島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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第四十五話 メモリー・もう一度口づけを

『二人っきりだね……翔一(しょういち)

 

 明かりを消した暗い部屋。隅っこの方で、壁に背を預けて座る俺に、姉さんが、顔を近付けてそう囁いた。

 暗闇の中でも見える表情は、心細さだとか、不安を抱えているみたいで、そっと俺の肩に手を置いた姉さんは、そのまま、抱き付くようにしながら、俺の隣に座った。

 膝を抱え直して、壁に背を当てる。

 俺だって……姉さんがそんな顔してたら、不安だ。

 

『お父さんとお母さん……いつ帰ってくるんだろうね』

『すぐ帰ってくるよ。ちょっと出かけただけなんだから』

 

 父さんも母さんも、用事だとかで、俺達に留守番を任せただけだ。だから、そんなに不安にする事はないのに。

 それに、姉さんにそんな顔は似合わない。俺は、姉さんにはいつも笑っていてほしい。

 だから、いつものように笑えるように、他愛もない話をして、彼女の不安を晴らそうとした。

 

『……ふふ。翔一ったら、かわいいのね』

『なんだよ、それ』

 

 少しすると、姉さんは、はっきり見えるくらいの笑顔を浮かべて、俺にそう言った。

 何がかわいいかはわからないし、そんな事言われたってちっとも嬉しくない。俺だってもう中学年だ。かっこいいって言われたい。

 

『手、繋ごっか』

『……なんで?』

 

 いきなり何を言い出すんだと思って聞き返せば、なんでもよ、と言って、強引に手を掴まれた。手の平どうしを擦り合わせて、ぎゅっと握る。恥ずかしいって気持ちが胸の中をよぎったけど、振り払おうとは思わなかった。

 すぐ傍で、さらりと流れる髪の気配や、微かな鼻歌混じりの吐息が聞こえて、それから、肩を寄せ合って、部屋の中を眺めた。

 物の輪郭が辛うじて見えるくらいの暗闇。どこかで時計の針の音がしていた。

 

『大丈夫だよ、翔一』

 

 小さく跳ねるようなリズムの中で、姉さんが俺を慰めるように言った。

 怖がってたのは姉さんなのに。というか、俺が暗いの苦手だって知ってるんだから、電気ぐらいつけてくれれば良いのに。

 

『大丈夫……大丈夫だからね』

『……お姉ちゃん?』

 

 しきりに同じ言葉を繰り返す姉さんの横顔を見る。

 空色の瞳が、気遣わしげに俺を見ていた。

 

「血は……止まってきてる。もう、大丈夫なはずです。大丈夫……」

 

 身を起こして、覆いかぶさるように俺の前へ出た姉さんは――朝潮は、泣きそうな顔をして、俺の体を、そっと抱き起こした。

 背中に暖かい何かがかかっていく。薄布みたいな、きっと綺麗なモノ。

 彼女の髪が頬にかかり、俺の髪と()じる。黒と、クリーム色。

 じんわりと滲む血液が、氷が溶けるみたいに体の内側から外側へ溢れて、零れ出す。

 唇を噛む朝潮の顔を見上げてから、俺は、ぎゅうっと目をつぶって、体の中の感覚を全部、なくした。

 

 

 目を開くと、長い事瞳を閉じていたためか、目に映る何もかもがずっとぼやけて見えた。頭の中にも霧がかかっていて、何がどうなのかを理解できない。

 二、三度目をしばたたかせると、だんだんと焦点が合ってきて、でも、一定以上からは、中々元には戻らなかった。

 

「んー……」

「……ぁ、あ、良かった、目が覚めたんですね」

 

 すぐ近くで、ほう、と息を吐くのが感じられた。首筋にかかった温かい空気が、そこから体の中に熱を伝えていく。たぶん今のは、朝潮だ。でも、彼女の顔がどこにあるのかはわからなかった。右か左か……体がだるくて、重くて、見回す気になれない。ただ、自分ではない誰かに触れられて、動かされているから、きっとそれが朝潮だろうと思った。

 されるがままにしていれば、ようやっと目が正常に戻ってきたので、動かないまま部屋の中を見回した。白い部屋……視界の大部分が隠されているから、ここがどこなのかもわからない。ぼやけた視界とは関係なく、ただ、頭を動かしてないから、見えてないところが多いだけ。

 

「そういえば、ここって……?」

 

 血液が流れ出て軽い体と、重い頭。

 少しはっきりとした頭で、目の前で揺れる朝潮の顔へ問いかければ、彼女は頭の位置をずらして、俺と目を合わせた。、ほんの数センチ、目と鼻の先……なんて言えてしまう距離。俺の体を気にしているのか、ほとんど呟くような声量で、それでもはきはきと「妖精さんの工廠です。かつての私達の拠点の、地下になります」と詳しく話してくれた。

 ああ、ここ、あそこか。俺が初めて艤装をつけようとして失敗して、危うく妖精さんを泣かしてしまいそうになった、あの場所。

 懐かしいなあ。

 なんて過去の記憶に想いを馳せていると、びりっと胸が痛んだ。

 

