島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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誤字や文章の乱れなどを直しました。細かな描写を追加しました。(2015/12/20)


第四十四話 艦娘のルーツ

 全身がバラバラになった。

 

 そう錯覚するくらいの衝撃が体中に襲い掛かってきて、目をつぶってしましまうと、右も左もわからなくなった。

 

「うぐっ!」

 

 背中から地面に叩きつけられる。平坦ではなく、でこぼことした剥き出しの地面。散らばっている小石が幾つも背中を突く感覚は、鈍かった。

 地にぶつけられてようやく吹き飛ばされた勢いがなくなったのか、持ち上がっていた足が体ごと戻って、地面に打ち付けられた。遅れて周囲に重いものが落ちて、ドシドシと俺を揺らす。

 

「いったぁー……ぅいっ! ……くそっ」

 

 手をついて身を起こそうとすれば、手の平に走る裂傷に土が入り込むのに、体が跳ねた。思わず手を引っ込めたら、当然支えを失って転がってしまう。敵を前に凄い馬鹿を晒している事を自覚しつつ、反対の手を使って起き上がった。

 痛む手を気にしつつ顔を上げれば、足下に流れてくる緑色の液体が、動く視界の途中にあった。俺が叩き付けられて壊してしまった、大きな岩から湧き出していたものだ。

 

『私モ暇ジャナインダ。サッサトオ前ノ進化トヤラ、見セテミロ』

「まーそう言うなって。もうちょっと遊ぼうよ」

 

 立ち上がれば、むわっとした熱気が足下から頭までを抜けていった。すぐ近くにある温泉の湯気や、ここら一帯の湯の熱。

 

「こっちよ!」

『ン……』

 

 尻尾をくねらせて悠々と歩いてくるレ級の後頭部を、爆炎が覆った。背後の森から駆けて出てきた朝潮が、砲の照準を合わせたまま大きく迂回し、俺の方へやって来る。

 

「大丈夫ですか!」

「だーいじょうぶ。……なんて言えないけど、まあ、大丈夫だよ」

 

 切羽詰ったように言って隣に並び、油断なく腕を伸ばす朝潮に、軽口を叩くようにして言い返す。

 相手を軽く見るような事を口にしなければ、心が折れてしまいそうだった。

 だって、正直、ちょっと……無理かも、だし。

 いや、砲撃を受けても気にした風もなく笑っているレ級を見てしまうと、もうぐらぐらしてんだけどね。心。

 

『マダ(ワカ)ラナイノカ。ソンナモノ、私ニハ通用シナイ』

「どうだか! やせ我慢してるだけなんじゃないの!?」

 

 黒煙が完全に晴れれば、無傷のレ級と顔を合わせる事になる。意識して強気な態度と言葉を放つ。

 ていうか無傷って……そこからしておかしいんだってば。なんであいつ、傷一つないの。

 

「そうです。たとえ効かなくても……奴は怯んでます。見ていてください!」

『アー?』

 

 朝潮は、言うが早いか照準を移した。レ級が歩む、ちょうどその隣にある人間大の岩へ。

 

『ム!』

 

 放たれた砲弾が岩を粉砕すれば、飛び散った破片が周囲へ撒き散らされる。破片といっても、それぞれが子供の頭くらいの大きさはある。顔を庇うように腕を掲げたレ級が、それを振り回して石を弾く。その場で一回転して尻尾を振り、全てを弾き飛ばした。

 

「何が原因か、私達の武器ではダメージを与えられないようですが……こうして間接的にならば」

『チッ……』

「奴を倒す事も可能かもしれません」

「なるほどねぇ……」

 

 忌々しげに朝潮を睨みつけるレ級から、彼女を庇うために一歩前に出る。奴の目が俺に移るのを確認してから、いつの間にそんな事、と朝潮に問いかけた。

 目の前の怪物とは何度かやりあってるけど、俺はなんにも気付かなかった。ただ、こっちの攻撃が通用しない事ばかり頭にあった。

 

「本棟前で戦った時くらいに……確信しました。砲撃を受けて平気にしていても、奴はまったく衝撃を受けていないという訳ではなかった。後退していたり、僅かに仰け反っていたり……なので」

『フン』

 

 今度はレ級の足元へ向けて朝潮が撃てば、奴は足を揃えて跳躍し、飛び散る土や石を回避した。その程度なら、戦艦の身なのだから、当たったってそれこそ大したダメージにもならないだろうに。

