島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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また遅刻したぁー。
ひーん。



・艦これ
鎮守府では、夜の肝試しに向けて準備が進められている。
歌の練習をするために本棟の裏の通りへ繰り出した那珂は、
一番弟子の吹雪と一緒に、新曲の練習を始めた。

・ドライブ
ジャンプロイミュードを追い詰めるドライブ。
戦いはスパートの連続。ブレーキなどどこにもない。
そんな中、ドライブは迂闊にも、ジャンプに星夜を奪われてしまう。
はたしてドライブは、彼女を無事に取り戻せるのか。

・カブト
ゼクトはワームと結託し、地球に隕石を落とし人類を滅亡させる。
この計画を聞きつけた仮面ライダーカブト=天道総司は、
仮面ライダーガタック=加賀美(あらた)とともに、宇宙に行く事を決める。
しかし、この宇宙で彼らは激闘を繰り広げる事になる。
ゼクト最強の刺客、仮面ライダーコーカサス=黒崎一誠が、
軌道エレベータで待ち構えているのだった。



5.トリプライド・仮面ライダードライブ

 海に面した鎮守府。

 お昼時を過ぎ、みんなが腹ごなしにリラクゼーションルームで、今夜の肝試しの打ち合わせをし始めた、その少し後の時間。

 今は駆逐以上の艦種の者達が、やれどう脅かすか、やれどこで脅かすか、タイミングは、人の組み合わせは、道具は、姿はと盛り上がっていた。

 そんな喧騒から抜けて、一人、静かな本棟裏の通りにやってきた軽巡・那珂(なか)は、常の笑顔を顔に浮かべて、ワイヤレスマイクを握り締めた。スイッチに当てられた指が、白手袋越しに銀色の表面を撫でる。

 

「ふっふふ~、肝試しかぁ。那珂ちゃん腕が鳴っちゃうなあ」

 

 みんなが驚かし役の準備をしているのに、この軽巡はなぜ一人でこんな場所にきているのかといえば……まあ、彼女の持つマイクが全てを物語っている。

 

「何がいいかなぁ。緊張をほぐすために、明るい曲調の歌が良いかな」

 

 海を一望できる、舗装された道の端へ歩んでいった那珂が、顎に指を当てて思案する。

 肝試しは恐怖を味わうのが楽しみの一つであるのに、明るくしてどうするのだろうか。

 

「アップテンポの曲でノリノリになっちゃう?」

 

 ノリノリで夜道を進まれては驚かし役が浮かばれないのだが。

 しかしこの軽巡、本気である。本気で夜道に明るい曲を流し、笑顔を振りまいて歌おうと考えているのである。

 

「悩む~、那珂ちゃん悩んじゃうぞぉ~」

 

 むむむ、と眉を寄せ、むいっと口を結んで顔全体で悩みを表す那珂。

 そもそも彼女がこんなに張り切っているのには理由がある。

 こういう風に、鎮守府全体でのイベントごとに出会ったのは初めてなのだ。それで、日頃練習している歌や踊りを披露しようと画策している。

 誰かに見せるために今までやってきたのだ。半分は、単純に練習したい、自分を磨きたいと思っていたからなのだけど、いつも、この成果をどこかで大々的に発表したいと願っていた。

 今度の肝試しイベントは、これ以上ないくらいぴったりだ。

 なんてったって、提督以下艦娘全員がこのイベントに参加するのだ。またとない機会。

 ダンスはともかく、みんなに歌を聞いてもらうチャンスだ、逃せるはずがない。

 それで、一人こっそりと抜け出してきて、人気のないここで練習しつつ、本番で歌う曲をどれにするか、決めようと思ったのだ。

 那珂ちゃん秘蔵の曲はたくさんある。情熱的だったり、詩的だったり、軽快だったり、レパートリーは豊富だ。どれもまだ陽の目を見ていない。聞いた事がある者も、自分を含めて右手で足りる数というしまつ。

 

「いち、に、さん、はい! おーおーおー、かーんこれー……。そだ、どうせなら新曲いっちゃう?」

 

 喉の調子を整えるために一度声を出して声帯を震わせた那珂は、途中で良い事を思いついた、と手を打った。新曲、新曲。うきうき肩を跳ねさせる彼女の背後から、人を探す声が聞こえてきた。

 道の向こう、建物の陰から出てきたのは、駆逐艦の吹雪だ。きょろきょろと視線を巡らせて、那珂の名前を呼んでいる。

 

「吹雪ちゃーん、こっちこっちぃ!」

「那珂ちゃん先輩!」

 

 一番弟子の出現に、こっちこーいと手招きして呼び寄せた那珂は、吹雪の額をつんとつつくと、「那珂ちゃんで良いってば」とぷりぷり怒ってみせた。すみませんと真面目に謝った吹雪が、怪訝そうな顔をして見上げる。

 

「ここで何してるんですか? みんな探してましたよ?」

「えへ、ごめんね。どうしても、夜に向けて練習したくって」

「驚かしの練習ですか? あっ、じゃ、じゃあ、私お邪魔でしたよね」

「んーん、ぎゃくぎゃく!」

 

 慌てて去ろうとする吹雪の肩を掴んで力の向きを変え、自分の方へくるりと向かせた那珂は、目を白黒させる吹雪ににっこり笑顔を向けた。

 

「吹雪ちゃんも一緒に練習しよ?」

「え、でも、駆逐艦の子達は、みんな探索役だから、って」

「じゃなくてぇ、那珂ちゃんと一緒に、歌の練習!」

「ええっ、歌って、いつものあれですか!?」

 

 吹雪は、それはもうぎょっとしてしまって、背を仰け反らせて驚いた。

 そーそー、と顔を寄せる那珂とは正反対の顔で、でも、えっと、肝試しですよ? と止めにかかる。

 

「……別に那珂ちゃんも、みんなが楽しんでる中に乱入していって歌おうって言ってるんじゃないんだよ?」

 

 嘘である。

 吹雪に言われるまで、肝試しの道中なんかでじゃじゃーんと飛び出して、サプライズするつもり満々だった。

 しかしまあ、気付いてしまうとそれは結構ヒンシュクモノなんじゃないかと思えてきたので、さっくり切り替え。そんな事考えてませんでしたよアピールで小首を傾げる。

 吹雪はしっかり信じ込んで、「そう……ですよね。いくら那珂ちゃんでも、そんな事はしないよね」と一人頷いている。

 

「そうそう、提督に許可をとって、えーっと、そう! 肝試しが終わった後に、きっとみんなぱーっとパーティすると思うんだ!」

「パーティ、ですか? 聞いてませんけど……」

「するよ、するする! ここが怖かったねー、とか、あのお化けに驚いた! とか、そーゆー話をするんだよ、きっと」

「……しますかね?」

「……するかなぁ?」

 

