがけて放ってから、助秘書の加賀に連れられて本棟の執務室へとやってきた。机に肘を置いて手を組む提督と、定位置で画板を抱えている電。見慣れてきた風景に、加賀が加わる。
「急に呼び出してすまなかったな。今朝の演習の件で君を呼んだんだ」
「構いません。……何か、やりました? 私」
演習の件、と言われてまっさきに思い浮かんだのが、大和の姿と、飛来する砲弾と、暗転する視界だった。あそこで気絶した俺への叱責でもあるのかと身構えてしまったが、提督は軽く手を上げて「そうではない」とすっぱり切り捨てた。
「君は単身、初期位置にいた大和の下まで駆け、交戦したとなっているが……これに間違いはないか?」
「……ありません。たしかに戦艦大和と戦って負けました」
机の上の書類は報告書か何かだろうか、それを指で叩いて問いかけてきた提督に答えれば、ふむ、と難しい顔。
……独断で動いた事への叱責……いや、怒ってる訳じゃないんだっけ。
じゃあなんだろう。……考えてみても、やっぱり悪い事しか思い浮かばなくて、参ってしまった。
その答えは、提督から出された。
「君の速度は知っているが……些か速すぎるんだ」
「速すぎる、ですか? それは、私は速いですけど……いけませんか?」
「いや、よくないって言うんじゃないんだ。ただ、気にかかっただけで」
すっと姿勢を正した提督が、「だから正しく計測したいと思い、君を呼んだ」と話した。
この後俺に用事がないなら、早速計ってほしいと頼まれたので、了承した。断る理由はないし、それに、速さを計るって事は走るって事だろうから、悩みごとの解決のためにも思いっきり走りたかった。
……走ると考え事が捗るんだよね。
「詳しい話は計測が終わった後に、加賀からさせよう。加賀、頼んだ」
「わかったわ」
控え目に頷いた加賀に促され、退室する。
傍をちょこちょこと歩いて付いてくる連ちゃんと装ちゃんを眺めつつ、叢雲が怒った理由を考え、しかしもやもやが頭の中に充満するだけで明確な言葉が何も浮かんでこない事に困っていると、前を行く加賀さんがちらちらと俺を見ている事に気がついた。
連装砲ちゃんが気になるのだろうか。それとも、俺自身に何か用かな、と当たりをつけつつ彼女の顔を見上げれば、少しの間目を合わせてきた。
歩いている関係上、彼女はすぐ視線を前へ向き直したけど、なんとなく俺に聞きたい事があるんだろうな、と思った。
いや、そうじゃなきゃこう何度もチラ見してこないか。
「どうしたんですか?」
「……いえ」
声をかければ、逡巡するような間を置いてから、静かな返答。
言い辛い事か、言いたくない事か、今はなすべきではない事か。
なんだろなーと見続けていれば、加賀は前を向いたまま話しかけてきた。
「何か悩みごと?」
「えっ……あ、はい」
どきっとした。
だって、何も喋ってない、あまり親しくない相手だというのに、見透かされてしまったから。
俺ってそんなに顔に出やすいのだろうか。それとも、加賀の察しが良いだけ?