「っ、いたた……!」

「あっ、す、すみません!」

「ぅ……ん、構わないよ。ありがとね、包帯巻いてもらっちゃって」

 

 この場所に俺を運んできてくれた朝潮は、それに(とど)まらず重傷を治療できるものを探し求めていたみたいだけど、一月も前に()ったこの場所にそういった便利なものが残されているはずもなく、難航していたみたいだ。

 保管されていた清潔そうな布を裂いて包帯とした朝潮は、「熱湯で消毒できたら」とか、「せめて少しでも修復剤があれば」と、悔しげに独り言ちていた。

 修復剤の原液、グリーンゼリーが採れる温泉地帯にはレ級がいた。そこへ戻るのは自殺行為だ。

 原液が溶けこんだお湯をこの建物の浴室に引いていたはずだけど、今もまだ通っているかは怪しい。というか、俺がぼうっとしている間に朝潮が確認してきてくれているだろう。だからこその、せめて少しでも、という台詞のはずだ。……あの温泉の上に立ったレ級が、そのお湯を水圧カッターにしていたような気がするし。

 回復する水で大怪我を負わされるって、微妙な心境だ、なんて軽い事を考えていると、ふと、朝潮のシャツ……胸の辺りに、べったりと血糊が張り付いているのが見えた。染みてから時間が経っているのか、お湯で洗ったって落ちそうにない。彼女も怪我を……いや、どう考えても俺の血か。今は、俺の左腕に布を巻いてくれている彼女の手にも、薄赤色の血が染み込んでしまっている。

 綺麗な手を汚してしまった。そんな罪悪感と、どこか深いところにある背徳感に、まぶたを下ろして、静かに一呼吸する。

 

「朝潮、あいつは?」

「…………」

 

 キュ、キュッと音をたてて布を結ぶ朝潮に声をかけても、彼女は答えなかった。ひょっとして声を出せていなかったかな、と思いつつ、再度問いかけようとして、俺を見上げた彼女と再び目が合う。

 

「この艤装はいかがいたしますか」

「ん……それ、大事な物だし、腕に巻いとく」

 

 床に置かれていた壊れたカンドロイドを手にした朝潮の言葉に、とりあえずはそちらに意識を移して、所持する事を伝える。

 端末は中心を穿たれ、黒い穴から配線や基盤を覗かせてしまっている。広がる罅はレンズまで届き、試しに画面を出そうとしても、電気が弾けるだけで反応しなかった。俺の代わりに端末を弄ってくれていた朝潮が、俺の左手を両手の指で支えて、持ち上げる。するすると下側を滑って来た手が、肘を持った。壊れ物を扱うみたいなやり方に、恥ずかしさが胸にこみ上げてくる。なぜだか知らないけど、お姫様と王子様、という単語が頭の中に浮かんできた。王子様とは朝潮で、……いや、よそう。この想像は危険だ。

 端末裏面についたリストバンドを腕に通し、手首の辺りできつめに締め付け、固定する。包帯越しの素肌に(左腕の手袋はボロボロだったために外した)固まった血や、傷の感触があって、じくじくした痛みを訴えてきていたけど、せっかく朝潮が慎重にやってくれているのにこれ以上心配させる訳にもいかないと思い、声を噛み殺した。

 

「腕は、動きますか?」

「うん……あ、駄目。ちょっとは動くんだけど……まだ、痺れてて」

 

 痺れてるなんて嘘だ。腕には感覚がなく、まるで切断されてしまったみたいに、ぴくりとも動いてくれない。

 まあ、大丈夫だろう。大した傷は負っていないのだから、そのうち動かせるようになる。

 

「それより、朝潮。あいつは?」

「……奴、は」

 

 再度の質問に、朝潮は眉を寄せて、苦々しげな表情を浮かべた。

 

「奴を、倒すおつもりですか?」

「うん。倒すよ、この手で……」

「逃げる事はできませんか? その体では……戦闘行為など、とても……!」

 

 ああ、言い渋ってるのは、俺の傷を心配してなのか。

 声は抑えめに、しかし強く、訴えるように朝潮が言う。たしかにこっ酷くやられたし、万全の状態でも怪しいのに、今の状態であいつに挑むのは無謀かもしれないけど。

 

「やるかやらないかの……選択肢はないよ。奴は私を……君の事も狙ってるみたいだったから。逃げたって、追って来る」

 

 その事は朝潮だってわかっているのだろう。あいつには神隠しの霧とやらでどこにでも移動する力があるみたいだし、また鎮守府に来られては困る。

 だから倒す。私のために、朝潮のために……艦娘のために、人間のために。

 朝潮は、いっそう表情を深刻なものに変えて、俯いた。影がかかった目元に、視線を送る。

 

「君が言ったんだ。『奴を倒す事も可能かもしれない』って。……一緒に考えよ? あいつをやっつける方法を」

「そんな……でも、もう、何も……」

「朝潮」

 

 えらく弱気な彼女に笑いかける。顔を上げた彼女は、俺の根拠のない自信に満ちた笑顔を見ると、困惑したようだった。『勝算があるのか』とでも聞きたげで、だけどさっきの俺の言葉にそれはないと思い直したのだろう。正面に正座する彼女は、口を真一文字にして必死に打開策を考え始めた。

