島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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第四十六話 シマカゼ改二

 風が吹き、水飛沫が巻き上がる。

 海面に立つ俺に、レ級は一度肩を上下させると、赤い光の灯る瞳で睨みつけてきた。傷ついていても眼光に衰えなし、か。深海棲艦ってのは不気味で仕方ないな。

 

 改造が完了した事によって新品同様、傷一つない体になった俺と違って、レ級は工廠の爆発に巻き込まれたために、ダメージを受けているようだった。

 レインコートに似た黒皮の衣服は、腰から下がボロボロに裂けていて、途中で切断されたみたいな足は――それは元からのようだけど――、青白い肌の所々が煤け、火傷の(あと)があった。奴の怒りがのたうつ尻尾に反映されている。ギリギリと歯を噛み合わせたレ級は、腕を跳ね上げて、その指先を俺に向けた。

 二本指。水圧カッターの構え。

 

『死ネ!』

 

 水弾ではなく、一本の線が勢い良く噴出されてきた。狙いは……胸。心臓か。

 腕を前に突き出し、五本の指を開いて、手の平を前へ。直後に、暴力的な水がぶつかってきた。

 水滴の一つ一つが地面を抉り、飛散する。鉄を穿つほどの威力のそれは、しかし俺の手の平に受け止められている。飛び散る水はもはやただの雨と変わりなく、そんなものでは俺を濡らす事さえできない。

 腕を右へ振るう。

 大して力を込めていないのに、流れてくる水が半ばから弾かれて半円を描くのに、自分でも驚く。

 

『何!?』

 

 奴の驚きは、俺以上だろう。

 なにせ、あの不思議な攻撃を真っ向からいなした俺は、未だに無傷なのだから。

 改造前とは耐久力が段違いだ。

 

 今度は、こっちの番。

 慄くレ級から目を離さないまま腰を落とし、足を開いて走行準備。背中のブースターユニットから炎が噴き出せば、急加速して一気にレ級の目前へ迫った。全力で振り上げた拳がすくい上げるようにしてレ級の腹を打ち、体を持ち上げる。遅れて、砂を削って尻尾が伸びていった。

 

『ク、ァッ!』

「むっ!」

 

 肉を打つ確かな手応えに、握り拳に意識を寄せたその一瞬で、レ級は宙で回転して体勢を整えると、砂粒を撒き散らしながら着地してすぐに俺と同じような動作でパンチしてきた。

 全力だろうそれは、風を切る強い音と共に俺の腹に当たる。どっと内部まで突き抜ける衝撃と痛みに、足が地面から離れて体が浮く。しかし俺が体勢を崩す事はない。少々後退してしまったが、問題なく着地する事ができた。どしんと足や体に重みが跳ね返る。

 

「……あんま、痛くないね」

『チッ……ソレガ、進化カ』

 

 剥き出しのお腹に手を当てて呟けば、レ級が舌打ちした。

 殴られた個所は熱と痛みを訴えているけど、泣きたくなるほどじゃないし、動く事に支障はない。奴が忌々しげに腕を引き戻すのに顔を上げれば、森林の入り口……一本の木に腕をついて立ち上がる朝潮の姿が見えた。よろめいていて、危なっかしい。大きな怪我をしているようには見えないから、さっきレ級にぶたれたのが一番の損害だったのだろう。大怪我してなくて良かった。

 でも……朝潮に手を上げた事、許す訳にはいかないな。

 レ級へ目を戻せば、今度は尻尾を持ち上げていた。砲身全てが俺狙い。だが、距離の関係上、当たりそうなのは一発か二発だ。

 火薬が破裂する音と同時、複数の砲弾が一直線に飛来する。目を凝らせば、一つ一つがゆっくりと動くようになった。

 どうやら身体能力――動体視力もかなりアップしているらしい。でもこうしていると目が痛いし、汗が噴き出しそうだ。多大な集中力を要するみたいだから、長くはもちそうにない。

