島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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乱戦は書くの難しい。



第四十一話 本棟防衛戦

 意識を失っていた時間は、それほど長くなかった。

 体を起こせば、地面についた腕や足が軋んで、痛んだ。眉を寄せて一瞬の苦痛が過ぎ去るのを待つ。冷たい霧が顔の表面に当たって、顔を振った。垂れた髪が揺れて地面を擦る。髪の半ばに、硬い石畳の感覚。

 そこまでして、ようやく俺は生体フィールドが切れてしまっているのに気付いて、慌てて意識を切り替え、不可視の膜で体を覆った。これがなきゃ、俺は柔な少女に変わりない。倒れている間に死んでなくて良かった。

 上げた視界の先に、叢雲が膝をついていた。地面に手をついて俯いたまま動かない。傍に横たわるリ級の頭には、二本の矢がほとんど同じ位置に刺さっていた。

 目を横に動かして、高い塀に設けられたゲートの方を見る。レ級と戦っていた時に、その背後に見えていた設備。無意識にそれを見て、呆然とした。

 ……ゲートが、消えていた。

 両側の塀は霧に飲まれて斜めに削られたみたいに消失し、石畳の広場は、少し進むと唐突に海に切り替わって波立っている。その向こうにも濃霧がはびこっていた。

 

「――――っ!」

 

 霧に人影が浮かんだかと思えば、雲のような(もや)を纏って、満潮が飛び出してきた。

 突き出した足で波間を擦って止まると、反転して、再び霧の中の海の向こうへ走り出し、濃霧に呑み込まれていく。だが彼女は、十秒もしない内に戻ってきた。

 青褪めた、険しい顔が、それが満潮の意思ではない事を雄弁に語っていた。

 

「朝潮ぉーーっ!!」

 

 どこかへ続く海を振り返った満潮が、身を震わせて叫ぶ。握り拳を振り払うようにして走り出すと、濃霧の中に再突入していった。

 彼女の声が耳の奥に残っている。鼓膜を震わせる、必死な声だった。それに重なって、たくさんの怨嗟の声が、広場に満ちた。置き土産……多くの重巡級や戦艦級の深海棲艦が、その足で地上を走り、本棟前に陣取る艦娘達と激しくぶつかり合っている。硬い鉄同士が衝突する音。幼い少女の気合いの声。深海棲艦の、つんざくような奇声。

 海の上じゃないのに、それに、艤装も何も持っていない子の方が多いのに、深海棲艦と艦娘が戦い合っている光景は、まるで現実味がなかった。赤い光を揺らめかせるリ級がかざした、駆逐級のような腕の異形で剣の軌道を逸らされた木曾が、もう一方の艤装で強かに打ち付けられた。よろめく彼女の隙を埋めるように突進した天龍が、剣を振り回してリ級の腕の砲を外側へ弾くと、限界まで肉薄し、装甲の薄い首へ剣の先を突き刺した。貫かれたリ級が天を見上げる。剣をそのまま横へ振るって首を半分()つと、赤錆びたオイルが噴き出し、返り血のように天龍を染めた。そこで終わりではない。

 倒れ行くリ級を跳ね飛ばして、同じリ級eliteが襲い掛かる。一体を倒しても、代わりはいくらでもいる。

 

「……朝潮」

 

 レ級は……朝潮を盾にしていたレ級は、あそこらへんに立っていたはずだ。ゲートの前……ゲートがあったはずの、海の上。奴は、すぅっと、背後の霧に呑まれるようにして消えた。まさかゲートの向こうの海上防衛隊の基地へ行ったのではないだろう。きっとどこかへ行ってしまった。朝潮を連れて。

 

「くそっ……」

 

 苛立ち紛れに地面を殴りつけても、罅が入るだけで気が紛れたりはしない。

 俺も戦わなきゃ。今は、ここにいる全ての深海棲艦を倒す事が最優先……。

 だというのに、頭の中は朝潮の事でいっぱいで、とてもじゃないが、戦う気にはならなかった。

 レ級を追う。それしかない。そう思って海を見れば、ちょうど、満潮が広場の方へ駆け上がって来たところだった。叢雲の背後に迫っていた軽巡ツ級の――黒く巨大な両腕を備えた女性型の深海棲艦――その頭へ飛び蹴りを食らわせて押し留めた。異形の上顎のようなバイザーを押さえてよろめくツ級の前に下り立った満潮が、意味をなさない声を発しながら殴りかかっていく。