 

 遠くの方で地響きがする。

 ぱらぱらと土や何かが降ってくる天井を見上げれば、体がぐらついた。咄嗟に朝潮が両肩を抑えって転倒を防いでくれて、揺れが治まると、そのまま、抱き付くようにしながら、俺の隣に座った。

 肩をあわせ、半ば自身に寄りかからせる風にして俺の体を受け止める朝潮に、ごめんね、と短く謝罪する。いいんです、と、彼女も同じく、短い言葉で返してきた。

 

 

「ふぅん……じゃあ、奴はまだ、私達を探してるんだ?」

「はい。索敵能力は低いみたいです」

 

 隣り合って座ったまま、ようやく彼女にレ級がどうしているのか、どこにいるのかを聞く事ができた。

 それを話せば俺がまた立ち向かってしまうと危惧したのだろうけど、話しても話さなくてもどの道俺は戦う。そういった意気込みを漏らせば、観念したのか、順を追って説明してくれた。

 俺がやられると、朝潮は俺を庇いながら、なんとか奴を退けられないか考えを巡らせ、そして、その場所が温泉地帯だという事に着目したらしい。

 精密な射撃でレ級を押し留め、砕けた大岩が積もった場所へ魚雷を投擲して爆発させれば、温泉が噴き出して、雨のように降り注いだ。それは俺達に味方をするように、レ級にばかりぶつかっていたのだという。

 大質量の水には、さすがの奴も難儀したらしく、その隙に俺を担いで森へ逃げ込み、艦載機に発見されないようにこの家へ駆け込んだ、と。

 連装砲ちゃん達も、羅針盤妖精さん達も行方知れずで、連絡を取るのは難しい。レ級に察知される可能性も否めないからだ。だからただ、今は彼女達の無事を祈るしかない。

 そこまで話すと、今度は懸念や対策事に会話が移っていく。

 家の中にまでは奴の霧は入ってこないのだろうか。ここまでの道のりを辿られやしないか。奴が無差別に暴れればさすがにひとたまりもないのではないか。増援を呼ばれるかもしれない。

 際限なく心配事があって、だから、俺達はどちらからともなく話すのをやめて、ただ、部屋の奥を眺めた。

 白く明るい部屋の向こう側には、円柱状の機械が横たわって壁に嵌め込まれている。蓋の開いた、艤装の射出口はこちらに向いていて、それがどこか寂しげに見えた。

 感化されたのか、俺の胸にまで去来する寂しさに、天井を見上げる。頭が動くと髪も動いて、当然、肩を合わせた彼女にもそれが伝わって、朝潮が俺を見るのを感じた。

 ……最後、か。

 俺は、俺の中の本物の島風に、そう言った。今回で最後。これが終わったら、体を返す……って。

 もし無事にこの状況を切り抜けられたら……すぐに、みんなとお別れになるのだろう。朝潮とも……。

 ……ある人が言った。明日会えなくなるかもしれない私達だから、大切な気持ちは今伝えよう。

 赤城さんが語って聞かせてくれた、加賀さんの言葉。

 この気持ちは……俺の大切な気持ちは、もう、彼女に伝えてある。拒絶されてしまったけど……だからこそ、そのままで終わっていいのだろうか。

 ……いいわけ、ないよね。

 今は緊急事態だから自然と話せているけど、朝潮と俺は、あの花火大会の日以来、顔も合わせず、話もせずだった。この場を切り抜ければ、きっとまた、その状態に戻ってしまうのだろう。その前に俺は消えるけど。

 ……このままで終わるのは嫌だ。伝えよう。もう一度。

 もう一度……ぅ、ええと……ああ、もう!

 

「私は……」

「?」

 

 私は。シマカゼは。

 君の事が……。

 ……いや。

 このまま、また気持ちをぶつけても、前と同じように拒絶されるだけだろう。

 

「君に、姉さんの影を見ていた」

「……『ねえさん』?」

 

 困惑する気配が横にあって、それはきっと、俺に姉妹艦がいるなんて知らなかったからだとか、そういった類のものなんだろうと予想できた。

 

「私は、本当は艦娘じゃないんだ」

「え……」

 

 どうせ終わりなんだ。だったら、洗いざらいぶちまけて、その上で、もう一度告白しよう。

 そう思うと、幾分体が軽くなった。それでも、口の中が乾くような緊張と、息の詰まるような言い辛さなんかがいっぱいあった。

 

「か、艦娘ではないとは、どういう事ですか」

 

 さすがの彼女も理解できないのだろう、ほとんど俺の言葉をそのままに問い返してくるので、そちらに顔を向けて、言葉を重ねた。

 

 俺は、福野翔一というただの人間だった。

 普通の男。ちょっと料理が得意なだけの。

 何の変哲もない家庭に生まれて、両親を亡くしてからは姉と二人で暮らして……。

 気がつくと俺は艦娘になっていた。艦娘……島風に。

 君があの島に流れ着くまでの間に、元の場所へ帰る方法もなく、どうしようもないと知った俺は、悩んだ末に、シマカゼとして生きる事を決めた。

 そうして君と出会って、一緒に過ごして……惹かれていった。

 その笑顔や、どこかが姉さんに似てるって思ったのも、君を好きになった理由だ。

 でも、それだけじゃない。具体的に何かと聞かれても、上手く答えられないけど……ううん、言ってしまえば、君の全部が好きだ。

 