 俺に当たりそうな一発だけに狙いを絞り、腕をかざして、力いっぱい拳を握る。ぶるぶると震える腕が、溜めた力を開放すると同時に横方向へと跳ね上がる。同時に目を凝らしているのをやめる。

 正常に戻った視界の中、手の甲は確かに砲弾を捉え、亀裂を走らせてひしゃげさせながら、側面の空へ弾き飛ばした。

 空気の唸る音が耳に心地よい。

 

 拳に残る、骨に響く苦痛を腕を振って払い、澄まし顔で構えれば、レ級は憎たらしいと言わんばかりに顔を歪め、体中の赤い光を揺らめかせた。

 ……ん、新しい姿にも、そろそろ慣れてきたな。体があったまってきた。

 

「ここまでは、試運転。こっからは速いよ」

『……望マレタ進化……ダガ、貴様。強クナリスギタナ』

 

 手を握り直す。内側で擦れた手袋の柔らかな手触り。ブーツが砂へと沈んでいく感覚。

 砂を削り、地に足を擦って腰を落とす。足腰にぐぐっと力を溜め、いつでも飛び出せるようにレ級を見据える。

 奴が動こうとした。

 

「シッ!」

 

 鋭く息を吐き、矢のように飛び出す。レ級の目の前に踏み込んで、振りかぶった拳をその体に叩きつけようと、体ごと身を捻っていく。

 奴は、反応していた。このスピードに対応して振り下ろされた拳を、掲げた腕で受けて、同時に殴りつける。くぐもった声が頭の上にあった。気にせずもう一歩踏み込んで、防御に回していた腕でパンチ。衝撃に後退するレ級は、防ぐ術もなく二撃目を受けた。

 

「もう一発!」

『食ラウカ!』

 

 砂埃が広がる。薄い砂の膜の向こうで、ギィッと鉄どうしが擦れ合う音を鳴らして止まったレ級が、俺より速く拳を打ち出してきた。低い姿勢でいた俺は、回避しようとして頬を打たれ、首が伸び切るくらいに頭を逸らされた。揺れる視界と脳。繰り出そうとしていた攻撃は止まって、頭に体が引っ張られて、慌てて足を出して体勢が崩れるのを防ぐ。

 

『オオオ!』

 

 反撃に出るより速く、気合いの声とともにレ級が振り回した尻尾にぶつけられて、再び宙を舞った。錐揉み回転する体を無理矢理捻って、なんとか足から着地する。勢いを殺し切れずに土の上を転がり、片膝立ちの体勢に移行する。奴が尻尾を持ち上げるのが見えた。

 

「っ!」

 

 左腕を叩くようにして端末を起動し、光化学画面を眼前に照射する。装備画面。上から二番目の空きスロットを指先で押せば、ずらっと並ぶ装備一覧。

 立ち上がりざまに両足を揃え、宙返り。俺めがけて放たれた砲弾が地面を穿ち、爆発して、衝撃波と熱波が背を押す。

 くるんと回転して着地すれば、黒煙と土埃が俺とレ級の間に膨れ上がっていた。

 今の内だ。

 目の前にある薄い光の板、装備選択画面に目をやり、指で下にスライドさせて、主砲から副砲へ、副砲から魚雷へと流していく。駆逐艦が装備できる以外の物も……いや、現状艦娘が装備できるすべてが、動く画面にはあった。

 っと、行き過ぎた。俺が求めるのはこれだ。高射装置の後ろの主砲。

 三スロット全てに試製51cm連装砲をセットし、乱暴に画面を払って横へスライドさせて消し去れば、端末から吐き出された艤装が俺の周囲にドカッと落ちて、体にくっついた。大和の艤装に酷似した、コの字型の超重量級。

 む、ぐ、こいつをつけたままじゃ満足なスピードを出せそうにない。こいつは、攻撃だけに使用した方が良さそうだ。

 二段に渡って備えられた主砲、二つずつの砲身が駆動し、レ級へ狙いを定める。三つもつけて、この距離だ、一個くらい当たれ!

