島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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番外編。
ついてきな! クロスオーバーに自信があるなら!(死亡フラグ)



番外編 仮面ライダードライブ&シマカゼ 超バトルss 恐怖のジャンプロイミュード!
1.無口な天才バイオリニスト


 霧が海を覆っている。

 静かに波立つ海の上に、濃密な白が流れている。

 夏の暑さを感じさせない空間に、誰かの声が、絶え間なく響いていた。

 

『――っく――ぐす――』

 

 しゃくりあげ、嗚咽を漏らし、堪えようとして、耐え切れずに涙を零す。

 そんな泣き声。

 霧が退き、そこだけがぽっかりと空いた空間の中心に、へたり込んで顔を押さえている少女がいる。

 肩を震わせて、ずっとずっと泣いている。

 顔を覆う小さな両手の隙間から、熱い水が一滴。重力に引かれて、暗い海に吸い込まれた。

 海に溶け込んでいく涙。少女は、泣き止まない。ずっとずっと、そうして泣いている。

 

『――――』

 

 不意に。

 海面が盛り上がった。

 少女の目の前。暗い海に一際暗い影が滲み出て、広がっていくと、ざばあ、と音を立てて、黒い人影が飛び出してきた。

 

『――ッ、ゥ、ハッ、ハッ、ク……』

 

 海水の飛沫が海を叩く軽い音。人影――異形の少女が激しく息を吐き、吸う音。

 お団子のついた長い髪を振り回し、体についた水滴を飛ばした彼女の名は、軽巡棲鬼。人類からそう呼ばれている、上位の深海棲艦。

 

『――? ――!? ――ゥ、ク』

 

 白い肌に、青白い光を灯す綺麗な目。小顔の中にバランス良く揃った目鼻立ち。

 十人が見れば八人が振り返りそうな端正な顔は、今は困惑に濡れていた。

 事態を飲み込めていない、丸く開かれた瞳がきょときょとと周囲を見回し、つられて首が回って、髪が揺れる。所在無げに揺れる腕は、首元の、髑髏(ドクロ)を模したブローチに当たり、そのまま、ゆっくりと下へ這っていく。黒い服の中心に一本通る、より黒い帯のような線を辿るように、連なった指が滑っていく。

 女性的な丸みを帯びた胸。薄い脂肪のお腹。服の端の、フリルのようなひらひら。

 太ももにかかった手が、ぴたりと止まる。

 

『――ッ!?』

 

 軽巡棲鬼は、手が伝えてくる違和感に何を考えるでもなく自分の体を見下ろして、絶句した。

 足が無い。

 太ももの付け根から覗く青白い肌は、最初の数センチこそ円形を作っているが、すぐに、黒く硬い、鉄のような物に呑み込まれていた。

 強張った手が、冷たい鉄に触れ、ゆっくりと撫でる。

 それは異形だった。

 黒一色の中に、白く歪な歯を覗かせる、深海魚の頭部のような、不気味な異形。

 それが下半身として、軽巡棲鬼の足から下を埋めていた。

 確かめるように表面を撫でれば、鈍いながらも肌に触れるような感覚。軽巡棲鬼は、手の平を見ながら、それを胸元まで持ち上げて、ゆっくりと自分の胸に押し当てた。

 細い五指が柔らかな肉に沈み、歪みを作る。

 そこにもまた、肌に触れる感触があって、アッ、と、軽巡棲鬼は声を漏らした。

 おどろおどろしく響く鬼の声ではなく、呆けたような、それでいて僅かに羞恥を含んだ、可憐な声。

 

『ふ、ぅ、ぅ……っく、ひっ……く』

『!』

 

 静かな海に響く悲しい声。

 背後から聞こえてきた声に、軽巡棲鬼はばっと体を翻し、振り向いた。

 蹲る少女がいた。

 小刻みに震える体は細く、流れる髪が海に漂う。

 驚きに染まっていた軽巡棲鬼の顔が、みるみる内に歪んでいく。

 瞳に灯る青白い光は憎悪と憎しみに満ちて溢れ、剥き出しになるほど噛みしめられた歯の隙間からは、力んだ声が漏れ出していた。

 

『ウアアッ!』

 

 振り上げた腕は、肘元から指先までが、外殻のような黒い手甲……手袋に覆われていた。

 刃のように揃えられた指が、異形の怪力を以て振り下ろされる。

 風を割き、僅かに漂う霧を割き、少女の頭をも――。

 

『グアッ!』

 

 バシィ!

