良かったら見てね☆
ぐらりと視界が揺れた。
何度も跳ねる機体のせいじゃない。波のせいでもない。
後頭部を殴られたような痛みに目が眩んで、危うく水上バイクの上から投げ出されそうになった。
慌ててスロットルレバーを握り込み、体重を上手く移動させて蛇行しつつも、体勢を立て直す。
ハンドルの左側、トリガーに似たブレーキレバーに指先を引っ掛けて軽く引けば、がくんと揺れた機体が僅かに速度を落とした。その間に方向を修正する。向かうは、最初に奴らがいた場所だ。
局地的に霧が晴れ、照明弾が周囲を照らしているといっても、タ級がもたらした夜はまだ続いている。そのため、ずっと向こうは真っ暗で、俺の目ではどこに敵がいるかわからなかった。
いくら艦娘の目が良いといっても、夜目が利くわけではないらしい。それでも、あいつらは光っているのだから、見つけられたっておかしくないんじゃないかとは思うんだけど。
時速120キロの最大速度で直進していけば、すぐに敵の姿が見えてきた。
最初より少しばかり後退した位置に佇むタ級flagship。……その一体だけ。
他はいない。ヲ級二体とイ級flagshipは、見回した限りで見える範囲にはいなかった。
ひょっとして、もっと船の近くに移動した?
だったらタ級に向かっている場合ではない。左に重心を移動させ、機体を傾けて一息に方向転換する。ぐるんと視界が回転して、高く跳ね上げた水が飛沫となって向こうの方へ降り注いでいった。
スロットルレバーをぐいと捻れば、軋みをあげて船体の先端が持ち上がった。乱暴に足踏みして無理矢理海面に戻し、船へと取って返す。
タ級からのアクションはなかった。戦艦ならばあの距離からの砲撃でも届くだろうし、外したとしても影響はでかい。それがわからないのか、それともわかっていてやらないのか。
考えても仕方のない事だ。まずはヲ級をやっつける。それだけ考えて行こう。
背後にも注意を割きつつバイクを繰れば、あっという間に大きな船の横腹が見えてきた。
そして、由良さんと対峙するヲ級の姿も。入れ違いになった? 不覚だ。
ほとんど止まっている船から離れた位置で、数が減った艦載機を相手している吹雪達とは反対の方で、二つの人影がぶつかり合っている。ヲ級が振るう杖を、由良さんは腕の砲を進路上に合わせて防いでいた。硬質な音が何度も響く。叩かれるたびに体勢を崩しそうになる由良さんにひやひやする。
近接戦って戦艦が好むんじゃなかったのか、なんて思考が走ったけど、考えてる暇はない。距離をとりながら砲撃しようとした由良さんが、杖を打ち付けられ、ヲ級がかぶる頭の異形が、空気を震わせて放った砲弾に吹き飛ばされた。
声もなく、波を割って転がっていく由良さんから目を離し、ヲ級を睨みつける。ハンドルを動かし、進路を調整。スロットルレバーを目いっぱい捻って、もっと速度を出そうとする。
でも、これが最大速度だ。これ以上のスピードは出ない。いや、これで十分! みるみるうちにヲ級との距離が縮まっていく。
『……ッ!?』
「連装砲ちゃん!」
駆動音に気付いたヲ級が勢い良く振り返るが、もう遅い。連ちゃん装ちゃん砲ちゃんに指示を下せば、肩から身を乗り出した三匹が前のめりになって砲撃を開始した。右の連ちゃん左の装ちゃん、右の砲ちゃん左の連ちゃん。
ドン、ドン、ドォン。交互に放たれる砲弾は、まっすぐ飛んでヲ級の周囲にぶつかっていく。弾け飛ぶ海水や波に自由を奪われ、身動きが取れなくなるヲ級へ、ハンドルを上に引っ張って船体を持ち上げ、ウイリーさながら突っ込んでいく。
轢き逃げアタックを食らえ!