 

「おおおっ!!」

 

 折れたアンテナを振り上げて立ち上がった叢雲が、獣染みた叫びを発しながらツ級へ打ち掛かる。型なんてない満潮の手や足がツ級の腕を弾いて砲撃を逸らし、舞うように動く叢雲が槍に見立てたアンテナで、敵の剥き出しの体を削っていく。ツ級の肩や腕半ばに備えられた砲身が照準を合わせようとすれば、叢雲が長い足を伸ばし、回し蹴りなどで打ち払って逸らす。体全体で突っ込んだ満潮が体勢を崩させて……。

 二人の顔は言いようのない怒りの色に染まっていたが、動きは噛み合っていた。

 

『島風ちゃん、聞こえる!?』

 

 二人の戦いをぼうっと眺めていれば、左腕につけた端末を通して、夕張さんが呼びかけてきた。腕を持ち上げて端末を見れば、動く音か何かが伝わったのか、少しの間沈黙があった。

 

『私もそっちに向かうわ。あなたの武器は調整中だから使えないけど、こっちには色々あるんだからね!』

「ああ……わかった」

 

 通信が切れれば、腕を下ろして、広場を見渡す。敵はほとんど重巡以上だから、こっちの駆逐艦の子なんかは苦戦している。他の先輩が助けに入る事で、未だ誰一人倒れたりはしていなかった。

 振り返って、背後の塀を見る。近くの壁際に、大きさの違う三つの(いかり)が置いてあった。返し付きの三日月、半円状の内側、その中心に一本の棒が突き立つ形。子供くらいの大きさのと、大人くらいの大きさのと、その倍の物があった。

 なんでこんな物がこんなところにあるかは知らないけど、ちょうど良い。中くらいの大きさの根元を柄に見立てて引っ掴む。歩き出せば、壁から離れた錨が地面を削りながらついてくる。中くらいと言っても俺より大きな鉄の塊だ。ずっしりとした重さが右腕にかかって、でも、この程度なら苦ではなかった。

 

『――――!』

 

 暗がりから出た俺に気付いたリ級が、腕の艤装を打ち合わせて突進してきた。砲撃しないのにはどういった意図があるのだろうか。……こいつらにそういうのを期待するのは意味ないか。

 錨を引き摺ったままこちらからも歩み寄って行けば、間合いに踏み込んできたリ級が腕を振りかぶり、その腕の砲ごと叩き付けようと振り下ろした。

 

『ッ!?』

 

 掲げた左腕の半ばに、鉄の塊がぶつかって跳ね返る。衝撃は少し膝を曲げて逃がした。うん、大丈夫。この程度なら避ける必要もない。

 再度同じように振り下ろしてきたリ級の腕を弾き、肘を曲げて振りかぶって、敵の腹を殴りつける。勢い良く後退したリ級は、しかし倒れはしなかった。パワーが上がったとはいえ、助走も何もないただのパンチでは重巡を小破させるのも難しいか。なら何度でも打ち込むまでだ。

 

「はっ!」

 

 錨の柄を両手で握り、持ち上げざまに振り回す。顔を歪めたリ級が上体を反らすその目前を通り過ぎた錨は、俺が頭の上で振り回すのに合わせて一回転。勢いのついた鉄の塊がリ級の胸を打つ。ドォン、と重い衝撃が腕を伝って跳ね返って来た。握る手がビリビリ痺れるのも気にせずに、バットを振るうようにして同じ個所を数度叩く。錨の頭側は半円状だ。三日月の先端は尖っているが、リ級にぶつかる部分は曲線を描いている部分。打撃にはなっても、刺さりはしない。それを承知で錨を引き戻し、柄の下側と半ばを持って腰だめに抱える。攻撃が止んだこの隙にも、リ級は怯んでいるだけだった。顔を上げた時には、すでに俺は動いている。

 

『グオッ!?』

 

 リ級の腹に半円を突き込めば、くの時に折れた体が鉄の塊を挟む。そうなればこちらのものだ。柄の下部を握る左手を下に、半ばを握る左手を上に。力任せにリ級の体を持ち上げる。