 

「くらえっ!!」

『――――ッ!!』

 

 衝撃に備えて踏ん張り、艤装へと命令を下す。意思を受け取った主砲の妖精さんによって轟音とともに砲弾が放たれ、レ級の周囲を消し飛ばした。全弾、外れ。ひっくり返りそうになりながらも、ザァァッと地面を削って止まり、その間も目線は前に。砂も土も関係なしに抉り取った砲弾は、当たらずともレ級の体を翻弄したようで、奴は地面に転がって、今、ようやく止まったところだった。

 ずいぶん距離が開いた。腕をついて、身を震わせながら起き上がろうとする奴を眺めてながらも手を動かす。再度装備画面を出し、試製51cm連装砲で埋まったスロット三つに、三本指をくっつけて、指を折る。赤い主砲のアイコンは指の腹に吸い付いて動き、画面の外に弾かれていった。

 俺の周囲にあった――というより、艤装に俺が埋もれていたと言う方が正しい気がする――主砲が半透明の光となり、パーツごとに分解されて、光の欠片となって消え、空気の中に溶けていく。搭乗していた妖精さんは、曲芸染みた動きで半透明のパーツから俺の端末へと飛び込んできた。カンドロイドに妖精さんが吸い込まれて消える。それと同じくして、完全に試製51cm連装砲が消え、俺は自由を取り戻した。

 ん、よし。体、軽くなった。重い物を背負っていたから、余計にそう感じる。

 

『オノレ、フザケルナ!』

「ん……!?」

 

 立ち上がり、腕を振るったレ級は、異形の尻尾を空へ向けると、そう叫んだ。ふざけるなとはこの能力の事だろう。なぜこんな力を得たのかは……俺が知る訳ない。

 奴の目論見は、航空戦を仕掛ける事らしい。大口を開けた異形から次々に艦載機が放たれていく。カラスの群れみたいだ、と場違いな感想を抱いた。

 薄暗い空へ舞い上がった深海棲艦製の艦載機は、不気味な青い光をたたえて旋回すると、雑多な位置どりのまま俺の方へ向かってきた。何をしてくる? 機銃の掃射か、航空魚雷による爆撃か。

 前者だった。

 銃撃音がけたたましく鳴り響く。文字通りの銃弾の雨が降り注ぐのに、それがいつか見た、雨上がりの晴れ空から降る物に見えて、はっとする。

 身を捻れば、銃弾は肩を掠って地面を穿つ。流れる髪を巻き込んで落ちていく物もあった。気を取り直してステップを踏む。踊るように、銃弾の合間を避けていく。俺のスピードなら地上でさえこのような芸当が可能なのだ。

 素の動体視力である程度銃弾が向かってくるのが見えるのもそうだけど、直感というものも強まっているのか、気を張っていると見なくとも頭上での艦載機の動きがわかって、だから、足運びに迷いはなかった。

 通り過ぎていく異形の艦載機を振り返り、見上げる。

 空でちょこまかされてはうざったい。一気に仕留める!

 

「はっ!」

 

 僅かに屈伸し、跳び上がる。同時に背のユニットから桜色の炎が噴出した。形成された薄(はね)が力強い推進力となり、俺は、体全体で風を切って空へと舞い上がった。

 いつもよりずっと軽い体が艦載機どもと同じ高さまで昇る。奴らは、それぞれが旋回して再び俺に向かってきていた。

 飛び蹴りの姿勢に移行する。右足を伸ばし、左足は畳む。桜色の翅が勢いを強め、薄いガラスの欠片みたいに火の粉を散らす。全力ブースト。進行方向は空から前方へと変わる。

 

「とりゃーっ!!」

 

 一瞬だった。

 伸ばした右足、強固なブーツが擦れ違いざまに艦載機の群れを砕き、破壊して、潰していく。直撃したものなど、足にぶつかった瞬間に湾曲して粉々に砕け、弾けた。

 連続で巻き起こる小規模の爆発の中を突っ切って、これ以上進む必要はないと判断し、翅を消す。そうすれば落下が始まり、緩やかに着地してすぐ、足の位置を入れ替えてレ級へと向き直った。