 肝試しで全艦娘出動、というだけでも結構大事(おおごと)であるのに――特に、あまり他の子と仲良くしない叢雲や、いつもは厨房でせっせとご飯を作っている鳳翔に、艤装の点検、修理、改修をしている明石まで、話を聞いて乗り気になっているというのだから、これはもう、他に類を見ない一大イベントになる事間違いなし、だ。

 実際はそこまで大袈裟に、騒がしく、という訳ではないだろうが、みんなが参加するから賑やかにはなるだろう。申請すれば、肝試しの後に飲み食いの場を設ける事も可能だろうし、そこへ集まる子も多いと予想できる。

 那珂は、その場で自分のアイドルとしての姿を初披露しようと考えた。その時は、もちろん、一番弟子の吹雪も一緒だ。

 二人で歌う用の新曲もあるし、準備はばっちり。一人で歌うための新曲もあるから、夜に向けてもう少し練習をしないといけないけれど。

 

「駆逐艦の子達は、今は自由時間?」

「はい。訓練のために海に出る事もできませんし、任務は何もありませんから。待機じゃなく、本当の意味でのお休みって、これが初めてな気がします」

「吹雪ちゃんは、下のお祭りには行ったんだったね」

「はい」

 

 吹雪は、つい先日、同じ艦隊のみんなと、それから、十七艦隊のみんなで、花火大会に合わせて開かれた縁日に繰り出した。花火の光は、砲と同じ火薬によるもののはずなのに、そこには戦いの緊張や怖さはなく、ただただ華やかで、綺麗だった。

 

「って、那珂ちゃんも一緒でしたよね?」

「あはは。うん、まあ、そうなんだけど」

 

 十七艦隊には那珂も所属している。つまり、あの日吹雪と那珂はともに街へ下りたはずなのだが、先程の言い方だと、そうでないように思えた。

 

「ちょっと凄いの見ちゃったから、吹雪ちゃんの事忘れちゃってた」

「ええー! そんな、酷いです!」

「ごめんごめん」

 

 手を振って謝罪する那珂に、吹雪は肩を落として、私ってそんなに地味ですか、と呟いた。どんより~な空間が形成される。

 

「地味じゃないよ。吹雪ちゃんはすっごくかわいい」

「ほんとですか?」

「本当だよ。那珂ちゃん、嘘は言わない。吹雪ちゃんはかわいい。保証するよ」

「……えへへ。なんだか、照れちゃいますね」

 

 波の寄せる音がして、風が吹いた。乱れないよう髪を押さえた吹雪が、赤くなる顔を隠すように逸らして、頬にかかる数本の髪を小指で引いた。

 幼いながらも少女然とした仕草は、大人への階段の半ばに立つ女の子の魅力をしっかり備えているし、厭らしさの欠片もない純粋な笑顔は、文句なしのかわいさだ。

 自分を地味だと思っている節のある吹雪の、こういった素朴さが、きっと魅力なのだろう。

 

「うん、良い笑顔。那珂ちゃんも負けてらんないよ!」

 

 那珂ちゃんスマイル~! と、頬に指を当てて輝く笑顔を作ってみせる那珂に、吹雪も、笑みを深めて、一緒になって笑った。

 

「……そういえば、凄いのってなんでしょう」

「ん? えーっとね。……アクションラブストーリー?」

 

 しかもバッドエンド!

 あれからどうなったのか、那珂ちゃん気になっちゃってご飯もおかわりできません!

 手を合わせて海に向かって言う彼女に、吹雪は首を傾げた。アクション……ラブ、ストーリーとは、いったいどういったものなんだろう。

 あの縁日で何があったのか非常に気になるが、気を取り直した那珂が、手を叩いて「じゃあ練習行くよ」と仕切り直すのに、はい、と頷いて、気持ちを入れ替えた。練習用の、アイドルとしての自分を形作っていく。

 

「さっきの話あるでしょ?」

「お祭りの時のやつですか?」

「そう。それで那珂ちゃん、また新曲作ってきちゃいました」

「わー」

 

 ぱちぱち。

 それとさっきの話とどういった繫がりがあるかわからないながらも、おめでたそうなのでとりあえず拍手する吹雪。

 

「これはある、恋した少女を歌った曲なのです。ラブソングなのです」

「ラブソング……バラードですか?」

「ううん。結構速い感じだよ。曲も歌詞もほとんど形になってきてるけど、調整はまだこれからなんだ」

 

 吹雪がバラードかと聞いたのは、その方が歌いやすいからだ。

 生まれてこの方、那珂に弟子入りするまでは歌とは無縁の世界で生きてきた吹雪なので――軍歌の存在は知っているし、聞いた事もあるのだが、まだ歌う機会を得ていない――、歌は、あまり得意とは言えないのだ。

 その点バラードなら、ゆっくり、落ち着いた歌い方で良いので、楽。駆け出しにはぴったりの曲調。

 だから、そうでないと聞いても、がっくり……きたりはしなかったが、自分に歌えるかと不安に思った。

 

「『High Speed Love』って名前にしようと思ってるんだ。きっとあの子にぴったり」

「……『あの子』、ですか?」

「あ、ううん、なんでもない。じゃあ那珂ちゃんが最初に通しで歌うから、覚えていこうね!」

「はい。頑張ります!」

 

 あの子とは誰の事だろうか。そう思いつつも頷いた吹雪は、那珂に勧められるままに道の端、海と陸との境界線である縁に腰を下ろして、足をぶらつかせた。

 すぅっと息を吸う気配。それから、アカペラでの歌が始まる。

 最初に彼女が言った通り、アップテンポで、軽妙で、早口気味だった。それでいて誰かの恋心をしっかり歌い上げている。

 スピードに関しては、緩む部分はあるが、それでもほとんどが繋がるように歌詞があって、ブレス(息継ぎ)のタイミングが難しそうだった。それに、舌を噛んでしまいそうだ。

 曲自体の感想と、自分が歌う場合の懸念を思い浮かべながら聞き終わった吹雪は、那珂が申し訳なさそうに「もう一回良い?」と聞いてくるのに、すぐに頷いた。どこか音程が合わなかったりしたのだろう。自分が覚えるためにも、吹雪は真剣に耳を傾けた。

 

 

「High Speed love つまりこれって、恋ってやつだね――……」

「うん、その感じ。歌詞はばっちりだね!」

「ふぅ……。ありがとうございます」

「んーん、こちらこそありがとうね、付き合わせちゃって」

 

 後で私の部屋で、曲を聞いて合わせようか。

 那珂は、そう言ってから、ふと顔を上げて海の方を見た。

 スイッチの入っていないマイクを両手で握っていた吹雪も、彼女を見て、それから、海へと顔を向けた。

 

