島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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肝試しイベントは、番外編後に小話として上げます。
あんまり仮面ライダー関係ないイベントだから仕方ないね。



有り余る情景の念と尊敬の念を進ノ介に向けるシマカゼ。
そんな彼女達に進ノ介がシフトカーを紹介している際、どんよりが発生する。
シフトカーさえ持っていれば、この重加速の中でも動けるはず。
夕立に頼んでシフトカーを手に、仮面ライダーと一緒に
戦おうとするシマカゼだったのだが――。


9.クレッシェンド・ヒーローじゃない!!

 夕張の工廠では、夕張が妖精達と何かの機械の調整を行っていた。連装砲ちゃん達も今は点検に回されている。

 シマカゼや進ノ介達は、その風景を見ながら広い空間の端っこに作られた椅子に座ってテーブルを囲んでいた。

 

「……なるほど、あの見えない何かは敵じゃなくて、『妖精さん』だったんだな」

『見えない存在というのは厄介だが、今は彼女達も味方だ。心強い』

 

 ちみっこい少女を膝に乗せ、湯呑みを傾けながら言う進ノ介に、ベルトさんが同意する。

 ちなみに妖精の事やこの鎮守府の事、そして艦娘の事を説明したのは――もっとも艦娘について、進ノ介は事前に勉強してきてはいるのだが――、進ノ介のお目付け役となったシマカゼではなく、叢雲である。

 

「深海棲艦という海からの侵略者が外海と空に跋扈(ばっこ)しているの。私達の目的はこれの奪還、そして敵の殲滅」

「敵は絶えないな……」

 

 この世界の情勢を聞いた進ノ介に、叢雲が答える。

 艦娘の最大の目的は暁の水平線に勝利を刻む事。

 人類に、未来を。それ以外には何もない。

 

 艦娘という存在の最終目的が話されると、進ノ介と叢雲の間の空気がなんだか重くなった。お互い使命を背負った存在だが、どちらが大きい小さいはない。……それでもその大きさを考えてしまうと、どうしても重苦しい空気が漂う。

 少ししんみりとしてしまったところで、それをぶち壊すような楽しげな笑い声が横から飛び込んでくる。

 

「えへへ~、夢かなぁー、これって夢なのかなぁー」

「夢じゃないっぽい……島風ちゃん、帰ってきてー……」

 

 シマカゼが幸せな顔でトリップしている。夢かなぁ攻撃に捕まった夕立は生気を吸い取られたようにやつれていた。

 この使えないお目付け役に代わって、叢雲が進ノ介の世話を焼いているという訳だ。

 

「妖精さんってのは、今もここにいるのか?」

「ええ。みんなあなたに興味を持っているみたいね」

 

 夢の世界へ旅立っているシマカゼに少し引きながら、繕うように問いかける進ノ介。

 叢雲は硬く冷たい声音で突っぱねるように答えた。

 

 テーブルの上に置かれたベルトさんの周りや、それぞれの前に置かれた湯呑みの傍、それから床に立っている何匹もの妖精が進ノ介を眺めてひそひそやっていたのだが、叢雲が話すたびに『お?』『お?』といった調子で見上げてくるから、冷たい態度をとっているのを咎められているような気がして、段々居心地が悪くなってきている叢雲であった。

 

「はーい、お待たせ? ごめんなさいね、ちょっと完成まで手間取っちゃって」

「いいえ、構わないわ」

 

 ベストなタイミングで夕張がやってきた。いつものへそ出しルックの上に深緑のエプロンをつけている。『yubari』の刺繍付き。

 むしろ助かった、なんていう内心を隠して、なるべくゆっくりと湯呑みを持ち上げた叢雲に代わって夕張がそれぞれの相手をし始めた。

 

「ほら、島風ちゃん。はいこれ」

「へへ……はい? あ、カンドロイドですね」

 

 まずはトリップしていたシマカゼを引き戻し、

 

「うん、左腕を貸してね」

「はい」

 

 シマカゼと夕立の間に入る事で、夕立を救う。素晴らしい手際で二つの問題を一気に解決した。

 彼女にその自覚があるかは知らないが、お茶を一気飲みしてぐでーっとなった夕立の救世主である事には変わりないだろう。

 

「ここに、ガシャンって感じで押し込んでみて」

「え、でも、羅針盤がありますよ? 携帯型の……」

 

 シマカゼの左腕、手首部分には、かつて孤島で生活していた時に作られた携帯型の羅針盤が腕時計宜しく巻き付いている。近付けられた四角い端末の影に反応したのか、四匹の羅針盤妖精がひょこりと現れ、不安げに見上げた。

 

「妖精さんも怖がってますよ」

「大丈夫、私を信じて?」

 

 妖精には艤装に潜り込む能力がある。カンドロイドは、前に説明した通り妖精と同じ力を持つ艤装扱いの機械だ。ゆえに妖精の心配をする必要はない。

 そう説明する夕張と、それを聞くシマカゼとを眺めていた進ノ介は、テーブルに腕をついて叢雲に顔を向けた。

 

「あの子……シマカゼって子の腕に、今、妖精が乗ってるのか?」

「ええ。海での私達の命綱がね」

 

 そう言われて改めて島風の腕を見てみても、そこにはリストバンドにコンパスをくっつけたような機械か、カンドロイドと呼ばれた端末しか見えない。いくら目を凝らしてみても、それは同じだった。

 やはり進ノ介に妖精を見る資質はないらしい。あったら即提督に勧誘されるのだから、無い方が良いかもしれないが……見えない存在が何かを持って動いていると、独りでに浮いて移動しているように見えるから心臓に悪いのだ。

 

 それにしても、命綱、か。

 進ノ介は、旅立ちの前夜、集めた『艦これアーケード』の資料にも確かに羅針盤の要素があったのを思い出した。進路を羅針盤で決定するのってどうなんだと思ったが、何か重要な秘密が隠されているのだろう。突っ込むのは野暮だ。

 

「わっ、わぁ」

 

 携帯型羅針盤にカンドロイドを押し付けると、ガシャコンと嵌まってしまった。そんな穴や窪みはなかったにもかかわらず、まるで飲み込むように端末が腕にくっついていた。外そうと引っ張ると、リストバンドが伸びる。羅針盤は影も形もない。端末に吸収されでもしたのだろうか?