「……信じられるかな、こんな話」

 

 一息に言い切って、そう締め括り、部屋の方へ視線を向ける。

 朝潮の顔を見る事はできなかった。ちょっとでも疑うような色があれば、きっと俺は、駄目になってしまうだろうから。

 

「信じます」

 

 答えは、速かった。

 少しのぶれもなく、いつものようにはきはきとした言い方で、朝潮は俺を信じると言い切った。

 思わず朝潮を見れば、思い浮かべた表情に違わず、凛々しい顔で、まっすぐ俺を見つめていた。

 

「……ほんと?」

「本当です。あなたを、信じます」

 

 繰り返して言う彼女に、遅れて意味を理解する。

 

「それは、あなたの言う事だからです」

「俺の言葉だから、信じた?」

「あなたを疑うなどあり得ません」

 

 俺の言葉も非常識だったけど、朝潮のこの信頼も、非常識だった。

 なぜそこまで俺を信頼しているのかわからない。命を助けたと言ったって、それだけでここまで?

 

「それに……あなたが普通の艦娘でないのは……なんとなく、わかっていました」

「え、え、なんで?」

 

 言外に変だと言われて、つっかえつっかえ聞き返す。え、普通じゃないって、いつから……。

 最初からだ、と彼女は言った。戦い方もそうだし、言動だってそう。生まれたばかりにしては、普通の艦娘が知らないような事をよく口にしていたし、妙な動きも多かった。

 ……ああ、うん。普通の艦娘だって思う事の方が難しいよね、それ。……あはは。

 

「こほん。……ん、じゃあ、その……」

 

 身動ぎして、壁から背を離し、床に手をついて体を支え、向きを変える。朝潮の方へ体を向け直し、正座をして、膝に手を置いた。彼女は驚いたように俺を見ていたけど、俺が姿勢を正したのを見ると、同じようにして、向き合った。

 

「俺は……んっ、私は、姉さんじゃなくて、君の事を見てる」

「はい」

「君が好きなんだ。翔一として、とは、もう言えない。だから、シマカゼとして」

「……はい」

 

 手の内に滲む汗を、膝に……赤と白からなる横縞のソックスに押し当てる。

 

「この気持ちに偽りはない。私は君の全てが好きなの。君に惚れてしまったんだ。君と色々な事がしたい。色々な場所へ行きたい。なぁ、駄目かい。私が君を好きでいるのは」

 

 ふるふると、朝潮が首を振る。

 でも、それだけでは、答えとは言えない。俺の告白に、彼女が応えてくれた事にはならない。

 その口から聞きたい。イエスか、ノーか。

 断られたら、今度こそ諦めるから。

 ちゃんと気持ちに蹴りをつけてから、消えるから。

 

「もし……もし、朝潮。君が私の気持ちに応えてくれるって言うなら」

 

 持ち上げた手から伸ばした一本指を、下唇に当てて、吐息と共に、言う。

 

「この気持ちに答えをくれるのなら、口づけをしてくれ」

「…………」

 

 息を呑んだ朝潮の体が、僅かに揺れた。

 キスをして、なんて、いきなりだから、驚くのも無理はないだろう。俺だって、急にこんな事を言うつもりはなかった。

 でも……抑えられなかったんだ。

 好きだって気持ちは本物だ。それは日に日に大きくなって、ぶつけなくちゃ気が済まないくらいに、暴れ回ってて。

 できる事なら、今すぐに、俺からそうしてしまいたい。彼女を抱き締めて、キスをしたい。

 そんなの、できる訳ないんだけど。

 朝潮の気持ちが一番大事だ。彼女が嫌というなら、俺は自分の気持ちを捨てる。それで、今度は、友達になってほしいってお願いするんだ。

 消える時には、友達に看取られたいって……思っちゃったし。

 

 何秒くらい経っただろうか。

 朝潮は、最初は俺の目を見ていたけど、だんだんと頬に朱が差してくると、俯きがちになって、もじもじと指どうしを絡めて、悩んでいるみたいだった。

 動悸が激しくて、頭の中が爆発しそうなくらいに熱くて、彼女の様子からは、好意的なのかそうでないのかがわからなくて。

 だからもう、目をつぶって待つ事にした。

 唇に触れるものがあれば良くて、なかったら、駄目。

 単純に考えればそれだけなのに、まぶたの裏の暗闇は混とんとしていて、ぐるぐると情熱が渦巻いていた。

 汗ばむのは手だけじゃなくて、体中、そうだった。裂傷のある包帯の下も、背中も、左腕も、お構いなしにじっとりと汗で濡れて、鉄の臭いが混じる。

 鋭敏になった肌に、触れるものがあった。

 それは、唇に、じゃない。両腕の、二の腕あたりに、朝潮が手を添えた。握るようにして力を込めると――ぐい! と引っ張られて、引き倒された。そのまま圧し掛かってくる彼女に、俺の頭は大混乱だった。キスじゃない!? え、でも、覆いかぶさってきてて……あ、朝潮ってば、なんて大胆な……!