 少し後ろへ着地したレ級は、そのまま地を蹴って走り出した。俺達に向かってくる。砲撃しないってのは良心的なのかどうか。

 

「朝潮、下がって!」

「っ……!」

『小賢シイ!』

 

 腕を広げて朝潮を背に庇う。奴の攻撃を受け止められるのも、ダメージを受けて粉々にならないでいられるのも、この場では俺だけだ。真っ当でないパワーアップを経ているこの体だけが、奴に対抗できる。……と思う。

 

 苛ついているのか、腕を振りかざして踏み込んで来たレ級へ、こちらも膝を出して飛びかかる。相手の勢いをも勘定に入れた飛び膝蹴りだ。

 剥き出しの肌に膝がめり込むと、しかしそこで止められた。とんでもなく硬い。わかっていた事だけど、飛び込んだこっちにダメージが返ってくるくらいだった。おまけに振られた手を首筋に受けて地面に叩きつけられた。跳ねる体に、揺らぐ意識。噴き出る血液が喪失感をもたらす。

 気絶なんかしないよう、内容に関わらず何かしらを頭の中に思い浮かべて繋ぎ止め、二度目の接地時には受け身をとった。背筋をバネに勢い良く起き上がり、屈伸状態になる。立ち上がりざまに跳び上がり、放った顎狙いのアッパーは、身を引いて躱された。その胸を蹴りつけて宙返りし、距離をとって着地する。すぐさま朝潮が俺の斜め後ろへ退避してきた。そのさなかに砲撃し、命中させる事による敵の足止めも忘れない。

 

『……ヤルネェ』

 

 罅が入ったみたいに痛む首筋を押さえながら、油断なく構える。……中の筋が千切れたみたいに痛むけど、たぶんそこまではいってないと思う。

 レ級は、手刀として作った手を顔の前まで持ち上げて眺めながら、感心したように呟いていた。

 

『ココマデ抵抗サレルノハ初メテダ』

「倒されんのも初めてになるよ」

『口ノ減ラナイ奴ダナー、オ前』

 

 挑発とも取れる言葉を口にしながら、奴を倒す、その一点だけを考えて集中する。元より砲撃が無意味で、恐らく雷撃も無意味となれば、どうやって奴を片付ければ良いのだろうか。間接的……? さっきみたいに石でもぶつける?

 幸い、ここらには――露天風呂として活用していた地――には、大きな岩や鋼材モドキがごろごろしている。だがそれらをぶつけても……。

 

『無駄ダ』

「――ちっ」

 

 足下にあった鈍色の塊を蹴り飛ばせば、レ級は手で払いのけた。

 そう簡単には当たってくれないし、当たったって相応のダメージしか与えられない。そんなんで奴を倒せるのだろうか。隕石でもぶつければ死んでくれるだろうけど………………どこかの組織万歳と叫びながら宇宙から降っていく案は無しだな。そもそも宇宙に行く手段がないし。

 馬鹿な事を考えている場合ではない。今はとにかく、格闘戦で挑むしかない。那珂ちゃん先輩や金剛先輩、それに、吹雪の使う技術ってのさえ習得していれば、もっと上手く戦えるだろうなんて、無い物ねだりしても仕方ないのだ。

 それらしい構えをとろうとして、やめる。構えなんて、てきとうで良い。俺が思った通りのもので十分だ。

 

『オ前達ハ、何モ知ラズニ戦ッテイレバ良イ』

「……」

 

 なんだ、いきなり。

 不明瞭な事を言うレ級に、一歩下がって身構える。握り込んだ右手からは、血が滴っている。未だ血は止まらず。血液の流れがよくわかるのはそのせいかもしれない。

 

『ダガ同時ニ、オ前達ハ知ラネバナラナイ』

「何をだよ。なんの話してんの、あんた」

 

 足を止めたレ級が、笑みを小さくして俺と朝潮を順繰りに見た。隣に立つ彼女の体が強張るのを感じた。きっと恐れているんだ、こいつを……。

 前からそうだった。この孤島で出会った時から、朝潮はこいつにだけは恐れを抱いていた。……守んなきゃ。今彼女を守れるのは、俺しかいないんだから。

 

『オ前ハナゼ戦ウ』

 