 

「はい、カンドロイドのアップデートが完了したわ。新しい機能を試してみて?」

「えっ、えっ、あの、これ、妖精さんは……」

「潰れたりなんかしてないわよ。こーら、悪戯してないで顔を見せて!」

 

 夕張が呼びかければ、カンドロイドの表面からにゅるりと四匹が頭を出した。揃ってサムズアップをして、シマカゼに安心しろと呼びかける。シマカゼはほっと胸を撫で下ろした。

 

「端末左の、オレンジの……そう、その小さなボタンを押してみて」

「ここですね」

 

 端末を鷲掴みにした時、ちょうど親指の位置にあるボタンを押し込めば、表面にある円状のレンズから光が照射され空中に羅針盤が描き出される。円の四方に『E』()『W』(西)『S』()『N』()の文字、そしてそれぞれに最初から妖精さんが浮かんでいる。立体的な姿は半透明の薄青色に染まっている。

 

「次は、端末頭のでっぱりを引く」

「はい」

 

 端末の先端には、黒い長方形に近い形の棒が二センチ程度飛び出している。握り拳からちょこっと出した曲げた人差し指と中指の第一関節辺りでそれを挟んだシマカゼが、カチリと抵抗があるまで引っ張れば、キュゥウンと駆動音がして羅針盤が回転を始めた。光の線が幾つも残って動くのは不思議な綺麗さがあった。

 ぐるぐる回る光に、四方に待機する四匹の妖精がうきうきと体全体でリズムをとり始めた。変な踊りを踊って進路の決定を焦らす。

 数秒程すると、妖精の一匹、ひよこを頭に乗せたポニーテールの子が目の前の光の円に両手を叩きつける。回転が弱まり、やがて止まると、Wの文字が中心に浮かんだ。艦隊、西へ。Wの文字の横で、妖精さんが決めポーズをした。ウィンクのオマケつき。

 

「……ウェイクアップフィーバー?」

「……? ええと、これでカンドロイドの固定と、使用頻度の向上、それから、多く妖精を搭載する事で機能面でも大幅に変更が加えられていると思うわ」

 

 たとえば、それは地図の描画速度だったり、画面の表示速度だったり、ある程度までの電磁波に耐えたり、衝撃に耐性を持ったり。

 

「妖精さんって凄いですね」

「そうね。彼女達の力がなければ、私達艦娘だって、ちゃんと力を発揮できないもの」

 

 艤装に妖精が乗っていなければ弾丸の装填や補充が上手くいかなくなるし、故障しやすくなるし壊れやすくなる。妖精様様だ。

 カンドロイドはそんな妖精を多く乗せる事を主眼に置いて開発が進められた。結果、それは成功した。深海棲艦が発する妨害電波に耐え、意思を電波代わりに飛ばす事により同じカンドロイド間でのみ通信できるようになるだろう。しかもそれは、妖精の意思を介してやり取りする妖精暗号通信よりも鮮明になると予測されている。

 これを皮切りにカンドロイドの量産化が始まる……かも、しれない。予算と資材が許せばの話だが。

 

 棒を押し込んで戻す事で、妖精達が手を振って光と共に端末の中に戻っていく。シマカゼはそっと端末の表面を撫でると、静かに微笑んだ。穏やかで少し大人っぽい笑みだが、心の中では『しめしめ、必殺技始動の良いギミックが手に入ったぞ』なんて考えていた。……黙っていれば美少女なのだ、彼女は。

 

「では、改めて自己紹介しますね。私は軽巡夕張。あなたは?」

「泊、進ノ介と言います。ロイミュードは、俺がこの手で必ず倒します。それまでよろしくお願いします」

 

 膝に両手を置いて丁寧に頭を下げる進ノ介に、夕張は、そんなに畏まらなくても良いですよと苦笑した。彼をサポートする技術者として紹介された時から、進ノ介はこんな調子なのだ。遠慮しつつも夕張も悪い気はしていないのだが。

 なにせ『技術者』だ。趣味が高じて色々やっているが、認められたいという欲求は人並みにあるので、そういったかっちりした職人扱いされるのは夕張にとって嬉しい事だった。

 

「私も! 私もお手伝いしますよ! お目付け役ですからね! ねっ!」

 

 はいはい! と手を挙げて進ノ介にアピールするシマカゼ。仮面ライダーと一緒に戦う事を夢想しているのか、ちょっとだらしない笑顔になっている。

 

「ああ、よろしく頼むよ」

「お任せ下さい! へへ」

 

 進ノ介の言い方に引っかかったのは、シマカゼ以外の全員だった。

 カチューシャのリボンを揺らせて、嬉しそうに体を揺すったシマカゼは気付かなかったようだが、今の進ノ介の言葉には、何かおかしなところがあった。それが何かわかる者はいなかったが……。

 おほん、とベルトさんが無い口で咳払いをした。そうして注目を集めると、ディスプレイに笑顔を浮かべる。

 

『では、まず仲間達を紹介しよう。シフトカーだ!』

 

 工廠の外から道路が伸びてきた。細く小さなミニサイズの道路だ。それが何本も空中に走ると、その上を色とりどりのシフトカーが走る。部屋の中を縦横無尽に駆け巡って、やがてテーブルの上へ滑り込み、停車した。シフトスピードからシフトスパーナまで勢ぞろいだ。自律走行のできないシフトトライドロン、マッハやチェイサーが変身に使用していたシグナルマッハやシグナルチェイサー、それに、彼らが所持しているシグナルバイクやシフトカーはさすがにないが、重く響くクラクションを鳴らして走行してきたトレーラー砲なんかはある。