『グゥッ!』
ドカンとバイクが揺れた。重く大きな物と船底が激しく衝突し、乗り越え、ガリガリと削って、再び海の上へ落ちて走り出す。
船の横腹を前へ突き出すようなブレーキの仕方。立ち上がろうとしている由良さんに近付いてゆく。っとと、このままじゃぶつかってしまう。体を傾け、投げ出されないように気をつけながら急旋回。巻き上がる逆上がりの雨の中、風に絡まれた髪の毛が顔の横を流れていった。バイクの向きは、にっくきあいつに固定だ。
『キュ~』
青い機体で前方の水滴を跳ね飛ばし、よろめいているヲ級へ突っ込む。前傾姿勢になった俺に、何をしようとしているのか察した連ちゃんと装ちゃんが左右の海へ身を投げ出した。遅れて砲ちゃんも肩の上から飛び出していく。顔を向けずに彼女達の退避を確認してから、機体を蹴りつけて小ジャンプ。さらにハンドルに着地して一瞬屈伸、刹那に溜めたパワーで前へ跳ぶ。
「とりゃーっ!」
『オ――』
跳び蹴りの体勢で突っ込んだ俺を振り仰いだヲ級が、驚愕に顔を染める。いける! と思ったけど、位置の関係で俺のキックはヲ級がかぶる異形を蹴りつけるだけに終わった。ブーツを受け止めた相手の砲身が一本曲がったものの、異形を破壊したりだとかはできなかった。鉄を削る不快な音と火花が散る。ヲ級が背を反らす中で、異形を蹴りつけて宙返り。やってきた水上バイクにどうっと腹を打たれて連れ去られて行くヲ級を遠目に、一拍置いて海面へと下り立った。足を畳んで衝撃を逃がす。
なんとかバイクから逃れたのか、波の合間を転がっているヲ級を見つけ、着地の姿勢から立ち上がりざまに駆け出す。背後から飛んできた砲弾が、立ち直ろうとしていたヲ級の片腕を穿つ。おそらくは由良さんの支援砲撃。ナイスショット!
小さな爆炎が広がり、煙となる間に懐へ潜り込む。
『オオ――』
「はっ!」
苦痛に顔を歪め、それでも接近した俺に対して行動を起こそうとするヲ級の腹に、勢いを乗せた拳を叩き付ける。
肉を打つ感触。だけど、重厚な鉄を叩くかのような衝撃が拳に返ってくる。怯んで、素早く数歩後退したヲ級を追って、一歩踏み込む。振りかぶった左の拳を同じ位置へぶつけ、引き戻す中で右の拳を突き出し、痛む拳を気にせずに、今度は左拳を振るう。振るう、振るう、振るう。
秒間数発。スピード重視の殴打を繰り返す。
『ヌ、グ……!』
忌々しげに声を漏らしたヲ級が、俺の腕を振り払うように、右手に持った杖を振った。視界の端でそれを捉えた俺は、伸ばしていた手を引っ込めつつ、右へ体を傾けて避ける。顔の傍を通って行った杖に、ふわりと持ち上がった後ろ髪が背中に風を送り込んだ。清涼感に笑みを零す。
僅かに目を開いたヲ級が、返す杖で叩き付けようとしてくるのを、半身になってずれる事で躱す。黒く長い杖の先が海面を叩き、細い水柱を作り出した。
「遅いね」
『――――!』
流れに逆らわず、流されるように、綺麗に。
歯を噛みしめて、杖の先を跳ね上げたヲ級に、おっと、と暢気な声を漏らしつつ半歩後退する。背を反らせば、顔の前を尖った杖の先端が通り過ぎていった。巻き上げられた水の軌跡が、下の方からぱらぱらと水滴になって消えていく。
顔の高さで杖を両手で支え、握り込んだヲ級は、今度は突きを放ってきた。空母といっても怪物は怪物。流石の膂力か、空気を穿って俺の顔に迫る杖は、たしかな迫力を伴っていた。
まあ、見えてるんだけど。
杖の横に手を当てて進路をずらしながらヲ級の側面に移動し、攻撃を外した隙をついて、跳び上がって首筋に肘を叩き込む。元々前に出ていた体が沈み込んでいくのに合わせて、握り拳を背にぶつければ、水を跳ねさせて倒れ伏した。