 意識が理想郷へ羽ばたこうとした時、強烈な音が鼓膜を打った。遅れて、天井の方に何か硬い物がぶつかり、砕ける音。

 目を開けば、朝潮が険しい顔で横を見ているのが見えて、つられてそちらを見れば、この部屋の出入り口であるハイテクな鉄扉――中身は木だけど――がなくなっているのに気付いた。それは今、部屋の中央にある円台にどしゃどしゃと降り注いでいる。

 

「シマカゼ、奴です!」

「……ああ、見えてるよ」

 

 さっ、と俺の上から退いた朝潮は、すぐさま傍の艤装を手にして装着すると、片膝立ちになって出入り口へ砲を向けながら、もう片方の手で俺が起き上がるのを手伝ってくれた。

 

『見ィツケタ』

「はっ!」

 

 重い足音とともに姿を現したレ級が、俺達を視界に収めると、凶悪な笑みを浮かべるた。その言葉が終わるかのうちに朝潮が砲撃し、顔面に命中する。レ級は、少しばかり仰け反って、だけど背から生える尻尾でバランスをとって、それ以上は何もなかった。

 ダメージもなければ、傷もない。化け物め……。

 

「逃げます。立てますか!」

「うん、なんかもう、結構回復してきてるし……ていうか、めっちゃ、頭にきてる!」

「そ、そうですか……なら、例の作戦を!」

 

 うおー、と胸の内で奮起しながら立ち上がると、俺の言葉を聞いて複雑な表情をした朝潮が、俺の手を引いて走り出した。強張った足を動かしてついていく。うん、大丈夫、足はちゃんと動く。これなら逃げられないって事はない。

 

『何ヲシテモ無駄ダ。ソレトモ……進化、スルカ?』

 

 頭を覆っていた黒煙が晴れると、レ級は、わざとゆっくり歩いて俺達を追ってきた。それを、奥の部屋に誘導する。

 幸い奴は自分が圧倒的優位に立っているせいで、油断している。俺達はそこを突く。

 突発的で、あまりにも成功率が低い作戦だし、下手すれば俺達だって死ぬかもだけど……つべこべ言ってる暇はない。

 

 奥の部屋は、かつてここで過ごしていた時に俺達が入った事はない、妖精さんの本当の作業場だ。円柱状の機械から見える場所がそこ。こじんまりとしていて、ここも白塗りの木板で囲まれている。

 小さな棚の上にあった高速建造材……バーナーのような物を手にした朝潮が、部屋奥の艦娘建造用の台の裏へ回り込む。膝下くらいの高さの、広い台は鉄製で、もしもう少し資材を集める事ができていれば、あの時仲間を増やす事もできてたのだろうと思った。

 台の下の資材搬入口に鋼材モドキを蹴り入れて、台の裏に回り込む。レ級が来たのは、その時だった。

 

『ドウヤラ、ココマデノヨウダナ。モウ逃ゲ場ハ無イゾ』

「ファイヤー!」

「ファイヤー!」

 

 投げ渡すようにして俺の手に渡った妖精さんサイズのバーナーの、ホース付きの噴射口をレ級へと向けてぶっとい炎を放つ。缶自体は小さいのに、噴き出る炎は大きく高火力。レ級が眉を上げるのが見えたけど、すぐに赤色に包まれて見えなくなった。

 

『何度言ワセル。無駄ダ!』

「ぅわっ、と!」

「撃ちます!」

 

 俺と朝潮の間を下から上へ、水圧カッターが通って行った。慌てて飛び退いたものの、炎は止まってしまったし、逃げ遅れた髪の先が切断されて宙に舞った。床や壁を、その奥の土ごと削っていく水が天井に達する前に、朝潮の砲撃がレ級の顔を捉える。凄い精度だ。一度だって外さないなんて、俺とは大違いで、羨ましくなる。

 

「シマカゼ!」

「朝潮!」

 

 お互いに呼びかけながら、台の上を飛び越えて着地する。その際、バーナーを投げ捨て、両手をフリーにする。部屋の床の所々に炎が残り、燃え盛る中を走り出す。目指すは出入り口。その真ん前に陣取るレ級は、膨れ上がる黒煙を払う事もせず佇んでいる。その胸へ、もう一発砲弾が飛ぶ。着弾と同時にレ級の横を擦り抜け、隣の部屋へ。円柱状の機械のある部屋。……罠にしっかり火がついてるのを確認した。後は逃げるだけだ。

 前を向けば、正面の破壊された出入り口の傍、壁の床付近に赤黒い血痕があって、気分が悪くなる。あれ、俺の血なのか。凄いたくさん……いや、気にしている場合ではない。

 土が剥き出しの通路へ出るのは、俺の方が速かった。怪我をしているとはいえ、鎮守府最速は伊達ではない。艤装もなく身軽だし……だから、朝潮の速度が気にかかる。普通の速さでは、奴に追いつかれるか、俺達も巻き込まれてしまう。

 

「朝潮、ごめん!」

「え、ひゃっ!?」

 

 飛び退るように朝潮の横へ移動して、走る勢いをそのままに抱き留め、くるくると回って、持ち上がった足を抱える。お姫様抱っこの形。前にもやった気がするな、これ。

 びっくりしたのか、調子っぱずれの声で困惑する朝潮を放って、全速力で土の坂を駆け上がる。猶予は十秒もないかもしれない。馬鹿正直に玄関まで行くのは得策ではない。なら……!