 背後に異形の残骸が落ち行く中で、奴は、警戒を露わに、鋭い目つきを俺に向けていた。小刻みに上下する肩は、怒りの表れだろうか。元々赤い瞳が色を濃くしている。

 

『キサマァ……!』

「……ふぅー……」

 

 大きく息を吐くと、肺がきゅうと(すぼ)んだ気がした。

 強く息を吸い、吐く。それを繰り返す。背や額に汗が滲む。傷は治ったはずなのに、体の内側が痛い。傷つけられた場所が、痛い。

 憤っている敵から目を離し、森の方を見る。木の幹に体をもたれかけさせた朝潮が、不安に濡れた瞳で俺を見ていた。

 砲を手にしているが、援護しようという気配はない。彼女もかなり参っているみたいだ。休ませてあげるには、俺がレ級を倒すほかない。

 朝潮の目が見開かれ、次いで、口も開く。

 危ない! そう、聞こえた。

 視界の端に黒い影が迫る。

 

『ウラァ!』

「ぅっ、ぐぅ!」

 

 車にぶつけられたみたいな衝撃がお腹と、次いで背中に感じられた。押し倒された! レ級が組みかかってきたのだ。

 朝潮の顔を見て気でも抜けたか。こんなの、察知できないはずがないのに……!

 ごろごろと組み合ったまま地面を転がり、そのたびに砂が巻き上がって降りかかる。尻尾が跳ね、地面に叩きつけられると、ようやく俺達の体は止まった。馬乗りになったレ級が勝ち誇った笑みを浮かべて、拳を振り上げる。

 抵抗する間もなく頬を打たれた。

 

『消エロ!』

「っ!」

 

 容赦のない拳の連打。まともに貰ったのは最初の一発だけだ。奴の足に挟まれていた両腕を引き抜いてかざし、何度も防ぎ、しかし衝撃はどうしようもなく、腕の中に痛みが残る。

 それでも奴の動きに合わせて腕を動かしていたが、隙が生まれた。動きが(にぶ)った腕を掻い潜って拳が振り下ろされる。胸の合間に直撃。

 息が詰まり、体が跳ねた。圧し掛かったレ級へと腕を伸ばし、首に巻かれたマフラーみたいなのを引っ掴んで手繰り寄せ、落ちてきた頭に頭突きを食らわせる。ガァン、と硬い音が鳴った。レ級の体が跳ね返されていく。ブチブチと布が引き千切れる音。握ったままのマフラーを横へ投げ捨てる。

 

「っつぅ……!」

『ウ、グ……コノッ……!』

 

 額がへこんだかのような痛みにくらっときて、だけど、それどころじゃないと奮起し、なおも殴ろうと腕を振り上げるレ級を押しやり、足を引き抜いて胸を蹴りつける。吹き飛んでいくレ級から目を離す。今は離脱が優先だ。

 転がって距離を取り、体勢を立て直すために立ち上がれば、奴は懲りずに突進してきていた。

 こいつっ、人には艦娘らしく戦えとか言っといて!

 

「はぁっ!」

『クッ!』

 

 砲撃など知った事かと殴りかかってくるその腕と肩を掴み、自分ごと地面へ転がって後ろへ投げ飛ばす。そのまま立ち上がり、姿勢を低くして踏み込めば、同じく立ち上がっていたレ級が俺の接近に気付いて拳を振り抜いた。

 

「やぁぁっ!」

『――!』

 

 潜り抜け、逆に殴りつけてやる。踏鞴を踏んで後退るレ級へ、追撃にと思いっきり腕を振りかぶると、予想より早く立ち直ったレ級に、今度は俺が殴り飛ばされてしまった。

 

「こんのっ!」

『ハハハッ!』

 

 ザンザンザンとヒールで砂を切り裂いて後退する。体の中の痛みが増大しているのに歯を噛みしめ、言葉にしてレ級にぶつければ、狂気的な笑みが返ってきた。異形の尻尾が鎌首をもたげ、突き出た顎を俺に――――あれって、魚雷……!