じんじんと痛む手をひらひら振りつつ、立ち上がろうとするヲ級に手を貸す。といっても、肩を掴んで引っ張ってやっただけだ。同じ方向へ力が加われば、簡単にヲ級は立ち上がった。
意図していたものではないだろうから、よろめいていて隙だらけだ。
身長差の関係で、ちょうど鳩尾あたりにパンチを見舞えば、苦しげな声を上げてヲ級が後退する。でもやられっぱなしという訳ではない。素早く直立すると、頭の異形の砲が火を噴いた。
吐き出された砲弾は、この至近距離だ、俺に直撃はしないものの、周囲の海を荒立てて、危うく足を取られそうになった。波に気を取られている内に詰め寄ってきたヲ級の杖に二の腕を打たれ、勢いに負けて海面を転がる。海は冷たかった。打たれた腕や痛みの残る背に、反動を受け止めてずきずきしていた両肩も、海が冷やしてくれた。転がされたというのに、なぜだかほっとしながら、自ら転がって距離をとる。
あんまり離れすぎたら奴の砲弾の餌食になる。ずっと遠くまで行ったら、艦載機を放ってくるだろうか?
いや、それはないか。きっと、全部の艦載機を吐き出したからこそ、こうして自らの手で戦ってるんだろうし。
勢いを殺さないよう、腕をついてすぐさま立ち上がり、足の位置を入れ替えて回転。追撃を警戒しての動きだ。
ヲ級は、さっきの場所から動いていなかった。ただ、顔は別に向けられている。船の方……由良さんが、煙を噴く砲を構えていたから、俺が離れたタイミングで砲撃してくれたのだろう。でも、砲撃音は聞こえなかった。耳が馬鹿になってる訳でもないのに……目の前の敵に集中しすぎた?
キィィ、と耳の奥で音がする。耳鳴り。ああ、これのせいで音が聞こえなかったんだ。気付かなかった。
気にする必要はない、とヲ級へ向かっていく中で、耳鳴りが治まり、風の音や砲撃音、警報の音や、耳障りな艦載機の音が一気に戻ってくる。
眉を寄せ、目を細めて耐えつつ、俺に顔を向け直したヲ級が横薙ぎに振るった杖を、頭を下げ、姿勢を低くして回避する。直後に全身のバネを使い、半ば跳び上がるようにして上体を持ち上げ、元の姿勢に戻れば、杖も腕も振り切ったヲ級と目が合った。
ほんと、おっそーい。
意識して小馬鹿にしたような笑みを浮かべてみる。挑発だ。効くかどうかはどうでも良かった。ただそうしたくなったってだけだったから。
さっきからのヲ級の表情の変化を見るに、怒ったりもするみたいだし、挑発は有効だろう。現に、目の前のヲ級は、怒りに瞳を揺らして硬直している。一秒にも満たないその遅れが命取りだ。
右腕を、引き戻されようとしているヲ級の腕にぶつけて阻み、左肩からぶつかっていく。
杖を持つ腕に手を絡ませ、引き伸ばし、半転。腕を掴んだままヲ級と背中合わせになるよう動けば、痛みに呻いたヲ級がもがいて、振り返ろうとしてきた。向き合いたいのかな? ならお望み通りにしてやろう。
向きを変えるヲ級と同じく、くるりと回ってお互い顔を合わせる。目線の高さはあっていないが、向こうは憎々しげに俺を睨みつけていた。
「やあっ!」
『――!』
ただ振り返るだけじゃない。勢いつけて振りかぶった拳を、ヲ級の腹に叩き込む。ほとんど剥き出しと同じな灰色の肌は柔らかく、しかし硬かった。
怯んで下がるヲ級の腕は、未だ俺の手の中にある。お互いの腕の長さ以上の距離をとる事はできず、だからヲ級は、腕が張るのにがくんと体を揺らした。
『ク……!』
ヲ級の腕を掴んでいた手が滑って、抜けていく。その中で杖の半ばを掴み、ヲ級の手とは反対の方へ傾ける事で武器を奪った。これを武器と言えるかは微妙だけど、でこぼこで、先端は鋭く尖ってて、クエスチョンマークみたいになってる上部のこの杖は、たぶん異形か何かの牙から削り出したようなものなんだろうし、武器と言って差し支えないだろう。
