島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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叢雲さん成長日記。


第三十八話 緊急集会

 

 揺蕩う水のベッドの上に、島風が横たわっている。

 お腹の上に両手を乗せて、安らかに眠る姿を、すぐ傍から、じっと見下ろしていた。

 上下する胸。微かに震える唇。閉じられた目と、合わさった睫毛(まつげ)

 ……自然と、これは自分だ、と思ってしまった。

 境遇とか、そういうのじゃない。

 この姿が、鑑写しみたいに、俺によく似ているって思った。

 ……彼女が俺に似ている……というより、俺が彼女に似ていて……彼女を奪ってしまっている、と言うのが正しいのに。

 

 息を吐く。

 ごぼりと出てきた大きな水泡が、ゆっくりと天に昇っていく。

 空を見上げると、遠く遠く、上の方で、光溢れる水面が、天蓋となってきらめいていた。

 

 

「聞いた? 遠征任務、中止だって」

「出撃も取りやめだってさ。どうしたんだろうね」

 

 心地良いざわめきが鎮守府に溢れている。

 どこかで話される声は自然と耳に入り、そのまま通り抜けていった。

 建物を出て、砂利道を歩き、舗装された道を小走りに駆け、夕張さんの工廠に赴く。

 目的は、能力値の計測。

 提督からそうするように、と言われたのは、昨日の話。今日に準備ができるって聞いていたから、部屋で少しうだうだしてから、連装砲ちゃん達を引き連れて出てきた。……叢雲さんてば、すっかり連装砲ちゃん達にデレデレだ。テーブルの前に座って湯呑みを傾けつつ、連ちゃんの頭を撫で繰り回していたところからみんなを連れ去るのには苦労した。……お菓子で釣ろうとするのは卑怯だよ。

 

「おはよう、島風ちゃん。体調はどう?」

「おはようございます、夕張さん。目は冴えてます。気分も良いし、体も軽いです」

 

 雑多な機械が壁際の棚に並び、床には工具や弄られかけの箱みたいなのが置いてあったりして、不自然な通り道を作っていた。鉄と油の匂いが鼻先を掠める。ちょっと気持ち悪くなるような、でも癖になる感じのやつ。天井から下がる艦載機の模型を見上げつつ、計測の準備をしていた夕張さんに挨拶をする。

 建物が作る影の中に入ると、一瞬視界が黒く眩んだ。すぐに目は慣れて、部屋の中を見回す。どういう訳か、力を計るための重巡や戦艦の艤装の他に、背を計る機械……身長計? と体重計までがあった。今までは単純なパワーだとかスピードを見るだけだったのに、今度はそこまでやるんだ?

 体重計の両端を持って運んでいる二人の少女に目を向ける。よいしょ、とかけ声をかけて身長計の横に、それ自体が重そうな体重計を置いた二人は、俺の視線に気付いて、顔を上げた。

 

「ええっと、おはよう、ございます?」

 

 先制で頭を下げて挨拶する。

 疑問形なのは、朝食の時のごたっとした心の動きに、まだちょっと、乱れが抜けていなかったからだ。

 食堂で見かけた、満潮や荒潮と話している朝潮の姿。ふと目が合って、すぐ、逸らされた。

 ……なんて事ない、普通の挙動なのに、凄くショックを受けて、朝食の味もわからなかった。アジ定食なのはわかってたけど。

 

「はい、おはようございます」

「おはよう」

 

 ピンクの長髪を頭の左側で纏めて、サイドテールにした女の子が、柔らかな笑みで挨拶を返してくれた。白露型の駆逐艦、春雨だ。白い丸帽子のキュートさん。

 朝の挨拶を短く口にして、夕張さんから 紙を止める板……クリップボードというらしい物とボールペンを受け取ったのは、艶やかな黒髪ロングを、先端付近で縛って纏めている女の子。初春型の駆逐艦、初霜だ。たぶん真面目さん。

 二人共が黒い制服を身に着けている。春雨がセーラー服で、初霜がブレザーっぽいの。どうやら二人は、俺の計測に付き合ってくれるみたい。夕張さんの助手だね。

 この二人と俺の間には、あまり関わりはない。同じ授業を受けた学友ではあるけど、話した事ってない気がする。

 せいぜい展開編成(数組の隊で同じ目標に向けて進み、不意の号令に合わせて散開、付近の艦娘と隊列を組み直す実技の授業)で陣形を組んだってくらいしか思い出がない。

 連装砲ちゃん達もシュビッと手をあげて、二人に挨拶をした。小動物的な動きに、春雨と初霜が相好を崩す。にっこり笑顔。艦娘も、きっと犬や猫には勝てないんだろうね。特に猫にはね。