 

「空中機動? 物体精製と消失……どんな技術なのかしら! ちょっと手に取っても、良いかしら~?」

 

 空を走るミニカーを強い眼差しで追っていた夕張は、次には身を乗り出す勢いで進ノ介に問いかけた。有無を言わせぬ迫力があったが、『手に取るくらいなら良いだろう』と渡すと最後、付着した埃の成分まで分析しつくされそうな気配がして、進ノ介は首を縦に振っても良いか判断に困った。

 

『HAHAHA、このシフトカー達にはたくさんの秘密が隠されている。それを教える訳にはいかないが、触れるくらいは、彼らも許してくれるだろう』

「な、なら、この子を……」

「私も触って良いですか、泊さん!」

「ちょっと興味があるっぽい」

「ああ……構わないさ。なあ、お前達」

 

 テーブルの上のシフトカー達は、進ノ介の声に応えるように体を前後したり、車体前部を浮かせたり、ライトを光らせたりした。言葉を解するのね、と夕張は目を輝かせてクリアな黄色い車体のシフトディメンションキャブを手に取り、舐めるように眺め回した。シマカゼはオレンジ色のシフトフルーツを、夕立はトレーラー砲を抱えて、叢雲も横目でそれらを眺めた後に、手近な所にあった白い車体のシフトドリームベガスを手にしてみた。進ノ介の膝の上の少女も、触りこそしないが、興味深げにシフトカーを眺めている。

 

「なぜ俺を慕うんだ?」

 

 和気藹々(あいあい)とした時間が流れる中で、ふと、進ノ介は気になった事を聞いてみた。声をかけられたシマカゼは、シフトカーをテーブルに戻してやると目を合わせて、自信満々に「好きだからです」と答えた。

 

「それ以外に理由が必要ですか?」

「いや……まあ、嬉しいんだけどさ」

 

 予想外な真っ直ぐな瞳に照れて後ろ頭を掻く進ノ介に、シマカゼはいっそう嬉しそうに微笑んだ。

 照れ隠しに膝の上の少女の頭を撫でれば、こちらは不思議そうな顔をして見上げてくる。

 

(なぜ星夜ちゃんはここにいるんだろうなあ)

 

 今さらながら浮かんだ疑問には、やっぱり解決の目処は立たないし、そんな疑問を抱いても仕方ない。答えてくれる者などいないのだから。

 だがわかる事はある。この世界に逃げ込んだジャンプは、融合進化態になるために彼女を狙うはずだ。それが最も手っ取り早い進化への道だからだ。

 少女が向こうの世界にいたままだったならば、マッハ()チェイサー(チェイス)が守ってくれていたのだが、ここではそうもいかない。

 この子は俺が守らねば。

 決意を新たに少女の頭をぽんぽんと撫でてやる進ノ介。

 少女は目を細めて素直に手を受け入れていた。

 

「そういえば、夕張さんは肝試しの準備、進んでるんですか?」

 

 湯呑みに口をつけたシマカゼが、はたと気づいて夕張に問いかけた。

 今夜へ向けてみんなが準備をしているのに、彼女はカンドロイドの調整や泊進ノ介のサポートとやる事が盛りだくさんだ。これでは驚かしの練習も小道具の作成もできていないのではないだろうか。

 

「ええ。ふふ、作っていたのは、カンドロイドだけじゃないのよ。そうね、あなた達には特別に公開しちゃおっかなー?」

「えー、見たいっぽーい!」

「夕張さんは素敵な人だから、きっと見せてくれるはずだよ!」

 

 何か秘密の道具がある事を匂わせる夕張に、すかさず夕立とシマカゼが囃し立てた。二人揃って叢雲に流し目を送り、ほら、ほらと急かすので、仕方なく叢雲も伏せがちな目で、「どんなものかしら?」と興味を持ったフリをした。

 夕張は満足げに頷いて、走り寄って来た妖精から受け取った物を、じゃん、とみんなに掲げて見せた。

 それぞれが、首を傾げる。

 

「懐中電灯……?」

 

 それは黒く塗装された細長いミニサイズの懐中電灯だった。単三電池二本で動いてそうな安っぽいデザイン。

 とても凄いギミックが隠されているようには見えないのだが……。

 

「それで顔を照らし上げて怖がらせるっていう……」

「そうそう。よくわかったわね」

 

 えー、それって、さすがに駆逐艦の子でも怖がらないんじゃあ……。

 そう思うシマカゼや他の三人に、夕張は大人っぽい笑みを浮かべると、懐中電灯を振りながらこう言った。

 

「これはね、演習システムを用いているのよ」

「演習……?」

「そう。演習システムがどういうものか知ってる?」

「もちろんっぽい。特殊な電磁波に立体映像を映し出す技術……もしかして、お化けでも出すっぽい?」

「ううん。重要なのは、もう一つの要素よ」

 

 演習システムに組み込まれた特殊な電磁波のもう一つの役割とは、艦娘の心を揺らす事。

 些細な緊張感をより大きな緊張に。動揺はより激しく、恐怖は大きく、痛みは強く。

 演習で命の危険がないとわかっていても、実戦と同じ心の動きや精神状態にするための措置。

 

「肝試しだから驚かされるのは当然。いつ来るかに気をつけてれば、あまり怖くはないでしょ? でも、この懐中電灯を使えば……」

「少しの怖いが、すっごく怖いに変わっちゃうんですね」

「そういう事」

 

 これはそんな特殊な電磁波を半径七メートルまでの範囲で発生させる特別性なの。

 説明しつつ、夕張が妖精さんに懐中電灯を渡した、その時だった。

 

「――おぅっ!?」

「へ?」

「きゃあ!」

 

 どぅん、といきなり体が重くなって、それぞれが体勢を崩した。叢雲の手から落ちた湯呑みが中身を零しつつも、空中で止まる。

 

「どんより!」

 