上部を柄に見立てて握り、剣のように振るう。頑丈な先っぽは、ヲ級の体を削るようにして叩き付けても折れる気配がない。続けて二度、怯むヲ級に杖をぶつけ、よろめいて後退するのを追って、開いた左手で掌底を見舞う。
『ウグ……!』
どうする事でもできずにただ下がっていくヲ級を前にして、杖の上部と半ばをそれぞれ逆手に握る。足を前に出し、回転。相手に背を向ける形。遠心力を乗せ、尖った先を槍のように突き出す。
柔肌を貫くように沈んでいった杖からは、生物的な中身の様子が生々しく伝わってきて、だけど、戦闘の興奮と高揚が忌避感を打ち消す。臓物や何かを貫く気持ち悪い感触も、今この時だけは、心地良かった。
――ああ、私、戦ってる……。
深く突き刺さった杖を引き抜けば、赤黒い液体が噴き出した。血液に似た、しかしそうではないものは、杖の先端にも粘り気を持って引っ付いている。ぶんと振って異形の血糊を飛ばし、手の内で杖を回転せ、今度はクエスチョンマークに似た上部を武器に見立てる。
腹を押さえ、背を丸めるヲ級は、立ち直るには少し時間が要りそうだった。
露わになっている弱点……細い首に、杖上部を……クエスチョンマークの穴開き部分を押し当てる。
はっとして顔を上げたヲ級が、口を開いて何かを言おうとした。
声を待たずに、両手で持った杖を思い切り引く。
鋭い部分が引っ掛かかる。
皮を突き破る硬い物。
摩擦熱と液体の中を突き進む無機物の感触。
杖から手へと伝わってくる情報は非常に多く、白手袋の中は汗に蒸れて、熱い吐息を漏らせば、応えるようにヲ級の首から液体が噴き出した。
たぶんそれは、オイルなんだと思う。
血潮のように流れ出すそれは、艦娘と同じで血液みたいだけど、でも、たぶん、違う。
熱いものが頬に付着した。それで、もうヲ級が長くない事を察した。
幾つか由良さんからの砲撃を貰っていたのだろう、脆くなっていたところに致命的な損害を与えられて、おしまい。
どこがどう作用したのか、ヲ級の体から断続的な爆発が巻き起こり、それが異形に及ぶと、一際大きく膨れ上がった。
真ん前にいた俺は堪ったものではない。衝撃と熱を真正面からぶつけられて、でも、僅かに後退るだけで、なんとか耐えた。
炎上しながら膝をついたヲ級が、足下から沈んでいく。光を失った目はどこも見ていない。海面に揺蕩うマントのような黒衣は、どこか寂しげだった。
火の手が俺にまで伸びてくるのを、杖を振るって跳ね返す。その際、先端と上部の濡れに引火して、勢い良く火がついた。
「わ、わ、わ、」
このままじゃ杖全体が、そして手にまで火が燃え移ってくるんじゃないかと焦って、大慌てでどうにかしようとわたわたする。
放り捨てればそれで済むのに、体からできるだけ遠くに離すように、伸ばした腕の先に握った杖を手放す事ができず、ついでに海に突っ込んで鎮火をはかるなんて考えもつかなかった。
目の前のヲ級は海に沈みゆく中でも燃え盛っている。きっとそのせいで、水につけても消えないんだって無意識に考えたのかもしれない。
「あわ、あ……?」
無意味に空いてる手を振ったり握ったりして考えを巡らせていると、ふと、炎が杖を伝ったりはしていない事に気が付いた。
「なんだ……だいじょぶじゃん」
杖の上部と先端、それぞれ、オイルで濡れている部分だけが炎に包まれていて、そこ以外には引火しないようだった。ヲ級が爆発したのも、体内のオイルのせいなのかな。なんか昆布みたいだ。
一度振り回してみても、炎が消える気配はない。けど持つ場所を間違えれば火傷してしまいそうだ。