 

「はい、それじゃあ始めます」

 

 俺達の様子を見守っていた夕張さんが手を叩いて、腰のポーチから長方形の端末を取り出した。ブゥン、と光学的な音がして、空中に光の画面が描き出される。

 まずは力の測定からか。よーし、張り切っていきまっしょい。

 

 

「うんうん、やっぱりね」

「……」

「……」

 

 駆逐艦の身で戦艦の主砲を装備して動けるというのは、やはりおかしいだろうか。夕張さんは、今までの傾向からか、それとも何か他の理由からか、金剛型の艤装を装備してドスドス歩き回る俺を見て、しきりに頷いていた。端末を操作して画面を変えると、それを眺めてにやにや笑う。

 そんな彼女に対して、春雨と初霜はぽかんとしていた。ずっとだ。手は動いているし、夕張さんの指示には従うものの、口を半開きにして俺のやる事なす事に驚いていた。

 たとえば主砲を持ち上げたりだとか、例えばその場で跳び上がって空中で何回も回転してみせたりだとか、連装砲ちゃんを足でお手玉したりとか。……おみ足玉?

 身長、体重に変わりなし。身長はともかく、体重が二倍になっていたらどうしようかと思ってた。今までの二倍食べなきゃいけないのかなあ、とか。

 次は陸上・海上での走行速度の計測だ。明石の工廠の前から夕張さんの工廠の前までを走り、秒数を数える。二ヶ所に春雨と初霜がストップォッチを持って立っていて、ゴールに夕張さん。

 砲ちゃんを抱えた状態とフリーの状態で、それぞれ三回ずつ走って計測した。

 やっぱり速くなってる。二倍、とまではいかないけど、かなりの速力アップだ。

 小休憩を挟んで海上走行テスト。1キロメートルがあっという間だ。速い速い。

 しかしこれには、春雨も初霜もあまり驚いてくれなかった。『速さに秀でる島風はこんなに速いんだー』みたいな微妙な反応。いやいや、俺、約50ノットいってるんだよ? ヤバいよね? ヤバくないの? ……ひょっとして前例あるの? ……あるんだ。

 二年前の時点で、現在最も戦果を挙げている鎮守府に所属する島風が俺より速いスピードを誇っていたんだとか。……夕張さんが前に言ってたのは、あくまで島風達の平均速度だったからなあ。上には上がいるって事か。

 でも、過去系の語り口なのはなぜだろう。……いや、聞こうとしてみて、わかった、夕張さんは話辛そうな顔をしたから、何か問題があったのだろう。

 ……沈んでしまった、とか。

 二年前の艦娘なら、そうであってもおかしくはないけど、やだなあ。同じ島風が……いや、近い艦娘が倒れたと聞くのは。

 

 さて、計測を終えて夕張さんの工廠に戻ると、解散の後に、俺だけこの場に残るように言われた。

 

「まだ何か、やる事が残ってるんですか?」

「ううん、そういう訳じゃないんだけどね」

 

 春雨と初霜に付き合ってくれたお礼を言って別れ、少しは仲良くなれただろうか、なんて思いつつ、夕張さんの下へ向かう。

 夕張さんは、手元の機械に目を落としながら問いに答えて、それから、カチリと音を鳴らせて光を消すと、顔の高さまで端末を持ち上げてみせた。

 

「knowledge absorb navigation……これ、KANDROID(カンドロイド)っていうんだけどね」

「はあ」

 

 英語……カンドロイド? 別に缶っぽくはないが……それがどうかしたのだろうか。

 

「あなたにあげるわね」

「はい。……はい?」

 

 差し出されたので受け取れば、そんな言葉。

 え? くれるの? これを、俺に?

 

「え、でも、これ、すっごく高そうですけど」

「すっごく高いわよ。値段、聞きたい?」

「いえ、いいです、いいです」

 

 ぶんぶんと首を振って否定する。聞いたら卒倒しそう。ああっ、そんな事を考えているって事は、これがべらぼうに高いって察してしまってるって事!