 問いは唐突だった。

 ゆっくりと横へ歩みながらにレ級が投げかけてくる声に眉を寄せて、その思考を読もうとする。

 ……わからない。そもそも、そういうのを考えるの、俺は苦手だ。戦うのだって、特別得意なんかじゃない。でもそうも言ってられない。

 

「朝潮を……艦娘みんなを守るために」

 

 だからそのまま答える事にした。答える必要などないかもしれないが……さっきの言葉が気になっていた。知らねばならない事だとかなんとかってやつ。

 レ級は眉を寄せて、訝しげに俺を見た。だが得心がいった風に頷くと、顔を上げて、見下ろすような見方に変えた。

 

『ヤハリオ前ハ艦娘デハナイナ。オ前ノ根底ニアル戦ウ理由ガ"人ノタメ"デハナク、ソレ以外ノタメナドトイウフザケタ事デアルナラバ、ダガ。イイカ……艦娘ハ(ミナ)人ノ為ニ戦ウノダ』

 

 何言ってんだ、こいつ。

 歩みを止めないレ級に、絶えず俺達も足の位置を変え、体の向きを変えて相対する。

 奴は、笑みを浮かべてはいるが、冗談や何かを言っている様子ではなかった。

 ――ただの錯覚かもしれないけど。

 

「そんな事ない……! みんなにはみんなの戦う理由があった!」

 

 前にみんなに聞いた。みんなの戦う理由。誰かのため、平和のため、仲間のため……たくさんの理由があった。だけどみんな違っていた。

 たしかに彼女達が戦うのは、人のためでもあるだろう。でもそれは当然なのだ。艦娘とは、人類の守護者なのだから。

 俺とてそれは同じだ。俺は艦娘だ。シマカゼだ。人間の自由と平和のために戦っている。それが当然の事。その上で、朝潮や、艦娘みんなを守ろうとしている。

 できているかどうかはこれから決まる。鎮守府で暴れたお前を倒せば、名実ともに艦娘の守護者だ。

 ……守護者なんて大層な言い方はしないと思うけどね。

 

『ソレ以外ノ理由ナド仮初(カリソ)メニ過ギナイ。艦娘ハ戦ウタメニ生マレタノダ』

 

 レ級は、俺の言葉を鼻で笑って切り捨てた。

 どこか演じるような動作で肩を竦めてみせ、なおも見下す風に俺達を見る。

 

『戦エ。艦娘ナラバ、私ト戦エ』

「あんたの勝手な考えを押し付けないでよ!」

 

 意味がわからない。

 何が戦えだ。現在進行形で戦ってるだろ。

 それに……。

 

「私達は戦う、でも……それはそれぞれの理由で、だ!」

 

 戦う理由を決めつけられる(いわ)れはない。

 たとえ戦う理由を見失うような事があろうとも、お前に道案内してもらう必要はない!

 

『何カ勘違イヲシテイルナ。誰モ押シ付ケテナドイナイ。誰モ、オ前達ニ戦エナドトハ言ッテイナイ』

「はぁ? さっきと言ってる事違くない? ていうかねぇ。ごちゃごちゃさ……」

 

 ぽたぽたと血の滴る手を振って、血液を払い、飛ばす。地面に染み込んだ赤色を踏みつけて、奴の笑い顔を睨みつける。

 

「そろそろうざいんだけど」

 

 こんなにお喋りな深海棲艦は初めてだよ。

 こんなにうざったい深海棲艦も初めてだ。

 だから倒す。今すぐ、マッハで。

 

『……艦娘ラシイトコロモアルジャナイカ。自身ノルーツカラ(ノガ)レヨウトスル。フン、実ニ艦娘ラシイ』

 

 ……艦娘のルーツ? ……コーヒーの話ではなさそうだ。……ルーツってどういう意味だっけ。

 顔を傾け、横目で朝潮を見れば、彼女は険しい顔で前だけを見ていた。

 ルーツを……辿る……根源だとか、元だとか、そういう意味だったか?

 でも、艦娘のルーツってなんだ?