 地面から足が離れると、リ級が滅茶苦茶に暴れようとしたので、早々に後ろへ投げ飛ばした。

 

『――――!』

「…………」

 

 背中から落ちたリ級が呻いて、転がって腕をつく。俺はそれを、錨を地面に突き立てて眺めた。

 柄から手を離しても、頭半分埋まった錨は揺るがない。左腕をゆっくりと持ち上げて胸元に。端末の先端から飛び出た円柱状の黒いでっぱりを、握り拳から覗かせた人差し指と中指の間に挟んで、カチッと音がするまで引く。カンドロイドの表面にあるレンズから照射された光が端末上に光の板を映し、薄青色の羅針盤システムが描き出される。東西南北に位置する妖精が一斉に羅針盤を回す、キュゥゥンという音が静かに響いた。

 

『オ、オオ……!』

 

 リ級が立ち上がろうとするのを、回転する羅針盤の光越しに見つめる。四人の妖精さんに目を向ければ、その内の一人、魔法使いの姿をした子が、手に持つ矢印付きのステッキを羅針盤に叩き付け、回転を止めた。『S』。向かって左側に浮かび上がったのは、南を意味するSの英字。それが中心に大きくピックアップされれば、妖精さんの決めポーズと共に、胸の中から声が聞こえてきた。

 

『ドッガフィーバー!』

『オオオ――――』

 

 海の底から上がってくる、島風の声。すぐさま錨の柄に手をかけ、地面から引き抜いて、今度もバッドのように構えた。先端に付着していた土や石がぽろぽろと零れてくるのを気にせず、左足をぐいっと上げる。一本足打法の構え。

 

「らぁ!」

 

 思い切りぶん投げた錨が、回転しながらリ級にぶつかり、そのまま打ち砕いた。爆炎と突風が髪を乱すのを気にせず地面に足を着け、背後を振り返る。叢雲と満潮は、ツ級を倒して、今度はル級と交戦していた。

 砲が縦長の盾ともなっているル級を相手にするのは辛そうだった。両の盾を合わせて地面に置き、都度持ち上げて向きを変えるル級に対し、速度を活かして回り込みつつ戦う二人。正面にさえ立たなければ砲撃の心配はない。でも、駆逐艦のパワーでは相手にダメージを与えられない。

 カツカツと足音を鳴らしながら、彼女達へ歩み寄っていく。そのさなかに胸元に掲げた左腕に、右手を添える。端末上部の円柱を指で挟んで押し戻し、再度引く。浮かんだ羅針盤が回転を始めた。

 

『ウェイクアップフィーバー!』

 

 島風のコールが俺の中にだけ聞こえる。深い水底や鏡を隔てたみたいな、遠い声。

 頭にヒヨコを乗せた妖精さんが両手で羅針盤を押し留めれば、W(西)の英字が大きく浮かび上がる。ウィンクで星を飛ばした妖精さんが光と共に端末の中へ戻れば、腕を交差し、広げながら駆け出した。

 こちらに背を向ける形でいるル級へ、跳び上がって足を振り回し、ヒールで切り裂く蹴りをお見舞いする。横一閃。重い髪を切り裂いて着地すれば、前へつんのめったル級の首には、真一文字に傷ができていた。ついでに何本か髪の毛も千切れて落ちる。

 

『――――ッ!!』

「うるっさい!」

 

 艤装を手放して振り返ろうとしたル級の背に全力の前蹴りをかませば、自分自身の艤装に叩きつけられながらも、睨みつけてきた。

 踏み込んで、拳を腹に叩き付ける。肉ではなく鉄を叩くような感触。痛みを発する手を何度も何度も振りかぶっては殴りかかる。もう片方の腕も交えれば、高速の乱打となった。

 

『オオ――!』

「うっ、ぐ!」

 

 怯んでいたル級が無理矢理詰め寄ってきて、伸ばされた腕に突き飛ばされた。とんとんと後退って倒れないように体勢を整え、息を吐く。吐き出した息には、胸の中の熱がたっぷり含まれていた。

 やっぱり、戦艦以上は硬くて攻撃が通らないな。なら……。

 