「戦う理由について、少し」
「……それは悩むようなものなのかしら」
立ち止まらず、顔だけ振り返ってそう言った加賀は、声音は平坦だけど、心底俺の悩みを不思議に思っているようだった。
廊下の終わりの扉をくぐり、階段を下りる。カツカツと響く靴の音。加賀はもう、階下を見ている。返す言葉を探している内に、どうやら返事のタイミングを逃してしまったみたいだ。
だからといって俺の悩みが消える訳ではない。少しでも多くヒントが欲しくて、本棟から出る際に、彼女の戦う理由を聞く事にした。
「加賀さんは、どうして戦っているのですか?」
「国のためよ」
一秒もなく返された。短くも迷いのない言葉。だけど少し間を置いて、誰かのためでもあるわ、と小さくつけ加えられた。そっちはどこか揺れ動く意思のようなものが感じられて、だから、何か具体的な事が俺の頭にも浮かんできそうだったけど、砂利道を歩いていると、その振動がだんだんと形になりそうだった何かを薄れさせてしまって、結局答えは得られなかった。
◆
「はーい、お待たせ? 加賀さんと……島風ちゃん? どうしたの?」
「提督からの指示よ。この子のデータを取れ、と」
夕張さんの工廠へやってくると、加賀は近くにいた作業着妖精さんに夕張さんを呼びに行かせた。小走りでやってきた夕張さんは、本腰をいれて何かに取り組んでいたのか緑色の作業着姿だった。所々黒く汚れていて、何を弄っていたのだろうと想像を働かせてしまう。……ルービックキューブ的な物しか思い浮かばなかった。
「了解。私の得意分野よ、任せて!」
ドンと胸を叩いた夕張さんは、手にしていたレンチがちょうど体の真ん中の線――人体の急所に上手い事当たったらしく、うっと息を詰まらせて顔を青くした。……痛そう。
「じゅ、準備してくるから、ま、待ってて……」
「そう」
やや前かがみになって胸を押さえた夕張さんが緩慢な動作で工廠の奥に戻っていくのを、加賀は無感動に見送った。心配とか欠片もしてなさそう。そんなものなのかな。
ややあって、見慣れたヘソだしルックに着替えた夕張さんが、艤装を身に着けてやってきた。手には、分厚い手帳みたいな機械の端末。あれで俺のスピードを計測するのだろうか。そういえば、どこで計るんだろう。この鎮守府にグラウンドはなかったはずだから、体育館か……ここら辺で?
と思っていたら、海に出る事になった。C海域。
「これから島風ちゃんには、ここから1km先の目印がある所まで走ってもらうわ」
「わかりました」
端末を操作しながら説明した夕張さんが――端末から照射された光が四角い板を作り出し、文字や絵を浮かび上がらせていた――、どこか不調が出たら妖精さんに言って、とつけ加えた。夕張さんの手元に描かれた青白い光に指が走ると、アナウンスが流れて、そうすると、鎮守府の方から小さなお船が走ってきた。
『待たせたな』
おお、その声(?)は……リーダー妖精さんと愉快な仲間達か。
俺のために来てくれたのかな?
『暇してた』
……ああ、そう。
お船の後方に繋げられたブイが、お船が波を割いて進んでいくと通り道のようにぽこぽこ伸びていくのを見送っていると、じゃあ始めるけど、準備は良ーい? と夕張さん。
大丈夫です。いつでも万全です。頭の中以外は。
走ればすっきりするだろうから、計測が終わった頃には身も心も万全になってるだろう。
あ、そうだ。
「夕張さん」
「はいはい、なあに?」
端末を俺に向けてマーカーがどうのこうのとアナウンス音声を鳴らしていた夕張さんに、彼女が戦う理由を聞いてみた。不思議そうに目を瞬かせた夕張さんは、んー、と空を見上げて、
「……空を泣かせないため?」
「……ロマンチック?」
「あはは。ちょっと大袈裟すぎたわね、うん。この日常を壊さないために戦ってるのよ」
照れ混じりの笑みを浮かべた夕張さんは、それを誤魔化すように、ブイの横に立つよう俺を促した。
「好きなタイミングで走り出して良いわ。ただし、走る直前に必ず声を発してね」
「……? では、いきます!」
声を発しろという意味がよくわからなかったが、一言断ってから走り出した。文字通り、海面を蹴って急加速し、ばしゃばしゃと水を蹴飛ばして駆ける。
走っていると、悩みについて考える前に、さっきの夕張さんの言葉の意味が分かった。
きっとストップウォッチだかのスイッチを入れるタイミングをはかるために俺の声が必要だったのだろう。
それと、この計測……砲ちゃんを抱えたまま行って良かったのだろうか?