 

『オ前ハ何故(ナゼ)深海棲艦ガ戦ウカ知ッテイルカ?』

 

 風向きが変わった。

 その問いも、がらりと変わる。

 

「知る訳ないでしょ。……私はあんたを倒すだけ」

 

 パシャリと、水音。俺と朝潮を中心に、円を描くように歩いていたレ級が、湧き出る湯の上へ歩み出たのだ。

 そこにはもう高速修復剤の原液は流れ込んではいないが、でも、多少なりとも回復効果が残っているだろう。……深海棲艦に効くかは知らないが。

 お湯の上に立ったレ級は、尻尾を波立たせて湯面へ打ち付けると、飛び散る水滴を気にせず、俺達を眺めた。少しだけ視線を外して、言葉を選ぶかのように間を開ける。

 それから、ゆっくりと口を開いた。

 

『ソノ為ニ生ミ出サレタカラダ』

「……なにそれ。艦娘と同じだとでも言いたいの?」

 

 だとしたら、なんていう言いがかりだ。侮辱も甚だしい。

 艦娘は……俺達は奴らとは違う。あんな憎悪や何かに溺れた怪物とは違う。

 

『オ前達ハ戦イ続ケル。愚カナ事ダ。ダガソレデ良イ。私ハ、ソウハ思ワンガナ』

 

 俺の怒りなど歯牙にもかけず、奴はこちらに理解できないように話を続けた。

 勝手にぺらぺら、訳のわからない事を。

 こいつの話を聞く意味ってあるのか? もう仕掛けた方が良いんじゃないか。

 

『艦娘ノ道カラ外レタ艦娘ハ、不要ダ。艦娘ハ艦娘ノママデイレバ良イ』

 

 オ前達ハ、不要ダ。

 

 そこまでだった。

 そこまで聞いてやって、俺はもう、苛立ちを押さえきれなくなった。

 

「……もう、いいよ。お前は大人しく私に倒されてろ!」

『オ前達艦娘ニ……未来ハ、ナイ』

 

 勝手な事を言いやがって。

 不要だ、不要だって、馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返して。

 この俺が不必要だ? ……それはそうかもしれない。

 勝手に島風の体を乗っ取って、好き勝手やって、生きている俺なんて、彼女から見たら不要に違いないだろう。

 だがこの子は、朝潮は違う。こんなに真面目で、ちゃんと人の目を見て話せて、聡明で、かわいくて、笑顔が素敵で、私服姿は可憐で、たまに羽目を外した時は子供っぽい一面もあって。

 人類史上最高、艦娘史上最高峰の宝を不要だなどとは、よくぞ言えたものだ。

 最高だよお前。今すぐ、潰す。

 

「進化ヲ見セナイト言ウナラ、壊スダケダ」

「っ!」

 

 いきり立って駆け出そうと、体を前へ出そうとして、慌てて踏み止まった。すぐに、踏み出した足に力を入れて体を押し留める羽目になったのは、奴が、レ級の二本の指が、朝潮に向けられていたからだ。

 

「こんのっ!」

「あっ……」

 

 出した足を軸として半回転し、朝潮に向き直れば、彼女は回避しようとしていた。でもそれを無理に抱きすくめて動けなくする。あいつの水圧カッターは範囲が広い。左右に動いても前後に動いても意味がないのだ。

 呆けたような声を耳元に、奴の指の向いていた位置を思い返しつつ僅かに位置を調整する。直後、背中が熱くなった。

 

「ぃっ……!!」

 

 まるで火傷を負うかのような痛みと熱が、外側と内側に同時に感じられた。鋭く冷たい刃が背中の皮と肉を切り裂いていく感覚。それに加えて、飛散する水滴が内部をずたずたにするような、気持ち悪さ。

 小さな虫がうぞうぞと肉を食い破っていくとでも言えばいいのだろうか。その感覚は口に出すのも悍ましいような、妙なものだった。

 

「このぉ!」

「ぎ、ぅ……!」

 

 朝潮の声が傍で響く。直後に砲撃と直撃の音。反動に震える朝潮の体を抱き締めて、それから、前へ押しやった。

 

「! な、何をっ」

 

 踏鞴(たたら)を踏んで、戸惑いを浮かべた朝潮が俺を見た。だらだらと流れる血液に、何を言うでもなく振り返って、即座に左腕を胸元へ持ち上げる。お返しだ、蹴り殺してやる。

 

「うっ!」

 

 端末に伸ばした手は、飛来した水弾に弾かれた。直撃した端末が腕ごとかち上げられて紫電を散らす。浮かんでいた光化学画面は粉々に割れ、描き出されていた羅針盤も諸共塵になる。四匹の羅針盤妖精さんが投げ出されて地面に落ちた。

 

『イイ加減、フザケルノハヨシタラドウダ?』

「ふーっ、ふーっ……!」

 

 ふざける? ふざけてるって、誰が……?