「やあぁっ!」

「消えなさい!」

 

 叢雲と満潮が同時に跳び上がって、ル級の背を蹴りつけた。俺の方へ体を傾けるその胸倉を掴んで引き寄せ、抵抗される前に膝蹴りを叩き込み、横へ転がす。奴の相手は少しの間二人に任せるとして、俺はル級の艤装を蹴り倒してから、海に向かって走り出した。

 偽りの海。霧によって生み出された幻影。いや、実態はあるから、幻影ではないのか。

 暗い海面へ踏み込めば、不安定な水の感触が靴裏越しに伝わってくる。急激な足場の代わりように感覚を合わせつつ、水を蹴って走った。ゲートのあった場所ではない。位置が違う。あっちに行けば、朝潮の下へ行けるだろうか。

 

「あぐっ!」

 

 速度を緩め、方向を変えようとしたところで、満潮の悲鳴が耳に届いた。潰れたように苦しげな声。振り返らずとも、よくない一撃を貰ってしまったのだろうとわかって、歯噛みした。

 わかってる。今はここの敵を倒すのが先決だ。どこへ行ったかわからないレ級を追うのはその後だ。わかってる……わかってるってば!

 

「っ!」

 

 速度を上げ、まっすぐに走り出す。

 駄目だ、と直感した。この方向で霧の中に入っても、朝潮の下へは行けない。

 違う。最初からそのつもりだった。それを利用するつもりだった。

 だからいいんだ。これで。

 耳元で風が唸る。

 濃霧の中に突入すれば、視界いっぱいに白が広がり、少し先もみえないくらいになった。音も遮られ、俺の足が海を割く音や、風の音に、うるさく跳ねる心臓の鼓動ばかりが聞こえていた。

 やがて光が溢れる。

 俺の体は、霧を抜けて、鎮守府へと戻ってきていた。音も声も、叩き付けるように広がっていく。

 右足は前に、左足は後ろに。僅かに腰を落とし、縦に端を開いて滑るのに切り替える。海面もまた、脈絡なく石畳へと変わって、それでもなお俺は滑る事をやめない。

 ギャギャギャ、ギャリギャリ! 鉄製のブーツと石が擦れ合い、耳障りな音がする。足下で散った火花が靴下に当たり、不安定に揺れる体を安定させるために深く腰を落とす。

 唐突に、ボウッとブーツが燃えた。右足だけ。足裏と地面との摩擦熱で、付着したオイルに引火して、小さな爆発とともに燃焼し始めたのだ。跳ね上がる足に合わせて前へ跳ぶ。両手を伸ばし、側転。両足を揃えてバク転。そのままバック宙。風を切って高く跳び上がった体に、足を振り子のようにして上へ振り、頭と足の位置を入れ替える。ついでに身を捻って正常な体勢になれば、向かう先には叢雲と満潮を相手取るル級の姿があった。

 左足を畳んで、右足はうんと伸ばす。オレンジ色に包まれたブーツが風の唸りを起こしていた。

 

「とりゃーっ!」

『!』

 

 気合いと警鐘の声に一番に反応したのは叢雲だった。アンテナを振るってル級を斬りつけながら駆け抜け、満潮に腕をぶつけるようにしてル級から引き剥がす。はっとして俺を振り仰いだル級の胸を蹴りつけ、削って破り、貫いて、斬り裂いて。

 ガリガリと地面を削って速度を殺す中で、右足の炎も鎮火する。がくんと体が揺れて体が止まれば、背後で爆発。風に服がはためき、前に流れる髪を手で押さえながら立ち上がって、ふぅい、と息を吐く。

 残心ではないが、余韻を残して止まっていた俺の横に、同じル級が投げ飛ばされてきた。艤装はない、スーツ姿に似た格好のル級が地面を跳ねて転がると、那珂ちゃん先輩が飛びかかっていく。横向きに裂かれた跡のある衣服が痛々しいが、勇ましい声を上げて、立ち上がるル級を捕まえると、その場で地面に叩き付けた。早業。ル級が抱え上げるようにして持ち上げられたかと思ったら、次には地面に横たわっているのだから、いったい何をどうしたらそういう風になるのか、俺には理解できなかった。

 

「バァァァニィングぅ、ラァァァァァブ!!」

『――!』

 