「……?」

「吹雪ちゃん、何か聞こえない?」

「あ、いえ。何も……」

 

 どうやら彼女には、何かが聞こえたようなのだが、吹雪の耳にそれは届かず、首を傾げるばかりだった。

 

「こう、ふんふふ~……って感じの、澄んだ、綺麗な音……声が聞こえたような気がしたんだけど」

「声、ですか? 誰か来たんですかね?」

「……あれ、なんだろ」

 

 通路の左右を確認する吹雪に、海の向こうを指差した那珂が呟く。

 水平線に影。艦娘の目で見ても黒い点にしか見えないそれが、何度も波に隠れながら、ゆっくりと近付いてくる。

 やがてそれが何かわかった時、二人はあっと声をあげた。

 

「深海棲艦!」

 

 そう、向かってきているのは、人類に渾名す怪物、深海棲艦だったのだ。

 だが何か様子がおかしい。誰かに報告を、と駆け出そうとした吹雪の肩を掴んで自分の方へ引き寄せた那珂は、待って、と制止しつつ、注意深く深海棲艦の動きを見守った。

 ……倒れている。海面に。

 そして、まるで漂流者のように、流れてきている。

 

「たぶんあの深海棲艦、かなり損傷してる」

「煙が上がってますね。でも、倒さないと、こっちに来ちゃいますよ」

 

 どうしますか。

 判断を仰ぐ吹雪をちらりと見た那珂は、漂ってくる者がどこか見覚えのある女の子だとわかると、こう言った。

 

「とりあえず、様子を見てみよ。どうするか決めるのは、それから。ね?」

「……わかりました」

 

 にっこり笑う那珂とは反対に、不安げに頷く吹雪。それでも、もうどこかへ行こうとはせず、手負いの深海棲艦を眺めた。

 やがて、二人の立つ通路の傍まで、軽巡棲鬼が漂って来た。

 

 

 前門のジャンプロイミュード、後門の下級ロイミュード二体。

 仮面ライダードライブ タイプテクニック=泊進ノ介は、月日星夜という非力な少女を手元に庇っているために、ピンチに陥っていた。

 じりじりとにじり寄るジャンプを視界に、そして、背後の二体をテクニックの能力で感じ取りながら、とれる手段を探すドライブ。

 敵も、ドライブの精密な射撃を警戒しているのだろう。なかなか手を出してこないが、こちらが何か動きを見せれば、すぐさま数多の光弾を放ってくるだろう。

 しかし動かなくても同じ事。ドライブは勝負に出た。

 

「ハンドル剣!」

 

 呼びかけに答え、彼方からハンドル剣が飛来する。ドア銃を零すように落とした手で掴み取り、同時にもう片方の手でシフトトライドロンを握った。

 トライドロンをそのままミニカーにしたような――上部にミラーがある細長い車体――全てのシフトカーの力が融合した、最強の変身用シフトカー。

 ベルトさん右部のイグニッションキーをその手でひねり、シフトトライドロンの側面のスイッチを押す。

 

『ファイヤー・オール・エンジン!』

『やれっ!』

 

 と同時に、ジャンプが叫んだ。

 三体六本の腕がドライブと、寄り添う少女に向けられる。光弾発射の体勢。

 

『ヒッサーツ!』

 

 ハンドル剣、グリップ上部のシフトランディングパネルにシフトトライドロンを装填。ベルトさんがコールするのを待たず、素早く剣を切り上げ、グリップ内のトリガーを押す。

 周囲から迫る紫の光弾は、猛スピードで突っ込んで来たトライドロン・エネルギー体が少女とドライブの周囲を旋回する事で防ぎ切った。

 

『なにぃ!?』

 

 さらに、実体化したトライドロンは、ジャンプロイミュードとドライブの間に止まり、壁となった。これで少しは時間が稼げるだろう。背後の二体が動揺している内に再度イグニッションキーを捻り、シフトブレスからテクニックを引き抜く。遠退く走行音。代わりにシフトスピードを装填し、ガチャンと倒す事でタイプチェンジを行う。

 

『ドラァーイブ! ターイプ・スピード!』

 

 剥がれた半透明の装甲が瞬時に組み替えられ、赤いボディに早変わり。タイヤの位置も左肩から右脇腹への斜め掛けだ。

 

『ターイヤコウカーン! ミッドナイトシャドゥー!』

「はっ!」

 

 さらにシフトスピードを紫の車体のシフトシャドーに入れ替える事で、胸部のタイヤを交換。射出されたスピードタイヤがトライドロンを乗り越えてジャンプを襲う。

 代わりに胸に嵌まるのは、四枚の刃がついた手裏剣のような紫のタイヤだ。

 振り返ったドライブが腰だめに手を構え、手を擦れば、エネルギー状の手裏剣が何枚も飛んでいく。ロイミュードの堅牢な体をも容易く引き裂く光の刃に、たまらずスパイダー型とコブラ型はよろめき、倒れ込んだ。

 次の狙いはジャンプだ!

 

「――何っ!?」

 

 トライドロンの前部へ移動したドライブは、その先に誰の姿も見えないのに困惑した。後ろで激しく動く気配。はっと振り返れば、ジャンプロイミュードが少女の首に腕を回し、持ち上げていた。

 

「っ……!!」

『この小娘はいただいていく』

 

 機械の腕を引き剥がそうとしながら、苦しそうに足をばたつかせる少女を気にかけず、冷たく言い放つジャンプ。屈伸して力を溜めると、止める暇もなく、掻き消えた。

 あれが奴の特殊能力。空間跳躍……だから、ジャンプなのか!

 走り出そうとした体を止め、くそ、と自身の太ももを殴りつけるドライブ。少女から離れたのはうかつだった。まさか奴に、あんな能力があったとは。

 

『進化前であれほどの力を発揮するとは……奴はいったい……』

 

 ベルトさんも、ジャンプの能力に驚きを隠せない様子だ。

 彼にも、ジャンプが下級ロイミュードの身であのような力を使うとは、予測できなかったのだろう。

 倒れていた二体のロイミュードがよろよろと起き上がる。さすがの耐久力だ。

 だが今は相手にしている暇はない。逃げ去ったジャンプを追わなければ!