 困るなあ、どう扱えばいいんだろう。傷つけたら凄い怒られそう。

 

「下から掴むように持ってみて。右手で……そう。親指は立体スティックに置いて。人差し指は、端末左の……そう、その角っこのスイッチに」

「こう……ですか?」

 

 端末の左側には、三つのボタンがついている。その一番上に指を乗せると、押してみて、と夕張さん。

 言われた通りに押し込めば、機械的な音がして、端末が起動した。上部の透明なレンズから光が照射され、空中に光の画面を出現させる。端末を傾ければ、光の板も傾く。む、ちょっと目が痛くなりそうな……。

 

「ふふ、すぐ慣れるわ。大丈夫よ」

 

 目を擦っていると、夕張さんが笑った。

 彼女が教えてくれる操作方法を一通りものにすると、一度手を打った夕張さんが、「それじゃあ、移動しましょうか」と切り替えた。

 本当にくれるんだ、これ。

 

「ああ、それはね。提督からの贈り物よ」

「提督から?」

 

 理由を聞けば、簡潔に答えられた。

 これはまだ試作型らしいが、妖精を介さずとも妨害電波の中で通信を可能とする優れもので、今夕張さんが持っている試作弐号とのみ繋げられるんだとか。

 それを抜きにしても、自動マッピング機能に、目印付けとか、地図の役割も果たすのだから、なるほど高いという訳だ。かなり高性能。しかもナビゲーション付き。

 この性能を発揮するのには、この端末を艦娘の艤装扱いにして、妖精さんに入り込んでもらうのが肝心だそうで、つまるところ普通の人間には使えないんだって。

 艦娘専用かー……良いなあ。

 

「気に入った?」

「はい、とっても」

 

 スティックを倒し、画面をスライドさせて鎮守府内の地図を眺めまわしていると、夕張さんが楽しげに問いかけてきた。もちろんだ、と頷く。良い貰い物をした。でも、提督はなぜこれを俺に?

 それだけが解せないが、夕張さんもそこはわからないみたい。

 

「さ、そろそろ行こっか」

「あー……と。どこに、でしょうか」

「体育館に、ね。あれ? 島風ちゃんは聞いてない? 集会があるのよ、今日」

 

 集会? 聞いてないなあ。

 あ、でも、なんか今朝はそれ関係で騒がしかったような。

 朝潮との事がショックで理解できてなかったけど、よく思い返してみればそうだったかも。

 ご飯食べてる時も夕立がぽいぽい言ってた気がするし、それかな。

 

「そう。普段はこんな事ないんだけど、よっぽど大切な用事があるんでしょうね。だからほら、急いで急いで」

 

 ゴーゴー、と、腕振りで急かす夕張さんに頷いて、端末を連装砲ちゃんにパスする。連ちゃんがもぐっと受け止めて飲み込んだ。……大丈夫だよね、これ。夕張さんが言うには、端末自体が妖精と同じように艤装に潜り込む力を備えているって話だったけど……でも連ちゃん、飲み込んだような。え、大丈夫だよねこれ!?

 

「大丈夫」

「そう、ですかね?」

 

 すっごく不安なんだけど、夕張さんが肩に手を置いてくるので、見上げて聞き返せば、再度同じ言葉。信じます。取り出す時はどうすれば良いのかわからないけど、今はとりあえず、その言葉を信じるしかない。

 

 

 体育館は、多くの艦娘で賑わっていた。

 広い館内に所狭しとパイプ椅子が並べられ、艦種および型ごとに並んで座っているのは、結構圧巻だ。卒業式みたい。

 ……でも、なんで後ろ八列くらい空いてるんだろう。うちにそんなに艦娘はいない。……他に誰か来るのかな。

 

「担当の子が張り切って全部出しちゃったのね。……片すのは駆逐艦の子達なのに」

「え?」

 

 今何か、不吉な言葉が聞こえたような……。

 いや、パイプ椅子の片付けごとき、艦娘たる俺達なら容易いけど。

 一番数が多いのも駆逐艦だしね。数の暴力ですぐ終わるだろう。……さすがにパイプ椅子の方が、数は多いけども。

 

 夕張さんと別れて、駆逐艦の子が座っている方に移動する。お、お喋りしている夕立と吹雪を発見。一番端、夕立の左隣が空いてるな。……あれ、よく見れば、同室の子とかと並んでる子も多いな。結構自由なのかな、席順。

 