 重加速の発生。それは、付近にロイミュードが存在することを意味する。

 

「これが、どんよりって奴なのね」

「はぁ~、びっくりしたっぽい……」

「危ないわね。お茶が零れちゃうところだったじゃないの」

 

 シフトカーを手にしていたため、重加速の枷から解放された夕張、夕立、叢雲、そして、進ノ介。

 

『わーん、私だけどんより~!』

 

 シマカゼはさっきシフトフルーツをテーブルへ置いてしまっていために、一人だけ重力の枷に捕らわれてしまっている。意識ははっきりしているのだが、艦娘のパワーを以てしても体はびくともせず、シフトカーに手を伸ばしたくても動けない。

 

「ベルトさん!」

『ああ、進ノ介。出動だ!』

『私もっ、私も行きます!』

「この車があれば動けるっぽい? 島風ちゃん、はいどうぞ」

 

 夕立が消防車を模したシフトファイヤーブレイバーを取ってシマカゼに渡そうとすると、進ノ介はその手を阻むように腕を差し込んで止めた。

 見上げる夕立を気にせず、進ノ介は膝の上の少女に一声かけ、次いでシマカゼに顔を向けた。

 

「シマカゼちゃん、この子を頼む」

『えっ、えっ、そんなぁ』

 

 少女を抱き上げて島風の膝の上に移動させた進ノ介は、足を開いて腕を広げるだけの空間を作ると、ベルトさんを手に取って腰に巻き付けた。その際、夕立に意味ありげな視線を送った。

 

「変身!」

『ドラァーイブ! ターイプ・スピード!』

『あああ、音しか聞こえない! 生殺しヤダー!』

 

 進ノ介が変身したのは工廠から飛び出しながらの事だった。妖精の園を囲む塀を飛び越えてきたスピードタイヤがドライブの胸部に嵌まり、火花を散らして回転の勢いを弱め、止まる。

 まずは敵の捜索からだ。そう思ってシフトカー達を大出動させようとしたドライブだったが、その必要はなくなった。砂利道を通って、三体の下級ロイミュードが姿を現したのだ。その背後には、ジャンプロイミュードの姿もしっかりとある。

 

『か、仮面ライダー! なぜ貴様がここに!』

「お前があんまりにも遅いんで追い越しちまったんだよ」

 

 傷ついている胸部を押さえて慄くジャンプに進ノ介が格好つけてそう言うと、下級ロイミュード達がジャンプを庇うように一歩前に出た。

 コブラ型、スパイダー型、バット型……いずれもコアは『---』だ。

 

「一体増えてるな」

『いったいどこから出てきているんだ?』

 

 出所不明のロイミュードにベルトさんが唸っている。その間に戦いは始まっていた。駆け出した三体へドライブが飛び込んで行く。

 正面のコブラ型の前へ着地して、殴りかかってくる拳を外へ弾き、そのまま肩を掴んで押して地面に転がす。その巨体をスパイダー型の足止めに使い、残ったバット型と組み合って、諸共地面を転がり、反対側へ投げ飛ばした。

 

「ドア銃!」

 

 妖精の園から飛んできたドア銃が手に収まってすぐ、立ち上がろうとするバット型に二発、後方の二体にそれぞれ二発撃つ。三体ともが怯み、その隙にドアを開閉してチャージ。コブラ型とスパイダー型に向けて連射して、再び奴らを転がした。怪物の装甲からはもくもくと白煙が上がり、痛みに背をつっぱらせた怪人達の呻きが昇る。

 

「一気に決めるぞ」

『ヒッサーツ! スピード! フルスロットォール!』

 

 ドア銃の内部へ斜めに走るシフトランディングパネルにシフトスピードを差し込めば、ドア銃はドライブドライバーと通信、必殺技準備完了のコールがされる。

 トリガーを引けば抽出されたシフトスピードのエネルギーがすぐさま弾丸として発射! プレートを貫かれたバット型がコアごと爆散する。

 

「うらぁ!」

 

 その場で跳躍し、回し蹴り。背後に迫っていた二体を一息に蹴り砕き、二体同時に撃破する。

 ふわふわと浮かんでいったコアがバラバラに砕け散るのを見届けたドライブは、砂利道の先を見据え、小さく頷いた。じりじりと後退るジャンプロイミュードの姿を捉えたのだ。

 ドア銃を構え、トリガーを引こうとして……撃てない。進ノ介は内心舌打ちした。揺れるジャンプの向こうに二人……いや、三人の少女がいたのだ。誤って撃つ可能性もある。むやみにドア銃は使えない。

 

「逃がすか!」

 

 ドライブが駆け出すのを合図にしたみたいに、ジャンプも反転して力を振り絞るように走り出した。

 

『くそ、あの小娘さえ手に入れば……!』

 

 赤いバイラルコアを握り締めるジャンプの言葉に、ドライブは「やっぱりか」と納得した。

 どうやって少女の居場所を突き止めたのかはわからないが、接触しようとした理由はやはり融合進化態になるのに必要なネオバイラルコアを手に入れていたからだったのだろう。その入手先もまた気になるが、今は追いつく事が優先だ。

 少女の安全のためにも速くジャンプを倒さなければならない。損傷している今がチャンスなのだ。

 

 どんよりの範囲内に入ってしまっている少女二人は、こちらに背を向けている。黒髪お下げのセーラー服の女の子――吹雪と、華やかな衣装に身を包んだお団子頭の女の子――那珂。その背に身を預ける、軽巡棲鬼――ケイちゃん。二人共が、つんのめるような体勢で縫い止められている。

 彼女達の真横へジャンプが到達した。

 進ノ介がひやりと背に冷たいものを感じるのを他所に、ジャンプは少女達を構う事無く――ただ、そちらに顔を向けて……。

 

『――――』

『……!』

 

 軽巡棲鬼と、目が合った。

 それだけだった。

 一瞬視線が交差した以外には何もなく、ジャンプはドライブへ目を向けて焦った声を出した。

 

『ここは退散だ……!』

「待て!」

 

 もう一歩で手が届く距離のところで、ジャンプは急に左へ体を投げ出した。遮るものも何もない通路の外。海の方だ。

 

『ははは! ここまでは追ってこれまい』

 

 地面を擦って急停止するドライブを嘲笑うかのように海面を跳ねて遠ざかっていくジャンプ。

 まさか奴が海の上を移動できるなんて!