 

「お、おおおっ!」

 

 プシュッと空気の抜ける音がして、異形の顎から太い魚雷が放たれた。距離が近い。これでは海上でなくても当たってしまう。

 体を傾け、片足だけで立って、射線上から逃れようとする。だが重力に従って頭を地へ向けた魚雷は、あろう事か、俺の真横の地面へと落ちてきて――。

 

 

 

 気づけば、海の上に浮かんでいた。

 せっかく直っていた服はまた破れて、胸の下半分を覗かせている。切れたパンツの紐が海に浸っていた。

 身を起こそうとすれば、酷い痛みが胸にあって、喘ぐように息を吐く。

 倒れてる場合じゃない。奴を倒さなければ……!

 

『諦メロ。艦娘ガ私ニ(かな)ウ訳ガナイノダカラ』

「どーかなぁ、それは……!」

 

 冷たい海に手を当て、波を感じながら立ち上がる。余裕を取り戻したのか、落ち着いた笑みを浮かべて歩み寄ってくるレ級は、ダメージを負ってはいるものの、まだまだ動けそうだった。

 両拳を持ち上げ、構える。正直、ちょっとしんどい。艦娘って、改造されるとそれまで近代化改修されて得たパワーアップが、基礎値に戻ってしまうんだけど……ひょっとして、俺もそうなのだろうか。俺の改二がどれだけのステータスなのかは数値で見る事ができないからわからないけど、改造直後の今に限っては、改の時より弱くなっているのでは……。

 ……いや、パワーでもスピードでもレ級に負けてない。戦艦に、負けてない。それは俺の大幅なパワーアップを意味している。基礎値でこれなら、素材なしに強くなれる俺が戦っていれば、どんどん強化されてより強くなれるはず。

 こいつを越える事も、できるかもしれない。

 

「――っ!?」

 

 ふいに、構えた左腕――そこにリストバンドで取りつけられている端末、カンドロイドが光を放ち、何か細いものを射出した。突然の事に目を見開いて、でも、それが何かがわかって口角を吊り上げる。

 

『ムッ! ……何?』

 

 レ級へぶつかり、跳ね返って回転しながら俺の方へ戻ってきたのは、装備スロットの一番上を埋めていた艤装、叢雲のアンテナだった。

 長い鉄の棒一本の先端付近に、二の字を描く尖った針。アンテナの色違いの柄部分を掴んで、槍のように構え、電気を散らす先端付近を眺める。

 

「戦いたいんだ?」

 

 一緒に。

 叢雲は、言ってたな。頼んだわ、って。

 うん、頼まれてた。彼女の想い、俺が晴らしてやる。

 

「さぁ、来い!」

『無駄ダッ!』

 

 一度ぶんと振るって感覚を確かめ、右手に持ってレ級を誘う。奴は頭を低くして突進してきた。肉弾戦は大得意だ!

 リーチはこちらに分がある。アンテナを振るってレ級を打てば、細い見た目とは裏腹に力強く奴を弾き、左へいなした。折れる気配はなし。

 倒れ行くレ級に代わって、尻尾の異形がぐるりと身を捻り、側頭部に備えた砲身を俺に合わせた。

 砲撃。

 左腕に当たり、弾かれる。体勢も崩れ、レ級と同じ方向に転がる羽目になった。

 くそ、なんであいつが撃つのは俺に当たるんだ……! 俺のは当たらないのに!

 悪態をついている暇はない。素早く身を起こし、前も見ずに駆け出す。だが、わかっていた。奴もまた同じように走ってきている事を。

 

「はあっ!」

『ハァッ!』

 

 同じ呼吸のタイミング。お互いが突き出した拳がお互いの胸を叩き、ドォン、と重い音が響く。三歩ほど下がって、俺もレ級も持ち直した。奴がコートを翻し、尻尾を振るうのに合わせてアンテナを両手に持って振るう。ぶつかりあった得物は、手に痺れを残して弾かれあった。

 

「だぁぁっ!」

 

 力は同じ。だがスピードなら俺の方が上だ!