 

『空間跳躍にはかなりのエネルギーが必要のはずだ。進ノ介、奴はまだ近くにいる可能性が高い!』

 

 その通りだ。今まで奴には、何度となくその力を使うべき状況が訪れていたはずだ。

 しかし使わなかった。それは、おそらくベルトさんの言う通りに、早々使えるものではなかったからなのだろう。

 ドライブの焦りなどお構いなしに、二体のロイミュードが走り寄って来る。急がなければならないが、無視する訳にもいかない。仕方なく応戦するために構えをとる。

 すると……。

 

「おりゃーっ!」

 

 そこへ、飛び込んできた影があった。

 ロイミュードの一体を飛び蹴りで吹き飛ばしたのは、詩島剛だった。彼は着地すると、すかさずもう一体を殴りつけ、腕を振りかぶってもう一発ぶん殴り、そいつも転がした。

 

「助太刀に来たぜ、進兄さん」

(ごう)!」

 

 ウィンクと、指でっぽう。お茶目に決めてみせた彼は、起き上がってきたロイミュードへ後ろ蹴りを食らわせると、シグナルバイクを手にした。白いバイクのシグナルマッハ。次世代型、変身用シフトカーの一種だ。

 前を開いたパーカーの中、腰に巻かれるベルトはマッハドライバー。横長のベルトだ。

 バイクを模したベルトの前部を握り、上へずらせば、斜めに持ち上がり装填部を覗かせる。そこへ勢い良くシグナルマッハが差し込まれた。

 

『シグナルバイク!』

「レッツ、変身!」

『ライダー! マッハ!』

 

 レバーを倒して、ハンドルを切るようなスタイリッシュな変身ポーズを決めれば、変身完了! ライダーウェアを模した真っ白な装甲が体を包み、同色のヘルメットが頭を守る。繋ぎ目の無い群青色の瞳が発光する。

 タイヤは小さく右肩に。左胸には肩からベルトにかけて赤に挟まれた白線の細い旗模様。後ろ首からするするっと伸び出た旗は白と赤からなるマフラー。次世代の戦士、仮面ライダーマッハの登場だ。

 

「追跡!」

 

 スパイダー型に指を突き付けながら小さく跳び上がって殴りかかり、吹き飛ばす。

 

「撲滅!」

 

 パシンと手を打ち合わせ、迫りくるコブラ型を殴りつけて、右手で前方を指し示すように、左から右へ廻らせる。

 

「いーずーれーもー、マッ、ハー!」

 

 手を打ち、広げる。

 それから、相手に対して体を横向きに。右腕をぐるんぐるんとタイヤ張りに回転させ、右足を持ち上げて、走り出すような姿勢で一瞬止まる。

 

「仮面ライダー、マッハ!」

 

 さっと足を戻し、大きく開いて中腰に。左腕は流して伸ばし、右手は顔の横に。握った手は二本指だけ突き出して、額に当てる。星と共に、シュビッと前に出して、決めポーズ。

 ド派手で完璧な流れに慄いたのか、尻餅をついたコブラ型も、怯んでいたスパイダー型も、怯えるように一歩引いた。

 

「進兄さん! こいつらは俺に任せて、進兄さんは奴を!」

「すまない、剛!」

 

 二体の敵に躍りかかるマッハの言葉に、ドライブはありがたく従った。静けさの満ちる道の先へ、二体と一人の横を駆け抜け、急いでいく。

 

(星夜ちゃん、無事でいてくれ!)

 

 はたして少女は無事なのだろうか。

 胸中に張り詰める焦りは、独りでに走り出すと、先へ先へと伸びていった。

 

 

 寂れた教会。その内部。

 長椅子の並んだ際の、台の前に、ジャンプロイミュードと、座り込む少女の姿があった。

 

『さて、約束通り、俺から奪ったものを返してもらうぞ』

「…………」

 

 怯えた様子で縮こまる少女は、何も言わずに俯いている。

 ジャンプは満足したように頷いて、目の前にしゃがみこんだ。

 

『さあ、出せ。盗んだ物を出すんだ!』

「……!」

 

 ふるふると頭が振られる。

 ジャンプが欲しがる何かなど、少女は持っていない。唯一あるバイオリンのケースを抱き締めて、泣き出してしまわないように我慢していた。

 

『出さないつもりか。……ここにはないのか? ならば言え! どこに隠した!』

「…………」

 

 少女は、答えない。恐怖のせいではない。口がきけないのだ。

 そうとは知らないジャンプは、苛立ちを募らせ、怒って、床を踏み鳴らした。びくりと少女の体が震える。瞳に溜まった涙は、すでに溢れかけていた。

 胸倉を掴み上げ、持ち上げれば、とうとうケースが床に落ちて、少女も重加速の枷に囚われてしまう。

 

『……言う気はないか。ならば、頭の中を直接覗くまでだ』

 

 放り投げられた少女の体が、ゆっくり、ゆっくりと床に向かって落ちていく。その胸に、細い光が突き刺さった。

 ジャンプロイミュードの体が幾何学模様に包まれる。一回りも二回りも小さくなり、そして、数秒後には、そこには月日星夜が立っていた。

 姿、声、性格、知識、知能。全てをコピーされてしまったのだ。

 

――何? 何も知らない? どういう事だ?

 

 幼い顔に怖い表情を浮かべて、ぱくぱくと口を動かすジャンプ。喉の奥からは掠れた息が出るのみで、声はない。だがそんな事より、記憶の中、本当に落ちていたバイオリンを拾い、何の気なしに弾き始めただけの彼女の姿を見て、戸惑いを隠せなかったのだ。

 いや、たしかにこの少女はバイオリンを盗んだのだ。……そう、その後に、誰の許可を待たずに持ち去っている。……盗んだ、と言えるだろう。

 だが他の物は?

 初めて演奏を聴いてくれた背の高い女性から貰ったサファイアのブローチ。……それから?

 ……何もない。盗んだと思っていた何かなど、何もなかったのだ。

 

――いや、だが、わかった。わかったぞ、進化への道が。

 

 もはや、そんなもの、取り返す必要はなくなった。

 なぜならそれよりも大事な事を知れたからだ。

 ジャンプは、肩を回しながらケースの前へ移動すると、それを開いて、体の赴くままに構え、弾き始めた。

 悲しい旋律が教会の中に響く。ひたすら、ひたすらに重く暗く、聞く者の心を沈ませる音色。

 ただ一人の観客である少女は、落ち行く中で、やめて、やめてと声なき嘆願を繰り返していた。

 聞きたくない。悲しい。そんな気持ちでいっぱいになる。

 やがて曲が終わり、余韻を残してバイオリンを下ろしたジャンプが、目を開ける。翡翠色の瞳が怪しく輝く。

 

「星夜ちゃん!」

 

 ドカンと扉を開いて、ドライブ・タイプスピードが飛び込んできた。空中に縫い止められる少女と、バイオリンと弓を手に佇む少女を見比べて、すぐさま落ち行く方へ走り寄り、抱き止める。シフトカーの力が伝播し、普通に動けるようになった少女は、一番にドライブの体に縋りついた。装甲越しにきつく、されど弱々しく腕を回してくる少女の頭を撫でたドライブは、ベルトの留め具からオレンジの車体のシフトフレアを引き抜いて握らせると、脇の下に手を入れて持ち上げた。できるだけジャンプから離れて下ろし、敵と向き合う。ジャンプも、ゆっくりと振り返って、ドライブを見上げた。