 理解の外の行動に一瞬動きが止まってしまったものの、ドライブはフッと笑いを零すと、そいつはどうかな、と誰にともなく呟いた。

 

『ドラァーイブ! タァーイプ・フォーミュラー!』

 

 赤い装甲が離れ、半透明になると、組み替えられて再装着される。

 上半身をすっぽりと覆う青く大きな車体が特徴的な、タイプフォーミュラだ。銀の両目は黒いバイザーで覆われ、胸部のタイヤの代わりに飛んできた二つの小さなタイヤが両腕に嵌まる。両目が白く輝いた。

 手足を覆う装甲は青。頭部は黄色く、中心に青い線が走っている。両肩からお腹までを覆うスマートな車体も青と白でわけられ、スポンサー代わりにドライブ関連のマークがこれでもかと描かれている。

 

『フォー・フォー・フォーミュラー!』

「よし!」

 

 シフトブレスに装填されたレバーモードのシフトフォーミュラを掴み、三度シフトアップレバー操作を行う事でフォーミュラの性能を大きく引き出す。

 地を蹴って跳んだドライブの背中、車体背面の推進装置、エクスファンブーストから炎が噴き出す。エネルギーや空気を費やして得られる一時的な爆発力は、ドライブの体をすぐさま海上へと連れ出した。

 両腕を広げれば両腕のタイヤも回転を始める。まるで空気を道に走行しているかのようだ。ドライブは一心に足を回して海を走り出した。

 

『気をつけろ、進ノ介! 波に足をとられれば、ただではすまないぞ!』

「わかってる!」

 

 超加速状態の最中、壁のように迫る空気の塊は車体のウイングや胸部中心のオーバーテイクユニットによって大幅に軽減され、内部から照射された防御シールドが全身を守る。

 だが足場が安定しないのはどうしようもない。叩き付ける一歩一歩は集中力を極限まで費やす事でなんとか保っているが、長くはもたないだろう。フォーミュラの扱いの難しさや消耗の速さもそれに拍車をかける。だから一気に勝負を決める必要があった。

 ジャンプの跳躍による移動速度はそれなりに速い。だが加速したタイプフォーミュラは遥かその上を行く。

 

「食らえ!」

『うおおーっ!?』

 

 ちょうど着地したジャンプめがけて、駆け抜け様のラリアット。

 強烈な一撃を背に受けたジャンプは錐揉み回転しながら海面に突っ込み、何メートルも滑っていく。その前方を緩やかにターンして戻ってきたドライブが、とどめを刺そうと攻撃のタイミングを見計らう。

 

 優れた集音能力がプロペラ音に似た駆動音を拾ったのは、その時だった。

 

 毎面にいくつも小さな水柱が立つ。それは二つずつ、等間隔に並んでドライブの背後に迫った。

 機銃だ!

 

「何っ!?」

 

 柔らかい金属音が連続して鳴った。銃弾が車体を滑り、海面を穿つ。腕や足に当たってもなお同じように弾かれていくものの、気を取られたドライブはジャンプに攻撃を加える事なくすぐ傍を通り抜けてしまった。

 慌ててUターンするドライブの前方、上空に、禍々しい黒の艦載機が迫る。下部に備えられていた爆弾がぽろりと落ちて、止まれないドライブめがけて迫ってくる。

 偶然だろうが、ジャストのタイミングだった。

 

「ぐうう!」

 

 爆炎が体を包む。衝撃が体勢を乱し、しかし持ち直した。膨らもうとしていた黒煙からすぐに抜け出る。

 爆弾の直撃はドライブにさほどダメージを与えなかったが、脅威だと認識した。不意を打たれれば転ばされてしまう。この速度で倒れる事もそうだが、走れなければ沈んでしまうだろう。ゆえに上空の艦載機を無視する訳にはいかない。

 爆弾を命中させた艦載機の他に、何機か後方へ飛び立っていった。そしてドライブの向かう先には、海面に浮かぶ異形が何体かいた。

 巨大な魚のような駆逐級が三体。軽母級が一体。軽巡級が一体。外敵の接近に気付いた異形達が、確認もなく一斉に砲撃を開始した。

 

 今、ドライブは超スピードで動き続けている。

 狙いの荒い砲弾などに簡単に当たりはしないが、海を乱されるのは厄介だった。

 さらにいえば、奴らは半ば海に浸かっていて走っている状態での撃破は困難だ。図体のでかい駆逐級でさえ、攻撃は難しいだろう。再度砲撃してくる異形達に体を揺さぶられ、ドライブは判断を迫られた。離脱するか、戦闘続行するか。

 

 足場が悪い。止まれない。未知の敵の出現。ジャンプの動向。全てが目まぐるしく頭の中を駆け巡っていく中で、ドライブは跳んだ。

 

『ターイヤコウカァーン!』

 

 シフトブレスの黒いパネルへ供給用シフトカー・シフトマンターンを突き差してタイヤコウカンを行う。まだ、空中。斜め上空へ昇っていく体はされど海面からそれ程離れてはいなく、つまりは、進ノ介の行動はまるでどんよりの中で行っているかのような超スピードでの動作だった。

 

 

F(フォーミュラ)01(ゼロワン)!』

 

 両腕のタイヤが回転しながら抜け出ていき、代わりにオレンジの硬いタイヤが嵌まる。シフトブレスの赤いボタンを押し込むと同時、流れるような動作でシフトアップレバー操作。

 

『ヒッサーツ! フルスロットォール!』

 