 振り下ろしていた腕から火花が散り、跳ね上げられるのに、軽巡棲鬼は咄嗟に腕を庇いながら後退した。

 睨みつけた霧の中から、赤い光がぬらりと出てくる。

 

『……人ニモ艦娘ニモ属サヌ者カ……。オ痛ヲスルナ、小猫チャン』

『クッ……!』

 

 べったりとした黒色に染まったレインコートを見に纏う、青白い肌をした彼女もまた、軽巡棲鬼と同じ深海棲艦。

 戦艦レ級。

 開いた胸元から覗く、ビキニに覆われた胸からお腹までを平手で撫でたレ級は、後ろ腰から生える異形の尻尾を左右に揺らしながら、にぃっと口の端を吊り上げた。愉快そうに細められた目から、赤い光が漂う。

 危機感を抱いた軽巡棲鬼は、先制で砲弾をお見舞いするために、バッと背を反らせ、下半身に相当する異形の口を開いた。突き出た砲身が鈍い光を放つ。

 

『ソレガ生ミノ親ニ対スル態度カ?』

 

 肩を竦めたレ級は、その場から動かず、指だけを軽巡棲鬼に向けた。

 瞬間――。

 

『ウ!?』

 

 肩を貫かれる痛みと衝撃に体勢を崩した軽巡棲鬼は、そのまま背中から海面にぶつかって、小さく悲鳴を上げた。思わず抑えた肩の傷からは焼けるような痛みがして、実際、煙が出ていた。

 

『ギ、……ア、ゥ……!』

『余計ナ手間ヲカケサセルナ、出来損ナイ』

 

 痛みに歯を食いしばって悶えていた軽巡棲鬼は、自分を侮辱する言葉を聞いて、熱くなる頭に、奮い立った。海を叩き、全身に力を込めて立ち上がる。

 

『ホウラ、今楽ニシテヤルゾ』

『ッ、ァ、ア』

 

 悠々と歩くレ級が近付いてきていた。

 くねる尻尾が波を弾いて飛沫を飛ばし、狂気的な笑みが、軽巡棲鬼に向けられている。

 直前まで浮かんでいた怒りはどこかへ消え、恨みも憎しみも引っ込んでしまう。

 あるのはただ、目の前の強者に対する恐怖だけだった。

 

『ッ!』

『鬼ゴッコカ? 鬼ハオ前ダロ?』

 

 敵に背を向け、腰から繋がる艤装を駆動させて海の上を走る。

 感情に任せた最大速。それでも、聞こえてくる声は近くに感じられて、まるで耳元で囁かれているかのようだった。

 半ば半狂乱で霧を目指して進む軽巡棲鬼の前に、ゴウ、と風が吹いた。運ばれてきた霧が目の前を通り過ぎ、そして、晴れた時には。

 

『オヤ、久シ振リダナ』

『ヒッ!』

 

 戦艦レ級が、持ち上げた尻尾から不気味な光を覗かせて、待ち構えていた。

 急ブレーキをかけても、水が跳ね上がるだけで減速しない。全力だったのが災いしたのだ。怪物といえども、力いっぱい走っていては、すぐには止まれない。そうしてぐんぐんレ級との距離が近付いゆく。

 もはや逃げられない。軽巡棲鬼は、自らを庇いながら、ぎゅうっと目を閉じて恐怖に抗おうとした。

 

『――――……』

 

 ザザザァ……ザザ、ザァ。

 少しずつ速度が緩んでいた体が、やがて止まる。前後に揺れる体に、軽巡棲鬼は両腕で顔を庇いながら背を丸め、それから、はっとして、恐る恐る顔を上げた。

 

『……?』

 

 誰もいない。

 目の前にはただ、霧が広がっているのみだ。

 だがもしかしたら、右に奴が! いや、左に!?