「あ、島風ちゃん。身体測定は終わったっぽい? どうだった?」

「ん、パワーアップしてたよ」

「また? 凄いね、島風ちゃん」

「それほどでもない」

 

 吹雪が自分の事のように喜んで手を打つのに、わざとらしく胸を張って威張ってみる。ふふ、張る胸がない。むなしい。

 椅子に浅く腰掛け、膝に飛び乗ってきた砲ちゃんを抱き止めて、背を撫でながら二人の方を見る。

 連ちゃんと装ちゃんは足下で待機だ。さすがに乗せる事はできない。

 

「島風ちゃん、調子悪いっぽい?」

「なんで? 凄く良いよ」

 

 たくさんの人の話し声の中、隣で話す夕立の声は、よく聞こえた。ついでに、その隣の吹雪のもう一つ隣の叢雲さんが、壇上の方に顔を向け、目を伏せて、ツンとすました態度を取りつつも、椅子の下に伸ばした指先をしきりに揺らして「チッチッ……チッチッチ」と舌を鳴らすのも、よく聞こえていた。俺の足下でぼーっとしていた連ちゃんと装ちゃんは、叢雲の指の動きに気付くと、ささっとそちらに体を向け、揺れる指に合わせて体を揺らして、少しずつ移動し始めていた。

 ……気付いてない、俺は何も見てないよ。

 

「島風ちゃん、ずばり、お祭りの時に――」

「ゆ、夕立ちゃ――」

 

 夕立がぐいと体を寄せてきて何かを言おうとして、それを吹雪が止めようとした時、一気に空気が張り詰めるのを感じた。

 誰もが自然に口を閉ざし、話し声がなくなる。

 静かになった館内に、コツコツと靴の音が響いた。

 提督が来たみたいだ。姿勢を正し、前を向いて、彼が壇上に上がるのを待つ。

 台とその上のマイクを眺める事十数秒、ステージに(のぼ)った提督がびしりと立つと、寄り添うように立つ電がマイクを手に取り、こつこつと叩いた。スピーカー越しのくぐもった音。

 マイクチェックを済ませた彼女が、マイクの頭を口元に寄せる。

 

『起立』

 

 ガタタ。幾重にも音が重なり、みんなが直立する。

 

『礼』

 

 頭を下げ、一拍置いて、ゆっくりと顔を上げる。電も、マイクを両手に持ってお腹の下あたりに下げ、礼をしていた。

 

『着席』

 

 再び音を鳴らして全員着席する。あまり乱れがないのは日頃の鍛錬の賜物かな。

 

『これより、藤見奈提督から大事なお話があるのです。質疑応答はお話が終わった後でお願いします』

 

 ……学校かな?

 なんだか懐かしい思いをしながら、微動だにしない提督を眺める。

 こうして見ると、彼って結構男前だ。制服はパリッとしてるし、髪は整ってるし、顔立ちも良いよね。優しいし、何かと気にかけてくれるし、そうそう、プレゼントまでくれる。普通の人間だったら、引く手数多だったろうな。

 提督は、電からマイクを受け取ると、少し間を置いてから話し出した。

 

『よし、おはよう、みんな。……いや、こんにちは、か』

 

 提督の藤見奈だ、という自己紹介は、どこかたどたどしかった。こういった場に、というかスピーチに慣れていないのかもしれない。……ひょっとして、緊張しているのかな、彼は。

 

『まずは今日、みんなを呼び戻し、集めたのはなぜかを話そう』

 

 館内をぐるりと見渡した提督は、こう話した。

 出撃や遠征を取りやめ、俺達を呼び戻したのは、ここ最近近辺で起きていた異常な現象と、その原因と思われる神隠しの霧の撃退、および、そこに潜んでいた強敵の撃破のためだ。

 ……原因がなくなっているなら、呼び戻したり集めたりする必要はないのでは、と思った。他の何人かもそう思ったのか、疑問を口に出したそうな雰囲気が持ち上がったが、質疑応答はお話の後で、だ。誰も声を上げる事はなかった。

 

『これまでの資料と話を統合すると、神隠しの霧はまだ倒されていないと、俺は考えている』

 

 これには、さすがにざわめきがあった。なにっ、と驚く声もあったし、やっぱりか、と息を吐く音もあった。

 ……俺も、レ級を倒さなきゃ、あの霧はなくならないんだろうと薄々思っていたから、驚きはなかった。吹雪や夕立はそうじゃなかったみたいだけど。

 ……まあ、あんなでかい敵が出てきて、それをやっつけたのに、意味はありませんでしたなんて、信じ難いよね。戦った身からしても、あれで終わりだと思いたいもの。

 