 玄関とは反対側、一番奥の部屋に急行し、木板の窓を蹴り破って外へ出る。目の前は森林。生体フィールドを纏い、朝潮にも声をかけて、走り続ける。

 何歩も行かないうちに、凄まじい爆発が背後で起こった。突風に煽られて朝潮を投げ出してしまい、俺自身も地面に転がる。木の根や小石が体に当たって痛い。体の下敷きになった髪が引っ張られてしまうのも大変な痛みだった。

 だけど、爆発による傷や痛みは一つもない。

 

「うわぁ……」

「……やった……の?」

 

 体が止まれば、すぐに身を起こして家の方を見た。一階の後ろ側は吹き飛んでいて、どこもかしこも燃えている。せっかく作った家がぐちゃぐちゃだ。爆ぜた土や何かが木製の壁にこびりついている。爆発の衝撃は、地面を伝って、ここまできていた。

 建造ドック……と言っていいのか、機械を利用した罠は、無事に作動したようだ。ただある物を使っただけだけど、逃げ遅れていたら、あの爆発……さすがに俺達も耐えられなかっただろう。

 レ級はどうだ? レ級は、耐えられなかったのか?

 あいつは砲撃を受けると、余裕ぶっていちいち足を止めていた。だから、あの一番奥の部屋からそう離れていなかったはずだ。

 

「……いや、奴は絶対に生きてる」

「私も、そう思います」

 

 たとえこの爆発でも、あいつを完全に仕留める事はできないだろう。ダメージは与えられたと思うけど、それだけだ。

 

「離れよう」

「はい」

 

 ここにいては、いつ何があるかもわからない。あいつの索敵能力は高くないんだから、いったん距離をとって作戦をたてよう。

 

 

 森林の中に身を隠せば、艦載機をやり過ごす事ができる。そういった考えから、森の中の、木の根元に二人で座り込んだ。

 

「こ、ここまでくれば、安心、かな」

「疲労が激しいみたいですね……傷が開いたりはしていませんか?」

 

 俺がかなり息を荒げているのに対して、朝潮は、僅かに息を乱している程度だ。幹に背を預ける俺の前へ来た朝潮が、布の調子を確かめ、傷の具合を見る。動き回っていたせいで、やっぱり開いてしまっていたらしく、布にはじわじわと赤色が広がっているようだ。どうりで、しんどい訳だ。目が開け辛いし、頭の中はどんよりしてるし、気持ち悪いし、傷が痛い。半目なのはまあ、いつもそうだけど……ああ、くそ、きっついなぁ。

 深く長い溜め息を吐いて、立ち上がる。駄目です、と朝潮が言ったけど、いつまでもここで蹲っていたって、レ級が勝手に死んだりはしないだろうし、ある程度損傷しただろう今が倒すチャンスなんだ。ここで逃せば、また回復されて襲い掛かって来られる事になる。そうでなくても、俺が戦えるのは今回までなんだ。これが終われば、本物さんに体を返さなきゃいけない。

 家から離れる最中には、そんな彼女から提案があった。……提案とも言えない、たった一言。胸の中の島風は、『一緒に戦おう』と言ってくれた。これを朝潮に言ったってわかんないだろうけど……不安がる彼女を安心させるために、手の付け根でこめかみ辺りの汗を拭ってから、笑いかけた。大丈夫、私に任せて、って。

 

「絶対に倒してみせるから。……だから、朝潮にも手伝ってほしいんだ」

「手伝うって、何を……」

「進化だよ」

 

 レ級は、何度も何度もその単語を口にして俺に迫ってきていた。最初はなんの事かわかんなかったけど、叢雲の話を聞いて、やっとわかった。

 というか、艦娘にとっての進化なんて、一つしかない。改造によるパワーアップだ。でも、俺も朝潮も、もう改造の芽はない。ゲームでそうだったからといって、現実でもそうだとは限らない、と思いたかったけど、実際、改造するには何かが足りないらしくて、多くの艦娘が上の段階へ至れていない。

 だったら足りない何かを補えば良いだけの話。

 

「私の……シマカゼの進化に必要なのは、スピードだと思うんだ」

「だとして、どうするおつもりですか」

「うん。走ろうと思う」

「……走る、ですか?」

 

 いまいち飲み込めていない様子の朝潮に、海の上をね、と付け加えた。

 スピードって言ったって、ただ走るだけじゃ無理だろうけど、でも、限界を超えるほどならどうだろう。

 ただでさえ島風の平均的な速度を大幅に超えている俺なら、至れる可能性は高いと思う。いや、俺は確信している。スピードの向こうの……何かにさえ到達できれば、進化できるって。