 素早く体を動かして左右を見回した彼女は、そこにも敵がいない事を知ると、ほっと胸を撫で下ろした。

 どういう訳か、奴はいなくなった。ならもう、怖がる必要はない。

 

『……、……』

 

 ささっと乱れた髪を手櫛で梳いて、服のよれを引っ張って直した軽巡棲鬼は、胸を張って動き始めた。

 霧の中に入れば、きっとどこかに行ける。そう直感していた。

 

『――っく、う、うう』

『――!』

 

 穏やかに緩んでいた表情が、一気に憎々しげに歪む。振り返った先には、未だに少女が座り込み、嗚咽を漏らしていた。

 

『……!』

 

 ギリギリと噛み合わせた歯が軋む。

 激情に身を任せ、背を反らせて下半身の口を開いた軽巡棲鬼は、自身の砲撃で忌々しいあの少女を粉々にしてしまおうとして、ふと、脳裏にレ級の笑みがよぎった。

 

『…………』

 

 もし、攻撃したら。

 もし、砲弾を一つ、あの少女の下に飛ばしたら、どうなるのだろうか。

 動かない的に当てるくらい、どうって事ないだろう。きっと少女は粉々になる。

 そして自分は、晴れ晴れとした気分でこの場を去るのだ。

 …………。

 本当にそうなるのだろうか。

 

『……チッ』

 

 軽巡棲鬼は、胸の内で膨らんだ不安に、体を前に戻して、わざとらしく舌打ちをした。

 もし攻撃して、またあいつが出てきたら……そう思うと、攻撃する気にはなれなかった。

 あの少女を沈める必要はない。軽巡棲鬼は、そう自分を納得させて、今度こそ霧の中へ入り込んだ。

 分厚い雲のような、水滴の迷宮。

 軽巡棲鬼の姿がなくなると、取り残されたのは、少女一人。

 少女は、泣いていた。

 ずっとずっと、ここでこうして、泣いていた。

 

 

 とある街の一角。

 商店の建ち並ぶ通りの道路に、派手な車が止まっていた。

 車体の色は赤。前に長く、背はあまり高くない。

 運転席は空っぽ……どうやら、この車の持ち主は不在のようだ。

 人通りのない商店街は寂しげで、赤い車だけが騒がしい存在感を放っている。

 

「待て!」

「誰が待つか! くそ!」

 

 通りの向こうの方から、騒がしい気配が近付いてきた。

 角を曲がって来たのは、シャツ一枚の、こわもての男だ。何かから逃げるように腕を振り回し、汗だくで走っている。遅れて姿を現すのは、黒いスーツに赤いネクタイの若い青年。

 

「うっ!」

 

 背後の青年をしきりに確認しながら走っていた男は、足下に転がる古びた箱などに足を取られ、こけてしまった。慌てて手をついて立ち上がるも、青年はすぐそこまで迫っている。今から走り出したのでは、すぐ追いつかれてしまうだろう。

 

「くそ、死ねっ!」

 

 男は抵抗を試みた。立ち上がりざま、走ってくる青年に対して拳を放ったのだ。

 

「はっ!」

 

 青年は慌てず、腕で拳を逸らし、続いて詰め寄りながら男の腕を捻り上げた。無理矢理向こうを向かされた男は、体をめちゃくちゃに動かして暴れようとするものの、関節を極められた痛みに、しだいに呻くだけになって、ついには地面に押さえつけられた。

 

倉内(クラウチ)葉帝(バテイ)、7時31分、強盗殺人の容疑で逮捕する」

「くそー……」

 

 腕時計を確認した青年は、誰にともなくそう言いながら手錠を取りだし、男の両手に嵌めた。それで観念したのか、男は項垂れて、地面に頭を打ち付けた。

 サイレンの音が近付いてくる。

 男と青年が走って来た方から三台のパトカーが現れると、道を塞ぐようにして止まった。力強く扉を開けた警官が数人、二人の下に駆け寄って来る。

 