 

――遅かったな、仮面ライダー。

「……?」

 

 ぱくぱくと口を開閉させ、邪悪っぽい悪戯な笑みを浮かべて見せるジャンプに、ドライブは小首を傾げた。

 

――……。

 

 小さな体が幾何学模様に包まれ、成人男性よりも大きい体へ変わる。

 

『遅かったな、仮面ライダー』

「ああ、不覚だった。だがもう、星夜ちゃんには指一本触れさせないぞ」

 

 仕切り直すジャンプに、ドライブが悔しげに答える。すると、敵はくつくつと声を漏らし、肩を震わせた。

 

「何がおかしい!」

『ふっふっふ。俺は「遅かったな」……と言ったのだ』

「なんだと?」

 

 言葉の意味が一瞬理解できず聞き返すドライブ。ベルトさんはすぐに気付いたようで、『まさか!』と驚く声を上げた。

 

『そのまさかだ!』

 

 ばっと両腕を広げたジャンプロイミュードの胸部、プレートに描かれた『---』の記号が黄色い光となって浮かび上がる。再三、同色の幾何学模様に包まれたジャンプロイミュードは、大きく姿を変貌させていた。

 禍々しい兎……一言でいうなら、そうだった。

 人の心や何かを写し取った姿ではなく、動物モチーフ。ごつごつとした頭と顔の輪郭に、真っ赤な瞳は宝石のようでいて粒のように小さく、垂れた両の兎耳は頬と癒着して、流れ落ちる涙のようだった。剥き出しの歯はずらっと並び、頬を割くように歪んでいる。歓喜の表情。まるで常に喜んでいるかのようだ。

 肩には小動物の腕のようなとげがついている。胸部のプレートに描かれた数字は、変わらず『---』。ボディは鈍色。体は細い。

 進化態のジャンプロイミュードだった。

 

『やはり鍵は、人間の心のようだったな。では融合進化態とはなんだ? どうすればなれる? 人間の心をもっと理解すれば良いのか? ……人間を取り込めば良いのか?』

「……!」

 

 バイオリンを落とし、歩み寄るジャンプの言葉は、正解だった。

 特殊なバイラルコアをもちい、シンパシーを感じた人間に自分ごと取り込ませる事で至れる一つ上の段階。

 そんなものにならせる訳にはいかない。こいつが今もっとも選びそうなのは、記憶や感情までコピーした少女に他ならないのだから。

 

「そうはさせるか!」

『ターイヤコウカーン! ジャスティスハンター!』

 

 シフトスピードを、パトカーを模したシフトハンターに入れ替えれば、射出されたスピードタイヤがジャンプにぶつかっていく。腕で防ぎながらも怯んで後退するジャンプの前で、ドライブの胸部に飛来したタイヤが嵌まった。衝撃で体を僅かに揺らすドライブ。同時にタイヤから具現化した円形のタイヤ・ジャスティスケージを手にする。円盤を閉じ込めるようにある格子状の鉄棒は常に振動を繰り返し、敵のあらゆる打撃攻撃を無効化する力を持つ、ハンターの専用武器だ。

 

『ヒッサーツ! フルスロットォール! ハンター!』

 

 イグニッションキーを捻り、シフトブレス横の赤いボタンを押し込む。コールに合わせてジャスティスケージを放り投げれば、エネルギー体となってジャンプの頭上へ向かった。

 回転しながら大きく広がって長い鉄の棒を無茶苦茶に吐き出していく。

 あっという間に、ロイミュードを捕まえる鉄の檻が完成した。

 

『なんだこれは……ぐわっ!』

 

 鉄棒に触れたジャンプが、流れる高圧電流に弾かれて倒れ込んだ。

 

「はああっ!」

 

 よろよろと起き上がる敵へ向けて、拳を振り上げて突っ込んでいくドライブ。

 檻ごとジャンプを殴り飛ばし、鉄の棒と破壊した壁の瓦礫を飛散させて教会の外へ飛び出す。

 外ではロイミュードと交戦する剛が、すぐそこまでやってきていた。

 

「進兄さん! くそっ、こいつらいきなり強くなりやがって!」

「気をつけろ、剛!」

 

 意外にもマッハが苦戦している。二体のロイミュードの攻撃を凌ぎ、殴り返すも、今度は吹き飛ばせない。反対に攻撃を受けて地面を転がっている。

 奴らの強化と、ジャンプロイミュードが進化した事とは何か関係がありそうだ。

 と、その時、遠方からサイレンの音が鳴り響いてきた。

 道の先から一台のパトカーが走ってきて、ブレーキ。砂を巻き起こし、滑りながら横になって止まる。

 ドアを開けて出てきたのは、チェイスだった。

 

「チェイス! ……お前その車、どうしたんだ?」

「進ノ介、力を貸すぞ」

 

 ドライブの言葉を意図的か無意識にか無視した彼の腰には、マッハドライバーの改良型、マッハドライバー炎が巻かれている。

 

『シグナルバイク!』

 

 前部を持ち上げ、黒いバイクのシグナルチャエイサーを装填。ガシャンと下ろして――。

 

「変身」

『ライダー! チェイサー!』

 

 銀色の仮面ライダーチェイサーに変身する。

 

『シンゴウアックス!』

 

 遠方から飛来した、信号を模した斧、シンゴウアックスを手にしたチェイサーが、それを振り回し、敵に突撃する。

 立ち上がったマッハは、苛々した様子で拳を握り込むと、シフトデットヒートを取り出した。

 

「ああもう! 巻いていくぜ!」

『シグナルバイク・シフトカー!』

 

 シフトカーとシグナルバイクが一体となった、驚異的なパワーを誇る変身用シフトカーをシグナルマッハと入れ替えて、レバーを倒す。

 

『ライダー! デッドヒィート!』

「うおおおお!!」

『バースト! キュウニ・デッドヒィート!』

 

 赤と白の装甲、そしてドライブと同じタイヤ。マッハの強化フォーム。

 ベルト上部のボタンを拳で何回も叩く事で、シフトデッドヒートの力を限界まで引き出す。

 胸部のタイヤが熱を発しつつ高速回転。余剰エネルギーが熱波となって周囲に撒き散らされ、やがて、マッハはさらにもう一段階上の姿へ変わった。基本的な姿に違いはないが、デッドヒートの姿を高出力で、かつ安定して使えるのだ。

 

「オオオ!」

 

 気合いの声とともにシンゴウアックスを振り回し、二体のロイミュードを退けるチェイサー。だが奴らは強くなったと同時、耐久値も大幅に増したのか、胸に傷をつけながらも倒れまではしない。