 ちょうど、本棟の方に目をやった時に、体ごと思い切り腕を振りかぶる金剛の姿が見えた。妙な掛け声と共に振り切られた拳が、リ級flagshipを捉えると、敵はまるで砲弾みたいに吹き飛んだ。一度も地面に接触しないまま俺と那珂ちゃん先輩の間を通り過ぎると、波に当たって跳ね、転がって、巨大な水柱を上げて海の中に消えた。水飛沫がここまで飛んでくるのに、ちょっと引く。

 

「まだまだデース! まだいけマース!」

「金剛ちゃんったら、乱暴なんだから、もう」

 

 ……組み伏せたル級の首に置いた膝を、ぐっと沈ませて潰した那珂ちゃん先輩が言って良い台詞ではないと思う。

 息絶えたル級から離れた那珂ちゃんは、素早く本棟の方へ駆けていった。

 本棟前の戦いもまた、佳境を迎えていた。

 

「全力だクマー!」

「もう一発ニャ!」

 

「加賀さん、今よ!」

「ええ……!」

 

「駆逐艦と侮ったか!」

「舐めてもらっては困る!」

 

 球磨と多摩が、赤城さんと加賀さんが、菊月と長月が、相手取る重巡や戦艦、軽巡を倒していく。艤装があっても無くても、損傷してもしていなくても、ここの人達は倒れないし、負けない。

 

「ぽぉいっ!」

『――!』

 

 白髪のサイドテール、片目隠れの深海棲艦、重巡ネ級が、夕立へ手刀を繰り出すのが見えた。顔を傾け、掠りながらも避けた夕立が、手にした砲をネ級の腹に叩き込んだ。それだけではびくともしない体は、しかし次には吹き飛んでいた。

 

「夕立ちゃん!」

「けほっ……吹雪ちゃん、やっつけちゃって!」

「っ、うん!」

 

 ゼロ距離砲撃で諸共吹き飛んだ夕立が、倒れ込んだ地面から呼びかければ、吹雪は力強く頷いて駆け出した。立ち上がったネ級の前まで来ると、空高く砲を投げ、前傾姿勢になる。ネ級の手刀が吹雪の顔を捉えようとした時、彼女は左手を伸ばしてその腕を掴むと、引っ張りながら踏み込んだ。掌底のように繰り出した手で相手の胸倉を掴んで、ぐいと引き上げる。

 

「やぁぁっ!」

『――ッ!?』

 

 吹雪は、ネ級の勢いをそのまま利用して、一本背負いよろしく地面へ投げつけた。間髪入れずドシッと胸を踏みつけると、落ちてきた砲をキャッチして斜め前へ向け、後ろに飛び退りながら砲撃。着地して、追撃。さらに立ち上がった夕立からも砲撃があり、ネ級は地面と共に粉々になった。

 飛び散った瓦礫がカラカラと音を立てて落ち行く中で、駆け寄った二人が手を打ち合わせてやったやったと喜ぶ。……今ので、粗方片付いたみたいだ。もう残り数体もいない。対して、こちらの戦力はレ級にやられたあの変な攻撃が一番の損害で、それ以上の攻撃を受けた者は少ないみたいだ。

 集中的に狙われた残党は、何もできずに物言わぬ塊となって倒れ伏した。

 空気中に張り詰めていた緊張の糸が少しずつ緩んでいくのを感じる。終わった。とりあえず、全部倒した。あとはレ級を追うだけだ。

 

「島風ちゃん」

「……吹雪ちゃん」

 

 未だ出ている霧の向こうを睨みつければ、吹雪が走り寄って来た。二の腕の部分の服が裂けて、覗く肌に傷。血が滲んだ肩を見ていれば、あ、これは大丈夫だよ、と安心させるように吹雪が言った。

 

「……朝潮さんは」

「あいつに連れてかれた。だから私、行かなくちゃ」

「待って!」

 

 確認し直すような吹雪の言葉に、ふつふつと怒りがわいてきて、あのふざけた笑顔をぶち壊したくなった。だから霧の方へ行こうとしたら、腕を掴まれて止められた。

 なんで止めるの? 朝潮を助けに行きたいのに。止めるって……行くなって事?