 

「でも、その体では」

「全速力はおろか、走り始めるのも、ちょっと無理かもね」

 

 布を巻いた体を見た朝潮が言うのにかぶせて、同意する。立っている分には問題ないけど、歩くとふらつくし、走ると結構体が揺れる。海の上でバランスをとるのは難しいだろうと直感した。艦娘としての当然の機能である海上歩行だけど、支障をきたせば沈んだりするのは確認済みだ。……あの時の恐怖を思い出してぶるっときてしまった。

 

「だから、手伝ってほしいんだ」

「……どうしても、ですか」

「どうしても。ね、朝潮……一回だけ、格好つけさせてくんないかな」

 

 一本指を立ててお願いをする。彼女の協力なしでは、海に出る事さえ怪しい俺に、朝潮は渋い顔をして考え込んでしまった。

 でも、思考の時間はない。すぐ近くで地響きと、何かを壊す音が聞こえてきた。

 レ級の叫びがそれに混じる。相当怒ってる。しかもそれがどんどん近付いてくるのだから、俺は笑顔を維持できなくなって、縋るように朝潮を見た。ここで君を死なせたくない。死なせたくないんだ。

 

「わかり……ました」

「……ありがとう、朝潮」

「いえ」

 

 首を振った朝潮は、俺を見上げて、言葉を続けた。

 

「約束してください。絶対に……死なないって」

「ああ……私は、死ぬつもりはないよ」

 

 死ぬつもりは、ね。

 頷いた朝潮に左手を引かれて、走り出す。

 木々の合間、茂みの傍、木の根を飛び越えて、海岸へ。

 遠く、水平線にある濃霧は絶えず蠢いていて、空は霧に覆われて薄暗い。不気味な砂浜に飛び出すと同時に、背後の森から高く飛んできた者が、砂浜に落ちてきた。ズドォン、と大きな音と重い音。波状に広がる砂がすべて落ちると、立ち上がったレ級が、射殺すように俺達を見た。

 

『オ遊ビハ終ワリダ……一瞬デ終ワラセテヤル』

 

 力強く振られた尻尾が砂を弾き飛ばす。朝潮は、足を止めなかった。俺の手を引いたまま、残りの魚雷全てを放った。三本の魚雷が狙いもばらばらにレ級に襲い掛かる。奴はまだ、笑みを深め、腕を広げて爆発を受け止めた。

 少なからず俺達にも影響を及ぼす突風や熱に耐え、打ち寄せる波へ足をかけた。速度を維持したまま海上へ出る。

 

「ご武運を!」

「死なないでよ、朝潮!」

 

 腕を引っ張られ、振り回すようにして前へ押し出される。それで初速を得て、無理矢理に滑り出す。走る事はできなかった。それをすれば、あっという間に沈んでしまいそうな気がした。

 ぐんぐんと速度が上がっていく。壁のような霧を目指して進んでいく中で、強い風が吹き付け、髪がなびく。

 お腹が熱い。大破か、中破か。損害を負ってしまっているから、限界が来るのは速かった。

 その熱に反応して、傷さえ熱を持ち、疼いて痛む。

 止まる訳にはいかない。とにかく、もっと、スピードを出さなきゃ!

 

「っ……!」

 

 霧の中に入る。ごう、と耳元で唸る風は、俺の速度を削ぎ取ろうと襲い来る敵だった。

 体中に熱がめぐり、息が苦しくなって、腕や足が千切れそうなくらい辛くなる。

 先が見えない世界は、地獄だった。

 自分以外の音もなく、体の中にあるのは激痛だけ。

 そうなると、どうして自分が必死に走っているのかがわからなくなってくる。

 朝潮のため。朝潮の、笑顔を守るため。

 何度もそう言い聞かせて、速度を上げようと体中に力を込める。

 

『もっと……』

 

 深いところにある海の向こうで、島風が言う。

 不思議に響く声が耳元で反響して、俺は、無意識に頷いていた。

 

『もっと……』

「もっと……」

 

 もっと、速く。もっと、遠くへ。

 誰も追いつけない高みへ。守りたい人がいる。だから。

 

 線のような風が何本も俺の方へ向かってくる。

 過ぎ去っていく霧はいつしか消え、ミルク色の世界が広がっていた。ともすれば止まっていると錯覚してしまいそうな世界の向こう側には、小さな光点があった。

 きっとそれが、到達すべき場所。

 流れる風は服をはためかせ、動くリボンが絶えず感覚を取り戻させる。

 

『キュー!』

 

 最高速で進む俺の両隣りに、三体の連装砲ちゃんがやってきた。横倒しになって、宙を泳ぐ様にくるくる回っている。

 浮いてる……? それは、俺もだった。

 もはや足は海面についておらず、後ろに伸びている。そこに疑問を持つ事はなかった。

 まるで俺の心がスピードの世界に溶けてしまったみたいに、感情は平坦で、まっすぐ前を見つめた時だけ、胸の内に熱い感情が広がった。

 胸の内の海がせり上がり、目の前に広がる。

 暗く黒い水を潜り抜ければ、すぐ隣に島風の姿があった。

 半透明の彼女と顔を合わせる。何も言わず手を繋いで、それから、重なって……一つになった。

 気持ちが流れ込んでくる。体と、一緒に。

 