「よくやった、(とまり)

「ゲンさん」

 

 警官三人がかりで引っ張り上げられてパトカーへと連れられて行く倉内を尻目に、立ち上がった青年――泊と、ゲンさんと呼ばれた男が向き合う。

 追田(おった)現八郎(げんぱちろう)。警視庁捜査一課の警部補だ。古き良きデカ魂を持つやり手である。

 泊進ノ介(しんのすけ)。警視庁刑事部特状課に籍を置く、元エリートの刑事。

 

「あの人達は、ゲンさんが呼んでくれたのか。サンキューな」

「おう」

 

 二人は協力関係にあり、今も、進ノ介が追っていた事件を手伝うために、追田警部補が応援を呼んだという形だった。

 もっとも、応援の必要もなく、犯人は進ノ介の手によって捕らえられたのだが。

 

「で、どうだったんだ?」

「ああ、それがさ。あの倉内という男、たしかに犯人であってるんだが、どうもおかしいんだ」

「おかしい?」

 

 そもそも進ノ介の本来の仕事は、特殊な状況への対応。この場合、日本に潜み、騒ぎを起こす機械生命体を追う事。もちろん、刑事として、普通の犯罪者を捕まえる事もあるのだが、今日は違っていた。

 倉内が犯罪を起こす時、必ず起こっていた現象――重加速現象。

 ある一定の範囲内のあらゆる物事を鈍化させる、通称どんよりと呼ばれるこの現象は、機械生命体への手掛かりなのだ。どんよりあるところに機械生命体あり。

 進ノ介や特上課の仲間は、そうして残された足跡を辿り、犯人に行きつくと、これを撃滅し、事件を解決する。

 倉内に関する事件も、情報を精査し、実際に追い詰めて、逮捕まで漕ぎ着けた。

 のだが、肝心の機械生命体の姿はどこにもなかった。

 数十分に及んだ逃走劇の間もどんよりが起こる事はなく、無事に確保できてしまった。

 

「ま、まさか、奴自身が化けられてるのか!」

「いや、それはない」

 

 勘付いた追田警部補が目をくわっと開くも、進ノ介はすぐさま切り捨てた。

 機械生命体には、他者の情報をコピーし、それまでの記憶、言動、癖、そして姿を完璧にコピーしてしまうという能力がある。あの倉内も、機械生命体が近くにいて力を貸していたのではなく、倉内自身が機械生命体だ、という可能性もあった。

 だが、もしそうならば、足を引っ掛けて転んだ際、迫りくる進ノ介から逃れるために正体を現さなければおかしい。それ以外にも、倉内が機械生命体ではないと判断できる理由は幾つかあった。

 これまでの捜査で集めた情報、人伝の証言、倉内の言動。様々な要素や映像が進ノ介の脳内をぐるぐると回り、整頓されていく。

 はっとして、進ノ介は顔を上げた。それから真剣な顔になってネクタイに指をかけ、つまむと、きゅっと引き締めた。

 彼特有の、答えを導き出す儀式。そしてこれが終わった時、真実は暴かれる。

 

「繋がっ――」

「おーい、ちょっと!」

 

 彼が決め顔で決め台詞を口にしようとした時、後ろの方から声が響いてきた。老人の声だ。パトカーが待機している方とは反対側。

 

「あんたぁ、刑事さんかな?」

 

 出鼻をくじかれてこけそうになっていた進ノ介は、背を伸ばしてキリッとすると、足の位置を入れ替えて振り返った。

 

「そうですけど……何かあったんですか?」

「あの、困っとるんじゃ、あそこのアレ」

 

 竹ぼうきと塵取りを片手にした老人は、進ノ介の前に立つと、眉を八の字にして後ろを指差した。

 通路の向こうに、赤い車が止まっている。あれは進ノ介の愛車、トライドロンだ。

 

「すみません、すぐ退()けますんで」

「おーおー、そうしてくれると助かる。まったく、親御さんの顔が見てみたいわ」

「あ、そこまで?」

 