 レ級が尻尾を弾かれた勢いのまま俺に向き直るより速く、背部の翅を噴出させて滑り、アンテナを剣のように振り上げて接近する。横顔が、奴の目が俺を捉えた。

 斜めに一閃。

 

『ガァァッ!』

 

 尖った先端が奴の衣服を、青白い素肌を削り、その軌跡を追うように眩い青の電気が走る。

 ほとんどぶつかるような距離で、よろめくレ級の背後に回り込んだ俺は、アンテナを振り回して今度は斬り上げた。さすがと言うべきか、迎撃しようと俺に体を向けるレ級の素肌を、バチバチと激しい音をたててアンテナの先端が削っていく。飛び散るオイルと何か。傷口は、電撃に焼かれて固まっている。

 大上段に構えたアンテナの柄を両手で握り、力いっぱい振り下ろす。奴の肩へ叩き付ければ、レ級は膝をつきながらも手を持ち上げてアンテナを掴もうとしてきた。それを、押し切る。二の字の出っ張りがレ級の体を引き裂く。

 ――浅い。

 奴の体が硬すぎて、全然攻撃が通ってない!

 アンテナ越しに伝わる手応えにそう直感し、レ級の笑みを見て、確信した。

 凄まじい衝撃に襲われる。

 

「く、う!」

 

 海面に叩きつけられ、転がって、立ち上がる。その短い間に何が起きたのかを考える。

 見えたのは、尻尾の異形が動いた事と、その口から太い光線のような……水が放たれた事。

 ……水圧カッター、そこからも出るのかよ……!

 

『今度コソ、死ネェ!』

「っ!」

 

 奴の尻尾から、今度は砲弾が放たれる。一射目は足下の海面に突き立って俺の体勢を崩し、二射目が腹の横を突き抜けて、三射目で、直撃。

 熱と衝撃が体中を襲う。

 元々中破以上のところにこの攻撃だ、これでやられてしまってもおかしくはなかったが、俺はどうにか踏み止まる事ができた。崩れかけた体に、足を後ろに出して支え、倒れる事だけは回避する。

 けほ、と咳き込むと、煙みたいな血が出てきた。

 折れたか、潰れたか、とにかくお腹の中が痛い。目を開けられないくらいに痛い。

 動けないでいれば追撃されるとわかっているのに、どうしようもなかった。

 砲撃音が耳に届く。

 身を硬くして直撃に備え、ほとんど同じに直撃音を聞いた。

 だが、衝撃が俺を襲う事はなかった。

 

「シマカゼっ!」

 

 薄目を開けてみれば、横っ面に黒煙を纏ったレ級がよろめいていた。俺の名を呼びながら駆け寄って来た朝潮が隣に並んで、レ級へ砲撃する。それは腕で弾かれたが、奴はかなり苛ついた様子で目を細めていた。

 朝潮の砲からは、煙が上がっていた。砲身からもそうだけど、本体も所々へこんでいて、いつ暴発するかもわからない状態だった。

 

「朝潮……なんで」

 

 なんで来たの、と問おうとして、彼女の顔を見てやめた。

 覚悟を決めた顔だったから。決意したって顔だったから。

 

「いつでも、援護します!」

「はは……ありがたいね」

 

 表情通りの頼もしい言葉。

 傷ついてなお俺と一緒に戦ってくれると言うのだから、俺も格好悪いとこを見せる訳にはいかないな。

 体中に力を入れ、背筋を伸ばして立つ。手放していなかったアンテナの柄を背に当て、穂先を斜めに、左手を突き出して構える。横に並んだ朝潮が砲撃すると同時、翅を光らせて突進する。

 

『ヌ、オ、オ――!』

「やぁーっ!」

 