背後で聞こえた砲撃音に振り返れば、倒したはずのヲ級が由良さんと、吹雪達を襲っていた。
後ろには……俺が倒した奴がいる。あれは、ああ、もう一体か。
一対一でも由良さんは結構戦えていた。そこに三人が加われば楽勝なんじゃないかと思ったけど、彼女達の頭上には、少なくなってはいるが艦載機が虫みたいに飛び回っている。ヲ級を守るように時折銃弾を放つ艦載機に、みんな苦戦しているみたいだった。
ならば俺も加勢しよう。
離れた位置で待機していた連装砲ちゃんに声をかければ、水上を移動して近付いてくる。みんなをサポートして、と頼めば、こっくり頷いて、旋回。みんなの方に向かっていく。
俺もみんなのところに向かうつもりだ。せっかく良い武器も手に入れたし、まずはこいつで一撃加えよう。
少し足を開いて立ち、杖の真ん中を持った右手を前へと突き出す。杖は横倒し。後ろと前で燃焼音がしていて、それが少し格好良く思えた。
表情を引き締め、航行を開始する。姿勢はそのまま、体の全部に力を入れて前へ進む。最大速力だ。立つ波の抵抗と、吹き付ける風が強い。姿勢を低くしたり、駆けている訳ではないから、いつもよりスピードは落ちてしまっているだろう。損害もあるし。それでも、杖の両端についた炎が後ろに流れ、ごうごうと音を発するくらいの速度は出ていた。
夕立へ向けて砲撃したヲ級へと向かっていく。ヲ級は、まだ俺に気付いていない。由良さんやみんなも、接近する俺に気付いていなかった。
ヲ級から離れてもらわないとこの長物は振り回せない。気づけ気づけと念を送っても、妖精暗号通信とやらは発動しない。あーもう、仕方ない。やめておこうと思ったんだけど……みんなに知らせるためにも、ここは一つ技名を叫んでおくか。その方が気合いも入るって。
諦めの中に、少しの期待が混じる。公の場でそういうのは、やっぱり緊張する。やらないって選択はないけどね。
すぅっと息を吸い込んで、自分に向けて、みんなに向けて宣言する。
『メタルブランディング!』
反響する声が、暗い海の上を滑っていった。
熱と鋼鉄のイメージを浮かべながら、両手で持った杖を体の横へ持っていき、振りかぶる。俺に気付いたヲ級が振り返り、ぎょっとした。海面を赤く照らして走る炎の尾に、由良さんや吹雪達は、目を丸くしたものの、すぐに何事かを理解して距離を取り始めた。ヲ級は逃げない。体ごと俺に向けたヲ級が、距離の関係上か、杖で防御姿勢をとった。
「ぅおりゃーっ!」
『オ――』
その横を擦り抜けざまに、燃え盛る杖を叩き付ける。
勢いの乗った杖は、頑丈な杖に受け止められて一瞬止まり、だけど、俺が進むのに合わせて強引に振り切られた。火のついた上部がヲ級の顔を強打する。硬質な音の中に火花が散った。
それだけでは、さすがに倒せないだろう。杖を放り捨て、姿勢を正しいものに変えて速度を上げ、船へ向かって走る。俺がヲ級から離れれば、タイミングを見計らっていたのか、由良さんと深雪が同時に砲撃した。直撃。後ろは見えないけど、そんな音がした。
「島風ちゃん、平気っぽい!?」
「うん!」
上を警戒している夕立の傍を通る際、そう声をかけられた。何が平気か、はわからないけど、体に異常はないので頷いて、しかしそれでは、もう後ろにいった夕立にはわからないと気づいて、声を張り上げて返す。
返事はない。代わりに、穿たれる水音。機銃の音。艦載機の生き残りが暴れ回っている。こいつらは、ヲ級を倒したって、帰る場所がなくなるだけですぐに消えたりはしないだろう。
船の目の前で反転して、再加速。ヲ級はまだ立っていた。黒煙を上げ、よろけながらも、杖をついて持ち堪えている。由良さん達の追撃はない。深雪の方はたぶん艦載機のせいだ。でも由良さんは?