腕の中で大人しくしている砲ちゃんは、それなりに重い。ずっしりしてる。これを持って千メートルも走るとなると、多少どころではないタイムの差が出てくると思うんだけど……。
それに、後ろについてきている連ちゃんと装ちゃんのタイムとかも計られているのだろうか。
なんてつらつら考えながら走っていれば、ゴールのブイが見えてきた。ここまでの道を示していたブイとは色違いの赤いブイ。傍にお船がいる。
ゴールテープを幻視しつつ走り抜けて、少しずつスピードを落としていく。ふー、と息を吐き出し、肺の中の空気を忙しなく入れ替える。ちょっとお腹が
数秒遅れて連ちゃん装ちゃんもゴールした。ぴこぴこ手を振って褒めてオーラを出していたので、頑張ったねーと頭を撫でておく。愛犬家になった気分。腕の中の砲ちゃんもキューと鳴いて撫でてと抗議してきたので、こっちもよしよししておく。
『戻りましょ』
妖精さんがお船の中から意思を飛ばしてくるのに頷いて返す。
これで計測は終わりなのかな。案外時間がかからなかった。
緩やかに走って夕張さんと加賀の下に戻れば、端末を弄っていた夕張さんが「速かったわね」と言った。
「スピードには自信がありますから。何秒でした?」
「一分切ってるわね。えーと……」
驚き……でもないか、1㎞走でかなりのタイムを叩き出したみたい。
秒数を教えてもらったけど、昔の俺の1500m走のタイムと比べれば、その速さは一目瞭然だった。
それだけでなく、このタイムは今のところどの鎮守府の島風よりも速いのだという。
「時速44ノット、といったところかしら。誤差とはとても言えないわね」
「何か問題があっあんですか?」
「うーん、問題というか……島風の平均的な速度は約41ノットなのよ」
「……?」
「改になった高練度の島風だというならこの数字も納得できるんだけど……島風ちゃんはまだ未改造よね?」
「はい。まだ、その……発生したてのぺーぺー、ですから」
新人である事をアピールすると、夕張さんはなおもううむと唸って、端末とにらめっこしだした。
「結果が出たのね」
今まで黙りこくっていた加賀が急に話しかけてきたので、びくっと肩が跳ねてしまった。今の、俺と夕張さんのどっちに話しかけたのだろう。夕張さんは反応せず端末から出る光の板を見つめているから、きっと俺なんだろう。
「平均よりも高い値が出た場合、提督はあなたの練度を集中的に高め、改にしたいと言っていたわ」
「改……ですか? でも、私、まだ……」
淡々と語られたのは、俺の改造計画だった。そんな事を急に言われても、反応に困ってしまう。
改造って、なんか危険な香りがするし、そもそも俺、レベルに直せば五にもなってないと思うんだけど……。
「提督はあなたを戦力として見ているの。期待に応えるか応えないかは、あなた
「は、はい……」
う、なんか急に肩が重く……。
戦力として見られてるだなんて言われると、緊張しちゃうなぁ。
「……そう硬くなるほどの事でもないわ。無理はさせられないはずよ」
俯きがちになった俺を心配でもしてくれたのか、加賀はそうつけ加えた。相変わらず平坦な声だけど、気遣ってくれたのだろう事は、なんとなく察せた。
……あ!
あ、ひょっとして、赤城さんが言っていた『クールだけど誰よりも熱い心を持つ人』って……吹雪が俺に聞かせたかった事を言った人って、もしかして加賀……さん?