 波を割り、海水を跳ね飛ばして懐まで潜り込み、腰を捻ってアンテナを叩き付ける。電気が弾け、海面を照らした。後退するレ級を前にして、駆けて来た朝潮が隣に並ぶのに目を合わせ、頷き合う。息を合わせて横蹴り。俺と朝潮が伸ばした足がレ級の腹を蹴りつけて、跳ね飛ばした。

 両の足を開いてザザァッと後退していくレ級へ、すかさずアンテナを全力投球する。矢のように飛んだアンテナの先が、蹴った位置と同じレ級の腹に突き刺さった。

 

『ガ、コ、コンナモノ……!』

「はっ、はっ、ふ……!」

 

 青白い電気が激しく溢れて、レ級の体に纏わりついている。奴の傷跡から血のようにオイルが漏れ、海面に滴っていた。アンテナからとは別に、レ級の体からも紫電が出て、肌の上を走っている。

 ああなればもう、艦娘の艤装による攻撃が効かないだとかもないだろう。だったら、とどめを……!

 

「っ、シマカゼ!」

「う、くそ……!」

 

 崩れ落ちそうになって、気合いで片膝立ちに抑える。体が震えてる。頭が重い。……改二になって怪我が治っても、流れた血は戻らなかったのか、すっごく気持ちが悪い。

 横目で朝潮を見れば、彼女は敵から目を離し、俺だけを見ていた。彼女もまた、とても息が荒い。奴にぶたれてかなり参っていたはずなのに、来てくれたからだ。

 体を折り、今にも俺を支えようとしてくれている。それよりも砲撃を……そう伝えようとして、彼女の砲がもう使い物にならなくなっているのに気付く。砲身も曲がりかけ、本体には罅が入ってる。次撃てば、絶対に壊れる。持っている朝潮だって無事ではすまないだろう。

 俺が撃てと言えば、きっと彼女は撃つ。でも、それじゃ駄目だ。

 手を持ち上げ、彼女の砲に触れる。高温の本体を掴んで引けば、彼女の手からあっさりと奪い取る事ができた。俺が取ろうとしているのをわかって、握る力を弱めたのだろう。俺が何をしようとしているかわからなかっただろうに……信頼、されてるなあ。

 喜んでる時間はない。間違っても彼女が撃てないように、連装砲を端末へ仕舞い込む。彼女は、何も言わず、俺の行動を見ていた。

 端末左側面の丸いボタンを押し込み、起動させる。光の画面が目の前に照射されれば、最初から装備画面だった。スロットの一番上が主砲で埋まっている。だがアイコンがおかしい。赤塗りの主砲のアイコンから黒煙が出ていた。まるで傷を負った艦娘のアイコンみたいに。

 なら、新しいのを出すまでだ。

 二番目の空きスロットをタップして、装備選択画面を呼び出す。俺が今、撃てそうなのは……大きいので、20.3cm連装砲……2号だとか3号だとかあるが、その詳しいステータス差を知らない俺には、どれを選べばよいのかわからず、また、触れて詳細画面を出して見比べる時間もなかった。

 一番基本の20.3cm連装砲をセットし、画面に手の平を押し当てて右へ押しやって消す。端末から飛び出した連装砲は、朝潮型の主砲に似た形になっていた。長方形の箱型。

 右手で受け取り、グリップを握り込む。

 

『オノレ……コノ程度デ、私ガ……!』

 

 砲を突き出す。腕が震えて、照準がさだめられない。俺が思っている以上に体は限界に近いみたいだった。

 だが元より、狙いなんてつけてもつけなくても同じもの。当たるまで連射するだけだ!

 

「――……!」

 

 そう意気込んだ俺の左右に、腕が伸びてきた。背中に柔らかい感触。密着する朝潮の体。

 

「私が、サポートします。こうすればきっと……当てられます」

「……うん、お願いね」

 

 頬に触れる彼女の髪に、真剣な声。それと、硝煙の臭いに混じった、ほんのりと甘い香り。そう感じる、朝潮の匂い。

 俺の右腕に添えられた彼女の手が震えを抑え、砲身のブレを無くす。俺の腰を抱いて支える彼女の腕が、体を安定させる。

 連装砲は、狙い違わずレ級へと向いていた。

 奴はまだアンテナを抜けていない。抜こうとして顔を歪め、甲高い音を発する電光に痙攣して固められている。

 今が、勝機。

 とどめを刺すなら、今しかない。

 

「行くよ……朝潮」

「はい……!」

 

 せー、の!