 

「上手く言えないけど……今すぐは駄目だよ!」

「なんで?」

「う……なんで、って、その……」

 

 困らせるつもりはなかったのに、思った以上に冷たい声が出てしまって、吹雪が狼狽えるのに口を引き結ぶ。今はあんまり喋らない方が良いかもしれない。さっきまでは戦ってたから、ちょっとした興奮状態になって隠れてたんだろうけど、それが終わってしまうと頭の中はぐちゃぐちゃで、何をすればいいのか、どんな顔をすれば良いのかもよくわからなくなってしまっていた。

 

『島風ちゃん、聞こえる?』

 

 ザザッと雑音が入った後に、夕張さんから通信が入った。一度端末に目を落としてから、周りを見渡す。鈴谷が中心となってあれこれ指示を出す中には、夕張さんの姿はない。……彼女はここに来なかったのだろうか。

 不思議そうに端末を眺めた吹雪が横に来て、一緒になってカンドロイドを覗き込んだ。遅れて夕立も、体の煤けた部分を払い落しながらやってくると、同じようにした。

 

『聞こえてるわね。いい? いったん本棟に戻って、今回の事を提督に報告して』

「……それは私の仕事じゃないと思うのですが」

『あなたの身体状況は、カンドロイドを通じて把握してるの。いったん戻って、少し落ち着いて――』

「俺は冷静です!」

 

 落ち着けなんて……俺は落ち着いてる。至って冷静だ。冷静に……朝潮を取り戻す事だけを考えてる。

 

「島風ちゃん……?」

 

 俺の声に肩を跳ねさせた吹雪が不安げに呼びかけてくるのに、首を振って、溜め息を吐いた。端末を操作して通信を終わらせ、連装砲ちゃんを呼び寄せる。

 

「……吹雪ちゃん」

「うん……ごめんね、島風ちゃん」

 

 頷き合った吹雪と夕立が、両側から俺の腕を掴んできた。何をするつもりかと思えば、強引に連れて行こうとする。

 

「なにすんの!」

「あっ!」

 

 腕を振って、力づくで抜け出して、二人を睨みつける。

 なぜそうまでして俺を行かせようとしないのかがわからない。二人共、朝潮を取り戻したいとは思っていないのだろうか。だったら悪いけど、素直に連れてかれる気はない。俺は今すぐにでも行かなくてはならないのだから。

 

「島風」

 

 後ろから声をかけてきたのは、叢雲だった。

 振り返れば、叢雲と満潮が互いに寄りかかるようにして歩いてきていて……俺を睨む満潮に、目を逸らした。

 

「戻るわよ」

「……」

「ほら」

 

 嫌だ。

 そう答えたかったけど、満潮の手前、これ以上情けない事は言えなかった。

 ただでさえ、朝潮を守れなかったのに。

 

 頷いて、踵を返す。ところどころ壊れた本棟を見上げ、すぐに地面に視線を落とした。

 後ろからの強い視線が、どこまでもついてきていた。




TIPS
・サイバロイド サンダー・スラップ
棒術に分類されるのだろうか。電撃の要素はない。
錨は雷の物だった。

・サイバロイドムーンブレイク(回し蹴り)
助走なしの蹴り攻撃。跳び上がっての回し蹴りなので多少威力は増す。
難点はパンツが丸見えになる事。
あっ、やった! 見せパンだし、まあいいか。

・フルスピードラッシュ
ただの殴打とも言う。
連続パンチを叩き込むシンプルな技。

・ストライクシマカゼ・フレイムショータイム
ブーツとヒールを固いコンクリートや鉄に擦り付ける事で発火させ、
そのまま攻撃に転じる。夕張製のブーツだからこそできる荒業。
靴の消耗が激しい。

・シマカゼの体調
夕張はカンドロイドから情報を仕入れ、
シマカゼの体調や精神状態を常にモニタリングしている。
これはちゃんと本人も了承済みだ。
しかし、シマカゼは割となんでもかんでもはいはいと許可するために
この機能の事を忘れていたりする。

・吹雪
那珂ちゃんの一番弟子。

・夕立
前の演習の時の夕立改二を意識した戦闘スタイル……らしい。

・叢雲
おこ。

・満潮
おにおこ。
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