 顔を渋くさせて歩き去っていく老人に、進ノ介もたじたじだ。悪い事したな、と頭を掻く進ノ介に、追田が声をかけた。

 

「じゃあな、進ノ介。俺は先に戻る」

「ああ、わかった。俺もすぐ戻るよ」

 

 待機状態のパトカーから身を乗り出した警官が、じーっとこちらを見て待っているのを確認した進ノ介は、特に引き留める事もなく追田と別れ、トライドロンの方へと小走りで駆けて行った。

 車の横に、先程の老人が立っていたので、頭を下げつつ運転席のドアに手をかける。

 

「何しとるんじゃ。すぐ退かせるんじゃないのか?」

「え、はい。今退かしますよ」

 

 なぜか引き留める老人に首を傾げながら、頭を低くして運転席に入ろうとした進ノ介は、腕を掴まれて引かれるのに「うわっ」と声を上げた。

 

「だから、何しとるんじゃ。ほら、こっちじゃ」

「え? あ、車の事じゃないんですか?」

「クルマぁ? 違う違う。向こうの、女の子の事じゃ」

 

 女の子?

 不可思議な言葉に、進ノ介はまたも首を傾げた。

 女の子を退かさないと困るような事とはなんだろうか。

 それは、行ってみればわかる話。

 案内するという老人について歩き、進ノ介は通りを後にした。

 

 

 暖かい日差しが降り注ぐ広場。中心に噴水があり、ベンチが多数設置されていて、近くにはデパートもある、公園のすぐ傍。

 道路の側面に人だかりができていた。

 

――。

――――。

 

 人だかりの中心から、穏やかな調べが聴こえてきている。

 皆が皆、それに聞き入っているようだった。

 老人に連れられてやってきた進ノ介も、人だかりに近付くにつれ、その音色に耳を傾け、歩く速度を緩めた。

 

「おぅい、何しとるんじゃ。どかしてくれ」

「あっ、え、ああ、はい。……あの、おじいさん」

「ああ?」

「この音楽……おお……この音楽に、こう、グッときたりしないんですか?」

 

 顔を蕩けさせる進ノ介の腕を小突いた老人は、どうも音楽などないかのような顔をしていた。

 怪訝な顔をした老人が、ああ、と得心がいったと頷く。

 

「わしゃ耳がイカレてての。なんじゃ、高い音は聞こえんのじゃ」

「それは、お辛いでしょうね」

「辛いもなんもあるかい。それより、さっさと奴らを退けてくれ。掃除ができん。ああ、わしが言っても聞く耳を持たんのじゃよ」

 

 うんざりしたように肩を竦めた老人に、進ノ介は頷いて、人混みに近付いて行った。

 音が強まる。意識を持っていかれそうになった進ノ介は、慌てて頭を振って音を振り払い、近くの人に声をかけた。

 

「あの、すみません」

「…………」

「すみません、ちょっと。ちょっとー」

「…………」

 

 無視。

 ここに集まっている人間はみんな進ノ介の言葉など聞こえていないみたいで、静かに音楽に聞き入っていた。

 

「どうなってんだ?」

 

 肩に手をかけて揺さぶってみても反応なし。

 どこか怪しい宗教団体にも思えるこの集団に、進ノ介は、ひとまず人混みを掻きわけて、一番前に出てみる事にした。

 この音楽を演奏している者に話を聞こうとしたのだ。

 身を滑り込ませ、腕で道を作ってなんとか最前列へやってきた進ノ介は、呆然として固まった。

 

 黒い洋服に身を包んだ幼子(おさなご)が、体に不釣り合いな大きさのバイオリンを担いで、一心に()いていたのだ。

 透き通るような肌は瑞々しく、合わさった睫毛は長い。小さな鼻に、小さな唇がつんとして引き結ばれてる。手に持つ(げん)の満ち引きに合わせて、体が大きく揺れていた。

 さらさらとした濃紺色の髪は腰まで伸び、陽光に照らされて、前髪にエンジェルリングができている。真夏日だというのに真っ黒の、一見ドレスにも見えるヒラヒラ過多な洋服はふわっとしていて、高級感溢れる作りになっていた。肩周りを覆う白布が眩しい。真紅のリボンが垂れて、ゆらゆらと揺れている。胸に付いたブローチの、大粒のサファイアは、本物だろうか。