 ベルトさんの音声はタイヤコウカンを行った時からノンストップどころか、全ての音声がほとんど重なってコールされていた。それ程の早業。

 両腕のマンターンタイヤが高速回転を始める。高まるエネルギーはやがて外に溢れだし、炎となって現れる。

 

「うぉおおお!!」

 

 右腕を振り抜けば炎を纏った光の輪、マンターンタイヤそのものが下方にいる深海棲艦の一部を消し飛ばした。続いて左腕から放り投げたタイヤが敵の半数を粉砕する。

 着水。激しい水飛沫の中を中腰の姿勢で滑りながらも、迫る敵へ向けて右腕を振り上げるドライブ。シフトカーから供給されるエネルギーは先程の物より大きい。眼で見る事ができるほどに迸る力が拳へ到達し、やがて――。

 

 残るすべての敵が巨大な光線に呑み込まれ、跡形もなく蒸発した。

 そこまでだった。

 

「はぁっ、は、ォ、オオオオ!!」

 

 獣のような咆哮をあげながらスピードを上げ、反転するドライブ。損傷した状態で戦闘を継続したために、体は限界を迎えていた。車体の先端が融解を始めている。どろりとした熱が風に撫ぜられて揺らめいた。

 

 数体の艦載機からの掃射を凌ぎきって元来た道を帰っていく。悔しいが、ジャンプを気にしている暇はなかった。いくつもの艦載機が後を追ってくる。海の上では奴らに理がある。いくら速いとはいえ、万全のスピードを出せないドライブでは、機銃の掃射をずっと凌ぎきるなど不可能だった。

 そこへ海面をバウンドするように走行してきたトライドロンがやってくる。

 このまま攻撃を受け続けるのはまずいと判断したベルトさんが呼び寄せたのだ。

 ドライブの後方をぐるりと回ってきて隣へ並んだトライドロンに海を蹴って屋根へ飛び乗る。

 タイプスピードにチェンジすると、運転席を開けて中に乗り込んだ。

 

「うっ、うっ、やっぱこの反動はっ、きつい、なっ!」

『ライドブースターがあれば、もっと楽に移動できるのだがね!』

 

 ライドブースターとは、レーシングカート型の強化パーツだ。トライドロンの左右に接続する事で空中の移動も可能にする。が、この世界には持ち込めていない。

 ドアを閉めるのが精いっぱいで、シートベルトをする暇なんてない。当然、波に跳ねる車体にドライブの体も大きく跳ねて、何度も天井に頭をぶつけた。

 それでもハンドルを握り、アクセルを踏んで主導権を得ると速やかに鎮守府へ向けて走り出した。

 

 そうして妖精の園の緊急出撃ドックへ入り込んだ時には、進ノ介はへとへとで、トライドロンは海水でびしょ濡れだった。

 よれよれのスーツを直そうともせずへたり込んだ進ノ介は、激しい揺れの余韻を感じながら、洗車しなきゃ、と漠然と思ったのであった。

 

 

「やっぱり駄目か」

 

 夕張の工廠に場所を移す。

 進ノ介は、テーブルの上に置いたシフトフォーミュラと、ここにはないトライドロンを思い浮かべて深い溜め息を吐いた。

 事を急いだせいで、シフトフォーミュラに甚大なダメージが蓄積してしまっている。本来ならば走行を中止し、フォーミュラのサポートシフトカー、マンターン、ジャッキー、スパーナを用いて車体を取り替えたり、各部の点検や整備を行わなければならなかったのだが、それをしなかったせいだ。

 海上では止まれないから仕方がないのだが、シフトフォーミュラを傷つけてしまった自分の思慮の浅さに俯いて、自分を信じて力を貸してくれているシフトカーへと胸の中で謝罪した。

 トライドロンも二度の海上走行で中に海水が入ってしまっている。整備が必要だが、ここにドライブピットはないし、整備できる人間であるりんなもいない。

 ここにいるのはテーブルを囲む艦娘達と少女だけだ。そのうちの一人は、頬を膨らませて不貞腐れている様子だった。

 

「むー……」

「島風ちゃん、ご機嫌斜めっぽい? 珍しいっぽーい」

 

 横に目をやって太ももの間に両手をついて座るシマカゼは、誰がどうみてもへそを曲げていた。憧れの仮面ライダーと一緒に戦えなかったのが原因だろう。

 しかし、中身が大人ゆえに普段の生活ではあまり大きく感情を発露させる事の無いシマカゼが、目に見える態度で感情を示しているのは親しい間柄の夕立や叢雲にとって、非常に珍しく映った。

 

「シフトカーが損耗してしまったのね。だったら、私の出番ね!」

『う、ううむ……』

 

 シフトフォーミュラをそっと両手ですくい上げた夕張がそう言うのに、ベルトさんは困ったように呻いた。

 あまり他の誰か、特に組織にはドライブシステムを知られたくないのだ。ここが別世界でも、未来の世界でも、それは同じだった。この強大な力を遺され、悪用されては困るのだ。

 そうも言ってられない状況だというのはわかっているのだが、艦娘や鎮守府といった未知なる存在に技術を明かす事で、いったいどのような影響が生まれるのかはベルトさんにもわからず、二の足を踏んでいた。

 そんな彼の心境を知らず、夕張はらんらん気分で他に何を整備すれば良いのかを進ノ介に聞いている。

 それでトライドロンは妖精の園で妖精達が、シフトフォーミュラは夕張が、それぞれ担当する運びとなった。

 慌ただしく動き回る妖精達の中へ夕張が歩んで行こうとした時に、進ノ介の腰に巻かれたままのベルトさんが声を発した。

 

『待ってくれ。私も……私の点検も、お願いしたい』

「あら、それは願ったり、ね」

 

 振り返った夕張は、笑みを深くして、そう言った。

 願ったりとは、とシマカゼが首を傾げる。

 