「……? 何かしら」
じーっと加賀さんの顔を見ていれば、最初俺の言葉を待っていたらしい彼女は、やがて眉をひそめてぺたぺたと頬に触れた。あ、なんか、雰囲気が和らいだような……認識の違いかな。
「考えててもしょうがないか!」
加賀さんに少し親しみを感じていると、夕張さんが声をあげた。端末を操作して光を消し去ると、それを艤装と腰の間にしまい、俺達に向き直る。
「これで計測はおしまい。お疲れ様」
「お疲れ様です。ありがとうございました」
「私は帰って報告書を作るから……あなた達はどうするの?」
「計測の結果を先に提督に伝えるわ。……あなたはもう自由にして良い」
「わかりました」
加賀さんの言葉は、前半が夕張さんに、後半が俺に向けられたものだ。
これでほんとにおしまいらしい。もっといろいろやるのかと思っていたけど、そうでなかったから、ちょびっと拍子抜け。
夕張さんの工廠の前に戻り、そのまま加賀さんとも別れる。寮に戻る道を歩きつつ、この後はどうしようか、と考えた。
部屋に戻っても吹雪と夕立はいないだろうし、ごろごろしてたって答えは見つかりそうもない。いっそ知り合いや他の艦娘にも、どうして戦うのかを聞いてみようかな。
……朝潮の戦う理由も聞いてみたい。「司令官のためです」とすぐに答えてくれそうだけど。
とりあえず、寮や本棟を歩き回って、見かけた艦娘に片っ端から……あー、いや、話しかけやすそうなら、聞いてみようかな。顔見せにもなるし、うん、良い案だ。
「戦う理由か。世のため人のため、だな。前は違う事を考えていた気もするが……今は、これだ」
艦娘寮敷地内で会った日向。
「この戦争を終わらせるためだ」
駆逐寮内で会った長月。
「勝利を司令官に、そして姉妹達に届けるためだ。……何かおかしいか」
長月の隣にいた菊月。
「平和を取り戻すため、と考えているけどぉ~……ふふっ」
同じく駆逐寮内で見かけた荒潮。
「そんなの決まってるでしょ。深海棲艦を滅ぼすためよ」
荒潮と一緒にいた満潮が、聞いてもないのに答えてくれた。
……ちょっと怖かった。
「そりゃーキミ、勝つためやろ」
艦娘寮敷地前の砂利道で擦れ違った龍驤。
「みんなのために……それに、綾波自身のために」
本棟の階段の踊り場で掲示板を眺めていた綾波。
「司令官のために……なーんてね。みんなのためよ」
三階への階段を上がっている際に会った如月。
「新入りさんを守るためって言ったら、嬉しい? そういう喜びを守るためでち」
三階の廊下、一つの扉から出てきたでっち先輩。
「……電は、みんなの笑顔のために戦っているのです」
でっち先輩に連れられて再びやってきた執務室にて、提督にこれからの演習の事や、本格的に第十七艦隊を運用し始める事などを話した後、退室前に、電。
誰しもがそれぞれ戦う理由を持っている。
でも、それは俺も同じのはず。だから、なぜ叢雲が怒ったのか、ますますわからなくなってしまった。
ひょっとしてあれは怒っていた訳じゃなかったかもしれない、とも考えたけど、それはちょっと無理がある。不快そうにしていたし。ではなぜ怒っていたのか。俺の発言が彼女の意に沿うものではなかったから、というのはわかるけど……じゃあなんて答えれば良かったんだろう。
「新入りさんは、自分が戦う理由を探しているでち?」
「……そう、なんでしょうか。よくわかりません」
「新入りさんは、変わってるでち」
変わってる、と言われて、思わずでっち先輩の顔を見たけど、彼女は特別俺を
俺がこうして悩んでいる事を不思議がってもいるようだった。
俺には、みんながみんな戦う理由を持ってる事が不思議なんだけど……でも、考えてみれば当然か。何も考えずに戦争に身を投じる人なんていないだろうし。
そう考えてしまうのは、俺が……普通の艦娘ではないから、なのかな。