 

 だらんと垂れた左腕を右手で押さえ、荒い呼吸を噛み殺す。胸も背中も左腕も痛い。痛みで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。

 でも、ここでどうにかなる訳にはいかない。こ、こんなとこで、倒れる訳には……!

 

「――しっかり! しっかりしてください!」

 

 砲撃を繰り返し、俺を庇うようにする朝潮の横顔を見上げる。

 俺の戦意とは関係なしに視界がぼやけていく。

 俺が倒れたら、誰がこの子を守るんだ。

 やらなきゃ……大丈夫、大丈夫だってば。だって俺は艦娘で、シマカゼだ。こんな痛み、こんな、こんな――。

 

『代わって』

 

 びくりと、体が震えた。

 胸の奥深く、ずっとずっと下にある暗い海の、その向こう側。

 低い波の向こうに逆さまに立つ島風が、俺を見下ろして、話しかけてきていた。

 

 

『ねえ、体、返して』

 

 

 なんで、今。

 なぜよりにもよって、このタイミングで彼女が目覚めてしまったのだろう。

 もう少し後だと思ってた。この戦いが終わる頃だって思ってた。

 

「そんな、ま、まって……」

『駄目だよ。もう死んじゃうよ』

 

 死ぬ……とか、そんなの、どうだっていいから。

 俺が壊れたって、本物の君にはなんの影響もないんだから――前に一度代わった時、そうだった――……。

 

「待って、お願い」

『……』

 

 お願いだから。

 死んだって構わないから、ここだけは、今だけは朝潮を守らせて。

 その後でならこの体、ちゃんと返すから。

 だから今は、あいつを倒させて。

 

『…………』

 

 胸の内に懇願しても、声は返ってこない。

 押し黙ったみたいに沈黙が続いていて、耳に届くのは朝潮の荒い息と、小さなかけ声と、レ級の笑い声だけだった。

 ずっとずっと、それが続いているみたいだった。

 でも、しばらくして。

 

『わかった。今回だけだよ』

「シマカゼぇっ!」

 

 水の中から聞こえるくぐもった声と、切羽詰った朝潮の叫びが聞こえたのは、同時だった。

 意識を戻した時には、一瞬俺の胸に突き立つ砲弾が見えて――。

 

 光の中に、意識が飲まれた。

 

 

 ゆっくりと意識が浮上する。

 最初に感じたのは、上下に揺れる体のこと。それから、どこか遠くにある痛み。

 

「ん……」

「! 気が付きましたか!?」

「……ぁ、……んん」

 

 揺さぶられる体に眉を寄せ、前にある良い香りのするたくさんの糸に顔を埋めて、何か細いものに回した腕に力を込めた。

 

「しっかり……! もうすぐそこですから!」

「ん……」

 

 焦りを多分に含んだ声も、草木の匂いの中に混じると、耳に心地良い。

 まどろみにあるみたいな気分で返事をすれば、顔に影がかかった。

 土や草を踏んでいた足音が、木板を蹴るものに変わる。

 一度大きな揺れがあった際には、薄い板でも吹き飛ばしたような音がして、それから、前へ体が引っ張られるみたいに重力の向かう先が変わった。

 そこで一度止まると、ふとももを支えていた片手が離れていって、左足がふらついた。それはすぐに支え直されたけど、それでようやく、俺がおんぶされているのだとわかった。

 しばらく揺れがあって、それから、大振りに体が動く。

 降ろされて、壁にたてかけられたのだ。

 俺の両肩を持ってそっと倒れないようにさせた朝潮は、俺の頬を、髪を退けるようにして撫でると、腰を折って目を合わせてきた。

 

「少し待っていてください……! すぐ、何か治療できるものを!」

 

 よっぽど気が(はや)っているのか、言葉の途中で身を翻して部屋の奥に駆けて行く朝潮に、痛みがあるのに、笑ってしまった。ずきずきする胸や背中に顔を顰めて、笑ったのをちょっと後悔する。

 

「だめ、空っぽ……! ない、ない、ない……!」

 