「一から技術を解析していくのは時間がかかってしまうもの。あなたなら、何か教えてくれそうね」

 

 夕張は、ベルトさんの発言から彼がある程度の知識を有している事に気付いていた。だからこそのこの言葉だ。

 ベルトさんは、観念して彼女にのみ技術を明かす事にした。どの道トライドロンが万全でなければ安全に元の世界に帰れないし、シフトフォーミュラをこのままにしておく訳にはいかない。夕張や妖精達の技術力はもう目にしているので、後は悪用しない事さえ確約させる事ができれば、彼女は心強いサポーターになるだろう。

 

「夕張さん、シフトカーを直せるの?」

「ええ。時間はかかるかもしれないけど……」

『私が指導しよう。何を隠そう、仲間達を作り出したのは、この私だからね』

 

 心配事を捨てて開き直ったベルトさんが、テレテレ、と陽気なクラクションの音を鳴らして笑顔を作った。

 やっぱり、と活気づく夕張。

 

「お話聞かせてもらっても、いいかしら!?」

「わっ、ちょ、ちょっと待ってくれ、今外すから!」

 

 夕張は目を輝かせて進ノ介の腰に飛びついた。慌ててベルトを外しにかかる彼を待たずにベルトさんを強奪すると、両手で持ち上げてディスプレイに浮かぶ顔と目を合わせた。

 

「開発者がいるなら話は早いわ! 明石の手を借りる必要もなさそうね! これ程の仕事……うふふ、ああ、胸が高鳴るわ!」

「夕張さんのテンションがマックスになってる……」

「キラ付け完了っぽい?」

 

 煌めきを振り撒いて、そのままベルトさんを胸に抱いてくるくる回りながら工廠の奥へ移動していく夕張に、シマカゼも頬を膨らませるのを忘れてぽつりと呟いた。ほんと、ああいうの好きねぇ、と叢雲も同意する。

 机の上からシフトカー達が飛び立って夕張に続いてしまうと、机の上が倍以上広くなったように思えた。

 

「泊さんは、ドライブのシステムの整備が終わるまで待機になっちゃうんだね」

「ああ……そうか、そうなるのか」

 

 シマカゼに言われ、進ノ介は今気づいたと言わんばかりの顔をした。

 何もできないというのも辛いだろう。何か話をせがんで……いや、話し相手になってあげようと考えたシマカゼは、真剣な表情をする進ノ介に、浮かしかけた腰を戻した。

 

「でも、安心してくれ。君達は俺が守る」

 

 スーツの前を正しながら言い切る進ノ介に、目を輝かせたのは少女だけだった。椅子に腰を下ろした彼に飛びつくと、お腹に顔を埋めてぐりぐりと擦りつける。守る、と言われたのが嬉しかったのだろう。それはシマカゼも同じ……だった。

 シマカゼは、一瞬嬉しそうな顔をしたものの、何か引っ掛かりを感じて首を傾げた。やがてその原因に思い当たる。

 

「私達、戦えますよ?」

 

 それは、進ノ介が自分たちの力を知らないのではないかという事、どれ程強いかわからないからそんな声音でそんな事を言うのだろう、と。

 守ってもらわなくたって、自分の力で自分を守れる。

 それはロイミュードが相手だとちょっと辛いかもしれないが、シフトカーのサポートがあって、重加速の枷から解放され、対等に動ける状況なら撃破する事だって可能だ、とシマカゼは言った。

 だが進ノ介は渋い顔をして首を振った。

 

「俺は君達みたいな女の子を戦わせるつもりはない」

 

 しんと場が静まりかえった。

 彼の言葉には、『かよわい』だとか、そういった差別的な意味は含まれていなかったのだが、聞いていた方はそう受け取らなかった。

 

「できれば、深海棲艦とかいう奴らとも戦ってほしくないと思ってる。だって君達は、普通の女の子じゃないか」

 

 それは進ノ介がこの世界に来る前、『艦これアーケード』の資料を見ている時も、何度となく思い浮かべていた事だった。

 なぜこの戦いには女の子を矢面に立たせているのだろう。力があるから? かつての戦う船の現身だから? でも、そんなの、あんまりじゃないか。

 この世界に来て、自分に対して憧れの眼差しを向けるシマカゼの姿や、おっとりとした夕立や、少し冷たい叢雲に会ってその思いは強まった。

 みんな普通の女の子だった。

 執務室で見た幼い子も、この工廠で見た中学生ほどの女の子も。

 生身ではどうあってもロイミュードには太刀打ちできない。装甲を纏わない少女達があの深海棲艦と戦うのはおかしい。

 

 その気持ちの推移にはやはりシマカゼ達が戦う姿を見た事がないのが要因となっており、妖精の姿を見れないのも原因の一つだった。

 もう一つ。

 今、進ノ介の膝の上に乗っている小柄な少女の存在もまた、進ノ介の先程の言葉に繋がる要素だ。

 少女はなんの力も持たない、正真正銘の人間だ。異形が触れればあっさりと命を散らすだろう。それほど脆さを感じさせられた。

 それと一緒にしてしまったのだ。

 この少女のように、目の前の少女達も守らねばならない存在なのだ、と。

 戦わせる訳にはいかないのだ、と。

 だからその前に奴を倒さねば。そう考えてしまった。

 

 進ノ介に悪気はなかった。

 本気で彼女達の事を想って、そう口にしただけ。

 

「……なにそれ」

 

 冷えた声を発したのは、シマカゼだった。

 熱い眼差しも笑みも消え失せて、表情を無くした少女が、静かに問いかけた。

 

「戦うな、だって?」

「そうだ。俺は、君に――」

「ふざけないで!!」

 

 バァン、とシマカゼが両手を机に叩きつけた。

 いつの間にか立ち上がってキツく睨みつけてくる少女に、進ノ介は二の句が継げずに口を閉ざした。腕を置いている机がびりびりと震えるのが、どうしてか鮮明に感じられた。

 