 

 鼓膜を打つ爆発音。二本の砲身から飛び出した二つの砲弾が白線を尾のように引いて飛んでいく。

 胸と腹。

 レ級のその個所に着弾し、爆発した砲弾は、奴に確実にダメージを与えていた。弾き飛ばされて海面を転がったレ級は、腹を押さえてもがき、尻尾をのたくらせながらも、足掻くように立ち上がった。

 だが、満身創痍。腹には変わらずアンテナが刺さり、コートは焼け焦げて僅かにしか残っていない。尻尾の異形だって側頭部が砕け、砲は融解して黒い肌に張り付いている。それに、奴の体に這う紫電の量が増えていた。

 

『ァッ、ア、グ……』

 

 喘ぐように声を漏らすレ級に、砲を下ろしながら、祈る。

 倒れろ。

 これで倒れてくれなきゃ、キツすぎる。

 その願いが通ったのか。レ級はバランスを崩して背中の方へゆっくりと倒れていく。

 そして限界を迎えた体が、爆発した。

 瞬間、濃霧が巻き起こり、爆炎も煙も風も隠していく。

 激しい風に髪が引っ張られ、俺にくっついた朝潮が腕に力をこめてぎゅっと抱き付いてくるのを感じていれば、やがてそれは収まった。

 

「……終わった、のか?」

「あ……霧が……晴れて、いきます」

 

 実感がわかずに呟けば、濃い霧が蠢き、静かな風に乗って消えていく。

 空を覆っていたものも、遠くに壁としてあったものも消滅すると、雨上がりみたいに雲一つない空と、輝く青の水平線が見えた。

 

「やった、みたい、だね」

「ええ……やりましたね」

 

 虹のかかる空を見上げて呟けば、そっと離れた朝潮がそう呟いた。

 ああ、もう少しくっついていて欲しかった……なんて言葉は出てこない。口を動かすのも億劫というか……。

 やっと倒したと思ったら、気が抜けちゃって……。

 

「……シマカゼ?」

 

 おかしいな。

 なんか……朝潮の声が遠くに聞こえる。

 ボチャリと、取り落とした連装砲が海に沈んだ。その中で光となって消え、出てきた妖精さんが水滴とともに飛び出してきて、端末へ帰る。

 

「大丈夫ですか? 一度、陸に――」

 

 おかしいなぁ、朝潮の顔がぼやけて見える。

 目を擦ろうと腕を持ち上げようとすると、なんか、腕が光ってるのが見えた。

 腕だけじゃない。たぶん、体全体。

 

『キュ~』

 

 ぱっと光が飛び散ると、俺の体から投げ出された連装砲ちゃん達が海の上に転がって、俺の体から力が抜けていくのを感じた。

 肩にあった砲も背にあったブースターも光の欠片となって消えてしまう。

 全身が脱力してしまって倒れた体を受け止めてくれたのは、朝潮だった。

 それだって、ずっと遠くで感じたモノ。

 

 閉じかけた視界の向こうで、朝潮が必死に何かを呼びかけているのが見えて、なんとなく、微笑む。

 頬とか、撫でてあげたかったけど……残念、手が動かない。

 

 ああ、本当に、残念……。

 ごめん朝潮。さよならは、言えそうに――。




TIPS
・キックカイニー
必殺キック。
フェアリーウィングによる推進力を得て攻撃するため、
助走なしでもかなりの破壊力を持つ。

・初登場補正
そんなものはなかった。

・「サポートします」
お祭りの、射的の時と一緒。

・改二
強化変身的な位置づけ。
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