由良さんは、体を庇いながら砲を構えていた。そういえば彼女も何度か攻撃を受けていた。生体フィールドを抜くほどのダメージを負っているのだろうか。服の前面が真っ二つに裂け、下部分のほとんどが焼け焦げて無くなってしまっているのを見るに、そうなんだろう。曝け出された素肌は健康的に色づいていて、柔らかさを感じさせられた。――錯覚だ。
不機嫌そうにヲ級を睨みつける由良さんが体を揺らして砲撃すれば、動き出していたヲ級の間近に着弾した。波に足を取られ、体を強張らせてバランスを保とうとするヲ級――。
よし、ここだ!
『!』
足を揃え、跳ぶ。
もう慣れた動きだ。空中で身を丸め、膝を抱えて一回転。片足を突き出し、勢いとスピードの全てをヲ級へ向け、急降下キックの体勢で突撃する。
ヲ級の反応は素早かった。顔を上げ、俺を認識すると、片手で持った杖を俺に突き付けた。う、なんて事を!
足の位置を調整し、足裏が杖の先端とぶつかるようにして、キックをお見舞いする。尖った先端に貫かれてしまわないか怖かったが、夕張さんが頑丈に作り直してくれたこのブーツは、火花を散らす程度で杖を圧し折り、ヲ級の胸を蹴りつけた。
その場にバシャリと着水する。
スピードをかなり殺された。ヲ級は吹き飛び、転がっていったけど、倒すには至らない。ここで由良さんか誰かの砲撃があればとどめを刺せるけど、追撃はない。なら俺が、もう一発ぶつけて倒そう!
勢い良く両腕を広げる。
『ウェイクアップフィーバー!』
胸の中で声が響く。
俺の声。
恥ずかしげもなく必殺技始動を宣言して、俺に行動を促す。
なんで今ヒーロー気取り? なんて自分に問いかけても意味はない。気分が乗ってる。子供心は制御不能。こうなったら自分でも止められない。だって誰も怒らないし、咎めないのだから。
それにみんな、俺がキックするのにはもう慣れている。
「はぁぁ……」
腰を落とし、顔の前で両腕を交差させる。目をつぶり、深く息を吐いて、精神を研ぎ澄ませていく。
高揚した気分を落ち着け、息を整えたら、目を開いて顔を上げる。
うん、大丈夫。やれそうだ。
足の位置を入れ替える。右足を前に、左足は後ろ。それで準備はオーケー。
膝を曲げ、力を溜めて、前へ向かって跳び上がる。両腕を広げ、揃えた両足の先まで伸ばして、立ち上がったばかりのヲ級へとぶつかっていく。
「はぁっ!」
『ッ――!』
足裏が接触すると、ヲ級はぐんと顔を上げて苦しげに表情を歪め、しかし受け止めようと体を張った。貫くために、屈伸するほどに衝撃の全てをヲ級の胸へ流し込んでいく。ザアア、と波の起こる音。俺がヲ級を押し込み、後退させている音。
勢いがなくなれば、胸を蹴りつけて宙返りし、着水する。背を伸ばしながらばっと片腕を広げてかっこつけ。……決まった、完璧。
『ゥ、グ……ッ!?』
胸を押さえて片膝をつくヲ級に、数本の雷跡が迫った。水面が盛り上がり、爆発する。飲み込まれたヲ級は声を上げる事なく海に飲まれた。
……あー。
「やった! やりました!」
「吹雪ちゃん、まだ上が残ってるっぽい!」
聞こえてくる声から察すると、今の魚雷は吹雪が放った物か。俺が仕留めきれなかった奴にとどめを刺してくれた。完璧なタイミングだった。ここに拍手を送ろう。