 足を覆うブーツもまた、素朴でありながらも、けして安くは見えなかった。

 彼女の足下には、バイオリンの入れ物だろうか、ケースが開かれていて、小銭や紙幣が入っていた。

 

「妖精……」

 

 思わず、呟く。

 そう、少女は――進ノ介の腰程までの背しかない少女は、まるで絵本の中から飛び出してきた妖精のように、可憐だったのだ。

 旋律は時に悲しく、伸びて、どんどんと張り詰めていくと、急に緩やかになって、空白ができて。

 弦を持つ手の指を伸ばし、数本張られた糸――弦の一本に当てると、「ポン♪」と鳴らした。

 

「……君は」

「…………」

 

 再び弦に当てられた絃が引かれては押し出され、同じ調べを奏でる。

 とろーんとして曲に引き込まれそうになった進ノ介は、いかんいかんと頬を張って正気に戻ると、少女の前へと歩み出た。

 自身にかかった影で、誰かが近付いてきたのがわかったのだろう、少女は演奏をやめると、顎で挟んでいたバイオリンを下ろして、進ノ介を見上げた。

 翡翠の宝石だった。

 不思議な光が宿る大きな瞳。僅かに濡れ、不安があるようにも見える目が、一直線に進ノ介の顔に向かっていた。

 

「お嬢さん、ここで何をしてるんだい?」

「…………」

 

 腰を折り、視線を合わせて問いかけるも、答えはない。

 少女はただ、進ノ介の目を見返すだけで、何も言おうとはしなかった。

 

「あのね、ここで楽器を演奏してると、困る人がいるんだ。できるなら――」

「…………」

 

 進ノ介は、言葉に詰まって、目を逸らした。

 他所でやれ、は辛辣すぎる。別の場所で、では無責任だ。

 言葉を探しつつも視線を巡らせた進ノ介は、改めて、ケースの中のお金に気が付いた。

 バイオリンでお金を稼いでいるのか。確かにこの演奏なら、金を払ってでも聴きたいと思う人間はたくさんいるだろう。進ノ介とて例外ではない。音楽に関しては門外漢だが、この少女が天才的な才能を持っているのははっきりと感じていた。

 そうだ、俺もお金を……なんて財布を探そうとして、自身の思考が逸れていたのに気付いた進ノ介は、ぶるぶると頭を振って正気に戻った。

 

「君、お母さんか、お父さんはいるかい?」

「…………」

 

 少女は首を横に振った。

 やっぱりか。

 進ノ介は、この答えを予想していた。親がいるなら、こんな大道芸のように金を稼ぐ必要はないだろう。

 あるいは、金持ちの道楽でやらされているのかもしれないが、見回した限り、そういった人間はいないし、誰もが黙って立っているだけだ。

 ――異様だ。

 進ノ介は、ようやくこの場の異常さに頭がいった。

 どんなに素晴らしい音楽でも、ここまで人の心を虜にするものだろうか。ここにいる人達は、まるで魂を捕らわれているかのように、穏やかな顔で、微動だにしていない。

 ガコ、ガコ、という音で、進ノ介の意識が戻る。見れば、少女はバイオリンをケースに仕舞って、閉じようとしているところだった。

 

「ちょっと、君」

 

 声をかければ、ケースを両手で持って立ち上がった少女は、ふわりと柔らかな動作で振り返ると、進ノ介に視線を送った。

 陽だまりのような、穏やかな眼差しだった。

 心が温まるような、蕩けるような、そんな感覚に浸っている内に、少女は小さく舌を出すと、脱兎のごとく逃げ出した。

 

「…………はっ! ま、待て!」

 

 視線の呪縛から解放されたように体を揺らした進ノ介が、慌てて立ち上がる。

 その時。

 

「うわっ!」

 