『ゆえに、一度全員を集め、知らせようと、この集会を開いた』

 

 注意を促すために。

 鎮守府に流れている、『霧はもう出ない』というムードを一息に払拭するために、みんなが集められた訳だ。

 提督が言うには、さらに、全艦娘の出撃や遠征を一日の間休止するらしい。大ごとだ。じゃあ誰が、明日までの間、深海棲艦と戦うというのだろうか。

 これは、隣の泊地が引き受けてくれるらしい。この鎮守府での情報共有が終われば、今度は隣が休止する。その時に手伝いに行く事になるらしいのだが、今日はそこが本題ではない。

 

『今日明日……不測の事態への危機感をしっかりと培うとともに、よく体を休めてくれ』

 

 集会は、そう締め括られて解散となった。

 質疑応答でされた質問は一つだけ。『提督もお休み?』

 提督は苦笑して、そうだったら良かったんだがな、と首を振った。彼にお休みはないらしい。

 起立、礼、着席。これにてお開きとなった訳だが、どやどやと出入り口へ向かう重巡や戦艦の先輩方を見送った俺達駆逐艦には、お片付けが待っている。一部の軽巡の先輩は好意で残って、手伝ってくれるみたい。由良さんとか、夕張さんとか、川内型の三姉妹とか。

 

「龍田、腕はどうだ。治ってきているのか」

「ええ~、提督。もうすっかり、平気よぉ~」

 

 提督は、去り際、腕を包帯で吊るした龍田を気にかけて、足を止めた。龍田は相変わらずにこにこ笑顔だけど、彼女の言葉に、隣にいた天龍が眉を吊り上げて、嘘つけ、と怒った。

 

「まだ全然治ってないだろ。大人しくしとけよ」

「もぉー、天龍ちゃんは心配性なんだから。ねぇ、提督~」

 

 実際どうなのだろう。龍田は、腕を吊ってはいるものの、何度か実技授業で指導してくれた事があったし、もう結構治ってるんじゃないかな。

 ああでも、治りかけが肝心か。乱暴にして、悪化したら駄目だもんね。

 

「ほら、手を動かしなさい、手を」

「あ、うん」

 

 立ち止まって眺めていたために、叢雲に注意されてしまった。砲ちゃんを抱え直し、手と足を使ってパイプ椅子を畳んで、ステージ下の大きな引き出しの方へ運んでいく。

 まったく、誰だろうね、使いもしない椅子をこんなにたくさん出した、担当の人って。

 

 気持ち的に汗を掻いて体育館を後にして、同室のみんなと食堂に向かう。珍しく叢雲さんも一緒に並んで歩いている。だけど残念。夕立と吹雪を両側に侍らせた俺に隙はない。だからその、物欲しげな目で俺の腕の中にいる砲ちゃんを見つめないでね。

 仕方なく砲ちゃんを生贄に差し出せば、叢雲は砲ちゃんを見つめ、それから、目を動かして、腕から肩へ、俺の顔へと順繰りに見ていくと、ぷい、とそっぽを向いた。……照れてんのかな。よくわからない。

 

「そういえば、提督のお話が始まる前、夕立ちゃん、なんか言いかけてたよね。なに?」

 

 砲ちゃんを抱き直し、砲身の間に手を滑り込ませて表面を撫でつつ、思い出した事を尋ねる。

 

「な、なんでもないよ? ね、夕立ちゃん」

「なんで吹雪ちゃんが答えるのかなぁ。なんでもないの? ほんとかなぁ」

「そ、そうっぽい。お祭り楽しかったねって」

「今日の定食はなんだろうね」

 

 砂利道から本棟を目指しつつ、建物の背を見上げて呟く。

 お腹空いたな。朝食べてから結構動いたからなあ。今朝はアジ定食だったから、お昼は……お肉かな。ヒレカツ定食とか。焼肉も良いなあ。ハンバーグは王道だよね。

 鳳翔さんと、あの女の人が作るご飯、美味しくて好き。

 吹雪と夕立は、顔を見合わせると、うんと頷いて、なんだろうねー、と俺の言葉に同調した。まあ、内容がなんでも、美味しい事は確定してるから、良いんだけどね。

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