 カンカン、コロロ。地面に転がって足下まできたのは、緑色のバケツだった。高速修復剤。中身なし。

 ああ、彼女は俺を治療しようとしてくれてるんだ。

 普段ならすぐ理解できただろうに、俺は、たっぷり数分ほどかけてそれを理解すると、浮かんでくる喜びを抑えるのに苦労する羽目になった。だって、笑ったりしたら、凄く痛い。それに、彼女に悪いだろう。

 でも、嬉しい。朝潮が、俺を想ってくれているのがわかるから。

 俺のために必死になってくれるのが、凄く嬉しいんだ。

 

「ねぇ、朝潮……」

「ぁっ、だ、駄目です、喋っては!」

 

 はっとして駆け寄って来た朝潮は、俺の前に屈むと、手を伸ばしてきた。でもそれは途中で止まって、宙をさ迷う。抱き起こそうとでもして中断したのかな。それほど俺の傷は酷いらしい。なんとなく察した。

 頭がくらくらする。体の中が真っ白で、なんだか軽い。

 それでも、たぶん、俺は笑みを浮かべていたと思う。

 俺の表情を見た朝潮が口を引き結んだ。気遣わしげな瞳は、薄く濡れて、揺れている。涙が零れたりはしていないが、それは彼女が気丈だからだろう。……怖いから、泣きそうなのかな。それとも……俺が、心配だから?

 

 その頬に手を伸ばす。髪と頬の間に差し込んで、そっと柔肌に触れる。

 彼女の顔は、酷く熱かった。まるで風邪にかかっているみたいに。

 火傷しそうな手で、頬を撫でる。指先を滑らせれば、薄い白手袋越しに、朝潮を感じた。(いと)しさが胸を締め付ける。その分だけ、痛みがどこかへ消えた。

 

「ど、どうしたのですか……? 痛みは……まさか、痛みがないなどとは……!」

「んーん。だいじょぶ、ちゃんと痛いよ」

「それは、よ……」

 

 かった、と続けようとしたのだろう、ばっ! と自ら口を塞いだ朝潮が、申し訳なさそうに目を伏せる。

 俺は、とうとう声に出して笑ってしまった。

 困惑した様子の朝潮が、なぜ笑うのですか、と訴えてくるのにも答えず、しばらくの間笑っていた。

 頬を伝う雫が顎に差し掛かり、落ちる。ボロボロになった衣服に染み込んだ涙は、血に混じって、朱に染まった。

 

「さっき、名前、呼んでくれたよね」

「……はい」

「やっぱり。聞こえてたよ、私」

 

 シマカゼ、って、呼んでくれた。

 そんなの、当たり前なのに。名前を呼ぶなんて、当たり前なのに。

 

「変だよね。私、朝潮に初めて名前呼んでもらえたような気がしちゃって……そんなはず、ないのにね」

 

 なのにこんなに笑っちゃって。

 鉛のように重い腕を持ち上げて涙を拭おうとして、でも、できなかった。

 動かない腕の代わりに、朝潮が指先で俺の目元を拭い、熱い雫をすくってくれた。

 

「私が……」

 

 唇が震える。

 どくどくと、血の通う感覚が、弱まっているのを感じる。

 

「私が、キミの涙を拭うって、そう思ってたのに……」

 

 これじゃ、まるきり逆だね。

 そう笑いかけると、彼女は、「そうですね」と言って、弱々しく笑った。俺も、笑い返す。たぶん、同じくらい、弱々しい笑顔で。

 

 彼女の頬に当てていた手がずるりと滑り落ちて、床を打つ。痛みや衝撃は感じなかった。

 

 ただ、壊れた端末が電気を散らして、ジジ、と鳴った。




TIPS
・温泉地帯
孤島編で朝潮とシマカゼが裸の付き合いをした場所。
挿絵頂いてるよ。えっへん(私は偉くない)。

・ルーツ
『コーヒーかな?』って思った奴は正直に名乗り出なさい。
(((私*'ω'*)ノ ハーイ

・どこかの組織万歳と叫びながら
我が魂はぁぁぁぁぁ、ZECT(ゼクト)とともにありぃぃぃぃ!!!

・初めて名前を呼んでくれた気がする
たぶん朝潮は、今までの描写の中で一度も『シマカゼ』と呼びかけた事がない。
はず。
あったら指摘してください。
歴史を改変してきます。

・残り何話くらい?
シマカゼは死にかけだし、島風が目覚めたので、あともう何話もないかな。
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