 ぐわん、と視界が揺れた。

 一瞬体が重くなり、勢いに負けてつんのめってしまった時には、何かの波は過ぎ去っていた。

 だが進ノ介の目には、公園で思い思いの時間を過ごす人達が、一様に驚愕しながら倒れようとしているのが見えた。

 

「どんより!」

 

 重加速現象だ。

 つまり、機械生命体が絡んでいる。

 俄然、少女を追わない訳にはいかなくなった。しかし、人混みを抜けて道路に出た進ノ介が辺りを見回しても、あの小さな姿を見つける事は難しい。

 それでも根気よく、目を凝らして探す事によって、繁華街に続く道の、その脇へと逃れる黒いのを発見した。少女の纏う洋服の端っこだ。

 どんよりに干渉されていない。それはつまり、少女がコア・ドライビア――どんよりを発生、または抑制する機能を持つ物を手にしているという事。

 コア・ドライビアは、世紀の科学者、クリム・スタインベルトが生み出した物だ。現存するそれは限りなく少なく、用途も限定されている。

 機械生命体のボディ、噂の仮面ライダー、そして、それを支援するシフトカー達。それらを持つ者だけが、このどんよりの中での活動を許されるのだ。

 進ノ介には、腰の横側から垂れる留め具に止まるシフトカーがある。ゆえに、彼はどんよりの影響を受けずに動けるのだ。

 だからこそ、疑問に思った。あんな幼い少女がそういった、特異なアイテムを持っているはずがない。

 もし機械生命体の支援があったのだとしても、彼女自身も重加速に囚われ、鈍化していなければおかしいのだ。

 つまり、あの少女は、コア・ドライビアを内包するモノ……機械生命体、ロイミュードという事になる。

 それなら話は速い。

 進ノ介がスーツの前を開き、翻すと、ベルト部分には、そのものずばり、ベルトが巻かれていた。バックル部分が大きな円となっていて、中には赤い光でコミカルな顔が描かれている。

 進ノ介の相棒、ベルトさんだ。

 

「行くぜベルトさん」

 

 ベルト留めから赤いシフトカー、シフトスピードを抜き取った進ノ介は、シフトカー後部を半転させると、すかさず左腕に装着されたシフトブレスにセットした。

 

『待て、進ノ介!』

「へんし……え?」

 

 ベルト中央の赤い光が、怒り顔になって注意を発した。

 シフトブレスのレバーを持ち上げようとしていた進ノ介は困惑して、ベルトを見下ろす。説明が欲しい。言外にそう促した。

 

『おそらく彼女は、ロイミュードではない』

「なんだって?」

 

 機械生命体=ロイミュードでなければ、いったいなんだというのだ。

 まさか本当に妖精だとでもいうのか。

 

『ううむ、あのバイオリンには見覚えがある。彼女が重加速の中で動けるのには、おそらくあれが関係しているだろう』

「バイオリン? ……たしかに、何か秘密がありそうだな」

 

 あの音色には、魔力のような、不思議な力があった。

 彼女の腕もあるだろうが、その調べを聴いていると、心を奪われてしまうのだ。進ノ介も危うかった。少女を見た時は、別の意味で危うかった。絵面的に。

 しかし、彼女がロイミュードでないとすると、『変身』して事に当たる訳にはいかない。

 だが、生身の足で今から追って、追いつけるのだろうか。たとえ相手が幼子でも。

 

『行けるかい、進ノ介』

「ああ」

 

 心配はいらない。

 この男、一度ギアが入れば、何があっても止まらないのだ。

 

「脳細胞が、トップギアだぜ」

 

 キュッとネクタイを締めた進ノ介は、決め顔でそう言うと、猛然と路地へ向けて走り出した。




TIPS
・今日のトップギア
不発。
強盗殺人事件からの引き続きで決めただけなので
なんにもわかってなかったりする。

・天才バイオリニスト
いったい何者なんだ……。
それにしてもブラックホール級のかわいさだな。
宇宙最高の知性、プレゼンターも相好を崩す美しさ。
ああ、素晴らしきは妖精よ。
yo! 星夜(sey yo)
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