……朝潮の話も聞きたいなあ。きっと答えは想像通りだろうけど、それでも、彼女の顔を見て、彼女の声で直接伝えられたい。そうすれば、何か答えが得られるんじゃないかって気がするんだ。
そんな風に思っていたからだろうか。
朝潮と会えた。でもそれは、望んだような形で、ではなかった。
階段を下りていると、由良水雷戦隊が上ってきていたのだ。みんな大なり小なり損傷していた。当然、朝潮も服が破れ、肌を覗かせていて……だから、一瞬頭の中が真っ白になって、気がつけば彼女に駆け寄り、その手を取っていた。
「朝潮、大丈夫!?」
「は、はい。私は大丈夫です」
ころころと転がり落ちた砲ちゃんが両手を上げて着地した。
周りの目なんか気にせず、彼女の状態を確認する。肌に傷はない。服の損傷具合からして大破までいってしまっているみたいだけど、生体フィールドが彼女の体を守ってくれたみたい。
ほっとして朝潮の顔を見上げれば、彼女は心配そうに俺を見ていた。それで、自分がかなり無遠慮に彼女の体を見ていた事を思い出して、慌てて手を離した。顔に血が上るのがわかる。あ、あ、なんか、すっごく恥ずかしいんだけど……。
「ご、ごめんね。朝潮が怪我してるみたいだったから、びっくりしちゃって」
「お気遣い感謝します。艤装は損傷してしまいましたが……怪我などは」
して、ないんだね。良かった。
再度息を吐く。朝潮は、真面目な顔をして俺を見上げて、どうしたのですか、と静かに問いかけてきた。
……たまたまここでこうして出会ったから、駆け寄っただけ。……それだけ。
ほんとは、聞きたい事があったような気がするけど……無事を確認したら、忘れちゃった。
……でも、言いたい事は、できたかな。
「ねえ、朝潮」
「……なんですか?」
もう一度手を取ると、彼女は目を瞬かせて、問い返してきた。
「私、朝潮のために戦う」
「私の……ために、ですか……?」
「うん、今決めた」
俺の言葉をいまいち理解できていない様子の朝潮。
それでも、構わない。
やっとわかった。
朝潮を……艦娘を、みんなを守るために戦う。それがシマカゼのやりたい事。シマカゼはそのために戦う。いつもみんなと笑い合えるように、そうすれば、私の居場所はそこにあるって、わかったんだ。
「なんかよくわかんねーけど、良い話?」
「なんか、素敵だねー」
俺が朝潮を止めてしまったために、一緒に足を止めていた深雪と五月雨が、俺達を見ながらそう言った。由良も、何も言わないけど、俺達を見ている。
……三人にも、戦う理由は、当たり前のようにあるんだろうな。
艦娘なら誰でも持っている、理由。
俺にはそれがないらしいってわかった。だからさっき、ちょっと不安になった。
俺は艦娘であって艦娘でなく、人であって人でない。
艦娘でありながらも……やっぱり人間として生きたい。
艦娘が人のために戦う存在なら、人間である自分は、艦娘としての力を使って艦娘のために戦おうって、そう思った。
……傲慢かもしれないし、まだまだ全然、力も足りてないけど……決意すれば、自分のやるべき事だって見えてくる。
朝潮の手を離し、すっと壁際に寄る。
「止めてしまってすみません。ありがとうございました」
「ううん、大丈夫。伝えたい気持ちは、全部伝えられた?」
「はい」
優しい笑みを浮かべた由良に、力強く頷いて返す。
提督への報告のためか、三階へ上っていく四人を見送った俺は、砲ちゃんを拾い上げてから、飛ぶように階段を駆け下りて外に出た。
向かう先は、港。叢雲のいるであろう、海に近いあの足場。
もしかしたらいないかも、なんて事は今の俺の頭にはなくて、実際、その場所に着いた時、叢雲は私服姿で海を眺めていた。
「叢雲!」
「……何?」
ばっと飛び降りて、勢いあまって海の上に出る。ばしゃりと海面を蹴りつけ、足場の上に戻ると、叢雲は鬱陶しげに俺を見た。
「私の戦う理由、見つかったんだ」