喜ぶ声と警戒を促す声を後ろに、ふぅっ、と息を吐く。
……今気づいたんだけど、キバ、ないじゃん。何やってんだろう、俺。いや、そもそも何を言ってるんだろう、俺は。
努めて平静を装い、佇んでいるけど、心の中では自分が調子に乗っていた事を反省していた。勢いづいて両足キックまでしてしまったけど、そもそも俺がキックで戦う事を選んだのはその方が有効的であって、決して蹴りつける方が砲撃より威力があるからではないのだ。
その威力不足を補うために速度を乗せているというのに、ただのジャンプキックをするなんて。
エフェクトや何か……特別な力なんてないんだから、やみくもにキック攻撃をする訳にはいかないのに。
もちろん、ただのジャンプキックでも効く相手はいるけど、間違っても空母や戦艦にやるべきではない。必殺のつもりの一撃は、逆に自分を窮地に立たせるだろう。調子に乗らず、ちゃんとやらなきゃ。
胸元で両手を握って、よし、と気合いを入れ直す。ふざけてると、先輩方に怒られちゃうぞ、っと。
「――集まって!」
由良さんの号令に、慌てて声の方へ体を向けて走っていく。吹雪や夕立、それに深雪も、何も言わずに由良さんの下へ一直線だ。
彼女の前で横一列に並ぶ。いちおう周囲の警戒はしているが、こうして号令がかかったという事は、この場所での戦闘は一段落付いたって事なんだろう。
「状況を報告して」
俺達を見回した由良さんが、静かに促した。
体を庇うようにして、垂らした右腕を左手で掴む姿は、肌を隠しているようにも見えて、それを眺めていた俺が顔を上げれば、彼女と目が合った。
あっ、あ、俺からだ。
「ええっと。……シマカゼ、中破。でもまだ大丈夫です」
「吹雪、中破です。艤装の損傷は少ないですが、魚雷を使い切りました」
「夕立は小破っぽい。機銃に連装砲がやられて、ちょっと調子が悪いっぽい」
「深雪様はぴんぴんしてるぜ。続けて撃ちすぎたから、ちょっとクールダウンが必要だけどな」
口早な報告に、うんと頷いた由良さんは、戦闘継続に問題はなさそうね、と言った。……自分がどれくらいやばいかいまいちわかんなかったけど、中破で良かったんだろうか? ……良いんだよね、何も言われなかったし。
耳に手を当て、少しの間黙ってしまったのは、通信しているのか。やがて顔を上げた由良さんが言葉を続ける。
「損害の小さい子で敵の旗艦を叩きます。由良に続いて」
「はい!」
「ぽい!」
「おう!」
指示されずとも陣形を組んで、船を大きく迂回するようにして反対側に回っていく。タ級とは逆方向だけど、そっちに行く事への疑問はない。まずみんなと合流するのが大事だ。俺達に続くようにやってきた連装砲ちゃんが、俺の左右についた。ぴょんと跳ねてきた砲ちゃんを抱き止めて、腕に抱える。
船を見上げても、この近さだと甲板上の様子はわからない。上には神通先輩がいたはずだが、下の戦いには関与してこなかった。別の戦いに巻き込まれたのだろうか。またリ級に船に上がられた? でも、一体は那珂ちゃん先輩が倒していたし、もう一体は川内先輩と由良さんが二人がかりで相手をしたはず。その由良さんはヲ級と戦っていたし、もう全部倒したのでは……。