 

「一気に決めるぞ!」

「仕切んじゃねーよ!」

 

 横に来たマッハへ、地面にシンゴウアックスを突き刺し、敵から目を逸らさないまま言うチェイサーに、憤慨するマッハ。

 二人は同時にドライバーの上部を持ち上げて開き、ボタンを押し込んだ。

 

『ヒッサツ! フルスロットル!』

『ヒッサツ! フルスロットル!』

『チェイサー!』

『デッドヒィート!』

「はっ!」

「オオッ!」

 

 両足を揃え、一緒に跳び上がるチェイサーとマッハ。

 マッハは空中でぐるぐると三回転ほどすると、そうしてできた炎のタイヤの中で飛び蹴りの体勢を取り、同じく紫のエネルギーを纏ったチェイサーと共に急降下キックを放った。

 

『――――!』

 

 胸部を蹴りつけられた二体のロイミュードは、声を上げる間もなく爆散。逃げ延びようとした『---』のコア二つも、紫電を散らした後に砕け散った。

 地面を擦って止まるチェイサーとマッハ。マッハは機嫌良く決めポーズをした。

 

「ジャンプ! 俺達も勝負だ!」

『貴様の相手をしている暇はない!』

 

 進化態となって余裕ができたのか、空間跳躍をしようとするジャンプ。腕を振り、力む動作はわかりやすいくらいに能力の予兆を表している。

 それを悠長に待つドライブではない。

 

『スピ・スピ・スピード!』

 

 素早く入れ替えたシフトスピードでタイヤコウカンを行いつつ、同時進行でシフトアップ操作。急加速でジャンプへ接近し、拳を叩きつけて空間跳躍(ジャンプ)を中断させる。

 

『ぐぐ、無駄だ! 俺は何度だって跳ぶ! そしてあの小娘を頂くぞ!』

「やらせるか!」

『ヒッサーツ!』

 

 イグニッションキーを捻り、シフトブレスのボタンを乱暴に押し込む。

 これ以上少女を怖がらせない。手出しはさせない。その想いを込めて、シフトブレスに手をかける。

 

「スピードMAXだ!」

「守ってみせる!」

「ぶっ倒す!」

 

 両隣りに並んだチェイサーとマッハも呼応し、それぞれ必殺技を放つ前動作に入る。

 

『ヒッサツ! マッテローヨ!』

 

 シンゴウアックスの長い柄の下部についたボタンを押し込めば、斧の部分、刃の内側の信号機の赤が灯った。

 

『ゼンリン!』

『ヒッサツ! フルスロットル!』

 

 白い銃に大きな車輪がついた、ゼンリンシューターを取り出した剛が、ベルトのボタンを拳で叩き押し、車輪に手をかけて勢い良く回転させて走り出す。

 

「うおおーっ!!」

『ぐあああ!』

 

 赤い炎の一閃。ゼンリンシューターをジャンプの体へと振り抜き、エネルギーと熱波を撒き散らして駆け抜ける。

 

『イッテイーヨ! フルスロットル!』

「ハァッ!!」

 

 信号機が青に変わり、横断用のパッポー、パッポーという音が軽快に鳴り響く。

 斧を大上段に持ち上げたチェイサーが渾身の力で振り下ろせば、空中に曲線を描いて描かれた横断歩道に沿って、紫のエネルギーの刃が閃いた。

 

『ぐお、おおおお!!』

『フルスロットォル! スピード!』

「おりゃあーっ!!」

 

 よろめくジャンプへ向けて、高く高く跳び上がったドライブの必殺技、スピードロップが炸裂する。

 胸に蹴りを受け、火花を散らして吹き飛ぶジャンプ。身を捻って逃れようとした影響か、斜めに吹き飛んでいく。

 店の一階部分のガラスを突き破って中へ飛び込んでいったジャンプを見送りつつ、着地するドライブ。

 

「イエッス! やったね、進兄さん」

「これくらい当然だ」

「お前にゃ聞いてねぇって」

 

 ドライブの肩に腕をかけてもたれかかるマッハに、チェイサーが答える。

 

「まだ気を抜くな。倒せたか確認しに行くぞ」

 

 二人を戒めつつ、マッハの腕を振り払うドライブ。

 三人は、変身したまま、窓を破壊してしまった店……ゲームセンターへと足を踏み入れた。

 店内に散らばるガラスの欠片。多くのアーケードゲームの筺体。プリクラ、クレーンゲーム、ホッケー……。

 賑やかな店内はまだまだ新しく、なぜ今ここが寂れ、誰もいないのかが気にかかると、不気味だった。

 

「進兄さん、あそこ!」

 

 店内を見回す他の二人に、マッハが声をかける。店の奥まったスペースに、真新しい筺体があった。

 そこにもたれかかるのが、瀕死のジャンプだ。

 体から電気を散らし。大きく体を上下させ、よろめいている。

 こちらに気付いたジャンプは、なんとか立ち上がると、しかし何も言わずに苦しげにしていた。

 

「あいつまだ!」

「待て、進ノ介」

 

 とどめを刺しに行こうとするドライブを制し、一歩、前に出るチェイサー。

 

「ナンバーなし。貴様は『死神』という言葉に聞き覚えはあるか?」

『……死、神。聞いた事があるぞ。裏切り者のロイミュードを抹殺する、仲間殺し。お前がそうなのか?』

「そうか。……進ノ介」

「ああ」

 

 もう聞きたい事は聞き終えた、とドライブを促すチェイサー。

 奴は、死神という言葉に、頓珍漢な反応を返した。

 かつて死神として活動していた魔進チェイサーの事を知らず、現在死神役をしている改造されたロイミュードの事を知らず、それらを束ねるメディックの存在を知らない。

 つまり奴は、今主に活動しているロイミュードたちのボス的存在と接触を持っていないという事になる。

 それが虚偽の情報でなければ、だが……瀕死の状態で、そうそう嘘をつく演技はできないだろう。

 これだけ情報が出揃えば、奴の出自を調べる事は難しくない。

 よって、もう倒しても問題ない。

 

「とどめだ!」

『む、ぐ、うおお!』

 

 とどめを刺そうとドライブが走り始めたその瞬間、がばっと筺体に抱き付いたジャンプが、体を光らせ、収縮させて、筺体の画面へと吸い込まれて行った。

 

「なっ、ネットの世界に逃げ込んだのか!?」

『オンラインゲームというやつかね!?』

 

 慌てて筺体に駆け寄り、ためつすがめつ見回す。

 だがどうしようもないとわかると、変身を解除して、筺体にもたれかかった。

 

「いや、それはない」

 

 同じく変身解除したチェイスと剛も歩み寄ってくる。

 チェイスは、何事もないとでもいうように、そう言い切った。

 