「だからどうしたっていうのよ」
「謝りたいんだ。怒らせちゃったから」
腰に手を当てて睨みつけてきた叢雲に、ごめんねを言う。
わかったんだ。彼女が怒った理由。俺の言葉の何がおかしかったのか。
自分の考えではなく、そういうものだからそうしている、という答えだったから、彼女の怒りを買ったのだろう。
だから見つけた。なんのために戦うのか。自分の考えを。
この島風も含めた、艦娘すべてを守るために戦う。そう決めたんだ。
一瞬頭に浮かんだ朝潮の――姉さんの笑顔が、じんと胸を熱くさせる。
「……そう。ま、せいぜい頑張りなさい」
「うん。……ありがとう」
顔を背けた叢雲からは、もう怒りや何かは感じられなかった。
俺は彼女に感謝の言葉を投げかけた。
だって、叢雲がそういう風に問いかけてくれなければ、きっと俺は、漠然と戦う理由を持つだけで、ちゃんと考える事もせず戦っていただろうから。
それじゃ駄目なのだろう。
よくわからないけど、そう思った。
「あ、でも、わからない事があるんだけど……」
砲ちゃんを抱え直しながら、もう一つ、考えてもわからなかった事を聞いてみる。
叢雲は、何も言わないながらも、俺へと目を寄越した。
「なんで私がそうだってわかったの?」
俺がそういった、戦う理由を持たない奴だって、どうして叢雲がわかったのか、その理由が見つからなかった。
思想だとか、そういう事は口にした事はないはずだし、そもそも叢雲とはあまり顔を合わせてないのに、なんでわかったんだろう。
「勘よ」
「……缶?」
「わざと言ってる?」
あ、いえ、まあ。
拍子抜けするほどあっさり、理由が判明した。でも、それはなんというか、ちゃんとした理由ではなかったから。
いや、勘がちゃんとしてない理由だって訳じゃなくて。
でも、求めていた答えとは違ったというか……。
ああ、自分でも何考えてんのかわかんなくなってきた。
「……隣、いていい?」
「ご自由に」
だから、叢雲の隣でゆっくり考える事にした。
彼女への苦手意識は、なぜだかかなり薄れてきたみたいだし……せっかくだから、この機会に彼女と仲良くなってしまおうかな、なんて考えて、ふと、そういえば叢雲の戦う理由ってなんだろう、と気になった。
「……仲間を失わないためよ」
「そっか。そうなんだ……なんか、優しい理由だね」
「何がよ」
「なんでも」
少しの間迷った素振りを見せた叢雲は、結局理由を話してくれた。俺に言わせたのに、自分が言わないのはフェアじゃないと思ったのだろうか。彼女の心を読める訳ではないからその理由はわからなかったが、少なくとも、彼女の戦う理由はわかった。
失わないため、は言い換えれば守るため。叢雲の仲間といえば、最初に思い浮かぶのが、ルームメイトの吹雪と夕立だ。きっと叢雲は、彼女達や、この鎮守府のみんなのために戦っているのだろう。
それが優しいと感じられた。
なぜかはわからないけど……頬を朱に染めて腕を組み、ずっと遠くの水平線を眺める彼女の横顔を見れば、理由なんてどうでもよくなってしまった。
俺は、強くなる。その素質もあるみたいだし、提督も、そのための場を提供してくれると言った。
だから、誰かが決して沈まないように……朝潮や、吹雪や夕立や、叢雲や……みんなが傷つかないように、今よりずっと強くなって、みんなを守るために戦いたい。
よし、やる気出てきた。今日も明日も頑張るぞ! っと。
ぺちんと片手で頬を叩いてみたけど、ふと嫌な事を思い出してしまった。
……あー、頑張る前に……砲撃の腕をなんとかしないといけない。
気合いが入ったはいいものの、大きな壁が目の前にある事を思うと、しおしおと気力が萎えてしまった。
改になったら射撃の腕とか上がんないかな。
……無理か。
地道にがんばろ、と決意した俺は、壁に背を預けて、水平線を眺めた。
いつかそこに勝利を刻めるといいな、なんて考えながら。