いや、リ級との戦いの最中に乱入してきたヲ級を由良さんが担当して、リ級の方を川内先輩が引き受けたのだろう。そうするとまだどこかで戦っているのだろうか。
そう考えた直後に、遠くで砲撃音が響いた。二連続。二人同時に、もしくは少しずれて砲撃しなきゃこんな音にはならない。
船の反対側、ずいぶん離れた位置に砲火があった。水柱が立ち、大きく蠢く波の合間に、黄金色の光と黒い巨体が揺らめいた。駆逐イ級flagshipだ。
大口を開け、不快な叫びを撒き散らせて身悶えするイ級に、もう一発砲弾が飛んだ。顔の上部に当たり、メキメキとめり込む中で爆発する。連鎖的に体まで小規模な爆発を起こして、それが収まると、もう動く気配はなく、周囲に気泡を浮かべて沈み始めた。
「よーし、おしまい!」
「みんなー、ありがとぉー!」
凄い良い笑顔で額を拭う仕草をする川内先輩の横で、那珂ちゃんは見えない何かに手を振って愛嬌のある笑顔を振りまいていた。……なんか怖いんだけど。
俺達が近付いていけば、二人もこちらに気付いて、合流する。
「報告は……もうした? じゃあ良いね。私はちょっと服が汚れたくらいだし、まだいけるよ」
「那珂ちゃんも問題なしだよ~」
両腰に手を当てて言う川内先輩と、きゃぴっという効果音が聞こえてきそうな動作で言う那珂ちゃん先輩の言葉通り、二人共目立った損害はない。五月雨は、と由良さんが問いかければ、川内先輩は親指で船を指し示した。上に引っ込んだ? なんのためだろうか。
五月雨と神通先輩はどうかわからないが、損害が激しくて戦えないのは朝潮だけか。砲弾の直撃をもらったのがまずかったんだろう。……由良先輩の損害も激しいと思うんだけど、大丈夫なんだろうか?
「……うん、ちょっと辛いけど、由良は旗艦だから」
小声で問いかければ、由良さんは困ったように笑った。
「私んとこに組み込んでも良いんだけど、最後までやる?」
「……駄目かな」
「んー、まあ、止めるのが常識なんだろうけど、この非常事態、正直経験の浅い私達じゃどう対応して良いかわかんないし……やってくれるってんなら、心強いけど」
由良さんは、自分を「旗艦だ」と言ったけど、実は川内先輩も旗艦なのだ。
第十七艦隊の旗艦と、第四艦隊の旗艦。だから、由良さんは、深雪や五月雨を川内先輩の下につけて、自分は引いても良いはず。一艦隊六人って縛りは、今は関係ないだろうし。……たぶん。
しかし由良さんは、まだ戦うつもりみたいだ。明らかに生体フィールドの防御を抜けて、衣服や肌に傷ができてしまっているように見えるのに、由良さんはそんな事を全然感じさせない。声も、表情も、普段通り。そんな調子だから、大丈夫なんじゃないかって気にさせられてしまう。
「もう一度、この船の反対側に行って、神通さんと五月雨と合流します。詳しい話はそこでするね」
気丈なのか、本当に平気なのかはよくわからない。
彼女の言葉にみんなで頷いて、移動を開始した。
・連装砲ちゃんファイヤーストーム
(砲撃必殺技)
・ジェットバイクキック
(キック必殺技)
・マキシマムメタル
(棒必殺技)
・サイバロイドムーンブレイク
(キック必殺技)