「どういう事だ?」

「進兄さん、よく画面を見てみなよ。『オフライン』って書いてあるだろ?」

「……あー」

 

 光る画面には数人の少女達とタイトルが描き出され、左下の端っこに、『オンライン×』『オフライン○』と点灯している。

 

『では奴は、いったいどこに……』

「ネットに逃げ込んだんじゃなければ、奴の能力で別の場所に?」

 

 はっとした進ノ介は、急いで二人を促した。

 

「剛、チェイス。星夜ちゃんのところに戻るぞ!」

「オーケーオーケー!」

「了解した」

 

 もしかしたら、奴は少女の下へ空間跳躍したのかもしれない。

 とにかく彼女が心配な進ノ介は、二人を伴って急いで教会に向かった。

 

 

 教会では、少女が重加速から解き放たれ、バイオリンのケースを抱いてじっと座っていた。

 進ノ介達が姿を表すと、立ち上がって、進ノ介に飛び付き、抱き付いた。

 

「……! ……!」

「怖かったな。もう大丈夫だ」

 

 涙を浮かべて何事かを訴えるように、ひゅうひゅうと声を絞り出す少女の頭を抱え、優しく撫でてやる進ノ介。

 少女の身柄は確保した。後は、守り通すだけだ。

 奴の目的はこの少女なのだから、向こうから姿を現すだろう。

 決着はその時だ。

 瞳の奥で炎を燃やしながら、進ノ介は改めて、少女を守り通すと誓った。

 

 

「えー、じゃあ私の解析は無駄になったって事ー!?」

「あー、あのー。はい」

 

 ドライブピットに戻ってきた四人が最初に相手をしなければならなかったのは、急いでサファイアの解析を進めていたりんなだった。

 ぷんすこしながら席に戻った彼女がブローチを差し出し、受け取った進ノ介が少女に手渡す。いそいそと胸につける少女を眺めつつ、何か分かった事はありましたか、と問えば、「高純度のコア・ドライビアが内包されていたわ」と答えた。

 

『それはいったい?』

「さあ。データ上では、宝石の中で自己増殖して進化したみたいだった。ただ、他とは違った進化の仕方ね。そう、名づけるなら、これはコア・ドライビア-Sと言ったところね。新型」

 

 エス、に反応して、小首を傾げて自分を指差す少女。コア・ドライビア-星夜(S)ではなく、-サファイア(S)であるのだが、りんなは気に入ったようで、それにしましょう、と名前を決定した。

 

「……ところで、そちらの女性は?」

 

 進ノ介は、自分の足に抱き付いてくる少女の相手をしつつ、りんなの作業机の傍に立って資料に目を通している、スーツ姿の女性についてりんなに問いかけた。

 

「彼女は、細胞生物学と遺伝学、それから近未来エネルギー学を主に扱う、三原真博士よ」

「よろしく」

 

 資料から目を上げた女性が短く言って、目礼する。長い黒髪がさらりと揺れた。

 彼女は、腰まで届く髪を一つ縛りにして垂らしている、スレンダーな女性だ。目は鋭く、しかし理知的で優しげな目をしている。

 

『君が三原真君か、話には聞いているよ』

「お会いできて光栄です」

 

 今度はしっかりとお辞儀をする女性……真に、台の上に置かれたベルトさんは満足げに笑った。

 その彼女がなぜここに入り込んでいるのかといえば、りんなの応援に来たらしい。

 サファイアが普通じゃないとわかって解析が難しくなった際、一人じゃ時間がかかりそうだという事で、彼女が昔の縁を頼って急遽応援に呼んだのだ。真は快く受け取ってくれた。

 

「それで、ジャンプが逃げた先についての話でしたよね」

「ああ。奴はおそらく、どこかで体を直そうとしているんだろうが……その場所が特定できれば、こっちから打って出られる」

 

 霧子の問いかけに、進ノ介は頷いて、ベンチに座った。少女がじゃれ付きながら膝の上に収まり、ちょこんと座ると、我が物顔でケースを抱き締める。

 

「なんか、随分懐かれてますね、泊さん」

「ああ、そうらしいな」

「その子にとって、進兄さんはヒーローだからな」

 

 怖い思いをしたところに幾度となく助けに入った男。そりゃあ心を開きもする。

 まだ他の人間には警戒心を抱いているようだが、進ノ介の近くにいる限りはにこにこしているので、そっとしておいても大丈夫だろう。

 

「私は、そのゲームの筺体ってのが気になるなー」

「ゲーム?」

『うーむ。進化態となった奴の能力が、その名の通り進化していたのだとしたら……死力を振り絞り、最後に目にした場所へ逃げ込んでもおかしくはない』

「つっても、あれがなんのゲームだったかなんて覚えてないぞ」

 

 うんうん唸って思い出そうとする進ノ介の前に、数枚の写真が突き出された。剛だ。

 

「こんな事もあろうかと、数枚撮っといたぜ」

「おお、助かる!」

 

 さっそくみんなで集まって写真を眺める。

 ゲームの名前は、『艦これアーケード』。写っている少女達は、かつての戦争で実際に動いた戦艦たちの現身(うつしみ)らしい。

 

「あー……本当にここに逃げ込んだと思うか?」

『私はかなり可能性が高いと思っている』

「……なんで?」

 

 美少女がずらずらっと並ぶ絵面は、あの時は気にかけなかったが、よく見ると結構恥ずかしいものだ。

 そんな場所へロイミュードを取り逃がしたとなれば、まあ……危険な事には変わりないだろうが、なんというか、微妙な心境だった。

 

『だが、君も見ただろう。奴がオフラインの筺体の中に入り込んでいくのを』

「そりゃ、見たけどさ。……あーもう、わかったよ。あいつはこの世界に行った! で、どうするんだ? どうやって追う」

 

 観念して現実を受け入れた進ノ介だが、問題はそこだ。

 

「平行世界や多次元の存在っていうのは結構唱えられてるし、証明もされてる。逃げ込まれてもおかしくはないけど、でも実際行くとなったら、かなりのエネルギーが必要なのよねー」

 

 りんなが困ったように言う。

 たしかに、ベルトさんもそう言っていたし、実際、エネルギーが多くなかった下級ロイミュードの時のジャンプはせいぜいが数百メートルを移動するだけだった。

 それが何キロ何十キロを跳び越して、別の世界へともなると、途方もない力が必要になるだろう。

 

「と・こ・ろ・が! 私達にはそれを可能とする技術があるのよね」

「ドライブシステムか」

「そう。ドライブとマッハとチェイサーの力を合わせれば、あと一歩のあたりまでは溜まると思うのよねー」

「俺? って、あと一歩、じゃ駄目なんじゃ」

「他に、当てがあるのか?」

 

 自分達の変身するライダーの名前を呼ばれて、剛とチェイスが反応する。

 