「私達にとって、戦う事が生きる事なの。それが私達の誇りなの! なんにも知らないくせに、口出しなんかしないで!」

 

 肩を震わせてシマカゼが叫ぶ。

 否定するな。そういった強い感情がこもった言葉だった。

 自分を慕うばかりだった少女の豹変に何を言う事もできず、ただ、進ノ介はシマカゼの目を見返した。

 ふいとすぐに逸らされてしまったが……。

 

「……行こ、夕立ちゃん、叢雲」

「し、島風ちゃん……」

 

 二人を促しながら席を離れて出口へと向かうシマカゼが、途中で立ち止まって二人を促した。振り返りは、しなかった。

 これほど激しい怒りを露わにするシマカゼなど、夕立も叢雲も見た事がなかった。そもそも彼女が怒るところなんて見た事がない。だから戸惑って、しかし、応えない訳にもいかず席を立った。

 叢雲は、座ったままだった。

 

「……信じらんない」

 

 軽蔑するような言葉を吐き捨て、すたすたと歩いて行ってしまうシマカゼと叢雲の方を交互に見ていた夕立が慌てた様子で後を追ってしまうと、俯いてしまった進之介と、何も言わない少女と叢雲だけが残った。

 膝に収まる少女が手を伸ばして進ノ介の頬に触れる。慰めるように二度、優しく撫でた。

 

「……私達には、私達なりの戦う理由があるのよ」

 

 部屋の内部へ目を向けながら足を組んだ叢雲が、囁くような声量で言った。

 些細なフォローは、進ノ介の耳に届いているかは怪しい。

 彼は顔を上げると、テーブルの上で手を組んで、強く握り合わせた。

 これでいいんだ。

 戦わせないためには、守るためには、たとえ嫌われようとも。

 遠くでする何かの駆動音だけが、この場に届いていた。

 

 

 戦う理由。

 シマカゼの戦う理由は、朝潮だった。

 彼女を守る。そう誓った。

 みんなも守る。そう決めた。

 だから、戦うなというのは、守るなと言われている事と同義。

 朝潮を守らない自分なんて、シマカゼは想像できなかった。

 そもそも艦娘としての自分には戦う以外はない。

 戦う事が生きる事なのだ。守る事が、生きる事なのだ。

 それを取り上げられたら、シマカゼには何も残らない。

 生きる理由も、生きている意味も、ここに存在する理由さえも。

 

『艦娘にとって戦う事が存在する意義だ』

 

 いつかどこかで聞いた言葉が、胸の内でこだまする。

 

 そう。

 そうなの。

 私は戦うために生まれたんだよ。

 

 胸の奥の、心の中の海の裏側で誰かが囁いた。

 

 だから、私から戦う事を奪わないで。

 あなたのような人が私を否定しないで。

 

「なんだか、さっきの島風ちゃん、島風ちゃんっぽくなかったっぽい……」

「…………」

 

 隣に並んだ夕立がおずおずと話しかけてきても、シマカゼは返事をしなかった。

 張り裂けそうな胸の痛みに顔を顰めて、ただ、歩いていた。

 

 

 夜半。

 夕張の工廠の奥、扉を潜って、三つめの部屋。

 そこそこの広さが確保されたその場所で、急造の台に巻き付けたベルトさんに見守られながら、夕張はシフトフォーミュラの整備をしていた。

 妖精達と協力して作り上げた三つのアームがついた台にシフトフォーミュラを置き、光の線を照射して、様々な角度から小さな車体に隠された膨大なデータを端末に取り込んでいく。

 手に持つ端末――カンドロイド・試作弐号機から浮き出る光の板と、パソコンの画面を見比べながら、絶えず指を動かして端末を操作する。

 ベルトさんは何も言わないでいるものの、夕張や妖精達の技術力に感嘆していた。

 あっという間に全てのシフトカーのデータを取り、言われた通りの知識をすぐさま実際に運用して、本職に負けない働きを見せている。

 願うならば彼女達のような協力者が元の世界にもいたなら、ロイミュードの撲滅はもっとはやく……いや、過ちを犯す前に終わっていたかもしれないとさえ思えた。

 

「はい、完成! どう?」

『見事な手際だ。君も、君の仲間達も、素晴らしい腕をしているね』

「ありがとう。ほとんどあなたのおかげだけど……。うん、データもばっちりね」

 

 パソコンの前へ移動して画面を覗き込んだ夕張がマウスを操作していくつか画面を出し、流し見て確認していく。

 これで一仕事終えた。情報が与えられた妖精達もすぐさまトライドロンの整備に着手するだろう。

 このままいけば、夜明けを待たずにドライブシステムの全てを万全な状態にできる。夕張がそう告げれば、ベルトさんはディスプレイを光らせて笑った。

 

「うーん、眠い! ……もうこんな時間なのね」

 

 腕を伸ばし、胸を反らして伸びをした夕張は、口元を隠してあくびを一つすると、端末で時間を確認した。日付が変わっている。肝試しもその後の立食パーティも、とうに終わっているだろう。

 先に懐中電灯だけ渡しといて良かった、と夕張は腕を回しながら考えた。

 たぶん時間には間に合わないだろうと思って他の参加者に渡しておいたのだ。予定より速く終わっていれば、それで自分が駆逐艦達を怖がらせるつもりだったのだが、気がつけばこんな時間。

 布団が恋しいわと呟いた夕張に、『良い夢を!』とベルトさんが言った。就寝前の挨拶と言ったところだろう。

 

「ええ、おやすみなさい……あら?」

『どうしたのかね? ……おや?』

 

 端末を傍の机に置き、寝室に向かおうと出入り口へ歩み寄った夕張は、はたと足を止めた。ベルトさんが疑問の声をあげ、夕張の視線を追って、怪訝そうにする。

 

「なあに、島風ちゃん。眠れなくなっちゃったのかしら~?」

「…………」

 

 少しだけ開いた扉から、シマカゼが顔を覗かせていた。

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