 不意に、目の前に光の板が現れた。

 ゲームの画面。艦隊これくしょんで言うところの、改造画面。

 選択された艦娘は島風だった。表記は『シマカゼ改』。改造に必要な資材は、連装砲ちゃん×3。

 

『キュ~』

 

 見回せば、三体ともが、勇ましい声で鳴いた。

 彼女達も、一緒に戦ってくれるんだ。

 だったら遠慮なくやらせてもらう。

 点灯した改造ボタンを指でつつけば、ぱっと光って画面が消え、次には、連装砲ちゃん達も光に包まれ、半透明になった。黄色く眩い線で描かれた彼女達が分解され、パーツごとにわかれて、俺の体にかぶさってくる。

 大部分が体の中へ吸収されて力となり、残った部分が艤装となって各部にとりつけられていく。光に包まれた衣服は、元通りに修繕され、改造時には損害さえも綺麗さっぱりなくなる。負っていた傷は輝く膜が体を通り抜けると、痕すら残さず消えた。壊れていたカンドロイドも修復されている。

 

 首元から背中の衣服を覆うように薄く伸ばされた鉄のフレームは横腹までで止まって、襟には小さな三連装砲が、左右にそれぞれ一つずつ付く。背の魚雷発射管固定用の艤装は光の欠片となって消え、代わりに、肩甲骨に沿うように二つの穴が開いた。細い楕円形の穴から桜色の火の粉が漏れると、極薄の(はね)が飛び出した。それもまた桜色で、エネルギーの塊だった。

 絶えず噴き出す背中の翅に押され、体は前へ前へと進んで行く。うさみみカチューシャは風圧で後ろ向きになり、最後に、スカートのゴム部分に細い黒色の、ゴム製ベルトが巻き付き、きゅっと締まった。中央部のバックル部分に『Ⅱ』の文字が刻まれる。

 

 再度現れた画面には、『改造成功』の文が躍り、やる気十分なシマカゼ改二の姿が映し出された。

 操作してもいないのに画面は右にスライドし、左側から別の画面が現れる。編成画面。旗艦に一人自分の顔があって、これもまた触れてないのに詳細ウィンドウが開かれる。三つの丸い黒穴は装備欄だ。現在一番上の一つだけが埋まっているのを確認していれば、四段目の本来使用できないはずの欄が砕かれ、黒い丸穴が出現した。四つまで装備できる事の表れなのだろう。

 画面が消えれば、光は目の前だ。

 止まらず、眩い白色の中へ、飛び込んだ。

 

 

 霧を抜ける。

 二本の足で海面へ着水し、水煙を立たせながら擦って、止まる。そこはちょうど、孤島の前。砂浜を目前にした海の上だった。

 

「ああっ!」

 

 レ級の腕に弾かれた朝潮が森林付近まで跳ね飛ばされて転がるのに、何を言うでもなく両肩に乗った砲を構え、一斉に放つ。

 だがそのどれもがレ級とは見当違いの方向に飛び、海水や砂を抉った。

 

『……貴様、ソノ姿ハ』

「シマカゼ改二。……お望み通り進化してあげたよ」

 

 振り返ったレ級が目を見開くのに、持ち上げた左腕、端末の位置を直しつつ、投げやりに答える。

 自分の変化を理解している訳ではないけど、溢れる力が自信となって言葉に繋がる。

 今はとにかく、奴の注意を朝潮から引き剥がすべきだ。

 ……俺が何をせずとも、すでに奴は俺以外眼中にないようだけど。

 

「せっかく体新しくしたんだ。なあ、ひとっ走り付き合えよ!」

『良イダロウ。試シテヤロウ、ソノ力ヲ』

 

 勢いづいて人の台詞を口走りながら、俺は、海面を蹴って駆け出した。




TIPS
・シマカゼ改二
連装砲ちゃんを素材として改造された姿。
島風との融合を果たし、基礎ステータスが倍になっている。

・フェアリーウィング
背部のブースターユニットから噴出しているエネルギー。
生体フィールドとして体を覆うドライビア-Kによって作り出された
半透明の羽根。
超高出力なため桜色に染まっている。
短時間の飛行も可能とする。

・ドライビア-K
起動すれば重加速を引き起こすというコア・ドライビアを流用して
作られた決戦兵器、その乗組員だった妖精さんが改造に携わったために
手に入れた力。限定的な局面でのみ重加速を引き起こす事ができる。
主に必殺技の衝撃を強める目的と、反動を弱める目的を持つ。

・重加速妖精さん
連装砲ちゃんは今のシマカゼのスピードに追い付くために、
夕張がクリム・スタインベルトと協力し、
その技術を流用してコア・ドライビアの性能を追加した。
そのため、連装砲ちゃんに搭乗する妖精さん(一体化済み)
入りの連装砲ちゃんと融合したシマカゼもまた、その力を使える。

・ひとっ走り付き合えよ
ヒーローの決め台詞。
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