「星夜ちゃんがブローチを貸してくれたら、コア・ドライビア-Sの力も足せて、きっと条件を満たせると思うんだけどなー」

 

 今度は少女が反応した。

 不思議そうに進ノ介を見上げると、目が合って、少しして。

 やがて理解した風に頷くと、ブローチを外して、進ノ介に押し付けた。

 

「いいのか? これは大切な物なんじゃ」

 

 ふるふると首を振る少女。

 それはもう、そこまで大切な物ではなくなったらしい。きっと、代わりの何かを手に入れたのだろう。

 進ノ介の体に頭を預けて、満足気に目を閉じる彼女の姿を見れば、それが何かは一目瞭然なのだが。

 

「ちょうどここにエネルギー学の専門家もいる訳だし、ちゃちゃっとやっちゃいますか!」

「よし。ゆっくりしてる暇はないよな。今こうしている間にも、この筺体の向こうの世界で奴に苦しめられている人達がいるかもしれない。……行こう!」

「このゲームの世界には、カンムスっていうチョー強い女の子がいるみたいだから、結構大丈夫そうだけどな」

「何言ってるんだ、剛。こんな女の子達にだけ戦わせる訳にはいかないだろ」

 

 写真を手にして言う進ノ介に、剛は両手を上げてお手上げのポーズをとりつつも、同意するように頷いた。

 それから、ついっと霧子の方を見る。

 

「……なんですか? もう、行くなら速く行ってください」

 

 憤慨したように、進ノ介の肩を押す霧子。

 好きでこうやって戦っているのに、自分をそのカンムス達に重ねて見られるのは少し嫌だったのだ。

 

 さっそく準備が執り行われ、翌日。

 ドライブピットに、艦これアーケードがやってきた。

 世界移動には対象となる物体が必要になるとわかったのだけど、さすがにあのゲームセンターの筺体を使う訳にはいかないので、短期でレンタルしたのだ。なかなかのお値段であった。経費では落ちない。進ノ介の財布が悲鳴を上げる前に、真が力を貸してくれた。

 

 ぴかぴか光って音楽と女の子の声を定期的に鳴らせるゲーム機が、シャッターの開いた通路の遠くの方に置かれている。

 トライドロンに繋がるコードを制御する機械には、白いバイクと紫のバイク、ライドマッハーとライドチェイサーが繋がれていた。アクセルを踏んでも動き出さないよう、装置に乗せられて少し浮かされている。

 二人は変身済みで、それぞれのバイクに跨っていた。

 後は進ノ介がドライブに変身し、トライドロンに乗り込むだけなのだが、ここで一つ事件が発生した。

 

「……!」

「駄目だって、星夜ちゃん。降りなさい!」

 

 進ノ介が遠くへ旅立つと知った少女が、トライドロンの助手席にかじりついて離れなくなってしまったのだ。

 文字通りシートに噛みついて離れるのを拒否するので、力づくで引き剥がす訳にもいかないし、シートが唾液に濡れていくのを泣きながら見るしかないのだった。

 

「どうするんですか、泊さん。泊さんが言っても聞かないっていうのは、なかなか問題ですよ」

「そうだよなあ。ほんと、どうしよ」

 

 少女の頑固さはなかなかのものだ。言葉だけじゃ動く気配がない。

 アイスにも遊園地にも釣られない。彼女の手からバイオリンのケースを奪っても、一瞬とても悲しそうな顔をしただけで、離れなかった。

 それぞれが思っていた以上に進ノ介に懐いているようだ。

 

「どうしたんだい?」

 

 みんなが相談していると、ドライブピットの出入り口の扉が開き、真がやってきた。

 彼女が来たという事は、本当の本当に最後の調整が終わって、もういつでも出発できる状態になったという事なのだけど、少女があれでは、いつまでたってもトライドロンを出す事はできないだろう。

 

「ああ、私に任せなさい」

 

 それを話せば、一つ頷いた真が助手席の方へと歩いて行った。

 ほとんど面識のない真では、どうやったって引き剥がす事はできないだろう。そう思われる中で、少女にキッと睨みつけられた真は、そっとその耳元に口を寄せると、ぼそぼそと囁いた。

 少女が、シートから離れた。ぽかんとした顔をしている。

 それから、びくっと肩を跳ねさせると、きょろきょろと辺りを見回して、ぱくぱくと口を動かした。

 何かを言っているようだが、言葉を話せない彼女からは何も読み取れない。ただ、真に驚くような事を吹き込まれたらしいと言う事だけはわかった。

 

「あの、なんて言ったんですか?」

「秘密さ。彼女と私だけのね。さ、乗りなさい」

 

 ぴょんと飛び降りた少女が、真に手を引かれて離れていく。

 さっきまでは死んでも離さないという気迫を漂わせていたのに、今は笑顔で進ノ介に手を振っている。

 なんとも奇妙だが、子供というのは気紛れなのだ。そう自分を納得させて、進ノ介は、ドライブに変身した。

 

「さあ、始めるわよ!」

「いつでもどうぞ!」

「準備はできている」

 

 りんなの号令に、マッハとチェイサーが答える。

 ドライブも、ハンドルをしっかりと握り、アクセルに足を置いて、いつでも発進できる状態にした。

 エンジンをふかせるけたたましい音が室内に響く。ライドマッハーとライドチェイサーの車輪が猛回転をし、それぞれのドライバーを通じて膨大なエネルギーを吐き出し、コードに流し込んでいく。注ぎ込まれたトライドロンが白と紫の光を纏い、漂わせる。

 

「今よ!」

 

 声に押され、ドライブがアクセルを踏み抜いた。

 一気に時速560㎞の超スピードへ突入し、眩いトンネル空間を経由して、筺体へ迫る。

 その車体が筺体に突き刺さった、その瞬間。

 

 トライドロンは、何もない海上に飛び出していた。

 

「え、ええーーっ!!」

 

 水平線まで、ドライブの悲鳴がこだまする。

 きらめく海が、どこまでも声を響かせていた。




TIPS

・High Speed Love
朝潮に恋した誰かさんの挿入歌。
God speed loveではない。

・あらすじのカブト
挿入歌の題名が似ていたのでつい。
これ格好良い。

・細胞生物学や遺伝学の博士、真
かつての世界での実験の延長線

・近未来エネルギー学
非科学的とされるエネルギーや可視化光線などを含めて研究されている。
解明すると言うより、実用化していくのが目的。

・「巻いていくぜ!」
執筆時間的な意味で。
結局間に合わなかった。がっくし。

・「速く行ってください」
執筆時間的な(以下略)。

・シートに噛り付いて離さない
時間稼ぎやめて、ほんとやめて。

・ジャスティスハンター
このロリコンめ!
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